病み村、魔女
廃都イザリス。それはかつて、最初の火より王の
己の力量も分からぬままに最初の火を産み出そうとした魔女達は、しかし産み出した混沌により自らとその国を焼き、今ではデーモンの故郷となってしまっている。なんと罪深き魔女達か。
イザリスには病み村を経由する事で向かう事ができる。かつて打ち倒した魔女クラーグ、その根城の先。一度行った場所だが、生憎とあの場所には篝火が無かったから転送はできない。まぁ道中の毒沼だけと考えれば気は楽ではある。
病み村の毒沼前に転送され、私は錆びた鉄輪を指に嵌めてから走り出す。
一見するとガラクタに見えるこの指輪だが、反面効果は素晴らしい。こういった足を取られるような場所においても問題なく走る事ができるのだ。これであのうざったい虫も一際大きい岩転がし共も無視できるだろう。
と、そんな風に考えながら毒沼を走っていると。
「グゥ〜……グゥ〜……」
毒沼にある浮島。その片隅に見知った人影が見えた。最初は疲れているのだろうかと思ったが、どうにも見間違いや幻想ではないらしい。
カタリナのジークマイヤーが、立ちながら寝ているのだ。器用なものだ。
無視するのもアレなので、一先ず休憩がてらその浮島に寄る。いくらスタミナに自信があると言ってもずっと走るのは疲れる。
彼は相変わらず腕を組んで豪快に寝ているようだ。よくも虫や混沌の生物に見つからずにいられたものだ。ここはもう敵地だというのに。しかし傍にジークリンデがいないとは、まさか逸れてしまったのだろうか。
「ちょっと」
話しかけるも、彼は寝たままだ。仕方なく、その重厚な鎧をノックする。すると彼はビックリと身体をビクつかせて飛び起きた。
「お、おお! 貴公か、すまぬ。私とした事が、考えに耽っていたらうとうとしてしまった」
「うとうとっていうか寝てたじゃない、完全に」
「うーむ……まぁそうとも言うな」
そうとしか言わない。しかし起きた彼はまたしてもうーんと唸り出す。まるでこちらから声をかけて欲しそうだが、きっと彼はただ一人考えているだけなのだろう。そこに何も打算は無さそうだ。純粋なのだ、カタリナの人々は。
「……もしかして、苔玉かしら」
きっと、そうだろうなとは思っていた。彼の動きは重装備故に鈍重で、この毒沼には適してはいない。おまけにすぐに疲れると来たら毒消しである苔玉はすぐに消費してしまうだろう。
毒に侵されたならばエストを飲んで一時的に耐え忍ぶ訳にもいかないだろう。だって、毒は苦しい。人間、苦しさからはいち早く抜け出したいだろう?
見抜かれたジークマイヤーはぬっ、と少し驚いたが、すぐにいつものような口調に戻る。
「その通り、順調にここまで来れたのは良いが……帰りの分が足らんでな」
「帰り?転送はできないの?貴方アノール・ロンドからどうやって帰ってきたのよ」
そう問えば、彼は整然とした様子で答える。
「王の器を受け取ったのはソラール殿だ。私には興味が無いものでな。故に共にいなければできんのだよ。貴公もそうじゃないのか?」
「いえ……私は普通にできるけれど」
どういう事だろう。私の世界で受け取ったのはオスカーだけだ。もしや太陽の女神に謁見しなければ転送をさせてもらえないのだろうか?
というか、ならばなぜ彼はアノール・ロンドにいたのだろう。そもそも彼が探しているものとはなんだ?考えても答えは出ない。彼のみぞ知る問題なのだから。
「まぁ、いいわよ。あんまり使わなかったし。2、3個あれば足りるかしら」
そう言って
苔玉を渡されたジークマイヤーはおおっ、と感嘆すれば感謝を述べる。
「そうか、すまんのぅ! カタリナのジークマイヤー、貴公に感謝するぞ! この恩は決して忘れん!」
「大袈裟よ」
笑って私も言葉を返す。別に良いというのにここまで感謝されるとは思ってもいなかった。ロードランでこうも善人なのも珍しい。前には見返りも求めた私だが、今では彼の陽気な存在が救いとも思えるほどだ。
「いや、そう言うな。これはほんの気持ちだ。受け取って欲しい」
何を思ったのか、彼は自らのカタリナらしい盾を私に手渡してきた。ピアスシールド。攻防一体の小盾だ。
「なに、気にするな。正直今まで殆ど使わなかったのでな」
「じゃ、ありがたくいただくわ」
それを
そうして私は彼と別れ、また病み村の奥へと進んで行く。オスカーではないが、人助けとはある種良いものだ。
今日はなんだ、よくまともな人と会うものだ。
その人もまた、さっきの玉葱騎士のように毒沼の浮島にひっそりと存在していた。
泥の上に座り、汚れるのも憚らず、ただそこにいたのだ。私はここで一息入れるつもりだったのだが、浮島に来るまで気が付かなかった。あまりにも驚いて乙女らしからぬ声をあげてしまってその人はようやく口を開いた。
「……ほう。不死者が、私の姿が見えるのか」
女性だった。少女ではない。だが年老いてもいない。しかしその顔は身に纏う黒金糸のローブとフードのせいで口元くらいしか見て取れない。だが、その口元から察するにきっと端正な面持ちなのだろう、なんというか、上品そうだ。きっと美しいに違いない。
と、そんな煩悩を掻き消して私は恐る恐る尋ねる。まともに見えて案外まともではないのかもしれない。いつでも攻撃できるように黄金の残光は手放さなかった。
「そういう貴女は?」
尋ねれば、彼女はまるで品定めするように私を見回した。ふむ、こういうのも悪くはないのだなと、この時にちょっとした性癖が開花したのだろうか。今の私には未来は読めぬが。
「私はイザリスのクラーナ。人の身で私の姿を見る者を見るのは久しぶりだ……才もある」
どうやら私には呪術の才能があるようだ。純粋な魔術師でも無いのに魔術も幅広く扱え、また呪術にも才能があるとは我ながら誇らしいが、本職であった奇跡に関してはもう何にも思い出せない。そういえばタリスマンどこに行ったんだろうか。きっと箪笥の中の肥やしのように
「お前も、私の呪術が目当てなのか?あのザラマンのように」
呪術王ザラマン。その名を知らぬ呪術師はいない。かの大火球も彼の二つ名として知られる呪術であり、彼はロードランにて呪術の真髄を見たのだと言う。
まぁ、これはラレンティウスの受け売りだが。私は元々魔術に縁はなかったから知らないんだ。
「呪術師なのね、そう……なら、教えてく」
「言葉遣い」
ペシっと脛を叩かれる。あうっ、と痛がればクラーナはため息まじりに言ってみせた。
「最近の呪術師は……ザラマンといい、どうして私が見える者どもは須く不躾なんだ」
「……あの、教えてくださいませんか」
こういう類の人種は好きではない。仮に師であるローガンに同じ事をされていたらまたセンの古城に閉じ込めていたところだ。この性格が災いして教会でも問題児扱いだったが……それでも抵抗しないのは、彼女とお近づきになりたいという下心もあっただろう。
低姿勢で教えを乞えば、彼女は満足したのか鼻を鳴らした。
「そうか。そうだろうな。だったらお前を私の弟子にしてやろう」
なんとも偉そうに言うクラーナだが、どうにもその姿が可愛らしく見えてしまう。不遜な態度を取られても怒るどころか情熱が湧き上がるとは、私の人間性も限界なのかもしれない……いや、燃えすぎているのか。
「だが、私の呪術はそれなりの糧を要求するぞ。お前に耐えられるかな?」
そして、挑戦的。いや挑戦するのは私だが、その挑発的な態度は私の乙女を愛する心をくすぐった。聖女とも火防女とも違う、なんというか男勝りな人だ。今までに無いタイプ。
ふむ、なら徹底的に呪術を極めて彼女に認めてもらおう。きっとこう言う人は親しくなればなるほど甘えさせてくれるに違いない。私が言うのも何だが。
数日、そうしていたに違いない。時間の概念が薄れたロードランならではの事であるが、その間の修行は容易いものではなかった。
呪術とは才能の無い者が扱うと聞いた事があるが、魔女クラーナの扱う呪術はその原初である炎の魔術に限り無く近い。魔術師でもある私にはそれが分かる。故に、
あぁ、沢山の偉大な者達を屠っておいて正解だった。それらが私の
呪術師にとって火とは、自らの分身である。故にそれを分け与えられた私には伝わってくる。彼女という、表面上はツンケンしているが実は優しさを併せ持つ女性が。
そして、イザリスのクラーナという自らの出生を表す名乗り。詰まるところ、彼女はあの王の
「よし、今回はこんなところだろう。不器用な所はザラマンと変わらんな」
師であるクラーナから厳しい言葉が飛ぶが、その反面少しだけ見える表情は嬉しそうだ。ツンデレとでも形容すれば良いだろうか。
「呪術王が不器用って……呪術は難しいものですね」
「ふん、もう200年程前のことだがな。出来の悪さはお前と同等だ。それが呪術王なんて呼ばれるとは……偉くなったものだ」
その声色はとても嬉し気で。懐かしむように、優しい。そろそろ私も行かなくてはならない。目的はイザリスの
「では、もう発ちます。心配しなくてもまた来ますわ」
「ふん、どの口が言う馬鹿弟子が。……イザリスに向かうのか」
その問いは、どこか憂いが混ざっている。私は頷いた。
「そうか……では、行ってこい。亡者になんてなるんじゃないぞ」
まるで、母のように心配してくれるクラーナ師。私は微笑んで毒沼を駆ける。その後ろ姿を彼女は見えなくなるまで眺めていた。
前には気がつかなかった。
それはクラーグの根城、鐘の真下。不意に声が聞こえてきたのが原因だった。何も無い……と言うより、クラーグの蜘蛛の糸で固められた壁から声が聞こえてきたのだ。
もしやアノール・ロンドやウーラシールのように隠された壁かもしれぬと思い、軽くその糸を小突いてやれば幻影は消えた。現れたのは通路……と、何やら異形の卵を背負った不死人。
もはや立つことも叶わないほどに肥大化した背後の卵を揺さぶりながらその亡者は近寄ってくる。敵だと思った。だが、まさかのその亡者より言葉が発せられた。
「怪しい奴め……お主、何者だ? 新しい従者か?」
「えっと……」
珍しく言葉に詰まる。戦闘態勢だった私はしばらく考え、もし話が通じるのであれば無用な戦いはすべきでないと結論付けた。
「そうよ。従者。だから通しなさいな」
しばらくその卵背負いは私を鑑定するように睨む。まぁ怪しいのは分かるが、一般的な怪しさで言えばこいつの方が怪しいだろう。
「……ふん、卵も背負わぬ半端者がな。まあ良い。ならば進んで姫様に見えるが良い。くれぐれも粗相の無いようにな!」
そう言えば、彼は道を譲ってくれる。今、姫様と言っただろうか。もしや混沌の魔女に他に生き残りがいたのだろうか。そしてクラーグはもしかすればその生き残りを守っていた?
まぁ良い、もし混沌の異形であるならば美人であろうと狩るだけだ。どの道王の
そう、考えていたのに。
その“御方”を見た瞬間、私は心を奪われてしまった。
彼女は、その魔女は、まるで蜘蛛の糸のように白く華奢であり。
ただ、壁の糸と一体化してしまった蜘蛛の身体より美しい上半身を伸ばし。
手を組み、祈っていた。
それはまるで、美しい絵に見惚れる少年のように私を掴んで離さなかった。
「ほれ、従者であるならばあのトゲトゲのように人間性を捧げんか」
その、卵背負いの言葉で我に帰る。そして、問うた。彼女の存在を。
「彼女は、何に祈っているのかしら」
「お主、それも知らずに従者となったのか!? なんとまぁ愚か者め……まぁ良い。姫様の美しさ故に従者となる者も少なくは無い。姫様は……それはもう、尊い方でな。わしら嫌われ者達のために病を飲み込んだのだ……わしらのために祈ってくれたのだ……」
異形でありながら尊いその御方。祈る対象は神でもなければ信者でもない。ただの忌み人。不死であり、加えて病すらも患った嫌われ者共。そんな者達のために彼女はその身を犠牲にしたのか。
ならば、私が殺したクラーグは。そんな健気な自分の姉妹を守っていただけだったのか。こんな美しい
私は、何という罪を犯したのだろうか。
彼女の前に跪き、祈る。最早聖職者ですらない私が、ただ一人のために祈り、誓約を交わす。
罪滅ぼしと言われればそうである。だがそれ以上に、彼女のために何かをしてやりたいと思ってしまった。例えその身が異形であろうとも。
私の
もし、私が人間性を与える事でその苦痛が和らげば、それ以上に嬉しいことは無いし、それで罪の意識から逃れられると思ったのだろう。
気がつけば私は貯めていた人間性を彼女に大きく捧げていた。
「お、お主、そんなに捧げて大丈夫か」
背後で卵背負いが心配する。
「いいの。まだまだ人間性はあるから」
私の呪術の火に新しい技が灯る。それは混沌の呪術。きっと与えた人間性に対する見返りなのだろうが、そんな事も気にせずただ彼女を見上げた。
知らぬ内に悲劇が訪れるなど、不死にはよくあることだ。だが、それでも私は彼女に祈らなくてはならない。今の私は彼女の従者なのだから。そしてその生まれ故郷を滅ぼそうとする悪人でもあるのだから。
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