燦星夜世界樹ゴールデンバウム   作:kuraisu

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一応、原作は銀河英雄伝説にしてますが、根本から銀英伝らしくない話になっております。
たとえるなら、FGOの異聞帯的なノリの話になっております


死より目覚めた赤毛の驍将

 うっすらと目を開き、キルヒアイスは身を起こした。起き上がったベッドが安物であることに気づき、まるで実家のベッドみたいだなと思ったところで違和感を感じたが、なにに違和感を覚えたのかわからなかった。どうやら寝ぼけているらしい。

 

 おかしいな、いつもなら多少気怠さを感じても、瞬時に意識がハッキリできるよう軍人として特訓してきたはずだが。そう思いながらも、現実が変わるわけではないので、大きく背伸びをして意識を覚醒させ、昨日はなにをやっていただろうかと思い出そうとして、慄然とした。

 

 自分は……死んだはずだ。門閥貴族達との内乱に勝利し、ガイエスブルク要塞で行われた式典で高級将校の捕虜を引見する際、主君の敵討ちのために、その主君の遺体を利用するという想像の埒外な手法を用いたアンスバッハ准将、その凶手からラインハルトを助けるために、身代わりとなる形で。胸と首筋を、光条で貫かれて。

 

 あの急速に全身から力が抜けていく感覚は、絶対の死を予感させたものだったが、まさか意識を失った後に医療室に運ばれて奇跡的に助かったとでもいうのだろうか。どうにもキルヒアイスにはそのようには思えなかった。というのも、彼が目覚めたこの部屋、帝都の安宿以下ではないか?と思えるくらいには、ボロい造りをしているように感じられたからである。

 

 ラインハルトとの個人的な友誼を別にするにしても、キルヒアイスの地位は帝国軍上級大将で、ローエングラム元帥府に所属する提督の中では、ラインハルトに次ぐ立場である。たとえ治療で完治したと医者から判断されたとしても、このような場所に自分を移すとは考えにくいことであったからだ。

 

 生唾をごくりと飲み干し、キルヒアイスはおそるおそる、致命傷であったろう胸の傷がどうなっているだろうかと手で触って確認してみたが、傷跡らしい傷跡が確認できず、身震いした。本来であれば、安堵してしかるべきであったかもしれないが、こうもわけのわからない状況では、戦場で恐れを知らない彼であっても、恐怖の感情が胸中で渦巻いた。

 

「……とりあえず、外に出ますか」

 

 わからないことだらけだが、状況を把握しなければならない。そう思って、キルヒアイスは部屋の扉を開け、外から入ってきた寒気に思わず身を縮こまらせた。

 

 外はあたり一面雪が積もった白い世界であった。キルヒアイスが出て来た寒さをしのげる集合住宅のような建築物がいくつか近くにあるだけで、他はどこまでも続く白の世界であった。さすがに途方に暮れかけたが、あるものを見つけて気をとりなおした。

 

 それは数人の人間の足跡と、そして車のタイヤの跡であった。かなり明瞭な形で残っており、まだそれほど時間が経過していないだろう。ということは、少なくとも人がこの近くにいるという証拠である。

 

 ということは、もしかしたら戻ってくるかもしれない。ならば少し屋内で待ってみよう。そう思って元の部屋に戻ろうと踵を返すと――そこに大きな人影があった。

 

 キルヒアイスも長身ではあるが、それでもなお巨大に感じる、2メートルに及ぼうかと思えるくらいの大男。それが不健康そうな白い肌を晒しながら上半身半裸でキルヒアイスのほうを見つめていた。

 

 雪が積もるほどの寒さの中、その姿は異様でしかない。いや、そんなことを考えたのは一瞬で、キルヒアイスはほぼ反射的に戦闘姿勢をとった。その男の双眸が、明らかに尋常ではない毒々しい輝きを宿し、こちらを睨みつけていたからである。

 

「ガアアアアアアッ!!!」

 

 獣のような咆哮をあげて、大男はキルヒアイスのほうへと飛びかかってきた。キルヒアイスは難なく大男の攻撃を数回かわして、隙を見てわき腹に右拳を打ち込んだ。

 

 が、逆に自分の右拳に想像以上の痛みを感じ、一瞬思考に空白ができた。大男はそのチャンスを逃さず、正面から右ストレートを叩き込んできて、キルヒアイスを吹き飛ばした。

 

 「――ぐっ!?」

 

 とっさに受け身をとって、衝撃を逃したものの、先ほどの一撃を含めて、キルヒアイスは内心驚愕した。間違いない、大男の皮膚が異様に硬い。人間ではありえぬほどに。

 

 大男が歪んだ笑みを浮かべ、口の端から涎をこぼしているのを見、明らかに尋常ではない目の前の“敵”を制圧して無力化するのではなく、殺す覚悟を決めた。

 

「グルアアアアアアア!!」

 

 大男は、もうキルヒアイスが満足に動けないと思っていたのか、やけに大振りな攻撃をしてきたので、キルヒアイスは間合いを読んで大男の懐に入り込み、そのまま敵の力の動きにあわせて大男を背負い投げして地面に叩きつけた。

 

 そのまま倒れた大男に絞め技をかけながら首をへし折ってしまおうとした。大男は苦しそうにのたうちまわっていたが、キルヒアイスは背中を殴られた痛みを感じ、焦燥した。

 

 絞め技をかけられている大男が自分を殴れるはずがない。ということは、普通に考えれば新手の攻撃である。大男の首の骨を確かにへし折った感触を感じた後、即座に立ち上がって周りの状況を瞬時に確認し、困惑した。そこに人影が一切なかったからである。

 

 結論からいえば、キルヒアイスの背中を殴っていたのは、大男の両腕であったようであった。というのも、大男の両腕の関節があらぬ方向に曲がった状態であったので、そのように考えるしかなかったのである。が、この状態で殴打を繰り出せる人間などいるはずがないという思いも強かった。

 

 しかし、それを言ってしまえば、皮膚が異様な硬さであったことも、普通の人間ではありえぬことであったし、キルヒアイスはわけがわからなかった。まるで出来の悪い悪夢の中に入り込んでしまったような感覚であった。

 

 急激に疲れを感じ、キルヒアイスはそのまま氷雪の上に座り込んでしばらく思考を回すことができず、呆然としてしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこのお前! まだ意識があるのか!? あるのなら返事をしろ!!」

 

 なので、それから数十分後に寒冷地装備の軍服姿の集団にライフル銃を向けて囲まれ、指揮官と思しき者が声をあげてきた時、キルヒアイスは恐怖感よりむしろ安堵を覚えてしまった。

 

「ありますけど」

 

 思わず口からこぼれてしまった言葉に、キルヒアイスは苦笑してしまったが、自分を囲む軍人たちはどよめきながら互いに顔を見合わせており、指揮官と思しき三〇代前後の男性が、自分が確認すると大声で言った後、キルヒアイスの方へ近づいてきた。

 

「お前、名前は?」

「ジークフリード・キルヒアイスです」

「……自分の名前を言えるってことはドラウグルではなさそうだね。ってことは、そこに倒れているドラウグルを倒したのは君と思って大丈夫か?」

「……ドラウグル?」

 

 思わずそう問い返したが、キルヒアイスには聞き覚えがあった。たしか昔話かなにかで出てきた妖怪の名前じゃないかと思い当たり、なんでそんな単語がここで出てくるんだと首をかしげた。

 

 すると指揮官は驚いた表情を浮かべた。

 

「ドラウグルはドラウグルでしょ。お前も正気が吹き飛びかけてるのか? いや、無神経なことを聞いた、すまんな。で、これを仕留めたのはお前?」

 

 そう言って、指揮官は先ほどキルヒアイスが絞め殺した大男を指差した。

 

「ええ、それを殺したのは私です」

「見た感じ、素手でこいつを殺したみたいだけど、やるねぇ」

 

 しみじみと感心したようにそう言った後、部下たちの方を向いて「この赤毛君は間違いなく人間だ。安心しろ」と言ってライフル銃のかまえをとかせた。そして指揮官の青年は何かを思い出したような表情をした。

 

「おっといけない。俺はラルフだ。お前は俺が保護してやる。記憶を取り戻すには時間がかかるかもしれないけど、まあ、気楽に考えろ」

 

 奇妙なことを言ってきたラルフに、キルヒアイスは疑念を抱いた。

 

「どうして私が記憶をなくしていると?」

「……マジで重症だな。そんなことまで忘れているとは。いや、俺らもこの星にまだ人間が残ってるなんざ想定すらしてなかったし、生き残りなんかがいたとしたら、これくらいでないと逆におかしいか」

 

 うんうんと勝手に納得したように頷いた後、ラルフは背中を叩いてきた。

 

「それでもドラウグルなんて疑ったりはしないから安心しろ。お前は忘れているかもしれないが、ドラウグルは人の言葉なんか喋らないからな、絶対」

 

 そう言って笑い声をあげるラルフに、キルヒアイスは何を言っても会話が通じない気がした。なんというか、もっと前提の部分で話が噛み合っていない気がしたのである。

 

 それでもラルフが善性の人であることは伺えたので、キルヒアイスは状況に身を任せてみることにした。とにかく情報が欲しいのである。

 

「よし、お前ら! この星のドラウグル退治は粗方完了した。我らがヴォスハイトに帰るぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、キルヒアイスは驚きの連続だった。最初の驚きは、装甲車に乗り込んだと思ったら、それがそのまま空中に飛び始めたばかりか、そのまま大気圏を突破して宇宙空間にまでいってしまったのである。

 

 呆然とするキルヒアイスの姿を見たラルフは「宙陸両用戦車なんて実用化されてかなり立つと思うが、そんなことすら忘れているのか」と前置きした後、簡単な説明をしてくれた。宙陸両用戦車は一〇〇年ほど前に実用化されたものであり、ワープ機能はついてないから母艦に戻る必要があると。

 

 その母艦の連続ワープ(ワープって連続でできるものだったっけとキルヒアイスは困惑した)の後、母艦は惑星ヴォスハイトへと降り立った。宇宙港から出て街の風景を見たところ、帝国の平均的な地方都市と同レベルの発展をしているようにキルヒアイスには見えた。

 

 しかしながら、ラルフに先導されて街中を歩く最中に、白人以外の人種を多く見かけたことから、ここは帝国ではない可能性が高いと思い始めていた。一番大きくて立派な建物へと案内し、その入口でなんでもないことのように、

 

「んじゃあ、俺は領主の高祖父に報告してくるから、キルヒアイスはちょっとここで待っててくれ」

 

 なんでもないことのように、とんでもないことを言った。

 

「高祖父、ですか?」

 

 高祖父といえば、自分から四代前の血縁者、つまり親の親の親の親のことである。四代続けて二五歳前後で子を成したにしても、ラルフの年齢から考えて120歳以上は確定しているように思え、かつての上官であるグリンメルスハウゼン子爵など比べ物にならないくらい、天からお迎えがきていないのが不思議な御高齢である。

 

 そういう認識から出たキルヒアイスの疑問に、ラルフは首をかしげた。

 

「あれ? 俺が貴族だって説明してなかったっけ。じゃ、改めて自己紹介な。俺の名はラルフ・フォン・ヴォスハイト。ここの領主バルザック・フォン・ヴォスハイトの玄孫(げんそん)だ。驚かせてすまんな」

「あ、いえ、そうではなく……いえ、あなたが貴族というのも驚きですが、それより、あなたの高祖父となるとけっこうな御高齢でしょう。大丈夫なのですか」

「…………は?」

 

 ラルフの表情が完全に固まった。疑問の声も意図して発したというより、口が半開きになって漏れ出たような、かぼそい声であった。

 

 あまりに意外な反応に、失礼なことを聞いてしまっただろうかとキルヒアイスが思い始めたところで、ラルフは目に激しい輝きを灯らせ、先ほどとは打って変わったような食い入るような勢いの声で、

 

「キルヒアイス、お前、何歳だ!?」

「に、二一歳ですか」

「は!? いや、違う! 質問が悪い! 俺のバカ! えーと、そうだ! 今年何年だ? 言ってみろ!!」

「えーと、どちらの暦で言えばいいんでしょう?」

「どちら?! どちらってなに?! いや、わかんないから、どっちも言え!!」

「……帝国暦で四八八年、宇宙暦で七九七年だったと記憶していますが」

 

 ラルフの勢いに気圧されながらも、キルヒアイスは自分の知っている暦を答えた。するとラルフは、まるでずっと探していたものを見つけた幼子が歓喜に震えているような、喜色満面の笑みを浮かべた。

 

「帝国暦ってなんのことかわからないが、宇宙暦なら知ってるぞ! 我らが神がこの宇宙に君臨なされる前の時代、五〇〇年近く前の銀河連邦時代だ。方舟以外の人で、その頃から生きている人なんて、俺、初めて会ったよ! 色々と聞きたいことがあるんだ!」

「ちょっと落ち着いてください! 私の方こそわけがわからないので、色々と聞きたいのですが!」

「ああ、そりゃそうだ。お前、結構危うい状態だったんだ。じゃあ記憶を取り戻すためにもせつめ――だめだ。説明が長くなって高祖父への報告が遅れる。先に高祖父に報告してくるから、お前、ここで待ってるんだぞ! 絶対だぞ! 逃げたら許さないからな!」

 

 言いたいことを言うだけ言って、ラルフは返事も聞かずに走り去って行ってしまった。

 

「どういうことなんでしょうかね……?」

 

 キルヒアイスは疲れた声でそう呟いた。これまでの理解に苦しむ状況の数々から、ここは(変な表現だが、あの時自分は一度死んだと仮定して)死ぬ前にいた次元とは異なる宇宙ではないかと考え始めていたのだが、どうやら違うのかもしれない。

 

 五〇〇年前に銀河連邦の時代と共に宇宙暦は終焉した。これはキルヒアイスの知る歴史とそう変わらない。それにラルフはごく自然に“フォン”の称号を名乗り、貴族や領主という言葉を使っていたが、キルヒアイスの知っている銀河帝国の統治制度とそう変わらない意味で使っていた。

 

 無論、わからない部分もある。いや、そっちの方が多い。ラルフがどうして自分のことを連邦時代の人間だと思っているのかわからないし、それに帝国暦を知らないということは、銀河帝国は成立していないということだろうか。“我らが神”とやらが宇宙暦を終わらせたと言っていたが……。

 

 もちろん、まったくわけがわからないものもある。ドラウグルと呼ばれていたあの人型の怪物である。あれに関してはなんなのかまったく想像ができない。しかしキルヒアイスは自分が死ぬ前にいた宇宙とこの宇宙がまったく無関係とは思えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後に戻ってきたラルフは「すまん、思ったより高祖父への説明に時間がかかった」と軽く謝罪した後、キルヒアイスに屋敷の一室に案内した。記憶が戻るまでは自由に使ってくれていいとのことだったので礼を言ったのだが、「いいさ、慣れっこだ。こんなの」と軽く流された。

 

「それで……お前どこまで覚えているわけ? 神聖暦のことは覚えているか」

「神聖暦ですか……? すいませんが、知りませんね」

「そうか、我らが神が“覚醒”なされた時に始まったのが神聖暦で、今は神聖暦四九〇年だ」

「すいません、我らが神ってのはなんのことでしょう。大神オーディンのことですか」

 

 キルヒアイスの問いにラルフは腕を組んで唸った。

 

「オーディン、オーディン……ああ、古き神の一柱か。我らが神とは、今もこの世界におられ、人類を導いておられる神のことだ。オーディンみたいなこの世界から去った旧神のことではない」

「神が実際にいる……? その名前は?」

「おかしなことを聞くな? 神は神だ。唯一にして最後の神に名など必要あるまい。いや、あるのかもれないが、俺は知らないし、知っていたとして俺らのような賤しい者が、神の御名を口にするなんて、畏れおおくてできるものか」

 

 確かな畏敬の念を込めてラルフはそう語る。今まで接してきたところ、ラルフは権威とかに頓着しない性の持ち主と思っていたので、キルヒアイスには意外だった。

 

「ともかく、だ。神が覚醒された原因だが、およそ五〇〇年前、人類は大きな危機があった。ここは覚えているか」

「政治の腐敗、でしょうか」

「……何を言っているんだ? 人類が初めて接触した地球外起源の知的生命体、通称ジェノバとの戦争だよ」

「は!?」

 

 帝国の歴史を思い返し、ルドルフ台頭以前の連邦の腐敗を想定して言ったのに、まったく見当違いの脅威が襲来したと語られて、キルヒアイスは思わず大声をあげ、ラルフは呆れた顔を浮かべた。

 

「続けるぞ? ジェノバは宇宙船など用いずに宇宙空間を生身で自由にワープ移動し、単独で星を砕き食らう能力を持ったおぞましい生命体で、ジェノバとの戦争で一〇〇〇億近い人々が死んだと伝わっている」

「……」

「文字通り人類は滅亡の危機にあったわけだが、それを救おうとした者が現人神に覚醒された。神は人を率いて見事ジェノバを倒し、滅びに瀕した人々を庇護するべく不老の加護を授けてくださった」

「不老の加護?」

「ああ、今日日(きょうび)、人は外傷以外が原因で死ぬことはない。昔は老化による寿命ってもんがあったらしいが、今じゃ三〇歳くらいに成長したら外見がほぼ変化しなくなる。だから高祖父だって、今じゃ二〇〇歳以上のはずだが、六七歳の俺とさして変わらん容姿をしているぞ」

「六七歳……? あなたが、ですか」

「ああ、だから御高齢なんてまず聞かない言葉だぞ。当主の高祖父にしたところで、俺とさして容姿が変わらんからな」

 

 ごく普通のことを言っているかのように平然とラルフは『この世界の歴史』を語り続ける。

 

 神が人々に不老の加護を授けたのは、そうしなければ人類という種が滅びてしまうという判断からだった。というのもジェノバとの戦争で、銀河連邦の社会機構はほぼ崩壊してしまったといっても過言でもなかったからである。

 

 よって神は人類を救うべく、生き残った人類を引き連れて、居住可能惑星にそれぞれ一〇〇〇万単位で人々を分散させて住まわせ、その中から惑星の責任者となる一族を領主貴族としての称号を与え、神託によりて統治するよう命じた。

 

 そして神は、人類の生存圏を守るために、またいつ何時ジェノバに匹敵する脅威が現れても大丈夫なよう、強力な正規軍を築きあげられ、五〇〇年近くに渡って人類を庇護なされ続けている。これが現在の人類社会の在り方。

 

 キルヒアイスはラルフの説明を理解した。とんでもない話で、にわかに信じない話であるが、ラルフの態度からとても嘘を言っているように思えなかった。

 

「いくつか質問してもよいですか?」

「ああ、いいぞ」

「貴族というのは、私や貴方のような方でないとなれないのでしょうか」

「は? どういう意味」

「人種的といいますか、肌の色といえばいいんですかね」

「……いや、そんな話を聞いたことはないな。神託によって、他の貴族と顔を会わせることもあるが、黒人だったことも何度でもあるし。なんでそんなことを聞く?」

「あ、いえ、なにかぼんやりとそんな感覚がありまして」

 

 そういってキルヒアイスはごまかした。約五〇〇年前に人類を救った神という表現から、キルヒアイスは銀河帝国初代皇帝ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムを連想し、ラルフのいう神とは彼のことではないか、と、想像してしまったのである。

 

 しかしキルヒアイスの知る宇宙の歴史にあって、ルドルフは苛烈な人種主義者であり、貴族に非白人をつけるとも考えにくい。よって人類の神を名乗り、五〇〇年近くに渡って人類を庇護しているという神がルドルフである可能性は低いと考えて問題ないように思われた。

 

「それに神託に従って惑星を統治するのが貴族と言われましたが、神託というのはどういうものなんですか?」

「いや、俺もそれはよくわからん」

 

 ラルフは腕を組んで理不尽を諦観するような表情を浮かべた。

 

「高祖父がいうには、神託ってのは唐突に自分の意識の中枢に命令文が刻みつけられるみたいな感覚らしいんだが……さっぱりわからん。最初の頃は高祖父の妄想なんじゃないかと思ってたんだが、他の貴族も高祖父と同じような神託を受けて領主軍を動かすのだし……。こればっかりは領主にでもならないとわからないんじゃないかなぁ」

 

 付け加えるように理解できないもんを無理に理解しようとするのは無茶かなって今では思っていると言われ、キルヒアイスはなんと返せばいいのかわからなかった。

 

「それで……一番気になっていることなのですが……私を襲ってきたあの怪物……ドラウグルでしたか、あれはいったい?」

「……ちょっと言いにくいんだが、あれも元は人で――」

 

  ラルフが少しだけ悩むような仕草をして、答え始めてすぐに、館中に警報音が鳴り響き、ラルフとキルヒアイスの表情に緊張が走った。

 

「なんの騒ぎです?」

「ドラウグルどもの襲撃みたいだ。くそっ、ここんところは遠くまで討伐しに行って安全確保してたってのに、なんでだ……!!」

 

 心底忌々しげにそう言うと、ラルフは部屋から出て行こうとしたのだが、同時に部屋に急いで入ってきた執事服の男とぶつかった。

 

「っ!? なんだ!? こんな時に!!」

「申し訳ありませんラルフさま! ジークフリード・キルヒアイスはどこですか?」

「それなら、私のことですが……」

 

 キルヒアイスが名乗り出ると、執事は軽く一礼した後、要件を告げた。

 

「あなた様を連れてくるよう、領主さまから言われまして。同行をお願いします」

「おい、ちょっと待て! キルヒアイスは俺が面倒をみると、さっき高祖父から許可をもらったばかりだぞ!!」

「それが……その、神託で、ジークフリード・キルヒアイスなる人物にドラウグル迎撃の指揮をさせろと言われたとかで……」

「「はぁ!?」」

 

 あまりの意味不明さにラルフとキルヒアイスは一緒に驚愕の声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さな無数の星々の輝きを無窮の暗黒が支配する宇宙空間の中に、無数の艦影があった。その総旗艦の艦橋の指揮椅子に体をあずけた美しい若者が表情を不快さを滲ませ歪めせていた。彼は眼前でドラウグルたちの艦群を黙って見送るしかないのが、気に食わなかったのである。

 

 別にドラウグルごときが自分を楽しませてくれる敵手になる、などとは思わないが、それでも敵を見逃すということは、たとえ任務であっても嫌なものを感じ、美しい野心的な蒼水晶の瞳を、苛立ちに濁らせていたのである。

 

 「任務を果たしたようだな」 

 

 まるで宇宙の深淵から響いてくるような声が耳をとらえると、若者は指揮椅子から立ち上がり、艦橋に備え付けられた神像にむきなおり背を正す。この声の主人こそは、彼の主君であり、この銀河における絶対者なのである。内心不満と苛立ちがあったとしても、それを表にだすわけにいかない。

 

「はっ、御命令通り、ドラウグルどもの塒をたたき、連中をヴォスハイトへと誘導しました」

「やはり卿は仕事が早いな。元帥たちと比べても遜色がない手腕よ。少なからぬ者どもが若すぎるなどと五月蝿く異論を唱えるであろうが、やはり正式に一軍を任せてもよいやもしれぬな」

「ありがたきお言葉。しかし、一つ疑問がありますので、質問をよろしいでしょうか」

「許可しよう」

「私はドラウグルが増えすぎ、外界の手に余るようになったから、私に出撃が命ぜられたのだと思っておりました。しかし任務内容はドラウグルの集団を、外界の民どもが暮らす惑星へと誘導すること。これに一体なんの意義があるのでしょう?」

「抱いて当然の疑問であるな」

 

 声の主人が低く笑ったようであった。

 

「ある男の言葉が偽りかどうかをはかるためだ。たとえすべてが嘘偽りであったとしても、貴族の治める惑星のひとつが滅びるだけのことゆえ、卿のこうした曲芸的な能力をはかるのも含めて命じたのだ」

「なるほど。その男の情報について教えていただいても?」

「もとより卿が方舟に戻り次第、エインヘリヤル全員を集めて説明してやるつもりだ」

「それは……余計なことをお聞きしました」

「かまわぬ。それでは帰還を楽しみにしておるぞ。()()()()()()()()()

 

 声の気配が消えたのを感じて、若者――ラインハルト・フォン・ミューゼル――は椅子に座り、金髪の髪を軽く撫で、帰路につくことを部下に命じながら、心のどこかで高揚を感じていた。なにか、この銀河が大きく動くような予感がしたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘自体はあっさりと終わった。本当に不思議なことであったのだが、ヴォスハイト軍の面々はキルヒアイスが指揮を執ると言われると、口々に不平を述べたのだが、それが神託による領主の判断であると告げられると全員納得してキルヒアイスの指揮権を認めたのである。

 

 不気味ではあったが、キルヒアイスはラルフを補佐にして、それぞれの艦種の特徴などの説明を受け、効率的な作戦を立て、艦隊を指揮して、ドラウグルたちの艦隊を各個に分断、撃破することができたのであった。

 

 唯一、誤算であったのがドラウグルたちは、たとえ絶対的に敗北しかないような状況であっても抵抗をやめないことであったが……

 

「ラルフさん、先ほど聞きそびれましたが、ドラウグルとはなんなのですか。元は人とのことでしたが」

「……天寿なんてものがなくなった代わりにできた、人の終わりの形のひとつだな」

 

 艦橋でのキルヒアイスの問いに、そう答えたラルフは外の銀河の光景を見ながら説明を続けた。

 

「どうしてそうなるのか、っていうのはよくわからん。悲しいとか辛いなんて感情を長く持ち続けるとドラウグルになっちまうと言われているが、あやふやすぎて俺はあまり信じられん。ただドラウグルになっちまうと、人であった頃の意識を失い、人を殺し、その屍肉を食らう化け物に成り果てる。しかも厄介なことに人であった頃の知識は忘れていないようでな。放っておいたら、勝手に宇宙艦隊の工場とか作り出して、今回みたいに襲撃してくるから、神託に従って定期的に間引いているわけだ」

「あれが、元々は人……」

 

 キルヒアイスはそう呟いた。人型とはいえ、あんな悍ましい怪物が、元は同じ人間である。にわかには信じがたいことであった。

 

「まあ、信じたくないってのはわかるぞ。ドラウグルは人間じゃ到底できないようなことするからな。関節を無視した動きをしたり、多少の傷をつけても容易く完治するし。殺そうと思えば、首に致命傷を与えるか、焼き殺すかしないといけない。今のこの状況でも、まだいくらかのドラウグルは生きているだろうから」

「……どう見ても、すべての敵艦艇は機能を失っていると思うのですが」

「連中は呼吸なんかしなくても普通に生きられるからな。廃材を適当に組み合わせて、また宇宙船を作り上げ、また人を襲い出すなんてこともある。それを防ぐ為に、あの廃材回収用の大型艦艇とかわざわざ引き連れてきたわけだ」

「事前に話は聞いてましたが、この目で確認しても、まだ信じられませんね……」

 

 実際、環境のモニター越しで見ている、廃材回収用の大型艦艇数隻が、先頭に破壊された艦艇の残骸群をまるで吸い込むかのように吸い込んでいく(なぜか残骸ではないまだ生きている艦艇が巻き込まれない摩訶不思議さ)光景は、まるで埃の山に掃除機をかけているようで、実にシュールな光景であるようにキルヒアイスには思えた。

 

 ドラウグルの艦隊と交戦したのちは残骸を収集した後、都市惑星にある巨大焼却炉に放り込んで完全に焼き殺すのがいつもの戦後処理の仕方であるという。やや残酷なように思えるが、それ以外に方法がないとなればそれに倣うしかないだろう。

 

 そんなキルヒアイスの感情が表情に出ていたのか、ラルフは補足説明を付け加えた。

 

「だが、ドラウグルに堕ちたとはいえ、元は俺らと同じ人だ。神前において弔うことを忘れはせんさ」

「神前? 神様が直に弔いに来てくれるのですか」

「いやいやいや……流石にそんなことはない。神像の前にて魂を弔うんだ」

 

 神像の前で弔うというのは、キルヒアイスの感覚的にはいまいち理解できないことであったが、それがこの世界における同族への誠意ある弔いであるのだろうと思い、受け入れた。

 

 しかし惑星ヴォスハイトへと戻り、都市部から数十キロ離れた地点にある、超巨大な神像を目にするとキルヒアイスの認識は変わった。その像は、非常に見覚えがあったからである。

 

 その神像は非常に巨大で何十メートルの高さを誇るのか見当もつかない。そしてその像の足元の台座には遠くからでも読めるほど巨大な文字ではっきりと以下のような文言が刻まれていた。

 

全人類の庇護者にして全宇宙の征服者!

外宇宙より来る災厄を退けし勝利者!

賢明なる黄金樹の方舟の領導者!

大神オーディンと古き神々の権能の継承者!

神聖にして常勝不敗なるいと高き万軍の主!

永劫にして不滅なる最後の神!

 

「おお、我らが人を守護し、導く至高の神よ! ドラウグルに堕ちし民草の魂を、どうかヴァルハラへと導き給え!!」

 

 領主がそう叫んで神像に向かってぬかずいていたが、そんな光景はキルヒアイスの意識の外にあった。見覚えのありすぎる神像に、意識が釘付けになっていてそれ以外がどうでもよいことのように思えていたのだ。

 

 それはかつての世界にて、友とともに打倒すると誓い合った体制を作り上げた存在であり、その体制が象徴として五〇〇年近くにわたり掲げ続け、それに対して臣民が敬意を示すは当然と教えられ続けた男の像であった。

 

 その男の名は、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムといった。

 




後編もありますので、本日中に投稿します。
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