花は桜木、君は美し   作:喉黒飴

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皆様、新年あけましておめでとうございます。
拙い我が小説ですが、生暖かい目で見ていただけましたら幸いです。


第二話

 

 悲鳴嶼が十三たちに課した課題、それは山中にある大岩を動かせというものであった。

 

「……そんなこと、誰が出来るっていうのよ」

 

 しのぶは力なく頭を垂れる。

 課題を課されると言うからには、並大抵の物がくるはずがないと予想していた。

 しかしそれでも、岩を動かすのは完全に予想外であった。

 

 悲鳴嶼はゆっくりと岩に手を添え、強く言い放つ。

 

「私は日々これを一町──凡そ109mほど──動かしている。胡蝶しのぶ、君は今出来ないと言ったな」

「……言ったけど、それがどうしたというのよ」

「仮に鬼と対峙した際に、同じように泣き言を言うのか? 出来る出来ないという話ではない。出来なくとも、やらなければならない。やり遂げなくてはならない。そうでなければ誰かが死ぬことになる」

 

 厳しさを孕む悲鳴嶼の声に、しのぶは思わず気圧される。決して舐めていた訳では無いが、それでも自身の認識が甘かったことをしのぶは痛感した。

 

「期限は──一週間。その間に岩を動かすことが出来れば、君たちを認めよう」

「……っ、一週間。それが出来なければ帰れってことよね?」

「あぁ、察しの通りだ。その間に三人で動かせなければ、君たちには帰宅してもらう他無い」

 

 言い終わった後、悲鳴嶼は岩から十三へと視線を移す。

 胡蝶姉妹は課題に対して、大きな反応を示していた。具体的に言うならば、カナエは混乱、しのぶは怒りと絶望を覚えていた。

 しかし、十三に感情の起伏は見られなかった。木に寄りかかり、ただただ淡々と悲鳴嶼の話を聞き、平然としている。

 

「岩を動かせば良いんですよね?」

「……あぁ、それが条件だ」

「ありがとうございます──動かして見せますよ」

「……大した自信だ。期待しておこう 」

 

 幾ら十三が男性と言えど、純粋な筋力であの岩を動かすことは出来ないと悲鳴嶼は判断している。しかし、胡蝶姉妹が切羽詰まる中、十三だけがあっけらかんとしていた。

 

「……ここで一夜過ごすつもりならば、藤の花の香を焚くように。鬼の威は君たちもよく知っていよう」

「お心遣いありがとうございます。必ず焚くようにします」

 

 三人の元を離れ、悲鳴嶼は帰路に就く。

 道中、脳裏に浮かぶのは何故あれほどにも十三には余裕があったのか、それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 悲鳴嶼が去ったことにより、その場は静寂に包まれる。ヤマドリを始めとする様々な鳥類の鳴き声が辺りから聴こえてきたところで、硬直が溶けたしのぶは駆け出し全力で岩を押し──やがて力尽き諦めた。

 岩の大きさは優にしのぶの背丈を超えている。それだけの岩を動かすのは、ただでさえ華奢なしのぶの力では出来るはずもなかった。

 

「あぁもう! なんなのよ! こんなの動かせるはずがないわ!」

「しのぶ、そう怒っては駄目よ」

「でも姉さん、そうは言ってもこんなの無茶よ。 三人掛りでも動かせっこないわ! きっとあの人も見栄を張って一町動かせるだなんて言ってるのよ」

 

 憤慨するしのぶに、それを宥めるカナエ。

 以前通りのやり取りを前に、十三は二人にバレぬよう密かに笑みを浮かべる。

 

「偉く焦ってるなしのぶ」

「当たり前よ。出来なかったら私たちは帰宅しなきゃならないのよ」

「落ち着けよしのぶ。 そう焦ることはないさ」

「そう言えば十三はずっと余裕ね。 なんでそんなに落ち着いていられるのよ」

「──策がある」

 

 十三の言葉に、胡蝶姉妹は驚嘆の表情を浮かべた。先程まで悲観していたにも関わらず、ころころと良く変わるその表情は傍から見ても面白いものである。十三は笑わないよう必死に表情を作った。

 

「どんな方法なの、十三くん」

 

 問うカナエに対し、十三は人差し指をその口元に近づけることで制する。

 

「まぁ待てよ。俺たちが純粋な力であの大岩を動かせると、悲鳴嶼様は微塵も思っちゃいない」

「え! じゃあやっぱり端から合格させる気はないってことじゃない!」

 

 またもやしのぶが鼻息を荒くする。そんなしのぶの頭を撫でながら、十三は言葉を紡いでいく。

 

「それは違う。あの方は、俺たちの機転が利くかどうかを試しているのさ」

「それでわざと無理難題を出したってこと?」

「そういう事だ。 だからまず────」

 

 十三から伝えられたその言葉に、カナエとしのぶの両名は思わず目を丸くした。

 

 翌日。

 再びあの場を訪れた悲鳴嶼は、目の前の光景に驚愕した。

 

 ──岩が動いている。

 

 地面には掘り返した後があり、岩の周囲には人の背丈程の木々があった。

 これらが意味することは一つしかない。

 

「……梃子の原理を使ったのか」

「その通りよ!」

 

 悲鳴嶼の言葉を、しのぶは力強く肯定した。

 

「条件は、岩を動かせば良い、でしたよね」

「……あぁ、その通りだ。 君が余裕だったのはあの時点で梃子が頭にあったからか」

「そういう事です。でも二人も何れ気付いていたと思いますよ、何たって俺より頭が良いですから」

「末恐ろしいな、君たちは」

 

 可能ならば岩を動かすなど出来て欲しくは無かった。

 鬼殺隊は常に死と隣り合わせであり、いつ誰が命を落とすか分からない極めて危険な組織である。

 

 理不尽な不幸ゆえ、それを忘れることは難しいだろう。復讐したい気持ちは痛いほどわかる。

 しかしそれでも、生き残った者には平和な日常を歩んで欲しいと思うのが、悲鳴嶼の本心だった。

 

「おじさんの条件はさっき十三も言っていたけど、岩を動かすということだけ! 純粋な力だけで動かせとは聞いてないわよ!」

「くふっ」

「しのぶ、おじさんなんて失礼に値するわ。十三くんも笑っちゃ駄目よ。すみません、悲鳴嶼様」

 

 ふふん、としのぶは不敵な笑みを、十三は柔和な笑みを浮かべており、カナエは申し訳なさそうに眉尻を下げていた。

 

「……私はまだおじさんと呼ばれるような年齢ではない」

「んー、それじゃあ、悲鳴嶼さん」

 

 相変わらずしかつめらしい声だな、と悲鳴嶼はしのぶにバレぬよう呟く。

 

 三人の表情に違いこそあれど、その瞳は真っ直ぐに悲鳴嶼を捉えており、強く凛々しい瞳をしている。

 断られる可能性など、微塵も考えていなかった。

 

「──大したものだ」

 

 願わくば三人には平穏に暮らして欲しかった。

 今でもその気持ちに嘘偽りは無い。

 

 しかしまた別の感情が胸中に生じていたことを、悲鳴嶼はよく分かっていた。

 それはこの三人の、鬼殺隊士としての未来を見てみたいというもの。無理難題を突きつけたにも関わらず、彼ら三人はそれを対処して見せた。しかも当日中にだ。賞賛に値することだと、悲鳴嶼は心の中で三人を称えていた。

 

「私は君たちを認める。 胡蝶カナエ、胡蝶しのぶ、天野十三──良くぞ成し遂げた」

 

 その言葉に三名は、三者三様の反応を示した。

 しのぶは喜びながらも、初めて名前を呼ばれたことに対してどこかくすぐったそうに。カナエはそんなしのぶを穏やかな笑みを浮かべながら見守り。そして十三もそんな二人を見てほっと一息、胸を撫で下ろしていた。

 

「──天野十三、君に話がある」

 

 所変わって悲鳴嶼宅。あの場所から帰宅し、客間へと通された十三に対して、悲鳴嶼は予てから懸念であったことを話す心積りであった。

 

「君は、私が駆けつける前に、鬼に手元にあった面子を投げつけたそうだな」

「はい。せめて一矢報いようと必死でした」

 

 結局徒労に終わりましたけど、と十三は苦笑いする。

 

「怯まず立ち向かえる君の胆力は素晴らしい。しかし同時に危うさを感じざるを得ない。君のような若者が、戦場で命を散らしていくのを何度も見てきている。──勇敢と無謀を履き違えてはならない」

「…………はい」

「それをゆめゆめ忘れるな。私との約束だ。これを守れる限り、私も君の力になろう」

「……頑張ります、ありがとうございます」

 

 悲鳴嶼は優しく微笑みながら、その大きな手で十三の頭を撫でる。十三の頬を、一筋の涙がそっと伝った。

 

「ここで英気を養うといい。数日後からは激動の日々を過ごすことになるのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数日が経過し、十三たち三人は旅立ちの時を迎えた。悲鳴嶼から山での過ごし方を初めとする手ほどきを受けた彼らは、以前よりも精悍な顔付きをしており、その表情からは覚悟が窺えた。

 

「何から何までお世話になり、ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」

 

 カナエの言葉に合わせ、しのぶと十三の両名も深く頭を下げる。

 

「……私は私に出来ることをしたまでだ。気にする必要はない」

「それでも俺たちは悲鳴嶼さんに感謝しています。香薬袋の件も、ありがとうございます」

 

 十三が首から下げるもの、それは藤の花の香薬袋であった。鬼は藤の花を嫌う習性があり、鬼殺隊では鬼避けの御守りとして使用されているものである。稀血故に鬼に狙われやすい十三の為にと、悲鳴嶼が手配したものであった。

 

「育手の元に辿り着くまでに、死なれては夢見が悪くなるからな」

「なんでこの人は素直にお礼を受け取れないのかしら」

「しのぶ、口が過ぎるわ」

「悲鳴嶼さんにはこれくらいがいいのよ」

「全くもう……妹がすみません、悲鳴嶼さん」

「……いや、いい。気にするな」

 

 脳裏に浮かぶのは、数年前のこと。子供たちと共に、寺で過ごしていた時のことだ。

 以前までは苦しくて辛い思い出だったが、確かに楽しい日々だったと振り替えれるようになった。

 そう思えるほど、彼ら三人との暮らしは短いながらも心地良く、悲鳴嶼の心境に変化を齎していた。

 

「私が見送れるのもここまでだ。ここからは各々の道を進まなければならない」

 

 一行の視線の先には三叉路。この場から各々の道を行き、それぞれの育手の元へと向かうこととなる。

 

「次に会う時は鬼殺隊になってからね」

「ふむ、そうなるとしのぶと会うのはかなり先の話になるな」

「もう、十三ってば! なんでそんな事言うのよ!」

「そうムキになるなよ、ははっ」

 

 これから壮途につく、というのにまるで緊張感の無い二人を前に、カナエと悲鳴嶼は思わず頭を抱えたくなった。

 

先程までのどこかおちゃらけた様から一転、真剣な表情へと変わった十三を見て、カナエとしのぶも表情を硬くする。

 

「最終選別の壁は高く大きく、そして険しいが、越えられない壁なんて無い。カナエ、しのぶ──生きてまた会おう」

「みんな絶対死んじゃダメだからね。約束よ」

「えぇ、絶対に鬼殺隊士になるんだから」

 

 誓いを立てた三人は悲鳴嶼に礼を済ませると、決意を新たに各々の一歩を踏み出す。

 

 鬼殺隊士となり、生きて再び再会する為に。

 

 

 

 

 




次話以降時間スキップという名のご都合主義が入ります。
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