小ロンド、封印
城下不死街にある教会、その離れの塔ではいつものように金槌を打ち付ける音が響く。
甲高く力強い音は鍛冶の現れ。鍛治とは武器に命を吹き込む事に他ならぬ。武器とは正しく戦士の命である。武器があり、戦士の力量があってこそ輝くそれは生命線。鈍では並の相手にも苦戦を強いられ、かと言ってあまりにも殺し過ぎる刀剣では足りぬ技量故自らを傷つける事もあり得る。
何事にもバランスというものが必要なのだ。そして武器を調整するのはいつの世も鍛冶屋というわけだ。
アンドレイは折れた直剣を渡され、難しそうに唸った。いかに武器を鍛え、調整する彼でさえも折れて使い物にならなくなってしまった剣はどうする事もできない。
「あぁ……お前さん、これは俺じゃ無理だぜ。いや、きっとどんな鍛冶屋でもこれは無理だ……折れて役目を終えてしまった剣ってのは、どう修理しようが元には戻らない。むしろ継ぎ合わせて使おうものならもっと酷い目に合うのさ」
隣で頭を抱える上級騎士に向け、しかしアンドレイは正直な事を告げる。
折れた直剣。即ち壊れたアストラの直剣とは、オスカーの騎士の誇りだ。不死となり追い出されたと言えども彼は自らの故郷であるアストラに対しては人一倍の誇りを抱いている。おまけに家宝となれば尚更折ってしまった事に対し自責の念を感じているに違いない。例え相手が神であったとしても。
「そうか……もう、使命を終えてしまったんだな、この剣は」
無理矢理自分に言い聞かせるように若き騎士は言った。そんな悲しい顔……兜に隠れてはいるが、人の良いアンドレイとしては見たくはない。何とかしてやれないかと考える。考え、しばらく静寂がこの鍛冶場を支配した。
そして膨大な人生の中で知り得た知識を手繰り寄せる。
「……なぁ、もしかしたら何とかなるかもしれん」
「本当か?」
呟くようにアンドレイは語る。その言葉に食いつくのは当たり前だった。鍛冶屋は頷き、唯一できるであろう事を若人に告げる。
「お前さん、アノール・ロンドには行ったんだろう? そこに巨人のぶっきらぼうな鍛冶屋がいただろう」
確かに、いた。それどころか武器を強化してもらってもいる。確かに彼は言葉が苦手で、それを補って余りある程の技量で武器を鍛えていた。それに彼は神の都の鍛冶屋なのだから、もしかすれば神秘的な術でこの剣を治せるのかもしれない。
だがどうしてそれをアンドレイが知っているのだろうと疑問も抱くが、今は特別重要では無いのだ。
「あいつなら何とかなるかもしれねぇな。武器に強力な
だがな、とアンドレイは付け加え。
「武器っていうのは、そう易々と生まれ変わらせるもんじゃねぇって思うぜ。武器には主人と共に歩んできた歴史がある……生まれ変わるっていうのは、それら全部を無かった事にする事に他ならねぇんだからな」
だから。きっと彼は、変質させこそすれど未来でも武器を生まれ変わらせることはしないのだろう。それだけ彼の武器に対する愛情は深い。
オスカーはしばらく悩むように立ち尽くす。生まれ変わるということは、即ち異なる武器になるという事。そこにきっと、アストラの誇りは無いのかもしれない。誇りと血筋を重んじる貴族にとっては重大な事柄だ。だがそれでも、立ち止まっている訳にはいかないのだ。
火を継ぐために。使命を果たすために。悲劇を繰り返さないために。
「……ま、最終的にはお前さん次第だぜ。これがあの嬢ちゃんなら何も悩まなかったんだろうが」
使えりゃなんでも良さそうだからなあの子は、とアンドレイが笑う。確かに例の聖職者が重視するのは武器の血統とか誇りとかよりも強さと扱い易さだ。斧槍はその最たる例。
オスカーは折れた直剣を鞘に納めれば、アンドレイに礼を告げてその場を立ち去る。火継の他にやる事ができた。強大な
小ロンド。前にも説明した通り、そこはかつて深淵に魅了された小人の公王達が繁栄させた小国だ。今では封をされたように水で満たされ、その殆どが仄暗い水の底に沈んでしまっている。
四つの王の
「はぁ……気に入ってたんだけどな、この場所」
祭祀場の篝火で休息を取る私の耳に、ふとそんな言葉が入る。それは心折れた騎士。彼は鼻を塞ぎながら立ち上がる。
初めて彼が立つ所を見た気がする。どこかへ行くのだろうか。ここを気に入っていたらしいあの騎士が?
「珍しいわね、あんたがここを離れるなんて」
「人をそんな風に言うなよ……まぁ、なんだ。ここはあの蛇のせいで臭くて煩いしな。ちょっとばかり、俺も頑張ってみようかなって……それだけさ」
驚いた。まさかあれだけ使命に対してあーでもないこーでもないと文句を垂れていたのに。人とは変わるものだ。そんな私の表情を見たせいか、彼はやめてくれ、と首を横に振った。
「そんなに俺が何かするのがおかしいか?クソ、舐められたもんだぜ……」
「そりゃあんた、誰だってそう思うわよ」
そうかい、と彼は不貞腐れたようにこの場を立ち去る。どうやらその方角からして祭祀場を降りて小ロンドに行くようだ。私もこの後ローガンに魔術を教えてもらったら行くつもりだから、そのうち会うかもしれない。
その後休息を終えて私は大きな帽子を被る賢者様の下へ向かう。どういう訳か嬉しそうな表情を浮かべるグリッグスは師から離れた場所にいるが、特に何も抱かずに私はビッグハット・ローガン、その人の思索を中断させた。
「ほら、約束通り魔術を教えてくださいな」
「うん? おお、貴公か。待っていたぞ。約束だからな、魔術を教授しようじゃないか」
そうして私は、ようやくロードランにおいて実用的な魔術を学ぶ事になる。魔術を学ぶということは、即ちスクロールを自らに適応させるということだ。それには相応の
それでも全てをこの身にできない辺り、やはり魔術というのは奥が深く値段が高い。仕方のないことか。
ソウルの矢の上位互換であるソウルの太矢や強いソウルの太矢、そして彼を代表するような魔術であるソウルの槍を覚えられたのは大きい収穫だ。
試しに近場の壺目掛けてソウルの槍を放てば、強力かつ大きな青白い光は壺を尽く粉砕し、それでも止まる事はなかった。これは使える、今までのソウルの矢が弱過ぎたのだ。
「ふむ、貴公は見所があるな。恐らく知識に対する欲求が深いのだろう。理力とは、即ち叡智に対する欲なのだからな」
何やら小難しい事を言うが、分からないでもない。確かに私は知らない世界を見たくて旅をしていた事もあるし、奇跡を学ぶのは苦痛でしかなかったが勉強は嫌いじゃなかった。ただ神々の虚飾混じりの物語を勉強と言うのかは微妙だが。
強力な魔術を覚え、今度こそ私は小ロンド遺跡へと向かう。魔術も呪術もそれなりに覚えられた事だし、斧槍は強いからそれなりに戦えるだろう。
相変わらず
そこで、正面から何かやって来た。
最初は生きの良い亡者かと思った。剣を抜いていたし、それなりに殺意を感じたから私も斧槍を構えたのだ。構えてから、薄暗い景色の中でもようやく相手をはっきりと視認できる位置まで互いが近寄った時の事だった。
その亡者が、私の知っている誰かであったことに気付いたのだ。
心折れた騎士。それは先程までの血の通った生者とは打って変わり、死んでしまったのか亡者らしい顔でこちらを睨む。いつものような悲観的な皮肉では無く、口にするのは唸り声だけ。
ああ、そうか。結局は彼もまた、この神の地に敗れてしまったのだ。今度こそ、完膚なきまでに。
「……別に、あんたのこと好きでも嫌いでも無かったんだけどね」
そんな呟きも、彼の耳には届かない。ただ剣を振るう一人の亡者。その一撃をあっさりと、私は盾でパリィすれば。
「それでも、知り合いがこうなっちゃうのは、やるせないよね」
脳裏に浮かぶのは私を助けたバーニス騎士。そして目の前の騎士もまた、その内の一人として加わるのだ。
斧槍を胸に突き立てられ、チェインメイルごと胸を穿たれた亡者はあっさりと死んでいく。こんなはずじゃなかったはずだ。心折れたとはいえ、こんな風にあっけなく死んで良い奴じゃなかった筈なのだ。
だって彼もまた、敗れたとはいえ使命に挑んだ英雄なのだから。私達と同じ哀れな不死の一人なのだから。
情けはかけない。そんな事をすれば、次にこうなるのは私かもしれないのだから。
斧槍を引き抜き、大した
ぼとりと、世界蛇が甲冑を吐き出した。否、一人の騎士をその場に到着させたのだ。
それはアストラのオスカー。王の器を入手した事を世界蛇フラムトに報告した彼は、感極まった彼を宥めれば王の器を納めるべき場所へと案内すると言い出したフラムトに咥えられ、地下深くの祭祀場へとやって来たのだ。まさか涎まみれになってまで来るとは思っていなかったが。あまり臭いなどを気にしない彼でさえも世界蛇の口臭はキツい。オエッとえづきながらも立ち上がれば、そこには大扉があった。
火継の祭祀場、その最奥。即ち最初の火の炉。伝承に聞いていた場所に通じる扉が、そこにはある。
「ここは大王グウィンの後継を迎える神域じゃ。さぁ、その台に王の器を置くが良い」
感動もそこそこに、オスカーは言われた通り
すると、どうだろう。器の内に火が灯ったかと思えばその光が収束し、遥か頭上へと高々に伸びていく。それが収束したのと同じ頃、フラムトが臭い口を開いた。
「うむ、よろしい。ではわし、フラムトが王の器であるお主に、探索者として次の使命を与えよう」
重複になるが、それはやはり分け与えられた王の
初まりの火を共に見出した者達。即ちイザリスの魔女、最初の死者であり墓王ニト、王の
それは、きっと今までに戦ってきた者達よりも更に強者であろう。
だがやらねばなるまい。彼の不死としての使命を成就するために。それこそ火を継ぐということ。
「では、地上に戻ろうか。やる事が沢山あるぞ!」
そう言えば、フラムトは嫌がるオスカーをまた咥えて地上へと戻る。しかしこれで道は開かれた。これで良い、これで私も、偉大なる
「ダークレイスとは人と、
目の前の、赤いローブを着た老人が語る。彼と私は小ロンドにあるとある廃墟の屋上から、その水門を眺めていた。
「ダークレイス……
白教にもその言い伝えはある。かつての英雄アルトリウスは曰くダークレイスを狩る狩人だったそうだ。酷く
そう答えれば、彼はうむと頷いた。
「わしは公王ごとこの小ロンドを封印しておる。ここは奴らを生み、ただそれを封じる為に滅びたのじゃ……」
「無垢な民衆を犠牲にしてまで、ね。神々のしそうな事だわ」
皮肉混じりにそう言えば、彼は何か驚いたように言った。
「お前さん聖職者であろうに……まぁ良い。たまにはそういうのも良かろうて。それに王の器の資格もあるようじゃしの」
「分かるの?持ってないのに」
そう尋ねれば彼は老人らしく笑う。
「これでも長く生きておってな。お前さん、王女に会ったのだろう?ならば目的もわかるわい……わしの封印しとる公王に用があるのじゃろう」
その通りだ。オスカーとどれだけ世界が隔てられているのかは分からないが、効率良く彼が火を継ぐためには公王には死んでもらわないとならない。
すると老人……癒し手イングウァードは懐から古びた鍵を取り出した。
「これが封印の鍵じゃ。くれてやる」
手渡されたそれは、水門に繋がる鍵のようだ。それは助かる。何にせよ水をどうにかしないと、水に嫌われた不死では公王に辿り着く事もできないだろうから。
不死とは水に浮く事は無い。水に浮くのは生者である証。呪いは秘匿されるべきで、故に全てを覆い隠す水は不死を沈めるのだろう。そんな事を、昔習った。
「四人の公王はこの遺跡の最深部におる。この鍵で封印を解き、水門を開いて進むが良い」
有り難く、私は鍵を
「一つだけ忠告じゃ」
曰く、公王は深淵と呼ばれる深い闇に住んでいるらしい。そしてそこは尋常な者が辿り着ける場所では無いらしく。例え辿り着いたとしても、どう足掻いても死を待つしかないのだそうだ。そんな所行けないじゃないか。
「どうやって行けばいいのかしら」
「ふむ……遥か昔、騎士アルトリウスだけが深淵を歩いたという。彼を探し、力を借りれば……或いは、深淵に入れるかもしれんぞ」
「でも、騎士アルトリウスはもういないんでしょう?」
「うむ……封印しといてなんだが、わしもそれくらいしか助言できんよ」
彼はあくまで守り手だ。公王をどうにかするとは考えなかったのだろう。とにかく今のままではどうしようもないので、少し彼から買い物をして小ロンドを去る。呪いに対する品物を主に買った。何だってここの幽霊はこっちの攻撃が当たらないんだ。道中の亡霊共は全て無視した。
しかしアルトリウスを探すのが先か。王女グウィネヴィアにでも聞けば良いだろうか。私の苦労は絶えることは無さそうだ。
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いやぁそうでもないっすよ