リアルで色々あり、この小説の最終更新日とそれがほぼ重なったせいでトラウマレベルで書けませんでした。
一年ぶりですが、完結まで続けて行くのでよろしくお願いします。
盲目の少女の手を握る。
暖かい、けれど確かに皮膚の下には蠢くであろう人間性を感じ取る。
火防女とは、人間性の苗床。彼女達の
目の前で、私の温もりを感じ取るイレーナもまたその一人だ。
「ありがとうございます、灰の英雄様……貴女の手は、暖かい……」
私が手を取るまで、彼女は誰にも手を差し伸べられなかったのだろう。
火防女となるべくして選ばれ、そしてなれなかったのだ。そうなってしまえば、最早普通の暮らしなどあり得ぬ。人でも不死でもない、そんな存在なのだから。
私は、これで良いのだろうか。
私には、彼女を火防女にしてやることなど出来やしない。私はこうして点字聖書を渡し、偽りの彼女の英雄となり、誑かしているに過ぎない。
私は一体、何をしている?
そこは昔、砂の国と呼ばれた。
覇王と呼ばれた者が治め、けれどその覇王は深淵に堕ち。深淵の監視者達は、そこを封じてファランの城塞を造った。
そんなもので、深淵を抑えられる訳がないというのに。人のうちにこそ深淵は宿る。人間性は蠢く。故に抑えることなどできない。
独特の剣術と呪術で栄えたその国を、人は呼ぶ。
カーサスの地下墓、と。
スケルトンをまともに相手にするのは久しぶりだ。それこそドラングレイグ以来かもしれない。
幸いにも車輪骸骨はいないようだが、それでも奴らスケルトンは一回殺してもすぐに復活するせいでやり辛い。数も多いせいで、気付いたら囲まれていたということもあり得るだろう。普通の不死にとっては試練となる。
「おまけに髑髏団子とは……」
唯一の道である坂を転がるスケルトンの集合体……が、巨大なボールになったそれを見て呟く。スケルトンも地域によって独自進化をするのだろうか? 素早い上に唯一の道である坂を転がるせいで邪魔だが、死ぬことはないだろう。
それよりも、気になる人がいる。
「どこにいったんですか、ホレイス……」
その坂道の近くで、一人アストラのアンリが頭を抱えていた。
「どうしたんだね、アンリ。無口な相棒が居ないようだが」
大体察しは付いていた。単に目の前の亡者の少女と話したかっただけだ。
「ああ、貴女は……良いところで会えました」
「私もだよ。ホレイスとはぐれたのか?」
そう尋ねれば、案の定彼女は頷いてみせた。
どうやら罠に嵌り、はぐれてしまったのだと言う。この地下墓は薄暗く、広大だ。若い不死の二人には無理もないだろう。私もかつては似たような場所で迷ったものだ。
「ホレイスは強い騎士です。一人でも倒れるはずがありません。きっとどこかで私を探しています。もし彼に会ったら、伝えてください。私はまだ、地下墓にいると」
そして、いつものように七色石を置いておくと。
一緒に先へ進むということも考えたが、ホレイスを置いてはいかないという彼女の強固な意思がそれをさせてはくれなかった。
若い、とは。ああいうことを言う。誰かを信じ、待ち、そして自分が朽ちても構わないと。
もう、私には存在しない感情だ。
「むっ……侵入とは。無謀だな」
名前も知らぬ不死に侵入される。先に周囲のネズミやスケルトン達を狩っておいてよかった。如何に私と言えど、多勢に無勢であることには変わりない。
状況を打破する技術はあるが、それでもやはり無理はしたくはない。それに、不死と戦うにあたって全力で臨めないのは不完全燃焼になり得る。闘争とは、純粋であるべきだ。
「……タルカス装備に、それは……煙の特大剣か? 貴様、ドラングレイグを冒険したのだな。しかもかなりのやり手と見える」
ズシリ、と地面を踏み締め歩いて来る騎士を見て思わず声をかける。すると、私の言葉を聞いていたのかゾリグは足を止めた。
そして跪き、両手を掲げる。感謝を、という意味なのだろう。彼の装備を見て分析した私への感謝。そういうことか。
ゾリグの装備は私にとっては懐かしいものだ。身に纏うのは、かつてセンの古城にて出会った騎士と同一のタルカスシリーズ。担ぐのは異形な見た目の特大剣……煙の騎士が持っていたものだ。
おまけに、指輪は……あれは白の戦士の指輪か? と、なれば、エス・ロイエスにも出向いているようだ。私が彼の地にいた頃に、きっと彼も居たのだろう。世界を別たれた不死として。
「ならば……私も手加減をせずに済む」
闇朧を抜刀し、構える。
特大剣相手に刀では部が悪いが、構わない。如何に強大な盾を持っていようとも、闇朧に斬れぬものはなし。
ゾリグが動く。担いだ特大剣を振るい、迫ってくる。
私は思わず感心した。あの姿勢で迫られては、突きが来るか振り下ろしが来るか分からぬ。きっと彼は見た目に合わぬ搦手で、相手を屠って来たのだろう。正気を保っているのに、かような地で侵入なんてことをするのも頷ける。
「だが」
私は身体の力を抜き、低く構える。
そして、ゾリグが剣を大きく振るった。縦に見せかけた横薙ぎだ。
瞬間、まるで軟体になったかのような私の身体が横に薙いだ特大剣の真下を潜り抜ける。同時に、ゾリグの片膝を闇朧で斬り裂いた。
「私の方が上手だな」
攻撃をスカッた上に片膝をついてしまうゾリグの後頭部に、闇朧を突き刺す。
「悪くない。また侵入するも良し、屈するも良し。久しぶりに技量と力で挑む上質に出会った」
ゾリグの
さて、そうして先へ進んでいく。しかしスケルトンボールを操る術師を倒したかと思えば、人間性を溜め込んだ蟹が出てくるとは……懐かしい。姿形は若干違うが、あの類の蟹はロードランで稀に見た。ペイグラントだったか。人間性をやたら溜め込んだ、次元を超える蟹。
次に出た場所は、大きな吊り橋がある広場だ。見たところ、下には大きな湖が広がっており吊り橋を渡らなければならないようだ。なんだか護り竜の巣を思い出す。
「しかしこの吊り橋……随分と脆いな」
きっと衝撃を与えたら、今すぐにでも崩れ去るだろう。そしてこういう時、大概不運は重なるものだ。
突如としてスケルトンの大群が後方より押し寄せる。あれはまずい。こんな狭い場所で襲われたら……まぁ多分全滅させられるが、橋がもたないだろう。いくら何でも落下は死ぬ。
「そんなに美人を追いかけたいのか」
モテる女は辛い。
私は一目散に対岸へと走り出すと、闇朧を抜刀して橋を斬り付ける。ミシミシと橋からしてはいけない音がしているが、それでいい。この橋すらも利用してこそ、冒険だ。
私が橋を渡り終えた瞬間、吊り橋のロープがブチっと切れる。
「さらばだスケルトンの諸君、有名人の尻を追いかけると碌なことにならないぞ」
決してそんなことはしていない、という落下するスケルトン達の悲しい視線は置いておいて、闇朧を納刀するとふと気付いたことがあった。
吊り橋は落ちてしまったが、それは片側だけ。こちら側には、使えはしないが橋がまだぶら下がっているのだ。
ふむ、これなら梯子として使えそうだ。下に道もありそうだし。
思い立ったら吉日、私は梯子と化した吊り橋を降りる。意外に強度はしっかりしているから、崩れることはなさそうだ。
そのまま下のフロアまで降りると、どういう訳か系統の異なる遺跡に辿り着いた。ふむ、どうやらここはカーサスの地下墓ではないようだ。
「それに……デーモンとは」
問題は、ここに混沌の落とし子がいるということだ。
デーモン。確かにロスリックにやって来てから数回対峙しているが、あれはほとんどはぐれただけの迷子のようなものだ。ロスリックの再就職組とも違う。
だが今目の前にいるのは、確実に何かを護っているように見えた。もう、彼らが守るべきものは私が殺しているというのに。
しかしどうやらカーサスのスケルトンとは仲が悪いようで、互いに殺し合っている。流石にスケルトン達には荷が重いようだが……
「おっ」
ふと、私はデーモンの近くに宝箱がある事に気付いた。しかもあれはミミックだ。長年奴らに騙され続けた私には分かる。時折口が動いているのだ。
私はスローイングナイフを取り出し、ミミックに向けて投げる。ドスっとナイフがミミックに刺されば、驚いたように立ち上がる。
いたた、というジェスチャーをするとデーモンの方へ一目散に駆け出すミミック。どうやらデーモンに攻撃されたと勘違いしたようだ。
「いいぞ〜やれやれ〜」
私はそのデスマッチを、階段の上から眺めていた。勝者は私から介錯してもらえるぞ。よかったな。
高みの見物をしていると、どうやらギリギリデーモンがスケルトン達とミミックを倒したようだった。よっこらせ、と言いながら、息も絶え絶えなデーモンに向かって魔術師の杖を構える。
「良い余興だった。
生き残ったデーモンに向け、結晶化した
手間が省けた。私はミミックの残骸から一振りの刀を取ると
篝火に火を灯し、休憩する。
何となくだが、これから私が向かおうとしている場所が分かってしまった。
カーサスの地下墓とは異なり、床や壁に沢山の彫刻が施されている。繊細なものではない、けれど宗教上の意味のあるもの……これは。
「デーモン……イザリスか」
もう、帰ることはないと思っていた。
クラーナ。あの人の、故郷に。
きっと、生きてはいないのだろう。今更どうして、彼女のもとを離れた私が行けるのだろうか。
でも、きっと。
行かなくちゃならない。
あの人の遺志を、無駄にはできないと。私は思ってしまう。
けれど、まずはカーサスの地下墓の攻略と、ホレイスの捜索が第一だ。イザリスは、その後に来よう。心が落ち着いた時にでも。
「悲劇とは、重なるものだな」
そう言いながら、私は闇朧を抜く。
目の前にいるのは、少し前まで共闘していた無口な騎士。
兜から覗く目に、正気は無く。既に亡者。最愛の友に出会えば、そのまま襲い掛かる。
アンリはきっと、彼を殺せない。介錯できない。それをホレイスが望むはずもない。
「恨むといい。目の前の女を。そして自らも恨むといい。己の弱さを」
唸り声をあげて迫るホレイス。手にしたハルバードを力一杯振りかざしてくる。
なんて弱々しい一撃だろう。なぜそんなに弱いのに、彼らは急いだのだ。疑問はある。けれど気持ちも分かる。私だって、かつては彼等と同じだったのだから。
ハルバードの突き刺しを踏み付ける。その上でくるりと回り、闇朧をその脳天に突き刺した。
「アンリは私が守ろう。君に代わって」
返ってくる言葉などない。代わりに、ただ霧散した彼の
「そうですか……ホレイス、どこに行ってしまったんだろう……」
アンリが頭を悩ませる。
彼女に、事の顛末を伝えるのは酷だろう。きっと心が耐えられない。
私は何も言うことができなかった。優しい嘘も、厳しい現実も、言って良いかさえわからない。ホレイスから紡いだ遺志を、無駄にするわけにはいかなかった。
覇王。たかが人の世を治めただけの若造が、そう言われているのは滑稽だ。
深淵に手を出し、あまつさえ冒涜を犯したにも関わらず、深淵に堕ちる事を拒むとは。くだらぬ恐れなど、深淵にとっては良い鴨だというのに。
髑髏の盃を取れば、周囲が一変する。まるで深淵を再現したかのようなその空間は、けれど生温い。
冷たく、凍え、けれど暖かい。それこそ深淵だというのに。目の前に伏せる覇王とやらは、随分と浅瀬で恐怖しているようだった。
なるほど、随分と巨大な骸骨だ。スケルトンの王とでも言えば良いか。
腕に嵌めた計三つの輝く腕輪、そして骸に不釣合いな聖剣……殺した聖職者から奪いでもしたか。そして愚かにもそれに縋るしかない。
それが王などと。笑わせる。
私を見ても動きすらしない覇王の腕輪を、闇朧で両断する。
するともがき苦しむように暴れた覇王は、私への明確な殺意を見せた。
「どうした、覇王とやら。深淵は貴様が思うほど恐ろしいものではないぞ」
獰猛に微笑み、振るわれる巨大な聖剣を加速で回避すれば続け様に腕輪を破壊する。残りは一つ。
危険を感じたのか、覇王は防御のような姿勢になると自分の真下にどす黒いブレスを吐き出す。あれは一種の呪いのようだが、それでも濃度はシースの比ではない。
けれどあんなものに塗れるつもりはないので距離を取る。面倒だな、スケルトンまで配置しているとは。
「邪魔だ、骸風情が」
スケルトンの一体をウィップで縛り、周囲にぶん回す。スケルトン達は打撃に弱い。スケルトン同士でぶつかり合えば、彼等の身体が崩れていく。
その頃にはもうブレスは晴れ、覇王はこちらへと這いずって前進しようとしていた。残りは後一つ。すぐに終わるだろう。
ウィップの先端にかぎ爪をつけ、それを覇王目掛けて飛ばす。奴の腕に引っかかったそれは、丁度良い塩梅でホールドしているようだった。
一気にウィップを引くと、私の華奢な身体が奴に引き寄せられる。同時に鞘に一時的に納めていた闇朧へと、血液を滴らせる。
「奥義、不死斬り」
すれ違う瞬間、一閃。
奴の最後の腕輪を破壊する。
それと同時に、悍ましいくらいの深淵が奥からやって来る。私からすればそれは暖かい。マヌスはもっと悍ましかった。
腕輪を壊され成す術なく引き摺り込まれる覇王。手を伸ばすも、奴が掴めるものは既にない。
絶叫。スケルトンになっても叫べるものなのだな。
覇王は、今度こそ深淵へと連れ去られた。
「生まれてきた闇へと帰るが良い」
着地し、納刀する。
すると周囲の暗い空間が晴れる。都合の良い術だ。
しかし弱い相手だった。できることならば全盛期の覇王とやらと戦いたかったが。得るものも何もない。あるとすれば、今しがた拾った呪術書くらいだ。
「師匠、聞きたいことがある」
罪の都と呼ばれる場所から逃げ、数日後のことだった。
サリーがふと、そんなことを言い出した。
「今でなければダメなのか?」
聞きたくなかった。サリーが、否。弟子の二人が何か良からぬことを考えているのは、何となく分かっていた。
きっと、あの罪の炎を見た時。彼等に何かを植え付けてしまったのだろう。この青年達を、私が変えてしまった。
「今聞きたいんだ」
「……なんだ」
いつもはストッパーのエルも、彼を止めない。きっとこの質問は二人の総意。だから私も、答えなければならない。
だがサリーの口から飛び出す質問に、私は驚く。
「あんたは、死にたいのか?」
脅しではない。それは純粋な疑問だった。
私は立ち止まり、振り返ることもせずに空を見上げた。
夜の帷も降り、けれど曇り空は星を映さない。
「お前達は、どう思う」
「俺が、俺達が聞いているんだ。あんたが死にたいのか否か」
逃げることはできない。
運命を、宿命を。変えることすらもできやしない。
「死にたいと。思う」
「……そうか」
サリーが悲しげに、頷いた。
「けれど、生きたいとも思う」
「……お師匠様」
エルの優しくて暖かい声が、儚く響いた。
「私は、自分でも分からないんだ。長く生きて、経験をして。それでも、色んな気持ちがごちゃ混ぜになって……分からないんだ」
力無い言葉が、空に木霊する。
そして次の瞬間、サリーの双剣が私の背中を貫く。
久しぶりに、こんなに痛かった。
身体の痛みではない。心が、こんなに痛かった。
私を背後から抱き締めるサリーが、囁く。
「師匠。あんたは、何もしなくても勝手に生きる。けれど、殺してやることは、きっともう、俺達にしかできない。あんたの弟子である俺達にしか」
引き抜かれる剣。
私は両膝から崩れ落ちる。
優しい子達だ。
私の願いを聞き入れようとし、自分達の心を殺してまでも成就させようとする。
けれど、それだけじゃダメなんだ。
私の心はもう、とっくの昔に折れているんだから。
「サリー、エル。すまない。お前達には、できないよ」
私の身体が
その
私は不死。不死で、白百合で、闇の王。
既にまともな生命ではない。不完全にして完全な、死ねぬ女。
後に残された二人は、志を共にしながら道を違えて行く。
師を、必ず殺すこと。二人の意志は、愛した師のみに捧げられていた。
ダークソウル3のリリィは
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暗い方が良い
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暗くても多少明るい方が良い