きみはかっこいい   作:まなぶおじさん

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ホシノはヒーロー

 

 ホッシー:こんにちは、ちょびさん。いまだいじょうぶですか?

 ちょび:どうしました?

 

 きたきた。

 風呂上がりだからか、自分の機嫌はすっかり最高潮だ。夜遅くまで付き合ってやるぞとばかりに、自分は携帯を片手にベッドへダイブする。

 

 ホッシー:あいつ、ますます格好良くなってます。秋になってから、ますますエンジンかかってきてます。

 ちょび:何をしたんですか?

 ホッシー:とある不良学生を、見事に更生してくれました。それも悪名高い、船底に住まう不良の!

 ちょび:へえ!

 ホッシー:中間テストだって二位でした。二位ですよ二位。

 ちょび:すごい!

 ホッシー:しかも、それらを『当然のことをしただけ』と流しました

 ちょび:くう~!

 ホッシー:……比べ物になりませんよね

 ちょび:だめです! 卑下しないでください! ホシノさんだって自動車部として頑張っているじゃないですか!

 ホッシー:好きなことをしているだけですよ

 ちょび:その好きなことで、そちらのレース事情は守られているんでしょう? 整備しなくちゃ車も戦車も走りません!

 ホッシー:そうですけど……でもあいつは、格好良さの方向性が多彩なんですよう

 ちょび:弱気ですね……。まあ成績優秀で、生徒会の一員で、クラシックバイクに乗る姿がイカしてて、しかも偉ぶらない性格だから、ですからね

 ホッシー:はいぃ

 

 画面越しで萎縮してしまっているであろう、ホッシーの姿を想像して思わずため息がこぼれた。

 つぎに、口元をぎゅっとつむぐ。

 そして、ベッドの上で正座をする。

 そうして、それほど考えもせず文字をタップしはじめた。

 

 ちょび:……思うんですけど

 ホッシー:はい?

 ちょび:毎朝、一緒に登校しているんですよね?

 ホッシー:はい

 ちょび:大切なバイクの整備を任されているんですよね?

 ホッシー:はい

 ちょび:共にバイクレースで競い合っているんですよね?

 ホッシー:はい

 ちょび:夏祭りとか、秋の文化祭とか、冬の温泉旅行とか、一緒に着いてきてくれるんですよね?

 ホッシー:はい

 ちょび:ちゃんと、あなたに話しかけてくれるんですよね?

 ホッシー:はい

 ちょび:じゃあ、差なんてないじゃないですか。何をそんな身構えているんですか

 ホッシー:そ、それはその……ごめんなさい、弱気になってしまうんです。『こういう』方面になると

 

 ――だよね。

 

 ちょび:不安になるのも分かります。……だからこそ、だからこそ、これだけは言わせて欲しい

 

 そして自分は、思いのままに言葉を綴っていく。

 

 ちょび:イエローさんは、あなたのことを大切に思っています。間違いありません

 ちょび:……それは、わかります

 ちょび:想いを伝えたとしても、けして無視したりはしないはずです

 ちょび:なぜならあなたは、彼の良き友であり、レース仲間でもあり、共感しあえる仲なのですから

 

 ……。

 

 ホッシー:……ありがとうございます

 ちょび:いえ

 ホッシー:今日はちょっと、色々と考えてみます。今日はこのへんで、良いですか?

 ちょび:かまいません。……もし、また何か相談があったりしたら、いつでも呼び出してください

 ホッシー:本当に感謝しています。ちょびさんにはいつも助けられてばかりです

 ちょび:そのお言葉で十分です。あなたの友として、幸せになれることを祈っています

 

 携帯の画面を消す。口を閉ざしたまま、仰向けに寝転がる。

 アンツィオ女子寮の白い天井が、自分の視界にぼうっと映り込む。こんな時間に用事でもあるのか、どこか遠くでドアの開く音が響いた。

 ――恋って、こわいんだろうな。

 ホッシーはレース好きで、友達が多くて、たぶん自分よりも活動的な女の子であるはずだ。

 それなのに恋となると、こんなふうに怯えてしまう。

 自分としては、はやく進展して欲しいとも思うし仕方がないことだとも想う。恋とは、それだけの揺さぶりをかける力があるからだ。

 恋愛小説を読んでいるからこそ、ホシノの気持ちはよくわかる。

 

 ホッシーは、わたしにいつも感謝してくれる。

 わたしは、ホッシーのような恋をしてみたい。

 

―――

 

 生徒会の仕事を終えた後は、帰って粛々と宿題を終わらせるか、クラシックバイクにまたがって「走り屋専」峠を攻めるに限る。

 だからこそ、黄池悟は、

 

「ホシノ。今日こそ君に勝つ!」

「きたきた! いいよ、相手になってやるよ!」

 

 今日も今日とてホシノへ一騎打ちを申し込む。対してホシノは、心底不敵そうに笑い返した。

 この宣戦布告を目にして、レーサー達が集まってくる。口笛を吹く者も現れて、今やすっかり注目の的だ。

 

「今日はやってくれよー! 黄池ー!」

「了解した」

「ホシノー頑張ってよー! あんたにはスイーツ奢りがかかってるんだからー!」

「今日こそ決着つけろよー! 俺はお前を応援するぜーッ!」

「星になって……いや流星になってきなさい! ホシノーッ!」

「あいよー!」

 

 レーサーの声援に、黄池とホシノが意気揚々と応じる。最初こそこの雰囲気に戸惑ったものだが、今となってはすっかり空気同然だ。

 良くも悪くも厳しい生徒会とはまるで正反対だが、だからこそメリハリもつくし通いがいがある。何より、ここにはホシノが居るし。

 

「おーし、ふたりともスタート地点についたね? エンジンちゃん温まってるね?」

 

 スズキの言葉に対し、黄池とホシノは黙って頷く。

 フルフェイスヘルメットをかぶり、バイザーを閉じ、ハンドルの捻り心地を確認し、排気音をアピールして、ちらりとホシノを見る。

 ヘルメット越しで、ホシノはどんな顔をしているのだろう。無表情か、それとも笑っているのか――

 

「じゃ! シグナル点火!」

 

 視線を真正面に戻す。

 秋の夕暮れに染まった大洗学園艦は、日に日に寒くなってきている。樹々も枯れ果ていって、どこか寂しいとすら思う。

 

「3、2、1!」

 

 ――だが、ひとっ走りすればそんな感傷も吹っ飛んでくれる。

 エンジンの絶叫とともに、ホシノとのタイマンがいま始まった。

 

 □

 

「やー、やるねー、ほんまやるねー」

「ギリギリだったな……いや、惜しかったというか」

 

 バイクをガードレールの向こう側に押し込みながら、黄池とホシノはまるでいつものやりとりを交わし合う。

 まさに追い抜き追い抜かれの連続だったが、勝敗は引き分け。だからこそ観客含め、けらけら笑っている。

 

「悟ー、やっぱりあんたの才能は恐ろしいよ」

「何言ってるんだ。それを言ったらホシノの方がすごい、二年半もの間に誰一人として前を走らせなかったのだし」

「いやいや、いきなりバイク初めていきなりランカー張るあんたの方がすごいって」

「そうかな……?」

「そうそう」

「でも、ホシノだってすごいよ。まちがいない」

「あ、う、うん……」

 

 顔と心は笑顔で、口は譲らず。この行為が、心地よくて楽し、

 

「――ンなもん、どっちでもいいじゃねえか。ホシノも黄池もスゲーよ」

「お、竹原」

 

 そこで顔見知りのライダーである竹原が、青いヘルメットを片手に近づいてきた。

 言葉遣いはこうだが、その表情はとても明るい。

 

「大洗一速いもの同士なんだから、もっとエバれって」

「いやあ、僕なんてまだまだ」

「ハア~? 俺、未だにお前に勝ったことねーぞぉ?」

 

 こう言われたが、竹原の気楽な雰囲気は少しも変わっていない。

 

 竹原とは同級生であり、常日頃から競争し合う仲だ。ホシノと同じく真っ直ぐなコースを得意としており、ライダーの中でも高い実力を秘めている。

 お気に入りのカラーは青。蒼いバイクが峠を切っていれば、十中八九は竹原のものだ。

 ――ちなみによくモテるのだが、今のところはキッパリお断りの返事を返しているらしい。曰く、好きな人がいるんだとか。

 そんな人柄のお陰で、レース仲間からは今日も可愛がられている。

 

「うーん……竹原は結構いけてると思うんだけどねえ。あ、もしかしてバイクの調子が悪いとか?」

「いやいや」

 

 竹原はすぐに否定した。

 

「ホシノがメンテしてくれたバイクは、いつだってバッチリだぜ。俺の思う通りに動いてくれるしな」

「そっかー」

「そうそう。あとは俺の実力次第ってヤツ」

 

 黄池も、竹原に同意するように頷いて、

 

「ホシノのメンテは学園一だと思うよ。実際、トラブルを起こしたことなんて一度もないし」

「学園一って、そんな大げさだよ悟」

「大げさじゃないって。レース一回分で良いだなんて、今でも破格だって思うくらいには」

「う……で、でも、遠慮せずに整備しに来なよ? あんたとは、いつだって全力でタイマンしたいんだから」

「わかった。でも、カツカレーぐらいは奢らせてほしい」

「りょうかーい」

 

 ホシノが苦笑いする、黄池の口元が緩む。そして竹原は、神妙そうな顔つきになって、

 

「……なあ」

「うん?」

「お前らさ、すっげえ仲いいけどさあ」

 

 うん。黄池とホシノが、こくりと頷く。

 そして間髪入れず、

 

「それで、付き合ったりとかしてねえの?」

「がっ!?」

「ふぇっ!?」

 

 思わぬ突っ込みを前に、何ともいえない声が口から飛び出る。ホシノなんて顔が真っ赤だ。

 

「そ、そういうことじゃない、そういう関係じゃないぞっホシノとは」

「ほうほう」

「そ、そうだよ! そういうんじゃない!」

「へえー……」

 

 何かを考え込むように、竹原が顎に手を当て始める。その視線は、未だホシノと黄池を捉えて離さない。

 全くの勘違いなら、ホシノの名誉の為に強い指摘を下すだろう。けれど実際はばっちり図星であり、ウソは言えまいと口を開けずにいる。

 

「ほーらほら、あんまり二人を困らせるんじゃないの」

 

 そこで、試合を観戦していたナカジマが間に割って入ってきた。

 

「ホシノと黄池は友達で、競い合う仲間なんだから。そういう方向に持っていくのはちょっと早いと思うよー?」

 

 ナカジマからこう言われては、竹原も小さく頷くしかない。

 

「悪ぃ黄池。ヘンなこと言った」

「いや、いいよ」

「すまんホシノ、今度何か奢るから」

「やーや。それよか今度、一緒に走ろうよ」

 

 そしてそのまま、竹原は手を振ってコースに身を投じる。今日も、愛車である青いバイクを大暴れさせるつもりだろう。

 ――ホシノと、ふたりしてため息。

 

「助かったよ、ナカジマ」

「気にしない気にしない。いやまったく、このトシになるとすぐ色沙汰に走ろうとしてぇ」

「そ、そうだよねえ。まったく、困ったちゃんが多いよ、ハハハ」

 

 ホシノがけらけら笑う。ナカジマは、わははとその場から立ち去っていく。

 黄池は内心、未だ動揺していた。

 

「んじゃ、私はもうちょっと観戦してくよ。ホシノはどうする?」

「私? 私かー。……黄池は?」

「僕? そうだね、じゃあ少し観戦して、その後で帰るよ」

 

 ホシノは、「ふうん」と口にし、

 

「じゃ、私もそうする」

「そう? わかった」

「ん。……ああそだ。帰るついでに、あんたの愛車の整備もしておくよ」

「そう?」

 

 そう応えた後で、黄池の目が丸くなる。

 

「いや、ちょっと待った。この前に整備してもらったばかりだよ?」

「ああ、いいっていいって。あんたのクラシックバイクは、何度いじっても飽きないし」

「そーそ。整備とレースは、やればやるほどトクをするでしょ?」

 

 ホシノが、にっかりとした顔でそう言った。

 整備士からそう言われては、ホシノからそんな顔をされては、頷くしかないじゃないか。

 

「――わかった。じゃあお代として、カツカレーを、」

「いい、いい」

 

 そこでホシノが、気恥ずかしそうに目を横に逸しながらも、

 

「……えー、まあ、整備中、話し相手にでもなってくれ。今日はシェアハウスに誰もいなくて」

「……いいのかい?」

「いいんだ」

 

 ホシノは腕利きの自動車整備士だ。タイヤがつくものなら、何だって新品同様に仕上げてしまう。

 それだけでも凄いのに、たいていのお代は「レース1回分」だ。この気前の良さで依頼者は後を絶たないし、挑戦者も自動的に増えていく。しかも連戦連勝してしまうものだから、それはもう男女からモテにモテまくる。

 自分も一応ながら、カーブが得意な男として、「大洗一キレる男」としてランカーを張ってはいる。けれどホシノと違って口は上手くないし、良い意味での気安さを持ち合わせてはいない。良くも悪くもマジメ君なのだ。

 けれどホシノは、そんな自分の近くにいつも居てくれる。

 決して偉ぶらず、自分を表現してしまえる、そんな君が、

 

「ホシノ」

「うん?」

「……いつもありがとう」

「……どう、いたしまして」

 

 とても、かっこいい。

 

 ――大洗学園艦で、日常がまた過ぎ去っていく。

 

―――

 

 休日がやってきた。

 だからツチヤ一同は、朝っぱらから元気よく車の修復を、ホシノは紅いバイクの整備を手掛けている。それの持ち主である女性ライダーこと梅宮も、どこか楽しげな顔をして作業を眺めていた。

 

「いやーすごいねえホシノは、ウチのバイクが生まれ変わっていくのを感じるよ」

「大切にされているから、すんごい直しやすい」

「へっへー、そうでしょ?」

 

 ホシノと梅宮が、一緒になってにへらと笑う。

 

 梅宮はツチヤより一つ上の女性ライダーで、一年の頃からホシノとバイクで張り合ってきた。未だに一度も勝ててはいないようだが、梅宮は笑って「やー負けた」と認め、裏では猛練習を重ねるタイプの人間だ。

 好きな色は赤で、いつも着ているライダースーツも赤。梅宮にはピッタリのシンボルカラーだと思う。

 ちなみに成績も赤。

 

「でもまあ、ホシノにはいつも助けられてるよ。これだけ完璧に仕上げてくれるのに、お代はレース一回だもんねえ」

「そうそう。それでいいの」

「そっかぁ」

 

 そして梅宮は、ナカジマとスズキ、ツチヤを見渡して、

 

「……いつも、ありがとね」

 

 梅宮が、恥ずかしげに微笑する。ナカジマは、スズキは、もちろんツチヤも、くすぐったそうに笑い返した。

 

「――うん、あとすこしで直るかな」

「ワオ、早いわね」

「言ったでしょ、大切に扱われてるって」

「そっかぁ」

 

 梅宮は、上機嫌そうに背筋を伸ばし、

 

「じゃあ来週、レースをしましょう。もちろんタイマンでね」

「乗った」

「今度こそ勝つからね」

「おーいいねえ」

「あんたはカーブにやや弱い傾向があるから、そこを突く」

 

 ナカジマが「ほお」と声を出す。

 梅宮は、にやりと口元を緩ませ、

 

「黄池はそうやって、あんたに食らいついているからね」

「む……」

「お、いい反応してる」

「やかましー」

「まあカーブといっても、黄池レベルにたどり着かないとねー」

 

 ツチヤが「ねー」と首を傾ける。

 

「ほんと、あんたと黄池……速度が息ピッタリだよね」

「そうかな?」

「うん」

 

 そして梅宮は、本当に、何となくいった感じで、

 

「なんだかあんたと黄池って、お似合いっていうの? そんな感じがする」

 

 その瞬間、ホシノ以外の人間が数センチほど飛び上がった。

 ものすごい金属音が、ガレージ内に反響したからだ。

 

「あ……ご、ごめん。スパナ落とした」

「あ……なんかその、ごめんなさい」

 

 ツチヤは心の底から、心の底から思った。

 はやく、進展してくれ。

 

「――まあまあまあ、実力が拮抗するなんてこそ、スポーツではよくあるでしょ?」

 

 ナカジマが横から入ってくる。その言い分に、女性ライダーは「まあねえ」と頷いた。

 

「そうそう。二人は友達で、ライバル関係で、それ以上はないんだよ」

「そっか……そうよね、うん」

 

 スズキのフォローに、梅宮は納得の返事を示した。

 途端に、どこか気まずい空気が払拭された気がする。ツチヤも、しんどそうに安堵のため息をこぼした。

 これでまた、日常が戻って、

 

 その時、外からバイクの排気音が大きく聞こえてきた。

 一同がガレージの出入り口に視線を向ける。シェアハウスの前に居る、配達員らしい兄ちゃんと目が合った。

 

「すみません。ここに、ホシノさんはいらっしゃいますか?」

「あ、はい。私です」

 

 ホシノがスパナを置いて、忙しない足取りで配達員の元へ駆け寄っていく。

 

「これ、お手紙です」

「あ、これはどうも」

「はい。それでは、失礼しました」

「お疲れ様です」

 

 ホシノが一礼する、配達員はバイクとともに遠くへ消えていく。

 ――休日だというのに、大変だなあ。

 ツチヤは、なんとなくそう思う。

 

「……っかし、私に手紙……って」

「? どしたのホシノ」

 

 表情の変化を見て、何かを察したのだろう。

 ナカジマが、ホシノの傍へ近づこうとして、

 

「あ、いやいや、これは親からだよ。いやーまったく、なんなんだよもー」

 

 そう言うホシノの笑みは、どこかぎこちなかった。新参者である自分(ツチヤ)が、そうわかってしまう程度には。

 

「……大丈夫?」

 

 梅宮の気遣いに対し、ホシノはへーきへーきと返す。

 

「じゃ、パパッと整備完了させますわ」

 

 それ以上、何も聞くことなどできるはずもなく。

 一同は、ただただホシノの後ろ姿を眺めることしかできなかった。

 

―――

 

 生徒会の活動の一端に、月イチの校内清掃というものがある。

 それ自体に文句はないし、清潔こそ健康の源と思っているから、黄池はごく生真面目な手付きで裏庭のゴミ拾いを淡々と行っていた。

 一言も語らず、小さなゴミも逃さず。捨てるなと心で愚痴り、グラウンドから響くバットの音が耳に入り、

 そして、秋の夕暮れをなんとなく見つめる。

 生徒会の活動に不満はない。ただレースが出来なくて、残念だなと思ってはいる。

 今ごろ自動車部のみんなは、思い思いの車輪を唸らせているのだろうか。ホシノは今日も、勝歴を更新しているのだろうか。

 自分もすっかり、レーサーになっちゃったな。

 苦笑いが、自然とこぼれる。

 さて、さっさと仕事を終わらせよう。大洗学園艦を綺麗にしなくちゃな。

 そうして、草むらに漂っていたビニール袋を手にかけ、

 

 携帯が、震えた。

 

 最初はメールか何かかと思っていた。けれど一向にバイブレーションが止まらない、もしかしたら誰かが電話をかけてきたのかも。

 ゴミ袋は手にしたまま、左右に人がいないかどうかを確認して、ポケットの中から携帯を引きずり出す。

 

 着信:ホシノ

 

 ゴミ袋を地面に置く。応答ボタンを押す。

 

「もしもし?」

『あ、悟。いま、どこ?』

 

 電話越しから、車特有の派手なドリフト音が聞こえてくる。ホシノは走り屋専峠に居るのだろう。

 

「まだ学校。今日は生徒会の活動があるから、そっちには行けないかな」

『あ、そっか』

「悪い。話ならまた明日にでも」

『待って』

 

 真剣味溢れる声が、耳の奥底にまで届いた。

 緊張感がふっと湧いて、思わず体が強ばる。

 

『電話でもいい、聞いて欲しいことがある』

「……わかった」

 

 改めて、周囲を警戒する。

 時間も時間だからか、学校の裏庭には誰もいない。あるのは、見え隠れするゴミだけだ。

 

『あと』

「ああ」

『このことは、ナカジマにもスズキにも、ツチヤにも秘密にしておいて欲しいの』

「――わかった」

 

 風が吹く。それは、なんだか冷たかった。

 

『あのね』

「うん」

『その、さっき』

「うん」

 

 ホシノが、呼吸をした。そして、また息を吸った。

 携帯が、段々と熱がこもってくる。それでも黄池は、決して耳を離さない。一字一句まで聞き逃してたまるものか。

 そしてホシノは、告げた。

 

『告白、された』

 

 ――言葉は失った。

 嘘だとはまったく思えない。だって僕は、ホシノのことが好きだから。

 

『でも、断った』

「……そう、なんだ」

 

 そしてホシノは、間も置かずにそう口にした。

 

『ほんとう、こんなことがあるんだね。なんだかびっくりしちゃったよ』

「そうだな。告白されれば、そりゃ驚いちゃうよな」

『うん。でも、ちゃんと断れて本当に良かった。相手も納得してくれた』

「そっか」

 

 そして黄池は、真っ先にこう思った。

 何と言って、相手からの告白を拒否したのか。

 

『いやー、なんというか……重いね、気分が。正しいことを、言えたはずなのに』

「仕方がない、仕方がないよ」

『そっかー……いやあ、あいつには悪いことしたか、』

「ホシノ」

 

 けれど今は、そんなことを聞く瞬間じゃない。

 

「……お疲れ様」

『悟』

 

 ホシノの背後から、車の突っ切る音が響き渡った。同時に、ギャラリーからの高らかな声援が大洗学園艦に反響する。

 

「とりあえず今は温かいものでも飲んで、はやく寝よう。それがいい」

『……うん、うん』

 

 ホシノの、嬉しそうな声がじんわりと聞こえてくる。どんな音よりも。

 

『ありがとう、悟。すっきりした』

「それはよかった」

『うん、今日はちゃちゃっと帰るよ』

「それでいい」

『……ごめんな。生徒会の活動を邪魔しちゃって』

「そんなことない。友達、だろ?」

 

 間、

 

『そだね。友達、だよね』

「ああ」

『いやあ、私はいい友達を持てたよ。うし、今度サービスしてやる』

「いいのかい?」

『もち』

 

 ここで遠慮をするのはヤボだ。だから黄池は、素直に「うん」と応え、

 

「――じゃあ、そろそろ活動に戻るよ。いいかな?」

『……あ、ちょっと待って』

 

 黄池は、疑問のままにまばたきをする。

 そしてホシノは、また呼吸を、深呼吸を行って、

 そして、

 

『……もし、さ。私が告白を受け入れていたら、悟はどんな気分になってた?』

 

 秋の風が、そっと流れていく。

 ざわめく草むらとともに、紙くずが力なく転がっていった。

 そして黄池は、長く重く沈黙を繰り返す。

 ――返答なんて、最初から決まっているくせに。

 

「それは」

 

 言え。

 

「――いやだ」

 

 言えた。

 

『……そっか』

 

 ホシノも、言葉を発した。とても、とても嬉しそうな声色で。

 ――そのとき、校内放送を告げるチャイムが鳴り響いた。

 

『生徒会です。校内に残っている生徒会員は、至急会議室まで集まってください。繰り返します、校内に残っている生徒会員は、至急会議室まで集まってください』

 

 ぶつりと、放送が切れる。

 

『悟』

「うん」

『今日は忙しいはずなのに、ほんとありがとう』

「いや。ホシノの助けになれて、何よりだ」

『そっか、そっか……』

 

 先ほどまでの緊張感は、もはや風とともに流れていってしまった。

 今ここにあるのは、いつもの気楽な空気だけ。

 

『ああ、時間をとらせて悪い。何か、集まれって指示されたっぽいな』

「だね。何かあったのかな」

『どうだろ。まあ、何かあったら私を頼ってくれよ? 私は悟の友……仲間なんだから』

「わかった。それじゃあ、また」

『またな』

 

 電話を切る。

 そして今更になって気づいたが、携帯がものすごく熱い。だいぶ長く話したのだろう。

 ――けれど、言いたいことは全て言えたと思う。

 よし。

 姿勢を正し、ゴミ袋を片手に、黄池は大洗学園の生徒会室へ足を進めていく。今の自分なら、どんな要件だろうが何だろうがやり遂げられる自信がある。

 

 大洗学園艦は、今日も平和だ。

 

―――

 

 ――忙しい中、集まってくれてありがとう。

 

 生徒会長として、どうしても伝えなければならないことがある。驚くかもしれないけど、どうか大声だけは上げないで欲しい。

 ……いいかな?

 この大洗学園艦は、二年後の四月を以て廃艦となる可能性が出てきた。

 ――どうか落ち着いてほしい。

 原因としては、まずは昨年に渡る少子化が挙げられる。年々、全国の入学者数は減っていっているからね。だから、なるだけ学園艦を減らして運営費を節約しようという動きがある。

 ――ただ、

 ただそれよりも重要なのは、大洗学園艦そのものの実績不足、これだね。

 ここ最近の大洗学園艦は、特にこれといった強みをアピールできていない。何らかの全国大会で優勝とか、そういったものが皆無なんだ。

 お陰で、政府から真っ先に廃艦候補として目をつけられてしまった。

 嫌だね、ほんと。

 ……失礼。確かにこのままでは、大洗学園艦はなくなってしまう。

 俺も何とかしたいのだけれど、残念ながら来年の春に卒業だ。問題を後輩たちに委ねてしまうことを、どうか受け入れてほしい。文句なら聞く。

 ーーただ、このまま指をくわえて待つつもりはない。希望はある。

 大洗女子学園副会長であり、次期生徒会会長候補の角谷杏さんが、必勝の策を練ってきてくれた。

 いやあ、彼女の手腕にはいつも驚かされるね。

 

 それで、彼女の策だけれど――

 

――

 

 気づけば、もう朝になっていた。

 あまり眠れなかったからか、不自然に頭が重い。

 胃にものが詰まっている感覚がするが、無理やり朝食を放り込む。

 大洗学園艦の今後のことを考えながら、無気力に寮から出る。

 

「お、悟ー! おはよー!」

 

 ホシノがいた。

 手を振っている。

 悟られてはだめだ。笑う。

 

「おはよう、ホシノ」

「うん。……やー、その、昨日はホントにありがとね、助かったよ」

「いやいや」

「帰ってホットミルクを飲んでみたけれど、いや、すっきりできた。さすが悟先生」

「それは、良かった」

「ほんと、さまさまだよ」

 

 ホシノは、楽しそうな顔をしながら、

 

「だからさ。何か困った事とかがあったら、私に遠慮なく相談してほしい」

 

 何も、言えない。

 

「悟のお悩みなら二十四時間受け付けてるからさー」

「そう、か」

 

 ホシノは、心の底から言っているのだろう。

 だからこそホシノには、今日も元気よく生き抜いて欲しい。

 余計なことは、何も知らなくても良いんだ。

 

「あ、今日はレースどうするの? やる? やっちゃう?」

 

 思い起こす。大洗学園艦のスポットの一つ、走り屋専峠のことを。そこに集まる面々のことを。レースにまつわるマジメなやりとりとか、ほんとうになんでもない雑談を。

 

「――いや、今日は生徒会が忙しくて」

「あ、そうなの?」

 

 ざんねん。ホシノがそう呟く。

 とてもでないが、今日は走る気にはまったくなれない。こんな調子では、事故すら起こすかもしれないからだ。

 

「……悟?」

「うん?」

 

 目を丸くしたホシノが、自分の顔をじっくり覗って、

 そして、

 

「調子、悪い?」

「え、いや、」

 

 ――うん。

 

「そんなことない、普通だよふつう」

「ふーん……?」

 

 そうして黄池とホシノは、何事もなくそれぞれの校門をくぐっていく。

 

 大洗学園艦は、今日も平穏だ。今のところは。

 

―――

 

 冬を乗り越えて、いつの間にか二年に進級した頃。放送室から『昼休み後、全校生徒は体育館へ集まって下さい』とのお達しを受けた。

 クラスメートが様々な表情を露わにする中、ツチヤは内心「授業が潰れた」と喜んでいた。集会もそれはそれで面倒だが、勉強よりは幾分かマシだ。

 そして昼休み終了のチャイムが鳴り響く。クラスメートが忙しなく廊下へ出ていって、ツチヤも同級生の背を追っていき、

 

「お、ツチヤ」

「やー」

 

 ホシノとナカジマ、そしてナカジマが手を挙げて挨拶をする。ツチヤは、するっと三人組に混じった。

 

「一体なんだろうね、事故でもあったのかな」

「えー? 事故だったら峠が封鎖になっちゃうかも」

 

 それは勘弁だなあと、ツチヤがコメントする。

 

「ま、とりあえず行ってみようよ」

 

 ナカジマの一言に、皆がこくりと頷いた。

 

 □

 

 すべての大洗女子学園生徒は、薄暗い体育館で、有無を言わさぬまま戦車の動画を見せられていた。

 動画のタイトルは「戦車道について」。スクリーンには重く逞しく回り続ける戦車の車輪が、轟き弾ける主砲発射の瞬間が、唸り叫ぶ被弾の場面が、それ以外の見どころも無遠慮に流れ続けていた。

 体育座りをしている生徒たちは、ひたすらに沈黙を守り続けている。

 いっぽうツチヤは、自動車部の面目は、目をお星様に染めながらで前のめりになっていた。

 

「かっくいい」

 

 スズキの言葉に、誰もが静かに頷く。

 ――たぶんみんな、こう思っているだろう。

 あれに乗ってみたい、ドカバキしてみたいと。

 

『――このように、戦車道は乙女の心身を鍛え上げてくれるのです』

 

 なんとなくわかる。

 

『よく見ると愛らしく思える戦車は、あなたの思い出を彩ってくれるでしょう』

 

 わかる。

 

『そして、』

 

 その時、戦車のハッチが軽やかに開く。

 黒い軍服を着たお姉さんが、背筋を伸ばし、汗を拭って、カメラ目線で喜色満面の笑みを撒いた。

 

『――戦車道は、あなたを善き乙女、善き妻にしてくれます』

 

 その時、隣からすげえ物音がした。

 それをツチヤは見た、ナカジマもスズキも注目した。

 

「……あ」

 

 前へコケそうになったのだろう。手で床を抑えていたホシノが、目と口を丸くしながら左右を見渡し、

 

「すまん」

 

 なんでもなかったかのように、ホシノが正座になる。

 もちろんホシノ以外の自動車部員は、清純そのもののスマイルを顔いっぱいに滲ませた。

 

「ホシノ~?」

「な、なんだよぉ」

 

 ツチヤは、えいやえいやと肘打ちし、

 

「戦車道、歩む?」

「バッ、何を言って……」

「いいじゃんいいじゃん。デカくて車輪があって、オマケに撃てちゃうんだよ? スキあらばいじれるんだよ? 私達のためにあるような道じゃない」

 

 ナカジマが、笑顔で二度うなずく。トラックレース愛好家のスズキも、「そのとーり」と同意した。

 ホシノは、露骨にうなり声を上げて、

 

「ま、まあそうだな? ツチヤがやりたいっていうなら、私も」

「ホーシノ」

 

 ホシノの隣を陣取っていたスズキが、ホシノの肩に手を乗せた。

 まるで、ロックをかけるかのように。

 

「戦車に乗れたら、かっこいいと思わない?」

「え……ま、まあ」

 

 そしてスズキは、音もなく、スズキの耳元に顔を寄せて、

 

「黄池より、かっこよくなれるかも?」

「ん――――ッ!!!」

 

 すんでのところで、ホシノは口元を手で抑えつけた。

 ナカジマとスズキは、優しく微笑んでいる。ツチヤは、はやくゴールインしてくれと願っていた。

 

 そして、戦車道のPVが幕を閉じる。薄暗かった体育館に照明が戻り、生徒たちのひそひそ話が殺到する中、

 

「――えー、以上を以って、戦車道の紹介を終える。大洗戦車道は二十年ほど廃止となっていたが、今年から復活することになった」

 

 特徴的な眼鏡をつけた生徒会員――河嶋桃が、司会を続ける。

 

「戦車道履修者となり、その上で優秀な成績を納められれば、様々な特典がつく。ぜひ、戦車道を歩んで欲、」

 

 その時、体育館の音が止まった。

 河嶋の口がぽかんと開けられ、他の生徒会員はびくりと震え、自動車部以外の全校生徒が「え、マジで?」という顔をする。

 

 体育館の東側あたりで、四人の女子生徒の手がびっしり伸びていた。

 一番早かったのは、もちろん――

 

―――

 

 放課後。

 黄池は愛車のクラシックバイクを、自動車部のシェアハウス前に止める。片手にはもちろん、四人分のカツカレーが入ったコンビニ袋をぶら下げて。

 

「お、きたきた」

 

 ガレージの中に居たホシノから、自動車部の面々から手を振られた。

 黄池は穏やかに微笑みながら、ガレージまでバイクを押していく。

 

「来てくれたんだな」

「ああ。頼めるかな?」

 

 スズキが、ホシノの背中を軽く叩いて、

 

「校長の車は私達が修復するから、ホシノは黄池のバイクをやっといて」

「いいの?」

「いいっていいって」

 

 ホシノが「だとさ」と笑う、黄池も嬉しそうに頷く。

 黄池はガレージ内にバイクを止め、カツカレーが入ったコンビニ袋をナカジマへ手渡す。

 

「ありがたき幸せ」

「どうぞどうぞ」

 

 ホシノはゆっくりと姿勢を屈ませ、「どれどれ」とエンジン部を見定め始める。

 

「おー、やっぱり綺麗なもんだよ。そんなに時間はかからないと思う」

「自動車部のみんなが、ちゃんと整備してくれているからだよ」

「んやー? ホシノのお陰だよ。バイクにいっちゃん詳しいのはホシノだから」

 

 ナカジマの言葉に対して、ホシノが「んなことないって」と返す。上機嫌そうな顔をしながら。

 

「いやでも、ホシノの整備にはいつも助けてもらってるよ。だからレースでも、良い成績を収められてる」

「なー。この前は負けそうになったもんなー」

「僕の方もギリギリだった。やっぱり、ストレートだとホシノにはかなわないな」

「カーブには負けるよ。さすが、大洗一キレる男だ」

 

 軽くデジャブを覚える。こうしたやりとりは、一体何度目だっけ。

 ――いい加減、進展したいなあと思う。そうなるにはホシノよりもかっこよく、ホシノよりも速く走らなければならないのだけれど。

 

「やーほんと、ホシノと黄池は長らく拮抗してますなー」

「ね。卒業まで決着がついて欲しいっしょ」

 

 話に交じるナカジマとスズキだが、整備の手は少しも止まっていない。ちらりと覗ってきたツチヤも、寡黙に車を修復し続けている。

 一方ホシノは、そんな二人の言葉に「しゃーないなー」と返し、

 

「わかったよ。卒業するその日まで、必ずや悟に勝つ!」

「おー、よく言った」

 

 スズキがサムズアップする、ナカジマも嬉しそうな顔を浮かばせた。

 ――バイクに乗りたての頃は、当然だがホシノに何度も負けた。だから実質的な勝敗レートはホシノの方が上なのだが、本人曰く「ノーカン」とのこと。

 ほんとう、ホシノらしい返答だと思う。そりゃあモテるよな、と思う。

 

「悟」

「うん?」

「生徒会が忙しいのは分かるけど、バイクにも乗ってよ。なまったあんたに勝っても、少しも嬉しくないし」

「ああ、わかってる」

 

 心の底から同意するように、黄池は首を縦に振った。

 

「よっしゃ、よく言ってくれた。それじゃあ出血大サービス、誠心誠意を込めて整備しちゃうよー」

「おお、ありがとう」

 

 ホシノの表情が、子供のように明るくなる。黄池も、そんなホシノの姿を見て安堵がこぼれ落ちる。

 

 ――今日の自分は、割と機嫌が安定している。それもこれも、数人の女子生徒が戦車道を歩んでくれたらしいからだ。

 大洗女子学園の生徒会長となった角谷杏の秘策とは、大洗学園艦のかつての強み、「大洗戦車道」を復活させること。

 そして高校戦車道全国大会で優勝を果たし、れっきとした実績を築き上げることにある。

 

 かつての大洗戦車道は、資金難に悩みつつも大会ベスト4にまで食らいつける程には強かったらしい。それなりの知名度もあったのだとか。

 しかしながら資金の限界、そして受講者の減少により、大洗戦車道は自然消滅してしまったようだ。

 ――そんなピンポイントな歴史を、杏は「これだ!」と拾い上げてみせた。

 杏が生徒会長に選ばれるのも、納得するほかない。

 

「しっかしどこを直せばいいのかなー、新品みたいなものじゃないか」

「うーん?」

 

 思わず苦笑い。

 朗報のお陰からか、黄池のメンタルはとても穏やかだ。

 

「まあいいや。とりあえず、外見だけでもピッカピカにしておくよ」

「ありがとう」

「ほんと楽だよ、修復に比べればね」

 

 ホシノが、ちらりと校長の車を見やる。

 校長の車は無残にクラッシュしてしまっており(見慣れた)、一見すると一晩では修復出来なさそうなオーラがよく伝わってくる。

 ――が、

 

「こりゃ徹夜コースかなー」

 

 ナカジマは、本当に何気なくそう言った。

 だからこそ黄池は、「待った」と手のひらを広げ、

 

「ダメだよそれは、体を壊してしまう」

「う。んー……まあ……でも、校長を安心させたいし……」

「自分の身のほうが大事だよ。校長も、それはわかってくれる」

「……そうだねえー」

 

 ナカジマとスズキが、えへへと苦笑いする。黄池は、ほっと息を吐く。

 睡眠はとても大事だ。学業はもちろん、レースなんてダイレクトに影響を受けるだろう。

 居眠り運転でクラッシュだなんて――首を、左右に振るう。

 

「うーん……」

 

 今度はホシノが、バイクを整備しながらで唸り声を上げる。

 黄池は首をかしげながら、

 

「どうしたの?」

「いやさあ」

 

 ホシノと目が合って、

 

「車の修復がこれだけ大変なら、戦車の修理はどれだけ時間がかかるんだろうなーって」

「――え?」

「ああ、いやさ、」

 

 ホシノは、日常的な笑みを浮かばせながら、

 

「私ら、戦車道を歩むことにしたんだ」

 

 ナカジマが、スズキが、「ねー」と同調した。

 ツチヤが、こくりと頷いた。

 

「ハデそうだし、デカいの運転できそうだし、それに――いやまあ、そういうことなんで、応援ヨロシク!」

 

 そしてホシノは、ぐっと親指を立てた。ほんとうに嬉しそうな顔で、ご機嫌そうに声を上げて。

 

「……ん? どったの悟。何か、調子でも悪くなったのか?」

 

 ――大会で負けたら、大洗学園艦は廃艦になるだろうね。

 

「あ、ああいや。応援するよ、うん、うん」

「っしゃ! 大洗一速い女の実力、見てくれよなー!」

 

 君はやっぱり、僕のヒーローになってしまうんだね。

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