誰からも愛されず。
誰にも必要とされず。
ただ虐げられ、忘れ去られ。
しかし人とは相応に死ねぬものだ。けれど居場所などどこにもない。
だからこそ、集まるのだろう。忌み者達の集う絵画へと。
暗く冷たく、けれど暖かい世界。
人はそれを、エレーミアス絵画世界と呼ぶ。
気がつけば私は、見知らぬ橋の上にいた。
寒く、景色は青白く。白色吹き荒れ人を拒む国。雪景色など久しぶりに見た。ロードランとは陰鬱で太陽に満ち溢れ、そして深淵が近い異端の場だろう。故にこうして一つの気候に染まった場所などありはしない。
あぁ、外の世界で見て以来の雪だ。不死の身であれば気温は関係が無い。代謝が止まった身体はこの冷たい水の結晶を久しぶりに楽しんでいた。
美しい自然の結晶を手に取り、同じく雪のように白い頬に染み込ませる。あぁ、やはり本当にこれは雪なのだ。白く、何物にも染め上げられるほどの純粋。であるならば、私の心も童心に還るというもの。
昔、孤児院にいた時の事だ。孤児達で雪だるまを作った事がある。
橋を渡り終え、しっかりと白い大地に足を踏み入れた私は串刺しになった亡者の亡骸の傍で雪だるまを作った。最早死体云々は見慣れすぎて何とも思わない。狂気など、他人を侵して初めて狂気なのだから、その狂気に染まらなければそれは狂気では無いだろう?
否、最早私自身が狂気そのものなのだろうか。
手のひら大の雪だるまを作り終え、都合良く設営されていた篝火の傍に置く。不死が焦がれる炎は雪だるまをゆっくりと溶かしていき、気がつけばまるまるとした身体は歪にも歪んでいた。
その歪みこそ、不死が羨む老化に見える。老化とは、変化とは、不死が求める届かぬ願いだ。ならばせめて、私はこの雪だるまにその願いを代弁させる。これは、芸術だ。
分かっている。異常なのだ。通常の私であればこんな少女染みた事はしないし、それが崩れ去る様を見て芸術などと言いはしない。
だがその異常すらも普遍的だと思えるくらいには、この雪景色は心地が良かった。それは多分、この世界の役割が影響しているに違いない。
絵画世界が居場所のない忌み者達の行き着く先ならば。人に閉じ込められ、不死として彷徨う私もきっと同じこと。
所詮私はそこで項垂れて抜け殻と化している亡者と変わらぬ哀れな女なのだ。
「それがどうした」
そんな事、今更だ。還る場所は無けれど進むべき道はあるのだから進めば良い。
篝火で暖まった身体を立ち上がらせ、私はこの世界を進んで行く。センの古城も、アノール・ロンドも変わらない。私が歩けばそこは戦場となる。
案の定、亡者達は襲いかかってくる。
通常の亡者に加え、中には大きな膿を孕んだ者達すらもいた。
ウーラシールの住人達を思い出す。彼らは深淵に触れた事で自らの人間性を暴走させ、あんな異形へと変わっていった。深淵が直接関わっているとは思えないが、根底は変わらない。あれは人間性の変質、その様だ。
人だけが持つ人間性。それは人が抱くにはあまりにも異質なのだ。人が持つ成長が力だとするのならば、人間性とは成長という絵画を描くための顔料なのだろうが。しかしあまりにもその顔料は強大すぎる。それこそ神すらも恐れるほどに。
膿は破裂すれば周囲に撒き散らされ猛毒を齎す。なるほど、過剰な人間性とは時に毒となるのか。故にウーラシールの深淵の穴にいた人間性に触れると命が削られる。
見よ、あの膿に触れた亡者を。内側に潜む何かに苦しむ様を。毒を喰らったように暴れる様を。急な変質とは毒なのか。
ここもまた、ロードランと同様に陰鬱さが溢れてはいる。それもそのはず、忌み者と言えど同じ人なのだから、その陰鬱さを流されたこの絵画世界もまた陰鬱なはずだ。
だが気分は良かった。世界から弾かれた人間が自分だけではないと知れたからだろうか。
だが、その中でもここは最悪だ。
地下の下水、その場所はこの世の終わりのような骸が襲いかかってくる。忘れもしない、地下墓地において文字通り沢山転がっていた車輪骸骨。どういうわけかそいつらが、私目掛けて転がってくる。こんな狭い場所で。
相変わらず殺意が高すぎる。一度あの車輪に轢かれれば、車輪のスパイクで滅多刺しにされた上に他の車輪骸骨にも引き潰されてしまう。隙を生じぬ二段構えだ。地上にいた亡者の集合体というべきファランクス集団も彼らには敵わない。
それでも経験というのは強みである。愚者は経験に学び賢者は過去に学ぶと言うが、こと不死に関しては死ねぬのだから経験だけが蓄積されていく。決して経験は悪い事ではないのだろう。
一体ずつ何とか車輪骸骨を屠り、とうとう下水に安寧を齎すと柱に取り付けられているレバーを回す。まるで回してくれと言わんばかりの配置だ。
それを回せば、地上から何やら物音がした。きっと開かずの大扉が開いたのだろう。それは良い。探索は不死の嗜みだ。
梯子で地上へ上がれば、やはり大扉が開いていた。気がつけば、広場にある女神像が涙の血を流して扉の方を向いている。
その石像は涙の女神クァトのもの。カリムで信奉されている女神だ。どうしてここにあるかは分からないが、もしかすればこの絵画世界はカリム由来のものなのかもしれない。
と、その時だった。先へ進もうとした私の
黄の王だか何か知らないが、闇霊は須く赤いのだから色などわかるはずもない。だが身につけている装束を見ればその人物がどこに由来する人物なのかは想像できた。
異常なほどに大きな布を頭冠に見立てた出立ちは、ヴィンハイムの賢者達のものにも見える。実物など見たことはないのだが。だがそれならば魔術を扱うはずだが、どう言うわけか目の前の変人が手にするのは鞭と呪術の火だ。異端なのだろうか。
闇霊は大きく呪術の火を掲げると、地面へと叩き付ける。どんな技かは知らないが、あまりにも悠長なその動きは私としては狩りやすい。
肉薄し、斧槍で首を狩り取ろうとして違和に気がつく。地面が揺れている。
「うわっ! 火柱!?」
ジェレマイアを中心に火の柱が沢山噴き出る。なるほど、範囲呪術か。咄嗟に距離を取らなかったら火だるまになっていただろう。
必殺の一手を避けられ、ジェレマイアは火球を放つ。速度の速い火球は牽制には持ってこいだが、私とて呪術師の端くれだ。あっさりとそれを見切れば簡単に回避できた。
だが、それは囮に過ぎない。ジェレマイアは近接武器としては驚異的な長さを誇る鞭を振るう。咄嗟にそれを斧槍でガードすれば、何と言うことか。鞭は斧槍に絡みついてしまった。
「このっ……!」
お互いに綱引きのように引き合う。盾で防御しなくて良かった、変幻自在の鞭では盾で防ぐものならばしなって他の部分が肌に直撃していた可能性もある。おまけにこの鞭、出血でもさせようとしているのか棘だらけだ。
どうやらジェレマイアは私の筋力に多少驚いているようだ。男の彼が引き寄せられないと多段に踏ん張っている。ならばそれを利用しよう。
私は左手の草紋の盾を黄金の残光へと切り替え、斧槍ごと自分の身体もあえて引き寄せられる。
まるで飛びながら迫る私を、ジェレマイアはきっと頭冠の中で目を見開きながら見ていたはずだ。武器は使えず、呪術の火を使う暇すら無い彼になす術はない。
引き寄せられた私はそのまま黄金の残光で彼の胸を穿つ。そして横へと身体を引き裂いた。
すると彼の身体は両断され上半身が雪上へと落ちる。赤黒い霧と化した彼はそのまま霧散した。
さて、侵入者を倒して人間性を補充した私はゴーの大弓の弦を思い切り引いている。
扉の向こう、塔の先の大橋に鎮座するのはドラゴンゾンビ。前に飛竜の谷で見たあれと同じものだ。まともに相手をするのは非常に苦痛なので、こうして別棟の頂上から狙撃する。
流石竜狩りのために造られた大弓。その一撃はゾンビであろうとも容易く竜の鱗を穿ってみせる。
「ギャアアアア!」
と、そんな私のすぐ真下からは何やら鴉と人間が混ざり合ったような生き物が迫りつつあった。
「ベルカ信奉者ってのはどうにも不気味ね」
大弓でその鴉人間をど突く。すると奴は螺旋階段から落ち、そのまま地上に激突した。
やはりこの絵画世界がカリム由来であるというのは、半分合っていて間違っている。恐らくはこの絵画世界へと流れ着いた者の中にカリムの者達が大勢いたのだろう。罪の神ベルカを信奉するのはカリムの中でも異端者であるから、きっと迫害されていたに違いない。
ドラゴンゾンビを屠ったは良いが、まさか上半身だけ爆散して下半身が残るとは。これでは大橋は封鎖されたままだ。
仕方なく、別の道を探す。別棟では暗い種火や沈黙の禁則という魔術を手に入れられたから収穫はあった。
大橋の下には崩れかけた通路があり、私はそこを進むことを余儀なくされた。道中ではバーニス騎士やそれを援護する弓兵なんかもいるせいで大分時間は掛かったが、死なずに彼らを駆逐する。
しかしバーニス騎士までもが紛れ込むとは。まるで彼らの配置は何かを守るようだ。一体何を守っている?
辿り着いたのはまた別の塔だ。霧が掛かっているということは……この絵画世界の主だろうか。
緑化草をもしゃもしゃと食し、万全の状態で霧を潜る。相手はいつも待ってはくれないから、ある程度の下準備はいるものだ。
霧を潜り、身構える私だったが。
「あなたは、誰?」
そこにいた人物を見て、私は固まった。
大きな背丈の、白い少女。
髪は白く、仕立ての良さそうな白い毛皮を身に纏い、そして背後に伸びる尻尾も真っ白だ。
そう、まるで竜のような少女がそこにはいた。見た目の美しさと相反した大鎌を手にして。
呆けて彼女に見惚れる私は、しかし正気に戻れば警戒する。すぐに攻撃して来ないという事は、まともな部類なのだろう。だが人とは潜在的に鎌に恐怖を抱くらしい。どうにもあの大鎌が目につく。
「……貴女は? ここの親玉かしら?」
すると彼女は何やら物憂げな顔をしてから言葉を発した。
「……私たちの仲間ではないのですね。もし誤って迷い込んでしまったのであれば、そのさきを飛び降りて戻ってください」
質問に答えぬ彼女が指差すは塔の先、断崖絶壁だ。
「死ねってこと?」
「いいえ。あの先はこの絵画と現世を繋ぐ掛橋。飛べば貴女は元の世界に戻れるでしょう」
どこまで信じていいかは分からないが、それ以外帰る手段が無い。どうやら転送もできないようだし。
だがそれは良いとして。不意に私はある感情に支配されていた。
うずうずと、身体が好奇に震える。それを見て、彼女は何を察したのか言うのだ。
「もし、私の力を求めてやって来たのなら……それは許される事では無いのです……」
凍えるような殺気に見つめられる。だがそんなものはどうでも良い。私はある事だけを胸に、彼女に近寄る。自ずと、彼女が鎌を持つ手に力が入る。
「ねぇ、貴女……」
そして私は、人の罪深い欲を解放する。
「モフらせてくれないかしら」
「……はい?」
少女らしい声が静寂に響き、半竜の少女は首を傾げた。
乙女というものは不死になって尚乙女である。彼女のもふもふとした地毛に埋まり、心に溜まっていたフラストレーションを癒す。
膝枕のようにしゃがむ彼女は、自らの竜の体毛に埋もれはしゃぐ私を困ったように笑って見つめると、空いた手で私の頭を撫でた。
「そんなに心地が良いものでしょうか? 少し、恥ずかしいですが……」
「何を言うの。すごくあったかでふわふわじゃない。これにときめかない女がいるはずないわ」
ついつい自が出る。あのシフ並みにふわふわの毛皮は触っていて気持ちが良いし、もし眠る事が叶うのであれば速攻寝ているに違いない。
それにこの、少女臭。ロードランでは珍しいこの欲情を掻き立てる匂いは、堪らない。もう聖女レアの一件以降隠す気のない私は解放されているに等しい。色々と。
「ふふ……貴女が純粋な方で、安心しました」
「そうかしら。こうして少女に埋もれた女好きが純粋とは思えないわね……自分のことだけど」
あらあら、と彼女は優しく笑う。ああ、聖女レアのような哀れな少女も堪らないが、こうして神秘的かつ儚い少女もまた良いものだ。そして何よりこのサイズ感。大きな少女とはこうも童心に還りたくなるのだと驚かされる。
できればこのまま仲良くなってもっと深い関係になりたいが……それはやり過ぎだろうか。
短めですが百合が書けて良かったです(小並感)
百合ばかりの番外編を
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見たい。百合こそ人類の宝、ダークソウル
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いやぁそうでもないっすよ