ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン 常怠常勝の智将と戦場の幽霊(ゴースト)   作:naosi

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 アニメ版の第1話に入っていきます。原作を参考に書いているので、二部制にしながら書いて行くかもしれませんが、よろしくお願いします。


第4話 嵐の邂逅(1)

卒業式の数日後、イクタとヤトリは高等士官試験の会場に来ていた。

 高等士官試験―――それは学習内容に幼年軍事訓練課程を含む所定の教育機関を終了してきた者だけが受けられる関門であり、幹部候補生、いわいるエリート軍人となるためにくぐらねばならない最初の試練だ。

 一兵卒=二等兵として軍に入った場合、実戦でよっぽどの大戦果でも上げない限り、その出世は下から7番目の階級である下士官「曹長」が限界となる。しかし、高等士官試験は将校の候補者選抜を目的として作られたもので、この試験に受かった者は最初から「曹長」よりもひとつ上の階級である「准尉」の地位を得ることができる。ただし、1年に一度、受験は3回まで。

 もちろん倍率もバカ高い。試験全体を通して400倍を切ることはまずないし、一次試験だけでも二十倍をくだならい。しかしカトヴァーナ帝国の人々には軍人を英雄視する傾向があるだけで、これに合格した者は憧れの的になる。地位と名誉を一度に得るチャンスなのだが・・・・。

 

「んー、国家戦略論。だるいわー」

 

 目をぎらつけせて答案用紙と向かい合う受験生たちの中にあって、あくび混じりに鉛筆を走らせるイクタの存在は、もうびっくりするほど浮いていた。そのくせ回答自体は妙にサラサラと進んでいるものだから。周りの受験生たちは揃って鼻白むしかない。

 

「あー、軍事行政学。ぬるいわ―」

 

 その姿ときたら夏休みの課題を無理やりやらされている子供と同じだ。頬杖を突いて唇をへの字に曲げて、目なんか死んだ魚のよう。で、各科目の解答が終わった瞬間に突っ伏すと、そのまま見直しもせずに解答用紙の回収までピクリとも動かない。

 

「げー、アルデラ神学。ウザいわ―」

 

 試験を見守る教官の性格よっては、それだけで退出を命じられない不真面目さだったが、どうやら悪運に恵まれたらしい。

 そして迎えた試験二日目、最後の科目は「軍事史」だった。

 

「これが最後の、これが最後・・・・ん?」

 

 ほとんど生きた屍のような状態で機械的に答案を埋めていたイクタの手が、ふいに止まる。用紙の最後に記された記述問題のテーマが、彼の目を捉えて放さなかった。

 ―――前キオカ戦役において「戦犯」とされた帝国陸軍の元大将バダ・サンクレイについて、思う所を自由に述べよ。

 

「・・・・・・・」

 

 試験が始まって以来初めて、イクタにとっては意表を突かれる出題だった。「自由に述べよ」という解答の形式からして軍の設問らしくない。型に嵌めようとする意志が見えないからだ。

 ――でも、この文面からは、もんの少しだけ懐かしい匂いを感じる。

 思わず真面目に答えたくなったイクタだが、まさか高等士官試験の答案用紙に帝室への批判を書き連ねるわけにもいかないので、すでに他の教科で点を稼いでいる自信もあり、こう短く答えるに留めた。

 ―――あらゆる英雄は過労で死ぬ。

 午後七時二十分をもって各会場での一次試験は終わり、六千人からいた受験生は、例年通りに三百人以下まで絞られた。

 イクタの近くで試験を受けていた受験生は、イクタに対して、「「「こっちは真剣に取り組んでいるのにだるそうな発言するなぁぁぁ!!」」」とイクタに対して憎悪を燃やしていた。

 

 そんな一次試験の終了から、およそ一ヶ月後。イクタとヤトリは旅の荷物を背負った姿で、それぞれの精霊と共に港から海を眺めていた。二次試験は帝国南方のヒルガノ列島で行われるため、現地に向かう送迎船に乗りに来ていたのだ。

 

「ここまでは順調ね。イクタが落ちたらどうしようかと考えていたわ」

「イグセム家にはお世話になっているからね。受からない訳にはいかないからね、授業をサボって勉強してたかいがあったよ」

 

 あくび混じりにイクタが答える。

 その時、後ろから気配もなく手が伸びてきてイクタの頭を掴んだ。その事に気づいたイクタは一瞬体を震えさせ顔を引き攣らせて、冷や汗を滝のように流した。

 隣にいたヤトリも驚き、振り返りイクタの頭を掴んだ人物を確認すると警戒をといた。

 

「イクタ・・・・今のはどう言う事だ?」

 

 その声と共にイクタの体をレイは自分の方に向けさせた。

 

「2年前にあった時は真面目に講義を受けていると言ってたよな?あれは嘘だったのか・・・」

「い、いや、それ・は・・・・その・・・」

 

 今までの態度が嘘のように大人しくなり、必死に言い訳を考えていた。その様子をヤトリは笑いを堪えながら見ていた。

 

「今は説教はなしにしてやる。説教は船の中でゆっくりしてやるから覚悟しておけ・・」

「そ、そんな・・・うん?・・・船の中?」

 

 イクタはレイの一言に疑問感じ、小さく呟いた。

 

「そうだ。ヒルガノ行きの送迎船には僕も乗る。ちょっと野暮用があってね」

 

 その言葉を聞いてイクタは、絶望したようで膝を突いて地面を向いた。

 ヤトリは納得してイクタの肩を叩いた。

 

「イクタ落ち込んでいる所悪いですが、船が来ましたよ。ヤトリとシアとレイも行きましょう」

 イクタの腰に収まった光精霊クスに言われ、3人は並んで船の方に歩いていく。その際にレイは懐からサングラスを取り出して掛けた。

 港に接岸した中型船から一目で軍人と分かる水夫たちが降りてきて、イクタとヤトリの全身をじろじろと値踏みした。

 

「受験票を」

 

 2人の受験票を確認してから水夫は無言で2人に乗船を促した。次にレイに視線を向けて話しかけた。

 イクタとヤトリは船に乗り込みながらその様子を見ていた。そしたら何かを確認した水夫を慌てて敬礼をして船への道を開けた。

 レイはイクタとヤトリに追いつき、船に乗り込んだ。いざ乗り込むと、軍の艦船らしく無駄な装飾がないが、全体的に整備の行き届いた清潔な船だ。彼らが案内された客室には、狭いながらも三段重ねの寝台が左右に一つずつあり―――しかも、そこには先客がいた。

 

「・・・・あ、こんにちは。ひょっとして、あなた達も受験生ですか?」

 

 緊張と安心が混ざった表情で話しかけてきたのは、淡い水色の髪を持った長身の女性だった。膝の上にはパートナーの水精霊が乗っている。毅然としたヤトリとは対象的に柔和な印象だ。

 

「そうみたいね。私はヤトリシノ・イグセム。帝立シガル高等学校の第131期卒業生よ。パートナーは火精霊のシア。こっちは婚約者でもあるイクタ・ソロークと光精霊のクス。後ろの軍人は、帝国陸軍中央司令部所属でイクタの義理のお兄さんで、レイ・ソローク少佐よ。あなたは?」

 

 ヤトリが口にしたイグセムの姓に、女性は少し驚いた様子で、すぐに自己紹介を返した。

 

「て、丁寧にありがとうございます。えと、帝立ミン・ミハエラ看護学校の第11期卒業生、ハローマ・ベッケルという者です。この子はパートナーの水精霊ミル。イグセムさん、ソロークさん、えと、少佐さん?よりしくお願いします」

 

 ハローマの向かい側の寝台に腰を下ろして、ヤトリは柔らかい口調で言葉を重ねた。

 

「姓で呼ばれるのは落ち着かないの。ヤトリで結構よ」

「どうか親しみを込めてイッくんと読んで下さるように」

 

 芝居がかった口調でふざけるイクタの態度に、ハローマが小さく笑みをこぼす。

 

「これの冗談は無視してくれて結構よ、ベッケルさん。相手にするとすぐ調子に乗るわ」

「そう、こいつは直ぐに調子に乗って女性を口説きに行くから調子に乗せないように」

「くすくす・・・・3人とも仲が良いんですね?じゃあ、よかったらわたしのこともハロと呼んでください。知り合いは皆そう呼びますから」

「お言葉に甘えるわ、ハロ。・・・パートナーが水精霊で、あなた自身も看護学校の出ということは、志望兵科は衛生兵かしら?」

「仰るとおりです。これで恥ずかしながら三度目の受験でして、今回始めて筆記試験を通りました。最後のチャンスなだけに、なんとか活かせるといいんですけど」

「衛生兵科は他に比べて競争率が低いし、じゅうぶん希望はあるわよ。競い合いになってたら手加減できないけれど、もし協力できるようなら力を合わせて行きたいわね」

 

 口調も表情もにこやかなヤトリだが、その内心は本音と打算が半々。この時点ではもう、勝負は始まってるどころか序盤戦まで終わっている。イクタがレイから学んだ学習方法は少ない時間で記憶することが出来たのが最初の戦果で、ここからは協力者を現地調達するフェイズだ。

 

「そうできたら心強いです。イグセム家の長女―――ヤトリさんの噂は聞いていますし、その婚約者でヤトリさんと同レベルの剣術と素手でそれ以上の強さを誇るイクタさんの事は来てますし」

「あら光栄ね。噂の半分ほども実力が伴うと良いけれど、イクタの噂まで知れ渡っているとわね」

「そこまで知れ渡っているとわね。僕もびっくりだよ」

 

 3人が謙遜混じりの社交を始めた頃、船室のドアが開いて新たな乗客が姿を現した。ぽっちゃりした小太りの身体に丸い顔をのっけた少年だ。彼はざっと室内を見渡して、ある一点でぎょっと目を丸くした。

 

「イクタ・ソローク・・・・?ど、どうしてお前がここにいるんだよ!?」

「おお、我が友マシュー!君も受かっていたか、いやぁ嬉しいなめでたいな!」

 

 寝台から立ち上がったイクタに抱きつかれて、マシューと言われた少年はめちゃくちゃ嫌そうな顔をした。

 

「いきなり何してるんだお前は・・・」

 

 必死に突き放そうとする後ろからイクタにレイがため息を付きながら近づき拳骨を落としてから襟を掴んで離した。

 イクタが離さていくのを見ながら、彼の視線が今度はヤトリに注がれた。

 

「っ、ヤトリシノ・・・やっぱりお前もいたか」

「一月ぶりね、マシューくん。会えて嬉しいわ。そっりはそうでもなさそうだけれど」

「当たり前だ。お前が一次試験でずっこけていれば、おれはどんなに痛快だったかわからない。それとそこの軍人は誰だよ?」

 

 マシューは壁に持たれているレイを指差しながら聞いた。

 

「初めまして、イクタの義理の兄で帝国陸軍少佐のレイ・ソロークだ。よろしく」

「その年で少佐かよ!?何処の所属だよ?」

「中央司令部所属だ。少々機密に入るからこれ以上は言えない。これもそのためだ」

 

 自身が掛けているサングラスを指しながら答えた。

 

「レイさん、彼はマシュー・テトジリチ、パートナーは風精霊のツゥ。私とイクタの同輩よ。レイさんもハロもテトジリチって家名に聞き覚えがあるのなら言ってあげて。彼、とっても喜ぶと思うから」

「どういう紹介だよ!?誰に覚えがあろうがなかろうが、テトジリチ家は帝国国内でも屈指の旧軍閥名家だ!イグセムやレミオンにだって勝るとも劣るもんか!」

「て、テトジリチ・・・・ですか?ええと、聞いたことがあるような、ないような・・・すいません、喉まで出かかっているような気がしないような・・」

 

 ハロが無意識に失礼なことを言うので、マシューは地団駄を踏んで歯軋りした。そのタイミングでイクタが慰めるように、というかおちょくるように、彼の肩をぽんと叩く。

 

「いいじゃないか、マシュー。そのメジャーマイナーくらいの知名度こそが君のポジションだ。別に全ての芸人が全国区である必要はない。君のローカル路線で地道に頑張っていくんだ」

「誰が芸人だっ!あぁもうっ、何でもいいから、とにかくお前は離れろよ!」

「イクタお前もいい加減にしろ」

 

 背後霊のようにイクタに付きまとわれたマシューは、そのまま船室の床に肩膝を抱えて座り込んでしまった。その様子を見て笑みを浮かべているイクタの顔面をレイが掴んだ。

 

「イクタ?友達もできて楽しく過ごしていると言って言ったのは嘘か?」

「イタタタ!!レイ兄!?割れる!割れるって!」

 

 イクタの身体が宙に浮く程の力でイクタにアイアンクローを食らわせながら質問をするレイ。それを見て腹を抱えて笑うヤトリ。状況を理科できずにあたふたするハロ。その状況でもふさぎ込むマシュー。中々カオスな惨状ができていた。

 ふと、そこで再び船室のドアがゆっくり開いた。遠慮がちに顔を出したのは、ハロよりもさらに背の高い美男子だった。住んだ翠眼をもち、薄い緑色を帯びた髪が肩口まで伸びている。腰のポーチにはマシューのツゥと同じ風精霊の姿があった。

 

「ええと、入っても大丈夫かな?何だか取り込み中のようだったから」

「入って良いよ。トルウェイ」

 

 入ってきた人物の方を見ることなくイクタを持ち上げ、背を向けた状態でレイが返事をした。

 

「そ、その声は・・・」

「久しぶりだなトルウェイ。随分背が伸びな?」

「痛って!」

 

 イクタを離してからレイはトルウェイの方を向いた。

 

「とりあえず僕以外に自己紹介をしたほうがいいと思う」

「ぼくはトルウェイ・レミオン。帝立エルミ高等学校の第82期卒業生だ。この子はパートナーの風精霊サフィ。どうかよろしく、みんな。難しい試験だけど合格まで、一緒に頑張っていこう」

  

 青年がそう名乗った瞬間、部屋の隅でうずくまっていたマシューの上半身がガバっと起きた。同時にヤトリの両目も見開いている。静かな興奮から、彼女の唇は自然と釣り上がっていた。

 

「そう。あんたがレミオンの」

 

 帝国においてイグセムと並び立つ旧軍閥の名家・レミオン家の三男坊。今期の高等士官試験での合格最有力候補。最大のライバルが目の前にいる。そう理解したヤトリは、何度目かの深呼吸をして心を落ち着かせると、それを宣戦布告に代えるような勢いで名乗りを上げた。

 

「ヤトリシノ・イグセムよ。この子はパートナーのシア。身の上なんて言うまでも無いわね?」

「・・・ヤトリシノ!?そうか、その炎髪、イグセム家の!ああ、なんてことだ!」

 

 相手の名前を聞いた途端、トルウェイは憧れの英雄を見るように目を輝かせた。それまで滑らかに回っていた口も急にぎこちなくなって、意味のない呟きばかりを繰り返している。

 

「トルウェイ、落ち着て深呼吸して話したいことをゆっくり話せ」

「は、はい。すー、はー、その、ミス・イグセム。ぼくは」

 

 レイに落ち着かせて貰ってから何かを口にしようとした瞬間、その間にマシューが割り込んできた。トルウェイとヤトリに小太りのテトジリチ家長男坊が声を荒げる。

 

「イグセムの白兵戦術は当然として、レミオンの戦列銃兵戦術だってとっくに最先端じゃない。お前らはもう戦場の先駆けでも無ければ花形でもない。名家の係累と言うだけで、でかい顔はさせないぞ」

「ええと、君は?」

「マシュー・テトジリチだ。この名前、忘れるんじゃない。レミオンの末っ子」

 

 ほとんど宣戦布告のような剣幕で名乗ったマシューだが、それを聞いたトルウェイは相手とは正反対に人好きのする笑みを浮かべた。

 

「人の名前を覚えるのは得意なんだ。一緒に頑張って合格しようねマシューくん」

「ふん、おためごまかして油断させようたって無駄ぞ」

「マシューくん、マシューくんか、うーん、マーくんと呼んでもいいかな?」

「はぁ!?」

 

 いきなり愛称を付けられて、マシュ―が目を丸くした。一方、ライバルとの会話を邪魔されたヤトリは、ため息を付きながら彼の身体を押しのける。

 

「私達の祖先の戦術が、廃れていくのは当然よ。過去の栄光にいつまで縋るつもりは初めからないわ。その上で言わせてもらうとね、マシュ―」

「くっ!」

 

 マシュ―は悔しそうな声を上げた。

 そうこうしていると不意に足元がグラっと揺れた。

 

「どうやら船が出港したみたいだな」

「自己紹介も一通り終えたし、皆、とりあえず腰を落ち着かせましょうか。ヒルガノ列島まで風に恵まれても2日近い長旅よ。向こうについてからのために体力は温存しましょう」

 

 それぞれベットの位置を話し合いながら場所を決め、眠りについた。

 

 

 




 投稿遅れました。年度納でいつもよりハードなスケジュールで動いていたので少しづつしか、書けませんでした。

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