燦星夜世界樹ゴールデンバウム   作:kuraisu

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神の都、聖なる方舟

 人類がまだ地球という一惑星上のみを生存圏としていた時代より、『銀河』というと、たいていの場合、地球を含む天の川銀河のことを指す。それは人類が老衰を克服し、若きまま数百年にわたり生き続けることが叶うようになった今の時代においても変わらない。

 

 そんな銀河の中心部、核ともいうべき場所に、現在の人類社会の首都でもある神の都はある。だが、それは自然の産物であることを意味しない。かつてこの場所には超大質量ブラックホールが存在したが、数百年の昔にブラックホールを打ち砕き、それに代わる巨大人造天体を建設したのだ。

 

 だが、それは人造天体であるにとどまらなかった。尋常ではない動力部を持ち、天体を取り巻く銀河の星々を従える方舟として、広大な宇宙を旅することすら可能な機能を持つ、超巨大な宇宙船でもあった。人類すべてを庇護し支配する唯一神が望み、設けられた機能であった。

 

 銀河系そのものを宇宙を征く方舟としてしまう巨大人造天体の名は『ユグドラシル』。北欧神話において、世界そのものを支えた一本の大樹の名であり、人類社会のすべての上に立つ神都の名にはふさわしき名称であるといえよう。

 

 そんな直径何十光年にも及びそうな神の都の宇宙港に降り立ったラインハルトは、すぐに顔をしかめた。不快な人物が目に入ったからだ。

 

「そんな露骨に不機嫌な面しなくてもいいじゃないか、ミューゼル君」

「黙れディアナ、何の用だ?」

「あんたの元帥昇進が決定したようでね。それを教えに来てあげたのさ。これであんたも晴れて正式に第一八軍統帥となり、我らがエインヘリヤルの末席になるわけだ。ま、あんたなら席次がすぐにあがりそうだけどね~」

 

 なにせ強い上に、父上のお気に入りだ。そう言って笑って魅せる軍服を身にまとった女性であり、豊満な乳房と流れるような長い金髪が特徴的な美しき女性であるが、現在一七人しかいない元帥の中で唯一女性の紅一点であり、彼女の特殊な身の上を考慮するにしても、第七軍統帥の地位につけたのは紛れもない彼女の実力によるものであった。

 

 ラインハルトはそれを認めてはいたが、彼女のことがあまり好きではなかった。なぜかというと、彼女には淫蕩な一面があり、しかもけっこうな面食いで、気に入った異性を褥に連れ込むのを趣味としており、自分になにかと近寄ってくるのもその趣味のせいだとわかってしまうからである。おまけにそのせいで自分の異例な出世はディアナのお気に入りである為などという噂が囁かれているのであった。

 

 この噂は、自己の能力と実績を評価されて今の地位を得たと自負するラインハルトにとっては不愉快な噂であり、そんなものが流布する原因になったディアナに対して好意的になれようはずもなかったのである。

 

「そういうわけで叡覧の間にて元帥任命を正式に行うことになった。私はその案内役というわけだ」

「……もっとマシな案内役はいなかったのか」

「ハハッ、残念ながら、あんたの案内役を進んで買って出ようとする酔狂な人間は私しかいなかったものでね。あんただってエインヘリヤルの皆から嫌われている自覚くらいあるだろう」

「……」

 

 事実なだけに反論のしようがなく口ごもると、ディアナは心底おかしそうにクスクスと笑うので、ラインハルトはさらに不機嫌になった。

 

 エインヘリヤルとは、帝国の政・軍における要職を務める者に与えられる称号であり、自らの意思で神に謁見することが叶う特権を持つ、神の直参としての身分を約束された者たちのことである。軍部においては元帥の称号を持ち、軍統帥の役職にあるものが該当する。

 

 エインヘリヤルは異種族文明との災厄戦を幾度も経験している者たちばかりで、神がまだ人でありし頃より仕えていた者さえ、少ないながら存在する。つまり最低でも一〇〇年以上の人生を歩んできた者たちばかりであって、まだ二〇年と少しの人生しか歩んでいない若造のラインハルトが、自分たちと同じ人としての最高の地位につくことに納得がいかない者が多数派なのであった。

 

 根っからの実力主義者であるラインハルトにとっては、その手の感情は笑止な話としか思えない。第一、自分たちが忠誠を誓う神御自らが常日頃から言っているではないか。宇宙の摂理は弱肉強食、適者生存、優勝劣敗であると。自分はその摂理に従って強くなり、なればこそ当然の地位を得る。それだけのことに不満を募らせるなど馬鹿馬鹿しいとしか思えない。

 

 その点からいえば、ディアナはかなりマシな部類であった。自分をまともに評価する目とそれを受け入れる度量を持っている。個人としての彼女を嫌いつつも、ラインハルトとしては認めざるをえないことであった。

 

 やや釈然としないものの、ディアナが用意していた車にラインハルトは乗ることにした。叡覧の間は、エインヘリヤルでない者にはどこにあるか教えられないのである。いや、正確には誰もが知っているが、知らないフリをするのがこの神都に暮らす者の決まりであった。

 

 神都の中枢区画にある巨大な漆黒の宮殿、神の居城たるその宮殿に叡覧の間は存在し、そこには人類社会のすべてがある。神都にはそんな言い伝えがあり、神都の民であれば、幼き頃より何度も聞かされた神話である。

 

 そしてその言い伝え通り、明らかに神都中枢の漆黒の宮殿へと車を進めており、まんまなのかとラインハルトはなんとなく思った。市街に目をやると、数十年ぶりに新しい元帥が誕生するという報でも事前にでていたのか、群衆が群がっていた。

 

 実際、ラインハルトに対する評価は、神都の民の間ではすこぶる高い。なんといっても、ほんの一〇年ほど前まで、彼らと同じ身の上であったのに、一〇歳の若年で軍に飛び込むと、軍内の競い合いで急速に頭角を現し、神の目にもとまって高く評価され、ついには帝国の誇る一八個の軍のひとつを任された男なのだから。見目麗しい容貌をしていることも手伝い、男どもは憧憬の目で見るし、女どもは黄色い声をあげる。

 

 その事実に対してラインハルトはあまり関心を抱いていなかった。どちらかというと突き放して考えていた。男どもが自分にあこがれるのは良いとして、女が自分に色目を使ってきたりすることには嫌悪の念を抱いていたのである。どうにも()()()()()()()()()()()()の姿が重なって仕方ないのだ。

 

 神の居城たる宮殿に足を運んだことは何度かあったが、ディアナはラインハルトが今まで行ったこともないような奥まった区画へと突き進み、妙な雰囲気を放つ奇怪な赤く黒い大きな箱に入るように命じた。

 

「こんなところから本当に叡覧の間に行けるのか?」

「は? 私が神の主命に背いたり、偽ったりするとでも思っているわけ?」

「いや、そういうわけではないが……」

「じゃあ、さっさと入る」

「……はい」

 

 二人は箱の中に入ると、ディアナは声を張り上げた。

 

「主上! 私はディアナ・フォン・ゴールデンバウム! エインヘリヤルが一人、第七軍統帥!」

 

 その叫びに反応して、箱が不気味に輝き、二人の視界を奪い去り、その輝きが消えると幻想的な光景が広がっていた。

 

「ほぅ……」

 

 ラインハルトは思わず感嘆の声を漏らした。その部屋には天井がなかった。いや、無限の宇宙、真冬の夜空を見上げるがごとき銀河の星々が(さん)たる黄金の光を輝かせていた。

 

 

「ほう、高慢な金髪の孺子もこの絶景には眼を奪われるか」

 

 あきらかに嘲笑の色が乗っている声が響き、ラインハルトの感動に水をさした。

 

「この叡覧の間に広がる絶景は、我々が主上の指導の下、幾多の災厄戦を乗り越え、広げに広げた帝国の版図を示す、いうなればこの方舟を起点とした壮大な天球儀。これを直に見れる特権を有するは主上と我らエインヘリヤルのみ。本来であれば、貴様のごとき若造が目にしてよいものでない」

「失礼ですが、私を正式にエインヘリヤルに迎えるというのは主上の決断と聞き及んでいますが、それでも納得できないと?」

「……主上もお戯れがすぎる。最後の災厄戦すら経験していないどころか、まだ生まれてすらなかったような若造ぞ。とても納得できぬわ」

「へー、じゃあクロプシュトックの旦那は俺のことを認めてくれているのか」

 

 横から口を挟んできた浅黒い肌の男に、クロプシュトックは額に青筋を浮かべた。

 

「大飯食らいが。貴様を認めるなど、ここの孺子を認める以上にありえんわ」

「なんでだよ、俺はそこの孺子と違って何度も災厄戦を経験している古強者だぜ?」

「白き肌を持たぬ外界上がりの劣等人種が、偉そうに……何様のつもりか!?」

「そりゃあ、俺が主上に認められたエインヘリヤルだからだろ? そこの孺子の件もそうだが、お前は自分の主君が正しい評価をしているとすら信じられないのか?」

「黙れ猿!」

「クロプシュトック、言葉が過ぎるわよ! リン・パオも無駄に煽らないで!」

「おいおい、クロプシュトックの旦那はともかく、俺は事実を指摘しただけだぞ」

「……いいから黙りなさい、リン・パオ」

 

 冷たい目でディアナに睨まれると、「女は怒らせると怖いからな」と軽口をたたいてリン・パオは引き下がった。

 

 ラインハルトはこれまでリン・パオと直に会ったことはないが、軍に属する者としてリン・パオは有名だった。その特異な経歴と素行からである。

 

 リン・パオは神都の生まれではない。それ自体は別に珍しいことではなかった。ドラウグル退治で大いに勇名を馳せれば、外界の民であろうとも神の目にとまり、神都の住民として迎えられ、軍に奉職するなんて例は、毎年数百人単位である。その中には当然、神都の民には珍しい非白人がその中にいることだってよくあることだ。

 

 だが、リン・パオはそうした正規のルートで神都入りを果たしたわけではなかった。とある外界の領主の軍に属していたが、無能な領主に愛想を尽かして弑逆をし、そのまま勝手気ままに有人惑星を襲撃・略奪しながら宇宙を放浪する宇宙海賊の頭目をしていたのである。

 

 被害にあった有人惑星の数が百を超え、海賊の規模が艦艇数千隻になるに及んで、流石に外界の貴族どもの手に余ると判断した神が当時の第一三軍に海賊討伐を命じたのだが、あろうことかリン・パオの海賊団はその第一三軍を返り討ちにしてしまったのである。

 

 この顛末を知った神は御自ら近衛艦隊を指揮して討伐に乗り出し、一方的に宇宙海賊を壊滅した上で、リン・パオに死か臣従かの二択を迫った。リン・パオは生き残りの海賊たちも助命してくれることを条件に臣従を誓い、かつて自らが撃破した第一三軍総帥たる地位を与えられ、エインヘリヤルの一員として遇されることになったのである。

 

 ラインハルトからすると、実に清々しい経歴の持ち主であると感じるし、もし自分が外界出身者であればリン・パオのような方法で神都の住民となったことだろうとすら思うのだが、その特異すぎる経歴の為にエインヘリヤルの中ではやや孤立気味の存在であった。

 

「この神聖な場において、あの者たちはよくもあのように振る舞えるものだ。二人とも、そうは思わないか」

 

 ラインハルトとディアナはその声を聞いた瞬間、弾かれたように背をただした。

 

「そう畏まらなくてもいいよ。うん」

「と、申されましてもすぐには……」

「わかったわ。それならあんたの言う通り普段の口調でしゃべるから、文句言わないでよね」

「軽いなッ!?」

 

 ディアナがあっさりと態度をいつものそれに戻したので、ラインハルトは驚愕した。目の前の要人を前にして、言われたからと言ってすぐに態度を豹変させることができるものだろうか。

 

 目の前の男は、ヨアヒム・フォン・ノイエ・シュタウフェンという名の男で、最初の災厄であるジェノバとの戦争の時代より神の側近をしていた古強者で、現在は帝国宰相と第一軍総帥とを兼任し、エインヘリヤルの首席たる地位にいる人物である。

 

 ラインハルトは自分の実力に強い自負を持っていたが、まだヨアヒムに及ぶほどの強者であるとは思っていなかったし、彼が神の側近としての実績の数々には敬意を抱いてもいた。だからディアナほど簡単に割り切れるものではない。

 

「だからあんたは若造なのよ! いくらすごい人間でも何百年と顔を突き合わせてれば、そんなこと気にしてられなくなるわ。クロプシュトックに対して、あれほど強く出れるなら、他の者たちに対しても、それくらいで接する度胸を身に着けなさいな。エインヘリヤルなら必須事項みたいなものよ」

「そういうものなのですか」

「かもしれないが……ここで騒々しくするのは遠慮してもらいたいものだね」

「ノイエ・シュタウフェンの申す通り、神前において卿らはずいぶんと騒々しきことだな」

 

 海底の暗がりより響いてきたような神の声を聴覚がとらえると、叡覧の間に集っていたエインヘリヤルの全員が一斉に拝跪した。膝をつく方向は、この不思議な空間の中枢にある無骨な玉座である。

 

 そして遥か彼方の虚空より彗星がその玉座に落下し、強烈な光を放って叡覧の間を真っ白に染め上げ、その光が収まると、玉座に巨人が腰を据えていた。巨人というのは比喩ではない。全長で三メートルに及ぼうかという筋骨隆々な容姿の巨人である。

 

「余はルドルフ・フォン・ゴールデンバウム。全人類の庇護者にして全宇宙の征服者である。者ども、面をあげよ」

 

 全員膝を就いたままであったが、声に従い顔をあげた。跪き、自分を仰ぎ見る者たちの様子を流し見た後、ルドルフは軽く笑った。

 

「我が精鋭たちよ、本日は記念すべき日となる。人類史に新たな一ページが刻まれた日となろう」

「……主上、それはミューゼルをエインヘリヤルの一員に迎えるからですか」

 

 声の威圧感がやや薄れたので、クロプシュトックが疑問の声をあげた。

 

「たしかに。それも理由のひとつではある」

「何故! 何故でございますか! エインヘリヤルの称号は、幾度の災厄戦、異種族文明との殲滅戦争にて英雄的活躍を成した者に与えられた栄誉ある地位と心得ますれば! 如何に主上の判断とはいえ、ミューゼルのごとき若造にその勇者の称号をくれてやるなど、私には納得できませぬ! 他の者どもも、そうであろう!?」

 

 クロプシュトックの発言に、少なくない同意の声が巻き起こった。ラインハルトはひそかに奥歯を強く噛み締める。他人の才能を認められない愚か者どもめ。自分と対等の条件で戦って、こいつらは自分に勝てる自信があるのか。エインヘリヤルの全員とは言わぬが、クロプシュトックに追従で賛同している輩には負ける気がしないし、それ以外に対しても刺し違えてみせるくらいはできるぞ。

 

 そんなラインハルトの内心の憤りを察したわけでもないだろうが、ルドルフは手をあげて不満の声を制した。

 

「卿らの憤りもよくわかる。余自身もミューゼルに正式に統帥に任じ、エインヘリヤルの一員として迎えるには、若すぎるのではないかと思わなくもない……」

「では!」

「だが、余は決断した。そうするべきと判断したのだ」

 

 力強くそう断言されて、クロプシュトックは言葉に詰まった。

 

「まあ、とは言っても、それだけでは卿らも納得すまいな。これは一種の非常措置でもあるのだ。これから起きるやもしれぬ内戦に備えてのな」

「な、内戦でございますか……? 四〇〇年近く前の地球教やらいう邪教徒蜂起を最後として、内戦の芽など根絶されたと思っておりましたが、なにか外界でそのような兆候でもございましたか」

「それを説明する前に、卿らに見せたいものがある」

 

 ルドルフが軽く手を振ると、星空の光景がめぐるましく動き、やがてひとつの惑星を中心に据えた後継へと様変わりした。ラインハルトはその星に見覚えがあった。つい先日、任務で赴いた宙域にある星であったからだ。

 

 だが、多くの者たちはそれすらわからず、何処の星かとざわめく。しかし疑問に答えたのは、ルドルフではなく、白衣を着た怪しげな科学者風の男であった。

 

「これから外界の星のひとつ、ヴォスハイトで起きたドラウグル退治の様子を諸君に見物していただこうと思う」

「なぜ、そのようなものを?」

「まあ、見てみればわかると思いますよ、特に武人の皆様には……」

 

 そう言ってククッと怪しげな男が笑うと、それを合図であったかのように叡覧の間の上空は、ヴォスハイトで起きたキルヒアイスの指揮によるドラウグル退治の光景を再現し始めた。

 

 ヴォスハイト軍に数倍するドラウグルの艦隊を、巧妙な用兵術をもって分断し、各個撃破していくその華麗さに、幾人かは感心の唸り声をあげ、幾人かは呆れの笑みを浮かべた。

 

「この指揮官、確かに指揮官として手腕はあるのだろうけど、ふざけているわね」

 

 呆れていた者の一人である、ディアナは戦闘を見終えるとそのように語りだした。

 

「ドラウグルの艦艇が多少生きていても、それを放っておいて、次の塊に襲いかかり背後への注意を疎かにして、数回いらぬ損害を出しているわ。いや、相手がドラウグルでなかろうとも同じこと。まず最初に殲滅を企図しての徹底攻撃ありき。最初からそれを目指さず、生半可な攻撃で中途半端な状態にすればそれで良しというのは理解できないわね」

「まったくだ。意思なきドラウグルであっても、武人としての情けがあれば全力で殲滅してやるのが人としての礼儀というものであろうに。もし私が逆の立場で、敵の慈悲の為に生き永らえたとかになろうものなら、あまりの侮辱故に憤死するやもしれぬわ」

 

 クロプシュトックも同調した。それがこの世界では当然の武人の心構えである。リン・パオのことを嫌いつつも、彼がエインヘリヤルの一員であることを許容しているのは、主君たるルドルフの殲滅前提の討伐から生き永らえ、強者たる証を示してみせたからである。

 

「それで、これを見せてドクトルはどうしたいのかな」

「……そうですな、主上、私から説明しても?」

 

 

 ヨアヒムの問いに対して、怪しげな白衣の男ドクトルは確認を行い、ルドルフは温容にうなずいた。

 

「では、失礼して……宰相閣下は我が研究所で大きく取り扱っている二つの研究の内容をご存じですかな?」

「銀河間ワープ技術の開発と死者蘇生の研究であろう?」

 

 天の川銀河全域を制覇した帝国にとって、異なる銀河への進出は至上の課題であった。従来のワープ技術では、とても銀河と銀河の間を渡りきることは不可能であったのだ。よって、全宇宙の遍くところに人類の足跡を記すことを望むルドルフの意向に従い、天の川銀河を完全制覇した頃より、銀河と銀河の間をワープできる技術の開発には大きなリソースが投入されていた。

 

 そして死者蘇生研究については、ワープほど大きなリソースが投入されているわけではないが、最初の災厄戦でジェノバを討ち滅ぼし、その遺骸を材料として作り出したる不老薬によって、人類は寿命や病から解放されたが、外傷による死を避けることはできず、また既に死んだ者を蘇らせる効能もなかった。

 

 敗者が死ぬのは人の運命なれども、度重なる地球外起源の知的生命体との災厄戦の渦中で多くの強者が失っていくことをルドルフは苦々しく感じており、自ら神を称した頃よりずっと死者蘇生の研究を継続させているのであった。

 

 しかしそんな話がどのようにして、ヴォスハイトでの戦闘との話につながるのかと、ヨアヒムは内心首を傾げた。

 

「実はヴォスハイト側の指揮官は、この二つの研究に関わる実験の……いわゆる被験者? 実験成果? まだちゃんと定義づけしていないのですが、そういう類の者でしてねぇ……」

「は? いま、なんと……?」

「ですから銀河間ワープ技術の開発と死者蘇生の双方に関わる実験の……」

「いや、ちょっと待て。その二つの研究の実験、そもそも重複するような要素があるというのか?」

「……死後の世界と亜空間の相関性に関する理論というものがありまして、ちょっと説明が難しすぎるので物凄く端的に説明しますが、物凄く極端に要約しますと死後の世界へのワープは可能かどうかという実験です。詳細はやや違いますが、ざっくり説明すると、そんな感じです」

 

 詳しく説明してもお前らのごとき低能では、我々の高度な科学理論など理解できまい。傲慢な諦観を感じさせるドクトルの態度に、ヨアヒムはやや苛立ちを感じたが、いつものことなので飲み込み、話を進めた。

 

「つまり、ヴォスハイトの軍勢を率いていた指揮官は死後の世界に行って帰ってきた者――いや、違うな。それなら被験者の一言で済むところを実験成果と言い悩むということは、死後の世界から連れ戻してきた者――つまりは死者蘇生に成功した者、ということか」

「流石はノイエ・シュタウフェン。半分はあたっておる」

 

 ルドルフが呵々と笑いながら評した。

 

「だが、半分は違う。これは推察しろという方が無理なことではあるが。そうであろう、ドクトル?」

「……はい、我々もどういう原理が働いたのかさっぱりわからず、いまだに解明中なのですが……。我々の死後の世界にはつながらず、別の死後の世界につながりまして……そして二名ほど我らの世界の星に放り出さられることになりまして……」

「待て。少しは情報を整理して言ってくれドクトル。別の死後の世界とはなんだ?」

「並行世界の死後の世界ということですよ。で、その軸座標のズレのせいなのかワープ動作がおかしくなって……非科学的な表現を使えば、魔術の召喚のような形で異世界の死者を蘇生したことに……」

 

 ヨアヒムは天を仰いだ。第一軍統帥のみならず、帝国宰相として神都ユグドラシルの行政面における最高責任者の地位にある者といえども、あまりにも現実味がない話に、理解を拒絶したくなった。いや、ドクトルの研究成果なんてものは、たいていの場合において、不条理という言語を具体化した超技術の産物なのであるが。

 

 何度ドクトルが作り出したよくわからん危険物の為に、どれほどの大迷惑を被ったことか。それにこの発言を聞いたことにより、自らの主君が何を望むのか、ヨアヒムはその明晰な頭脳故に、この時点で察してしまったのであった。

 

 ヨアヒムはどうか自分の想像が外れていてくれと願いつつ、確認を行うことにした。

 

「主上、この召喚術らしきものを、まさか外界の星々で無作為かつ大量に行うとか言いませぬか」

「行うにきまっておろうが。でなくば内戦になるやもしれぬなど言わぬわ」

 

 実に良い笑顔を浮かべながらそう言い切るルドルフに、思わずヨアヒムは頭を抱えた。こういう御仁であることは五〇〇年近い付き合いでわかっており、こうなったルドルフを止めようがないことを十二分に承知しているからこその諦観であり、胃痛を感じざるをえなかった。

 

「あー、主上、ひとついいか?」

「どうしたのだリン・パオ」

「その召喚術とやらで、復活しているのが本当に並行世界の死者なのか、どうやって確認したんだ」

「ドクトルが実験で召喚したのは二名だと言っただろう。その内の一人、アンスバッハなる者を捜索の上で確保し、納得のゆくまでの尋問を行った。それでヴォスハイトへと流れたもう一方の異界の死者、ジークフリード・キルヒアイスの為人を把握した。そこでヴォスハイトの領主に神託をくれてやり、ドラウグルどもとの戦闘の指揮を見物させてもらったというわけだ」

「では、私の任務である男の言が真か偽か見抜きたいと申されていたのは……」

「アンスバッハのことだ。それで余は彼奴の発言に嘘偽りは基本としてないと判断した」

 

 そう言い切るとルドルフはエインヘリヤルの全員の表情を確認し、告げた。

 

「アンスバッハなる者が申すには、その並行世界には人類の領域は銀河のほんの一部、オリオン腕からサジタリウス腕に至る範囲しかないらしい。だが、思想対立故に一五〇年もの長きに渡って二つの陣営に分かれて互角の戦争をし続けているという。そんな世界の死人どもを外界に大量に放り出せば、外界の民どもの良き刺激となり、戦乱を招くは必定。それが長じれば、神たる余への叛逆すら志す勢力も出て来るやもしれぬ。よっていつまでも第一八軍総帥の座を仮のままにしておくのもどうかと思い、ミューゼルを元帥に昇進させた上で、第一八軍総帥に任命すると決めた。さて、まだミューゼルをエインヘリヤルにすることについて異論がある者はおるか」

「ミューゼルの人事について異論はないが、疑問がひとつ」

「なんだ?」

「……何故そのようなことを? ともすれば外界が主上に叛逆するようになるかもしれない危険性があるのなら、並行世界の死者など招かなければいいだけのことじゃねぇか」

 

 不思議そうにリン・パオが疑問を呈してきて、ルドルフは爆笑した。まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったのだ。だが、考えてみればリン・パオは外界出身者。この方舟では当然のことであっても弁えていなかったかもしれない。

 

「何故か、か。決まっておろう。余が人の世に残された最後の現人神故、すべての人類を庇護するからだ。神都ユグドラシル、この方舟に暮らす選ばれた五〇億の民に限った話ではないぞ。外界を含む、この銀河すべてで暮らす三〇〇〇億の人類すべてを余は愛しておるのだ! 故にッ!」

 

 ルドルフは熱っぽく自己の信念をエインヘリヤルに披歴する。

 

「人は常に向上心を持って進歩を続けねばならぬ。だが、外界の民はどうだ!? 数十年前の最後の災厄戦以来、脅威らしい脅威がドラウグルどもしかいなくなったせいで、向上心が薄れかけておる! 常に変化を恐れず進歩を続けることこそ、人の価値であるというに! 安心感から停滞することなど余は断じて認めぬ!」

 

 どうすれば人を自ら努力を惜しまぬ存在へと導くことができるのか。いろいろと考えてきたが、やはり最適解はひとつのみ。ルドルフは現人神となりてより、その最適解を唯一の方法とすら信じるようになっていた。

 

「争いの中でこそ、人は進化する。進化せぬ者など、引き金の壊れて錆びて腐った銃のように、黒く泥に塗れた川にできる淀みのように、前に進むことのできない足のない虫のように、無価値な存在だ! 我が世界にて生を謳歌する資格なし!」

 

 そこまで言い切るとルドルフは感情を落ち着かせ、付け加えるように威厳をもって言い添えた。

 

「神たる余の使命は人類という種を守護し、強化させ、繁栄させることである。五〇〇年前、ただの人でありし頃より変わることのない我が信念である。そして人の進化とは、死の恐怖を克服せんとする本能こそが最大の原動力故、種が滅びぬ程度には生存闘争を繰り広げさせねばなるまいて」

 




以上、ルドルフが永遠に統治者として君臨し続ければ、人類社会ってどうなるかな?という思考実験の産物でした
しばらくしたら、設定集みたいなのを追加投稿しますが、話としてはこれで終わりです。
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