人とは何に対しても無力なものだ。
火に憧れるも近付けば焼かれ、渇きを潤す為に水辺に寄りすぎれば溺れ死に。何をしようにも適量というものを求められる。
だからこそ大沼の呪術師達は警句するのだろう。火を恐れよと。自惚れ、扱い切れると思ったものこそ危ういのだ。いつかその慢心は自らを焦がし
それは呪いに対しても同じこと。
人は成長し学ぶ生き物だ。火を克服するために我々は直接触れることはしない。水に溺れないために水盆を用いる。そうする事で営んでいく。
だが呪いとは。呪いだけは、どうする事も出来ぬのだ。ただ呪われ、死に、不死人であるならば呪われ続ける。不可思議かつ不気味な呪いとは未知の領域。人の内にあり、しかし害をもたらすもの。人間性のようなものだ。
その白竜は、静かに何かを瞑想しているようにも見えた。姿こそ違えどその姿は学者そのもので、竜の表情など分かるはずもないのにどこか聡明さが伺える。
その姿にしばし私は見惚れてしまっていた。噂通り、鱗の無い白竜の皮膚はどこか歪だが、それでも背の翼は結晶のような輝きを放ちどこか神秘を感じるのだ。
だが、そんな静寂も長くは続かない。白竜は私の存在に気が付いたのか長い首を動かして振り返るとその鋭い瞳で私を睨みつけた。
白くも充血した瞳は、彼の狂気を表すかのよう。身の内にある何かがぞわりと震えるが、必死にそれを押し殺して斧槍を構えた。相手が何であろうとも打ち倒すしか道はない。それこそ不死らしい。
白竜が咆哮を上げれば、大書庫の空気が震えた。鼓膜の奥を揺らす音量。だがそれだけではない。あの咆哮にはまた異なる脅威もあるに違いなかった。
まるで木の根っこのような複数の尾が動き、飛ぶ事もなく彼の白竜はこちらを振り向く。そしてそれが合図。
私は声も発さずに鈍重な白竜に肉薄する。この部屋は竜と戦うと狭いが、その分私の素早さを活かせるだろう。一秒も経たぬ内に私は白竜の足元へと到達し、デーモンを屠るための斧槍を振り下ろす。
肉を斬る感触。だがいくら重く鋭い刃を持つ斧槍と言っても竜相手では不足だったようで、いつものように両断する事は叶わぬ。しかし確かな手応えはあった。血が噴き出て、白竜がしばらく悶えるほどには。
子供のように暴れる白竜から距離を置き、一度観察する。強大な相手と戦う事において観察は大切だ。こちらは手数を重ねて相手を倒すのに対して彼らはただ一撃を与えれば不死に対し致命傷を与えられるのだから。
観察し、隙を探り、何度も攻撃する。そうしてこそ活路が開ける。
だが、どうした事だろうか。白竜がしばらくその場で暴れたかと思えばあれだけ深かった傷など何処にもないではないか。
「回復は不死の特権だと思っていたけれど」
少しばかり悔しがり、私は魔術師の杖を構える。それならば近付かずに攻撃してみようではないか。脳裏で詠唱するはソウルの槍。ビッグハット・ローガンに授かりし叡智の結晶。
それはソウルの矢とは比べ物にならない程の太さと光量を含んだ一閃。オーンスタイン戦の時であれば、確実に致命傷を与えられていたであろうほどの威力だ。
魔術とは理力の爆発に近い。それを自らの理性で制御する事で成り立つのだ。しかしそれらを全て……自らの内に流れる
例えば火が生まれれば、熱が起こる。熱とはエネルギーの放出に他ならない。人が得られる恩恵とはごく僅か。運動エネルギーや熱エネルギーを全て余す事なく利用はできないだろう?魔術についても同じことが言える。
ソウルの矢やソウルの槍は、元を辿れば全てが同じなのだろう。だがエネルギー効率の兼ね合いで大なり小なり無駄が生じる。ソウルの矢を打ち出す際にエネルギーの無駄を抑えれば強いソウルの矢になるし、もっと絞ればソウルの槍と化す。
何を言いたいかと言えば、ソウルの槍を撃ち出せるほどの魔術師はそうそういるものではなく、ソウルの業によって理力の極まりかけている私の槍はビッグハット・ローガンほどではないにせよ強いものだ。それこそ不死院のデーモンくらいならば一撃で屠れるほど。
それを、白竜はどこ吹く風とばかりに受けてみせた。槍を受けた肌は一切傷付かず、ただ彼の白竜はこちらにその凶悪な面を向けて咆哮する。
魔術の祖。それは単なる魔術の発見者ではない。自ら生み出し、解析し、極めた魔術とは、即ち白竜そのもの。膨大な魔術に魔術をぶつけても何ともならぬ。白竜は生きた魔術なのだ。故に、魔術では傷つけられぬ。
「タチが悪いわねっ!」
仕方がない。また斧槍を両手で構えて私は走り出そうとして。今度は白竜がお返しとばかりに魔術を繰り出す。
白竜とは結晶である。結晶とは魔術の極み。魔術の塊でありそして根源。白竜が自身の真下に吐き出すブレスは原始的でありながらも最も効率が良い魔術だ。
そして白竜も高い知性を持った生き物であるならば、感情もある。感情とは呪いの根源。誰に対しての呪いなのだろう、しかし今となってはただ吐き散らすほどに余るものなのだ。
それは結晶となり、部屋を埋め尽くした。
「うっ、ごぉ! あがぁっ」
地面から無数に突き出た結晶の刃が私の身体を縦横無尽に突き破る。
久しぶりの明確な死の予感。身体中のあちこちが悲鳴を通り越して何も感じない。全身が冷たくなる。それでも意識は手放せない。だがこの程度ならばまだ動く。エスト瓶を飲みさえすれば回復できるのだから。ミンチにされる事に比べれば、まだ優しいだろう。
「あ、あああ! ぐぅううう!?」
だが、それでは済まない。何かが内側から溢れてくる。まるで魂が、人間性が暴走し、形を持って肉体を突き破ってくるような感覚。ただの呪いではない。結晶の呪い。それは確かに、私を殺してみせた。
私の絶叫と共に結晶が身体の内側から突き出てくる。魂が揺さぶられるとはこう言う事なのだろう。痛みが鋭すぎるせいか、そんな風に冷静に分析し私は意識を手放す直前まで白竜シースを殺す方法を考える。
だが結局、答えには辿り着けず。私は呪われまた死んでしまった。
「英雄アルトリウス様の相棒……ですか?」
その宵闇に潜む少女は投げかけられた質問を復唱した。その傍で上級騎士の鎧に身を包むアストラ出身の騎士は岩に腰掛けながら頷く。
オスカーは巨人の鍛冶屋から得た情報をもとに彼の英雄を探すも、あまりにも遠い過去の情報など都合良く転がっているはずもなく途方に暮れていた。ならばと古い時代に生き英雄アルトリウスに助けられたという宵闇を思い出し、この湖に来たのだが。
宵闇はうーんと難色を示し指先で頬を押した。その様がどうにも愛らしくオスカーは見惚れてしまう。
「私も直接会ったというわけではないので……でも、微かな記憶が言うのです。確か、あの御方とご一緒だった方は私達のようにただの人であったと」
「ふむ……人か」
人ならば今生きているはずもない。不死が現れたのは火が陰ってからの出来事だし、英雄アルトリウスの時代はまだ大王グウィンが健在だった頃だ。ダークリングが現れる遥か前。
「ですが、そうですね……確かワンちゃんを連れていたと、乳母から聞いた事があります」
「ワンちゃん? 犬かい?」
厳密には狼ですと、宵闇は語る。それも大きな狼だと。子狼にも関わらず、その大きさは人を超えていたのだと。ならばその狼はもしかすれば通常の生命の枠を超えていても不思議ではない。獣とは、人以上に神性を得やすい生き物なのだから。どこかで生きていても不思議ではないだろう。
「もしかすれば、今も何処かでアルトリウス様の事を偲んでいるかもしれませんね」
と。心優しき少女は言うのだ。そして騎士は少女の瞳に淡い恋心を垣間見る。それは叶わぬ恋、英雄に憧れる姫様そのもの。
オスカーはただ、手に握られる折れた直剣を眺める。彼が少しばかり抱いた恋など、不死には似合わない。そんな事はわかっているつもりだった。
冷たく硬い感触が頬を刺激する。瞳を開けば自分がどこかの小部屋に横たわっているのだと理解できた。
死ぬ直前のあの感触。身体の奥底、魂が叫び物理を伴って肉体を突き破ってくる感触。それを思い出して吐き気を催す。だが不死の胃袋には最早何も無いのだ。故に私はただ、えづきながら立ち上がり周りを見回した。
目の前に弱々しい篝火はあるものの、ここは最後に休憩した篝火では無いようだった。どうやら私はその魂の送還先を縛られたらしい。近場には柵があり、外では呑気に看守である蛇人が居眠りしていた。
私は寝起きのように肩を回してから目の前の篝火に触れる。するといつものように篝火は勢いを増した。エスト瓶は減ったままだから補充しなければならない。
篝火に座り、私は自らのしわくちゃな手を眺めた。亡者化しているようだ。死んだら亡者に逆戻りというのは良くある事だが、これは単なる人間性の喪失によって引き起こされた物ではない。呪いの作用のようだ。確かに私の中の
ならばと、私はイングウァードから購入していた解呪石を握り潰す。
人間は呪いに対して無力であるとは先程語ったが。何かに押し付ける事は得意なのだ。責任であれ敵意であれ。人とは真に醜いものか。石に押しつけた呪いは私から離れる。そうすれば人間性を用いて人へと戻るだけ。
さて、休息は死んだおかげで十分に取れた。ならばあとは脱出してあの憎き白竜に復讐するだけだ。私が実験体にされる前に、という注意書きを添えて。
幸い看守は柵に寄り掛かるようにして寝ているから、鍵は奪える。人に姿を似せても所詮は蛇、竜のなり損ないか。なんて事はない、あっさりと鍵は盗み出せた。こっそりと牢の鍵を開ければ、私は斧槍でバッサリと蛇人の頭部を切り離して永遠に眠らせてやる。
とにもかくにも、脱出に成功した私は周囲に目をやる。何とも壮大な書庫だ、まさか巨大な螺旋階段の壁を本棚にするとは。いや、逆なのだろうか。今となっては聞く相手もいないだろう。
ここは先程いた場所とは離れているのだろうか。とにかく、探索しない限りは何もわかるまい。何やら下方から気配を感じる。敵を回避するのは容易いが、何か下に有益な物があるかもしれない。それこそ白竜を倒せる何かが。
そんな考えで階段を降れば、何やら下で動きがあった。私の存在に気が付いた蛇人達が忙しなく動き、何かの仕掛けを動かそうとしている。もしやセンの古城のように罠でも作動させる気か。
だが、実際には分かりやすい罠などではなかった。何やら奇怪な物から音が鳴り響いているのだ。
かなり耳障りな音だ、おまけに大きいとなれば止めにいかざるを得ない。そしてそれを鳴らした蛇人達はたまらんと言った様子で耳を塞ぎ、階段を駆け上がってくる。そんなに嫌なら鳴らさなければ良いのに。
しかしそんなに逃げ出す程に嫌な音だっただろうか。蛇人は私を無視してまでも逃げようとしていたようだ。もちろん斬り捨てたが、どうにもその光景が気になった。
そして数秒後にはその秘密を知る事になる。彼ら蛇人は音から逃げ出そうとしていたわけでは無いのだと。
それは、蛇のようで蛇ではない。人のようで人ではない。あれは一体何だ。まるで乙女達のような美しい
蛇女とでも言えば良いのか。女らしさなど、身体のカーブくらいしか見当たらないのに。
それらは群れで階段を登り、私目掛けて突撃してくる。
一体ずつならば良い。だが不死とは如何に相手が弱かろうとも複数戦に弱いもの。私が取れる手は一つだけだ。
逃げる事だ。これは即ち、人の叡智。
ただ逃げるだけでは速度的に追いつかれてしまうだろう。ならば私はあの蛇女とすれ違うように階段を駆け降り、先程蛇人が作動させた機械へと逃げ込むのだ。
奴らが器用でなくて助かった。音の発生源は最下層の梯子の上にあったから、あの蛇女達は私を追っては来れなかった。そしてレバーを操作し音を止めれば狂気が失せたかのように蛇女達は大人しくなってしまった。一難去ってまた一難とは言うが、こうも連続して難関ばかりとは先が思いやられる。
「それで、我が師よ。貴方はまた囚われたのですか」
私だけが災難続きでは無いらしい。どうやらビッグハット・ローガンもまた囚われてしまったようだ。篝火も無いのにしっかりと人を保てている辺り、中々にやり手だ。
彼は檻の中で私に気がつくと、面目無いと苦笑いする。
「恥ずかしい話だが、見ての通りだ。貴公、開けられぬか?」
言われるまでもなく、私は針金とピックで解錠する。多少難しかったがなんて事はない。だが師よ、師弟揃っていくら魔術を極めた所でこういった罠を潜り抜けられなければ意味はないだろうに。
いつも通り彼を解放すれば、彼はすまんなとだけ謝ってから言って見せた。
「助かった。これで貴公に新たな魔術と……白竜の秘密を伝授できる」
「……ほう、秘密と」
どうやら私の死と苦労は無駄ではなかったようだ。ローガンは頷けば、神妙な面持ちで言ってみせた。
「貴公もあの白竜と戦い、囚われたのであれば分かると思うが、あれは我々とは違い本物の不死だ」
本物の不死。それは傷付かず、朽ちぬ古竜という意である。
「まるで時間が戻ったように回復していました」
「うむ。それはシースが古い竜達を裏切って手に入れた秘宝……原始結晶の効果らしい」
原始結晶。聞いた事はないが、さぞかし大層なものなのだろう。
「故にまず原始結晶を壊さなければシースを傷つけることもできないだろう」
「それはどこに?」
囃し立てる私をローガンは焦るでない、と言って宥める。
「この書庫の中庭、結晶の森の奥だ」
なるほど。次に向かうべき場所ができたようだ。それを壊せばあの白竜を葬れる。
百合ばかりの番外編を
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見たい。百合こそ人類の宝、ダークソウル
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いやぁそうでもないっすよ