花は桜木、君は美し   作:喉黒飴

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お気に入りだけでなく、評価までつけて頂きありがとうございます。
この様な経験は初めてのことであり、感無量でございます。

前話の後書きに書きましたように、今話から作中での大幅な時間経過が見られます。
予めご了承くださいますようお願い致します。


第三話

 

 巨大な体躯に何本もの太い腕がまとわりついた、奇怪な姿した存在、その名を手鬼と言う。

 

 手鬼は江戸時代から今日に至るまで逃げ出すことの出来ない藤襲山──藤の花の牢獄──の中で人知れず生き延び、数多もの鬼殺隊候補生を喰らって力を付けていた。

 凡そ五十名以上の鬼殺隊候補生と対峙してきた中で、手鬼はその経験から基本の呼吸と呼ばれる種類を把握している。手鬼がこれまで生存している所以は、各呼吸の型をある程度把握している点にある。

 その知識を持って、圧倒的な驚異として手鬼は候補生たちを葬り去って来た。

 

 これまでに二人ほど、印象に残っている候補生が居る。口元に傷を負った宍色の髪の少年に、花柄の着物を纏う小柄ながらも素早い少女。彼らには確かな力があった。その二人と相対した際に抱いたのは高揚。恐怖などは微塵も感じず、自分よりも弱者を葬る快感がそこにはあった。

 

 それ故に、今この場の出来事は手鬼にとって衝撃的であり、受け入れ難きものであった。

 

「……何だ、何だその呼吸は!」

 

 ──知らぬ! 知らぬ! 知らぬ! 

 

 身体を伝うのはじわりと滲み出た冷や汗。

 ここまで恐怖を抱いたのは随分と久しい。

 元水柱である鱗滝左近次に敗北した以来となる経験に、手鬼は動揺を隠せない。

 

 まんまと自身の前に姿を見せた候補生(えもの)は既に瀕死まで追い込んでおり、自身の勝利は揺るぎない。

 例年通り、抜かりなく戦闘を終えた今、候補生をいつもの住処へと運び、食事について今回の狩りも終了するはずだと──そう思っていた。

 

 所がどうだ。

 突如木々の中から現れた新たな候補生が着くやいなや一閃──瀕死の候補生は手中から離れ、自身の身体からは鮮血が舞う。

 太刀筋は鋭く、腕を斬られたのだと認識するまで時間を要した。それほどまでに素早い剣技であった。

 

「アァアアア俺の腕がァ!」

 

 切断面は熱を帯びているが、それに反して全身に悪寒が駆け巡る。

 手鬼の頸は硬く、更に太い腕で囲むことによりその防御力を上昇させている。手鬼の前に散っていった候補生は皆例に漏れず、この守りを突破することが出来なかった。

 しかし、この度手鬼の前に現れた候補生はひと味もふた味も違う。身体能力は勿論、剣術も腕が立つ。そして何より初見である呼吸法を操る。これらのことを踏まえると、自身の頸が斬られかねないと手鬼はその身を固くした。

 

 動揺する手鬼に対し、それらをやってのけた候補生──天野十三はどこまでも冷静だった。

 手鬼と距離を取りながら、抱える候補生の脈拍を測り、その容態を確認していく。

 夥しい出血がある候補生は瀕死の状態にあるのは明らかである。しかし、あくまで瀕死であり、すぐさま応急処置を行えば助かる見込みがあると十三は判断していた。

 候補生をそっと木の根元に下ろし、十三は手早く止血へと取り掛かった。手鬼の存在などまるで眼中に無いとばかりに応急処置を的確に進めていく。

 

 手鬼からすればそれは異様な光景であった。

 目の前の候補生は鬼と対峙しているにも関わらず、堂々と他の候補生の応急処置に取り掛かっている。

 手鬼にとって、これ程屈辱的なことは無い。

 他ならぬ自身が舐められている、相手にされていないという事実が手鬼の神経を逆撫でし、そして激昂へと至る。

 しかしその憤怒が長く続くことは無かった。

 

 応急処置が終了したと同時に、十三は異形の存在──手鬼の姿を改めて確認する。

 

 その鋭い視線を浴び、手鬼は十三から発される明確な殺意に対して鬼の身ながらも臆した。

 憤怒は恐怖へと移ろい、明確な死のイメージが手鬼を支配していく。

 

 ──俺はここで死ぬのか? 

 

 十三が刀を手に取る前に、手鬼は全身全霊をかけて攻撃態勢へと入る。

 

「俺はまだ、死にたくないィ!」

 

 地面から多数の腕を伸ばし、足元を狙って攻撃を行う。

 完全に虚をついたとばかりに、手鬼は笑みを浮かべながら追撃を重ねていき──半数ほど腕を斬り刻まれた。

 

「グアァアアア! 痛てェ! 畜生! 俺の自慢の手を、蛸の足みたいに斬り刻みやがってェ!」

「言い残すことはそれだけか?」

 

 独特な呼吸音が鳴り、十三が抜刀しようとしたその時、周囲の木々が次々に倒れ始めた。

 これは先程の手鬼の攻撃によるものであり、根元を破壊された木々は為す術もなく重力に従う他なかった。

 

 手鬼からすればこの状況は願ってもみない好機である。先程の攻撃の副産物として、手鬼の周囲には倒木がいくつか出来上がっていた。ならばやることは一つ、これらの倒木を逃走のために利用するのである。

 手鬼は力を振り絞ることで、先程切断された腕を再生させる。そしてそれらの手で倒木を掴むと、ある場所を目掛けて投擲した。

 

「ガキが、油断したなァ!」

「ッ、やられた!」

 

 手鬼が狙ったもの──それは瀕死の候補生である。十三だけなら木々を避けるのは可能であっただろう。しかし今の候補生にそれを望むのは酷なことだ。何しろ重症である。意識を失っている今、無防備なその身体を守る術を候補生は持ち合わせていない。

 手鬼は既に逃走体勢に入っている。

 出来る限りの速度で候補生の元へと戻るなり、抱えてその場を離脱した。

 

「……逃したか」

 

 あの場で手鬼を仕留めることは可能であった。

 しかしその為には、対価として人命を見捨てる必要があった。

 人命と鬼の討伐──秤にかける間でもなく、十三が選択するのは人命である。幾ら鬼が憎かろうとも、助けられる命を無視することは十三には出来なかった。

 

師匠(せんせい)からすると、こういうところが甘いって言うんだろうな」

 

 酒を片手に、顔を真っ赤にして怒鳴る育手の姿を思い浮かべ、そう独りごちる。

 

 何はともあれ、一人の人命を救えたことには変わりない。

 

「……っ、うぅ……」

 

 背中に背負う候補生から声が発せられる。応急処置はしたものの、傷口が痛むのだろう。

 

「……お、鬼は……どうなりました?」

「安心するといい。あの鬼は退けた」

「そうですか……痛っ」

「応急処置をしたとはいえ、重症なんだ。無理に話さず回復に務めるといい。下山したらすぐ様医者に診てもらえよ」

 

 医療に関して多少の心得はあるものの、十三はその道の専門では無い。感染症の懸念もあるため、医師に診てもらう必要があった。

 

「……助かりました。ありがとうございます」

「寄せよ、照れくさい」

 

 そして──

 

「お帰りなさいませ」

「おめでとうございます。ご無事で何よりです」

 

 七日目の早朝を迎えると共に、十三は候補生を背に背負いながら下山し、瓜二つな男女──産屋敷輝利哉と産屋敷かなたの両名に出迎えられる。

 

 つまるところ──最終選別合格である。

 

 

 

 

 

 

「──十三、起きて。 そろそろお見えになるわ」

 

 暖かな陽が差し込む縁側にて、胡蝶しのぶ──紫に染まった毛先と後頭部に着用した蝶の髪飾りが特徴的な、端正な顔立ちをした女性──が自身の膝上で眠る男性の肩を揺らす。

 

「……俺は食いたい時に食い、寝たい時に寝るのよ」

 

「──十三?」

 

「痛ッ! 分かった起きるから! 辞めろしのぶ!」

 

 耳垂を思い切り引っ張られてしまえば、強制的に重たい瞼を持ち上げる他なかった。数回ほど瞬きしたところでぼやけていた視界が安定してきたのを十三は知覚する。視界を持ち上げれば、微笑むしのぶの姿がそこにはあった。どうやら日向にいるうちに眠ってしまったらしい。欠伸を一つをしたところで、十三は頭部に柔らかさと温かさを感じた。所謂膝枕というものである。

 

「──悪い。 重いだろう、直ぐに退く」

 

「気にしなくていいわよ」

 

「そういう訳にもいかんのよ」

 

 人間の頭部の重さは個人差はあるものの凡そ体重の10%程であると言われている。17歳ながらも体格の良い十三の体重は凡そ80kgほどだ。つまり頭部の重さは約8kgほどになる計算である。

 対してしのぶは華奢な体躯だ。その様な身体に自身の頭部は重りになると判断した十三は、名残惜しく思いつつも横たえていた身体を起こし、しのぶの横に腰掛ける。あのままの姿勢を続けるのは流石に気が咎めた。

 

「十三くん、しのぶ、お見えになられたわ」

 

 障子が開き、鈴の音のような声とともカナエが現れる。花柱に就任したと共に仕立てた羽織りは蝶を模しており、煌びやかで美しい彩りはカナエによく似合っていた。

 

「お久しぶりです、十三」

「随分と久しいな──まさお」

 

 その背後から黒子のような黒装束を身に纏う男性が現れる。

 

 前田まさお──鬼殺隊における事後処理部隊“隠”に所属し、日々鬼殺隊を影で支える一人である。主な役割としては、隊服である詰襟の製作及び修復を担当する縫製係を担っており、辣腕を振るう技巧者として重用されている存在だ。

 

「前田まさお、俺の同期だ」

「紹介に与りました前田です」

「ふーん、貴方が話に聞いていた十三の同期ですね」

「こら、しのぶ。きちんと挨拶なさい」

 

 仏頂面であるしのぶに対し、カナエは軽く拳骨を落とす。勝気な性格をしているしのぶだが、敬愛する姉の前ではそうも居られない。

 渋面になりながらも前田に対して挨拶を行う。

 偉い偉いと、頭を撫でてくれるカナエの前に思わず頬が緩むが、こうしてはいられない。今日はわざわざ前田をとある要件があるために呼び出している(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)のだ。そのことを思い出したしのぶは、首を左右に振って意識を切り替える。

 

 あれはつい先日のこと──

 

「ただ今帰りました」

「おかえりしのぶ。任務お疲れ様」

 

 任務を終え、蝶屋敷へと帰宅したしのぶを迎えたのは十三であった。

 その手には硝子で作られたコップが握られており、中には香り良い冷茶が注がれている。手渡されたそれを受け取り、一息つく。疲れた体に冷茶は心地よく、玉露を好むしのぶはこの時間を甚く気に入っていた。

 

「あれ、隊服変えたのね」

「あぁ、衣替えの時期らしいからな。カナエもしていたぞ」

 

 他愛もない話が心地良い。

 ここ数日ほど任務で外に出ていたしのぶは、日常を求めていた。

 鬼との戦闘は過酷で、想像よりも心が痛む。

 そんな荒み弱った心を、蝶屋敷は癒してくれる。 暖かく優しいものばかりで構成された蝶屋敷は、しのぶにとって大切なものであった。

 

 心の平穏も戻ったところで、視界に映るのは最愛の姉であり、花柱でもある胡蝶カナエ。

 久しぶりの彼女の手料理に舌鼓をうつ準備は整っており、機嫌も上々。これからいざ実食という所で事件は起きた。

 

「ね、姉さん!? その破廉恥な隊服はどうしたの!」

 

 確かに先程、十三は衣替えの時期らしいと言っていたことを思い出す。

 

 ──それにしてもこれは……。

 

 数日ぶりに見たカナエの隊服の胸元は大きく開けており、その奇抜さは例え同性であっても目のやり場に困るものであった。

 

「え、これは公式って言われたんだけど……」

「そんなわけないでしょ! 誰なのよそれを仕立てたやつは!」

「前田さんという十三くんの同期の方で……」

「──十三の同期? これから一緒に殴りに行きましょうか」

 

 穏やかであった心は一瞬にして怒りへと変貌する。しのぶの怒りは、まさに怒髪天を衝く勢いであった。

 

「そこで笑い転げている十三。前田さんと連絡とっておいてね」

「おいおい俺がとるのか?」

「貴方その隊服がどういうものか知ってて姉さんに着せたでしょ! 私からすれば同罪だわ!」

「痛い痛い! 心得た! 文を飛ばしておくから抓るのは辞めてくれ!」

 

 そして話は現在へと戻る。

 

「姉さんに破廉恥な隊服を着せたのは貴方ですね?」

「あぁ、あの寸法がドンピシャで、完璧な状態だった隊服のことですか。いかにも私です」

「何をそう誇らしげにしているのですか……」

 

 トレードマークである眼鏡を輝かせ、胸を張る前田に対して、しのぶは項垂れる他なかった。

 

「時に十三、彼女は何故頭を抱えているのです?」

「ん? あぁ、しのぶは自分の分の隊服が新調されなかったから拗ねているのさ」

「そんなわけないでしょ!」

「あぁそうでしたか! そうならそうと早く仰ってくれれば良いものの。ちゃんとしのぶさんの分も用意してありますよ」

 

 おもむろに前田は手に提げていた鞄から詰襟を取り出すと、しのぶの元へと向かい直接それをどうそ、と渡す。

 

 サイズこそは一回り小さいが、デザイン自体はカナエが着用していたものと同様であり、胸元が大きく開いている隊服であった。何より恐ろしいのはそのサイズである。カナエの際に完璧と言っていたが、隊服のサイズ感は本当に丁度良く調整されている。関わったことの無い人物が、自分に合ったサイズを把握しているという点はしのぶにとっては恐怖であり、事の原因が誰にあるのかも検討が付いていた。

 

 ぴきり、としのぶの額に青筋が浮かびあがる。

 

 ここからの行動は最早決まっていた。

 手にするのは持参した燐寸(マッチ)(オイル)。流れるように側面を擦ることで火を起こし、たっぷりと油を注いだ隊服へと移す。

 

「こんな破廉恥なもの着れるわけないでしょ!」

「あぁなんてことを! 私の作品が! チクショォォ!」

「賑やかで良いわね十三くん」

「流石にその発言は天然がすぎるだろ……カナエ……」

 

 怒る者、嘆く者、微笑む者、戸惑う者。

 四者四様の反応を見せる中で、黒い影が空を舞う──鎹鴉である。

 

「伝令! 伝令! カァァ! 南西ノ町ヘ直チニ向カエェ!」

 

 鎹鴉が鳴く頃。

 それは鬼の出現時であり、それが指すものは一つ。

 

「しのぶ、十三くん。迅速に向かわよ」

「いつでも出れるわ」

「悪いな、まさお。また今度な」

「……呉々もお気をつけて。ご武運を願っています」

 

 それ即ち──鬼狩りの時間が始まった。

 

 

 

 





ゲスメガネことまさお君とは同期設定という独自設定。
手鬼との戦闘を経て、自信に才が無いと見切りをつけ隠の道に進む、というのが拙作でのまさお君です。

留年の危機が首元まで迫ってきているため、次話は遅くなります。
余裕が出来次第執筆に取り掛かるつもりです。

それでは次話でお会い出来ることを願っています。
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