きみはかっこいい   作:まなぶおじさん

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自動車部はすごい

 

 「はあ……」 

 

 アンツィオ女子寮のベッドの上で、わたしは心の底からため息をつく。

 読書仲間から勧められた、失恋小説を読み終えたのだ。

 なぜ、人間は愛に泣かされなければならないのか。恋を尊重したはずなのに、どうして恋に心を殴られなければいけないのか。

 目頭が熱くなる。それに伴い、感情や血液や脳ミソに火が灯る。

 夜中という、一人きり世界にいるせいか――わたしは、誰を気にすることも無く涙を流していた。

 失恋を観たはずなのに、めちゃくちゃ悲しいはずなのに、どうして心地良く泣けるんだろう。

 たぶん、こうした恋の形も、好きだからなのだろう。自己陶酔にも程があるが、感情移入をして何が悪い。

 声が漏れる、うつむく。

 ――今、何時だっけ。

 壁にかけられた時計を見てみると、もう午後九時だった。

 今日は早く寝ちゃおうかな。そうしようと、わたしは照明を消そうとベッドから立ち上がろうとして、

 

 携帯が、震えた。

 

 ホッシー:こんにちは、ちょびさん。いまだいじょうぶですか?

 ちょび:どうしました?

 ホッシー:あのですね。僭越ながら、このホッシー、戦車道を歩むことになりました!

 

 思わず、携帯を顔に引き寄せてしまう。

 

 ちょび:本当ですか!

 ホッシー:うん! これからは自動車部兼戦車道履修者として頑張りますッ!

 

 思わず顔がほころんでしまう。文字を打つ手が自然と早くなる。

 

 ちょび:おお~! で、ポジションは?

 ホッシー:砲手です! 仲間から、集中力が抜群だからこれにしろって任命されました! ヒャホーイ!

 ちょび:花形~!!

 ホッシー:あと、戦車の整備を務めることになりましたッ!

 ちょび:すごい! 自動車部としての経験が活きましたね!

 ホッシー:ねー。じゃなかったら、整備士ゼロ人だったところですよ

 

 わたしは、思わず首をかしげ、

 

 ちょび:え。ほんまですか?

 ホッシー:ほんま

 

 先ほどまでの明るい気分はどこへいったのやら。嫌な予感が溢れるまま、タップし続ける。

 

 ちょび:……何人ですか? 整備士

 

 躊躇せず、

 

 ホッシー:四人かな

 ちょび:車両は?

 ホッシー:六台くらい

 ちょび:ええ……

 ホッシー:何か問題が?

 ちょび:だって、戦車の整備って大変ですよ? 見なければいけない箇所も多い

 ホッシー:車も同じですよ

 ちょび:戦車は純粋に大きいんですよ。あと、あなたも戦車に乗って戦うんですよね?

 ホッシー:うん

 ちょび:……オーバーワークになるのでは?

 ホッシー:だいじょぶだいじょぶ、いざとなった徹夜しますよ

 

 徹夜。その二文字を目にして、入力する指が焦りを帯びる。

 

 ちょび:絶対ダメです、健康に悪いです

 ホッシー:えー?

 ちょび:いち戦車道履修者として忠告します。今すぐ整備士を雇うなりしてください

 ホッシー:いやー、まあ、はい

 ちょび:絶対ですよ?

 

 文字を打ち終えて、私はすかさず追記する。

 

 ちょび:イエローさんだって、あなたの疲れ切った顔は見たくないはずです

 ホッシー:イエローは関係ないでしょー!

 ちょび:あります! いいですか、絶対に整備士を雇ってくださいね! いいですね!?

 

 ――間。

 

 ホッシー:はい

 

 それからは戦車道のイロハを、ほんの少しの雑談を交えて、対話を切り上げることにした。

 画面を消して、携帯を充電器に射し込む。そしてそのまま、ベッドの上へ軽やかに身投げした。

 ――たぶん、自分達だけで整備するつもりなんだろうな。

 他校のことだから、本来は口を出すことじゃない。けれど友人としては、何としてでも放ってはおけない案件だ。

 ホッシーは何事も一生懸命になれる人だから、レースも戦車道も整備も楽しげにこなそうとするだろう。

 けれど、体がそれについていけるとは限らない。

 

「はあ――」

 

 体を壊したらだめだよ、ホッシー。

 あなたのことを想う人が、心配しちゃうよ。

 

―――

 

 ホシノが戦車道を履修し始めて、数日が経過した。

 生徒会からの情報によると、自動車部員が率いる隊――通称レオポンさんチームは、早くも頭角を現したらしい。

 最初は大洗戦車隊どうしが争い合う、いわば自分以外全部敵方式で練習試合が行われた。そこでレオポンさんチームは、ポルシェティーガーなるクセのある戦車で敵車両を二つも撃破したとのこと。

 もちろん、ホシノは、ナカジマは、スズキは、ツチヤは、戦車道なんて未体験だ。

 最後は西住みほ率いるあんこうチームに負けてしまったが、西住みほ曰く「ほんとうに未体験なんですか?」と目を丸くしていたそうだ。

 ――この報告を受けて、驚きはするが納得はできた。だって戦車は、クルマの一種だから。

 もちろんレースと違って、撃ったり撃たれたりはするだろう。しかしレースとて追い抜いたり追い抜かされたりするし、必然的に事故の危険性がはらむものだから、度胸試しなんて自動車部からすれば慣れっこ同然といえる。

 だから、最初からトバしていても「だろうな」で頷けてしまう。

 自動車部の面々も、すぐにコツを掴んだはずだ。

 ――けれど、

 

「悟! 聞いてくれよ! 今日も戦車道で模擬戦を行ったんだけれど……新記録! 三両撃破しました!」

「それは、すごい。すごいよ、さすがだホシノ」

「でしょー? ねー? っへへ、今日の整備は張り切っちゃおうかな!」

 

 けれどホシノは、わざわざ自分に対して、子供みたいな笑顔をいっぱいにして戦果を報告してくれる。

 自分はもちろん、その結果を賞賛した。心のなかでは、巻き込んでしまった罪悪感を抱きつつ。

 

――

 

 走り屋専峠。

 ホシノがバイクレースで一着を勝ち取り、休憩に入ったところで、ライダー達がすかさずホシノを取り囲む。寄りそびれた黄池は、「手土産」を手にしたままそれを遠目で眺めるだけ。

 まあ、このまま待つのも悪くはない。峠を駆け抜ける、エンジンの爆音がすこぶる心地良い。

 特設モニターを見るに、ツチヤがトップを張っているようだった。

 

 ーーたしかに今は、大洗学園艦における存続の危機が訪れてはいる。かといって義務ばかりに心身を捧げていては、必ずや精神が疲弊し、いつかは「爆発」を遂げることだろう。

 自分も経験者だから、いやでもそれがわかる。

 だからこそこうして、気分転換もかかさず挟み込んでいるわけだ。 

 

「いやはや、なんでもやれちゃうねーホシノは」

「え、何が?」

「戦車よ、戦車。見てたわよ、聖グロとの練習試合、よーやったじゃない」

 

 ホシノへの質問責めがはじまる。

 二着だった梅宮が、からから笑いながら、

 

「なー。聖グロってカタい戦車が多いのに、それをお前は二両もカタしたんだもんな。スゲーよ」

 

 三着だった竹原もけらけら微笑む。

 対してホシノは、気恥ずかしそうに己が頬を人差し指でいじくりながら、

 

「チームワークだよチームワーク。というか、よく戦車のこと調べてきたね」

「モタスポ好きですから」

「ああ、」

 

 ホシノが、そりゃそうだなと頷く。嬉しそうに。

 

「しかも、マチルダのドライバーは聖グロなんでしょ? あの強豪の。それを初戦から追い込むなんて普通じゃできないよ、普通じゃ」

「だからチームワークだって。みんな頑張ってくれたから、惜しいところまでいけたんだよ」

「そお?」

「そおそお」

 

 梅宮が期待するように口元を曲げ、ホシノも悪くない様子でうなずいた。

 実際のところ、自動車部のチームーーレオポンさんチームは、隊長格であるあんこうチームの次に活躍していると思う。じゃじゃ馬だったポルシェティーガーもだいぶ落ち着いてきたし、肝心の火力も悪くない。実際、それでマチルダ歩行戦車を二両も撃破せしめた。

 初心者としては、破格の戦歴を勝ち得ていると思う。これからの伸びしろを考えると、もしかしたら全国大会での優勝も夢ではないかも。

 

「にしてもさ」

「ん?」

「ホシノって、戦車の操縦もウマいんだな。俺はぜってー無理、たぶん無理、デカいのは無理」

「ああ、ドライバーはツチヤが務めてるんだ」

 

 からっと告げたホシノに、ライダー仲間が無表情に固まる。

 

「いい運転するよね。壁にもぶつからないし、カーブが凄く上手いし」

「え」

「おかげで私は、砲手としてスムーズに役割をこなせてるよ」

「えっ」

「いやー、砲手ってのも悪くないね! 最初は乗り物を壊す事に抵抗があったけど、やっぱり爆発って最高だよ」

「え? え? 砲手? なんで? いいのそれで」

「どして。好きでやってるし、上手く食ってってるし」

「いやいやそうじゃなくて、あんたは大洗一速いんだしさあ?」

 

 食いつく梅宮の真意に気づいたホシノが、「ああ」とうなずいて、

 

「戦車道はレースじゃないでしょ?」

 

 その一言で、ライダー一同が黙した。

 

「手っ取り早くポジションにつくのは大事だけど、レースと違ってスピードはそこまで求められてないしさ。これでいいんだよ、これで」

「そ、そお? ……でもどうしてツチヤに? 部長のナカジマじゃなく?」

「ああ、」

 

 梅宮の質問に、ホシノはにこりと微笑んで、

 

「可愛い後輩だからさ」

 

 鋭いドリフト音が、放課後の夕暮れに響き渡った。

 たぶんツチヤが、得意ワザを決めたのだろう。モニターを眺めていたレーサーが歓喜の声を上げる。

 

「……なあるほど」

 

 ホシノの答えに、梅宮も竹原も納得するように頷いた。

 

「そういうわけで、私は戦車道を満喫しているよ。次の弾を込めてくれるスズキも、チームを支えてくれるナカジマもね」

「そっかー……まあ、ホシノならいけるところまでいける気がするよ」

 

 竹原の言葉に、梅宮が同意するように首を振って、

 

「優勝もいけるんじゃない? この調子なら」

 

 聞き耳を立てていた黄池の口から、空気の塊がもれた。

 ライダー一同も、梅宮に同調するように盛り上がっている。ホシノもくすぐったそうに笑っているが、優勝そのものに否定的な反応は示していない。

 

「お? やっちゃう? やっちゃいます? ホシノさん」

「大洗戦車道の強さを示してくださいよー、大洗一の砲手様」

「バカ言うなよー、まだ一番じゃないよー」

「え、まだ? まだと言っちゃいますか?」

「おう、まだだぞ、まだ!」

「まだ? まだということは?」

「……大洗一当てる女になる!」

「言ったわねッ!」

 

 ホシノのナンバー1宣言に、ライダー達がいよいよもってヒートアップする。

 誰しもが優勝を期待し、誰もがホシノの成長を願うその光景は、まさに青春そのものだ。

 ーーなのに。

 自分はいい、管理人たる生徒会に重みはつきものだ。

 けれどホシノには、何も知らないままでいて欲しい。後先考えずに、戦車道を突っ走っていってほしい。

 

「ーーあ」

 

 そのとき、ホシノと目が合った。

 そしてホシノは、バイクを押しながらで自分に近づいてくる。すごく、いい顔をしながら。

 

「や、悟」

「ああ、ホシノ。盛り上がっていたようだね」

「へへ、まあなー。……で、そういう悟はどうしたんだよ、何かまじめな顔になってるけど」

 

 そう言われて、反射的に作り笑いを浮かばせてみせる。

 

「いや、なんでもないよ、なんでも」

「そうか?」

「ああ。ああ、それよりもこれ、練習試合の流れをまとめてみたんだけど」

 

 そのまま、プリントをホシノへ差し出す。

 ホシノは目を丸くさせながら、あらゆる角度でプリントを眺めはじめる。

 

「え? こ、これって?」

「ああ、レポートみたいなものかな。良かったところとか、改善点をまとめてみたんだけれど」

「マジ?」

 

 両目をまん丸にしたままのホシノに、黄池は「まじ」と応えた。

 

「……受け取っても?」

「いいよ」

 

 そしてホシノは、おそるおそるレポート受け取る。

 レポートは全部で五枚ほど。文字も図も注釈も多いはずなのに、ホシノは黙ってレポートに目を通し続けている。

 ーーうなり声のようなドリフト音が、ふたたび峠に反響した。 

 ホシノは真顔のまま、時にはレポートを朗読し始める。けして流し読みなどせず、慎重な手つきで二枚目、三枚目のレポートをめくっていく。

 何度うなずいただろう、何度「へえ」と唸っただろう、何度「そっか」と言っただろう。やがて最後の四枚目を読み終え、ホシノは深く深く肩で息をついて、

 

「悟」

「うん」

「すごい」

 

 ホシノの口元が、音もなく曲がった。

 

「すごいよこれ、私にもよくわかる。改善点がわかりやすい。メンタルの整え方まで書いてあって、すごい」

「ああ。それは、よかった」

「こんなふうにまとめてくれるなんて、大変だっただろ?」

 

 次に口にすべき言葉を、短く重く考える。

 

「……仲間だろ? ホシノの戦車道を、応援したいんだ」

「……へえ」

 

 学園艦の命運なんて背負わなくてもいい、思いのままに戦車道を歩んでほしい。

 けれど生徒会として、サポートはさせて「もらう」。

 

 ーー何がサポートだ。無事平穏を願っているくせに、遠回しに「学園艦の為に勝て」と紙きれを押し付けて、完全にホシノのことを利用しているじゃないか。

 自分と自動車部の面々とは、十分な関係を築き上げていると思う。だから廃艦騒ぎについてすべて話してしまっても、驚きはすれど秘密にはしてくれるはずだ。

 機密を共有しているという危機感から、確固たる協力関係すら生み出せると思う。

 

「ここまでしてくれるんだな、悟は」

 

 だからこそ、こんなことに巻き込みたくはない。

 だって自動車部のみんなとは、十分すぎる関係を築き上げてしまったから。

 

「いつも完璧に整備してくれてるだろ? そのお礼みたいなものだから、遠慮せず受け取ってほしい」

「……わかった」

 

 ホシノ達には、今日も明日も健やかに道を歩んでいってほしい。

 そのためなら僕は、何事もなかったかのようにへらへら笑ってみせる。 

 ーーなんて、かっこ悪い。

 

「悟」

 

 だから、

 

「ありがとう」

 

 だから、そんな顔を僕に向けないで。

 

 ツチヤが駆る白い車が、一着でゴールインする。レーサー達の口笛が、弾けては消えていく。

 

 □

 

 レース帰りの夕暮れ。

 ガレージにて愛車の点検を行っているのだが、先ほどからホシノの様子が露骨におかしい。バイクそのものはテキパキと整備されているのだが、その横顔はどこまでもいつまでもニヤついたまま。

 これにはナカジマもスズキも恐れをなしていて、声すらかけられない。ツチヤのほうも、何とかしてくれと先輩がたに目を配りまくるばかりだ。

 ――誰か、ホシノに声をかけてよ。

 ――やだよ怖いよ

 頼れる先輩がたは、表情でこう訴えてきた。

 ツチヤも無表情で「なんとかしてくださいよ」と主張するが、まるで進展しない。

 まあ、シンプルに怖いからしょうがないのだけれども。

 でも、このままほうっておくのもアレなのだけれども。

 だからツチヤは、グーを作った腕をかざす。それを見たナカジマもスズキも、愛車の整備を止めてグー。

 せーのっ、じゃんけんっ、

 

「ホシノー」

 

 後輩らしく、先輩がたに代わってホシノへ声をかける。チョキさえ出さなければ、こんな危ない声かけなんてするはずがなかったのに。

 そして、バイクの車体を拭いていたホシノから「う゛ぇっ!?」」という声が出た。あからさまな動揺を前に、ツチヤもびびる。

 

「――あ、なに? なに、かな?」

「……あ、いや、その、さっきからいい顔をしてどうしたのかなーって」

 

 久々に、オブラートというものを口にしたと思う。

 ツチヤの質問に対し、ホシノはもごもごと口ごもる。人差し指と人差し指を合わせながら。

 ――察する。

 黄池がらみか。

 

「あ……え、えとな、その……」

「うん」

「あー……こ、これ! これをくれたんだよ!」

 

 そう言ってホシノは、床に置きっぱなしの学生鞄から一枚の透明ファイルを取り出す。その中にはプリントらしきものが入っていて、ツチヤはどれどれとプリントを受け取り、

 

「! これは……ほほーほほー」

 

 ナカジマとスズキが、なんだなんだと首を伸ばしてくる。ほんの少しプリントを黙読した後に、まずはスズキが「これは!」と驚いた。続けてナカジマも、「すごい!」とうなずく。

 

「すごい……完璧だよ、このレポート! え、何? もしかして黄池がまとめてくれたの?」

 

 ナカジマの問いに、ホシノがうんうんうんそうそうそうとうなずく。

 

「こ、こんな完璧な資料を、どうして独占してたのッ!? 罪深!」

 

 スズキのもっともな疑問に、ホシノがごめんごめんと返す。

 

「いやさあ」

 

 ホシノが立ち上がり、バイクのシートの上に手を置く。

 どこか、恥ずかしげに笑いながら。

 

「悟が私たちのために、こうやって行動してくれたことがもう嬉しくてね……なんだろ、その……」

 

 ホシノが、ゆらりとうつむいて、

 

「……なんか、みんなに見せるのが、恥ずかしくなった」

「うわ~~~乙女ぇ~~~!」

「あー、そういうのあるよね。わかるわかる」

「……そうなん?」

 

 ナカジマは喜び、スズキは納得し、ツチヤは疑問を抱く。

 しかしてホシノがこうなった以上、「そういうもの」と把握しておくことにした。

 

「いやーでも、これはすごい、これはすごいよ。ヒジョーに分析的で……さすが医者の息子」

「ね、すごいよね」

「欠点だけじゃなくて、利点もちゃんと書いてあるあたり、ホント医者の息子って感じがするよね」

 

 ツチヤの物言いに、ホシノが「うん」と唸り、

 

「……かっこいいよね、そういうとこ。かなわないなぁ」

 

 ホシノがシートに手を預けたまま、音も立てずにそっと微笑む。

 夕暮れに照らされたホシノは、どこか大人のように見えて、やっぱり恋する乙女なんだと実感する。

 

「こら」

 

 そしてナカジマが、優しく怒った。

 

「また、自分の方が下だと思ってる。同じだよ同じ、私はそう思う」

「そうそう、上も下もない。黄池とは仲のいい友人でしょ?」

「……まあねえ、そうなんだけどねえ」

 

 それでも、ホシノは晴れない。

 これが恋というのなら、なんて厄介なモノなのだろうとツチヤは思う。向こうから勝手に相乗りしてくるから、なおさらだ。

 今はまだ、恋特有の面倒くささは理解できない。けれど万が一恋に捕まってしまえば、きっと、ホシノみたくなってしまうのだろう。

 なんとなく、そう思う。

 

「――ふうむ」

 

 スズキが、プリントに目を通したままで考え事をしている。

 その表情はとても真剣だ。もしかしたら、レポート内容について思うところがあるのかもしれない。

 生真面目な雰囲気を察して、一同はスズキの動向を待った。

 

「……ねえ」

「うん?」

「もし、さ」

 

 スズキが、プリントをホシノへ返す。

 

「今度開かれる戦車道の大会で、優勝できちゃったらさ」

 

 そしてスズキは、いいことを閃いたとばかりに口元が釣り上がり、

 

「――それって、めっちゃすごくない?」

 

 その瞬間、ナカジマとホシノが「!」と目を見開いた。

 一方ツチヤは、

 

「……そうかな?」

「そうだよッ!」

 

 前のめりに反論され、ツチヤが恐れをなして一歩後退する。

 そしてスズキは、覚えたてのハンドマジックで恋愛漫画を出現させ、

 

「優勝っていうのは、とにかくデカいんだよ。自分に自信がつくし、立場も客観的に上がる。生徒会員とお付き合いしても、お似合いのカップルだと受け入れられるね!」

 

 スズキが断言までする。

 そして揺れに揺れるホシノにとっては、スズキの物言いはさぞ効いたのだろう。偉人を見つめるようなまなざしになりながら、スズキの言動をひたすらに待ち続けている。

 

「しかも大洗学園艦は、ここのところ優勝とかそういったものとは無縁ときた。だからこそ私たちが、戦車道全国大会で大番狂わせをしたら?」

「めっちゃすごい!」

「そうだ! そうなんだよホシノ君ッ!」

 

 スズキが、恋愛漫画をばっと広げて見せる。

 陸上大会で優勝した笑顔のヒロインが、それを見てどきりとしているヒーローが、大ゴマででかでかと描き刻まれていた。

 

「……優勝、か」

 

 ホシノが、ガレージの照明めがけ顔を仰ぐ。

 

「簡単じゃ、ないよな」

「だろうね。聖グロのほか、黒森峰女学園っていうめっちゃ強いのもいるし」

「プラウダ高校も強豪だっていうね」

 

 一応、大会に対する下調べは済ませたつもりだ。モタスポ好きの得意技ともいえる。

 あとはどう優勝するか、だが。

 

「……練習の繰り返ししか、ないよねえ」

 

 ナカジマが、大変だあと苦笑する。

 

「整備も楽じゃないよね」

 

 スズキが、愛車のボディを軽く突く。

 ――戦車はこいつの何倍もでかくて、重たくて、もちろんデリケートだ。そんなものが七両も存在するとなると、整備完了にはだいたい三日ほどの時間を食ってしまう。

 だから戦車道の授業が、急遽「座学」になってしまう事も珍しくはない。

 そして肝心の整備員はといえば、われらが自動車部の面々のみだ。まあ整備員を雇うにもカネがかかるだろうし、そもそも戦車いじりも楽しいから整備を一任されることに文句はない。その分だけ部費も優遇させてもらっているし。

 

「……練習回数を増やすには」

 

 ツチヤがぽつりと呟く。

 ホシノが、肩で呼吸をする。

 

「整備のペースを上げる」

「それだ」

「それだ」

「それだ」

 

 ホシノの一言に、整備員一同が同意した。

 この反応は予想通りだったのだろう。ホシノが、「うし」と口にし、

 

「整備、めっちゃがんばるよ。一日で終わらせてみせる」

「よく言った!」

 

 スズキが意気込む中、ホシノが「待った」と手のひらを前に出す。

 

「これは私の問題だから、あんた達は付き合わなくていい。なんとかするからさ」

 

 ホシノがへらりと笑う。

 

「え? 何言ってるの? ボクたちはホシノの恋を応援してるんだよ?」

 

 もちろんナカジマは、にこりとホシノの意見を押し返した。

 

「水臭いこと言うんじゃないの。……いいじゃない、大型車両スキーとしてはバッチコイだよ」

 

 スズキにいたっては、待ってましたとばかりに手と拳を一つにする。

 元々フォーミュラトラック好きということもあってか、大型車両に関する知識はスズキが一番だ。整備の手も一番早い。何よりも愛が深い。

 そうして二人が決意を口にして、いよいよ自分の番かと思った矢先、

 

「ツチヤ」

「ん」

 

 ホシノは、あくまでも微笑みながら、

 

「ツチヤは、無理なんてしなくていいよ」

「え? へ? なんで」

「まだ若いからさ」

「若いって、一つしか違わないでしょ」

「先輩後輩っていうのは、そういうモンなの」

 

 そう言われてみると、なんとなくそんな気もする。

 ――ガレージに敷かれた、灰色のマットに視線を落とす。

 徹夜、その単語を耳にしてフラッシュバックが生じる。黄池と出会っていない頃、ツチヤはいつだって夏休み冬休みの宿題を三日漬けでやっつけていた。

 とうぜん親からはドヤされるし、めちゃくちゃ眠いしで、毎年毎年「来年こそはしっかりする」と決意していたものだ。その決意は、黄池と出会うまで果たされなかったけれども。

 そんな経験もあってか、徹夜には苦手意識がある。そもそも夜更けになれば、人並みに眠くなるタチなのだし。

 

 でも、まあ、

 

「はぁ、しょうがない。私も付き合うよ」

 

 ツチヤが、観念したように背筋を伸ばす。

 

「いいのか?」

「いいよいいよ。私も、ホシノには幸せになってほしいもん」

 

 にへら。

 ――恋の難しさとか、フクザツさとか、そういったものは、自分にはまだわからない。

 けれど、それはきっと大切なものなんだよね。わかる、なんとなくわかるよ。

 

「みんな……あ、ありがとうッ!」

「気にしない気にしない。さ、明日から整備ガンバロー! 徹夜上等ーッ!」

「燃えてきたっしょーッ!」

「車なら二十四時間触ってもいいよーッ!」

「みんなサイコー! あ、でも、レースも忘れずに出ような!」

「ったり前っしょ―――ッ!!!」

 

 恋か。いつかそれに、捕まってしまう日が来るのかな。

 

 

 

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