首置いてけ、なぁ。   作:奥の手

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第1話

 

 そこは白い廊下でした。素材のよくわからない真っ白な床と、素材のよくわからない真っ白な天井。

 そして左右の壁には無数の扉が付いています。描かれているとか、模しているとかではなく付いています。

 

 廊下には一人の男がいました。

 いかにも勉強が得意そうな、ホワイトカラーという言葉がこの上なく似合いそうな痩せ型の男です。口にはタバコを咥えています。通路の中央に、まるで誰かを待ち構えているかのように、机の上に本やら書類やらを広げて座っています。

 

「次」

 

 男がそう短く口にすると、目の前に人影が現れました。

 ほんの一瞬の間です。一秒にも満たない次の瞬間には、全身血まみれでボロボロの人が立っていました。

 

 鎧でしょうか。血なのか塗りなのかよくわかりませんが、朱色に染まった鎧を身につけています。

 

「……ッ!」

 

 ひどく驚いているようです。声を出そうとし、声にならず、もう一度息を吸ってから、

 

「……何……だ! なんだ……ここは……ッ! どこだ、ここは……ッ!」

 

 叫びます。目線があちこちへ走ります。

 左右に連なる数々の扉。光源のよくわからない天井の明かり。そして目の前の謎の男。見慣れない服装をしています。

 

「誰だ……ッ!」

 

 真っ赤でボロボロな男が叫びます。誰だと聞かれた痩せ型の男はそれに応える様子もなく、チラリと扉の一つに目をやります。

 それから何事かカリカリと手元の書類に書き————。

 

「……む、これはいけない」

 

 どうやら書き損じてしまったようです。二重線で消そうとペンを持ち上げたその瞬間。

 

 ズッ。

 ぞぶり、と。

 

「!!」

 

 真っ赤な男が、横の扉の一つに埋もれてしまいました。

 右腕が、右肩が、右足が、腹が、そして頭が。ゆっくりとですが止まることはなく、扉の向こうに消えていきます。

 

 吸い込まれていく最中、何か叫ぼうとしたようでしたが、それは残念ながら言葉にはなりませんでした。

 そして一人廊下に居る男は、書き損じてしまった書類に遅くも二重線を入れ、

 

「……まぁ、いいでしょう」

 

 一言ぽつりと呟きました。その表情は、ほんの一瞬だけでしたが、まるで大事なおもちゃを川に落としてしまった子供のような、残念げな様相でした。

 しかしそれも一瞬のことです。寸刻後には、

 

「次」

 

 何食わぬ顔でそう廊下に響かせていました。

 

 

 ◯

 

 

 夜です。

 夜といっても満月のようで、灯火などなくとも周囲の様子がよく見える明るい夜です。

 

 そしてそこは森でした。

 左右に木々が立ち並ぶ、森の中の一本道。土を踏み固めてできたまっすぐな一本道です。そこを、先ほどまで白い廊下に立っていた、ボロボロで赤い鎧を身につけている男が歩いていました。

 歩く、とはいってもふらふらで、おぼつかない足取りです。ともすれば今にも倒れてしまいそうです。

 

「なんだ……どこだ……ここは……どうなって……」

 

 もう息も絶え絶えですが、この男は足を止めません。血が流れ、滴り落ちて点々と地面を染めているのですが、そんなことは気にも留めていないようです。

 

「帰るのだ……(おい)は……帰る……薩州、に…………」

 

 どさり、と。

 ついに力尽きたのか、それだけを消え入るような声で呟いたのち、男は倒れてしまいました。

 赤い武者鎧の背中。白字の十文字が、月明かりによく照らされていました。

 

 ◯

 

「ッ!」

 

 男は目覚めました。布団の上で。

 ここはどこだと辺りを見回して、どこぞの屋敷の中であることが伺えました。

 月の明るい夜のことです。起こした身体中がまだ痛むこともお構いなしに、男は立ち上がります。

 

 全身を包帯でぐるぐるにされています。その包帯は清潔で、しかも上等なものであることに気がつきます。

 

「なんぞ、誰に助けられたか……」

 

 ここがどこで、誰が自分の傷を手当てしたのか、とんと検討がつきません。

 薩摩までたどり着き、家紋を見て島津の家中の者と見定められ、手当を受けたかとも思いましたが。

 

「そいは、()()か」

 

 まさかあの程度歩いただけで戻れるわけはないだろうと思い直します。

 朧げな月明かりの中、すぐそばに置かれていた鎧を着直します。血は拭われ、丁寧に整えられていました。

 

(だい)が知らんが、礼ば言わねば……ん?」

 

 刀と脇差を腰へ差し込み、縁側へと出た時でした。

 ぴっと、何かが匂ってきました。鼻腔を燻る匂いです。手のひらにじわりと汗が滲みます。

 

「こん匂い……ッ」

 

 (いくさ)の匂い。血の匂い。誰かが切られたか、射られたか、多くの血を流しているに違いない戦場(いくさば)の匂いが、庭に充満していました。

 

 裸足のまま駆け出ます。縁側に沿って走り、裏手の方へ。

 より血の匂いが濃くなる方へ。庭の裏手。誰か人がいると思わしき場所へ飛び出します。

 

「——ッ!」

 

 瞬間、男は抜刀しながら飛び下がりました。宙にちかりと火花が飛びます。

 つい先程まで身を乗り出そうとしていたところに、一人の人影がありました。中肉中背の男ですが、やけに爪が長いです。そして、口元と胸元がべっとりと血で染まっています。

 同じ赤色でもずいぶん見栄えのする赤鎧の男とは全く雰囲気が異なります。赤鎧の男が、爪長の男を睨みつけます。

 

「……何ば、血ぃ(すす)りよるとか。貴様(きさん)、なんぞ?」

 

 明らかに自分を手当てした者ではないと分かります。見れば、爪長の男の後ろには、いく分割もされた人間の死体が転がっています。その数、一人や二人ではありません。

 

「あぁ? お前こそ誰だよ。食事の邪魔してんじゃねぇよ。死ね」

 

 爪長の男がそうぼやき、次の瞬間には飛びかかってきました。

 爪で首を刺すかのように、振り上げた右手を伸ばします。

 

 ぞん。

 

 そして右手が肘から断ち切られました。刀を振り抜いた赤鎧の男は、躊躇いなく返す刃で爪長の男の首を掻き切ります。

 月光が刃の軌跡を映し出すかのように、きらりと刀身が光りました。爪長の男の首がごろごろと庭を転がります。

 

「……?」

 

 赤鎧の男が首を傾げました。

 確かに首を切りました。切り落としました。しかし手応えがありません。

 首の落ちた爪長の男の体を見ます。二歩、三歩と注意深く刀を構えたまま下がります。

 

 血が出ていないのです。たった今転がり終えた首の方も、一滴たりとも出ていません。

 それどころか。

 

「痛ってな。てめぇ。何しやがんだよ痛ってぇな畜生が」

 

 悪態をついています。ベラベラと喋っています。そして体の方は、切り落とされた右手とは反対の、これまた同じくらい長い爪を持つ左手が振り上げられていました。

 

「——ッ!!!」

 

 赤鎧の男は、今度は刀を振らずに、差し込まれてきた左手を脇で挟みました。

 間髪入れずに体を捻り、勢いそのままに後方へぶん投げます。首無し、右手無しの体は勢いよくすっ飛び、庭の壁に叩きつけられました。

 

 そのまま赤鎧の男は下がります。人の死体が積み重なっているところへ背を向けたままにじり寄ります。つい今ほど投げた敵から一時も目を離しません。

 

 死体の山へ寄ると、何やら気配がしました。すぐそばで誰かが手足を縛られているようです。

 

「誰ぞ」

 

 そちらへは目もくれず訊きます。見ずとも気配の正体がなんであるか、少なくとも敵か味方かはよく分かりました。

 

「た……た、たすけて」

 

 震える、少女の声でした。今にも消え入りそうな、泣き出しそうな、しかし泣こうにもあまりに凄惨な場ゆえに泣けないでいる、そういう声でした。

 赤鎧の男が、振りむかずに答えます。

 

「おう。いまこのくそ馬鹿ばぶち切って助けちゃる。じゃけん、もう少し辛抱せぇな」

 

 こくりと少女がうなづきます。

 手足を縛られ、肩を震わせ、おそらくは家族の者であろう血で染まっている少女に、赤鎧の男も頷き返します。

 そして、

 

(おい)を助けちくいて、あんがとな」

 

 そう言い残したのち、ずるりと、身を低くして、先程壁に叩きつけた敵の元へ駆け寄りました。

 敵の体は起き上がっています。跳ね飛ばした首からも、小さな手足が生えているのが見えました。切り捨てた右手からも、二本の足が生え、こちらに向かって来ています。

 

 そのことごとくを。

 赤鎧の男は。

 切って、斬って、斬り伏せ、断ち切り、斬り捨て、なますに切り刻み尽くしました。

 

 そうして、いく数体にも分裂する敵を、もうこれ以上何をどこに生やして、どうやって移動するのだというところまで切り刻んだのち。

 

「はン、他愛なか」

 

 朝日と共に燃えてゆく敵だったものを、赤い鎧の男は不満げに眺めていました。

 

 それから少女の手足を縛っている縄を切り解き、手ぬぐいを渡してやります。血で濡れた顔を拭かせます。

 少女はいまだにひどく怯え、体を震わせていましたが、

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

 なんとかそれだけは言えました。

 赤鎧の男はにこりと、双眼を細めながら笑ってやり、

 

(おい)は島津。島津豊久(とよひさ)。島津家久が子じゃが、ここがどこで、此奴がなんで、お(まい)が何もんか全然わからんど。じゃっどん、おしえてくいたぁ助かる」

 

 そう、なまりの強い調子でささやきました。

 少女のためを思ってか、とても優しい声でした。

 




ドリフターズ×鬼滅の刃
作品めちゃくちゃ少ないのでもう書くことにしました。
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