あけおめです。
冷たい谷のイルシール。
そこは本来、旧王家……つまりは薪の王グウィンの末裔達が支配していた場所だったはずだ。かつてロスリック建国の際に、あの世界蛇からここの事情を聞いている。
だが今となっては法王を僭称する私の馬鹿弟子が治めている……どうにもその意味が分からない。奴はこの国を治めて、何がしたいのだろうか。
旧王家の支配する土地を奪う、というのはまぁ、私の神嫌いが継承されていったサリーらしいとは思う。立ち寄った教会にある、神々の絵画に落書きして三人揃って夜逃げするように逃げた記憶は鮮明だ。エルもあの時はヤバいと思ったのか、逃げるのに賛成だった。
ともあれイルシールがロスリックと敵対しているのも、そういうことだろう。
だが、その後の行動が理解できない。特に神狩りをするでもなく、あいつはここイルシールで何がしたいのだろう。薪の王となったエルをイルシールに逃がし、どうするつもりなのだ。
私を殺すこと。それが目的ならば、今のままでは不完全であろうに。
「……直接聞くしかない、か」
ヨルシカ教会という寂れた教会。篝火の前で私は呟く。
だがその前に、やることがある。
「そこに隠れている者。出てこい」
ずっと気になっていた。この教会に来てから誰かに見られているのは気がついていたが、敵意を感じなかったために放置していた。
ここに来たのは初めてではない。下水道に行く直前に立ち寄ってはいる。だがその時はこの視線を感じなかった。
「おお……貴女は火の無い灰の方ですね」
石像の一体が動き出したかと思えば、擬態が解けてロンドールの甲羅背負い老婆が出てきた。きっとユリアの手の者だろう。
「おお……おお……まだもう少しお待ち下さい……闇の雫が零れ落ちる、ほんの少しの時間です。我らの王よ……」
「君達よく話通じないって言われないか? まぁ良い……ユリアの配下か? なぜこのような場所に?」
そう問えば、老婆は素直に答えてくれる。
「ユリア様からお聞きになっていないのですか? 配偶者のお話を」
「配偶者ァ!?」
驚く。そんな話一ミリも聞いていないし、そもそも私に配偶者は……まぁ欲しいが、いきなりそんなことを言われても困る。
私は頭を抱えた。ユリアは何をさせようとしているのだろうか。これはお仕置きだ。まぁその前にサリーを見つけなければならないが……
「とにかく、勝手な事をされては困る。ロンドールに協力はするが、配偶者とは自分で口説いてこそだろう。会った事もない相手と……」
「相手はアンリという騎士だそうですが」
「本当にちょっと待ってくれ」
ユリアは何を考えているのだ。
確かにアンリは良い乙女だ。強く、けれど優しくて、アストラの上級騎士の格好さえしていなければ口説いている。
だが、彼女には使命がある。配偶者……つまりロンドールの婚姻が私の知っているものと同様ならば、それは相手に自由意志など存在しない。彼女の使命を叩き折ってしまうことに他ならない。
「一旦保留にしておいてくれ。アンリが来ても何もするな。私本当に怒るからな」
「はぁ……まぁ、そう仰るなら」
ユリアは本当に一回ちゃんと怒らないといけないらしい。
それから私は再度イルシールの探索を進める。
すると教会から出てすぐの墓地で、案の定また侵入があった。
懲りずにまたやって来たか、愚かな。
私は闇朧を抜刀し、振り返る。するとそこには赤黒い闇霊……クレイトンが佇んでいた。
竜断の斧を手にし、最早理性の無い殺意に満ちている。きっとここで死んだら奴は完全に亡者となるだろう。
刹那、クレイトンが叫ぶ。ウォークライだ。自らを奮い立たせることで勇猛さを高める戦技……だがそれは、倒せる相手だけにやるべきだ。
直線的にクレイトンが突っ込んでくる。大振りな振り。きっと奴が理性と記憶を保ったままならば決してしないであろう技。
私がどういう戦いをするかをペイトとの決闘の際に見ているのだから。私に力任せな攻撃は通用しない。
「ドラングレイグを生きたよしみだ、確実に葬ってやろう」
左の掌に、闇朧を這わせる。そしてその見えぬ刀身で、傷付ける。
滴る血。這う呪い。それは不死をも殺す。
修羅の業を受け、赤黒く燃え上がる刀身。
「奥義、不死斬り」
炎のように伸びる斬撃が、斧のレンジ外からクレイトンを斬り裂く。
胴を真っ二つに両断され、そのままクレイトンはぼとりと上半身を地面に落とした。なんと愚かで哀れな最期だろう。あのまま慎ましく過ごしていれば、こうはならなかっただろうに。
「殺人鬼には無理か」
闇朧を納刀する。理性を失った時、人は蛮勇となる。そして蛮勇とは、決して勇猛ではない。人はそれを忘れてはならない。
この教会は、元々暗月信者達のものだった。
私が。否、俺がこのイルシールという国を乗っ取り、法王を名乗るまでの話だが。
暗月とは。最初の薪の王である、大王グウィンの子であるグウィンドリン。我ら神に仇なす者達にとっての敵。我が師、白百合たる不死が殺し損ねた男。
まぁかなり……滅茶苦茶いけすかないやつだった。
グウィンの直系だというのに、奴自身は竜のなり損ないである蛇神のようなやつで、それがコンプレックス故に滅多に前に出てこない。
その割にはやたらと高圧的でマウントを取りたがる。我が師も面倒な人間だったが、系統が違うせいでこれまた面倒だった。何よりも、人として嫌いだったために取り入るためとはいえ頭を下げるのが屈辱だった。
今すぐにでも斬り捨ててやりたかったが、それでは意味がないことは我が師が証明してしまっている。大王に近しい者ほど神性が高く、ただ物理的に殺すだけでは殺せないのだ。
そのために最大の友を犠牲にしたのは、今尚私の心に深い後悔を残している。だが、友もそれを望んだ。神喰らいを、そして何よりも彼が夢見た深海の時代の到来。そのために、必要なのだと。
そして今、自分はただ時を待つ。
我が師が長い眠りより目覚めたことは知っている。
彼女はきっと、私達を殺しにくるだろう。私や友程度が彼女を殺せないことなど、容易に想像できた。
憎き太陽。その化身により、彼女はその運命を無理やり動かされている。故に我らは争う。殺し合う。
私がすべきは、時間を稼ぐこと。
友のために。そして我らの悲願のために、師と長く戦うこと。
きっとそれも、叶わぬ願いではあるだろう。師の強さは私が一番良く知っているのだから。
「……サリー」
彼女の瞳には、今の私がどう映っているのだろうか。
まるで祭壇にて、神に祈っているように見えるだろうか。
だとすればお笑いだ。祈る神などいないというのに。そしてそれは、貴女もなのだ。我が師、麗しの白百合よ。
「師よ。お久しゅうございます」
ゆっくりと立ち上がり、私は振り返る。
そこにはあの頃よりも、少しだけ髪が伸びた彼女がいた。
簡易的な鎧と旅の服を掛け合わせた、彼女らしくもありそうでもない服装、その上から羽織る深緑のマント。二つに結んだプラチナのような白髪。長い睫毛と翡翠の瞳。そしてなにより、あの頃と同じく刀身の見えぬ刀、闇朧。
それは紛れもなく、古い闇姫。彼女はそう呼ばれるのを心底嫌っていたが……
数百年振りだろうか。この世界に、最早時間の概念など存在しないようなものだが。それでも、あまりにも久しい彼女の姿は私の心を揺さ振った。
「……エルは、一緒ではないのだな」
「はい。我が友は、自らの使命を果たしている半ば故」
彼女は立ち尽くしたままだ。それでも、まったく隙が無い。戦士としてあの頃よりも更に洗練されているのだろう。戦うのが、殺し合うのがとんでもなく恐ろしかった。
「人喰らいの次は神喰らいでもするのか」
「相変わらず、御冗談が御好きなようで」
一瞬どきりとした。あまりにも彼女は勘が鋭い。時折こちらの喋っていないことすらも、当然の如く当ててくる。
曰く、脳の中で囁くのだと。闇がすべてを教えてくれるのだと。法王を自称する私でさえ、知り得ない領域。或いは、深海を見たという彼ならば知っているのだろうか。
「……その喋り方はなんだ。あの頃のぶっきらぼうなガキはどこへ行った?」
「その童は、最早このイルシールの法王故。もう存在はしませぬ」
「法王……私を笑わせようとしているのなら、もう少し名乗りを変えた方がいい。シュールすぎる」
別にこの人に笑ってほしくて法王を名乗っているんじゃない。これは本気で言っているわけではないとは思いたいが、時折この人は感性がおかしいのだ。
師が一歩踏み出すと、空気が変わる。感じたことのない殺意。それを師が自らに向けていることを、脳が拒絶したが受け入れるしかなかった。
「それで……サリー。否、法王サリヴァーン。呼びづらいな、まぁ良い。お前はここで何をしている」
明確な圧を感じた。全てを殺す者。神すらも殺す者の威圧。震えそうな魂に喝を入れ、二つの剣を抜く。
「まさか貴様、私を止めようとしているのではあるまいな。この先に行かせぬと。そう、
今自分がいるところは、彼女の道である。
そう言っているのだ。邪魔をすれば斬り捨てると。
「申し訳ありませんが」
両手の剣に力を宿す。
片方に炎を。片方に魔力を。彼女に……裁きをあたえるため。
「ここは通せませぬ」
意志を彼女に向ける。
すると、無表情な彼女の貌が少しだけ和らいだ気がした。不思議なこともあるものだ。
「……そうか。馬鹿弟子が、言うようになったじゃないか」
不敵に、けれど愛を感じる笑みを私に向けてくれた。あの頃のように。母ではないけれど、きっと母のような暖かさを持ったその笑みで。
闇朧を鞘から引き抜けば、彼女は構えることなく正対する。これこそ、彼女の構えなのだ。攻防一体、弱き不死が神すらも殺すようになった所以。
「ならば、稽古と行こうか」
凄まじい
だが今の彼女もまた、莫大な
「……後悔なさらぬよう、我が師よ」
「お前こそ、
刹那、俺は跳躍した。右手の剣、罪の大剣を振り翳し。
翼を用いて彼女へと飛来する。
だが振るった大剣は、やはりあっさりと弾き返される。
「遅過ぎる。今まで何をしていた?」
小柄な身体からは想像もできぬ膂力。その弾きは、俺の体勢を大きく崩す。すぐに彼女は光の速さで回転し、そのまま闇朧を俺の胸に突き立てようとする。
だがここで終わっては白百合の弟子など名乗れない。俺はすぐに身を翻してその一撃を寸での所で回避した。
「ほう」
興味無さげにそう呟くと、師は私を蹴って距離を取る。一方で私は老いた身体に鞭打って体勢を立て直す。
「避けられるようになったか。身体だけデカくなったわけじゃないわけだ」
「……いつまでその余裕を保っていられますかな」
正直、こっちの余裕が無い。これでも老いてなお、益々強くなっているというのに。
俺はすぐに連続攻撃へと移る。ステップし、罪の大剣を突き刺すも簡単に躱され、続いての振りも彼女の「加速」によって脇に避けられ、苦し紛れに払う裁きの大剣も見切られていたように頭を横に振るだけで回避する。
化け物だ、やはり。
「フン……!」
続け様に、強烈な突き刺しを見舞えば、彼女の得意な踏み付けで燃える罪の大剣を無力化される。そして次に来るのは。
「教えたはずだ」
燃える罪の大剣の上でくるりと周り、返す手で闇朧を突き刺してくる。彼女の得意技とでも言えば良いか。
私はそれを、なんとか裁きの大剣を背後に回すことで致命傷を避けた。
大剣によって闇朧は私の頭を穿つことはなかったが、代わりに肩を突き刺される。
「よほどのことがない限り、突き刺しは私には効かん」
闇朧を引き抜かれ、肩から出血する。私が距離を離すために罪の大剣を振るうと、彼女はあっさりと離れてくれた。
手加減されているのだ。彼女は剣士ではない。奇跡、魔術、闇術。その全てに精通しているのだから。
「……流石我が師、そう簡単にはいきませぬな」
肩が痛い。尋常ではない傷だった。普通に刺されただけではこんなに出血しない。やはり彼女は殺しに特化し過ぎている。
エル、お前本当に勝てるのか? 彼女には薪の王が束になっても勝てるとは思えないぞ。
だがそれでも、やるしかない。死ぬと分かっていても。
「それでは、私もとっておきをお見せしましょう」
「ほう。それは良い。馬鹿弟子が私をどうもてなしてくれる? 腹は減ってないからな」
人を煽るのが上手いお方だ。だがこの数百年、何も剣だけを極めていたわけではない。
俺は膝をつき、魔力を爆発させる。闇に似た何かが自身に纏わりつくと、それは分身となって現れる。
「……ほう。意外だった。それは私も想定しておらなんだ。お前、案外修行したのだな」
純粋に師はそう言ってくれた。
嬉しさと闘志、そして怖気が心をぐちゃぐちゃにしてくる。
「いつまで無表情でいられますかな? ……フンッ!」
俺が宙へ浮き、突撃すると魔力の分身も時間差で突っ込む。だが師はまるで分かっていたように加速して回避すると、その姿を消した。
「!?」
俺は驚きながら分身と周囲を見渡す。
「だが魔術では私の方が上だ」
真上。
彼女は、加速した後に壁を伝って跳躍していたのだ。
左手に杖を構える白百合。まずい、あの魔力は。
「
「マジかよ……!」
急いで跳躍してその場を離れる。刹那、遅れた分身ごと床が爆ぜる。彼女の極太魔術によって。
あまりの質量と反動に、師はそのまま浮いている。一度、飛竜に襲われた時に見たことがあるが……まさかあんな使い方をするとは。
そもそも、
「どうした馬鹿弟子。とっておきはそれだけか?」
膝をつく私に、ふわりと崩れた床に降り立つ彼女は言う。だが、分身は何も一回きりではない。
密かに彼女の背後で分身が再生成される。すると分身は一気に彼女を貫かんと突撃した。流石の彼女も、後ろに目はついていない。
彼女の胸に、分身の大剣が突き刺さる。
驚く師。やった、とは思えなかった。これでやれるなら、ロードランもドラングレイグも彼女に蹂躙されていない。
花弁が舞う。
出所は、彼女の身体。師の身体が白百合の花弁へと代わり、消える。かつて彼女が、霧鴉と呼んでいた術。あれのどこに鴉の要素があるんだと突っ込んだことがある。
「名付ければ、百合舞踏。鴉は私には似合わんからな」
どうでもいいなとは思いながらも、少し感心した。彼女は俺に突っ込まれたことで命名を悩んでいたから。
彼女は分身の真上に現れると、分身の脳天へと闇朧を突き刺した。あっけなく分身は消えていく。
「ちっ!」
裁きの大剣を振るい、光波を出す。しかし低いステップによりあっさりとそれを避けると、彼女はこちらへ接近した。
俺は跳躍し、罪の大剣を構えて魔力を込める。罪の大剣の炎の爆発を起こそうとしたのだ。
だが大剣を叩きつける前に、彼女が跳躍していた。師はすれ違うように俺の背を蹴り飛ばすと、何かを取り出した。あれはウィップだ!
「中途半端だな。闇潜みよりは見所はあるが」
鉤爪のついたウィップを振るえば、天井の装飾へと引っ掛ける。そして床を転がる私の真上へと飛来した!
「残念だ。もう少しやるものだと思っていた」
失望したような声で、彼女は言う。
そんなこと、俺が一番思っている──!
「
だから。だからだろう。
負けるとか、どうでもいい。少しでも彼女に良いところを、成長した姿を見せたい。そんなことをきっと、心のどこかで思っていたのだろう。
あの頃のように、がむしゃらに。ただ力を求めて。そのために、彼女の胸を借りる気持ちで。
俺は最初に教えてもらった魔術を、裁きの大剣を使って天井目掛けて放つ。
「!」
師はようやく目を見開いた。
彼女を穿つことなく天井を撃ち抜いたそれは、天井を……正確には、鉤爪の引っ掛かっていた装飾を破壊した。
空中で師のバランスが崩れる。今だ!
「ヌォオオオ!!!!!!」
右手の罪の大剣を捨て、彼女の首元を掴む。
彼女は攻撃を捌くのは神がかり的だが、掴みに対しては案外弱い。
一度見た攻撃が通用しない以上、そうでもしないと一撃も与えられないだろう。
「むっ!」
驚く師をそのまま床に叩きつけ、裁きの大剣を振りかざす。だがこの時、気がつけば良かった。彼女の左手に握られているものが、ウィップから聖鈴に変わっているということを。
「神の怒り」
激しい衝撃波が師を中心に放たれ、俺の身体が弾き飛ばされる。
正直、神の怒りという奇跡は強くはない。だがそれはこの時代に限る。神話の時代、ロードランとかの地が呼ばれていた頃。その奇跡は、とある神が制裁に用いたという。つまりあの時代、それほどまでに強かった。そして彼女は、その奇跡を見てきた生き証人。
例えあの時代に師が奇跡を用いなくとも、見ていれば使える。そんな理不尽な強さが、あのリリィという不死なのだ。
「ぐ……!」
裁きの大剣を杖代わりに、立ちあがろうとする。
そんな俺の前に、彼女は立ちはだかる。
「今のはヒヤッとした。おかげで背中を打ち付けることになった」
無傷のままで彼女は言う。表情をぴくりとも変えずに。
「だが、それまでだサリー。お前と私では力量に圧倒的な差がある」
そんなことは分かっている。
分かっているんだ。
「いつか、お前は聞いたな。私に死にたいのか、と。正直、お前が殺してくれるならそれでいいと……あの頃は思っていた」
師はその場でしゃがみ、地を這う俺と目線を合わせる。その瞳はあの頃と同じく、どこか儚げで悲しくて。
「でも、今は違う。私は、死んではならない。世界が終わっても。この星が滅ぼうとも。闇が世界を覆い尽くそうとも。死ぬことは許されない」
覚悟を聞いているような、そんな気がした。
自分は死ねない。なら使命をまっとうするしかない。例え、他人から与えられたものだとしても。虚無であろうとも。自分を愛してくれた者達が死に絶えようとも。
俺には、そう聞こえたのだ。
「なら」
俺は拳を握り締めた。
悔しさで胸が一杯だった。口の中を噛み締めて血で溢れていた。
悲しさで涙が一杯だった。
「なら、いつあんたは救われるんだ」
闇が俺を覆う。
師はそれでも、俺をずっと見ていてくれた。まるでその闇すらも受け入れて生きていくのだと。
俺には、俺たちにはなにもできないのだと。
「救いはないだろう。私は、きっといつまでも一人だから」
「ふざけるな!!!!!!」
闇に右の拳を打ち付ける。
生温い、それでいて冷たい感覚が手を包むと、俺は何かを掴んだ。
そしてそれを、引き抜く。それは、斧槍。かつて師がロードランで使っていたものと同じ。
それを振り上げ、担ぐ。それでも師は立ち上がるだけで動かなかった。
「俺は諦めないッ! あんたが、あんたが死ねるために! 俺とエルはッ!」
バックステップで下がると、俺は右手の斧槍を振るう。
「やっぱり、お前は優しい子だよ。サリー」
闇に支配されかける身体で、俺は
これでいい。闇だろうが何だろうが、俺は利用すると決めたではないか。
死ねぬ師を殺し、安寧を与え、愛する人達のもとへ
法王ではない。ただ、剣と魔術を極めた哀れな老人がそこにはいた。
目の前で、サリーは苦しんでいる。
私を殺せぬことに。
私に正しい死を与えられぬことに。
決して口では言えぬけれど。
やはり、私の弟子は世界一可愛い愛弟子で馬鹿弟子だ。
だから、私が愛弟子の心を折らねばならぬ。
苦しまぬように。安らげるように。
時に希望は、絶望への架け橋となる。ならば、やはり世界は悲劇でしかない。悲劇でしか紡げぬのならば、私は悲劇を語り継ごう。
あのスープを飲んで、私は自ら使命を得た。
故に進まねばならぬ。殺さねばならぬ。そうでしか紡げぬのならば。私は愛した者達すらも殺してみせよう。
遺志を。
私と彼らの思い出を、絶やさぬために。
継ぐために。
「ウォアアアアアア!!!!!!」
サリーが斧槍を強引に振るう。それは雑な一撃ではない。力強いだけに見えて、明らかに最適の距離を保っている。
私はそれを弾く。弾こうとして、吹き飛ばされる。いつか私が与えた助言。身体を大きくし、質量で力を増す。それが今になって証明されたのだ。
「ちっ……!」
舌打ちし、空中で回転すると着地する。直撃は避けたが、斧槍の一撃を弾くのは私でも無理かもしれない。奴め、頑張ったじゃないか。
「でぇええええやああああッ!!!!!!」
大きく斧槍を振るうと、そのまま突撃してくる。あれは突きだ。
いつものように突きに対し、私は斧槍を踏み付ける。だがサリーはそのまま強引に斧槍を地面から引き抜いて、左手の大剣を振るう。魔力の光波だ。
「うりゃああああッ!!!!!!」
魔力の光波を横に加速して回避すると、既にサリーは低く跳躍し斧槍を突き立てようとしていた。
「……!」
百合舞踏を発動させ、自身を花弁に変化させる。そしてサリーの背後へと移動した。
「見えたァアアアア!!!!!!」
刹那、サリーが振り向きざまに斧槍を振るいながらバックステップで距離を取ってくる。それを闇朧で受け流すも、私の身体は動かずとも数メートルは後退った。
だが距離を取ったということは、魔術の射程である。私はすぐに左手の聖鈴を用いて奇跡を発動させる。杖に持ち替えている時間はない。
「雷の大槍」
左手に強大な雷を発生させ、投げ放つ。
「でりゃああ!!!!!!」
闇に飲まれてうるさくなったサリーが、雷の大槍を斧槍で受けた……と思ったら、跳躍する。まさか、あれは。
「本当、成長したよお前は」
雷返し。私が教え、けれど彼は最後まで会得できなかったはずの技術。サリーは空中で斧槍を振るうと、雷を私に跳ね返した。
「だが」
私もそれを闇朧で受けると、跳躍する。
回転し、勢いをつけて放とうとし。気がついた。
サリーが両腕の武器を振り上げて私を叩き潰そうとしていたのだ。
「っ!」
すぐに雷を適当な方向へ放ち、ダブルで放たれる一撃を刀で受ける。だが斧槍ですら吹き飛ばされたのに、大剣と斧槍を受け切って無事なわけがない。こいつの一撃は、他の不死とはわけが違うのだ。
私の身体を押し込むようにサリーの武器が叩き付けると、そのまま地面へ急降下。
私ごと、その重量を活かして床を破壊する。
「ぐッ……!」
久しぶりに、こんなにダメージを負った。それほどまでにこいつが強くなり、私も嬉しかった。痛いのに自然と笑みが出る。
「しゃらあああああ!!!!!!」
馬乗りのまま、サリーは左手の大剣を私に突き刺そうとしてくる。それを、強引に左手で逸らすも。
私の肩を大剣が掠めた。久方ぶりに私は出血する。
「……サリー。これまでだ」
「ああ! これで終わる! あんたを、貴女を! やっと苦しみから……」
──OBTAINED ENEMY ARTS──
私は、サリーから技を盗んだ。弟子であるこいつから。
サリーの背後に、私が現れる。
魔力で作ったもう一人の私。魔力から生まれた白百合が、私を形作って、その太刀をサリーの背に突き立てたのだ。
「ば、バカな……」
「サリー。闇になんて堕ちなくていい。優しい子なんだから、お前は」
左手に、ダークハンドを宿す。
そして優しく彼の頬を撫でる。それだけで、彼の魂に巣食う闇が喰われていく。
「師よ……」
「サリー。私はね、気付いたんだ」
こちらに倒れ込むサリーの頭を、優しく撫でる。
「途絶えさせてはいけない。死ねない私だから、私だからこそできることがあるんだ。お前やエルと過ごした日々を、誰かに語り伝える。そうして、肉体が消え去った後も、お前達の存在が証明され続ける。遺志を紡いでいける。私は、ずっとお前達と共にあることができる」
拷問ではない。虚無でもない。
これは、絶望の中に見出した希望。
悲劇から見つけ出した奇跡。
私は、そのために生きる。
あのスープを飲んで涙した時、私はそう決めた。決めることができた。
ルカティエルが消え、アナスタシアも救えず、闇の子らも去ったこの世界で、私はそう思うことができた。
それはお前達のおかげなんだ、馬鹿弟子達。
サリヴァーン生存ルート。
第3形態の斧槍を持って戦うのはMODを参考にしています。
是非ともダークソウルの没BGMである蝕の老王を聴きながらご視聴ください。
ダークソウル3のリリィは
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暗い方が良い
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暗くても多少明るい方が良い