ウーラシールの街並みはどうにも不死人に優しく無い。
ロードランにおける不死の死因の第一位が高所からの落下死である事は想像に難く無いだろう。映えある第二位はきっと、雑魚の群れによる袋叩きに違いない。不死とは真、特定条件下ではそこいらの鼠にも劣る弱さを誇る。誇っていいのかは分からぬが。
古い黄金の魔術の国、その街並みとは高所の連続である。
柵などなく、かつては絶景であった市街地を見下ろせる趣のある光景。しかしそれは、今では拡がり行く深淵を覗き見るための死への淵でしか無い。ウーラシールの民は、自ら暴いた闇のせいで美しく儚い黄金を消し去ったのだろう。
「しかし、本当に彼らは人間だったのだろうか? これはあまりにも……」
「冒涜的だと?」
斬り伏せた住民の一人を眺め嫌悪感を抱くオスカー。住民達は悉く溢れ出た深淵の闇に触れ、その人間性を暴走させたのだろう。大切な思い出や思考を司る頭部は肥大化し、その肌すらも黒ずんでしまっている。最早同じ人間とは思えない。
だが冒涜的なのはどちらだろう。墓とは死者が安らかに眠る安寧の揺り籠。それを暴き、あまつさえ闇を手に入れんと欲に眩むなどと。人間らしい。実に人間らしいが、それ故に彼等は滅んだのだ。自業自得、アルトリウスは人の業で滅んだ哀れな英雄だ。
「一体深淵とは何なのだ……人はその内側に何を抱えている?」
人の可能性の美しい部分のみを信じるオスカーは、やはりこの現実に向き合えない。だが、それで良い。君の魂は輝かしいのだから。
「誰だって、その心に闇を抱えているものでしょう?」
「だとしても……これが本質などと、君は言うのか?」
「……どうかしらね」
少し、オスカーとの心の距離が開いた気がした。でも、それも仕方無いさ。だってもう、私は火の時代に何も期待をしていないのだから。具体的には、それを齎した神々に。
白竜が遺した文献によればウーラシールの魔術とは光を操ることに特化しているのだという。それは彼のヴィンハイムでは遂に実現しなかった幻の魔術。ソウルの槍のような壮大さは無く、攻撃性も無い魔術はしかし高度であり、当時のウーラシールの技術力の高さを示している。
しかし、異形と化したウーラシールの魔術師達は生み出した光にすら嫌われてしまったらしい。更に禍々しい魔術師が生み出すのは闇の魔術。闇術とでも言うべきか。
魔術のはずなのに質量を伴ったそれは、条件次第では結晶の魔術よりも高威力で厄介なものだった。魔術師達はそれなりに戦略にも長けているらしく、複数の市民を従え不死を待ち受ける。きっとオスカーがいなければかなり苦戦していたはずだ。
高所と数、そして闇術という殺意を潜り抜け、私達は長い階段が待ち受ける場所へと辿り着く。
しかし殺意が高過ぎる。人一人がようやく通れる幅の階段の片側は壁、もう片側は奈落とは。ここを設計した奴に色々問いただしたい。不死というかもう人間に対する悪意だろうこれは。そうまでして絶景を見たいのか。ウーラシールの民はスリル好きの変態か。
「アノール・ロンドもそうだったが、どうにも高い場所が多いな……」
「ここは大丈夫そう?」
「うん、人が普通に通れるところだからね。梁はもう渡りたくないが」
どうやらあの梁渡りは彼のトラウマとなっているようだ。まぁ珍しくあの騎士様が狼狽えていたし……面白いものが見れたが。
私は思い出し笑い混じりに彼の背中を軽く叩く。何だか少し心が楽になった気がしたのと同時に昔を思い出した。昔といっても、ロードランに来た直後だが。
思えば、オスカーとの少しばかりの旅は波乱に満ちていたし死にもしたが。何だかんだ楽しかったものだ。年甲斐もなくドキドキしたり、何よりも話す相手がいるというのは亡者にならないための秘訣なのだろう。
そんな、感傷。私は彼の前を歩き、階段を降る。その時だった。
不吉な鐘の音が、聞こえた気がした。
りぃん、りぃん、と静かに揺れる鐘の音は、小さくも甲高いものだ。
どこかで鐘が鳴っているのだろうかと辺りを見回しても何も無い。それどころか、オスカーはその鐘の音を聞いていないのだという。おかしなこともあるものだが、きっと空耳だろうと。そう思った直後だった。
ドス黒い気配が、前方から現れる。
真っ赤で、黒くて、殺意に満ちていて。己が目的のためならば殺しすらも厭わ無い悪意の塊。人喰いミルドレッドのような、闇霊と呼ばれる存在が他世界より現れた瞬間だった。
何を持って素晴らしいと称しているのかは理解出来ぬ。だが自らを素晴らしいと自負する闇霊は、先程取引をしたあの怪しい仮面男に他ならなかった。
やはり見た目と同様良くない虫だったか。まるで自分の存在を誇るが如く、その侵入者はゆっくりとした足取りで階段を登ってくる。その姿がシュールだ。
「階段の上まで撤退するぞ」
その侵入にすぐに対処しようとしたのは、きっとオスカーも数多の侵入を受けて慣れ始めていたからだろう。私としてはこの時、二回目の侵入だったが、それでも地の利を活かせ無い階段で戦う気はなかった。
オスカーは私を先に先行させ、殿を務める。奴の手にはクロスボウとしては大柄なスナイパークロスが握られていて、強靭な盾を持つオスカーでなければ追撃を容易に受けてしまうだろう。
案の定、チェスターは逃げる私達目掛けてクロスボウを放つ。カンっとあっさり矢を弾けば、次の瞬間小さな爆発が起きた。
「グッ!?」
盾の上からでも爆発の衝撃は掻消せない。オスカーは少したじろげば、慌てて階段を登る。一体なんだあの鏃は、爆発するとは。
装填までに時間が掛かるのが幸いだった。私とオスカーが階段を登り切るくらいで、奴のクロスボウの装填が終わったようだった。
「あの男……怪しいと思っていたが」
爆発で黒ずんだ盾を背負い、オスカーはエスト瓶を飲む。如何に微弱な傷だろうと相手の力量が分からぬ内は万全で臨むべきだ。
奴を待ち構えていれば、当の本人はやはりゆったりとした動きで階段を登り切った。どこまでもふざけた輩だ。その仮面、剥がしてくれる。
奴は待ち受ける私達を見て、両手を広げ「さぁ、どうした!」と言わんばかりに挑発してくる。余程自分の力に自信があるのだろう。面妖な鏃と言い、何をしてくるかまるで分から無い。
「叩き斬る!」
こういう時、オスカーは心強い。彼はカウンターを狙うでもなく、持ち前のタフネスで真っ先に突っ込んでいくのだ。絶妙な間合いでクレイモアを振り上げ、笑う仮面目掛けて振り下ろす。
が、それを何のその、と言わんばかりに奴は横ステップで回避すればしゃがみながらくるりと周りオスカーの足を払った。
「何!?」
そのステップに無駄は無い。素早く、最小限の動き。後ろ回し蹴りの足払いカウンターもまた、奴が人殺しを生業にしていることを証明していた。
転ぶオスカー目掛け、奴は手のクロスボウを向ける。そうはさせない。
「ふんッ!」
即座に私は斧槍を薙ぎ、攻撃を中断させる。奴はまたしてもステップでそれを回避すると、今度は踊るようにくるりと回り何かを投擲した。
薔薇だ。何の変哲もない……否。鉄で出来た薔薇の装飾品だ。それをまるでスローイングナイフのように投げて来た。
咄嗟にそれを斬り払って落とすと、続け様に奴はクロスボウを放つ。
「ちっ!」
上半身を捻り矢を避けた瞬間、奴は驚くべき素早さで私に突進し、その勢いのまま蹴り付けてきたのだ。
「ぐふっ!?」
後方が床で幸いだった。長い脚から繰り出されるミドルキックで腹を蹴られた私は後ろに転がる。中々に痛いが、死ぬ程ではない。
「この!」
私を庇うようにオスカーは立ちはだかり、オスカーに向けてクレイモアの連撃を打ち込む。だがそれも、素早さで勝る奴には当たることはない。
ステップ、時にローリングを織り交ぜながら剣撃を回避するチェスターは、まるで戦いを楽しんでいるようだった。否、あれは戦いではない。狩りだ。抵抗する獲物で遊ぶ、質の悪い狩人だ。
闇霊は他世界で声を出すことはできないが、それでも奴が笑っていることは嫌でも分かる。
そうして何度かオスカーの連撃を回避している時だった。ふと、奴が先程の薔薇を彼に向け投げ込む。それは丁度、オスカーが剣を振り上げている攻撃直前のタイミング。
鋭い先端が鎧を貫き、カウンターを受けたオスカーが体勢を崩したのだ。
「しまっ」
より一層、奴が笑った気がした。片膝を突くオスカーに緊迫すると、クロスボウを背負ってフリーになった右手を思い切り引く。まさか。
ズンッ!まるで鋼鉄にでもなったかのような奴の手刀が、オスカーの腹に突き刺さった。鎧など関係がないとばかりに、奴は彼の内臓を掴み上げる。
「ぐ、おおおおお!?」
あまりの激痛に暴れるオスカーが叫ぶ。割って入ろうにも、もう遅かった。
奴は掴み取った内臓を強引に千切ると、そのまま手を引き抜いてオスカーを弾き飛ばした。これは致命の一撃というよりも、内臓攻撃と言うべきか。
貯めておいた火炎壺を取り出し、私達とチェスターの間に投げて牽制する。
「早くエストを!」
激痛でもがくオスカーに私のエスト瓶を差し出せば、彼は幾分か冷静になったのか震える手でエスト瓶を掴みバイザー越しにエスト瓶を流し込んだ。それだけで、彼の傷は大分癒える……それなりに強化したはずのエスト瓶でさえも完治には至らない辺り、あの攻撃を喰らえば私では即死だ。
奴は私達が体勢を立て直すのを待っていたらしく、腕を組んでこちらを眺めていた。その手は血と臓物で濡れている。
「なんだ奴は……!」
「私が斬り込むわ、見ていなさい!」
「待て! 危険だ!」
オスカーの制止を無視して私は火炎壺の炎を気にもせず突っ込む。それを待っていたかのように、奴は両手を広げてこちらを嘲笑った。
だが、お前の技は覚えた。慢心し切った貴様に人の可能性を見せてやる。
薔薇を取り出そうとする奴の動きを見て、高速で姿勢を思い切り低くする。どうやら私の速さは奴にも通じるらしい、案の定薔薇は私の頭上を通り過ぎて控えのオスカーに斬り払われた。
そのまま斧槍を脇に抱え、刺突を決め込む。横ステップで避けるのは、理解していた。それで良い。
「ふんっ!」
刺突し、そのまま斧槍を薙ぎ、回転斬りを打ち込む。前進による運動エネルギーを伝えた一撃は、しかし奴にはそれなりに脅威だったらしい。ここでようやく私は初の傷を与えることができた。腕で防いだチェスターだが、黒騎士の斧槍を人間の腕如きで防ぐ事など出来るはずも無し。
「そのステップ、方向が限定されると弱いわね」
防御を弾かれ崖際に追い込まれたチェスターは、内心焦っているはずだ。
そのまま私は回転のエネルギーに乗って横薙ぎを敢行する。
「……!」
待ってましたとばかりのチェスター。先程のようにカウンターをいれるべく薔薇を手にしたのを見た。
それで良い。それを待っていた。
胸と腕に薔薇が突き刺さり、体勢を崩す。それを見逃す奴ではない。
仮面がより一層ニタリと笑ったような錯覚を覚える。奴は私に肉薄すると、先程の内臓攻撃を見舞うべく腕を振りかざした。
足下に、私が転がした黒火炎壺がある事も知らずに。
「ッ!?」
気がついた時にはもう遅い。火のついた黒火炎壺は爆散し、私とオスカーに爆風と破片効果でもって少なからず傷を与える。
私はひたすらに痛みに耐え、爆発で弾き飛ばされそうになりながらも耐えるチェスターの胸を斧槍で突き刺す。やはりこいつは運動性に長けるせいで耐久力に難がある。一緒にされたくないが私と同じタイプだ。
突き刺したまま強引に崖際まで突っ走り、落ちる一歩手前で急制動して止まる。すると奴だけがそのまま斧槍の切先から抜け落ちて崖から落ちそうになった。
「じゃあね、素晴らしい人殺し」
オスカーのお返しと言わんばかりに回転蹴りを奴に見舞う。するとチェスターはそれを避けられずにモロに喰らい、崖から落下した。
もがきながら落下する様は心地良い。私に喧嘩を売ればどうなるか、これで分かったはずだ。
私は突き刺さった黒火炎壺の破片を頭から引き抜きながら、崖下を眺める。どこまでも悪趣味でナルシストな奴だ。反吐が出る。
「……君は強いな。僕は、何もできなかった」
後ろを見れば、奴の機動力に手も足も出なかったオスカーがしょげていた。私はため息混じりに彼の甲冑の胸に拳をぶつける。
「相性が悪かっただけよ。それに、私を守ってくれたじゃない」
「内臓を抜き取られたけどね」
「はん、内臓と一緒に根性まで抜き取られたわけ?あんたらしくないわよ、騎士様」
これでも私なりに彼を気遣っているつもりだった。だって下手に同情などされたくないだろう?それこそプライドが傷付く。
「……ふふ、再会して少し変わってしまったかと思ったが。やはり君は、それくらい元気な方が君らしいよ」
「あら、口説いてるの?」
「い、いや、そういうのじゃ……」
たじろぐオスカーを笑い、肩に手を置く。
「冗談よ」
そう。もう遅いのだ。今更、私は引き返せない。
「貴様……よくもまぁ……」
一度補給のために素晴らしい人の下へ戻れば、奴は盛大に拗ねていた。私達に返り討ちにされた事が余程来ているらしい。
「話など、そんなものあるものかよ……」
かなりプライドが高いのだろう。きっと今まで負け無しだったに違いない。あれだけお高く止まっていたチェスターは今では反抗期が来たガキのように捻くれてしまっていた。
その態度に激昂しかけるオスカーを制すると、私はあからさまに小馬鹿に笑いながら言う。
「人様に喧嘩売ってきたのはあんたでしょ」
「貴様……まぁいい。取引だろう、すればいいさ……」
この男、いけすかないナルシストだとばかり思っていたが。案外可愛いところがあるじゃないか。
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