《すみません! 油断していました》
「何があったんですかっ?!」
桐山が攻撃を受けた? 誰から?
予想外の事態に私も釣られて動揺する。
《部長の自走砲ぽい。エリア端の高台から狙われた。陣地のお陰で直撃は免れたけど、足回りに延焼してキリちゃんが行動不能》
つまり先の爆撃は陽動、いや二正面作戦だったのか。見誤った。
現状、幸いにして損耗率ではあちらが上。しかし戦局は芳しくない。
「反撃はッ……」
流石に無理か。敵の位置は主砲の射程外だ。
《ああ。ロケグレを返したけど、防楯が正面向いてるせいで効果がない》
え、何この人達。戦場の端と端でやり合ってんの?
……まあいい。
一方的に殴られていないのは好都合だ。鶴城製ロケットグレネードの精度と威力を加味すれば、部長も不用意には動けまい。
「鶴城さん、そのまま足止めは可能ですか?」
ならばこの機を逃さない。
《あと5発、もって1分ってところだよ。部長を叩くには足りないと思うけど》
「いや、孤立している敵陣をまず処理します。撤退だけなら私一人でも遂行できますので、それまで」
《おっけ、じゃあ撤退中は部長の牽制を頼みたい。キリちゃんを射線から外すための援護が欲しい》
《チノ先輩! 弾薬補給に戻りたいので、帰投したら飛行場へ寄ってくれませんか?》
「鶴城さん、烏丸さん、両方承りました。引き続き健闘を祈ります」
手短に返し、目の前のビジネスに集中する。
敵陣が見えた。標準的な戦車が1輌、こちらに砲を向けて待ち構えている。
マズルフラッシュの後、ボコンとくぐもった破裂音が耳に届く。発射された榴弾が装甲表面で砕ける音だ。
速度を上げる。まだ撃たない。
スピードを維持したまま体当たり。
戦車のシャーシは歪み、砲塔が
何せ、車体の運動エネルギーは砲弾の比でないのだから。
《警告:損傷率4%です》
ぐちゃぐちゃになった獲物に機銃をお見舞いして燃やし、最後に主砲でボッコボコにする。
《最後の1発撃った!!》
鶴城から報告。部長は僅かに寄って来ているが、照準までは済ませていない。
「こちらも完了。援護に移ります」
大人気なくてごめんね、と目の前の後輩に心の中で謝る。
この操手は多分[UUUUUU]、
《しばらく頼んだよ!》
鶴城はそう言って桐山の機体を作業用アームで掴み、装軌車特有の馬鹿力で物陰へとレッカーし始めた。
……あの機体、万能過ぎないか?
と、呆けている暇はない。
部長の自走砲は開閉式の防楯で正面を固めている。
それが閉じている間は鉄壁である反面、自分からも攻撃できない。発射までにも行程が一つ多く必要となる。
理想は『閉じ』のまま、弱点である側背面へ回り込むこと。
ただ、それは流石に無理だから、次点としての『狙いを付けさせない蛇行で、注意を引きつつ攻撃には踏み切らせない』を選ぶ。
自走砲は一撃必殺だが、同時にワンショットライターでもある。それだけ相手からの攻撃に敏感なので、制圧射撃は多少遠くても厭がってくれる。
《退避完了! 助かったよ、チノちゃん》
桐山は陣地の後ろにある窪地へ運ばれた。部長の兵装は曲射ができないタイプだから、ひとまず安心といったところか。
「こちらこそ助かりました。飛行場へ走りますので、烏丸さんは着陸の準備を」
私は主砲を部長、機銃を荒洲に向けつつ全速のスラロームをする。こういう時に全輪操舵は扱いやすくて良い。
《ふぅ、ふっ……ROGER!》
疲弊を見せながらも彼女の意識レベルはまだ高い。
滑走路へ到達する寸前、少し動きが直線的になってしまい被弾したが問題はない。
陣地が生きている限り、着陸態勢に入った機体は攻撃を受けなくなり、機体は修復されて弾薬も補給されるからだ。
基地が機能していれば当然だろう、という桐山の趣向その三である。
再出撃までに時間を要する点は、普段ならデメリットだが今回に限れば烏丸のクールダウンに都合が良かった。
「鶴城さん、敵戦闘機が陣地に向かいました。対処できますか?」
荒洲はまだ戦えるのか。弾薬のマネジメントにも長けているらしい。
追跡して加勢したいが……実はフェイントで、離陸前後の無防備な烏丸が本命でした、とかになると困る。
心苦しいものの、彼女に任せる他ない。
《対処するしか……んぁあッ、鬱陶しいなぁもう!》
敵機は万全な鶴城ではなく、手負いの桐山を執拗に狙う。
早くも待機時間がもどかしい。こうしている間にも彼女の機体はバラバラと解体されていく。
《――――すまないっ! 守れなかった。辛うじて片翼は捥いだけど、まだ飛んでる》
やがてそれは沈黙した。
敵は代償として右の主翼を喪失したにも関わらず、ターゲットを鶴城に変えて依然飛行を続けている。
さて、どうするか。
厄介なことに部長の自走砲も前進を開始した。適切な交戦距離で確実に仕留めるつもりなのだろう。
今、あの人と真っ向から対峙できるのは私だけだ。
鶴城は片側の履帯を切られて機動力が落ちており、また彼女の機体は汎用性の代償として防御力がやや低い。
では航空機はどちらに派遣する……?
《チノ先輩、離陸準備が整ったらカイ先輩の援護……いや、敵機を堕としに行きたいです!》
烏丸がここに来て己の意思を示す。
それは一案としてあった。
陣地を
憂いを断つなら後ろを固めてからの方が良い。
「できる限り尊重したいですが、相手は損傷機といえど格上ですよ。あれでも標準程度の格闘性能が残っていると想定すべきです。本当に、行けますか?」
懸念事項はあちらの継戦能力。
外見的に非対称でも、完璧な空力バランスとトリムタブの調整によって敵は何不自由なく飛べている。
カナードと尾翼は健在だから、舵はまだ利くはずだ。
《大丈夫……です! 一応この機体も空戦フラップと推力偏向装置を積んでいますので、あの機動力であれば対応できると思います!》
ならば信頼しよう。
「分かりました。私は自走砲を相手しますので、そちらが先に終わったら援護よろです」
《ROGER!》
間もなく再出撃の制限が解除され、彼女の機体は初めと同じく雲を引きながら飛び立って行った。
ふう、と息を吐く。
正直なところ、この決断は賭けである。烏丸が荒洲を堕とせる保証はないし、私が単身で部長を
まあ、そんな弱音に脳のリソースを割いても無駄だ。
自走砲を中心に、弧を描きながら接近する。
砲撃において要になるのが測距。条約で高度なFCSの使用が禁止されており、射角を距離から算出しなければならないからだ。装薬量は一定で、増減による弾道の制御はできない。
そこで今回新たに導入したのが専用スキン。
ブロックにはAR機能が付いていて、予めデータを登録しておくとそのモデルが拡張現実として視覚に投影される。
このデータやモデルをスキンと呼ぶ。
Besiegerは押し並べてオシャレ好きである。
故にスキンは装飾に活用され、特に錆びた鋼や滑らかな軽金属の見た目に変わるシリーズは、カラーバリエーションの豊富さから人気を博している。
一方で、ブロックとモデルの形状が対応していなければならないというルールはない。世のスキンの多くはミテクレに重きを置いているが、機能性に振ることもできる。
私が使っているこれは、元来のステアリングらしい立方体ではなく、半径の異なる同心円を束ねた冗談みたいに巨大な円盤だ。
用途は前述の通り。
加えて、動作角を示す目盛り付きのヒンジと、スタジアメトリック式を参考にしたレンジファインダーも組み込んだ。
測距との相乗効果で命中率は格段に向上する。
戦に勝つなら技術の先取りは必須。
とある幽霊部員から譲ってもらった試作データなので、このスキンは部長も知らないはず。
射程ギリギリで放った初弾が至近弾となると、自走砲は進行を止めてこちらを向いた。
「釣れました」
あのマシンは砲塔が旋回しない。また履帯を破損から守るためには、防楯のある正面で対応するしかないのだ。
仰角を調整しながら行進間射撃を繰り返すが、相手の的確な姿勢制御もあって命中弾は全て装甲に阻まれる。
部長を引き付けるという役目は果たせているものの、擲射弾道では有効な損傷を与えられない。天面を抜かなければ破壊は無理だろう。
陣地側の2人は上手く連携しており、順調に荒洲を追い詰めている。
荒洲が堕ちれば方が付く。
《コックピット吹っ飛ばした! アワちゃん、止め刺して!》
遂に鶴城の主砲が敵の機首を捉えた。それを烏丸がフォローに回る。
《任せてくださいッ! って、減速!!》
あ、これはマズい。
弾丸は確かに荒洲のエンジンを撃ち抜いた。しかしその直前、負けを悟った彼女は逆噴射とエアブレーキを駆使して急停止を仕掛けたのだ。
それに対応できず、烏丸は追突。両機は空中で弾けた。
「状況報告お願いします!」
《アワちゃんが敵機と接触して道連れにされた。おそらく残りの耐久値は……あっ》
「えぇっ?! ちょっと待ってくださいよ、鶴城さんまで!!」
彼女の機体が炎に包まれている。どうやら烏丸のジェットに使われていたトーチから運悪く引火したらしい。
如何な耐火構造とはいえ、連戦でボロボロだった車体に炎上は辛い。
《ごめん、消火間に合わ――――》
フィールドには私と部長だけが残った。
待ち望んでいたとばかりに、閉ざされていた装甲の口が開く。緊急回避を行うと、数秒前まで私のいた位置をボムが通過した。
後方で爆音が聞こえる。
この盤面にだけは遭いたくなかった。
というのも、陣地の喪失でこちらのリロードが遅くなるのに対し、あちらは弾体から射出機構まで自前であり、補給線の有無に影響されない。
連射速度が落ちて制圧能力が下がることで、反撃の脅威も増える。
では自陣まで戻るかとなると、その選択肢はない。
戦闘時間は無制限ではなく、終わりがある。その際、勝敗の判定となるのが生存機の数と位置だ。攻めている、すなわち相手陣地に進入している機体が多い方が勝ちとなる。
戦争は政治の延長という、桐山の趣向その四である。
このまま退がってタイムオーバーとなった場合、私の判定負けだ。
引き分けにはできるだろうが、ここで逃げるようなら副部長はやってない。
勝ちは、ある。
曲射による迫撃で装甲の薄い天面を狙えば弾倉への誘爆が期待できる。
幸い間接射撃に必要な設備は揃っているし、私が彼女の周りを動いている限り、側背面を晒して移動することはできない。
着弾までその場に留めておけるはずだ。
フィールドに設置された巨石で身を隠せば、自走砲の平射は届かないから少しは猶予が稼げるだろう。
ポイントに到着次第すぐに発砲できるよう、道中で照準する。
機体が岩に隠れる。
旋回角よし、仰角修正、揺動停止。発砲――――
《――――今、ですわっ!》
「……は?」
トリガーを引くと同時、轟音と共に天地が逆転した。ボムによる攻撃だと理解するのは一瞬だった。
しかし、一体どこから……?
《警告:火災発生! 損傷率5%、6%……》
考えるのは後だ。水砲を起動して消火、被害状況確認。右側が酷くやられているようだ。
ガコン、と聞き慣れたリロード音。虚空に浮かぶオレンジ色のエフェクト。私のパーツではない。
「ッ……『スキン、オフ』」
ブロックの見た目をデフォルトに戻す。覚えのないグラバーと散弾砲が転がっていた。
「
スキンはデータIDが共通していれば、自分のブロックだけでなく他者のそれにも適用される。
そして、Besiegerはオシャレ好きである。
相手のマシンすらも装飾込みで楽しみたい人種である。故にメジャーなスキンパックはデータを共有する。
透明スキンはその最たるものだ。
だから気付けなかった。
私が特殊なスキンを使っていることも想定済みで、最初から誘導されていたのだ。
今の私は爆風で岩陰から放り出され、横転した状態だ。
急いで内蔵のフライホイールを回転させ、姿勢を戻そうと試みる。
装甲の口が開く。
《ぶっ飛べッ……ですわ!》
――――畜生。
視界が爆炎に飲み込まれた。
◇ ◇ ◇
「……」
足取りが重い。
「もう、いつまで落ち込んでいますのっ?」
部長の呆れる声がする。
あれから他の部員達の試合も終わり、皆と帰りのバスを待っているのだが、私はまだ敗北感から立ち直れていない。
「だってぇ、コンマ03秒ですよ? 私の判断がもっと早ければ……」
実は私が最後の一撃でぶっ飛んでいる頃、同じく部長も私の曲射が直撃して誘爆、四散していたのだ。
そして耐久力勝負になった結果、装輪車よりHPの高い装軌車である部長が制した。
記録係からの映像を確認したところ、脱落までの差は0.03秒だった。
ただし刹那に思えるこの時間は客観的なものであって、思考が加速された主観では0.1秒以上もの開きが存在する。
戦闘においてこれは致命的な遅さだ。
この判断速度の違いこそ、私が副部長である所以なのではと劣等感に苛まれている最中なのである。
「部隊としての指揮統制はそちらの方が上でしたわ。それに撃破2、未確認1の大戦果なんですから、もう少し誇ってもよろしいのではなくて?」
「戦争は勝たなきゃ意味ないんですよぉ!」
気遣って褒めてくれているのは分かるが、逆に辛い。
「うわあぁぁん、ごめんなさいチノ先輩ー! 私がカイ先輩を巻き込まなければぁああ!!」
「いいえ、私の失態です。部長の思惑を察知できていれば……あぁ」
「そんなことないですよぅ」
烏丸が涙目で縋ってくる。
それに抱擁で返し、互いの傷を舐め合う。小さくて収まりが良く、子犬のように可愛い。
ふわりとした髪の匂いや彼女の少し高い体温が心を満たす。
うん、幸福だ。
「ふにゃあ〜」
「ワタクシは何を見せられているのでしょうか……?」
「まあ、部長は知らなくても問題ないんじゃないかな。そりよりも、もうすぐバス来るし号令よろしく」
首を捻る部長に、鶴城が応える。
「そうですわね、全員整列なさって! 我々は毘椎の生徒ですわよ、その誉に恥じぬ立ち居振る舞いをお願いしますわ」
「「「はい!」」」
陽が落ち深くなった暗闇を、間もなく来るであろうヘッドライトの光を待ちながら眺める。
私達の一日はこうして過ぎて行く。
――――因みに、私と烏丸はそういう関係ではないです。