狂気とは、真学術の真髄である。
人は生まれながらに学ぶ生き物だ。生活、文字、生き様。それらは全てが生まれながらにして持ち得ない物であり、人は学び継承する事で次の世代の子孫達に繋いでいくものだ。
例えば火の扱い方。人は火への恐怖を克服し、無から起こし、暮らしに役立てるだろう。しかしいかに火の熾りが偶発的であったとは言え、人はそれを言葉や文字で継承しなければ残せなかっただろう。
学術の世界はその色が特に濃い。ある学者が生涯研究し、突き止めたものを本や言語にして他者に流布する。時にそれは秘匿され、いつしか特定の者達のみが継承していくものだが、基本的には同族に共有されていくものだ。
魔術、呪術、それらは須く継承されてきた。皆が扱えるように、多少の才があれば使いこなせるように。力と火の警句と共に、それはずっと共にある。
時に秘匿されると語ったが、この場合その情報や学術が所謂神秘を帯びている場合が多い。
例えば、古竜。その存在を知らぬ者はいないだろうが、具体的にどんな生き物でどういった在り方をしているなどと知っている者は限られている。それはその者達が古竜について秘匿をしているからに他ならない。彼らが何を以って秘匿をするのかは分からないが、少なからず古竜に神秘を抱く者は少なくはないしそれは白竜が残した文献からも明らかだった。
もう一つ。例えば、呪い。呪いとは即ち、人の感情そのもの。言い換えれば人間性の負の側面とでも言うべきか。
呪いとは表立ってするものではない。人とは衝突を避けようとするものだろう。故に、呪いとは秘して行うべきなのだ。自らも呪われぬように、ひっそりと。
そして呪いも、ある種人が扱いしかしその由来も作用も分からぬ神秘である。そして秘匿される。
狂気とは、そうした継承の元に生じたある種の弊害である。人は学ぶ内、一定の人数が極めようと努めるのは知っているだろう。そうした極みを目指したものたちが共通して学術を通して垣間見るのは、その学術の神秘である。そして神秘とはまた、人を狂わせる。
神々が秘する、と書いて神秘。故に人では扱い切れぬもの。だからこそ、狂うのだ。悪夢的な啓蒙に感化され、脳を啓かれ、常人は皆それらを狂うと言う。しかし果たして本当にそれが狂っているのかは分からないではないか。人は皆、自分の物差しで相手を測るのだから。真理に辿り着いたものの考えなど、分かるはずもないのに。
「誰だ……私の研究を邪魔するな……邪魔は許さんぞ!」
一人、大きな帽子を被り書庫で学問に狂う我が師。それは側から見れば、完全に狂気に侵された憐れな魔術師。私はそんな彼に、ただ教えを乞うのだ。白竜の狂気を、自らにも分けてくれと。
「偉大なるビッグハット、私は貴方の邪魔など致しません。ただ、学問とは一人では成し得ないでしょう? 私はそのお手伝いをしたいのです」
白竜の狂気に触れたのは何も彼だけではない。私はただ、狂っていないだけだ。彼から教えていただいた魔術には白竜由来のものもある。
狂ってしまっても聡明な老師は、今までの狂気と怒りに満ちた表情を一変させて、む、と考える。
「確かにその通りだ……ならば、貴公。誰かは知らぬが儂の研究に付き合え」
私は優しくなんかない。これは私のエゴなのだから。ただ強くありたいだけだ。そのために、狂ってしまって誰も思い出せない老師と学術に耽る。それだけ。
優しくなんてあるはずがない。最後はこの老師すらも手にかけるのだろうから。
見知らぬ土地。そして暖かさ。彼には心底に合わぬ土地だった。
インバネスコートを払って埃を落とし、彼は狂気に滲んだ笑みを浮かべるマスクの下の端正な表情を歪める。何ともまぁ、目には見えぬだけで狂った場所だと思う。
見えぬもの、見えるもの。それは人により解釈は異なるが。それでもここは狂っているのだと、人は口を揃えて言うのだろう。そしてそんな場所は素晴らしい彼にとってはよく見る光景ですらある。それ故に、あの街以外にもこんな場所があるのかと疑いたくもなるものだ。
「臭うな……だが、いつもとは違うな」
ボソリと呟く様に彼は疑問を口にした。臭いとは彼にとっては重要である。薄暗い、目すらも頼れぬあの夜の中で嗅覚は特に重要であった。
血と臓物が溢れる中ですら獲物の臭いを嗅ぎ分ける彼の鼻を擽るのは、しかしいつもとは違う。故に彼は進む。偽りの太陽の下、彼は森を歩く。
そして出会うのだ。へんてこな生き物に。こんな生き物がいるのかと、とうとう狂ってしまったのかと思ってしまうほどに。
老師曰く、竜と人は様々な共通点があるのだという。それは上位種である古竜に近づけば近づく程に色濃く現れるのだと。白竜を見ただけではよく分からないが、きっと老師はシースの研究から何かを読み取ったのだろう。
彼の研究に付き合って数日。最早時間の淀んだロードランに時間の概念はあってないようなものだが、それでもこの数日は濃厚だった。
手始めに、私は結晶の魔術を享受された。老師が言うに極みに立つ為にはこの結晶が重要なのだという。白い古竜が齎した副産物が。
やはり魔術の祖たる白竜は悍ましくも偉大だ。そのどれもが通常の
「模倣こそ、全てに通ずる。故に貴公よ、人々の模倣を侮ってはならんぞ。……お前は誰だ! 研究を邪魔するな!」
「私は助手です」
この痴呆さえなければ。一々説明するのは面倒だ。段々と雑になってきた説得でさえも納得しているあたり、本当は覚えているんじゃなかろうかこの老人。
時折、私は老師と座禅を組む。これは彼発祥のものらしく、無の境地に至った時こそ人は竜になれるのだというが。とにかく、今の私には力が必要でありそのためならば退屈な座禅でさえもこなして見せよう。
白竜に勝ったくらいで図には乗らない。元来私は、不死は弱いのだから。これから待ち受けるのは最初の死者や深淵の公王なのだ。
そうこうしている内に、師は私には感じ取れない何かを受信したらしい。徐ろに座禅中に立ち上がれば、何か驚愕したような表情で空を……天井を仰いだ。彼には何か見えている様だった。
そして両の手を広げて語るのだ。空に潜む何かと。
「ああ……そういうことか、我が師よ」
彼は、瞑想の果てに師と呼べる何かと出会った。それは決して目には見えぬ存在。神ですらない。ただ、それはそこにいるのだという。
「師よ、一体……」
「アアアアアア! ウワアアアアア!」
「え、ローガン!?」
突然、老師は叫んで走り出す。それは私には理解できぬものだ。老人のお守りは大変だが、それでも知り合いが不幸な目に遭うのは困る。故に私は彼の後を追った。
走りながら、彼はどんどん服を脱いでいく。私は服を回収しながら彼を追うが、何が悲しくて呆けた老人の服を回収しながら走らねばならないのか。あまりの異様さに道中の伝導者達も唖然としているではないか。
書庫中を走り回り、ようやくとある一室で老師は足を止めた。
そこはかつて、白竜シースが鎮座していた最上階の書庫。私が敗北した場所だった。
師はもう素っ裸で、しかし大きな帽子と結晶化した錫杖だけは離さなかった。あの帽子は雑念が入るのを防ぐためのものだと聞く。彼は狂いに狂っても瞑想を止めるつもりは無いようだった。
「老師……」
部屋の中心で空を見上げ、死んだかのように止まるビッグハット。その背中に声を投げ掛ければ、彼はゆっくりとこちらを振り返る。
その瞳は、狂っている。狂っているが故に澄んでいる。狂気の向こう側、彼は最早偉大な魔術師ではない。古竜に魅入られた、憐れで、しかし啓蒙高い老人だった。
「竜を、見た」
錫杖をこちらに向け、彼は少しずつこちらに近づく。私もまた、杖を取り出して対峙する。斧槍は用いない。魔術師の決闘に武具は無粋だ。
「人の根源、それは貴公にはまだ理解できぬだろう」
結晶の錫杖に理力が集う。あまりにも膨大な理力は既に人を超えていた。
「だが、それで良い。いつか貴公も気がつくのだから。そして感謝するぞ、我が弟子よ。短くとも貴公と語らったこの瞬間、我が人の生で最も有意義であった」
刹那、錫杖の先端から結晶化した魔術が迸る。これこそ白竜が齎した叡智、白竜の息。床に着弾した瞬間に弾け、そして結晶を生み出す様は古竜のよう。
私は転がってそれを回避すると、ソウルの結晶槍を脳で唱えた。確かに技は凄い。だが、避けられては意味が無い。彼は故に、単なる魔術師だ。
結晶槍は彼の皮膚を容易く貫き、それだけで老師は膝を突いた。いくら痛みに耐性のある不死であろうともあそこまでの致命傷は耐えられまい。
「貴公、良い魔術師になったな」
だが。老師は人を辞めたのだ。否、回帰したのだ。しわくちゃの肌は気がつけば岩の様に変質し、その顔もいつしか竜のように歪に、しかし極まった形となる。
彼は竜となった。瞑想し、語らい、自らの考えを整理し、何かと交信し。彼は古竜として生まれ変わったのだ。
「貴公、火と闇に魅入られた憐れな不死よ。ならば超えて行け。王となれ」
瞬間、古竜は叫ぶ。人の声ではないそれは、確かに竜のもの。鼓膜がざわつき魂が震える。
最早魔術師同士の決闘ではない。私は竜狩り、斧槍へと持ち変える。
老師の竜と化した頭部が火を吐く。それを機動性で辛うじて避け、斧槍を振るう。しかしそれすらも目の前の古竜は素手で防いでみせた。
「もう貴方は、人ではない」
「だからこそ、それで良いのだ」
人である私は、ただ強欲に。
斧槍を回転させて老師の足を切り落とす。そして倒れた彼の腹部に一気に斧槍の切先を突き立てた。
「それでも、私は人でいたいわ」
血を吐く老師に捨てるように呟く。
「それも、また、古竜への……」
それだけ彼は遺せば、霧散していく。不死であろうとも、何であろうとも。
「ああ、やはり師は書庫に向かったのか! 礼を言う、私も彼を追いかけねば!」
久しぶりの祭祀場で、私は老師を慕う若者に告げた。老師の死に場所を。しかし最期は告げない。それを確かめるのは弟子である君の役目だろう。私はただ、彼に道を示すだけ。
彼は何かを決心したように、神妙な面持ちで私に打ち明ける。
「……力不足なのは分かっている。きっと私では書庫に辿り着けぬだろう。だが、それでも……師を追っていたいと思うのは、いけないことだろうか?」
私はただ、首を横に振って笑った。
「いいえ。だって、弟子ですもの」
いつだって私は自己的存在だ。だから、不利になることは言わない。それでこそ人であろう。例え彼がその先に何を見ようとも。
「ああ、嬢ちゃんか……何だか顔色悪いぜ」
ここに来るのも久しぶりに感じる。善人でありながらも生優しさは無いアンドレイは、私の人間性の乱れを感じ取ったのだろうか。
「別に、何も無いわよ」
「なら良いんだが。あぁそうだ、お前さんあの坊ちゃんと会ってないか?」
「オスカーと? アノール・ロンドで別れてからは会ってないわね」
それを聞いてアンドレイは少し困ったように顔を俯かせた。それでも手を止めないのは彼が職人であると言うことを際立たせている。
「そうか……奴さん、アルトリウスの相棒を探しに行ったは良いが、戻ってこねぇ。旅立ってから数日、もう戦いは終わっている頃合いだとは思うが。亡者になんてなってなけりゃ良いんだが」
その言葉に私は驚く。彼がアルトリウスの相棒を探している?まさか公王を倒すために深淵へと向かおうとしているのだろうか。
「どこに向かったか分かるかしら?」
「ああ。黒い森の庭は分かる……そういやあんたそっちからも来てたな。なら湖があったろう、そこの端っこからアルトリウスの墓がある場所に辿り着ける梯子があるんだが……」
私は立て掛けていた結晶の錫杖と斧槍を手にして支度をする。
「気をつけろ、あそこは墓荒らしを狙う盗賊団が居るって話だ。いくらあんたでも複数と戦うのは分が悪い」
「私が一番知っているわ」
助言を受け流し、私は鍛冶場を去る。アンドレイはちょっとばかり不安気に私の後ろ姿を見つめていたが、少しすればまたいつもの様に金槌を打ち始めた。
やはりオスカーは強い。精神的には甘っちょろいし胸のでかい女に見惚れる若さも見受けられるが、彼がこのロードランで発揮している強靭さや技量は本物なのだろう。
かつて斧槍を得た後に湖に来た際はあれだけシースの手下である結晶ゴーレムと多頭の怪物が蔓延っていたこの湖は、最早ただの静かな観光地と化していた。やはり無粋な者がいなければここは美しいものだ。
しばらく私は薄暗い湖の景色を眺め、あの上級騎士様を探索することにする。
アンドレイが言っていた梯子はすぐに見つかった。なるほど、オスカーはここを登っていったのだろう。
だが、梯子を登ろうとする私は何かを感じ取った。まるでそれは、暖かい泥のような感触。それを魂が感じている。梯子の上からではない……湖の先だ。
オスカーどころではない何かを優先し、私はブーツの中が濡れるのも厭わず湖の端を歩いていく。
しかし、何もない。何も無いはずなのに、魂は何かを感じている。
「……あら、何かしら。共鳴している……」
不意に
ああ、もっと綺麗に整理しておくんだった。ロードランに来てから収集癖がついて物が一杯だ。何でゴミクズなんか拾ったんだろうか。うわっ、これは糞団子だ!いつの間に拾っていたのか。
「うっわもう最悪……あ、ペンダント?」
割れたペンダント。それが共鳴していたようだ。それを取り出せば、私はじっくりとペンダントを眺めて
このペンダントから感じ取れるのは深い郷愁と、愛慕。持ち主が、誰かに抱いていたのだろうか。恋というよりもこれは……父性に近い気がする。父のいない私には分からぬことだが。
そして、その愛慕と懐かしさに惹かれたのだろう。突然目の前に深淵の闇が舞い降りた。
「っ! 何!?」
臨戦態勢に入る前に、その闇から巨大な腕が飛び出す。その掌は私をすっぽりと握り込むと、深淵へと引き摺り込もうとするのだが。
どうにもその手は、優しい。まるで壊れ物を触るかのような、そんな感触。
だが引き摺り込もうとしているのは変わらない。私は訳がわからない内に、あっという間に深淵の中へと引き込まれてしまった。
ローガン先生が古竜になろうとしていた説、好きです
次からはDLC編、感想や評価お待ちしております。
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