王都、アノール・ロンド。それは神々が住まうと言われた伝承上の都。伝承上というのは実際に見て帰ってきた者がいないからである。そもそもロードランに足を踏み入れるような輩は不死か、自殺願望を持っているかに限られているだろうから。
曰く、それは黄金で彩られているのだという。はたまた太陽が沈むことのない都市としても名を馳せている。結局の所聖職者共の偏見と願望が詰め込まれた噂話に過ぎない。
だがその噂も、自身の目で見てしまえば全てが本当だったのだと考えさせられた。太陽が輝き都を照らし、そしてその光で確かに黄金に輝いている。言葉とは難しい者だな、と。
神々に使役されたデーモン共がようやく私達を降ろす。そこはアノール・ロンドの最果てとも呼べる場所で、高台にある変哲もない通路でありながらもその全てが美しい。外の世界の王城でもここまで整備はされていない。
降り立った私達はしばらくその場でアノール・ロンドを見渡す。絶景という言葉が良く似合う。長く旅をしていた私でもこんな光景は見た事もない。
そんな中で、オスカーはふと口を開いた。
「凄い……こんな美しい場所が、このロードランにあったとは」
きっと、貴族の国として名高いアストラでさえこのような景色は見られまい。だがそれは、富を持つという事の罪深さも同時に体感させられた。豊な者がいるならば貧しい者も必ず存在するのだから。丁度、彼の故郷であるアストラのように。きっとあのデーモンや巨人はその被害者なのだ。
そんな、急激に冷めた感情を内に留める。今ここでそれを言うのは無粋だろう。私達はただ、試練を乗り越えた不死としてこの光景を楽しめば良いのだから。それが長く生きるための秘訣。
階段を降りて先へ進む。だが試練を経た私達の前に立ちはだかるのはまた試練だ。金色の鎧と武具に身を固めた巨人が、丁度行手を阻んでいたのだ。
その威圧感は古城で働いていた巨人の比では無い。訓練され、精鋭としての誇りを持つ確かな意志を感じたのだから。大きなハルバートは、人間にとっては長大なはずの斧槍ですら短く思えるほどの長さ。それを振るう速度は遅いが、脅威である事は間違いなかった。
それらを二人で辛くも退ければ、広い通路に出る。かなりの高低差であるアノール・ロンドは神々にとっても昇降機が必要なほどのものらしく、ポッカリ空いた目の前の穴から階下を見通せば、落下死は免れない程の下に昇降機らしい足場が見えた。それにしては綺麗すぎるが。とんでもない技術力だな。
だがまずは先へ進むよりも、篝火を見つける事が最優先だ。そもそも神々の都に不死の憩いである篝火があるのかも謎だが、今のエスト瓶の量や疲労を考えても休む場所が必要だった。どうやらオスカーもあの世界蛇にエスト瓶を貰えたらしい、良かったね。
そして丁度良いところに、篝火というものはあった。
それは昇降機とは真反対に位置する部屋で、階段を降りれば微かに燈る篝火が、大理石の床に不自然にも施されている。ある種罰当たりというか、もったいないというか。篝火の炎は普通の火では無いから燃え移る事はないのだが、それでもこんな一室に篝火があるというのは何とも奇妙だ。
そしてその横には、壁に寄り掛かり篝火の炎を見つめる一人の騎士がいる。見慣れぬ鎧を身に纏っており、真鍮であろう鎧は炎の光を反射して黄金に輝いており、兜の頭頂部にはメロンのヘタのような装飾がある。
その騎士は私達の存在に気がつけば、冷静に声を発した。
「ほう……巡礼者とは久しいな。それも、二人とは」
凛々しい女性の声だった。その声はどこか闇を孕んだ危険性を感じる。だが少なくとも敵意は無いようだった。
「棄てられたアノール・ロンドへようこそ。不死の勇者達よ」
「棄てられた? ここに神々はいないのか?」
オスカーの問いに金色の騎士は答える。
「いいや。だが、既にほとんどの神々はここを旅立ったよ。貴公らの目当てはこの先にいるが」
確かに、世界中に僅かな神々がいる。それらは独自の国や文化を作り出し、人間達に崇められている。そのどれもが自分勝手で胡散臭いが。白教然り。そもそも最初の火を見出した大王グウィンが主神ではなく、伝承にしか残らないロイドが主神というのもおかしいだろう。
それはともかく、私達は篝火に強く火を灯す。どうやら彼女はここの火防女らしく、時折訪れる不死の勇者を導く役割をしているとの事だ。戦う火防女か、中々どうして凛々しいものか。
……何だか最近女性に対して凄く魅力を感じる自分を疑う。不死院で長く幽閉されたせいで性癖が変わったか。
しばらくその篝火で休み、そして得た
しかし柵のない昇降機とは怖いものだ。うっかり足を踏み外せば死ぬだろうこんなの。どうするんだ、神が落ち死んだら。まぁ神々が落下死するなんて聞いた事ないが。
昇降機を降り、私達は大橋に出た。だがどう言う訳か道が綺麗に途切れてしまっている。遥か上方には通路と思わしき交差点のようなものがあり、きっとあれが昇降機のように動く事で道ができるのだろう。
だが近くのレバーはうんともすんとも動かず、途方に暮れてしまう。
「どうやら別の道を探さないといけないみたいだな」
「試練はまだ終わってないみたいだね……先が思いやられるわ」
悪態を吐きながらも元来た道を戻ろうとすれば、唐突に空から何かがやって来る。勢い良く現れ咆哮を上げるそれは、見覚えがある。ガーゴイルだ。
着地と同時に手にする斧を振り回すその石造りの獣は、確実に敵だ。攻撃を避けてすぐさま反撃に掛かる。
「引きつけて!」
そう叫ぶよりも前にオスカーは前進していた。強化された盾を構え、ガーゴイルの重い一撃を耐え忍ぶオスカーを背後にガーゴイルの尻尾を斧槍で斬り落とす。ふむ、斬り落とした尻尾は斧として使えそうだが……私向けじゃないな。
尻尾を斬られて悶えるガーゴイルの頭を、クレイモアが砕けばあれだけ教会で猛威を奮っていた神の創造物は動かなくなった。まさか剣で石を砕くとは。いや、私も斧槍で斬り落としているのだが。
「さて、道を探そう」
今の戦闘など意に介さずにスタスタと昇降機へと戻っていくオスカーを、私は引き止めた。何も道とは舗装された場所だけじゃない。
「あそこから入れそうね」
私が指差すのは、橋の真横にある建物。ざっと全体を見るにあの交差点へと繋がっているようだ。橋と建物の間には道は無い。ただ遥か下に森が見えるだけだが……細い屋根が、互いに間隔を空けて橋と繋がっているのだ。そこを伝えば建物へと侵入できそうだ。
だがオスカーは首を横に振った。
「冗談だろう?」
「いつでも大真面目よ。さ、行くわよ。ほら、早く来なさい!」
先に屋根へと降り立ち進む。人が一人通れるだけの幅はある。瓦のせいで滑りそうだが、滑らなければ良いだけだ。滑ったら運がなかったと篝火からやり直せば良い。近くてよかった。
鎧のせいでバランスの悪いらしいオスカーは、足を震わせながらゆっくりと亀のように屋根を歩く。そんな姿を見た私はため息を吐きながら助言した。
「下手に怖がると落ちるわよ。私の背中だけ見ておきな、騎士様」
「そうは言っても……クソっ」
そう言えば、オスカーは幸運にも高所から落ちて死んでいないらしい。そりゃそうか、不死と言えども落下死した事が無ければ怖いだろう。私も初めての落下死の直前は恐ろしかったし。そういうものだ。
ようやく屋根を渡り終えれば、運良く建物の窓が何者かに破り割られていた。不敬な奴も居た者だが、役に立ってくれたので感謝する。未だに震える足を手で押さえるオスカーの尻を蹴り上げながら、私達は建物の内部に侵入した。
しかしどう言うわけかこのアノール・ロンドというのは住み辛さ世界一でも目指しているのかまともな道が無いらしい。あるのは屋根裏の梁に繋がる梯子があるだけ……これは何だ、梁を渡っていけと言う事だろうか。
加えて何やら建物内には白装束の集団がいて私達を見るや否や襲いかかってくる。一先ずこのフロアにいるそいつらを蹴散らす。盾を持っていないし、手にしている曲剣にリーチはあまり無いから助かる。おまけにその曲剣も手に入った。
「ここを渡れなんて言わないよな?」
目の前に伸びる狭い梁を見てオスカーは尋ねてきた。さっきの屋根と違って梁の距離は長い。おまけに梁を渡る輩を警戒しているのか、白装束の連中が所々で警戒している。落下死を恐れながら奴等とも戦わなくてはならないのはリスキーだ。
少し悩み、私は先行することを選ぶ。ビビりな彼を渡らせるにはそうするしかないだろう。
「ちょっとここで待ってなさい。私があいつらを蹴散らすわ」
「何!? そんなこと……いや、まぁ、お願いしようかな……」
騎士のプライドは高所には勝てない。仕方なく私は梁を進んで行く。人一人がようやく通れる場所だが歩けない程では無い。
案の定、白装束の連中は近付くと襲って来た。こいつら巧みに投げナイフなんて投げて来るせいでこちとら盾が必須だ。草紋の盾はあくまで副効果がメインであり、あまり盾本来の頑強さは無いがそれでも小さなナイフを弾くくらいはできる。
だがここでは斧槍本来の威力と私の機動力を生かすのは難しい。転がろうものなら下に真っ逆さまだし、斧槍を振るおうにも足場のせいで大胆な事はできない。それでも突き刺せば何とかリーチくらいは活かせるものだ。こいつらの生命力は高い方では無いから、あっさりと死んでくれる。
シャンデリアを吊るす鎖ごと白装束を切り裂いたり、邪魔する輩を蹴落としたりしていれば梁の上には私と足の竦んだオスカーしか残っていなかった。
「片付いたわよ! 早く来なさい!」
「分かってる、分かってるんだ……」
ゆっくりと、時折下を見て震えるオスカーに檄を飛ばす。まったく騎士なんだからもうちょっとシャキッとしなさいな。
ようやく地獄の梁渡りを終えれば、私とオスカーは先程見えていた交差点かつ大昇降機の最下層へと辿り着いた。柱の周りを廻る螺旋階段を登れば、レバーへと辿り着く。
「ほら、あんたの代わりに奴らを片付けたんだから少しは働きなさい」
そう命じてオスカーにレバーを押させる。どうやらかなり渋いようで、筋力をそれなりに強化している彼でも一苦労だ。私は華奢なんだ。
レバーが回れば、グルグルとこの交差点が回りながら上昇していく。しかしまぁ神々は目が回らないのだろうか。こんなの来客に乗らせたら苦情が来そうだが。上昇し終われば、ようやく大橋が繋がる。手間のかかる装置である。
交差点を過ぎて先へ進めば、馬鹿でかい階段が私達を待っている。別に登るくらいワケ無いが、アノール・ロンドは登ったり降りたりするのが好きだな。どうやらこの階段は本城に繋がっているらしく、一際大きくて豪華そうな門が見える。
そしてそれを守る者もいる。さっきいた巨人騎士だ。だが私達の逃げ道を塞ぐようにガーゴイルも背後から現れた。
「君は巨人達を! ガーゴイルは引き受けた!」
「面倒ね……」
と言うわけで巨人の騎士を相手取る。二人も相手にするのは骨が折れそうだが、こいつらは幸い動きが遅い。左右から振われるハルバートを掻い潜り、まずは一体目の巨人の足を狩る。斧槍で斬りつけ、しかし一撃では倒せない。ならばと背後に周り尻を突き上げる。
巨人も人も、尻を抉られるのは痛いらしい。悶えて倒れ込む巨人騎士をそのまま屠れば残すは一体。私は斧槍から先程手に入れた曲剣、絵画守りの曲刀へと素早く切り替えた。
曲刀はリーチと攻撃力が短いものの、鋭く幅広い刃のおかげで大出血を強いる。鈍い巨人の周囲を旋回しながら踊るように斬りつけてやれば、何か太い血管を斬り裂いたのか裂いた傷口から血が噴き出た。
出血で片膝を付く巨人の首元を絵画守りの曲刀で裂けば、戦闘は終わった。オスカーの方を見れば彼もガーゴイルの頭をかち割っている。
「君が敵じゃなくて良かったよ」
そんな事を言うオスカーだが、それはこちらも同じ事。戦闘における彼には隙が少ない。筋力と生命力をメインに強化され、大剣と直剣、そして盾で大抵の敵に適応する様は上質な戦い方だろう。反して私は持ち前の機動力と技量に特化させた戦い方を得意とし、基本短期決戦型だ。戦いが長引けば長引く程に苦戦を強いられるだろうが、そこは斧槍の威力で補強している。
仮に彼が亡者と化したら勝てる保証などどこにもないだろう。それ程までにこの上級騎士は、実は戦闘力が高いのだ。ビビりなだけで。
我々には知る由も無いが、神々曰く渡りの凍て地という場所がある。それは門を横へ通り過ぎ、別棟へと向かう細い通路の事を指す。
とある神曰く、そこは常に死と隣り合わせ。梁渡りと同様狭く落下死のある危険な通路と、侵入者を拒む様な敵の配置がここを作らせた神すらも恐れさせた。
先程は運送業者と化していたレッサーデーモンは敵となり襲いかかり、槍から放たれる雷の矢で例え逃げられても攻撃する。
そして、それを抜けても神々の兵である銀騎士と呼ばれる強者達が、竜狩り用の弓で持って侵入者を奈落の底に叩き落とすのだ。隙を生じぬ二段構えとはまさにこのこと。
あの門が固く閉ざされているせいで私達はこの渡りの凍て地を進まざるを得なかった。やっとこさ素早いレッサーデーモンを処理したと思ったら、あり得ないくらい正確な大矢がどこからともなく飛んでくるのだ。まるで綺麗なセンの古城と化したこの地で、私とオスカーは進むに進めない状況に陥っていた。
「矢っていうより槍ね、これは」
すぐ横を通り過ぎた矢を見て私は呟いた。またしても落下死の危険性がある狭い通路、その途中に伸びる尖塔を盾に矢をやり過ごす。
「かつて朽ちぬ古竜に対抗するために尋常ならざる弓を用いていたとは聞いていたが……まさかこれほど大きいとは」
竜狩り。それは神々の古い戦いだ。原初の火が熾り神々が竜の殆どを駆逐しても尚、竜狩りというものは行われていたそうだ。まさかそれを転用してこんな落下死装置を作り上げるとは思ってもいなかったが。
ちらりと顔だけ覗かせて矢の飛んできた方を見てみれば、銀の鎧を輝かせた騎士がこちらに馬鹿でかい弓を向けていた。顔を引っ込めた途端に矢が通り過ぎる。
「ふぅ……でも突破しないとにっちもさっちもいかないわね」
「ああ……ここはまだ足場が梁よりも広いから臆することはないが……」
基準が分からないが、オスカー曰くここの狭さならば怖く無いらしい。それを聞いて安心した、流石に黒騎士レベルの敵を複数駆逐するのは無理だ。先行する必要は無さそうだ。
「次の矢が通り過ぎたら一気に走るわよ。私が先頭」
「心得た」
頼もしい上級騎士様と矢を待つ。頭が良いのか悪いのか、左右から放たれる矢はほぼ同時だ。時間差で打って来ているのならばもっと面倒だったろうに。
そして矢が二本、すぐ横を通り抜けて私達は一気に走り出した。やはりオスカーよりも私の方が足が速い、私の背後を走るオスカーとの距離が離れていく。
「左の奴を殺りなさい!」
大矢が掠める中で叫ぶ。彼の返事を聞く事もせずに私は辿り着いた白の壁際で一気に右へと突っ走った。きっとオスカーならうまくやれるはずだ。
銀騎士は素早く弓から手を離して腰の剣を抜刀する。王の薪に同行しなかった心弱き連中だ、きっと黒騎士よりは弱いはず。
狭い通路とも呼べぬ場所で、私はそのリーチを活かした飛び斬りをする。大振りな一撃は、しかし銀騎士の上質な盾で防がれた。腐っても神の騎士か。
盾で防ぎながら剣を突き立てようとする銀騎士を見て、私は瞬時に背中の草紋の盾を振るった。
完璧なパリィ。ガンっと剣を弾かれた銀騎士はやや体勢を崩し、すかさず私は斧槍の柄でその脇腹を殴った。
いかに背の高く重い彼らでも、斧槍ほどの重量があればよろめかせるには十分だ。そのままバランスの悪そうな銀騎士を蹴る。
呆気なく落下する銀騎士を見て、私はホッとした。黒騎士相手に何度も死んでパリィを学んでおいて良かった。あの死が私を強くさせたのだ。
「機転が効くな、君は」
オスカーはといえば、銀騎士を剣技のみで屠ったらしい。この狭い場所で斬り合い無傷とは恐れ入る。だがこれでようやく本城に侵入できそうだ。
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