地下墓地、鉄板の男
その男のなんと白々しい事か。
祭祀場に戻った私は、いつしか地下墓地へと旅立ったはずのソルロンドのペトルスがいる事に気がつき、気が乗らないながらも話し掛けた。どうやら彼は地下墓地にて守るはずのお嬢様と呼ばれた聖女とはぐれたらしい。
「お嬢様……命をかけてお守りするとお誓いしましたのに……ククッー!」
大袈裟に後悔に打ちひしがれるペトルスは、しかし私から見れば滑稽だ。嘘を嘘と見抜けぬ程間抜けではない。誰しもその心に
この男の
「……どこで逸れた」
だが心の炎は外に出さず、私はあくまで冷静に徹する。怒りをぶつけて何になるというのか。この男は最早救いようのないレベルにまで堕ちている。なるほど、ロートレクが言っていた事も腑に落ちる。
すると彼は慌てた様子で言うのだ。
「なんと! もしやお嬢様を助けようと言うのですか!?」
「都合が悪いか? いいから教えろ、彼女はどこにいる」
そう問えば、彼は少しバツが悪い表情を浮かべながらも答えた。
「お嬢様は地下墓地の奥、巨人の棺を滑り降りた先にある穴倉の中にいるかと……」
巨人墓地。最初の使者が眠ると言われている暗闇。そこが小ロンドや公爵の書庫のような危険度であるならば、彼女の身が危ういだろう。そこから逃げおおせるとは、此奴は前持って聖女を殺すつもりだったのだろう。
目的は知らないが、粗方仕えの騎士達共々殺すには都合が良いのかもしれない。
私は別れも告げずに踵を返すと一度篝火の方へと向かう。後ろから投げかけられるペトルスの薄っぺらい言葉に振り返りもせずに。
牢にいるアナスタシアの手を取ると、私はその掌を自分の頬に当てた。弱々しくも温もりを持つ彼女の体温は暖かい。
闇の穴で感じた人間性の暖かさ。彼女の肌の下で蠢く人間性はそれに近い。けれども彼女は一人の乙女だ。火防女という人間性の器だけの存在ではない。
「行くのですね、英雄様」
何も言わない私に、彼女はそれだけ告げる。私はただ、黙って頷いて彼女の温もりを確かめるだけだった。
次第に彼女は空いた手で、私の頭を撫で出す。母性を知らぬ私だが、それでも母性を見出せるのは彼女が闇を体現した人間性の依代だからか。それとも単に惚れた相手だからだろうか。後者でありたいと思うのは、あまりにもロマンチスト過ぎるだろうか。
彼女の手は血と土埃で薄汚れていて、それでも美しい。人を愛さなかった私が唯一愛したいと思う掌。美しい魂だ。彼女はこんなにも不死の事を想ってくれているのだから。例え私個人にその気持ちが向かなくとも、それで良い。
「貴方に炎の寄る辺がありますように」
炎など、当てにはしていない。神々など何もしないし希望すらも抱かない。だが彼女のその火に依存した言葉は、どんな奇跡よりも心に染みた。
スケルトンとは、死霊の一種である。
白骨化した遺体を死霊と怨嗟で操り、傀儡とする心無き業。ある種の密教として知られる邪教徒達はしばしスケルトンを用いて怪しげな儀式や、生きた人々を襲う為に駒として扱う事がある。
最早主は眠りにつき、守護者すら消え果てたこの墓地は、今では屍術師達の溜まり場と化している。
スケルトンに死という概念はない。死人が怨霊で無理矢理動いているのだから当たり前と言えば当たり前だが。通常の武器では、一時的に倒しても殺すことはできない。完全に滅ぼすには屍術師を殺すか神聖な武器で倒す必要がある。それは最早、聖職者の常識だ。
事前にスケルトンがいると予想して、対策はしっかりとしてきた。アノール・ロンドで手に入れた邪教のクラブを巨人鍛冶屋に頼み神聖派生にしてもらったのだ。同じ打撃武器であるメイスに比べればあまり打撃力に長けているとは思えないが、無いよりマシだ。他に良く使う武器はそもそもが持つ力が強いせいで属性派生ができないのだから仕方が無い。
いつもより軽い神聖のクラブでスケルトン達を討ち滅ぼしながら進む。道中洞窟の中は薄暗いが、それでも太陽の陽が差しているからそこまで視界が悪いわけでもない。
屍術師は元々呪術師だったのだろう、時折呪術を放ってくるが敵にはならなかった。その枯れ果てた身体ではあまりにも動きが鈍いのだ。遠く世界が別たれてしまったオスカーも今頃アルトリウスの聖剣を練成した頃合いだろうし、ここに来ても苦戦しないだろう。
吹き抜けのような広場に出た時だった。何やら仕掛けがありそうな一本橋に辿り着く。
石造りの一本橋は、歩ける上部が石の棘に覆われている。道中見掛けた石造も、盗掘者対策に近付くと棘が飛び出す仕組みだった。趣味が悪い。
そのままでは通れないために、どこかで橋の仕掛けを解除する必要があった。故に橋を渡らず、私はどこかに策がないか探索したのだが。
「よう、あんた。どうやらまともみたいだな」
「……」
ハゲ。いや、剃髪だろうか。スキンヘッドの男が何かのレバーの前にいた。見るからに性根の曲がった顔は、しかし怪しい柔かさを見せている。
明らかに怪しい男だ。まるで便所で用を足すように座り込む男は、槍と大楯を背負って尋ねてくる。
「おいおい、怖い顔すんなよ。こんなシケた場所に用があるなんて、あんたも聖職者か何かか?」
それは、初対面の人間としては当たり障りの無い質問でもあった。確かに怪しいが、まともな人間は珍しい。最もこいつもペトルス同様に腹の中で何を抱えているか分からんが。
「だとしたら、何なのよ」
警戒しながらそう言えば、彼は一瞬だけ鋭い瞳をこちらに向けた。なんだろうか今のは。これは、憎しみだろうか。それとも嫌悪?初対面なのに?
こいつはもしや聖職者嫌いか?珍しくもないが。ましてやここは神々が試練として襲いかかってくるくらいの場所だ。彼もまた被害者の不死なのだろうか。
ツルツル頭の男はまた笑顔を見せると言った。
「やっぱりそうか。あんた達の使命とやらが何かは知らないが、せいぜい頑張ってくれや。へっへっへ……」
気色の悪い男だ。一先ずレバーだけは引かせてもらう。レバーを引けば、やはりあの橋を動かす仕掛けだったようだ。見る見るうちに箸が上下反転し、渡れるようになる。これで良し。これで良しだが。
問題は、このハゲが私が渡っている最中に橋の仕掛けを動かす可能性がある事だ。そうなれば通行中に橋が反転し、崖下に真っ逆さまだ。死は免れない。
私はジト目でハゲ頭を見下ろす。彼は相変わらず下衆い笑いを浮かべている……
「こんな場所だ、足元には」
「分かってると思うけど」
強引に彼の話を遮り、警告する。
「罠に嵌めようなんて思わない事ね。殺すわよ」
そう言えば、彼は一瞬だけ呆気に取られた顔をしてから慌てたように取り繕う。
「ま、まさか、俺はしがない探索者だぜ、へっへへ……しかしあんた、聖職者らしくないド直球だな」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
それだけ言えば、私はさっさと橋へと向かう。奴が何をするか分からないが、レバーを引いてから橋が反転するまでにタイムラグがあるから全力疾走すれば辿り着けるはずだ。
故に私は走る。スタミナが続く限り走る。前からスケルトンが来ようが、それらを躱して走り続ける。そしてやはり、あの男はとんでもない野郎だった。
橋も後半に差し掛かった時、突然橋が震え出す。レバーが引かれ反転される証だ。
クラブを背負い両手を勢い良く振りながら全力で走る。速度を上げておいて良かったと、心から思う。橋を渡り終えた瞬間、橋は上下逆さまに動いた。躱したスケルトン達が谷底に落ちていく……最早復活できないだろう。
辿り着いた先で、私は息を切らしながら後ろのレバーの方を睨む。するとそこには厭らしい笑いを浮かべてこちらを眺め、私を見るや否やギョッとした表情で固まる男がいた。
「殺すッ!」
「ちょ、ちょっと待った! これはそう、あれだ!ちょっとした事故だったんだ! 間違ってレバー触っちまってよ! な? あんただってあるだろ!? 間違いの一つや二つ!」
だとしてもこれは故意によるものだ。でなければあんな重いレバーなんて引かないだろう。
「いいからこっち来いッ! ぶっ殺してやるからッ! 来なかったら殺すッ!」
「どっちにしろ殺すじゃねぇか……」
ハゲ頭は項垂れながらレバーを操作し、橋を通れるようにしてから渋々渡ってくる。私は走ったことによる興奮と罠に嵌められた殺意から目が血走って白い肌が真っ赤になっていたが、何とか気を鎮めた。手には最大火力の斧槍が握られ、いつでも殺す準備ができてはいるがそうはしない。
男が渡り終えた瞬間、思い切り前蹴りを見舞う。
「痛って、あぶねッ!」
崖際で落ちそうになる男の胸倉を掴み上げると、強者達の
「やったら殺すって言ったわよね」
「ま、待てよハニー! 俺が、俺が悪かった! それにお前さんは生きてるだろ!? あれはそう、ノーカン!ノーカウントだッ! 誰も得しねぇぜこんな事!」
よくもまぁあれだけの事をしてそんな事が言えるものだ。私は必死で命乞いするハゲ頭を落とそうか迷ったが、そのうち熱も大分冷めて助けてやることにした。もしかしたら利用価値があるかもしれない。
咳き込みへたり込むハゲ頭は、またにやけ面を見せると言う。
「へ、へへ……ありがとよハニー」
「そのハニーってのはやめなさい。さぁ、助けてやったわけだけど。このままあんたを谷底に突き落としてやっても良いのよ」
はい、っと私は手を差し出す。すると男が手を取ろうとしてきたので、それを払った。
「何勘違いしてるのさ。謝礼よ謝礼、分かるでしょ」
「あんた本当に聖職者かよ……」
何やらぐちぐち言うハゲ頭は、懐から何かを取り出す。それは人間性だった。カラミットとのじゃれ合いで人間性を消耗していた私にはぴったりの褒賞だ。
それを分取ると、
ハゲ頭はまた独特の品の無い座りをすると名乗る。
「まぁ、お近づきの印って事でよ。俺はパッチ、鉄板のパッチって呼ばれてんだ。あんたの名前も聞かせてくれよレディ」
リリィ、とだけ言えば、彼はそうかそうか、と頷く。
「まぁ、あれだ。こう言うことも長い人生じゃつきものさ。お互い不死だろ?不死同士よ、争うなんてくだらねぇぜ。な?」
「こいつは……まぁ良いわ。あんた、ちょっと聞きたいんだけど」
感情任せに言いたい事を全て抑え、本題に入る。
「あんた、さっき私にあんたも聖職者かって聞いてたわよね。って事は、私以外にも見たのかしら?」
そう尋ねれば、彼はうーんと態とらしく思い出す仕草をしてから答えた。
「いたぜ。四人組で一人は聖女様だったか」
「そいつらにも同じ事をしたの?」
そう問えば彼は首を横に振った。
「いんや。人数が多いし、そんときゃ俺はあのレバーの前にいなかったしな。なんだ、あんたの知り合いか?」
いいえ、と即答する。あまりにも早い即答だったからかパッチは若干引いていたが関係ない。どうやらペトルスの言う通りこの更に奥に進んだらしい。てっきりこいつはあの男のグルだと思っていたが。
「そういや、一人だけ戻ってきたな。大方仲間を見捨てて一人逃げ帰ってきたんだろうが……フン、聖職者なんてそんなもんさ。……ああ、あんたもそうだっけか」
その声色からは、捻くれて飄々とした男とは裏腹な明らかな軽蔑を感じた。私もペトルスに思うことは概ね変わらないが、それ以上にパッチはあのおかっぱ野郎に何かを抱いているらしい。
「……いいえ。もう聖職者じゃないわ」
「へっ、だろうな。聖職者にしておくには惜しいぜ、あんたは」
一々勘に障る奴だ、このハゲ。
あの男と別れ、地下墓地を更に進む。
ここは魔境だ。スケルトンと屍術師が闊歩し、更にはアンドレイの近くに潜んでいた楔のデーモンすらもいる。デーモンがいればもちろん黒騎士もいて、見たこともない大斧を振るい襲いかかってくるのだ。
それらを何とか排除し、谷底へと足を踏み入れればもっとヤバいのがいる。その名も車輪骸骨。
どう言うわけか木製の車輪と一体化してしまった哀れなスケルトンは、その車輪を利用して物凄いスピードで突貫してくる。おまけに車輪は戦前戦車に使われていたのだろう、棘までついていて轢かれればそれだけで死んでしまうだろう。
それらが何体もいれば、もう地獄。唯一救いがあるとすれば車輪骸骨は一度倒せば復活はしないと言う事くらいか。打撃武器を持ってきておいて良かった、殴れば骨が崩れるんだから。
車輪骸骨に追い立てられるように先へ進めば、濃霧がある。どうやらこの地帯の親玉がいるようだ。もしや最初の死者だろうか。
いや、白竜の残した書物によれば最初の死者は光を嫌うらしい。故に太陽の光がギリギリ届くこの場所にはいないだろう。それにペトルスが言っていた巨人の棺とやらもまだ見ていない。
霧を潜り、今までの洞窟とは作りの違う広間へと飛び降りる。足を痛めるも仕方が無い。
蝋燭の明かりが立ち込める中、それはいた。
最初は屍術師かとも思ったが。そいつはこちらに振り返れば、その気色の悪い三つの仮面を互いに見合わせた。
三人羽織。そう形容するに相応しい。
黒いボロ切れの下に潜む三人は、私を指差し叫ぶ。侵入者を、邪魔者を、そして生け贄を殺せと。
私は斧槍を構え、それと対峙した。
刹那、背後に気配を感じた。チラリと見ればもう一体……と形容して良いのか分からぬが、三人羽織がいるではないか。
「分裂した……!」
或いは幻影。だが本体は見失っていない。私は相手が動く前に走り出す。すると本体が電撃の玉を放ってくる。あれは神の奇跡ではない、邪教の奇跡だろうか。
それを容易く回避すれば、斧槍の回転斬りを浴びせた。ボロ切れを引き裂き、中の者を引き裂けば堪らず三人羽織は悲鳴をあげる。だが追撃をしようとした途端、奴の姿が消えた。
瞬間移動したのだ。分身と並んで電撃を放つ本体。ローリングで大きく回避すると、今度は分身ごと引き裂く。だがその寸前に分身が大きく前へ出たせいで本体に斧槍が届かなかった。分身は斬られると霧のように消え失せてしまう。
「面倒な敵ね」
だが、分身を使うと言うことは本体はそれほど強く無いという証拠だ。所詮屍術師に毛が生えた程度だ。
だが、また瞬間移動した三人羽織は今度は五体もの分身と共に現れた。これには流石の私も驚く。
「どれが本体よ……!」
姿形、そして攻撃も同じとなっては分からない。近場の一体を斬ったが霧に消えてしまった。偽物だ。
本体と分身が電撃を溜める。流石に全てが同時に攻撃すれば当たってしまう面積だ。
ならば、私もこのスペースの狭さを利用させてもらおう。
近くの一体に転がり込むと、そいつのボロ切れの端を掴んで引く。すると浮遊しているそいつはバランスを崩し、電撃をあらぬ方へと放った。
刹那、私を狙って他の三体が電撃を放つが私に掴まれた三人羽織が盾となる。電撃に晒されたそいつは悲鳴をあげながら霧散する。こいつも偽物。
残り三体など相手にはならない。全部が近い。
斧槍を回転させながら走れば、それだけで裂かれた近場の二体は霧散した。残りは本体一人だけ。
「邪魔をするな、冒涜者」
縦に斧槍を一刀両断すれば、気味の悪い仮面ごと三人羽織を断ち切った。伝わる肉の感触は、それが確かに本体であることを現している。
三人分の悲鳴が響けば、広場を塞いでいた濃霧が晴れる。どうやらあれだけで死んだらしい。呆気ない事だが、そもそも元は屍術師なのだから仕方が無い。
勝ちは勝ちだ。私は近くの梯子に登れば、洞窟内へと到る。そこは地下墓地の更に奥、光すらも届かない巨人墓場だった。
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