結晶洞穴、白竜
聖女とは、その
生い立ち、生き様、信念、そして人間性。それら全てを抱括したものを聖女と呼ぶのだ。人々のためにその身を捧げ、神の教えを説く。
タチの悪い神々に捧げる信仰心が彼女達を支え、補っている。まさに聖職者の鑑だろう、聖職者なのに信じる神などいない私には微塵も無い感情だ。故に私は聖女たり得ないただの不死。まぁそれはそれで良い。
正直、捻くれた私にとって聖女という生き方は好ましくない。人とは真、自らのために生きてこそ人らしいというのに。故にロードランに蔓延る亡者共は他世界にすら生き場所を求める。
でも、聖女という存在については……そうさね。綺麗だと思う。その魂も、在り方も。抱きしめたいとは思う。それはあの、火防女に抱いた淡い感情に近い。
だからこそ、犯されてはならない。
彼女達は清いのだから。その最期が、否。不死であるが故に最期ですらない。その末路が、こんな悍しいものであっていいはずが無い。
神々よ、貴様らを信じた者達の末路なのだぞ。力があるのだろう、ならばなぜ迷える子羊を助けないのだ。
こんな、こんな。悍しい化け物になる事が、信仰の先にあるものなのか。
ただ泣いて俯く蛇女を、私は見つめることしかできない。憎悪と嫌悪、そして怒り。あの白竜が犯した罪はかき消せやしない。
いくら姿が変わろうとも、その
そんな声が、聞こえた気がした。気がしただけ。私という存在が、今から穢された彼女達を、更に穢してしまうのだから。
書庫塔とでも言うべきか。私と師が囚われていた場所は書庫の別棟だったようだ。殺した聖女から鍵を奪い、書庫塔を出れば連絡通路を渡って先程の書庫へと戻ってこれた。最も私が戻ってきたと思っていた場所は書庫の更に先のようだが。
忌々しい白竜の手先、六目の伝導者共。今ならば分かる、奴らがロードランに点在していた理由は実験に相応しい者共を見定め拉致するためだ。大方不死教会の伝導者も、あのバーニス騎士が虚いでも護っていた火防女の魂を狙っていたのだろう。
こいつらはここで皆殺しにするべきだ。
結晶の兵士共を蹴散らし伝導者を皆殺しにする。正直苦戦はしたし一度死にもしたがたかが一度の死で心が折れるほどヤワではない。
故に虐殺は簡単だった。綺麗に整頓された書庫は、今では砕けた結晶と血が飛び散る悍しい館と化している。
ちょっとしたバルコニーに設置された篝火に火を灯し、そこから見える絶景に目を凝らす。
どんな死地や肥溜めにあろうとも、見える景色は変わらない。青空とは真、心を落ち着かせる。柄にもなく義憤に駆られてしまった。
だが後悔はしていない。綺麗なものを穢されてしまったのなら、怒るのは最もだろう?私はただ、人間らしいだけなのだろう。これがオスカーならばどう感じただろうか。やはりお人好しの彼も同じく義憤に駆られただろうか。考えるだけ、無駄だろうか。
聖女で思い出したが、あの胡散臭いペトルス一行にいた聖女は無事だろうか。聖女が墓暴きなどするものではないが、無事だと良いのだが。
しばらく休んだら少し探索し、アルトリウスの文献と原始結晶を探すとしよう。私は少し、疲れたのだ。
「ハァ……あんた、アルトリウスの相棒を探してるのか」
金槌をひたすらに打ち付ける鍛冶屋は、騎士の一言故に手を止めた。何か思う所があるらしい、その厳つくも優しげな表情は、いつになく険しいものだ。
それでもオスカーは引くわけにはいかなかった。自らの剣を再生するために、強大な
「知っているのかい?」
アンドレイはまた金槌を振るうと、いつものように不死教会別棟には甲高い音が響く。
「悪いことは言わねぇ、やめときな。あそこは興味本位で侵して良い場所じゃねぇ」
騎士が何も言わず、しかしアンドレイは察した。けれどもそれで引き下がれるほど簡単な心をしているわけでもない。
「それでもだ、僕には
呆れたようにアンドレイは溜息を溢す。
「だからさ。
それでも引き下がらない。彼には他に優先して成すべき事があるのだから。そのために、自らの分身とも言える剣は必要なのだ。
「大体、そのクレイモアじゃだめなのか。今となっちゃその大剣も歴とした神々の武器に近しい存在だ。神聖を帯び、亡霊すらも斬り飛ばすほどだ」
既にオスカーのクレイモアは拾った時のような鈍ではない。強化され、神聖の種火によって悪しきものを蹴散らし、神すらも殺せる武器と化していた。
「いいや。確かにこの大剣は素晴らしいが、そうじゃない。この折れてしまった剣は、僕の誇りそのものなのだ。アストラの、貴い心なんだ」
「あんたには悪いが、俺にはその剣が本当に貴い者の剣には思えねぇな」
それはアストラの伝承にある邪眼の悪霊を退けた、本当に貴い者が持ったとされる剣である。人の真に持つ力を糧に、剣は強くなったと言うそれはアストラの直剣によく似ていて非なるもの。
「そんなの、僕にだって分かっている。でも、それでも、この剣に託されたのは、アストラの遺志だ」
貴族とは血を重んじる。血とは営み。故に歴史があり、伝統が受け継がれているのだ。それを折られたままでは彼は進めない。だから
とうとう根負けしたように、アンドレイは語った。
「黒い森の庭、その下に湖があるだろう」
それは天啓にも似た言葉だった。
「そこの端から上に登れる梯子があるはずだ。それで、あの白狼のいる墓所に行ける」
兜の下でオスカーは微笑む。暗い道に、一筋の光が差し込んだ瞬間だった。
そうと決まれば早速オスカーはクレイモアを背に鍛冶場を後にする。そんな節操の無い若者に同郷の鍛冶屋は声をかけた。
「お前さん、後悔だけはするなよ」
その言葉に、オスカーは足を止める。
「後悔など、とうに振り切っているさ」
どちらとも取れるその意味は。しかしその真意は本人だけが分かるものだ。
やはり英雄アルトリウスは死んでいる。それは間違いないようだった。
どの文献を読んでも彼の最期ははっきりとしていた。かつて亡国ウーラシールに蔓延った深淵を討伐しに向かった彼は、志半ばで倒れてしまったようで、最期には自らも深淵に飲まれたのだという。私の知る歴史とはかなり異なる。
であれば、深淵歩きとは一体何なのだろうか。暗い深淵を歩きその全てを屠ったとされる英雄が、深淵に飲まれたなどと。そしてウーラシールの深淵を真に祓ったのは一体。
どうやら白竜シースはその姿の見えぬ真の英雄を探していたらしい。どのアルトリウス関連の文献には必ず付箋が貼ってあり、どれもがその真の英雄に間する項だった。粗方実験材料にでも使おうとしていたのだろうか。
今、私は結晶の森にいる。見た目は広めの庭としか思わないが、なるほど結晶の森と言われるだけはある。森の奥に巨大な結晶が見えるではないか。今まで書庫で見てきた結晶とは規模が違う。遠目に見ただけでも奥まで続いており、半ば洞窟と化しているようだった。
結晶といえば、種火を入手した。火なのに結晶化しているとはおかしな事もあるものだが、あの白竜の啓智である事は間違い無いだろう。あの巨人鍛冶屋あたりに渡してやれば良い武器ができるかもしれない。
さて、一先ず有益なものがないか探索をする。森一帯にはあの結晶ゴーレムが蔓延っており、ただでさえ硬いのに複数いるとなれば苦労はする。おまけに金色の強化された個体までいる始末だ。
「……人?」
その金色の個体と戦っている時のことだ。不意にゴーレムの肩から伸びる結晶の中に、誰かが囚われているのが見て取れた。どうにも見覚えのあるシルエットは、あの玉葱騎士そのものだ。ふむ、彼も囚われてしまったのだろうか。
ゴーレムに意思などありはしない。ただ作られ、命じられ、主の意のままに操られる傀儡。故に硬かろうが苦戦などするはずもないのだ。
多少結晶を生み出す魔術には脅威を感じたものの、その散り際は呆気なかった。
そして、解放された玉葱の騎士が解放される。
独特の甲冑姿は突然の解放に驚いたのか着地と同時にらしからぬ華奢な声を上げた。どうにもあの御仁に似つかわぬ女性の声色だ。
「いたた……」
尻餅をつく彼女を訝しむ目で眺めると、私は声をかける。どうにもその仕草も女性らしいし、何より
「貴女、ジークマイヤーじゃないのね」
そう問えば、目の前の玉葱頭がこちらを向く。そのスリットから見える瞳は確かに少女のものだ。美しく、澄んだ……それでいて、苦労をしてそうな。
「父をご存知なのですか!?」
「父……ジークマイヤーの事ね。知ってるよ」
どうやら彼女はあの鈍臭い騎士の娘のようだ。
それからしばらく、事の経緯を彼女から聞く。どうやら知らぬ間にあのゴーレムに囚われてしまったようだ。動けないが居心地は悪くないと言っているあたり父親に似て変わった子だが、悪くない。ボテっとした甲冑の中を想像したら楽しくなってきた。
「あの人はどこか抜けているから……もし会ったらじっとしていてと、ジークリンデが言っていたと伝えてください」
抜けているのは君もだが。まぁそういう所も愛いものだ。
「伝えておくわ。ジークリンデ……良い名前ね、うふふ……」
強さも気品も感じられる名だ。良い、実に良い。やはり私は女性の
ジークリンデと別れ、結晶洞穴へと侵入する。何という光景だろう。これを神秘と言わずして如何とする。
見る限り全てが結晶で作られ、外の光を反射し辺りを照らしている。その光は七色に輝きとても妖しく、そして魅了される。所々にいる結晶ゴーレムと足場の悪さに目を瞑れば、観光地と言われても差し支えない。
それにしたって、足場が悪すぎる。おまけに光の屈折のせいか見えない足場すらもあるではないか。他世界の不死が書いたであろうメッセージが無ければ先に進めなかった。
どうやらここは前に倒した月光蝶の住処でもあるらしく、翅を休めるようにして寛ぐ月光蝶が随所にいる。なるほど、奴らは白竜の被造物だったか。敵にならなければどうでも良いが。
結晶洞穴という名だけあって結晶蜥蜴……つまるところの石守りも多い。それらを数度の落下死で狩り尽くせば、私はようやく足場の安定した場所へと辿り着く。
「あら、貝にしては殺意が高いわね」
一難去ってまた一難、今度は化け物と化した貝が脚を生やして襲って来る。一体ずつ誘き出してそれらを全て殺し切り戦利品を戴くと、次の広場へとやって来れた。
ようやく見つけた。大きな結晶の杖……あれこそ原始結晶に違いない。
大きなそれは先程述べたように杖状で、人が持つには余る。それこそ大きな竜が持つような……そんなものだ。白竜はあれを杖として魔術を生み出したのだろうか。それは分からないが。
警戒し、原始結晶に近付く。他の結晶とは違い自ら光を灯すそれは、神秘を感じずにはいられない。そして神秘とは人を惹きつけるものだ。知らぬものを知り、自らの知と化す事こそ人の本質、そして欲。なるほど、我が師ローガンといい白竜といい、真学者とは他者と異なるものなのだろう。そう考えれば、旅をしてまだ見ぬ知見を求めた私も案外学者向きなのかもしれない。
そして、神秘とは人を狂わすに値するものだ。故に結晶を生み出したとて白竜は狂気に呑まれた。いくら古竜であろうとも、根源は似たようなものなのかもしれない。
「来るか……白竜」
得た神秘を、秘する神を他者に渡そうとするものはいない。ましてやそれを壊そうとする者など、排除するに値する。
怒号をあげてやって来た白竜からしてみれば私は憎き略奪者だ。自らの啓智を奪わんとする、不届き者だ。だが残念かな、貴様の努力と怒りは私に打ち砕かれるのだ。貴様が犯した罪によって。
私が断罪するのだ。
ずっと蓄えておいて使わなかった火炎壺を握ると、私は原始結晶に勢い良く投げつけた。結晶とは脆いものだ。例え鋭く伸びようとも永遠ではない。
火炎壺が原始結晶に当たれば火炎と爆発を撒き散らし、容易く叡智の結晶を砕いてみせた。白竜はただ、その光景を手を伸ばして見ていることしかできない。
「古竜とて絶望もしよう」
背負っていた斧槍を手にし、左手に草紋の盾を握る。
白竜シースはこちらに狂気と憤怒の眼差しを向けると吠えた。言葉すらも通じぬ狂い様は、きっと昔の私では圧倒されていたに違いない。
けれど。けれどね。
悪夢は巡り、終わらないものだろう?
死という幸せから遠ざけられ不死という悪夢に囚われきった私に見かけは通用しない。ただ、斬り伏せるべき対象が現れたに過ぎないのだ。
「終わらぬ研究に沈め、白竜」
知とは、失って初めて気がつくものだ。
黒い森の庭。空すらも覆うほどに伸びた木々が光を隠し暗いのでは無い。そこは正しく時空の捩れ。この森だけは夜と化している。
光すらも届かず、ただ闇だけが支配するそこはかつて深淵に飲まれた亡国。しかしオスカーがそれを知る由もない。ただ暗く、鬱蒼としているとしか思えぬ啓蒙で彼は湖の端を歩く。
ふと、梯子を見つけた彼の視線に何かが映った。それは見知った姿。ただ宵闇と呼ばれる美しい華奢な少女。
彼女が居る場所は、かつて彼女を閉じ込めていたゴーレムがいた場所、湖の突き当たり。即ち彼女を救った場所。そこに、彼女は呆然と立ち尽くしていた。
不思議に思い、一先ず彼女の下へと向かう。そして背を向けて一点を見つめる彼女に声をかけた。
「宵闇……どうしたんだい?」
決して気付かぬ距離ではない。だが宵闇は何かに囚われたように動かず、しかし何かを呟くのだ。
懐かしい、懐かしいと。
「一体何が……」
その時だった。何もないはずの虚空に闇が生まれる。悍しい闇だったはずだ。暗く、光を全て飲み込もうとするものだった。
だが何故だろう。人はその闇に暖かさを感じるのだ。まるでそれこそが生まれ故郷だと言わんばかりに。不死が篝火を求めるように。
オスカーが宵闇に向けて走り出したのもそれと同時だった。闇から這い出てきた一本の大腕は、宵闇を握らんと迫る。
人の腕ではない。だが神でもない。そんな腕から守らんと、咄嗟に身体が動いた。気がつけば宵闇を抱き締め、騎士の身体ごとその掌は掴み取る。渇望するように、求める様に、焦がれるように。
騎士の叫びは虚空に響く。後には何も残らない。ただ彼らは招かれたのだ。深淵の縁に。その遺志を継ぐために。
子供のように暴れる白竜の手足を掻い潜り、私はその尾を両断する。斬り落とされたその尾はまだ生きているようで、主人から離れようとも暫くは動いていたが暫くすれば動かなくなった。
白竜は特段、強いわけではない。確かにその息吹が齎す結晶と呪いは強烈だが、彼はそもそもが学者だ。戦士ではない。故に戦いには疎いのだろう。
機動力と目標の小ささで勝る私はひたすらに奴の側面や背後に周り斧槍を振り回す。それだけで白い竜の肌は斬り裂かれ、痛みと怒りに震える咆哮を撒き散らす。もちろん傷は回復しない。最早この竜は朽ちぬ古竜などではなかった。
傷付けば、後は死ぬだけ。私は何度も古竜を斧槍で斬り付ける。
だがやられてばかりではないようだ。白竜は身震いして理力を溜めると自身を顧みず呪いの息吹を真下に吐き出した。すると着弾した地面から結晶が伸びてあたり構わず貫こうとする。
「それはもう、対策しているわ」
呟き、木の根のような白竜の尾を駆け登る。ツルツルとしていて足や手を掛け辛いが、斧槍を皮膚に突き立て強引に登る。するとどうだろう、地面から伸びる結晶など恐るるに足らず。白竜はただ自らを傷つけるだけ。
白竜の肩に登ると、そのまま飛んで首を斬り付ける。それは致命の一撃。あとはただ、地面に転がる様に着地すれば良い。結晶などもう砕けて消えているのだから。
白竜が咆哮し、首から夥しい血が噴き出る。その血は正に雨のよう。私はその身に竜の血を浴びた。
流石の古竜も頭を垂れて地に伏せれば、怖いものなどない。私は斧槍を頭上で回転させ、勢いを付けると一気にその脳天目掛けて突き刺した。
ぎろりと白竜の瞳が私を捉える。だが何も感じず、ただ脳天を掻き回すように斧槍を抉った。
その断末魔はまるで人のよう。叫び暴れる白竜は、しかし
彼はその散り際に、何かを呟いた。
娘たち。そう、呟いていたのだろうか。
だが、それが何だというのだろう。彼、又は彼女は犯してはならぬ罪を犯した。ならばそれを正さねばなるまい。例え私にそんな資格が無かろうとも。私がやらねば誰がやるのだ。
白竜の
そして、私はその
まるでクラーグを倒した時のような後味の悪さを、しかし私は意志で噛み殺した。死ねば最早遺志など他者のものなのだから。今感じた遺志は私には関係が無いのだ。そう、関係が無い。
気がつけば斬り落とした白竜の尾は輝く剣と化している。それを無造作に引き抜き
何となくわかるかもしれませんが、啓きかけています
百合ばかりの番外編を
-
見たい。百合こそ人類の宝、ダークソウル
-
いやぁそうでもないっすよ