屋敷の裏手に、墓が作られました。昨晩犠牲となったこの家のものたちです。
土を盛っただけの簡単なものでしたが、豊久も、そして生き残った少女も、丁寧に手を合わせます。
少女の名は「
この辺りでは少しばかり名の知れた商家の娘でした。今年で十一歳になります。
「大正? 年号ば変わっとるとか。関ヶ原は知っとるかの、蘭」
屋敷の縁側に腰掛けながら、豊久はそう訊きました。暖かな日に照らされています。
「知っております。関ヶ原の戦い……ということは、やはり豊久様は、数百年前の人間ですか」
「そぎゃんこつ、
「父から聞くまで、まさか本物の戦国時代の人とは思いませんでした。“たいむすりっぷ”というものでしょうか」
「なんぞ? それ」
「昔の者が、後の世に急に現れてしまうと言うお話です。そうなると、豊久様には何かと不便かもしれません。この数十年で、世間柄も大層変わっているそうなので」
蘭はそれから、いろいろなことを簡単にですが話しました。
時代のこと。鬼のこと。豊久を見つけた日のこと。
特に鬼のことについては、豊久も知りたがっていたので詳しく話しました。
「そいで、昨日の
「はい」
昨晩、家を襲ったのが寝物語によく出る「鬼」という存在で、そして決して夢や幻ではなく実在する悪鬼であること。
自分はその「鬼」にとっては特別な「稀血」という存在であり、近日鬼狩りを生業とする者がここに到着する手筈であったが、間に合わず家族が殺されてしまったこと。
「にしてもあいが鬼ば言うとか、しぶとかなぁ。なんぼ切っても切っても死ななんだぞ」
「鬼の弱点は日の光です。その日の光を込めた特別な刀でなければ、仕留めることはできません」
「お
「……父に、教えられました。鬼に気をつけろと」
蘭に豊久。ふたり並んで縁側に座り、日の光のもとで握り飯をかじります。
蘭の胸中は複雑でした。気をつけろと父に言われ、鬼について多少知っていたとしても、一家全滅を避けられなかったのです。
知っているからと言って、父も、母も、何ができると言うこともなく殺されてしまいました。途方もない絶望感に苛まれながら、しかしこの横の男、豊久には心から感謝しています。
ふと、これからこの男はどうするつもりなのでしょうか。疑問の念をもたげます。
「これから……豊久様は、どうされますか」
「どうすっかの。三百余年も経っとるち、おじ上も生きとらんに薩州ば行って確かめるんも変な話ぞ」
そう呟き、握り飯の最後の一口を放った豊久は、ふうと一息つきました。
「じゃっどん、この世にも戦ばあることぁ分かった。
「鬼を切るって……じゃあ、鬼狩りを頼らなければいけませんね」
「お
訊かれた蘭は、何事か思案するように押し黙りました。言うか言わないか、その二つで迷っているような顔持ちです。
やがて口を開くと、出た言葉は自分が思っていることとは相も離れた内容でした。
「…………ちょうど先日、東京に渡った従兄弟がいます。ゆくゆくはそこを尋ねようかとは思うの……ですが」
蘭は目を伏せ、言葉尻をすぼめました。やはり思ってもみないことなど口にするものではありません。
自分が無事に東京まで渡れるかどうかなど、聞くまでもなく絶望的なことです。
たった一晩の襲撃で父も母も姉も弟も皆殺されたのです。まして自分は稀血。鬼の好物がふらふらと山中を歩いていて、無事であろうはずもありません。
「そいじゃあ
「え?」
どんと、豊久が胸を張って続けます。
「助けられたち言うたろが。じゃっどんお
東京言うんはどこぞ? と。
もうまるで東京を目指すことが決まったかのように、共に行くと言う豊久に蘭は驚きを隠せません。
「い、いいんですか? あなた、故郷に戻りたいって寝言まで言っていたんですよ? というか、まだその東京に行くと言うのはできるような話ではなくてその……」
「良か! 良かとじゃ。
にかりと、豊久は歯を見せて笑います。
「とりあえず、東へ行くんかの?」
「え、えぇっと……その……」
蘭が言い淀み、縁側に座り直しました。ひどく迷っていたようですが、決心が行ったのか、表情に落ち着きが戻ります。
「その前に鬼狩り——鬼殺隊の者が数日でこちらに到着する手筈です。その者に一言申し入れをしてから家を出なければいけません。豊久様の傷も、しばらくは安静になさった方がよろしいかと」
◯
それから数日後。
蘭の言った通り、一人の鬼殺隊士が家を訪れました。佐藤と名乗った者で、あまりパッとしない顔立ちです。
「そうでしたか……到着が遅れて、申し訳ありません」
頭を下げる佐藤に、蘭は複雑な表情を隠せません。仕方のないこと、の一言で割り切れるようなことでないのは、誰からも明らかです。
とはいえ蘭は、この者の責にしようなどとは考えていません。どうすることもできない、どこへ向けることも叶わない怒りと悲しみが、蘭を襲っています。
「頭を上げてください、佐藤様。——もし、幾ばくでも責を感じられるのでしたら、どうか、鬼への復讐何如をご教示ください」
「それは……」
「私は、この怒りと悲しみを、どうすれば良いのでしょうか」
願わくば、悪鬼をこの手自ら滅す力をお与えください、と。
蘭の方から、頭を下げます。佐藤は初めこそ困った様相でしたが、深々と頭を下げる目の前の少女の、肩が震えているのを見て、ため息を一つ。
もとよりこの少女には、あまりアテにできるような拠り所もないのでしょう。
家族を奪われ、孤児となり、
「わかりました。育手を一人紹介します。その者のところへ行けば、鬼を退治する方法もご教示いただけることでしょう。して…………そちらの方は?」
佐藤の目線が部屋の奥、隅のほうで昼寝をしている男に向けられます。客の前で無作法にも眠りこけているこの男が、先程から気にはなっていたそうです。
「島津豊久様と申します。鬼の襲撃のあった晩、一晩中鬼を切り続け、私を助けてくださいました」
「な……なんと」
なんと野蛮な男なのだろうか、と口に出そうでしたが佐藤はすんでのところで止まりました。
ぐーすかといびきをこいて寝ているこの男がまさかとも思いましたが。
「……」
すぐ脇に置かれている、使い込まれた太刀を見て考えを改めます。廃刀令の布かれたこのご時世に、まるで戦国武将のようななりの男です。訳ありでしょう。佐藤はこれ以上首を突っ込むと面倒だと考え、
「では、この男の分も紹介に含めますか。育手にふたり、鍛えてほしいと口添えしましょう」
そういうことになりました。
こうして。
戦の申し子、関ヶ原の合戦を確かに“死に抜いた”はずの島津豊久と。
一夜にして一家皆殺しにされてもなお気狂いせず、気丈に振る舞う稀血の少女、蘭は。
紹介された育手のもとを目指し、旅立ちます。旅立つことになりました。
豊久は寝ているだけでしたが。
☆登場人物紹介☆
島津豊久:関ヶ原の戦いで全滅上等の撤退戦を繰り広げたクソバカタレ。戦餓鬼。戦場のことしか考えていない。
と自分で言っていて多分気づいていないが、子供や女にとても優しい。寝ても覚めても戦功名をあげることだけを考えている。
蘭:とある商家の娘だった。今年で十一歳。お家柄上勉強が仕事のようなものなので、父にさまざまなことを習っている模様。一家が惨殺され目の前で鬼が食い散らかすと言うPTSDものの体験をしているにもかかわらず、強靭なメンタルで気丈にふるまっている。稀血ゆえに、あの場所では「最後のデザート」のような扱いだったのかもしれない。おかげで生き残り、豊久と共に鬼殺隊へ入ることを決心する。
佐藤:パッとしない鬼殺隊士。水の呼吸を使う。