A.「ゾイドワイルドエトセトラれいてんご」と読んでください
喚声に包まれるセーブゲキの町。
人々の称賛を浴びるガレットだったが、ギルリッターのコックピットから降りようと身を乗り出した瞬間、ある事に気付いた。
「皆聞いてくれ!」
そして、自分とギルリッターを取り囲む人々に向け、呼び掛ける。
「ナックルコングの様子がおかしい!明らかに生命力が下がっているように見える!」
ナックルコングだ。
放熱フィンを破壊されたというのもあるが、ガレットの目から見れば、異常に生命力が低下しているようにも見えた。
まるで、ブラスト状態以上の「何か」を負荷としてかけられたかのように。
「この中にゾイドに詳しい人がいたら手を貸してくれ!見ただけの予想だが………このままじゃナックルコングは死ぬ!」
ガレットも、ゾイドを愛する人間の一人。
故に、ナックルコングを死なせまいと考えての行動であった。
「えっ………」
「どうする………?」
しかし、いくらセーブゲキの町を救ったガレットの呼び掛けでも、これに素直に答える者はいなかった。
ナックルコングは、フランクの暴力と支配の象徴として、人々に認知されていたからだ。
そのフランクから見捨てられ、いくらライダーとゾイドは別だとしても、素直にナックルコングを助けようとする者は居なかった。
「でも、あのナックルコングだぜ?」
「治したとしても、また暴れるかも………」
予想はしていたが、やっぱりか。
と、ガレットが諦めかけた、その時。
「………わっ、私でよければ!」
怪訝にざわめく人々の中で、ある少女の声が名乗りをあげた。
私は、ナックルコングを助ける事に賛同すると。
色々な意味での注目の眼差しを浴びながら、ガレットの元に歩いてくる一人の少女。
14歳ほどだろうか。
背は小さく、黒髪の三つ編みにメガネ、オーバーオールと、田舎的というか、垢抜けない田舎娘といった印象を与える。
「………君は?」
ガレットの問いに対し、少女は緊張気味になりつつも、凛とした声で答えた。
「わ、私ミルクって言います!ゾイド整備工場をやって………やってました!設備と道具なら、ありますっ!」
………………
敗走したフランクは、舎弟共々自分達のアジトである町外れの廃屋に逃げ込んでいた。
荒野のど真ん中にポツンとあるという、今までこんな分かりやすいアジトに乗り込んでくる者がいなかったのは、ひとえにフランクの与える恐怖による物が大きい。
だが、それも今日までだろう。
何故ならフランクは、大衆の眼前で流れ者のゾイドハンターに大敗を喫するという醜態を晒してしまったからだ。
「クソが!クソがクソがクソが!あの忌々しい賞金稼ぎめ!!」
「「「ウッス!パネッス!フランクのアニキィ!!」」」
「それはイヤミがごるぁぁ!!」
アジトに逃げ帰ったフランクは、荒れに荒れていた。
その胸中にあるのは、にっくき賞金稼ぎ=ガレットと、その相棒たるギルリッターへの怒り。
自分に大恥をかかせた相手に、フランクはどうしても復讐したかった。
保有戦力の中では最強であるナックルコングは手元からは失われた。
が、フランクにはまだ「力」が残されていた。
裏のルートで手に入れた「力」が。
「俺様をナメた事………後悔させてやるぜ!賞金稼ぎぃぃいい!!」
ギチギチ………
ふしゅるる………
廃屋の中で、フランクファミリーの誇るゾイド軍団が、出撃の時を待ちわびていた………。
………………
やがて、セーブゲキの町に夜が来た。
人々が寝静まり、明日の復興に向けて力を蓄えている間も、その「元」ゾイド整備工場には、明かりが点っていた。
「悪いね、色々手伝ってもらっただけじゃくて、宿や飯まで貰っちゃって」
「い、いえ、私もゾイドは好きですから………」
そこでは、仰向けになったナックルコングを前に、ガレットとミルクが修理と整備を行っていた。
ナックルコングが類人猿に近い姿である事も相まって、まるで人間の手術のようにも見える。
「(………それにしても)」
そんな整備の傍ら、ガレットはミルクに注目していた。
若いながらも、プロのような腕前。
おそらく、相当の場数を踏んでいる物だろう。
そして。
「(………ミルク、か)」
大きかった。
お風呂上がりで、オーバーオールを脱いだシャツからでも解るぐらい、彼女の胸は年齢と比較するとかなり大きかった。
化粧さえ整えれば、グラビアのトップは飾れそうだ。
それでいて「ミルク」なんて名前なのだから、それも意味深というか「名は体を表す」ということわざが頭に浮かんでしまう。
「………ど、どうかしました?」
「いや、何も」
とはいえ、ミルクは未成年。
いくら魅力的なバストを持っていたとしても、手を出せばガレットは犯罪者。
それに年齢的にもストライクゾーンからも外れているので、これ以上は注目しない。
それに、今はナックルコングを助ける事が最優先だ。
「………よし!取れた!」
日没から、ゆうに4時間。
ようやく、ナックルコングの大手術は終わりを告げ、ナックルコングを苦しめていた「腫瘍」は取り除かれた。
これも、ミルクの持つ設備あっての事である。
………もっとも、このゾイド整備工場自体、経営難でつい最近閉めてしまったのだが。
ゾイドの需要が高騰している時代ではあるが、町にゾイドを持つ者がフランクファミリーぐらいしか居なくなってしまったのでは、しょうがない。
後は、ナックルコングの自然治癒と、生きようとする意思に任せるしかない。
「に、しても………何だこれ」
問題は、ナックルコングから取り除かれた「腫瘍」である。
それは、ナックルコングのコックピットに後付けされた機械から始まり、植物の根のようにナックルコングのゾイドコア周りに延びていた。
金属である事は解るが、こんな物は見た事がない。
「ヤツが耐Bスーツ無しでブラスト状態を発動したのは、恐らくこいつによる物だろうな………」
「一体、誰がこんな物を………」
帝国にも共和国にも、こんな物を開発したという情報も噂もない。
そもそも、耐Bスーツが必要不可欠である現行の「マシンブラスト」や「エヴォブラスト」でさえ、人類の科学を結集してやっとたどり着いた物なのだ。
それを、耐Bスーツも無しに、発動後に走って逃げられるだけの体力を残させるブラスト状態など、あり得ない。
………「ある都市伝説」という例外があるが、ゾイドと絆など微塵もないフランクにそれが出来るとも思えない。
この「腫瘍」は一体何なのか、二人が頭を抱えていると。
………ドウッ!
突如、爆発音と共に小さな揺れが走る。
音の方向を見れば、町に火が上がっているのが見える。
「あれは………!?」
ガレットの脳裏に、最悪のパターンが浮かぶ。
いや、あのフランクなら、それぐらい仕掛けてくるとも予想できた。
………………
セーブゲキの町は、ふらりと訪れたガレットのお陰で、フランクの暴力と支配から解放………されてはいなかった。
「うわああ!」
「助けてくれぇ!」
夜の静寂を破り、襲来するのはヴェロキラプトル種の小型ゾイド「ラプトール」と、
クワガタムシ種の空飛ぶゾイド「クワーガ」。
三体のラプトールが、備え付けられた機関砲で町を破壊し、上空のクワーガが空から町を切り裂く。
フランクのゾイドは、ナックルコングだけではない。
まだ、これだけの戦力を隠し持っていたのだ。
「ひゃははは!壊せ!潰せ!奴等に俺様という恐怖を思い出させてやれェッ!!」
「「「ウッス!パネッス!フランクのアニキィ!!」」」
空を飛ぶクワーガから地上の舎弟達を鼓舞しながら、フランクは破壊活動を続ける。
小型とはいえ、ゾイドは十分に驚異。
反撃手段を持たないセーブゲキの町の人々は、逃げるしかできなかった。
「ヒャハハ!死ねェェ!!」
キシャアアア!!
「うわああ!」
ラプトールが、その鉤爪で人々を切り殺そうとした。
その時。
「あぎゃあっ?!」
ギエエッ!?
突如横から飛来した弾丸が、ラプトールを撃破する。
その先には。
ギャオオオオッ!!
「あれは………!」
「ギルリッターだ!ギルリッターが来てくれたぞ!!」
咆哮を挙げて、燃え上がる町を救いに現れたのは、ガレットと、背中に備え付けられたA-Zレーザーショットガンを撃ちながら駆けるギルリッター。
町を破壊するフランクファミリーのゾイド軍団を前に、敢然と立ちはだかる。
「ちっ!ここまでやるかフツー………!」
町の惨状に、ガレットは思わず毒づいた。
人々が寝静まった隙に行われたこの破壊は、奇襲と言ってもよく、逃げ遅れた人々が阿鼻叫喚の地獄を見せている。
………ガレットから見えない所で、きっと死者も出ているだろう。
「出てきやがったな銀ピカぁ!ブチブチにブチ
だが、フランクからすれば待ちに待った復讐の相手である、ガレットとギルリッターを誘い出す為の陽動に過ぎない。
そして、獲物は陽動に乗ってバカ正直にやってきた。
「今だお前らァ!ブッ
「「「ウッス!パネッス!フランクのアニキィ!!」」」
キシャアアア!!
舎弟達の乗る三体のラプトールが、ギルリッターに襲いかかった。
後方の二機が機関砲を撃ち、前方の一機が鉤爪による近接戦闘を仕掛ける。
集団戦闘の、基本フォーメーションである。
「遅いッ!!」
「あべしっ?!」
しかし、ガレットからすれば何度も見て、経験してきた物。
先頭のラプトールを踏み台にして、一気に後方のラプトール二機への距離を縮める。
「ひいっ!来たァ!!」
ギエエッ!?
ライダーもゾイドも、いきなりの事にビビってしまっている。
いつもなら、このまま仕留める事が出来ただろう。
いつもなら。
「ウォラァッ!!」
「ぎっ?!」
突如、ギルリッターの横から走る衝撃。
ラプトールを仕留め損ない、無様に転がるギルリッターの真上を、吹き飛ばした張本人であるフランクのクワーガが悠々と飛んでいる。
「敵は空にも居るって事忘れてねーかァ?銀ピカぁ!」
「「「ウッス!パネッス!フランクのアニキィ!!」」」
クワーガの妨害により、戦いの流れが変わった。
倒れたギルリッターを取り囲み、ラプトール達が集中砲火を浴びせる。
「ヒャハハ!」
「イキリやがって!死ねやナイト気取り!」
キシャアアア!!
三方向から浴びせられる弾丸の雨あられに、ギルリッターは思わず膝をついた。
ギルリッターの装甲は厚い。
けれども、こうして攻撃に晒され続ければ、じり貧である。
「………こりゃ、厳しいかもな」
ギュルルル………ッ
いつも飄々としているガレットが、珍しく表情を歪めた。
………………
上がる戦火を、ミルクは遠目から見ていた。
フランクの卑劣な罠に追い詰められる、ギルリッターも。
「このままじゃ………ッ!」
気がつけば、ミルクは走り出していた。
ミルクとガレットは、たかが数時間の、ナックルコングの手術に関わっただけの関係だ。
けれども、共にゾイドを愛し、助けようとした相手を、ミルクは放ってはおけなかった。
助けなければ。
その気持ちだけがミルクを突き動かし、彼女をある場所へと導いた。
そこは、ミルクの整備工場のガレージ。
表向きは、周りの住人を怖がらせない為に、空っぽという事になっている。
だが、そこに「それ」はあった。
冬眠状態で保存してあるそれを、ミルクは目覚めさせる。
「パパ………この子の力、私に貸して!」
それは、元共和国のゾイドライダーである父親が愛用していた、かつての相棒。
眠り続けるハズだった、鉄壁の守り手。
その名は………。
………………
ギュルルル………ッ!
ギルリッターが、身を低くした。
数十分続いた機関砲による攻撃で、体力を消耗したのだ。
そして、狡猾なフランクはその隙を見逃さない。
「今だ!ブチ
クワーガの大顎が開き、ギルリッターに迫る。
トドメを刺すつもりだ。
「ヤバ………ッ!」
油断した。
ガレットが目を見開く。
再び叩き込まれようとするクワーガの一撃に、身構えた。
………が、その一撃がギルリッターに浴びせられる事は、無かった。
「ひゃは………ぐえぇっ?!」
ギイイッ?!
ズドォ!
調子に乗ったフランクが、クワーガごと予想外の方向から飛んできた一撃に吹き飛ばされた。
翼を破壊されたクワーガは、そのままフラフラと落下する。
「ふ、フランクのアニキィ!?」
リーダーを失い、狼狽える舎弟達。
「今の一撃は………?」
突然の援護射撃に、驚くガレット。
彼等の視線の先には、こちらに向けてガシャガシャと迫る、一機の小型ゾイドの姿。
「あれは………ヤドシェルか?!」
そこに現れたのは、背部にコンテナを背負った、ヤドカリがごときゾイド「ヤドシェル」。
コンテナ部にA-Zバルカン砲を装備した、武装カスタムタイプだ。
だが、問題は誰が乗っているか。
が、ガレットの脳裏に浮かんだその問題は、直ぐに解決した。
ヤドシェルから、通信が繋がったのだ。
『無事ですかガレットさん!私です、ミルクです!』
「ミルクちゃん?!どうして………」
通信に映ったのは、ヤドシェルのコックピットに座るミルクの姿。
意外な援軍の登場に、ガレットは目を見開く。
「あなたがやられる姿を黙って見てるなんて出来ない!私だってやれるんです!見てて下さい!」
キシィィィッ!!
初めての戦場に、ミルクは怯えていた。
けれども、彼女の判断は的確だった。
バルカン砲の砲身を上げ、ラプトール達に向けて狙いを定め、トリガーを引く。
ズドン!と弾丸が吐き出され、それは取り残された舎弟達とラプトールに襲いかかった。
「うわわっ!あのヤドカリィ!」
「ヒイイイ!!」
降り注ぐ砲撃は、所謂飽和射撃だった為に、ほとんど当たらない。
が、ラプトール達の動きを止め、攻撃を止めさせるには十分に役に立った。
「………ナイスアシストだ、ミルクちゃん」
ギャオッ!!
「俺達も行くぞ!ギルリッター!」
そしてターンは、再びギルリッターに回ってきた。
全身のバーニアを噴射してラプトールに接近し、一撃。
「ぎゃっ!」
ギエッ!
まずは一体、鉤爪で仕留めた。
「一機やられた?!」
「クソッ!撃て!撃て!」
残る二機のラプトールによる機関砲射撃が放たれるが、もうギルリッターを止める事は出来ない。
放たれた機関砲は次々と避けられ、突っ込んできたギルリッターは、ラプトールに噛みついた。
「ぎえっ?!」
「だりゃあっ!」
そしてそのまま、もう一体のラプトールに向けて投げつけた!
ガシャンッ!とラプトールとラプトールがぶつかり、そのまま二体揃って近くにあった半壊した建物にぶつかる。
二体のラプトールの目から光が消える。
停止したのだ。
「………よし!」
ギャオオオオッ!!
再び、ガレットとギルリッターは勝利を得た。
ギルリッターが勝利を喜ぶように、天高くその咆哮を響かせていた。
………………
こうして、セーブゲキの町を襲った危機は収まった。
町を襲ったフランクファミリーの舎弟三人は逮捕されたが、肝心のフランクはまたも姿を眩ませていた。
町外れにあるアジトも、既にもぬけの殻だったという。
「本当に、行ってしまわれるのですか?」
「すまんね、でも大丈夫、あれだけ叩きのめされたフランクはもう町には戻って来れないよ」
一連の事件が終わった後、ガレットはセーブゲキの町を出る事にした。
セーブゲキの町長は呼び止めたが、ガレットは、もうここに自分が居る必要はないと確信が持てていた。
あれだけ「恥」をかかされたフランクが戻ってくるとは思えないし、自分が居なくともこの町は復興できるだろう。
そして、セーブゲキの町を出るのは、ガレット一人ではない。
「ミルクの事、頼みますよ」
「ああ、任せてくれ」
ガレットの後ろから、ひょこっと顔を出しているミルクもだ。
整備工場を再び経営する為に、ガレットについていって資金を稼ぐ事にしたのだ。
それに、ガレットからしても、ゾイドの整備や改造に明るい人物が居てくれた方が何かと心強い。
ゴルル………
「町の平和を守ってくれよ、コング」
助けたナックルコングはというと、町の保安部隊で面倒を見る事になった。
最初は皆警戒していたが、元来大人しいゾイドである事が知れて、慕われるようになったからだ。
もし、再びフランクのような輩が現れた時には、保安部隊と共に町を守る強力な味方になってくれるだろう。
「それでは、またいずれ!」
ギャオオオオッ!!
ガレットを乗せたギルリッターと、ミルクを乗せたヤドシェルが、朝焼けの中へと駆けてゆく。
まだ見ぬ世界を求め、彼等は旅立った。
………この時、ガレットもミルクも知らなかった。
これが、とある大事件へと繋がる事に。
・ミルク
元共和国軍人を父に持つ、セーブゲキ生まれの少女。
ゾイドの整備工場を経営していた事もあり、改造・整備の技術に明るい。
年齢の割に胸が大きい。
名称:ヤドシェル
分類:ヤドカリ種
全長:3.9m
体重:10.0t
最大スピード:93km/h
スピード:4
アタック:4
IQ:4
スタミナ:7
ディフェンス:4
ワイルドブラスト:0
<概要>
主に共和国軍で運用されているヤドカリ型ゾイド。
背部のコンテナに様々な物を収納し、運搬する。
キャタルガよりも安価で手に入る為、民間でも使われている。
武装する事もあるか基本は作業用の為、本能解放技は持たない。
また、骨格の一部がスコーピアと酷似しており、一部学者にはスコーピアの亜種とする考えもある。