大規模流出事件の時、一番問題になったのは演者の心だった。
「彼は、私が人気じゃない頃から応援してくれて、配信の仕方から色々と……」
「信じられない。それしか言うことが無い」
「昔燃えた時覚えてる? 一番最初に助けてくれたのが――」
その頃のVikingは既に実績のある人間ばかりを起用していたから、前世が割れているvtuberも多く、彼らにはそこまでのダメージは無かった。
それ以前、つまり探り探りやっていた頃の初期メンバーを中心としたグループに対しての被害が大きかった。会社員や母親といった比較的普通の人がやるvtuberは、たどたどしくも界隈に色どりを与えた花だった。当然、殆どの人間に前世はない。
そういった人間を晒すことに対して、ネットも少しだけ抵抗があり、会社が頑張ったこともあって、記憶には残ったものの記録は殆ど消えた。
心の傷は残った。
あの悪魔――雛月は、Vikingの初期メンバーとして参加した一人だった。配信頻度はそこまで高くないが、落ち着いた声と雰囲気、その当時(今も十分少ないが)は珍しかった男性として人気を得て、司会をそつなくこなすことでそれは不動のものとなった。
他のVが炎上した時も、常に諫める側として冷静に対処していた。
写真家であるという雛月は現実でも演者と写真を撮っていた。それが流出し、雛月の演者の個人情報が全て偽りであったことが判明した時、私達は、彼が悪魔というRPに最も忠実な演者だと認めざるを得なかった。事が発覚した時既に、彼は海外へ逃げていたとか。
そして、あの人も消えた。
「お久しぶりです、星怜奈さん」
だけど、逃がしはしない。
小さなアパートだった。意外にもvtuberのグッズは多く、世間話程度に振ったvtuberの話題もある程度解っていた。
「嫌いになったと思ってました」
「嫌いにはなれないよ」
私達は、まるでvtuberのファンのように、色んな問題を無視して語り合った。
「お勧めの動画があるので、どうですか」
「じゃあそこのPCで再生して……」
私はあの人の後ろで待機して、起動した後にマウスを奪い取る。
「銀玲ちゃん!?」
「私達のこと、嫌いでしょ?」
履歴を漁れば、vtuberのアンチスレッドが幾つも並んでいた。
「好きだよ、今でも。……雛月のこともね。それよりなんでわかったの?」
「何をですか?」
「これがアンチスレなこと。タイトルには馬鹿にする言葉も、アンチとも入ってないのに」
「私が……その掲示板の管理人だからですね」
「え……えっ!?」
「こんな近くに居たのに、気付かなかった」
きつね板を作ったのは、五年以上前だ。当時、文芸部に入っていた私は人間の悪意に興味があり、掲示板を開設することにした。最初は過疎っていた板も、やがて人気になっていき、いつしかvtuberのアンチスレが立つようになっていた。私はそれを推奨した。ヤバい情報が流れた場合、即座に対応することが出来るからだ。
「銀玲ちゃん的には前世トークとかエロパロとかはセーフなの?」
「セーフでしょ」
そういう意思を評価されたからか、ネット上で活動していたあるグループには私も参加していたことがある。鬼さんとは入れ替わりかな。
「どうしてそんな平然と、人を傷つけるようなことが出来るの?」
「??」
「雛月も銀玲もあんなに優しいのに」
「だって現実はクソじゃないですか」
あの人は首を傾げた。恵まれて生きてきた人間とそうでない人間が此処にいた。
「もう一回vtuberやりませんか」
「迷惑は沢山掛けた、けど今のvtuber業界は私抜きで十分回ってる。今更復帰しても、厄介を引き連れるだけで、昔に戻るだけ」
「そういうのじゃなくて」
「……………………」
「あなたを……いや、あなたのvtuberが好きだから」
「そっか。やっぱり、嫌いになれないな。何でこんなに似て」
「似てる?」
「雛月と銀玲は凄く似てるよ。違いがあるとすれば、銀玲は雛月より私のことが好きな点くらいかな」
「大好きです」
「自宅まで押しかけてきて、とんでもない厄介ファンだね」
「うっ……」
「星怜奈として表には出れないけど」
「当然、モデルは用意します」
「嫌いだって疑ってたくせに。洗脳でもするつもりだった?」
私は無言で笑う。
ネットの付き合いである以上は、しれっと消えてしれっと戻ってくればいい。私ならそうする。
あの人が復帰する場合は、何かしらのストーリーが必要だ。今の私が用意できる一番大きなものになると……
「ライブを、開こうかなと」
「ふむ」
私があの人と一緒に向かったのは、ヤが付く人たちが過ごす事務所だ。
「銀玲、こんな怖い人たちと関わるの危ないよ。帰ろう?」
「…………結構長い付き合いなのです」
バーチャル風俗の話が業界で出回った時、どうしても話をつけておかなければならない連中が彼らだった。
vtuberをアイドルとして本格的に売り出す時にも、話をした。身辺警護等何回かお世話になってる。
「銀玲姉さんにはいい付き合いをさせてもらってるから、心配あらへんよ嬢ちゃん」
「連れがすみません」
何故一緒に来たのか、そろそろあの人も理解したころだと思う。これは、銀玲の弱点だ。
すっぱ抜かれたら破滅するだろう。それはvtuber業界の破滅に繋がるかもしれない。
「このことは他にも?」
「私とスタッフのみで、『Vark out』の連中は知らない。勘づいてはいるかもしれませんが」
そうなった時、どうするか。
「私じゃ、vtuber界の顔になれない、いや、なっちゃ駄目なのです。だから……」
「私がなれって……? 顔も割れているのに」
「どのみち、ですよ。顔は割れてる方が今となっては都合がいい」
顔があの人でなければならないという道理はない。あの頃のvtuberを私が好きなだけ。
ここまで聞いて、知らんぷりも出来ないだろうという打算に笑う。我ながらやることが狡い。
「一緒にライブ、立ちませんか?」
「――――――ええ」