首置いてけ、なぁ。   作:奥の手

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正月休みを長く取りすぎて、遅くなりました。続きます。


第3話

育手(そだて)というのは、鬼殺の剣士となりえる者を見つけ、鍛え、選抜する育成者です。

誰でもなれるというわけではなく、元鬼殺隊であったり、鬼殺隊の中でも最高位、つまり柱であったりした者がその立場になっています。数は多く、また凡非凡も大なりです。

 

ある育手からは優秀な剣士が輩出され、またある育手からは“質が悪い”と揶揄されるような剣士が出る。そういう複雑な時勢でした。

そして、島津豊久と蘭が紹介を受けた育手は、

 

「……」

「…………」

 

大層なご老人でした。それはもう、道向こうにいるその様子を一目見て、二人が言葉を失ってしまうほどに耄碌しています。

細い杖を震える手で持ち、足取りもおぼつきません。散歩にでも出ていたのでしょうか、ゆっくりと歩きながら、小川のほとりに建つ小屋の戸へと手をかけました。

こじんまりとした小屋です。最小限の衣食住が満たされているだけの、小さな小さな住処でした。

 

「あんじじどんが、育手ちゅうやつかの。大丈夫なんかの」

「えぇ……佐藤さんの地図では、間違いなくここの家主のようですが……大丈夫でしょうか」

 

蘭も紙切れと睨めっこしながら首を傾げています。佐藤から渡された育手の住む場所は、ここを指し示しています。なればこそ、あのヨボヨボのおじいちゃんが、これから稽古をつけてくれる鬼殺剣士の育手ということになります。

 

「ひとまず、行ってみにゃ話が進まんど」

「ええ、……そうですね。とりあえず訪ねてみましょう」

 

 

蘭から「鬼殺隊に入る」という半ば報告に近い話を聞いた時、豊久は特に驚きもせず、喜びもせず、別段変わった様子もなく「そうか」と一言返しました。

 

東京へ行くという話になっていたものが、寝て起きたら今度は鬼狩りの一派に属するというのですから、てっきり蘭は驚かれるか、反対されるかと身構えていました。それがこの返事です。肩透かしもいいところです。

 

なぜ驚かないのか、自分は鬼狩りになってもいいのか、豊久様もなるかもしれないがそういう運びで良いのかと蘭は捲し立てましたが、

 

「良か。鬼ば切るためんそん育手に世話になるっどや、(おい)は構わん」

 

あっさりと。

本当にあっさりと、鬼殺の剣士を二人して目指すことに同意を得られました。

ただ一つだけ、その時に豊久が蘭へ確認したことがあります。

 

「お(まい)の仇ば(おい)が切った。じゃっどんお(まい)はまだ応報ば済まんのやな。そいでええんか」

 

訊かれている意味が、蘭にはわかりませんでした。

 

「お前の親ば殺した鬼は、もうこん世におらん。おらんに他の鬼ば憎んで、親の仇ちゅうて切るんが、お前はええとか」

 

あぁ、そういうことかと。

そんなことかと、蘭は得心しました。そして首を縦に振り、

 

「構いません。たとえ私自身が復讐の鬼と罵られても、私は、私の家族を奪った鬼の存在を許しません。そして、もう一人でもこんな思いをする者がいなくていいように、私は鬼狩りになりたいのです」

 

キッパリと言い切りました。

蘭の目をじっと見ていた豊久は、ひとつうなづき、

 

「そうか。わがった。そん心構え、舎利ばなるまで忘れたらいかんど」

 

笑顔で、そう言いました。

 

 

で、鬼狩りを目指す第一歩が、あのおじいちゃんに弟子入りすることです。正直不安の色が隠せません。

 

「ごめんください」

 

ゆっくりと扉が開き、中から出てきた老人に、二人は目線を落としました。

蘭がおずおずと口を開きます。

 

「あの、私たち、鬼狩りになりたいんです。鬼殺隊の剣士になりたく思い、あなたを訪ねました。これは、あなたの弟子の佐藤さんから預かっている紹介状です」

「おう、どれ、みせとくりゃれ」

 

震える手を差し出され、そこに手紙を渡します。

一読したご老人は、手紙を懐へ入れながら、

 

「ご飯はまだかの」

 

そういいました。

 

「ご飯は、まだかの」

 

もう一度言いました。言いながら戸口を出ると、山の方へ向かって歩き出します。

慌てて蘭が追いかけようとし、一度立ち止まって豊久の方を見て、

 

「あの、(とよ)様、どうしましょう」

「どうもこうも、ついていくしかなか」

「あ、はい……」

 

ふらふらと前をいくおじいちゃんの後を、蘭と豊久はついていきました。

 

 

もう日も暮れかけようかという山の中。

夕日が木の葉を赤く染める森の中を、老人が先頭に立ち、その後ろを二人がついていきます。

 

遅くも早くもないペースで、もうかれこれ数十分は歩いています。蘭の顔に若干の疲れが見え始めています。

空気が少しだけ薄いのでしょうか。木々の間から刺す日の光が、どことなく柔らかくなっています。

幾数の光の筋の中。枯葉を踏む三人の足音だけが、森の中に響いています。

その刹那。

いきなり老人が振り向き、横凪一線になぎ払いました。その手には、先ほどまで杖だった剣が握られています。

反応したのは豊久でした。刀を抜き、真一文字に迫る老人の仕込み刀を受け切ります。夕空にちかりと火花が飛びました。

 

「ぬ」

 

先ほどまでおぼつかなかった老人が、嘘のような動きで二歩とびのきます。あっという間に遠間になり、豊久の刀の間合いから離脱します。剣を正中線に構えてピタリと止まりました。

 

「なかなかどうして、やりおるわい」

「やっぱり、何がおかしか思ったど。(まなこ)ば老いとらんかったし、足も手も()()()震わしとるんが」

「えええええええぇぇぇ」

 

なぜ、どうして、何が起きているのと、蘭は混乱する頭を抱え込みます。

思考がぐるぐる回りますが、とりあえずここで取り乱しても仕方がないと自戒します。

顔を上げると、剣を構えた老人が豊久を舐めるように見ていました。

 

「その身のこなし、見事じゃ。やはりお主は只者ではないな。そちらのお嬢さんとは、どのような成り行きかの」

「どうもこうも、時の運じゃっど、そいしかわからん」

 

老人が注意深く豊久を見ています。そして、ふっと肩の力を抜き、仕込み刀を杖に納めました。

豊久も刀を納めます。蘭だけは目を白黒させながら、何なんだこの人たちはと頭を痛めていました。

 

「じじどん、(おい)ら二人ん手前はかる為に、こん山ん中歩いちったとや。じゃっどん(おい)は合戦できっがこん娘はできんど。こいから稽古つけてくいや」

「うむ。よかろう」

 

老人がうなづき、豊久も腕を組みながらそれに応えます。

 

(おい)も蘭に闘法ば教えちゃるけん、じじどんの知っとる鬼ん滅し方、(おい)にも教えちくいたぁ良かじゃ」

 

 

夜です。月明かりに照らされている小さな古屋の中には、三人の人影がありました。豊久、蘭、そして育手の老人です。

 

器に注いだ雑炊を口にしながら、蘭は一人考えました。気がついたら弟子入りが済んでいると。

なんかもっとこう、試験のようなものがあるのかと身構えていたのですが、肩透かしも肩透かし、拍子抜けの一言です。

あっさりと、まるで豊久に鬼狩りとなることを確認した時のようにあっさりと承諾されました。

 

とはいえ、命を狙われたような気がするのもまた事実です。蘭には老人が本気で剣を振っていたように見えたのですが、豊久にはどう写っていたのでしょうか。老人本人の前で聞くのも変な話なので、想像に留めるしかありません。

豊久に、またも命を救われたのでしょうか。そうだとしたら返し切れないほどの恩です。鬼狩りの傍でこの人に一生を奉公しようかなどと考えていました。

 

思考を断ち切るように口を開いたのは、老人です。

 

「お二方、先ほどはすまなんだ。ちっと覚悟と素質を見たくての」

「覚悟と素質……ですか」

「そうじゃ。才能があっても覚悟がなければ鬼狩りは務まらん。覚悟があっても才能がなければ鬼に殺される。そう言うものじゃからの」

 

はぁ、と。生返事を返す蘭です。そのどちら共を見るのがあの一振りの剣なのだとしたら、まるで伝奇のようなおじいちゃんだなと思いました。

 

「じじどん、何がすごか兵子じゃったんかの。太刀筋がやけに鋭か」

「わしはこれでも、あと一歩で柱になるところじゃった。あぁ、柱というのは鬼殺隊の階級の一番てっぺんでの」

「え、そうだったんですか」

「まぁ結局、十二鬼月を倒し損ねて引退じゃ」

 

かっかっか、と高らかに笑うと、老人はぐいっと雑炊を飲み干して、続けます。

 

「主らの頼み通り、明日から鬼殺の剣士となるべく稽古じゃな。言っとくが死ぬほどきついからのう。覚悟して今日はゆっくり休まれい」

「え、あの、私たちの事とか、詳しく聞かないんですか……?」

「訳ありじゃろうて。お主の目を見ればわかる。ひどい怨嗟の目じゃ」

 

すうっと。

何かを見通すような老人の目に、蘭は自分の内にある怒りのようなものを見透かされた気がしました。自分でも気づかない深いところにある感情を、無理矢理引っ張り出された気分です。

 

「いやじゃろうて、話すのは。なに、皆まで語らんでもわかるわい」

「じじどん、よか人じゃのう」

「じゃろう。わしのことは師匠と呼んで良いぞ」

 

ほれ、早よ食ってねられいと。蘭も豊久も急かされたので、ひとしきり食べて寝ることにしました。

小川のほとり、山の麓。月夜に浮かぶ古屋の中に、三人の寝息が響きました。

 

 

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