ありがとうございます。のんびり続けます。
「まだまだぞ。踏み込みが足らん。一息になんでん込めっど」
森の中。木々に光がチラチラと反射する木漏れ日の中で、蘭は豊久に切りかかっていました。
短剣を振り回す蘭の様子に、豊久が叱責します。
「もっと勢いば乗せて、こう、ずばぁっとすっど」
「はい!」
言われ、呼吸を整えながらも激しく切先を振りかざしますが、豊久の持つ木刀にあっけなく迎撃されます。木刀には傷すらついていません。
一度立ち止まり、蘭は体制を整えます。豊久も木刀を納め、腕組みをしつつも頭を一掻き。
「どうも、
「そ、そうでしょうか」
「そもそも脇差ば振り回して首ばもぐちゅうのが間違っとる。じじどんが何をやらせようとしとるんか俺にはわからん」
「うーん」
蘭も蘭で頭を捻ります。大木を一刀にして切るよう命じられて、早一週間が経ちました。いまだに蘭は、幹の半ばまで刃を滑りこますことはできてもその先へは届きません。豊久の言葉をそのまま使うなら“力が足らん”という状態でした。
「私も、振っていて力不足を感じます。ただ、何かこう、この刀を持った時に感じた一体感のようなものが薄れているような……」
「刀と体ん一つにするんは大事じゃっどん、そいだけでどうにかしようとするんは間違いぞ」
豊久の言っていることはよくわかります。全くその通りで納得もできるのですが、体がいまいち動きません。
いろいろと大切なことがバラバラになって出ているような感覚が蘭にはありました。逆を返すならば、それらが一体になれば大木を切ることも、短剣から繰り出す技を自分のものにすることもできる気がします。
「豊様、もう一度お願いします」
「うむ。来い」
蘭は再び、豊久に切りかかりました。
◯
「力——ではないんじゃ、蘭」
夜の帷が降りた小屋で、晩飯を食べながら師匠はそう口にしました。
「力不足が……原因では無いということでしょうか」
「そうじゃ」
師匠は言い切ります。
「まぁ筋力に頼っとるうちは切れんわい。そうじゃ無いんじゃ蘭。先にも言ったが呼吸じゃよ。自分の体を最大限使い、今できることよりも遥か高みを可ならしめんとするんじゃ」
「む、難しいですね……」
「まぁそうじゃろうて。気長に頑張れ」
成長は早い方じゃがのう、という呟きは、蘭には聞こえていませんでした。
◯
今日は豊久と師匠が打ち合う様子を、蘭が観察するよう言いつけられました。
どうにも成長が打ち止めになっている様子で、それを目で見て乗り越えよということでした。
豊久、師匠の両者が木刀を構えます。先に動き出したのは豊久でした。
低い体勢から、遠巻きに見る蘭のところにまで、息を吸い込む音が聞こえました。肺いっぱいに空気を取り込み、全身の筋肉が隆起し、神速とも言えるほどの勢いで横一文に木刀が振られます。
師匠はそれをギリギリで交わし、今度は真正面から縦に切り込みます。豊久の額めがけて放たれた、ぬるりとした刀筋は、しかし豊久の木刀に阻まれます。
一合。そのまま豊久は一旦飛び退き、地面を踏みしめながら反復。再び師匠に斬りかかります。木刀は、今度は師匠の振った刀身のように、まるで水が岩を避けて流れるかのような、ぬるりとした勢いで迫ります。
「ほほう」
一声、師匠はそう残すと、木刀でその剣戟を防ぎました。これまで体をかわしていた師匠が、ここに来て初めて豊久の剣戟を受けました。
ぴたりと止まり、緊張した空気が弛緩するように、二人は肩の力を抜きながら一度間合いを取ります。
「どうかの、じじどん」
「だいぶ良い。水の呼吸を元にしたお主の闘法。練り上げられておる。良いぞ。今回ばかりは、儂も避けきらなんだ」
豊久は満足そうに頷き、蘭の方へ目をやります。
「わがったかの?」
「豊様とお師匠様、どちらの刀もまるで水が流れているように見えました。そういうこと…………でしょうか?」
「そうじゃな。蘭、お主に教えておるのは水の呼吸。水はどのような形にもなり、どのような形もまた流す。それを頭に入れて刀を振れば、お主の何かにつながるじゃろうて」
ぎゅっと拳を握った蘭は、何かを決心したような目で、
「お師匠様、今度は私と一手合いお願いします」
そう、叫びました。師匠は快諾し、短刀を蘭に握らせます。
◯
蘭の太刀筋に、変化がありました。
これまで両断しようと一辺倒だった太刀筋が、まるで、小岩の間を這う小川のように、滑らかな流れを持ち始めたのです。
「む」
振り抜かれた短刀をしゃがんで交わした師匠は、目の前に迫る蘭の膝を手で受けました。
短刀と体術。これまではただただ刀に頼り、振り続けていた蘭の動きとは、明らかに違っていました。
蘭は受けられた膝にそのまま力を込め、返す刃で袈裟斬りにします。刃は、
「ふぉふぉふぉ! 見事!」
いとも容易く避けられましたが、蘭は諦めません。一度流れ出した水のように、高所から流れ落ちる滝のように、全身で師匠に攻撃します。
その全てが、あるいは避けれ、あるいは流され、あるいは受け止められましたが。
常人ではとっくに疲れ切っているであろう数の倍の攻撃を繰り出し、尚もまだその手を緩めない蘭に、師匠は一つ得心のいった笑みを浮かべました。
そして、
「ふんぬ」
「ぐっ!」
木刀の柄が蘭の鳩尾に食い込むことで、試合は決着となりました。
「まずまずじゃな。全身を使えば良いという発想は良い。あとは太刀筋よ。水じゃ。水の流れを全身と共に刀にもまとえ。それからじゃ」
うずくまる蘭に、師匠は楽しそうにそう言い伝えました。
◯
それから二ヶ月の歳月が流れました。毎日短刀を振り、豊久か師匠のいずれかに稽古をつけてもらいつつ、修行の手を止めなかった蘭です。
その刀身には。
「はぁああああッ!!」
蘭の振る刀身には、水の流れが見えるようになってきました。
何物をも切り裂き、砕き、両断せんとする勢いの水です。
それは、豊久が見ても、そして師匠の目から見ても認められるものでした。
気合い一閃。蘭は全身に呼吸をまとい、大木に向けて刃を振りかざします。二ヶ月前は幹半ばで止まった剣線は。
ずぶり、と。
木を切っているとは思えないような音を立てて、左から右へ線を紡ぎました。
一刀両断。師匠の課した題を、この日蘭はやっとのことで達成しました。
「鋭か。殺気も良か。良か兵子になったど」
「じゃろうて。この子には素質も覚悟もある。たとえそれが怨嗟を元にして成っていたとしてもじゃ。鬼を切ることに変わりはないわい」
◯
「七日間、ですか」
「そうじゃ。鬼を捕らえた山の中で、七日間生き延びよ。さすればそれを以って鬼殺の隊士と認められる」
最終選別。
鬼のいる山に一週間籠り、生き残れというものでした。蘭は息を飲み、豊久は、
「やっと鬼ば切れるんか、楽しみじゃのう」
楽しそうに笑っていました。今すぐにでも鬼と対峙したそうな笑顔です。
「積極的に鬼を狩っても良いし、逃げ続けても良い。他の候補者を助けても良い。いかようにしても、自らの力で七日間を生きられよ」
最終選別へ向かう日の晩は、それはそれは豪勢な鍋が用意されました。
◯
藤襲山。
一年中、藤の花が狂い咲く異常な山。その異常さは、それだけには止まりません。山の中には数十体の鬼が放たれ、鬼殺の隊士となるべく者と対峙します。鬼殺の隊士を目指すものは、皆等しくこの山へ入り、七日間生き残った者のみがその任を受けられます。
集められたのは二十数名。大人、子供、男、女。それを問わず立っています。不安そうな顔の者が大半でした。
「こ、このうちの何人が生き残るとか、あるんでしょうか」
「どうかの。そぎゃんこつ、考えても仕方なか」
「ですね」
初めこそ、蘭の目には恐れの色がありましたが。
この試練を取り仕切る二人の少女から話を聞き、いざ山へと入る頃には、蘭の目に、恐れの色などかけらも残っていませんでした。
鬼の気配のする山に向けて。
自らの肉親を惨殺した存在そのものへ向けて。
血反吐よりも色濃い憎悪の念を持って、蘭は入山します。その手には、鬼の首をも切れる短刀が握られています。師匠が貸してくれた日輪刀の脇差、その一振りでした。
「鬼と会ったら、まず私にやらせてください、豊様」
「ぬ? そいは約束できんど。見つけたもん勝ちじゃ」
がははと笑いながら、豊久もぽんと腰元の刀を撫でます。そこには日本刀が3本携えられていました。二本は自前、一本は師匠から借りた日輪刀です。
「————早いもの勝ちぞ」
「わかりました。そうですね…………見つけたものがちです」
蘭と豊久の、最終選別が始まりました。