きみはかっこいい   作:まなぶおじさん

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みんなただしい

 

 大洗女子学園の校門を潜り抜けようとした瞬間、西住みほは「報道部」の腕章を巻いた女子生徒から声をかけられた。しかもマイクを差し出されて。

 

「西住さん! 二回戦目の突破おめでとうございます! とても素晴らしい戦果でしたッ!」

「あ、ありがとうございます」

「是非ともトップ記事にさせていただきたいと思い、失礼ながら声をかけさせていただきました! お時間があれば、質問をさせてもらってもよろしいでしょうか、すぐ済みますので!」

 

 早朝から勢いよく話しかけられて、みほの頭の中はぐわんぐわんと揺れていた。

 そして眼鏡をかけた報道部の女の子はといえば、それはもう晴れ空のような笑みを顔いっぱいに浮かばせている。朦朧とする意識の中で、みほは「夏っぽいなあ」と思う。

 

「あ、西住さん。質問いいでしょうか?」

「あっ、はい。どうぞ」

「はい、では……このたび、大洗戦車隊は快進撃を続けています。それもこれも、西住さんの卓越した指揮あってのものだとは思いますが、」

 

 真正面からそう言われて、みほは反射的に「そんなこと」と言い、手のひらの壁をつくった。

 しかし報道部は、おかまいなしに言葉を続ける。

 

「何か、強さの秘訣などはあるのでしょうか? 短期間でこれだけの強さを発揮できるのは、驚愕するほかありません!」

「そ、そうですか? ……そうですね」

 

 顎に手を当て、思考の海に身を預ける。

 履修者の皆はとても素直で、経験者である自分の言葉をよく聞いてくれる。しかも飲み込みも速いものだから、みほもつい嬉しくなってアレコレ指導したくなるのだ。

 チームとしての仲も良好で、時には笑ったり、時には意見交換を交わしあったり、時には一緒にお昼ご飯を食べあうこともある。この現状が、とても愛おしく思う。

 ――ただ、やっぱり、

 

「なぜ、大洗戦車隊が強いのかというと」

 

 報道部が、うんうんと頷く。

 

「私たちの戦車のコンディションが、常に最大限を保ってくれているからです」

「ほう?」

「どんな作戦を立てようとも、どんな相手とも戦おうとしても、戦車が動かなければどうにもなりません」

「その通りです」

「だからこそ、戦車が動くかどうかは非常に重要です。……自動車部の皆さんは、戦車をいつもいつも元気にしてくれています」

「なるほど」

「自動車部の仕事ぶりはとても丁寧で、まさに職人で、それに速いんです! 人数は四人なのに、二日もあればすべての戦車が新品同様になっているんですよ? これってすごいことなんです」

 

 報道部が、にこりと微笑む。

 

「私の戦車は、今日もよく動いてくれるでしょう。それこそ、新品のように」

 

 報道部の背後から、通りすがりの女子生徒たちがみほの事を注目し始める。

 

「戦車が思い通りに動いて、どんなに傷ついても必ず直してくれるという安心感が、みんなの積極性をよく引き出してくれているんだと思います。そして動けば動くだけ、みんなは強くなっていくんです」

「……なるほど」

 

 報道部は、みほに差し出していたマイクをそっと引き離す。

 

「ありがとうございました。私も、その通りだと共感しました」

「いえ」

 

 そして報道部は、にこりとしながら、

 

「西住さん、とても嬉しそうです」

 

 今になって、気づいた。

 私、そんな顔してたんだ。

 

―――

 

 後日。戦車道が始まろうとする中、

 

「西住さーん」

 

 格納庫の中で4号戦車を点検していたところ、後ろから明快に声をかけられた。

 この声はナカジマか。そう思いながら、みほは振り向く。

 

「なんですか?」

「いやあー、ねー? そのねー?」

 

 ナカジマだけでなく、自動車部の面々もそこにいた。実に実に嬉しそうな顔をしながら。

 

「西住さん、ありがとね!」

 

 ナカジマが、ばっと学級新聞を広げてみせた。

 一面には笑顔のみほの写真がでかでかと記載されていて、欄には「大洗戦車道快進撃! 隊長の西住みほさんに独自インタビュー!」の文字列がばりばり描かれている。

 登校中に報道部から学級新聞を手渡され、すぐに読み通してみたから、内容はだいたい把握している。

 そして自動車部の面々も、学級新聞を読み終えたのだろう。「獅子の子」と称賛されたナカジマたちの機嫌は、それはもう上々そのものだった。

 

「やー、生きててよかったっしょー」

「なー、好きなことをして褒められるなんてサイコーだよなー」

 

 スズキとホシノの言葉に、ツチヤも同調するように頷いた。

 そんな自動車部に、みほは改めて頭を下げる。

 

「ありがとうございます、みなさん。みなさんのおかげで、今日も元気よく戦車道を歩めます」

「いやいや。それに、こちらこそ西住さんには感謝してるんだ」

「え?」

 

 みほが、そっと頭を上げる。

 ナカジマは、4号戦車の隣にたたずむポルシェティーガーをそっと眺めながら、

 

「西住さんはさ、戦車道についてゆっくり、ゆっくり教えてくれたじゃない。おかげで私たち(・・・)はあたふたすることもなく、確実に道を歩むことができたんだよ」

 

 その言葉を聞いて、みほは、心の底から安堵した。

 やりたいことが、できていた。

 

 黒森峰の頃を思い出す。できない者は置いていく、後輩に笑われるわよ、立ちなさい諦めるな――

 こんな言葉が、毎日のように飛び交っていた。

 だからこそ黒森峰は、今もなお屈強なのだと実感していた。

 そしてみほは、そんな黒森峰の方針に同調することができなかった。

 そんな経験があるからこそ、隊長を務める際に、心に誓ったのだ。ここではのんびり堅実に着実に、勝ったり負けたりしながら笑いあおう。

 

「ありがとう、西住さん。レースもいいけど、戦車道も最高に楽しいね」

 

 ナカジマの言葉に、スズキがにんまりと笑い、

 

「大型車両のぶつかりあいって、最高に燃えるっしょ。こんなビッグなエンターテイメントを高校で終わらせるのは惜しい」

「え? もしかして」

「そう!」

 

 スズキが、全ての戦車めがけ人差し指を思いきり薙ぐ。

 

「将来、プロ戦車道チームのオーナーになるッ!」

「お、おお~!」

 

 思わず感嘆がもれる。プロ志望はごまんと見かけたが、オーナーを目指そうとする人はこれまで一度も見たことがなかった。

 

「簡単じゃないぞー、きっと」

「やってみれば何とかなるっしょ」

「ま、頑張れよ。出来ることがあったら何でも言ってくれ」

「運搬程度ならやったげる」

 

 自動車部の面々も、スズキの夢を支えるつもりでいるらしい。

 夢が叶うかは分からないけれども、四人の顔はとても明るかった。

 ――よかった。

 

「……ああ、西住さん」

「はい、ツチヤさん」

「私も、西住さんには感謝してるんだよ。西住さんの指導のおかげで、こうして戦車を運転できているから」

「いえ。ツチヤさんは、最初から運転がすごく上手で……ドリフトを見た時は、それはもう、すごい! って思いました」

「えへへ、そお?」

「はい! 今度はツチヤさんにも負けないぐらい、ドリフトを磨き上げてみせます!」

「いいねー!」

 

 前にみほは、操縦手の冷泉麻子に対して「ツチヤさんのあれ、やってみませんか?」と提案したことがある。敵をびっくりさせるのに、まさにうってつけの戦闘軌道だと実感したからだ。

 麻子は「いいぞ」と了承してくれて、何度か練習も行った。しかしドリフト道とは思った以上に難しいもので、180度ターンを成功させたことはこれまでに一度もない。

 聖グロとの練習試合においても、敵フラッグ車の背後へ回り込むまでには至らず、発射角度の都合で撃ち負けてしまった。

 ――あのとき、180度ターンが成功していたら。せめて相打ちにまで持っていけただろう。これは今後の課題だ。

 

「――西住さん」

「あ、はい」

 

 ホシノから声をかけられて、一旦ドリフト思考を切り離す。

 

「あの」

「はい」

 

 ホシノと、目が合った。

 今思うと、ホシノとこうして話をするのは初めてのことかもしれない。自動車部と交流する際は、大抵はナカジマが相手をしてくれていたから。

 

「私も……その、西住さんにはすごく感謝してる。戦車道のおかげで、まあ、いろいろ楽しいことがあったしね」

「そうなん、ですか?」

「うん」

 

 どこか恥ずかしげに、ホシノは首を縦に振ってみせた。

 そんなホシノの様子に、みほはちょっとした違和感を抱く。これまでの会話と違って、どこか繊細めいた雰囲気がじんわり伝わってきたからだ。

 

「ほんとう、ありがとう。もし困ったこととかがあったら、いつでも相談して」

「は、はい! ありがとうございます、ホシノさん!」

「うん。――でさ、もしよかったら、一緒にお昼とらない? 前々から君たちのチームと話がしたくてね」

「ほ、ほんとうですか!?」

「本当本当」

 

 みほは、うんうんと承諾する。

 

「ぜひお願いします! その、楽しいお話ができるかはわかりませんけど」

「だいじょぶだいじょぶ、戦車道の苦楽について語り合おーよ西住さーん」

「……はい!」

 

 思う、ほんとうに思う。

 この人、ぜったい友達多いんだろうなあ。

 

「うし! じゃあお昼ね、よろしくねー」

「こちらこそ!」

 

 そうして、自動車部との会話に一区切りがついた。

 十分だった。

 間もなく授業が始まる。後ろから、聞き慣れた「みぽりんいたんだー」の声が聞こえてくる。あんこうチームのみんなを前に、みほはえへへとはにかんだ。

 

 そしてみほは、今いちど自動車部の面々に視線を向ける。

 ナカジマは、スズキは、ホシノは、ツチヤは、あくびを一つも漏らさずに、元気いっぱいの顔でポルシェティーガーの最終確認を行っていた。

 

 何があったのか、一時期は徹夜をしてまで全車両の整備を完了させてくれていたことがあった。おかげで毎日のように模擬戦を繰り返せてはいたものの、ナカジマ達の体調はあまり芳しくはなかった。

 心配になったみほは、無理をしないようにとナカジマ達に説得を投げかけた。けれどもナカジマ達は、あくび混じりの笑顔で「だいじょうぶー」と返すだけ。

 本当に大丈夫かなあと思っていた矢先、ある日を境にナカジマ達の徹夜が終わりを告げた。苦笑いを浮かばせるホシノ曰く、「無理しちゃいけないよね、心配させてごめんね」。

 それを聞けた時、みほは心の底からほっとした。

 戦車道は、健全な心と体を以て歩むものだ。

 

「どう? なんか壊れてるところあったー?」

「ないっしょー」

「ッケー! ドリフトできるね~!」

「一回か二回ぐらいにしてね、あれ負担すごいからさ」

 

 ナカジマの言葉に、ツチヤが「へーい」と応える。

 今や模擬戦が行えるのは、整備の都合上二日に一度。けれど、それでも十分すぎるとみほは思う。

 

 勝ってもいい、負けてもいい。みんなと戦車道を歩めて、私はとても幸せだ。

 

――

 

 放課後。

 

「あ、来た」

 

 走り屋専峠に来て早々、数多くの走り屋仲間に取り込まれる。ツチヤはつい身構えてしまったが、梅宮が手持ちの学級新聞を広げたことで「ああ」と納得した。

 

「見たよ見たよ! すごいじゃん、かっこいいじゃん! やんじゃん!」

 

 梅宮の歓喜とともに、峠は爆音とどんちゃん騒ぎのるつぼと化した。

 ライダー達はこぞってホシノへ、トラックの運ちゃん達はスズキに、オールジャンルがナカジマめがけ、もちろんツチヤはドライバー仲間に絡まれる。

 

「ほんっとお前凄いよな、大型免許持ってたっけ?」

「獅子の子っていいあだ名じゃない、フトコロガタナみたいなものでしょ!?」

「タンクドリフトスゲーもんなあツチヤは、ほんとおんなじドライバーなのか? 何食ってんの!?」

「カツカレー」

 

 食い物だけは真っ先に答えられた、あとは追い追い返答していく。

 とにかくやたらめったらと質問が飛び掛かってくるから、このテのシチュエーションに慣れていないツチヤは既にオーバーヒート気味だ。たぶん、的確にモノなんて言えていないと思う。

 

「――同じ人間だよー、みんなとおんなじだよー」

 

 でも、

 

「大型は持ってないんだよねー今度とろうかなー」

 

 ツチヤの顔は、あくまで明るかった。

 だって、うまく走れているらしいから。

 

「獅子の子ってかっくいーよねー、フトコロガタナっぽいよねー。……フトコロガタナってなんだっけ?」

「えーとね、うーんとね、まあ、いぶし銀みたいなもんかな!」

「なぁる」

 

 なるほど、獅子の子とはよく言ったものだ。あとでいぶし銀の意味について調べてみよう。

 

「でさツチヤ、ほかにも聞きたいアレソレが」

「あ、待って待って、休憩させて」

「おっけー」

 

 疲弊を察してくれたのだろう、ドライバー達がぞろぞろと解散し始める。

 そしてその傍ら、ツチヤは友人一同を眺めてみた。

 

「いいよー戦車。すぐ揺れるし、簡単には壊れないし、まさに大型オブ大型!」

「ほほー、いいじゃーん!」

 

 スズキは、とにかくリアクションが派手だ。手をグーにしてみたり、わっはっはと笑ったり、時にはジャンプまで。運ちゃんがたのモーションも負けず劣らずで、まるでお祭り会場だ。

 

「――どうなの? 戦車って」

「うん。練習すればするだけ、素直に言うことを聞いてくれる乗り物だと思う。相棒といってもいいかな」

「へえ……」

 

 ナカジマのライバルである松坂が、眼鏡をきらりと光らせ、うなずく。

 ――ナカジマはといえば、質問に対しての返答がとにかく的確だ。戦車の乗り心地を車に例えてみたり、被弾した際の感想を表情で物語ってみせたり、戦車道に対しての質問を生の感覚で述べたり。ナカジマが何かを口にするたびに、走り屋仲間は興味深そうな顔をする。

 そしてホシノはといえば――半ば雑談のノリで、インタビューに答え続けている。

 

「あんたさ、よーく遠くからズドンと当てるけどさ、あれってコツあるの?」

「んー。とりあえず、照準器は嘘をつかないってことを知っておけば結構当たるよ」

「ほんとー? 達人はモノを簡単そうに言うからなあ」

「ほんとだって。んまあ、車体が動いている際に撃つのは、あまりオススメはしないかな。揺れててぜんぜん当たりましぇん」

 

 ホシノが、やれやれと両手を広げる。ライダー仲間の梅宮が、「ほー」と感想を漏らした。

 

「テクもすげえけど、度胸もあるよなお前」

「え、何が?」

「だって戦車道だぜ、戦車道。いきなりでけえ弾が飛んできて、クラッシュじみた衝撃がやってくるワケだろ? 俺にゃ無理だね、オトコだけど」

 

 竹原の言い分に、ホシノがけらっけら笑い、

 

「走り屋が何言ってんのさ」

「はあー? 走ることと撃つことなんて同じってか?」

「そうそう。どっちもギリギリで、ドキドキで、走るじゃん」

「そ、そおかあ? なんか違うような……」

 

 その時、ホシノのポケットからエンジン音が響いた。

 

「――メールか?」

「たぶん。まあ後で見るよ」

 

 そしてホシノは、駐車場に並ぶバイクの群に目を通して、

 

「私からすれば、戦車道もモタスポの一種だと思うけどね」

「……うーん」

「タイヤ付きはみな兄弟、みんなで戦車に乗ろーよー」

「――え、え? いいの!?」

 

 食いついてきた梅宮に、ホシノがもちろんもちろんとコメントする。それを聞いてか、女性ライダー達もホシノめがけ前のめりにすがってきた。

 意外、とは思わない。戦車道とはとにかく派手で、ライバルとの激突もあって、明確な勝ち負けというものが確かに存在する。構造そのものは、普通のモタスポと何ら変わらない。

 そして戦車道とは、とにもかくにも緊張感がついて離れない。いつ撃つか、どう動くか、いつ撃たれるのか、どう動きを読むか、どう勝つか、どう負けるかもしれないのか、こんな考えが履帯のようにぐるぐる回り続ける。胸だって高鳴る。

 そしてこれらの要素は、当然ながら走り屋の精神と非常に相性が良い。走り屋とは、心臓がときめかないと何もかもに満足できない生き物だからだ。

 だから走り屋は、今日も命知らずのレースに挑み続ける。安全は保障されている、礼節と爆音の戦車道に挑もうとして、

 

「で、あるの? 戦車」

「買って」

 

 解散。

 

「ま、」

 

 女性ライダーの一人が、ホシノの肩に手を乗せる。

 

「これからも応援は続けるよ。友達がここまで活躍するなんて、嬉しいからさ」

「十分十分」

「で、次の試合はプラウダが相手だっけ? あいつらやべーよな、戦車の質もドライバーの練度もやべえみたいだ」

「らしいねえ。雪の上での戦いが得意らしいけど……戦車はそんな滑らないかな?」

「どうだべ? ま、とりあえずはブリザードのノンナさんに気を付けてな。動画で見たけど、あの神狙撃っぷりはパなかった」

「あいよー」

 

 相手側の調査が当然のように行われているのも、モタスポ好きならではだ。スペックの比べあいは、半ば本能レベルといってもいい。

 ――そのとき、梅宮がホシノの前に立った。女性ライダーが、速やかに手を引く。

 

「ま、あんたなら何とか出来るでしょ。だって大洗一の砲手だもの、そうでしょ?」

 

 心から信頼しているのだろう。梅宮の笑顔が、はっきりとそう物語っている。

 そんな梅宮に、ホシノはサムズアップで返す。

 それで、十分だった。

 

「――ところで……」

「うん」

 

 ホシノが、目を丸くしてまで峠を見渡す。まるで、誰かを探しているかのような――

 

「悟は来てない?」

「ん? ああ、来てないけど」

 

 他のドライバーも、顔を見あわせて「きたっけ?」と質問する。誰もが首を横に振るっているあたり、峠には訪れていないのだろう。

 

「んー、どうし……あ、メール来てた」

 

 ポケットから携帯を取り出したホシノが、あちゃーと顔を歪ませる。

 先ほどのエンジン音は、黄池からのお知らせだったらしい。

 

「ああ、」

 

 そして、ツチヤはそれを見た。

 

「今日は生徒会で忙しいのか……」

 

 ホシノの、つまらなさそうな真顔を。

 

 本当にそうとしかいいきれなくて、なんだかすごく印象的だった。ホシノを囲んでいた面々も、嘘みたいに沈黙している。

 ――雰囲気の変化に気づいたのか、ホシノがすぐさまスマイルを作り直す。

 

「いやー、あいつに自慢したかったんだけどなー。まあいいや、次でいいや」

「ああ、そうか、そういうことか」

 

 ドライバー達も、納得したように二度三度うなずく。ホシノは、力なく「ざんねんざんねん」と連呼する。

 そのとき、赤い車が轟音とともにゴールインを果たした。続けざまに白、黒、黄の車が順々に完走を果たしていく。

 一連の流れを目にしたホシノは、「っし」と右腕を一回転させた。

 

「よし、今日も走るか! というわけで、誰かやっちゃわない?」

「おーし、乗った!」

「俺もだ!」

「私も私も!」

「っしゃ! それじゃあ早速走るぞ! 逃げんなよーッ!」

 

 ここは走り屋が集う峠、走るという単語は絶対に聞き逃さない。

 先ほどまで戦車道について盛り上がっていたはずなのに、ホシノの一声だけで場がレース一色に塗り替えられた。

 この変わりようを見て、ツチヤはにんまりする。

 戦車道も良いけど、原点はやっぱりコレなんだ。

 ――ライダー達が、ホシノの元から離れていく。駐車場に停めてあるバイクを、コースまで持っていく為だろう。

 

「……さて」

 

 そして、私は見てしまった。

 

「……がんばれよー」

 

 ホシノがふっと微笑みながら、メールを送信している姿を。

 それは、いつもの太陽めいた笑顔とはまるで違っていて。それは、夕暮れが溶け込んでしまいそうな微笑みそのもので。

 

「ん? どしたのツチヤ、何か用?」

「あ、ああいや、なんでもないよ」

「そお」

 

 視線には気づかれたが、心の内までは読まれなかったらしい。そんな当たり前の結果に、ツチヤは深く安堵した。

 

「っし、じゃあ走るべーやるべー!」

 

 ホシノが、うんと背筋を伸ばす。

 さきほどの「大人」は、もうどこにもいない。

 ――力なく、吐息をつく。

 

 恋はあぶないなあ。その人のあるがままを、引き出しちゃうなんて。

 

―――

 

 笑いあり練習ありクルマありの毎日を過ごしていって、気づけばもう試合前日。試合会場へ向かう連絡船の中で揺られながら、ツチヤははやいなあと思う。

 時刻はすっかり夜を回っていたが、ほとんどの履修者メンバーはまるで眠れていない。隣の宿泊室から、話し声すら伝わってくる。たぶん緊張なり不安なりで眠れていないのだろう。

 かくいう自動車部の面々も、それに近い状態ではある。割り振られた宿泊室にあるベッドの上で、四人そろって黙々と黄池マニュアルver.2を読み通しているのだから。

 

「ふむ……」

 

 誰かが、唸った。

 そのことに、誰も反応を示したりはしない。

 みんな無言で、みんな真剣に、みんな無言を貫いてまで、マニュアルを見通すのに夢中だからだ。

 前のマニュアルの時もそうだったが、黄池悟という男は本当に人をよく見ていると思う。戦い方の傾向なんてバッチリ把握しているし、アップデートされた長所と短所なんて感心するほかない。

 ちなみに短所は、超長距離射撃を狙いすぎること。あえて悪路を突っ切ろうとする点。一番槍を強く意識している面。

 長所は、積極的に盾になろうとすること。下級生のメンタルケアをかかさない点(すごい!)。隊長からの指示を、堅実にこなす面。

 そして締めに、「これからも、戦車道を楽しんでください」。

 

 うん。

 

 さすがは生徒会員、流石は医者のたまご。これぐらいの分析力は、あって然るべきなのだろう。

 ――ちらりと、周囲を目配りする。

 ナカジマですら無表情でマニュアルを読み込んでいて、スズキもうんうんと首を振るっている。小さく「なるほどなー」が聞こえてくる。

 そして肝心のホシノはといえば、赤いボールペンを握ってまでマニュアルを熟読しきっていた。

 その手は止まらない、気になった箇所があればすぐにでもボールペンを刻み始める。無表情な目つきからは、誰が見ても分かるような真剣さだけが感じ取れる。

 ここで下手な冗談を口にしようとも、ホシノはくすりとも動かないだろう。それが分かっているから、今のところ、誰一人として気楽さを表にしようとはしない。

 ――まあ、黄池悟が書いてくれたマニュアルだからね。

 だからこそ、ツチヤもナカジマもスズキも不満に思ったりはしない。

 

 それからしばらくが経過して、ホシノが軽やかに一息つく。一通り目を通したのだろう。

 それを合図に、部屋中に蔓延しきっていた生真面目さが緩和されていく。ナカジマも、スズキも、もちろんツチヤも楽な姿勢をとった。

 

「やー……」

 

 ツチヤが、マニュアルを傾けて、

 

「ほんと、大したもんだよね」

「だな。これも永久保存版だ」

 

 ホシノが緑色のダッフルバックを開けて、中から使い古したクリアファイルを取り出す。その中には、黄池マニュアルver.1が今でもしまわれていた。

 

「いやー」

 

 ベッドに腰かけているスズキが、うんと背筋を伸ばして、

 

「ここまでよく見てくれてるなんて、私たちってば愛されてるっしょー」

「んなっ!?」

 

 すべての視線が、ホシノへ釘付けとなる。

 ホシノは、しまったとばかりに口を手でふさぐが、もう遅い。

 

「……いやあ、ごめん。愛されるのは、ホシノだけでいいよ」

「言うなー! そんなこと言うなー!」

 

 ホシノがわんわんと叫ぶ、ナカジマとツチヤはほっこりと笑う。トラブルの原因となったスズキも、楽しそうに苦笑い。

 

「うう……」

「ほんとごめんごめん」

「……いや、こっちこそゴメン。過剰になりすぎた」

「やー、しょうがないんじゃないかな」

 

 ナカジマが、にこりとフォローを入れる。

 

「繊細になりすぎるのは、恋する女の子の特権だと私は思うよ」

「うう……そうかな?」

「そーそ。だからホシノもスズキも悪くないよ」

「そっかぁ……」

 

 それでも、ホシノの顔はやっぱり赤い。

 仕方がないとは思う。本土へ向かう直前に、想い人から専用マニュアルを受け取って。そのマニュアルは、自分たちレオポンさんチームのことを事細かに分析してくれていて。そして不意ではあるが、スズキの口から愛というキーワードが出た。

 そんなの、ホシノからすれば嬉しいに決まっている。相談役に過ぎない自分ですら、「ありがとう」と思えているのだから。

 

「ホシノ」

「うん」

 

 ベッドの上でうつむいているホシノを、ツチヤはじいっと見つめながら、

 

「明日、がんばろう。黄池の期待に応えられれば、ホシノはもっともっとかっこよくなれる」

「……うん」

「ここで負けても、戦い抜ければオーライって気はするけどね。黄池は勝ち負けとかで、人を見たりはしないから」

「そだね」

 

 そこでツチヤは、にへらと顔を緩ませ、

 

「ま、負けるつもりなんてないけどね」

「ねー」

 

 ホシノの拳とツチヤの拳が、こつんと合った。

 全力を以て礼節を体現する、それが戦車道だ。

 

「うーし。黄池先生に、いい土産話を持っていってやろうじゃないの!」

 

 スズキの一言に、一同がこくりと頷く。

 今ごろ黄池は、学園艦で生徒会としての仕事を全うしているのだろう。そんな忙しい中でマニュアルまで作ってくれたのだ、これはもう勝たねばなるまい。

 

「よし、明日は頑張ろう!」

「おーッ!!」

 

 ホシノの掛け声とともに、レオポンさんチームは腕を振り上げる。

 みんな、すごくいい顔をしていた。

 

―――

 

 試合会場は、雪が降りしきる雪原地帯だった。

 アンチョビからすれば、ここはプラウダの腹の中そのもの。

 

 大洗とプラウダが戦って、まだ数分程度しか時間が経過していない。

 それなのにポルシェティーガーからは、早くも黒煙が上がっている。吹雪のせいで、まるで尾を引いているよう。

 観客席に腰を下ろしていたアンチョビは、それを見て忌々しげに歯を食いしばる。

 よりにもよってホッシーのことを、真っ先に狙ってくるなんて。

 ――いや。

 ホッシーだからこそ、狙われたのだろう。

 だってポルシェティーガーは、通称レオポンさんチームは、獅子の子と評されるほどの戦力なのだ。はじめに二番手を潰しておくのは、きわめて当たり前といえる。

 

 頭を掻く。

 

 獅子の子という呼び名は、元はといえば大洗女子学園から誕生したものだ。ホッシーからそう教えられたから、間違いない。

 まさに身内だけに通じるローカルネームだったのだが、その名はいつしか戦車道ニュースwebにまで知れ渡るようになり、ホッシー達の活躍も「今日の戦車道履修者」コーナーに小さく取り上げられた。

 このことを知ったアンチョビは「掲載おめでとうございます! それにしても、本当に急でしたね」と問うたのだが、当のホッシーは「ありがとうございます。たぶん語感が良いからだと思います」と冷静にコメント。イエローが絡んでいないホッシーは、だいたいこんな感じだ。

 

 吹雪が強くなる、体が震えはじめる。

 

 ただこのせいで、獅子の子ことレオポンさんチームの知名度が格段と広まってしまった。

 そもそもポルシェティーガーを走らせている時点でかなり注目されるだろうし、自由自在なドリフトさばきで存在感はプラスもプラス、極めつけに獅子というあだ名がついてしまえば、そりゃあ強豪校は「何それ、とりあえず調べてみよう」となるはずだ。こと黒森峰に至っては、ティーガー繋がりで興味を抱くはず。

 ――その結果が、ホッシーめがけての集中砲火だ。

 名前に恥じない実力を、ホッシー達は持ち得てしまっていた。

 

「あっ」

 

 思わず、声が出た。

 ブリザードのノンナが、ポルシェティーガーの胴体を打ち抜いていた。

 

―――

 

「いやー、早くも脱落かー」

 

 ホシノの一言に、ツチヤ一同の眉がハの字に曲がる。

 穴だらけになったポルシェティーガーが回収車に引き取られ、ツチヤ一同はそのまま安全地区に移動。あとは、特設モニターを立ち見するほかない。

 勢いよく吹雪かれながら、ホシノがふと真顔で、

 

「――なんで?」

 

 ホシノのごもっともな疑問に対し、ナカジマはホシノの肩に手をのっけながら、

 

「有名税ってやつさ」

 

 ナカジマからのごもっともな返答に、ホシノがそっかあと空を見上げる。暗くて何も見えない。

 ナカジマの一言に、ツチヤも納得はしていた。何気に戦車道ニュースwebにデビューしていたようだし、アンチョビが駆るP-40も相打ちでKOを果たしたし、スキあらばドリフトするし、「あの」西住みほからナンバー2の称号を得たのだ。そりゃあ強豪であればあるほど、我がレオポンさんチームのことを警戒するだろう。

 ――ツチヤが、思わず苦笑いする。

 

「やー、スパイされてたのかなー」

「たぶんやられてたっしょ。そもそもウチらも、サンダースん時にやってたし」

「そだねー。まあ視察云々は、競技においての基本だしねー」

「ねー」

 

 ツチヤもスズキも、声に力が入っていない。こうも早くやられてしまっては、テンションすらも保てないものだ。

 

「……はぁーあ……ごめんよ、悟……」

 

 特にホシノは、分かりやすいぐらいに落ち込んでいた。

 なぐさめをかける勇気なんて、ツチヤにはとても湧いてこない。今のホシノには、時間の経過のみが何とかしてくれるのだと思う。

 だからナカジマも、フォローは入れなかった。

 

 それからしばらくして、大洗戦車隊がプラウダに包囲された。大洗は廃屋にて籠城を決め込んでいるが、プラウダが本気を出せば瞬く間に蜂の巣だろう。

 プラウダ曰く、降参して頭を下げればそれでいい。

 いい趣味してるわ、ほんと。

 何も起きないこの間が、何もできない自分が、とても腹立たしい。

 ――それから更にしばらくが経過して、大洗のみんなが弱音を口にし始めた。

 まあ、そりゃあそうだろうとツチヤは思う。ここは寒くて、暗くて、おまけにおっかない戦車に囲まれているのだ。そりゃあマイナスワードが溢れるに決まっている。

 これはさすがに、ナカジマでもフォローはしきれないだろう。

 

『ねーねー西住ちゃん、何かナイスな作戦はない? 私が囮になるとか、そういうのもいいよ』

 

 角谷杏の音声が、モニターごしから聞こえてくる。吹雪の影響か、この一帯によく反響した。

 

『壁にでもアイテムにでもなるからさ、何とかならないかなー』

『あ、アイテムなんて、そんなこと言わないでください』

 

 杏の言い回しに、みほがあたふたとし始める。純だなあとツチヤは思う。

 

『ここまで来たんだしさ、諦めずにどーんと、やってみようよ』

『ですが……』

『一緒に作戦を考えよう。ね? がんばろうよ、ね?』

 

 杏がねばる、みほが焦る。

 

『ここまで来たんです、がんばったんです。もう、十分じゃないかな……と思います』

『えー?』

『勝つことだけが、戦車道ではありません。何かを学ぶことができれば、それが戦車道なんです』

 

 スズキが、小さな声で「まあねえ」と同意する。

 あと二回勝てば優勝、優勝できれば最高、最高になったホシノは黄池とお似合い確定。最初は、そういう目論見で戦車道を歩み始めたものだ。

 気づけば、戦車道のことも好きになっていたけれど。

 

『会長、もういいじゃないですか。十分です、十分すぎる結果になったと思います』

 

 そう思う。

 大洗のみんなは、自分たちは、ホシノは、今日ここまで強敵たちと戦い抜いてみせた。黄池の隣に立っていられるほどのかっこよさを、ホシノは身にまとえていると思う。

 

『十分かもしれないけど、ここで勝ったら最高じゃないかな? いい思い出にならないかな?』

 

 ――それなのにこの人、よく粘るなあ。

 

『……何か、あるんですか?』

『え?』

『何か、勝たなければならない理由があるんですか?』

『えー? いやいや、せっかくここまで来たんだしさ、降参はもったいないかなーって』

 

 角谷杏は、とてもマイペ-スな人柄をしている。

 生徒会長であるから、その人となりはかなり有名だ。

 だから大洗戦車隊のみんなは、自動車部の面々は、勝ちにこだわる角谷杏を注目しはじめる。疑念に満ちた沈黙が、試合会場全体に満ちていく。

 沈黙、

 ――あくまでスマイルを維持していた杏も、やがては、観念したかのように深くため息をついた。

 

『……あのね』

 

 そして杏は、きわめて真剣な面持ちで、

 

『大会に優勝できなかったら、』

 

 みほを、みんなを、モニターごしの自分たちを見据えながら、

 

ウチ(大洗)が、なくなっちゃうんだ』

 

 そうして角谷会長は、真顔のままですべてを話す。

 ここのところ少子化が続いているせいで、生徒の数が全体的に減少してきている。だから政府は、なるだけ学園艦の数を減らそうという方針を打った。

 廃艦候補となるのは、あまり実績が立てられていない学園艦――大洗学園艦も、その中に当てはまる。

 だから角谷杏は、大洗戦車道を大急ぎで復活させた。むかし戦車道をやっていた経験から、学園艦内に戦車が転がっているらしかったから。

 ごめん、こんなことに巻き込んで。

 確かに後なんてないけれど、みんなには戦車道を楽しんでほしかった。だから言わなかった。勝手な言い分だけれど、ほんとうにごめんね。

 

 あんまりにもあんまりな事ばかりが、角谷会長の口から明らかにされていく。

 けれど、微塵も嘘とは思わない。だって角谷杏は、未だに一度も笑えてなどいなかったから。

 だからモニターの向こうにいるみんなも、自動車部のみんなも、言葉を見失ってしまっている。凍える吹雪のせいで、思考が暗く湿っていく。

 

「……わたしの、せいだ」

 

 何が、

 そう聞こうとして、ホシノの横顔を目にした瞬間。ツチヤは、言葉すらも見失った。

 

「わたしが自転車部で優勝できていれば、こんなことにはならなかった」

 

 ホシノの目から、一切の光すら見えない。首を括ろうとでもしているかのように、深くふかくうつむいている。こんなにも寒いはずなのに、ぴくりとも震えていない。

 まるで、見たこともない死人のようだった。

 

「わたしの、せいだ」

「ち、違う、違うよホシノ。それは違う」

 

 ナカジマが、ホシノの背中をさする。ホシノの耳元めがけ、何度も何度も否定の言葉をなげかける。

 

「わたしのせいでみんなが、悟が苦しんでる」

 

 ナカジマは、首を横に振るう。

 けれどホシノの顔色は、未だに青いままだ。

 

「……そっか」

 

 ホシノが、己が髪をぐしゃりと握りつぶす。

 

「……そっか」

 

 呪いめいたその行為に、ナカジマの慰めが凍り付く。

 

「あいつ、こんなことを一人で抱え込んでたんだ。独りで、ずっと苦しんでたんだ」

 

 ホシノが、大きなため息をつく。命すらも、吐き出すように。

 

「……すごい、すごいよ、あいつは」

 

 涙をかみ砕いたかのような、そんな擦り切れた声がした。

 ――吹雪はまだ止まない。大洗戦車隊は、それぞれの不安を口々にしていく。ホシノは頭を抱え込んだまま、沈黙し続ける。

 ツチヤも、ナカジマも、スズキも、顔を見合わせたままで何もできない。せめて戦車さえあれば、何とかなったのかもしれないのに。

 歯が、がちがちと音を立て始める。

 寒い。

 心の底から。

 

「……なんとか、なんとかしなきゃ」

 

 不意なホシノの一言に、ツチヤから声にならない声が出た。

 

「わたしが、なんとかしなきゃ」

「ホシノ、」

「悟が守りたかったこの学園艦を、わたしが守らなきゃ」

 

 そのとき、ホシノの肩に手のひらが置かれた。

 それはもちろん、ナカジマのものだった。

 

「協力するよ」

「……うん」

「私も協力する。学園艦が消えるなんて、絶対にあってはならないっしょ」

 

 スズキも無表情で、ホシノの力になろうと決意する。

 ――そしてようやく、ホシノが重い重い首を引き上げてくれた。

 

「……やるよ」

 

 ホシノは、未だ真顔だ。杏と同じく。

 

「私は、やる。学園艦を、悟を救う」

 

 しかしその声は、間違いなく活きていた。

 杏も、数々の作戦を提示し始める。

 

「それまではレースもしない、戦車道を爆走しまくる。悟のためなら、それぐらいはできる」

 

 ホシノの目に、エンジンが入り始める。

 その瞳には、特設モニターの映像だけが映り込んでいた。

 

「今度は私が、悟の分まで頑張る。やる、絶対にやる。西住さんのように、絶対に強くなる」

「――そうだね、ホシノの言う通りだ」

「私も賛成。レースなんて、あとでもできるっしょ」

 

 ホシノの決意に、皆が首を縦に振るう。

 みんな、笑ってなどいない。ホシノと同じく、特設モニターをじっと睨み続けている。

 

 これからは、一切の遊びを捨てる。

 ホシノは間違いなく、この誓いを実行してしまえるのだろう。

 そしてナカジマもスズキも、このことを実現させる気だ。大洗学園艦には、あまりにも守りたい存在が多すぎる。

 もちろんツチヤも、ホシノの言葉そのものに同意はしている。

 けれど遊びまで捨ててしまったら、何かこう、何かこうまずい気がしてならないのだ。

 

「ツチヤ」

 

 考え事をしていたせいで、心からびっくりした。

 

「ツチヤは、好きにしてもいい。こんな無茶ぶりに、付き合わなくてもいい」

「……どうして?」

「まだ、若いから」

 

 ホシノが、はじめて笑った。

 こんなやりとりを、前にもやったような気がす、

 

 あ、

 

 そういえば以前にも、フルスロットルで戦車道を突っ走ったことがあった。

 あの時は、徹夜をしてまで毎日のように戦車の整備を終わらせていたんだっけ。

 ――正直、あれはキツかった。

 頭はぐわんぐわんと痛かったし、授業中は死ぬほど眠いし、休み時間イコール仮眠だったりで、実にわやな日常を送り続けていたものだ。

 もちろん戦車の整備は面白かった、ホシノの恋路にはこれからも協力するつもりでいる。けれども心身が追いつくかどうかは、また別なわけで――

 

「……まあ、無理はしない程度に、戦車道を歩むよ」

「うん。それがいいよ、それが」

 そこで、ツチヤがすかさず、

「あ、でも、徹夜はもうやっちゃだめだよ。というかムリ」

「いやあ……あの時はホント、ツチヤに無理をさせてごめん。もうしない」

 

 ホシノが、両手を合わせる。

 ツチヤは、あえて無表情を晒したまま、

 

「ホシノ」

「うん?」

「本気なの? 本気で戦車道だけを突っ走るの?」

「もちろん」

 

 あっさり、と。

 ホシノ。あなたがいちばん、無理なんてしちゃいけないのに。

 

 大洗戦車隊のみんなが、杏とみほの言葉に奮起し始める。大洗の戦車群が、ふたたび音を立て始めた。

 そうして苦戦はしたものの、何とか三回戦目も突破。よって、次は黒森峰女学園との決勝戦となる。

 ――もちろん、大洗の戦車は傷だらけ。これは、明日から忙しくなりそうだ。

 

 

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