――――ガレージ
学校からビシ部に貸与されている格納庫で、機体の建造やカスタムに必要な資材と設備が整った作業場となっている。
私は鞄を下ろし、ファイルを取り出して漁る。
「ええと……K、L、Mの……あった」
その中から『MCV-058d2』と名付けられた機体を選択し、指定範囲内で
次の瞬間、ピコッと小気味良い音がして私の眼前に巨大な8輪の箱が現れた。
機動戦闘車。
自衛隊にある同名の装輪装甲車をモデルに設計した、愛用の戦闘車両である。
改良に次ぐ改良で型番が自分でもよく分からなくなっているが、とりあえず実戦経験のある最新機だ。
全輪独立駆動・操舵でサスペンション付きの堅実な足回りに、戦車から移植した高火力で信頼性の高い砲塔、耐弾性に優れた装甲。
今日の試合にはこの機体で臨むつもりだが、やや物足りない。
これは単なる素体であり、
今回だとルールは『ビシ部ローカル殲滅戦』。コスト250でどんな形態の兵器を使っても良い。ただし各種武器と高強度ブロックに個数制限があるので、効果的な配置が求められる。
「まずはRWSですね、焼夷効果も付与しておきますか」
いわゆる自衛用の遠隔銃架。
砲塔天面にターレットを取り付け、兵装はオーソドックスな二連式の対空機銃を選択した。
これでうちの変態ファイター達を堕とせるかと問われても首肯し兼ねるが、少なくとも牽制にはなるはずだ。
「UAVも機動性重視で、兵装はフレイムスロワーのみにしておきましょう」
公式戦では禁止されている場合の多い子機の分離後の操作も、ビシ部のローカル戦では基本的に可だ。
そのためコスト内なら複数の機体を運用することだってできる。装輪式は装軌式に比べて部品点数が少なく、追加装備に手を回せるのが強い。
尤も、撃破判定がシビアなので、無駄に凝ったドローンを使うとその撃墜だけで脱落になる点に注意だ。
ただ飛ぶだけの、オモチャみたいに簡素な航空機をコンテナに収納する。条約によってはここに弱点ボムを据えることもある、比較的広い収納スペースだ。
――――と、そこまでして腕の時計に視線を遣る。
『16:20』と表示されていた。演習場行きのバスがもうすぐ来る時間だ。
残っていた照準器などの更新を済ませて撤収作業に入る。
この機体のファイル名は……『00』でいいや。
どうせすぐにまた召喚するのだから、リストの一番上にあった方が楽だし。
校門を出たところで目当ての便が到着した。
◇ ◇ ◇
運良く座席が空いていたので、腰を下ろしてスマホを開く。
ロック画面でいくつか表示されていた通知は、部活の事務連絡に対する『了解』やその意を含むスタンプによるメンションばかりだった。
今日の予定が恙無く部内に周知されたことを確認し、SNSアプリのアイコンをタップする。
トップには世界の誰かが投稿したトレンドの機体がランキングで並び、新規参入者を歓迎する文章も踊っている。
そう、これはBesiege専門の情報共有アプリだ。
ここには万を超える機体のデータが収録されていて、気に入ったものがあれば
現在のランク1位は、先日打ち上げられたアメリカの宇宙探査機を精巧に模した、いわゆる再現機というものだ。
太陽光パネルやパラボラアンテナまで本物と見紛う出来だが……これはMOD使用だな。
MODとは干渉ツールとも呼ばれる、本来のBesiege物理とは異なる振る舞いをさせる組み込みモジュールのことで、この機体の場合でいうと、各所に寸法を弄ったブロックが使われている。
他にもブロックが出せる性能の上限を人為的に取り払ったり、存在しない武器を追加するモジュールがあってランキングの常連となっている。
これをどう捉えるかは人による。
あくまでナチュラルを貫くか、自分が楽しめれば何でも構わないと考えるか。
別にどちら側でも文句は言われないが、ゲームバランスの都合もあって公式戦では禁止か、一部に限定されている場合が多い。
今回の殲滅戦でも
画面を送っていくと、偶然撮れた珍しい画像や投稿主が発見したブロックの挙動の報告といった動画が並んでいる。
これは玉石混交というか、一般的なSNSと変わらない
大体のネタは既出で、流行は周期的に繰り返される。指南書の認知度が低いから、車輪の再発明が蔓延るのだ。
そんな中でも日本コミュニティはそこそこ大きく、知識の整理も進んでいるので、有益な部類に入る。特に難しい事情がなければ、国内コミュを頼ろう。
言葉も通じるし。
《……次は荒野口、荒野口です》
画面と睨めっこしながら時間を潰していると、運転手のアナウンスが流れた。
目的のバス停だったので降車ボタンを押す。
ピンポーンと安っぽいチャイムが車内に響き、ほどなくして緩やかな減速Gと共に窓の景色が止まる。
スマホをポケットに収めた私は、パーキングブレーキの空気音と開扉を知らせるビープ音から急かされるようにして定期券を提示し、ステップを降りた。
◇ ◇ ◇
着いた先は静けさに包まれた森の入り口。
夕暮れの淀んだ空気に寂寥感を覚えつつ、舗装されていない林道を進む。
石や剥き出しの木の根を慣れた足取りで避ける。ローファーに踏まれた黄土の軋みと、散らばるドングリの
5分ほど歩いたところで、ぽっかりと開けた円い広場に出た。
中央には人が通れる大きさの穴を持った祠が鎮座しており、現世から隔絶されたような雰囲気を纏っている。
否。これは実際に常世と繋がる異界への門なのだ。
まあ、これまで幾度となく潜って恐怖も何もないので、足下にだけ気をつけながら適当に飛び込む。
一瞬のふわりとした浮遊感で三半規管が狂い、そして落下のような掴みどころのない不快感を伴って視界が暗転した。
リィ――ン……という物悲しさを与える耳鳴りの後に、青で支配された世界が広がる。
ワープは無事成功。
説明すると、今私が通って来たのはワームホールである。
『BE 5136e』と名付けられた天体、通称『惑星Besiege』の発見と同時に現れた存在で、地球とこの星を結ぶ時空のトンネルだ。
このような穴は日本だけでなく世界各地に数多あり、その分布は一説によるとインターネットが使える地域と重なるらしい。
惑星Besiegeは地球から数億光年離れた太陽系外惑星で、太陽の何倍も大きいという計算結果が出ている。
そして驚くべきことに、いくつかの大陸には知的生命体が存在し、中世レベルながらも文明が確認されている。
ここまで条件が揃えば、地球文明による侵略や植民地化の標的となるのは必然だろう。
その時代の史料を読むと、かなり後ろ暗い行為もあったようである。何でも、彼らは地球人の定義する『ヒト』には該当せず、国際人道法の適用外なのだそうだ。
しかし、そこまでしても彼らの野望が叶うことは終ぞなかった。
地球とは世界の構造が全く違ったのである。
形容するなら、
独自に成り立つ物理法則と、どれだけ破壊しても時が巻き戻ったように
それはまるで神の嘲笑。
現代人類が魔法を認めた瞬間である。
そして目の前にいるこれも、その一種と考えられている。
《おかえりなさい、Kayano!》
私の周りを飛び回る半透明の長方形。
誰が名付けたか、Following-type Functional Flat Fairy。和訳すると追従型高機能平面妖精だが、大抵は『妖精』や『F4』、そこから
地球人1人につき1体が専属し、環境の異なるこの星でも十分な生命活動ができるよう我々を補助したり、あるいは機体の建造や召喚の能力を付与していると考えられている。
「ただいま、元気ですか?」
つい妖精に返事をしてしまい、後悔する。
なぜなら――――
《ただいま、元気ですか?》
妖精はこれを演習場に集まった部員達への挨拶と判断して送信したからである。
電波が届かず、互いの顔や声が認識できないこの星で、妖精は重要な通信手段となっている。というか、これがメイン機能なのだ。
平べったいその体に、彼女らのレスポンスが会話ログとなって次々と刻まれていく。
《今日は珍しく遅かったねぇ、チノちゃんで最後だよ》
相槌など短文が殆どの中、一際情報量のあるテキストが投げられた。差出人の識別名は[Sword_30]とある。
本名は
《鶴城さんが味方とは、心強いですね》
IFFでは私と同じ赤組のようだ。見れば先の発信もチーム内チャンネルでなされている。
彼女のプレイスタイルは陸戦兵器をこよなく愛するタンクジャンキーで、歴代屈指の設計センスは日本コミュの戦車技術を数世代進めたとも言われている。
《チノちゃん先輩! よろしくお願いします!!》
文面越しでも元気の良さが伝わってくる挨拶。
[writin'Desk-0]とあって後輩らしい言葉遣いとなると、あの子で間違いないだろう。
《よろしく頼みます、烏丸ちゃんさん》
元ネタに反して、彼女の
てか、皆さん自分の名前をモジるの好きだね。
殲滅戦は4対4だからあと1人メンバーがいるはずだけど、残りは誰かな。
《桐山です。あまりお役には立てませんが頑張ります》
[Mt.Killy]! この演習場の設計者さんじゃないか。
この桐山演習場と名付けられたフィールドも彼女の作だ。
《時間ですわ。各自戦闘準備を整えてくださいまし》
17時になったらしく、部長がオープンチャンネルで号令をかける。
それに従い、他のメンバーと被らないよう自軍の
《投票を》
参加者は準備完了の意思を示す。全員が揃う。
5……4……
3……2…………1――――――――