零和元年は多くのバーチャルミーチューバーが誕生したことから、vtuber元年と呼ばれていたこともある。
「今となっては、それを覚えてるのも私くらいかな」
大型動画投稿サイトmetubeを活動拠点とするバーチャルミーチューバー、通称vtuberはかなり人を選ぶジャンルだ。
動画投稿者は動画の中に投稿者自身ではない自身を映し出し、それを自身として扱う
(多くの場合、安価で手軽という理由で2Dの絵が用いられる。私の場合は3Dのモデルを扱い、ゲーム実況などを行っている。
投稿者自身が動画に映りながら、極めてリアルなvtuberであると強弁することもあった。いずれにせよ、vtuberは私と私ではない現身という二重性を持つジャンルである)。私もそうなのだが、その時「中の人」の存在は無視される。
その一方で、中の人を明らかにしてvtuberを演じる人も少なくない。この場合、vtuberとは単なるコミュニケーションツールの一つである。
「……まだ活動してたんだ」
そして、多くの人はvtuberをアイドルとして捉えた。vtuberブームに目を付けた企業の半分が着手したのがアイドルグループの作成だった。
vtuberの利点に、顔を明らかにしなくてもよいというのがある。今や声優にとって必要不可欠である顔の良さがここでは必要ない。
オーディションが盛んに行われ、ここに第二次vtuberブームが成立した。
最も、vtuberブームに目を付けた企業の半分は金に釣られた馬鹿だったから一年も経たぬうちに撤退していったのだが。
「思い出すだけで頭が痛くなる」
給料未払い、脱税問題、権利争い、半グレとの付き合い発覚、オフでパコしたとかしてないの話が数十件、最後には個人情報が大量に暴露で大炎上。vtuberが抱える構造的な問題は幾つもあって、初期投資が高額であること、その割には儲からないこと、vtuberの中の人の情報の暴露が容易いことがある。例えば、12人グループのアイドルグループを作るとして、当然それを誰が演じているかは守秘義務があるが、そのうち一人が口を割れば12人全員の情報が分かってしまう。
スタッフでもいいし、何なら共演者でもいい。別に情報を漏らさなくても、アイドルグループは関係性を売りにするものが多かったから、一人居なくなるだけで容易にヒビが入ってしまう。何故ここまで情報の流出を気にするかといえば、何かしら後ろめたい過去があることが多いからだ。
vtuberの顔を隠せるというメリットは実際のところ、過去に問題を起こした人物の顔を隠すという意味で機能することが多かった。
もう少し言えば、素人を企業はあまり採用したくなかったので、脛に傷があるが実績もある人間がvtuberに多く採用された。
勿論、vtuberになったところで中の人の性格が変わるわけではないので、vtuber界隈でも問題は多発したのだが。
「まーた誰か燃えてるよ……ってなんだ、まとめサイトが適当言ってるだけか」
vtuberの一番の問題点は、vtuberで成功できるような有能な人間は、他の業界で働いた方が儲かることにある。
だからこそvtuber界隈の市場規模を増やす必要があったのだが、その時にいた古参は私一人だけ。完全に終わっている。
問題が無くても、他業に専念するためとか、儲からないとか、契約期間が終わったとか、飽きたとか、色々な都合で辞めたvtuberは多い。
「はぁ…………」
ライブと一緒に潰れた企業を思い出す。自業自得かもしれないが、自転車運業なのはどこも同じだろう。
そもそもmetube自体が不安定な稼ぎ口であるから、さもありなん。
バーチャルらしさを求めて自分を見失った
私から言わせれば、拘るのではなくある時ふと気づくものなのだ。
「動画、エンコード終わってますよ」
「あ、ありがとう」
「大丈夫ですか?」
バーチャルの永遠性というのは、その存在が失われて初めて成り立つ。玩具にされるのと何が違うのだろうか。
「大丈夫だよ」
今日も動画の中の私は笑っている。FA(ファンアート)を巡回したら首を絞められた裸の私が笑っていた。