祭祀場、世界蛇
その臭いのなんと凄まじい事か。まるで肥溜めの中に鼻を突っ込んだかのような悪臭が祭祀場を覆っていた。その臭いに私も思わず顔を歪めて鼻を摘む。
鐘を鳴らした後、私は病み村を登って祭祀場へと戻ってきていた。そして複雑な想いを抱きながら篝火で休もうとすれば、その想いすらどこかへ吹き飛ぶくらいのキツい臭いが鼻をつく。どうやらそれは心折れた騎士も同じようで、普段あれだけ捻くれてこちらを嘲笑っているくせに今では臭いにやられているのかえずいている。
ラレンティウスは臭いに耐性があるのかいつも通り呪術の火を弄び、魔術師グリッグスは適度に手で風を扇いで臭いを消そうと頑張っている。
「クソ、ここまで臭いやがる……」
なぜか火の灯っていない篝火に悪戦苦闘している私の耳に、心折れた騎士の声が入る。
「なんなの、この臭い?」
私が問い掛ければ、彼は無言で祭祀場後方を親指で差した。どうやら何かあるらしい。そして時折聞こえるいびきのような音も無関係ではないのだろう。
何にしても、篝火が点かなければ休めもしない。一体何が起きたのだろうか。一先ず私は彼が指差した方へと足を進める。その間ももちろん鼻を塞いで。
それは、一体何なのだろうか。
まるで竜のなり損ないのような何か大きな頭が、溜池だったはずの場所から頭を出して寝ているのだ。そして臭いの元はどうやらこの化け物の口臭らしい。
この化け物、溜池の水と床をどこにやったのか知らないが、あまりにも長すぎる首が伸びた大穴は底が見えない。私は戦う事も視野に入れて、試しに話しかけてみる。
「ねぇ、ちょっと」
「グゴォおおお……」
しかしこの化け物はちっとも起きやしない。あまりにもうるさいのに加えて臭いので、ちょっとイラッとした私は気持ちよさそうに眠る化け物の頭を足先で小突く。
「うぉ!」
驚いたように大きくて朱色の瞳を開けば、その化け物はパチクリと瞼を動かして私を見据えた。その威圧感に思わず盾を構える。
「おお、お主か! 目覚ましの鐘を鳴らしたのは!」
なんと威厳のある喋り方なのだろう。そして流暢だ。その化け物は見た目に反してかなり知性的なようだった。敵対心も見られないが、私はそれでも身構えてしまう。
化け物はそんな私を無視して話し始める。まるでこっちの思惑などどうでもいいというように。
「わしは世界の蛇、王の探索者フラムト。大王グウィンの親友じゃ」
その臭い口から語られたのはとんでもない経歴だ。大王グウィンの親友だと? かの大王が火継に旅立ったのだってもう何百年も前の話だ。それなのに、この自らを蛇と名乗った者は親友だと言う。一体何年生きているのだろうか……いや、不死だって寿命などとうに無いではないか。事実、私だってあの不死院で何十年も過ごしていたにも関わらず若いままだ。
小さな事を考えるのは悪い癖だ。今はとにかく、この世界蛇の話を聞こうではないか。
「目覚ましの鐘を鳴らした不死の勇者よ」
「え、あれ目覚ましだったの?」
思わず突っ込んでしまった。私達は今までこの蛇の目を覚ますために翻弄されていたようだ。その事に僅かな怒りがないわけでもない。だって何回も死んだし。
しかし次に蛇が語った事柄で、その怒りも無理矢理に捩じ伏せられる。
「お主の使命は……大王グウィンを継ぐ事じゃ」
大王グウィンを、継ぐ。それは即ち、最初の火を継げと言っているのだろうかこの蛇は。たかが聖職者の一不死たるこの私が?なんの力も無く、汚らしく生きてきたこの私が? 何を言うか。私にそんな資格などありはしない。
フラムトはそのまま話を続ける。
「かの王を継ぎ、再び火を熾し、闇をはらい不死の徴をはらうことじゃ」
火は陰り、不死が生まれる。その事は知っているし常識だ。つまりもし私が火を継げば人は不死の呪縛から逃れられるのだろうか。
「そのためにはまず、王都アノール・ロンドで王の器を手に入れねばならぬ」
王都アノール・ロンド。神話として聞いたことがある。かつて大王グウィンが築いた王国、その中心。即ちロードランで一番の都だ。その都は美しく、神々が棲まう場所とも。そして只人では行く事も叶わぬと。
そんな場所に行けと言うのか、この蛇は。一体何回死ねば良いのだ。
だが、それよりも。その使命とやらを遂行するつもりは私にはない。そういう大層な事はあのオスカーにでもやらせれば良い。きっと彼も並行する世界で病み村の鐘を鳴らしているのだろうから。私には身の丈に合わぬ話だ。
しばらく私は瞳を伏せて考えるふりをする。あっさり嫌と言って仕舞えばきっと食い気味に考え直せと言ってくるに違いない。
「……残念だけれど、私に火を継ぐつもりはないわ」
恐らく、面食らったのだろう。まさか鐘を鳴らしておいてまで断られるとは思ってもいないようだった。あんぐりと口を開けるフラムトは、ふと我に帰ったかのように言う。
「なんと……驚きじゃ。だが、まぁそうかもしれん。使命の不死は一人。お主が違ったというだけのことじゃ……好きにすると良い」
案外あっさりとこの蛇は私の拒否を受け入れてみせた。予想ではもっと食い下がってくると思っていたのだが。どうやら火は陰っても、そこまで急ぐ事ではないらしい。
「だが折角目覚ましの鐘を鳴らしたのじゃ、わしはしばらくここにいる。心変わりしたら声をかけるが良い」
とのこと。ならば好きにさせてもらう。
「……私の他に、もう一人使命を為そうとしている男がいるわ」
「うん? そうなのか……心得た」
ならば、使命に必死になっている彼に火を継いで貰えば良い。彼ならばそういうのにピッタリだろうから。気高く、
私は世界蛇に背中を向けると祭祀場の火の消えた篝火へと歩き出す。少し確かめておきたい事があったから。
何と奇怪な生物がいる事か。オスカーは湖に沈み暴れる多頭の竜を見て、そんな事を考える。
ヒュドラ。それは伝承の生き物だ。竜種としては珍しく湖を好み、近付く者を一切寄せ付けぬほどの大きさと独特の魔術を扱うその姿は、正に王者。しかしそんな王者も、オスカーの涵養された剣技の前では役に立たなかったようだ。彼のクレイモアによって全ての頭を切り落とされたヒュドラは、湖の底に沈む前にその
「結晶のゴーレムといい……ロードランはやはり常識が通用しないな」
エスト瓶を飲み一息入れながら彼は呟く。彼は今、正直な話道に迷っていた。
病み村の鐘を彼もまた鳴らし、そこを立ち去れば。私が侵入した経路で上層へと向かったのだが、それが良くなかった。初めての道という事もあり、彼もまたいつかの私のように飛竜の谷を抜け狭間の森と呼ばれる薄暗い森に迷い込んでいた。幸いだったのは、
迷ってしまったのであれば仕方ないと、もっともな理由を付けてこの森を探索する。本音を言えば冒険心があったに違いない。初めての場所とは、男心を擽るものだ。それが神々の地であるならば尚更。
湖の浅瀬を歩き、彼は見つけた小道へと進む。彼の冒険者としての感が何かあると告げていたからだろうか。
そして見つけたのは行き止まりにいる黄金のクリスタルゴーレム。それはオスカーを見つけるや否や例に漏れず襲いかかってくる。
ゴーレムの拳は恐ろしい。硬く光るその拳は、その巨体も相まって打ちつけたものを粉砕する。
だが当たらなければどうということは無いのは全てに共通することだ。オスカーは迫るパンチをローリングで避け、避けきれないものだけを盾で防ぎ一進一退の攻防を続ける。
稀に周囲に結晶を這わせる危ない魔術も使うのだが、この上級騎士相手にそんな暇は無かったのだろう。例え黄金であろうとも、ゴーレムは彼の剣の錆と化すだろう。
「……なんだ?」
だが、不意に。ゴーレムの肩から伸びる結晶の中に何かが潜んでいる事に気がついた。それは一見、少女のように見える。もしや捕えられたのかと思い、オスカーはその正義感を爆発させてゴーレムを圧倒する。
そしてクレイモアの重い一撃がゴーレムを砕けば、黄金の結晶が舞った。現れるのは、白いドレスに身を包んだ少女。
それはまるで、絵画のよう。儚く、いかにもお姫様といった美しさに心を奪われなかったと言われれば嘘になる。
ゴーレムから解放され何が何だかわからぬと言った様子の少女に、オスカーはバイザーの下から暫し見惚れていた。
「……貴方が、助けてくれたのですね」
儚い顔でそう感謝を述べる少女。オスカーはハッとして慌てて頷いた。
牢の中で、血に溢れ項垂れる火防女を見据える。
篝火の炎とは、火防女が身を捧げて守り不死の遺骨を焚べてようやく燻る神秘である。その火防女が死んでしまえばその場の篝火は消え去る事だろう。道中にあった篝火は、実は祭祀場のものと較べれば炎が弱い。辛うじて燻る遺骨が燃えているに過ぎないのだ。
祭祀場の篝火は、まるでここに迷い込んだ不死を慰めるように燃え盛っていた。絶望し、しかし死ねぬ不死を労うように。
篝火の炎は、その火防女の魂が反映されているのかもしれない。無口であった火防女は、しかしその心の内では私達不死を憐んでいたのだろう。見た目の見窄らしさとは裏腹に、何と清い心の持ち主なのだろう。
そしていつでも、そういう者を殺すのは人の役割だ。
私は彼女の上衣に羽織られているショール(マントのような羽織物)を手にすると背後にいたであろう者の名残を見つめる。
カリムのロートレク。あの金ピカ鎧の怪しい騎士は、火防女を殺してみせた。そして祭祀場の篝火を、不死の安らぎすらも奪って見せたのだ。
彼女に残されていた
新たにやる事ができた瞬間だった。別にこの火防女と親しくしていた訳ではない。ただ一方的に話しかけ、無視されていた程度の間柄だ。
だが、彼女の温もりを知ってしまったのだ。優しく、寒く、それでいて暖かい彼女の
私は善人ではない。だが、義憤に駆られる事もある。
最早亡骸と化した聖女の白い腕を、柵越しに触る。滴る血が、まだ死んで間もない事を物語っていた。……向かった先は分かっている。それもまた、彼女の
神の都、アノール・ロンド。次に向かうべき場所だ。
その少女は、ウーラシールの宵闇と名乗った。もちろんそれが真名であるなどとは思わない。だが王族には良くある事だ。貴族として、位の高い者達と関わったことのある上級騎士は何も追求しなかった。
二人は一度、ヒュドラと対峙した陸地へと足を運び話に興じる事にした。それは少しばかりの下心もあったのだろう。不死となっても尚、人とは罪深い。
そして話していくうちに、彼女はこの時代とは異なる、古い時代の人間であると理解した。流石ロードラン、かつてソラールが言っていたようにやはりここの時空は捩れ曲がっている。それ故に、こうした出会いもあるのだ。幸か不幸か分からぬが。
そして同じ時空に留まるという事は容易くはない。故に彼女は語る。
「このまま消えてしまう前に、一つだけ聞かせてください」
透き通るような声だった。如何な楽器であろうともこんな綺麗な音色は出せまい。
「私の故郷、ウーラシールは古い魔術の地です。その知識を、宜しければ恩人たる貴方のお役に立てたいのですが……」
願ってもいない提案だった。こうして何かしらの縁を作っておけば、また会った時にでも話しかける接点ができるというもの。例え世界が離れても、繋がりがあるというのは孤独な不死には有難いものだ。
「もちろん、僕なんかで良ければ」
快諾すれば、宵闇はくすりと可愛らしく笑い彼に古い魔術を教える。今日ほど魔術の素質があって良かったと思った日はない。
覚えられる魔術を一通り教えて貰えば、時間切れが迫っているようだった。
「必要でしたら、ここにサインを書いておきますので……また召喚してください」
「そうするよ。色々とありがとう、宵闇」
感謝を述べれば宵闇の姿が陽炎が如く揺らいでいく。と、その時。宵闇がスッと彼に近寄れば、その鉄で出来た兜の側面に唇を近づける。
あまりの唐突さに彼は動けず、可憐な少女の口づけを許した。肌にされた訳ではない。しかし騎士として、命や剣と同じく大切な鎧に、美しい者の口付けを施されれば喜ばないはずがない。
「え、あ!」
「ふふ……ほんの、御礼です。それでは、騎士様……」
悪戯っ子のように微笑む少女に、オスカーは完全に惚れたのだろう。消えていく彼女を見据えながら、彼はしばらく口付けを施された部分を触っていた。なんと初心なのだろうか。妬けるくらいに。
その少し前。丁度、私が病み村で鐘を鳴らした時刻。センの古城と呼ばれる不死教会近くの古城にいた玉葱頭の騎士、ジークマイヤーは轟音で目が覚めた。
開かぬ門をどうするかと考えに考え、答えが出ずにずっと唸っていた彼だが気がつかぬ内に夢の中へと赴いていたらしい。おぉ、と轟音と共に迫る振動に驚いて振り返れば、なんとあれだけうんともすんとも言わなかった古城の門が開いているではないか。
ジークマイヤーはのっそりと立ち上がり、すっかり開いている門を前に歓喜する。果報は寝て待てと言うが、まさか本当に実現するとは思わなんだ。
玉葱頭の兜をしっかりと被り直し、右手にツヴァイヘンダーと左手にピアスシールドをしっかりと握ると彼は柄にもなく深呼吸して一歩を踏みしめようとする。
「おお……これがかの試練、センの古城か」
唐突に、彼の真横から聞き覚えのない声が響く。大らかな、それでいて安心感のある声だった。驚いてそちらを振り返れば、いつの間にか何やら珍妙な鎧に身を包んだ男がいるではないか。
胸に描かれた太陽のシンボル。盾にも同じく太陽が描かれているが、きっとあれは自らが描いたのであろう。とても芸術的とは言えぬが、しかし彼の太陽への渇望を見て取れるその様にしばしジークマイヤーは圧倒された。
「……おお、気がつかなかった。貴公もまともな不死だな」
その男も、ここでようやくジークマイヤーの存在に気がついたようだった。そして突然の出現にやや身構えるジークマイヤーに対しても彼はその太陽のように大きな心を変える事はない。ただ、いつものように話しかけているのだ。
カタリナの騎士はしばし唖然としていたが、何やら波長が合うのかいつもの気分を取り戻して口を開く。
「そうとも。ここで門が開くのを待っていたのだが……ようやく開いた。貴公もセンの古城に?」
その問いに太陽の騎士、ソラールは頷いて答える。
「この試練を抜け、俺は自分の太陽を探すんだ」
その姿のなんと輝かしいことか。そして探すという点では、ジークマイヤーの目的とも合致している。最も、このカタリナ騎士の探し物とは目の前の太陽の騎士とは異なり暗く重いものなのだが。
それでも、こうも陰気なロードランにおいて太陽のような男は気持ちが良い。
「ほう、自分の太陽か……うむ! それは良い。これも何かの縁だ。貴公、良ければ共に協力してこの古城を抜けようではないか」
その提案に、ソラールはバケツ頭の兜の下で少しばかり驚いたような様子を見せた。
「それは良い。俺も丁度サインを探そうと思っていたところだ。俺の名はアストラのソラール。貴公の名は?」
名を問われ、カタリナの騎士は胸を張って答える。
「私はカタリナのジークマイヤー。では参ろうか、ソラール殿。騎士に必要以上の言葉は不要……と言いたいが、いかんせん私は話好きでな。道中も飽きさせないように心掛けよう」
「ハッハッハッハ。それは良い。俺も喋るのは得意さ」
そうして彼らは私たちの知らぬ所で妙な友情を芽生えさせ、古城に足を踏み入れる。例え、彼らの旅路の終着点が救いのないものだとしても、少なくとも今は一人ではない。不死とは時に孤独であり、しかしこうして友と在る事だってあるのだ。
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