セレブレーション・マーチ   作:波木野

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どうしても

 

 

 

この不思議な関西弁を喋る少女は、東條 希と言うらしい。

 

「そういや、お兄さんって誰なん?事務員さん?」

「…今日からここに勤務する事になった音楽教師だよ。始業式の話聞いてた?」

「始業式出とらんの。ちょっとお猫さん達と遊んどってなぁ」

「………。それなのに部活には来るんだな…」

「ここ、日当たり抜群でお昼寝にちょうどいいんよ♡」

 

買ってきた肉まんをもそもそ食べる少女──希は、服装と行動を見る限りどうやらあまり素行は良くないらしい。大丈夫かこの子…呆れた表情で見やると、目が合うなり、彼女はにへらと笑った。

…愛嬌はいいらしい。

 

「えーっと、桑野(くわの)先生やったっけ?…ほな、くわっち先生やね!」

「え!?く、くわっち…!?」

「嫌なん?じゃあ…とーいち先生は?」

「いやね、普通に桑野先生で…」

「ちろー先生とかどう?それかイースト先生!」

「………くわっち先生でお願いします」

 

不本意だがあだ名が決まったので、空っぽになったコンビニ弁当などのゴミをまとめてゴミ箱に捨てる。一息つき、ペットボトルのお茶で喉を潤した。

仕切り直して、東一郎(とういちろう)は希に質問を投げかける。

一番大切な部員についてだ。

 

「あのさ…ここの吹奏楽部は、東條以外に部員はいないの?」

「うん、おらんよ。ウチ1人だけ」

「…そうかー…。1人だけかぁー…」

 

彼女の発言に肩を落とす。

部室の状況を目の当たりにして、なんとなく予想していたが…実際に聞けば思ったよりもダメージを食らった気分だ。

 

「まぁまぁ、これから増えるって。くわっち先生ってスイソーカイワイやと有名人なんやろ?先生目当てでわんさか入ってくれるよ」

 

だから大丈夫やってと、唯一の部員は雑に励ましてくれるが…これは大問題だ。

全国大会の出場人数の上限は55人。サッカーや野球のように固定ではなく、10人以下でも演奏は可能だ。しかし、演奏者が多ければ多いほど、音に強弱や深みが出る。全国に行くならば少なくとも40人は欲しいところ。

 

だが…今は40分の1しかいないのだ、笑い事ではない。

 

ちなみにだが、東一郎自身はソロで活動していた訳ではなく、1吹奏楽団で演奏していただけだ。しかも地味なチューバ。有名人になっている自信は当然あるわけがなく、自分目当てで増える確証もない。

 

「………」

「センセ?そんなにショックやったん?大丈夫?」

「…まあ大丈夫…。初めて部室に入った時に予感はあったから…」

「そっかぁ。ごめんなぁ」

「…なあ、東條」

 

そして──もう一つ、気になる事があった。

 

「この吹奏楽部は…どうして東條しかいないんだ?」

 

きっと、こうなった理由は彼女が知っている筈だと考えた東一郎。真剣な眼差しで希を見つめる。

だが──希は眉を下げて。

 

「それは…分からん。ウチ、先月この部活に入ったばかりなん。その時にはもう誰もおらんかったし、数ヶ月前から既に0人やったらしい」

 

自分の知りうる情報を東一郎に渡す。希は本当に何も知らなかった。

その答えを聞くなり、彼はそっかと寂しそうに息を吐く。あからさまに落胆している。希も申し訳なく感じ、自分からは何も発せなかった。

それから少しの間、無音の世界が続いたが、東一郎が再び疑問を口にする。

 

「…東條は確か2年生だよな?」

「う、うん。それがどしたん?」

「いや…来年度は受験だろ?それなのに、なんでこの時期に部活に入ったんだ?」

 

純粋な質問だった。

首を傾げている先生を見つめ、希は少し考える。──本当の事を言うべきか。しかし、何故自分が入ったのか、告白するには彼と過ごした時間があまりにも浅すぎた。

 

「…さっき言ったやん?ここ、お昼寝にちょうどええ場所なんよ。誰もおらんって聞いて、なら入ろっかって思ったんよ」

 

まあぶっちゃけ、あの理由を話すのは恥ずかしかっただけなのだが。だから、笑顔を貼り付けてはぐらかす事にした。

そうしたら彼はふうんと頷き、なんの疑いもなく納得してくれた。

 

「じゃあ…東條は、ここに昼寝しに来てるんだな?」

「うん」

「じゃあじゃあ……楽器を、演奏した事は…………ありますでしょうか…?」

「………すみません、ありません」

 

彼女の発言に再びがっくり肩を落とす。まあこれも予測は出来ていたが、実際に聞けば以下略だ。

さっきよりも物凄く落ち込んでる先生を見て希はどうしたらいいか分からず、おろおろし始める。

だが──すぐに東一郎は顔を上げて。

 

「東條。俺と一緒に吹奏楽をやらないか」

 

翡翠の瞳を逃さずに、真っ直ぐに語りかけた。

 

「え…?ウチが吹奏楽やるの…?」

「ああ。せっかく吹奏楽部にいるじゃないか。やらないと損だと思わないか?」

 

どうかな、と、顔色をうかがってくるが──希は困った表情のみで返す。

楽器も、音楽すらもロクに経験がないのだ。それなのに東一郎に力を貸せるのだろうか。

言葉が出て来ず、口をパクパクさせていると──

 

「俺はどうしても全国に行きたい。その為には、東條が必要なんだ」

 

彼女の目の前に、右手を差し出してきた。

その時の表情は──希はきっと、一生忘れないだろう。

 

「…大会まであと8ヶ月くらいやろ?ウチ、力になれるかな…?」

「それくらいあれば十分さ。俺が東條を全国レベルまで育てるから」

「…ほんま?…やっぱナシはアカンよ?」

「当然だろ。俺に二言はない!」

「ふふっ。なんやそれ」

 

希はゆっくり右手を胸の高さまで上げる。少し控えめに、東一郎の前に出して。

 

「くわっち先生がそう言ってくれるなら…ほな、やってみようかな」

 

はにかむような笑顔で、東一郎の手を握った。

 

 

 

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