目が醒めると、まず師の顔が視界に入った。
変わらぬ美しさと可憐さで、けれど少しばかりの優しさを秘めた無表情で俺を見つめていた。
嗚呼、やはり貴女の顔は絵になる。我らが愛した貌、そして憂い。だが一体なぜこんなにも近いのだろう。
「……師よ。お戯れが過ぎますぞ」
「戯言を。こうでもしないとお前の闇は抑えきれなかったんだ」
膝枕。矮小な彼女は巨大な俺の頭を抱えるようにして膝枕していた。
内心俺はこのまま眠っていたかったが、そうはいかん。いつまでもこうしているわけにはいかなかった。名残惜しいが、痛む身体を……否。まったく痛まない身体を起こす。きっと奇跡で癒してくれたのだろう。あれ程のダメージを完治させるとは、やはり師の奇跡は素晴らしい。
「……師よ、その……」
「良い、弟子のやらかしは師の責任だ。それに……」
師は優しく笑う。まるで我らの若き頃、共に鍋を囲っていた時のように。それは紛う事なく、白百合たる不死の乙女だった。
サリーはどこか憑き物が取れたかのように、聖堂の崩れた天井を見上げた。表情も、どこか柔らかい。
彼はしばらくそうした後に、その長身で私を見下ろす。その瞳はあの頃のように優しい。今更、自らの犯した罪は消えないが……それでも、少しだけでも変化はあった。
「エルはこの先、神々の住んでいた場所に」
「……王達の故郷が流れ着くとは聞いていたが、まさか最初の王もとはな」
想像はついていた。だが、再び私が彼の地に踏み入れることになるとは。
ふと、サリーが
「これを。貴女のために仕立てておいたものです。いつか目覚める時を待って……」
「ふむ。乙女心の分からぬお前にしては上出来だ」
鎧を受け取り、自らの
それを、
羽のように軽い。装甲は最低限、各関節も動かしやすくなっているようだ。どうやら見た目に全振りしたらしい。
「やはり、私の見立て通りですな。似合っておりますぞ」
「良いじゃないか。昔からお前はデザインがうまかったからな……」
闇朧を左腰のホルダーに差し、居合の如く振るう。うむ、まるで闇朧のために作ったかのような鎧だ。
かなり気に入った。姫騎士、いや百合騎士という称号でも名乗ろうか迷うくらいには気に入った。いや待て、そんな名前を名乗ったらまた後年ネタにされかねない……
「それと、師よ。燻りの湖には行かれましたかな?」
「足を踏み入れはした」
ふむ、とサリーは何かを悩む仕草を見せる。
「……師よ。できれば、あの奥にある遺跡には赴いた方が良いかと思われますぞ。もう、お気付きでしょうが」
「……そうだな」
昔の私のことは、彼らには語っている。故にそう言ってくるのだろう。
サリーはそれから、一つの鍵を私に渡してくる。古びた鍵だ。どこのだろうか。
「火継ぎの祭祀場、その上に繋がる鍵です。これも、貴女は知るべき事実がそこにある」
「……
その問いに、彼はただ頷くだけだった。
あそこに、何かがある。彼女に繋がる何かが。それはとても魅力的で、そして恐ろしい。
もう、生きてはいないだろう。だとしても、今更どんな顔で彼女に会えば良い? その温もりに、触れれば良い?
「どうするかは、貴女次第ですぞ。……それと、別れの前にこれを」
「まだあるの、か」
最後にサリーが渡してきたもの。それを見て、私は固まる。翁の貌を模した仮面と、帽子。愛しいその姿は、まさに。
もう、幾年も前の話をしよう。
私がロスリックの建国に携わる前の話だ。まだあの頃は、私はルカティエルと共に世界を旅していた。
「リリィ……ああ、すまない。どうやら眠っていたようだ」
ベッドの上で、寝たきりのまま彼女はそう微笑んだ。ミラのルカティエル。私が愛した女騎士。あの頃と何も変わらぬ美貌を持って。ドラングレイグを制覇し、手に入れた冠を携えたままで。
けれど彼女の
「気にするな、ルカティエル。ほら、喉が乾いただろう? 水を汲んできた」
とある山小屋。そこが、今の住処だった。
ここ数年、ルカティエルの容態が芳しくない。一度眠ると何日も眠りこけてしまう事が多くなったのだ。
そんな状態で旅をするのは危険だった。だから、こうして私達はしばらく療養するという理由で、人里に近い山小屋に腰を下ろすことにしたのだ。
彼女には、しばらくの休養だと言って。きっと、彼女も分かっていたのだろう。自身の終わりが近いことに。
水を飲み、喉を潤すルカティエルを見つめる。その姿は何も変わらない。何も変わらないのに。どうして彼女だけが呪いに蝕まれているのだろう。不死を超えんとした王達の冠、それを手に入れても尚。不死は、赦されることはないのか。
「……リリィ。ありがとう」
「うん。小腹は……空かないだろうが。何か食べるかい? 鹿を狩って来たんだ。干し肉にする前に振る舞えるよ」
そう言って部屋を出ようとする私の腕を、ルカティエルの手が引き留める。
「リリィ。分かってるさ、自分の事なんだから」
言ってほしくなかった。そんな言葉は、聞きたくなかったし認めたくなかった。私は誤魔化すように笑い、
「何を言っているんだ。ほら、何か食べれば元気が」
「私はもう、ここまでなんだろう。むしろ、千年近くもお前と一緒にいれたことが奇跡なんだ」
「ルカ、ティエル」
言葉が出なかった。まるで認めろと。彼女の死を受け入れろと。そう言っているかのようで。
そんなこと、できるはずがない。千年も一緒にいて、戦って、苦しんで、けれど笑って、愛し合ってきたのに。
それが、こんなところで崩れるなんて。絶対に認めたくはない。
「そんな、そんなこと言わないでよ」
泣きはしない。泣いてしまったらそれを認めてしまいそうで。私は意地でも泣けなかった。
「……お前は本当に強いけれど。それでも、やっぱり美しいよ、リリィ」
ちゅっと、私の手の甲に優しくキスをする。その唇は、水を飲んだ直後だというのに水っけがない。
「私は今、幸せなんだ。今だけじゃない、あの呪われた地でお前と出会ってから。私の人生にはありえないくらい、幸せだった。初めて戦い以外で死にたいと思った」
それが辞世の句のようで。
「この千年、本当に幸せだった。それは私には過ぎた幸せだったのかもしれない」
「そんなことない……そんなことないよ、ルカティエル」
彼女の痩せ細った身体を抱き締める。剣すらも握れないほどに彼女の身体は衰弱していた。
「私も、ずっと幸せだった。貴女と巡り逢えて、そして戦って、愛し合って。もう、こんなことはないと思ってた。世界を敵に回して、堕ちてしまった私には、幸せなんて……」
「リリィ……うん、そうだな」
優しく彼女は私の頭を撫でてくれる。命の灯火が、その手から伝わってきた。
「最期に、お願いがあるんだ。お前にしかできないことを、頼みたい」
「なんでも、なんだってするよ。だって貴女は、私の旦那様で花嫁でしょう?」
もう涙を堪えきれなかった。ぐちょぐちょに濡れた顔で、ルカティエルと向き合う。
彼女は私の唇をそっと奪うと、いつものように優しい笑みで言った。
「私を、愛してほしい。せめてこの夜だけは。そしてお前の手で、私を死なせてほしいのだ」
とめどない愛。無限の愛。そんなもの、ありはしない。愛は無限にして有限なのだから。いつか人は、私以外消えてしまうのだから。
けれど、その愛を無かったことにしたくはない。そうなってしまえば、きっと私には何も残らない。
彼女と唇を合わせる。まるで貪るように。
ベッドに押し倒し、互いに服を脱がせ合い、肌を重ねて。
前のように反応も、嬌声も。ありはしない。
これは愛。けれど殺し。私はその時、最愛の人を手に掛けた。
祭祀場の屋根を登り、さらにその奥。
そこに、ひっそりと連接されている塔。そこが何であるかは、予想はしていた。
サリーに貰った鍵を手に、扉を開ける。そこには、どこかに続く昇降機。そして下には、底すらも見えぬ薄暗い空間が広がっていた。
火防女の塔。名付けるならば、そんな所だろうか。
役目を終えたか、朽ち果てた彼女達が最期に投げ捨てられる場所。そんな、悍ましい場所。
一体今まで何人もの無垢な火防女達がここに投げ入れられたのだろうか。
もう役目を果たしたからと。もう用がないからと。そんな、人間の身勝手な思惑で。
昇降機を登り、階段を登る。
そして屋上まで辿り着いた時、私はそれを見た。
一人の火防女の亡骸。もう朽ち果てている。
その魂が、未だ句ちずに亡骸に縋り付いている。誰かを待っているかのように。
アナスタシアではない。けれど、その魂はまるで私を待っていたかのように寄り添ってくる。
「火防女の、魂。私に何かを訴えているのか」
何を訴えているのかは分からない。今の火防女に見せれば、何か分かるだろうか。
そっと、その魂を手に取って
ふと、亡骸が手にしている杖を見る。見たことのない杖だ。白百合のような花弁がトップに施されている杖……これは。
「失礼するよ」
一言謝って、私はその杖を手にする。
白百合の杖。それは、魔術と闇術、そして奇跡さえも扱える杖。まるで私のために作ったかのようなものだ。
それを手にし、私はその場を去る。きっと、彼女ももう眠りたいはずだ、と。火防女の亡骸を燃やし。
「へへ、すまねぇなアンタ。だが気をつけな、好奇心は猫をも殺す。あるもんだぜ、近付くべきではないってのがなぁ。もっとも、遅い忠告だったか? ウヒャヒャヒャ!」
目の前でハゲが、鍵のかかった扉越しに笑う。
私はそれを怒り沸々とさせながら聞いていた。
「もう諦めてそこで干からびてけよ。あんた女好きだろ? 本望じゃねぇか。ああ、後のことは気にすんな、あんたの死体からきっちり剥ぎ取ってやるからよ。パッチの老舗をご贔屓になぁ! ウヒャヒャ!」
バカみたいに笑って去っていくパッチ。私は怒り狂って塔の奈落へと落下する。
もちろんただ落ちるのではない。壁になっている棺に掴まり、パルクールの要領で下っていく。あのハゲ、巨人墓地といいここといい、私を墓地関連の場所で貶めるのが好きなようだ。
帰ろうとしたらこの有様だ。本当に腹が立つ。
「ようパッチ、最期に言い残すことはあるか?」
「ま、待ってくれよ、落ち着いて話を聞いてくれ。な?」
もう両膝をついて懇願するように言うパッチ。私の手には先ほど拾った白百合の杖と闇朧が握られていた。殺る気満々である。
「率直に言って、俺が悪かった。悪気は無かったんだ」
「閉じ込めたのに悪気無いのかお前はァ!」
「い、いや……た、ただ、ちょっと、魔が差したっていうか……こんな商売してるとさ……な? 分かるだろ? よくあるだろ? 許してくれよ!」
「赦さないィ!」
「ノ、ノーカウントだ! 生きてさえいりゃいつだってノーカウントってもんだろ!?」
闇朧を振り翳そうとし、不意にグレイラットがやって来て止められる。
「まぁまぁ、落ち着けよあんた。こいつも手癖が悪いだけで悪人ってわけじゃないんだ」
「ぐ、グレイラット……あんた」
どうやらパッチとグレイラットは面識があるようだ。きっと褒められた仲ではないようだが……
私はぐぬぬ、と怒りながらも、闇朧を納刀する。仕方あるまい。グレイラットにはイルシールに盗みに行ってもらった恩もある。
「首が繋がったな、パッチ。だが覚えておけよ、如何にお前が彼女を救い出したと言っても、これ以上私を騙すと良いことがないぞ。まったく……」
なんとか怒りを抑えて私は踵を返す。
二人はそんな私を見送ってから、話し出す。
「まったく、お前と言うやつは……あんなおっかない人にちょっかいかけるなんて」
「なんで助けたんだよ……クソ、カッコつかねぇな」
呆れたように言うグレイラットに、けれどパッチは不貞腐れたようにいつもの座り方で言う。
「別に。ただ……墓を荒らすなんざ、碌でもねぇって思っただけさ」
「……お前さん、ほんと口だけどうにかすればなぁ」
そんなことがあってから、火防女に魂を渡す。
彼女はそれを大切に両手で収めると、自らの内に溶けさせる。
「……灰の方、これは……私の中に、似ています。そして、だからこそ、これは私に宿ります」
人間性に食い荒らされ、それでも役目を果たそうとする火防女。それは献身的で、いつも不死に寄り添ってくれた。
「彼女もきっと、許してくれるでしょう。私たちは火防女なのですから……ごめんなさい。火の導きが、あらんことを」
彼女はいつもの言葉で締め括る。火は導いてなどくれないというのに。それは最早、気休めのようなものだった。
本を閉じる。
閉じて、私と騎士姿の白百合が俯いた。それを、人形ちゃんは心配そうに見詰めてくる。
「どうか……されましたか?」
「いや……ルカティエルとの事を思い出すと、こうなるんだ」
あの別れは辛いものだった。愛した人を手に掛けるなど、裸の蛇だけで良い。あのゲームは名作だった。思わず何周もしてしまうくらいにはね。
それは今はいい。私は紅茶を飲むと、一旦落ち着く。それは騎士も同じだったようで、人形ちゃんが作ってくれたロールケーキを頬張ると美味しさに震えた。
ここから更に辛いことが重なると言うのに、先が思いやられるな……我ながら。
固有戦技/舞う白百合
FPを消費し、自らを分身させて攻撃する。戦技中に再度使用すると追加で分身を出せる。
分身が現出している間はFPを消費する。
若きサリヴァーンは、師を殺すために腕を磨いた。それは憎しみでも、野望でもない。愛した少女を救う。ただ、それだけだった。
鎧一式/白百合の鎧
法王サリヴァーンが自らの財力、技術を用いて創らせた、白百合のための鎧。僅かに集中力と理力を増加させる。
来たる師の再来に、サリヴァーンは悩んだ。死装束は美しく。けれど勇ましく。しかし気が付けば、そんなものはどうでも良くなるくらいに彼は鎧に対して情熱を注ぎ込んでしまっていた。
杖/白百合の杖
火防女の亡骸が手にしていた杖。魔術、闇術、奇跡が使用できるが各必要能力値が僅かに増加する。
僅かに短いその杖は、誰のためのものだったのだろうか。主亡き今、それは分からないが、きっと白百合のように美しい者のために作ったに違いない。
戦技は「追加詠唱」
左右どちらに装備していても有効な戦技。使用すると、白百合の花弁が舞い踊る。
ダークソウル3のリリィは
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暗い方が良い
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暗くても多少明るい方が良い