彼はただ、自らの無力を噛み締めていた。
ウーラシールの市街にて侵入された時、彼は手も足も出なかった。鎧ごと内臓を引き抜かれ、無様に転げ回っていただけだった。一人ではあのまま殺されて侵入者に
闇の穴で、あの深淵の主と対峙した時。彼はその素早さと闇術に翻弄されるだけだった。彼一人では何度も何度も死ななくては攻略すらもできなかったはずだ。
どれもこれも、あの少女がいなければ成し遂げられなかった。不死教会の屋上で別れて以後、一人で旅をし多少は強くなったのだと自惚れていた。
だがそんな事はなかったのだ。少しは強くなった気でいただけだ。彼女の言うように、彼は世間知らず。井の中の蛙だったのだ。優しいあの子に助けられ、彼はすんなり進めていただけだ。
だからこそ、彼は真に強くならなくてはならない。
求めるは絶対的な力。人知を超えた英雄の力。
目の前で血を流し、浅く息をする大狼を一瞥する。助け助けられ還すは仇。力を求め過ぎた先にあるは破滅であると神々は遺しているというのに。それでも力を欲するのは人の罪。
灰色の大狼シフは、若き不死の騎士に敗れ去ったのだ。懐かしみ、だが感傷を覚える暇も無く振るわれた剣に応じ。しかしやはり不死の上級騎士は客観的に見ても強者である。自らはそうではないと断固拒否するも、しかし剣技は聖職者の少女が認める通り。
故に大狼は負ける他無い。だって彼は、ただ主の遺志を継承するだけなのだから。それが本来の役目なのだから。
「笑わないでくださいね」
困ったように、しかし確かめるように救った少女は水面で語る。
「その昔、故郷のウーラシールで深淵の化物に襲われた時、高名な騎士であるアルトリウス様に救っていただいたのですが……」
それを上級騎士はただ黙って聞いていた。バイザーの下に苦悶の表情を浮かべて。
「お恥ずかしい話、私は意識を失っていて……あまり記憶は無いのですが」
自嘲気味に笑う彼女は言う。
「その、その時のアルトリウス様の、御気配というか、そういったものが……貴方によく似ていたと思います」
恩着せがましくそれは自分だと告げる事などしない。彼は礼が欲しくて、もっと言えば彼女の寵愛が欲しくて救ったのではないのだから。
それ以上に、自らはほとんど何もできなかった弱者なのだから。
「いえ、だから、もしやあの時も貴方が……」
「そんなはずはない」
だから明確に拒絶する。彼女の淡い期待を打ち砕いた。
「……そう、ですよね。だってもう、何百年も前の話なんですもの」
それで良い。真に称賛されるのは、あの聖職者でぶっきらぼうな彼女の方だ。
そうして、オスカーは一人不死教区の祭壇にて太陽を眺める。その背に負うのは彼の新しい得物、アルトリウスの聖剣。
光を追い求める彼は、結局深淵に飲まれた真の英雄の
今背にするのは、灰色の大狼が語り継いだ偽りの剣。だがそれで良いではないか。主人を憐れみ、決してその遺志を無駄にはさせまいとあの大狼は努力したのだから。またそれは、偽りの強さを持つオスカーにこそ相応しいのかもしれない。
太陽は全てを見通している。自らの浅ましさも、醜さも。アノール・ロンドではなくこの太陽の祭壇に来たのも、もしかしたら当然の事だったのかも知れない。
「太陽は、本当に眩しいなぁ……」
そんな事を考えていたから、先客にも気が付かなった。唐突に聞き覚えのある声がして、オスカーは驚いて隣を見据える。アノール・ロンドにもいた、太陽の騎士がそこにはいた。
「ソラール殿!」
オスカーが彼の名を呼べば、同じように驚くソラール。
「……! あ、ああ、貴公か。すまない、少し考え事をしていてな。どうにもうまくいかんのだ」
似た者同士集まったのかも知れない。彼もまた悩める子羊なのだろう。その証拠に、いつもの底抜けた明るさを感じられない。無理に笑い、そういった雰囲気を作り出している。
「僕もです。……どうしてこうも、望んでいた通りにならないのでしょうね」
しばし二人で眩しい太陽を見詰める。いつだって太陽はそこにあり、彼らを照らしていると言うのに。答えには自ら辿り着かねばならない。まさにそれは人生の縮図。この二人は、その良い見本。
不意にソラールは口を開いた。それは独白に近いものだが。この荒んだロードランでは、誰かに依存しなければまともでいられない。だから他世界から白霊なんてものを呼び寄せる。自分がまだまともな人間であるのだと証明してもらうために。
「アノール・ロンドでも、日陰の病み村でも、俺の太陽は見つからなかった」
それは太陽を愛す男のトラジェディー。
「後は、廃都イザリスか、それとも死の王の墓場か……そんな所に俺の太陽はあるんだろうか」
疲れ果てたように言う彼が想像するのは、目の前にある砕かれた祭壇、それに設けられた石像の足の主。それは太陽の長子のものだと言うのがオスカーの所見だ。明確な記録や物語は無いが、太陽の長子はその愚かさ故に神の都を追放されたのだという。
詰まる所、ソラールが信仰するのは最初の火よりソウルを見出した大王グウィンでは無い。その息子、戦神である太陽の長子なのだ。
「もちろん諦めたわけじゃない。俺はこのために不死にすらなったんだ」
だが。だがなぁ。主張とは裏腹に、彼は弱々しく言う。
「あの空に太陽を見ると、思う事があるんだ。実は俺が、皆が笑って囃すように……目玉が見えない、とんでもない愚か者なんじゃあないかってな」
だとしたら、酷く滑稽な事だなぁ、と。彼は自嘲気味に笑う。そんなことはないと、オスカーは言えなかった。彼もまた同じく、自分に疑いを抱く愚か者なのだ。あの子のように強くは無いのだ。
「僕も、似た様なものだ」
近場のベンチに座り込み、オスカーは言う。
「強くなったのだと、錯覚していた。だが違うんだ。僕は彼女に依存していただけだ。足を引っ張っていただけだ。僕は弱い。何もできない」
そんな同郷の青年を、ソラールはただ見詰める。そして、何とかしてやれないかと御人好しのアストラ魂が疼いている。自分だって人に何かしてやれるほど逞しくも無いはずなのに。
いや。あるではないか。無力だと嘆く者達が、寄り添い力を分け与え合う方法が。
「貴公、太陽の戦士にならないか?」
それは暗闇に差す一筋の光。その提案は、若い騎士の顔をあげるくらいには興味を持たせた。
「神と太陽の名の下に仲間を守り、剣を振るう、光の戦士だ」
そう言ってソラールは太陽のメダルを取り出す。それはいつしか聖職者の少女に、そして最下層でオスカーに渡した記念品。
「無論貴公が望めばだが……太陽の戦士は皆、互いに足りないものを補っている。ならば貴公、強さを求めるならば、一先ず頑固にならずに共に手を取り合って戦うのも手なのではないだろうか」
最初こそ、一人の絶対的な力を求めていた彼だったが。だがそれも悪くないと思った。もしかすれば、太陽の戦士から学べる事もあるやもしれない。
だからオスカーは何となく、その手をメダルごと取ったのだ。すればバケツ兜の下でソラールが微笑む。
「おお、そうか! やはりそうだろう! ちょっと待ってくれ、今誓約を……」
実際の所、本当にオスカーが学べる事があるかは怪しい。そもそも太陽の戦士は数が少ない。
だが、今はまだそれで良い。彼は後に知ることになる。自らが手にした力と、その暖かさ。それは確かに彼の救いとなり、そして目の前の戦士の太陽となる。
「貴様……飽きもせずにまた来たのか」
気取ったポーズで岩に寄りかかりマスクの下から素晴らしい人が私を睨む。私は特に何も思わず、いいから草出せと脅すように取引を持ちかけた。
「どうやら深淵を狩り取ったようだな……ふん、殊勝なことだ」
革袋からゴソゴソと緑化草を取り出しながらチェスターが皮肉る。うっさいわね、と前置きして私は言った。
「あんたが邪魔しなければもっと早く片付いてたわよ」
「そうかい。そういやあの騎士はどうした?大方深淵に飲まれて死んだのか?」
悪っぽく笑いながら、しかしその実少しはオスカーを気にかけているらしいチェスターが質問する。かなり不器用な奴らしい。それとも相当悲惨な場所で生きてきたのか。
「不貞腐れて先に帰ったわ。もうこの時代に私達を縛るものは無いんだし、あんたももう帰れるんじゃないの?」
そう尋ねれば、彼はふんっと鼻で笑う。その声には多少の自虐が含まれているように感じられた。
「無理さ。あまりにも遠過ぎる未来だ。それに今更戻りたいとも思えん」
「どんなとこから来たのよあんた……まぁいいわ」
多少の
そして私の去り際に、ああそうだ、と彼は思い出した様に言う。
「お前、黒竜を見たか?」
「はい?」
なんだ見てないのか、と謎のマウントを取る彼は、丁度来たぞと空を指差す。眩しい太陽を手で遮りながら言われるがままに空を見上げればそれはやって来た。
文字通り、黒い竜。遠くてディテールは分からないが、橋にいた飛竜とは比べ物にならない程の
古の時代、神々と敵対していた古竜。その生き残り……と言うよりは、この時代はまだ普通に竜がいたのだろう。それは我が物顔で空を飛べば、まるでその健在さを見せつけるように空中に炎を吐いていた。その炎もまた黒いこと。
「神々ですら逃した黒竜らしいぞ。そぅら、臓物が大好きな貴様ならば唆られるんじゃないか?」
くつくつと笑いながらチェスターは言う。こいつに言われるのは癪だが、確かにあの
「小川の先、枯れた滝がある。奴はそこにちょいちょい降りてくるみたいだぜ」
精々頑張るんだな、と嫌味ったらしく言う彼を無視して私は小川へと降りる。見たからには挑まねば。いつからか私も
言われるがままに小川を進み、枯れた滝を御丁寧に設置された梯子で降りれば干上がった川に出た。最早水のないそこは谷底と言ってもいい。所々に死体と
黒竜はいない。それもそうだ、さっき空を飛び回っていたのだから。
一先ず落ちている死体や
そんな事を考えていると。
突然、谷底の奥から咆哮が響いた。あの黒竜だ。
斧槍を構えて黒竜を待ち受ける。深淵の主を倒したのだ、今更竜が何だと言うのだ。
慢心。私らしいといえば私らしいのだろうか。負けるはずないと、いや死んでもやり直せると楽観視して。
「いやそれ卑怯でしょぉおおおお!!!!!!」
遠くから飛んで来て、そして谷底一面に黒い炎を吐き捨てる黒竜に何もできずに死んだ。ちなみに亡者状態になった私を見てチェスターは指を差して笑ったので、糞団子を投げてやった。
百合ばかりの番外編を
-
見たい。百合こそ人類の宝、ダークソウル
-
いやぁそうでもないっすよ