好きだった作者には更新されるたび、いっぱいの文章を書いて送った。
返信はいつも、一行か二行だった。
愛を示せば、必ず同等の愛が返ってくると思っていた。
作者が受験勉強を理由にして消えた(数年後覗いてみたら、小説そのものが消えていた)。
その時の私は、三分の二を私が占める感想欄を振り返って、何か間違ったことをしてしまったんじゃないかと不安になった。
名取に出会った。
高校、同じクラスで名取の後ろの席、国語の授業、名取が立ち上がって朗読する。
「彼は大声で叫びました。危ない!!」
本当に大声で叫んで、先生も驚いてた。
「息が切れるほど走りました」
次は私の番で、中々話さないから「私の番だよ」って目線を優しく向けていた。
名取は、全力で頑張れる人なんだって知った。
それから、君の姿を時々目で追うようになった。
水泳で必死に溺れないように泳ぐ姿。時間ギリギリまでテストで悩む姿。
陳腐な言葉で言い表すならば、あの瞬間から彼女は私の推しになった。
大学も同じだった。彼女が入っていたのは文芸部だったから、私も同じ部に入った。
「何で、名取はそんなに頑張れるの?」
「生きるのに必死なだけです」
親が厳しいわけでもなかった。彼女の性格と相反するような厳しい規律。
「こういうことを言うと、精神を疑われるので黙っていましたが……」
彼女は私にだけ、もう一人の自分が居ることを打ち明けてくれた。
そして私には、ピンと来たものがあった。
「バーチャルミーチューバーって知ってる?」
最初は単なる遊びだった。でも、彼女は真剣だった。
やがてvtuberブームが来て、彼女は一気に跳ね、登録者は十万人に迫ろうとしてた。
「大学を辞めようと思っています」
「それって大丈夫なの?」
「大丈夫ではないです。しかし、このまま社会に出てやっていけるとも思わない」
昔から、誰かの傍で笑いたかった。多分、それは今だ。
■ ■ ■
声優に求められることとは何だろうか。声、顔、コネ、ダンス、トーク力、知識……
私は無理だった。
「vtuberか……」
Metubeはよく見る。美容系、雑学、音楽、ゲーム実況諸々。最近見始めたのがvtuberだ。
声優として、星怜奈がアニメに出演するとの告知だった。
「何だよそれ」
ああこうやって職を奪われていくのかとなってもいないのに悲観する声優くずれ。
よく分からんおっさんが吹き替えるよりかはずっとましか。
そういう愚痴をベッドの上で吐きながら、動画をスワイプする。チャンネル登録したのに通知は来ていないけど、新着の動画を発見。
1コメだとか2コメだとかの争いをしり目に、動画に没頭する。
ジャンルの発展と共にvtuberが増えていったが、銀玲の声はそれらと比べてもすっと入った。
よく笑うが、そこにはいつも影を感じさせた。そのせいかガチ恋勢が地味に多かった。
私も恋というか、憧れのようなものを、抱いた。そんな綺麗じゃないって分かってるはずなのに。
画面の中で、銀玲が語っている。
「個人でvtuberになるのは、今がギリギリの時期になると思う」
なれるはずないのに、手を伸ばしてしまう。
思ったより、vtuberになることは簡単だった。そして、思っていた100倍人気が出た。
「チャンネル登録1万人、ありがとうございます」
vtuberブームの影響を、ギリギリ受けることが出来た。登録が伸びれば、コラボも出来た。
そうすると、また登録が増えた。名前が出されることも増えていった。
銀玲とのコラボは、叶わなかった。私よりも先輩のvtuberが銀玲とコラボしていないのに、どうして出来るだろうか。
銀玲は、引き籠りだった。私が名前を出しても、フリッター外交すら殆どやっていなかったから、絡みようが無かった。
それでいいと思っている自分すら居た。
人気が増えるにつれ、悩みごとが増えた。
エゴサーチで悪口を見かけるようになった。変な写真が来るようになった。
動画の撮影や生放送を行うたびに、プレッシャーを強く感じるようになった。
確かにそれらは嫌なものだったが、有名になったことを意味していたから我慢できた。
ストーカーには、苦しまされた。
いくらvtuberと言っても、生身の人間あってのもの。
警察は役にたたないし、そうなるとvtuberも嫌になった。
辞めようと思った。
最後に予定していたコラボ、そこには銀玲も居た。
迷惑だろうと思いつつも、私はストーカー被害のことを銀玲に話した。
唾を吐き捨てるように。
「辞めてもストーカー被害が無くなるとは限らないよね」
「まぁ、そうですが。警察も動いてくれないし」
「何とかできると言ったら?」
「え?」
私が伸ばした手を、
■ ■ ■
子供の頃、ナチスに興味があった。
ナチスはありとあらゆる手段で飾り付けられ、今なお恐ろしいものとして言い継がれている。
ナチスの残虐行為とやらが、戦争のワンシーンに過ぎないことを知ってから、熱が冷めた。
どうしてあんなに魅力的に感じたのだろう。それはナチスが正しくあろうとしたからだ。
私は、正しくあろうとする人間が好きだ。それが実際に正しいかどうかはどうでもいいことだ。
私の父は正義のジャーナリストだった。たまに家やって来て父が見せてくれた写真よりも、記事の方に興味があった。父はそんな私を褒めてインターネットを自由に触らせてくれた。そこには父の批判も書かれていた。その時私は、正義というのが一面的なものだと知った。父には言えなかった。
中学になってフラットな情報が欲しいと思い、掲示板を開いた。
最初は少なかった人も、段々増えた。まとめを始めた。段々アクセス数が増えた。
お金が手に入るようになっていった。
その頃、父は苦境に立たされていた。政権批判の嘘がバレたのだ。お仲間もその時ばかりは批判していた。父は職を失ってしまった。家に毎日いるようになって、お酒を沢山飲むようになった。幸いなことに、色んな人からお金を貰っていたから、生活には困らなかった。
「自分のやることが正しいとでも思っていたのですか?」
「こんのクソガキ、誰のおかげで食えていると思ってんだ!!」
思い切り殴られて、突き飛ばされて、あとから調べると血もそれなりに出てたけど、その時は全然痛くなかった。
私は電話を掛ける
「もしもし、警察ですか――」
運がいいことに、まとめで生活のお金を稼げるようになった。心の傷を負ったことにしたら中学も休めた。
高校も休もうかと思っていたけど、母は私を高校に行かせたがった。
「普通に生きてほしいの」
「……………………」
それが正しいと思って頑張ってみるも、私の心は荒れていた。
父を殺して血の味を知った私のナイフはありとあらゆるものを傷つけることを望んだ。
結局、自分で自分のことを否定するしか、収める術はなかった。
やがてヒップホップに出会った。
この音楽で、初めて攻撃的な私を肯定できた。
私は少しずつ、普通になっていった。
「vtuberって知ってる?」
あの一言を聞くまでは。