暗い魂の乙女   作:Ciels

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気がついたら100話超えてました。感謝を。


Heart of the Abyss
冷たい谷のイルシール、スープと涙


 

 

 

 サリーは私に見せてくれた。

 故郷の冷たい魔術を。冷たいけれど、どこか暖かさを感じる母性のあるそれを。

 いつか、故郷を私に見せたいのだと。何もないと、笑って欲しいのだと。

 

 エルは、眩しい夢を聴かせてくれた。

 いつか必ず、神の教えの下に人々が手を取り合い平和を齎すのだと。

 決して叶わないけれど、だからこそ夢なのだと。

 

 

 私は、彼らに何をした。

 私は、彼らに私の負の遺産を教えてしまった。

 伝えるべきではないことまで伝えてしまった。

 だから、彼らは違えてしまった。人生を狂わせてしまった。そんなつもりじゃなかったのに。

 

 私は、きっと覚えていて欲しかったのだろう。

 私が紡いできた何かを、彼らに繋ぎたかったのだろう。

 でもそれは、私が繋げなければならない。

 誰かに託すものではなかったのに。

 

 嗚呼、ルカティエル。

 嗚呼、アナスタシア。

 私は愚か者だ。君達を救えず、ただ一人あてもなく彷徨い、そしてまた間違いを起こす。

 

 いつまで私はこうしていればいい?

 いつまで君たちのいない世界を彷徨えば良い?

 

 私はもう、耐えられない。

 この孤独に、誰も私のことを知らぬ、愛した者達を知らぬ世界に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 祈る鰐に、闇朧を突き立てる。

 元は人であったのだろう。けれど今は、こんなにも冒涜的に(ソウル)を犯され、そして侵され化け物となっている。

 大きな鰐。けれどその姿は、どこか人にも見える。私の大好きな馬鹿弟子達の所業。その一端を担ってしまった。

 闇朧を引き抜けば、まるで感謝するように鰐は霧散していく。せめてその苦痛に満ちた生に死を。私が甘き死へと導こう。

 

 刀身から血を払えば、闇朧を納刀する。

 カーサスの地下墓からイルシールへ至る大橋。今の鰐は門番なのだろう。

 ふと、大橋の先で誰かが戦っている。あれは、シーリスか? 侵入されているようだ。あれは……

 

 

 

 

 

 冷たい谷のイルシール。

 シーリスはここで、幾度目かもわからぬ危機を迎えていた。

 ロザリアの指、という者達がいる。彼らが崇拝するロザリアという生まれ変わりの母に対し、他世界に侵入して不死人を殺すことで得られる青ざめた舌を献上するという……まぁ、昔からよくある侵入勢という奴らだ。

 かつて名もなき月に仕えていた者達……つまりシーリスとは敵対関係にある。

 そのロザリアの指である、放浪のクレイトンが、突如として侵入してきたのだ。

 

「くっ……!」

 

 何度も振るわれる竜断の斧。それをなんとかかわし、かわしきれない一撃はエストックで捌く。だがその捌き方も、危なっかしい。

 そもそも斧相手にエストックでは分が悪いのだが、彼女の武器はこれしかない。

 そのうち防戦一方となり、次第に追い詰められていく。

 

「ウォアアアアア!!!!!!」

 

 不意に、クレイトンがウォークライを決める。不思議なものだ、霊体は喋れないというのに、ウォークライの迫力ある声だけは聞こえてくるのだから。

 シーリスはその光景に驚きながらも、ウォークライによって猛烈さを増した攻撃を必死にかわす。

 だが、

 

「うぐっ!」

 

 クレイトンによる彼女の不意をついた蹴りが腹に突き刺さると、シーリスはあっという間に倒れ込む。

 まずい、と思って痛む腹を無視して立ちあがろうとするも、その時にはもうクレイトンが竜断の斧を振り上げていた。

 

 死を覚悟する。

 志半ばにして、こんなところで死に絶えるのか。

 まだ何も終わってはいない。なのに。

 

「雷の大槍」

 

 刹那、クレイトンが吹き飛んでいく。

 まるで天から雷が落ちてきたかのような錯覚。けれど、明らかに真横からそれは飛んできていた。

 

 吹き飛ばされたクレイトンはそのまま橋の上を転がって行く。それとは反対から足音がした。

 

「無事か、シーリス」

 

 それは紛う事なき白百合。

 つい最近出会ったばかりの、リリィと呼ばれる不死だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミラのクレイトン。

 かつてペイトと殺し合い、どこかに逃げたはずの男。もうどこかで野垂れ死んでいるかと思ったが……どうやらしぶとく生きていたようだ。

 だが既に記憶と人間性は磨耗しているようだ。私のことも、そして私の警告も既に覚えていないだろう。

 

「堕ちたな。元からか」

 

 立ち上がり、竜断の斧を構えるクレイトン。奴はエスト瓶で傷を癒すと、再度こちらに突進してくる。

 

「気をつけて! 奴は……」

「知っている」

 

 聖鈴を収納し、闇朧に手を掛ける。ゾリグほどではない。一撃で決着はつくだろう。

 私は深く沈み込むように居合を構える。奴が見せるのは振り上げ。斧だから当然だが。

 私は一気に踏み込むと、バッサリとクレイトンの胴体を両断する。当たり前だ、クレイトン如きがこの間合いで私を倒せるわけがない。

 

 ぼとりと落ちるクレイトンの上半身に、そのまま刃を突き刺す。するとクレイトンはあっという間に(ソウル)へと霧散する。弱過ぎる……こいつはこの数百年間何をしていたのだ。

 

「強い……」

 

 シーリスの呟きが耳に響く。

 

「助けられて良かった。君、立てるかね?」

 

 納刀し、彼女に手を差し出すと、その華奢な手で私の手を取る。かわいい手だ、食べてしまいたい。

 にぎにぎと彼女の手を確かめながら引き起こすと、ぐいっと私に抱き寄せる。

 

「ああ、すまない。思わず力が入ってしまった」

「い、いえ……」

 

 シーリスの腰にしっかりと手を当てながら、まるで踊るような大勢で向かい合う。彼女はきょとんとした顔で首を傾げている。純情だ。珍しい乙女だ……

 このまま口説いてしまいたくなる気持ちを抑えながら、私はそっと手を離す。

 

「あの、ご助力ありがとうございました」

「構わない。どの道奴とは少なからず因縁がある」

 

 奴があれで諦めるようなら人間性はすり減っていないだろう。きっと、奴はまた侵入してくる。今度こそ不死斬りでケリをつける必要がある。

 

「貴女に月の加護がありますように」

「……そうだね」

 

 暗月。奴もまた、ケリをつけなければならない。

 私の罪を。奴もまた、罪の一部ならば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シーリスを一度祭祀場へと戻し。一人、大橋の先に貼られた帳に深みの聖堂で手に入れた人形を近付ける。すると私の身体は難なく帳を通過する。これはやはり、鍵だったのだ。

 用済みとなった人形だが、私はその人形に耳を近付ける。微妙な理力が込められたそれは、何かのメッセージも伝えるように作られていた。

 

 君がどこに行こうとも、イルシールは月の元にある。君がどこにあろうとも、それは帰る故郷なのだ。

 

 それはきっと、私の知るサリーの非情になりきれない性格が色濃く出たのだろう。あの子は口は悪いけれど、とても優しい子だったのだから。

 戻ることはない外征へと部下を出し、けれど彼は後悔したはずだ。何よりも友情を重んじた彼は。

 

 

 静かで雪の降る市街地を歩けば、時折イルシールの騎士だったであろう残滓を見ることができる。それほどまでに彼らは故郷を愛していた。

 ただの圧政者に、そんな故郷を作ることなどできやしない。あの子はきっと、議政者としてもうまくやっていたんだろう。

 

「そして……闘いのやり方をうまく伝えたようだな。サリー」

 

 迫り来るイルシールの騎士達。今度は本物だ。

 それに、一対一にならないように配置も考えられている。多方向から騎士達が襲ってくる。曲剣と盾……悪くない組み合わせだ。

 先頭の騎士の縦振りを、相手にステップインしてかわす。そしてすれ違い様に騎士の脇腹に闇朧を突き刺す。

 

「一人」

 

 もう一人の騎士が横振りで迫る。突き刺した闇朧を強引に引き抜き、その一撃を弾く。

 続け様に連続攻撃。回転し遠心力を乗せて左から右上への斬り上げ、右下から左上への斬り上げ、素早く回転し左からの水平薙ぎ、戻すように右からの水平薙ぎ、蹴りでの突き上げ、そしてフルスイングの左水平薙ぎ。

 それらを一気に叩き込むと、相手の騎士はズタボロになった。体感を削られ隙を晒す騎士の首を掴み、引き寄せながらその胸に闇朧を突き刺す。

 

「二人。流石に剣技は伝えきれなかったか、サリー」

 

 あの頃のサリーならば全てをいなしていたであろう。それも当然のように。

 闇朧を引き抜きながら、私は咄嗟に加速して移動する。刹那、騎士の亡骸を炎が焼き尽くした。かなり危なかった。

 

「増援か」

 

 一際大きな恰幅の魔女が遠くに見えた。周囲には亡者を従えているようだ。しかし鎧を着た魔女とは……あの鎧、中々デザインが良いな。サリーがデザインしたのだろうか、あいつは私よりも絵が上手かったから。

 しかしあれは呪術寄りの魔術だな。ならば私が本物の呪術を見せてやろう。

 

「炎の鎚」

 

 呪術を手に宿すと、勢いよくそれが放出されて魔女ごと周囲の亡者を焼き尽くす。ドラングレイグで手に入れた呪術だ。もがき苦しみ焼け死ぬ魔女達。私の方が一枚上手のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 散々下水道で汚物に塗れた私が出会ったのは、ジークバルトだった。暖かい暖炉の前で、彼はいびきをかきながら寝てしまっている。呑気なものだ。

 濡れるのは慣れているが、まさか汚水だとは思わなかった。最悪、と悪態をついて私は彼の横の椅子に座る。

 しばらく暖かい暖炉で服を乾かす。今更寒さだの、感じはしないのだが。

 

「……ん、んん? おお! 貴公は!」

「起きたか、ジークバルト」

 

 驚いたように兜の中の瞳が私を見た。

 

「すまぬ、私としたことが……うとうとしてしまった。どうも温い所はいかんな……」

「気にするな。ここには敵の気配もない」

 

 ゆらめく炎を見つめながら、たわいも無い会話をする。

 

「それにしても貴公、久しぶりだな。また会えて嬉しいよ。それにあの時の礼もまだだ」

 

 あの時。ああ、きっとパッチに鎧を剥ぎ取られた時のことを言っているのだろう。

 

「別に良い。成り行きでああなっただけだ」

「いや、カタリナの騎士として礼はしなくてはならん。そうだ貴公、共に食事はどうだ?」

「食事?」

「うむ、ジークバルト特性のスープができたところなんだ」

 

 おかしなことを言うものだ、と思った。いくら火のない灰と言えども、所詮は不死。食事の必要などないというのに。

 ジークバルトは手頃な器を取ると、そばにあった鍋の中身をお玉でよそって入れてくれる。暖かそうな、とろみのあるスープだった。

 彼は器を私に手渡すと、自らも器を取って高らかに掲げる。

 

「不死とて、たまには食事も良いものだ。再会の祝杯といこうじゃないか!」

 

 そう言われ、私も渋々器を掲げる。おかしなものだ、本当に。カタリナとは、みんな一癖も二癖もあるものだったが。

 

「貴公の勇気と我が剣、そして我らそれぞれの使命に!」

 

 がはは、と笑いながら。

 

「太陽あれ!」

「……あれ」

 

 太陽あれ、とは口が裂けても言わない。けれど雰囲気と彼の善意を汚すこともしたくなかった。

 ジークバルトが兜の隙間から器用に飲み始めたのを見て、私は一気にそのスープを口に流し込む。味は正直、期待していない。

 

「……!」

 

 美味しい。

 とても、美味しい。暖かく、どろっとしていて、確かにエストの味なのに。それはとても美味しくて。

 いつの日か、誰かと食べた鍋を思い出した。

 味も具も、まるで違うはずなのに。けれどこの暖かみは、きっと。

 

「……貴公。私は何も見ていない。生憎、スープの湯気で目の前が見えなくてな、ガハハ!」

「え?」

 

 彼の言っていることが分からなかった。いきなり何を言い出すんだ、と思って、ぴちょん、と。スープの中に何かが入る。

 水。少量の水が、スープに入った。二粒の、水。

 

「あっ」

 

 否、涙。私は、泣いているのか?

 水ではない、流れた涙がスープに広がったのだ。

 長い年月を生き、もう驚かないと思っていた。心はほぼ死んでいるのだと思っていた。

 けれど、驚いた。私がまだ、涙を流せるということに。

 

 何より、懐かしさに涙が出てしまうくらいには、あの二人を大切に思っていたことに。

 

「人は時に、背負いきれないほどの使命を背負うものだ」

 

 優しく、子に諭すようにジークバルトは言う。

 

「だがそんな時こそ、想い出が優しく導いてくれる」

 

 涙が止まらない。嗚咽が止まらない。こんなこと、あっていいはずがないのに。

 闇に堕ち切って、すでに惰性でしか生きていないこの私が、想い出に涙する。自分でも思っていなかった。

 

「……私もそうだ」

 

 彼は暖炉の火を見ながら、ただ呟いた。

 

「……貴公は、知っているかね。この街、イルシールのどこかに深い地下牢があり、そしてその下には、罪の都が眠っているという」

 

 ここにあるとは、知らなかった。サリーは罪の都の業を何かに流用しようとしているのかもしれない。

 

「……孤独な巨人の王、ヨームの故郷だ」

 

 その目に、私はかつてのジークマイヤーと同じ後悔を見た。あの時、イザリスで見た深い負の念。それと同等の何かを。

 

「……約束とは、まったく悩ましいものだよ」

 

 そう言った彼はいつものジークバルトではない。一人の悩める人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖堂で、ただ一人を待つ。

 身体は老い、けれど弱くなったと思ったことは一度も無い。けれど我が師は、私を超えてしまうだろう。

 それでも、私はやらねばならぬ。成さねばならぬ。例え恨まれようとも、呪われようとも、進み続けなければ意味がない。

 

 聖壇で、私は古びた人形を見る。

 それは友に、そして師に贈るはずだった手彫りの人形。

 懐かしい友情を。親愛を、確かにあったのだと思い出すためのものを。

 

「……師よ。貴女はいつまでも孤独のままだ」

 

 魔鏡に映る自らの師を眺め、かつての弟子は呟いた。

 




今年最後の投稿になります。良いお年を。

ダークソウル3のリリィは

  • 暗い方が良い
  • 暗くても多少明るい方が良い
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