セレブレーション・マーチ   作:波木野

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楽器を決めよう

 

 

 

「なあ、東條。楽器庫って意味分かる?」

「うん。楽器さんの物置ってことやろ?」

「そうそう。音ノ木坂(ここ)にはあるんだろうか?」

「あるよ。3階やから、上にあがらんといけんけど。そこに楽器さん置いとる」

「じゃあ、行こうか」

 

希の案内で、東一郎(とういちろう)は3階に上がる。階段のすぐ近くにある小さな部屋、それが楽器庫だ。鍵は部室と一緒についていた為、職員室に戻る必要はなかった。

 

鍵を開け、ドアノブを捻り扉を開ける。

電気をつければ部屋の全貌が明らかになった。

 

両端には4段程ある大きな棚がある。その中にケースに入った楽器がずらりと並んでいた。中に入り、棚を見る。きちんと楽器毎に並んである上に埃もなく、清潔な状態が保たれているようだ。

 

「…もしかして東條、定期的に掃除してた?」

「あー!!!ウチの制服のリボンあったー!!無くしたと思っとったんよー!!」

「……まあいいか」

 

リボンを拾う希をよそに、東一郎は何種類かの楽器ケースを棚から出す。机がないので一緒持ってきた毛布を床に轢き、ケースをその上に乗せた。

 

「くわっち先生、なんしょん?」

「吹奏楽を始める上で1番大切な事をしようかと」

「なぁん?」

 

首を傾げている彼女を一瞥し、毛布上にある楽器全てのケースを開ける。

 

「東條。楽器(パート)決めしよう」

 

──楽器(パート)決め、とは。

その名の通り、自分の担当となる楽器を選ぶ事だ。ちなみに楽器(パート)は全部で30くらいある。

ケースから覗く楽器は金属製の物が多く、電気の光を浴びた楽器はキラキラ輝いていた。

 

「おおー…どの楽器も綺麗にメンテナンスされているな。これなら、すぐに使えそうだ」

 

満足気に眺め、東一郎は希に問いかける。

 

「東條、どの楽器がいい?今ならどれも選びたい放題だぞ」

 

希も東一郎の隣にしゃがみ、楽器達を見る。たくさんありすぎて目移りしそうだ。

 

「色々あるけど…何が違うん?」

「音楽における役割の違いだな」

 

楽器はそれぞれ演奏する音域が違う。大まかに分けて、高音、中音、低音があり、主に低音が支え、高音が主旋律を吹く。中音はその間を取り持つ、という感じだ。

 

「ちょっとややこしくなるが、管楽器は2種類に分かれている。木管楽器、金管楽器だ」

「その違いは?」

「楽器の構造が違う。簡単に言うと…木管は主に指使いで音程を出す」

「…………リコーダーとか?」

「おお、凄いな!正解だよ。あと有名なのは…フルートやサックスとかかな」

「あ、サックスは知っとる。武田真治が吹いてるやつや!」

 

ちなみに武田真治はサックスの中でもメジャーなアルトサックスを愛用している。

 

「金管はえーっと…唇を振動させて音程を作るんだ。最も有名なのはトランペット」

「それも知っとる!ラピュタの冒頭でパズーが吹いてるやーつ!」

「「ハトと少年」だな。アレは俺も好きだよ」

 

簡単に勉強をし終えた後、希は再び楽器達を見渡す。1番近くにある、蛇のようにぐるぐると丸まっている先に貴婦人の帽子のようなベルがついた楽器を手に取った。

 

「これはなんて言う楽器さん?」

「それはホルンって言うんだ。金管だな。中音で、主にハーモニーや裏打ちをしてくれている。グリッサンドも格好いいな」

「ぐりっさんど?」

「うーん……ゾウの鳴き声みたいな感じ?」

「パオーンって出せるん!?凄ない!?」

「凄いだろー。格好いいぞ?」

 

感動している生徒に少し誇らしげになりながら、東一郎も1つの楽器をとる。リコーダーに似た楽器だ。

 

「これはクラリネット。木管。主にメロディ担当。吹奏楽の中でもエース格かな。ソロも多い」

「見たことあるわ。石原さとみが吹いてたやつ」

「…「ウォーターボーイズ2」だな。よく知ってるなそんな古いドラマ…」

 

そっと希に手渡す。受け取った希は、優しく向きを変えて観察していた。

 

「これ吹いたら石原さとみになれるかなぁ」

「なれませんね。石原さとみはクラリネット関係なく神に愛されたからあんなに可愛いくて美しいんだよ。クラリネットも石原さとみに吹いてもらって幸せだっただろうに。俺も石原さとみと結婚したい人生だった…」

「離婚したらワンチャンあるんちゃうん?」

「勝手に離婚させるんじゃないよ!石原さとみが幸せなら俺も幸せなんだ!……はぁ、俺も一般男性なんだけどなぁ…。というか石原さとみと巡り会う時点で一般男性じゃねぇよ…前世でどんだけ徳を積んだんだよ……はぁ、石原さとみが使ったクラリネット舐め回したい…石原さとみと濃厚接触したい…」

「オイ教師不謹慎やぞ」

「大変申し訳ございませんでしたッ!」

 

土下座から元の体勢に戻し次の楽器を持つ。エリンギを金属にしたような形で、大きめの楽器だ。

 

「これは…?」

「ユーフォニウムだな。低音担当。はっきりした音が多い金管の中でも異質で、柔らかい音色が特徴」

「へぇー。ちょっと大きいなぁ。どうやって持つん?」

「膝の上に乗せて、抱きかかえる感じかな」

「ふむふむ」

 

実際に持ってみる事に。希がその場で正座をする。東一郎がユーフォを持ち、希の膝の上に乗せた。

 

「お、おおう…重たいなぁ」

「ユーフォはまだ軽い方だよ。俺はチューバだから、常に10kgと共に生きている感じだなぁ」

「キューバ?」

「チューバ。勝手に国名にしないの」

 

ユーフォを戻し、東一郎はこの中で1番大きい楽器を持ってくる。

 

「これがチューバ。金管の中で最も低い音を担当している、いわゆる「縁の下の力持ち」の楽器…だと俺は思っている」

 

再び希の膝の上に乗せるが、さっきのユーフォとは比にならない程大きい。目の前が楽器に阻まれ、東一郎の姿が見えなくなった。

 

「重…それにめたんこ大きいなぁ…これ前見えるん?」

「実際は横にずらして吹くんだけど…ちょっと貸してみ」

 

チューバを貰い、東一郎は希の目の前に両足を放り出すように座り込む。

 

「椅子がないから不恰好だな…まあいっか」

 

太腿でチューバを挟むように支え、左に傾ける。

 

「あ…東條、1番大きいケースからマウスピース取ってくれない?」

「マウスピース?ボクシング選手がつけるやつ?」

「いいや、漏斗(じょうご)の形の金属のやつ」

「わかった」

 

希が持ってきてくれたマウスピースを受け取る。チューバには、真ん中あたりに細い管が1つだけ飛び出ている部分がある。そこの先端にマウスピースをはめ込んだ。

 

「えーっと…前練習してない上にチューニング(音合わせ)もしてないから、いい音出せないかもしれないけど…」

 

口を閉じ、唇の端を引っ張る。

そのままマウスピースに口付けをし、強く息を吹き込んだ。

 

小さな部屋に響く、低い音。

希の耳に届いたメロディは、有名な曲だった。

 

「「A Whole New World」…」

 

誰もが知っているであろう映画の劇中歌。

王子に変装した主人公が、ヒロインと魔法の絨毯で世界中を巡る場面で歌われる。

夜風や美しい星々を眺めながら、初めての世界を堪能する主人公とヒロイン。2人が徐々に距離を縮めていく姿をゆったりとしたバラードで表現している本編屈指の名シーンだ。

本来は二重奏だが、今は東一郎1人のため、主人公のパートだけにはなっているが。

 

それでも──希の瞳が翡翠の宝石のように煌めくのは簡単な事だった。

 

演奏が終わり、東一郎はチューバから唇を離し1つ息を吐く。

目の前にいる生徒に目を合わせ、

 

「どうだった?凄い低かっただろ」

 

そう言って笑いかけるが──希からは数回の瞬きだけしか返って来なかった。

 

(…え?駄目だった?)

 

あまりの反応の乏しさに一気に不安が押し寄せてくる。ちゃんとマウスピースからの下練習した方がよかったのか、予め音合わせ(チューニング)や音出しをしておけばよかったのか。いきなり演奏して驚かせようとしたために準備を飛ばしたのが仇となったか。

 

「あ、あの…東條さん。何かコメントが欲しいなぁー、なんて…」

 

冷や汗をかきながらも、へらりと笑い感想を求めてみる。

だが、希から溢れた言葉は──

 

「……ウチ、チューバやる…」

 

意外な答えだった。

 

「…え?」

 

今度は、東一郎が瞬きを繰り返す番だ。

 

「……東條、もう一回言って。ワンモワ」

 

半信半疑で聞き返してみる。

だが、

 

「ウチ楽器(パート)チューバにする」

 

次は早かった。

 

「…ほんとにチューバにするの?他に華やかな楽器がたくさんあるよ?トランペットとかフルートとか」

「うん」

「…チューバ地味だよ?ベース音ばっかりだよ?メロディも殆ど吹かないしソロなんて夢のまた夢だよ?」

「それでもええよ」

 

東一郎の現実的プレゼンテーションにも目もくれず、希は。

 

「ウチ、チューバがいいっ!」

 

今、この場にあるどの楽器よりも、きらきら瞳を輝かせて笑っていた。

 

 

 

 

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