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まるでそれは、母を守るかのように。
その見知った黒金糸の衣装は混沌の魔女である証。手にする炎は悍ましく、故に力強い混沌の炎。
嗚呼、彼女は確かに母を守っていた。混沌に飲まれ理性を失って尚、人としての形を保ちながら。そうしてまで守ろうとしたのは傲慢さにより滅んだ女。
我が師、クラーナが見捨ててしまった後悔の具現。名も知らぬ女は、私の前に立ち塞がった。
私の呪術師としての腕は当然の如く彼女に劣る。ならば私の取れる手段は、圧倒的までに緊迫した近接攻撃。呪術同士で争う必要など何処にもない。
勝負、決闘、闘争。言葉は違えど根元にあるものは殺し合いという愚かさの極み。そこに吟醸や名誉などあるはずもないのだ。
死ねば、全てが変わらない。ならば私も全力で相手を殺すだけ。
確かに目の前の魔女が扱う呪術は凄まじい。きっと我が師に引けを取らない……否、それ以上の練度なのだろう。混沌の嵐や混沌の大火球など、師が封じた混沌の呪術をふんだんに用いてくる。
当たれば、死ぬ。皮膚も骨も、全てが溶け。篝火で目覚める。だがそうはならなかった。
近接呪術には距離を取り、発動に時間がかかる呪術には詠唱の隙に距離を詰め、斧槍ではなく対人戦闘に特化した黄金の残光と暗銀の残滅で斬りかかる。煌めく刃の軌跡は黒金糸の衣装ごと彼女を切り裂いてみせた。
魔女であろうとも、人に近い。ならば出血し、死に至る。そう、呆気なく彼女は死んでしまった。
これを、人によっては解放と言うのだろうか。死は救済であると。だが死んでも解放されない私に救いは無い。ならばただ善くあるだけ。殺すことだけ。
濃霧を潜り、あからさまに欠陥構造である坂を滑り落ちる。ブーツの底を削りながら、私は長い坂をまるでスケートのように滑っていた。
先程まで色々と死や人生について考えていたが、今の私は如何にして転ばずここを滑り降りるかだけを考えている。案外楽しいが、それでいて危ない。この先から強大な
坂を滑り降りれば、かなりの広場へ辿り着く。半円形のその場所は、中央に巨大な木のようなものがあり……
「……あれが、混沌の苗床?」
その木は、人の形をしていた。根を張り、しかし人の形を思わせるそれは女性にも見える。と言うことは、あの木こそ混沌そのものだと言うのだろうか。
なんと悍ましい。生命とは、ここまで歪められるものなのだろうか。人の業とはまったく度し難い。
私の存在を感知した苗床は、左右の大腕を振るい出す。あまり自由に身動きを取れないのか、その動きは愚鈍で拙いが、それでも質量だけは十分だ。人間如き何をしてもあっさり引き潰されるだろう。
私はしばし腕の攻撃を回避しながら観察する。時間と余裕があるのならば観察は欠かせない。生き残るための知恵だ。
どうやらあの苗床の木には本体があるらしい。何やら魔法陣のようなものが胴体下部に見て取れる。更には両腕の下にも何やら魔法陣があるようだが……表面の文字を見るに、両脇の魔法陣にある何かが本体を守っているようだ。ならば、先に両脇を攻めなくては。
そうと決まれば右側へと走る。行く手を腕が阻むも、素早い私を捉えることはできない。
魔法陣が守るのは、熱を帯びた木である。一体これが何かは分からないが、斧槍でそれを叩き斬った。
刹那、暴れる苗床。私はそのもがき暴れる腕に巻き込まれないよう動き回る。どうやらダメージを与えているようだ。
次は左側へと向かえば良いのだが、ここで新たな問題が生まれた。なんと苗床に生えていた木々が、まるで触手のように蠢きながら私を攻撃してきたのだ。
「気色悪いわね!」
少女達が触手に絡め取られるのは正直見てみたいが、私がやられるのは性に合わない。
おまけに触手からは炎の鎌が生え、執拗に私を切り刻もうと狙ってくるのだ。
厄介ではあるものの、それらを避けて左側へと向かう。その時だった。
腕が、私の近くの石畳を強く叩いたのだ。瞬間石畳が大きく崩れ去る。消えた石畳の下は奈落、落ちれば死は免れない。欠陥建築過ぎるだろう。
落下死だけはどうにもならない。私は腕と触手、そして落下死にも気を配る必要があった。
それでも何とか左側の魔法陣に入り込み、熱の籠った木を断ち切る。すると苗床がより一層苦しむ。胴体部の魔法陣も消え去った。
あと少し。私は一度広場の入り口へと走る。段々と足場の石畳が減って来ている。遅かれ早かれこの広場は崩落し落下死してしまうだろう。
暴れる苗床は、とうとう胴体部に至るための石畳まで破壊してみせた。理性は無いのだろうが、偶然にもその行いは私にとって最悪の一手でもあった。
「空でも飛べたらね……あら」
冷静さは失せてはならない。しっかりと攻撃を回避しながら観察すれば、崩れ去った石畳の下には苗床が張り巡らせた根があった。大き過ぎるその根は、足場に使えそうだ。
私は両手の武具を
思い切って跳躍すれば、私の両手が根へと架かる。間一髪だ。もし手を滑らせでもしたらそのまま落ちて死に腐っていただろう。
後の世にパルクールとでも呼ばれる技術に似た、だがまだ粗のあるその動きで、私は飛び、這い、根を移動していく。ふむ、やっといて何だがこの動きは後々市街地などでも使えそうだ。
ようやっと根を超えて本体へと取り付く。ここは石畳があって良かった。まぁいくら理性がないとはいえ自分が根を張るための石畳ごと砕く阿呆な生き物はいまい。
そもそも純粋な生命ではないから生き物とも言えないが。
木でできた虚な苗床、その内側は空洞に近い。私はその中をただ歩く。魔法陣の奥、苗床の命を消すために。
すると地面が、石畳が揺れ動く。まるで地震のような揺れは、しかし呪術を扱うものならば分かる。どうやら苗床が自身が燃えることも厭わず私を焼き殺そうとしているらしい。
こんなところまで来て死ぬのはゴメンだ。私は急遽走り、一本道の木の道を急ぐ。
すると、あったのだ。
混沌の苗床、その本体の心臓部。
醜い虫のような何か。
これが、魔女達の成れの果てだとでもいうのか。
あんなに美しい娘達の母が、こんなにも醜いのだと。
ならばやはり、混沌とは人の敵だ。美を、生命のあるべき姿を歪めるとは。
「
虫に出来る事など何もない。混沌の嵐も自身の心臓を焼く事などできず。ただ、恐れもがく虫を無慈悲に私は斧槍で穿った。
血の代わりに炎が滲み出る。一頻り暴れれば、その虫は動かなくなり
如何に巨大であろうと、顛末などこんなものだ。ただの醜い虫。イザリスは、遂に滅ぶ。
デーモンにも生態系はある。
そもそも、デーモンとは武器も扱えるほどの知性を持ち合わせた生き物だ。例え生まれが歪であろうともそこは変わらぬ。故に、それだけの知性があれば序列も生まれるもの。
今まで私が戦ってきたデーモンは、言わば兵隊。兵隊の序列が低い事は古今東西の国々を見ていても分かるもので、となれば頭脳となる者も多少なり存在する。
デーモンの中でも学者と位置付けられていた彼もまた、その序列に準ずるのであれば王族に近い。
他のデーモンは呪術を扱う事も忘れひたすらにその膂力と暴力性で生命を狩っているが、彼からすればそんなものは野蛮の極み。故にいつものように学問……呪術を極めるための書き物をしていた。
巨大なデーモンだけあって、その筆もまた大きいものだ。記すは彼らの偉大な母が生み出した呪術の呪文とその応用。彼は勉強熱心で、もし大沼の人間であったならば出世していたことは間違いない。
そんな風に、溶岩が噴き出るイザリスの一画にある建物で勉学に励んでいると。
一人の若いデーモンがやって来た。それは呪術の中でも変わり種の、毒を扱うデーモンだ。
人に分からぬ言語で、やたらと慌てたように駆けつけた彼を最初は邪険にしていた。だが、その言葉が紡がれる度に勉学のデーモン(ここではそう呼称する)から表情が失せていく。終いには、その手にする大筆を落とした。
若いデーモンと駆ける。道中では、同じく慌てふためいたり嘆き悲しんだり、またはあまりの怒りに同族同士で殺し合っている者達もいた。
それはどうでも良い。下級の者達は野蛮だから、そう言うこともあるだろう。だが彼が優先させるのは……
偉大なる炎の司祭はどうしたのだと、若いデーモンに尋ねる。すると彼はまたしても勉学のデーモンの心を砕く一言を呟いてみせた。
死んだと。戦死したと。あの、どこまでも知性的で穏やかであり、そして強いデーモンの見本のような方が。司祭は彼の師でもあった故、その喪失感は大きい。
誰にやられたと聞けば、それは一人の人間だという。そんなバカなと、彼は耳を疑った。だがそれもまた今はどうでも良い。
彼らは、母なる混沌の苗床へと至る道を下る。長い坂を滑り降り(いつ来てもここは移動に不便だ)、そうして彼は目にしてしまった。
酷く崩れ去る混沌の苗床、その大樹を。彼らの母が、死んだのだ。
重厚な石畳は所々崩れ去り、何やら大きな戦闘があった事を想像させた。周辺には彼と同じく訃報を聞きつけたデーモン達が泣き崩れ、血に伏している。
勉学のデーモンは開いた口が塞がらなかった。命の炎が消えてしまった木を見て、デーモンに最早未来が無いことを悟ってしまったのだ。
同じく涙を流す若いデーモンに尋ねる。誰がやったのだと。
すると、デーモンは言うのだ。炎の司祭を殺した者と同じだと。どんな奴なのか問えば、それは小さな人間の女だと言う。それもすばしっこくてとてつもなく強いのだと。道中の親衛隊は尽く殺されたのだと。
気がつけば、若いデーモンの弟も加わり皆と嘆いている。だが、勉学のデーモンだけは違う。
彼の心に芽生えたのは、終焉への憂いと底知れぬ憎悪。我々の誕生を否定した神々とそれを終わらせた人間への憎悪だった。
少しばかりの残り香が、勉学の。復讐のデーモンの鼻をくすぐった。
匂いは、覚えた。姿は知らずとも、匂いは変わらぬものだ。魂の匂いは。
見えたならば、絶対に殺してやるのだと決意して。彼は一人杖を手に立ち上がった。
苗床が死んだ事を、クラーナはその
とても晴れ晴れした悲しい顔だった。私は一瞬躊躇して、だが未だ毒の沼の傍に座る彼女に声をかける。
「ああ、お前。よくやってくれた」
フード越しに見えたその頬に、涙が伝っている。ああ、ようやく終わったのだと。解放されたのだと。噛み締めているのだろう。それが悲劇しか齎さなかったとしても。
母は、死んだ。傲慢で、優しくて、命を産み出そうとした愚かな女の終焉。それはとても呆気なくて、一瞬だった。だが、それこそ命の消えゆく様だ。感動的な死などありはしない。いつだって死ぬ時はそんなものだろう。
「ありがとう。お前に会えて、本当に良かった」
まるで、これから死ぬような事を言う師に私は寄り添う。すると彼女も私の肩に頭を寄せてきた。きっと、孤独だったはずだ。強情だったはずだ。馬鹿弟子だと何だと、人を突き放すような事を言って。本当は優しい人なのだ。
彼女はただ、弱い自分を隠していただけ。人でなくても、人らしい心に違いなかった。
「もうとても、馬鹿弟子なんて呼べんな……」
「師匠……」
その華奢で暖かい身体を抱き締める。とても呪術の師とは思えないくらい、華奢な女性だった。
「お前、私を好きにしていいぞ。約束だ」
まるでそれは、もう生い先の短い者の言い方だ。まるで自分などどうなっても良いのだと、そんな言い方。
違う。私が欲しいのはそんなものじゃない。私が欲しいのは、愛。白百合の花が咲き誇る、白い愛。
私は彼女のフードに手を掛ける。そして、そっとその顔を露わにした。
「お前も酔狂な奴だな」
そう言って笑う彼女は、とても美しかった。魔女などと、どうして言えようか。聖女のように美しいその人は、確かに偉大な者の末裔。あの蜘蛛姫の姉妹。
「私が本当に欲しいのは、貴女の身体じゃない」
おでことおでこをくっつける。互いの熱を分け合う。それは呪術の師弟関係に近い。
これより行うは、愛の分け合い。最早愛するものもいないのであれば、私の愛を捧げよう。だって、女の子が喜ぶのが私の喜びでもあるのだから。
「クラーナ。私は貴女の愛が欲しい」
そう、告げる。
「……ふふ、強欲だな。お前は。ふふふ……」
笑う彼女は、しかしその顔を師のものへと戻す。いつもの強気な女性がそこにはいた。
「なら、お前の愛とやらを私にぶつけてみせろ。そうすれば私も、なんだ、あれだ。お前を愛してやれるかもしれ……」
理性が外れる。私は彼女と口付けを交わす。それは前払いの報酬のような甘さだけではない。私の情熱を表すかのような、猛々しさが溢れるものだ。
師を押し倒し、可愛らしい驚きの声が繋がった唇から漏れる。土の上だろうが構わない。私達の愛は場所を選ばぬだけ。
互いに土の上、はだけた服のまま向き合い横たわる。その白く白百合のような肌は煤けていて、しかし美しい。
師はそんな彼女の寝顔を見て微笑み、髪をそっと撫でた。不死が眠るなど、あるはずもないのに。それが出来るのは最早ただの不死では無い。目の前で無垢に眠るのはその領域を超えた者でさえある。
だが、愛は。彼女の愛は伝わったのだろう。今までに無いほどにクラーナの表情は穏やかだった。母性を感じさせるその表情をそのままで、彼女は服を着直す。
優しい御伽噺。けれどいつだって、世界は悲劇に溢れている。此度もまた、その悲劇が繰り返されるだけ。愛は廻り、だが終わるものでもある。
そっと立ち上がれば、クラーナは蜘蛛姫の根城を仰ぐ。愛を受け取り、また愛を授けた彼女にはまだやるべき事がある。
クラーナの呪術書、その一つ。最早呪術の師として彼女に教えてやれる事は何も無い。それ程までに、この馬鹿弟子は呪術師として優れてもいた。
もっと早く、彼女に会いたかったと、後悔もする。だが今更何だと言うのだ。後悔など、してもしきれない。だから今を生きるのだ。ただ善くあるために。
「……楽しかったよ、リリィ」
最後に、私の名前を呼んで。彼女は立ち去る。
目を開く。だが、心は晴れ晴れとはしない。
本当は起きていた。不死なのだから。最初こそ気絶に近い眠りにあったのは本当だが。優しくこちらを見守る彼女の愛を、私は目を閉じてしか受け取れなかった。
後悔など、たくさんある。本当は引き止めたかった。アナスタシアはまた怒るかもしれないが、それでもクラーナを引き止めて一緒に祭祀場へと戻りたかった。愛を共有したかった。なんて強欲で、なんて愚かなのだろう。でも、それが私だった。
それをしなかったのは、彼女の決意を無駄にできなかった。意志とは、生き物だ。引き止めることは生きる事を放棄させることに他ならない。
あんなに孤独な人に、もっと愛を知ってほしかった。でももう、それもできない。私にはそんな事、出来るはずもない。
「お別れです、師匠」
出会いとは、別れを包括する。いつか訪れる別れのために、今をより善くあるべきだ。
けれど。寂しいものは、寂しいものだ。
聖女レアは、一人聖堂で祈る。理性を失くし亡者と化した者達へ。愚かな彼女が出来る唯一。
嗚呼、真、世界とは悲劇に溢れている。一つの悲劇は幾百の悲劇を齎すものだ。私達に喜劇は無い。楽しいと思えた事は、過去に置いてきた。そして今がある。
背後からやって来た者を、止めることなど彼女にはできなかった。その価値は、権利は自分には無い。家柄だけの愚かな女。まさにその通りだった。
「来たのですね。……止めはしません。私には、できません」
ゆっくりと迫る死の気配を、避ける事はしなかった。それが自分の結末だと受け入れる。
鉄の塊が振われる。見ずとも分かる。共に旅して来たのだから。その行為を咎めることなどできない。自分のせいでこの過酷な世界へと迷い込ませてしまったのだから。
鈍い音と共に、頭蓋が割られる。跪く彼女は崩れ落ちた。純白の衣装に、真っ赤な血が混ざり行く。
心にあるのは後悔ばかり。亡者と化した従者達への贖罪。
そして、少女から受けた愛。それを無碍にしてしまうことに対する、償い。聖女は、再生を拒み死を受け入れた。
真っ赤に。真っ赤に、燃えている。
血が、彼女の肌と衣装を汚している。
私はただ、何もできず。物言わぬ身体に近寄った。
不死だから。異形だから。涙も出ない。けれどその無惨な姿を見る度に、心が崩れていく。
悲劇に満ちる世界と言えど、こうも残酷なものだろうか。彼女が縋った神は、とうとう何もせず、彼女を殺してしまった。
嗚呼、どうして。私はただ、彼女を愛したかっただけ。なのにどうして。
彼女の身体を抱き抱える。力無く四肢と頭を垂らす彼女は、まだ暖かい。けれどその魂は虚ろ。故に死している。
「ごめんね、ごめんね」
苦痛に歪む顔に、私は自らの頬を擦り付けた。
真っ赤に、彼女の身体が燃え上がる。呪術の炎は、死した彼女を放置することは赦さない。
せめて、死んでしまったのならば。土に還るのではなく、私の炎で燃やしてやりたい。それが今出来る精一杯の葬送だった。
腕の中の身体が、判別できないほど燃え盛る。私はその身体を、祭壇に捧げた。
神は死ぬべきだ。だが、今はせめて彼女が信じた神の下へ。貴様らはその後殺す。
しばらくして身体が燃え尽きた頃。私はその遺灰を、すべて飲み干した。魂だけは神にくれてやる。だが身体は、手放したくはなかった。
私と彼女が愛を交わした事を、無かった事にしたくは無かった。
醜い男は、山道を歩く。
最早憂いも消えた。その手で殺し切った。後は国へと帰り何とでもしよう。その過程できっと聖女達の事を聞かれるが、彼女達は使命の半ばで力尽きたとでも言えば良い。
どうせ彼らは忌み嫌われる不死なのだ。誰もそれ以上は関与してこない。ならばそれで良いのだと。
どこまでもこの森は暗いが、彼の心は晴れている。ああ、不死ではあるが人生を謳歌するために何をすべきだろうと、そんなことばかり考えている。
だが。例え神が見逃そうとも。
私はお前を必ず殺す。
不意に足を槍で射抜かれる。どこからともなく飛んできた槍のせいで、ペトルスは盛大に転んだ。
「うゴォ!?」
泥まみれになる彼は、立ち上がろうとして目の前にいる誰かに気がつく。そしてその時にはもう遅い。
そこには神すらも殺してしまえる少女がいた。ジャイアントキリングばかり成し遂げ、最早ただの不死の枠に抑え切れぬ少女が。
悍ましい程の呪いを含んだ視線で彼を睨んでいた。
「ひ、ひいぃいい!? あ、あなたですか! 私にこんな事をしたのは!」
言って、痛みや刺さる槍すらも無視して這うように後退りする。少女は何も言わず、ただそこに立ち尽くす。それが尚更悍ましい。
「か、仇打ちにでも来ましたか! この不死風情が! それで正義を語ったつもりですか!」
何とかペトルスは時間を稼ごうとしていた。足は痛むが、死ぬほどではない。油断したところを屠ってやるのだと企む。
「あんな小娘、死んだ所で何も」
「言ったはずだ」
言葉を遮り、少女は口を開く。
「殺すと。貴様はここで死ね」
手にするのは黒騎士の斧槍。それは数多のデーモンを屠り、更には楔石によって鍛えられた神に匹敵する武器。
だが悪党はどこまで行っても悪党だ。こっそりと手にするタリスマンは、すぐにでも奇跡を発動させられる。だから近寄ってくるのを彼は待った。
「所詮、あなたも偽善者だッ! 色々殺しておいて、私を殺す資格などあるものかッ!」
そうして奇跡を発動させようとタリスマンを翳す。だが彼の誤算は、その少女の強さを知らなすぎたことだ。彼女の戦いを。
少女からすれば、その動きは蠅が止まるほどに遅すぎた。音速を越えかけた動きで、斧槍を振るえば彼の手はタリスマンごと切り落とされた。
「アァーッ! 腕! 腕がッ!」
それだけでは済まない。気がつけば、もう片方の腕も切り落とされていた。挙げ句の果てに両足までも。達磨と化した男は、その場に蠢き呪いの言葉を吐くだけの汚物。
少女は淡々と、殺さずの傷を負わせてから誘い頭蓋をペトルスに投げつけた。砕けた頭蓋から
「ならば、私は手を下さない」
そう言って、何もできない男を背に少女は去っていく。その間ずっと呪いを撒き散らし、喚く男はしばらくして気がついた。
頭蓋によって来た亡者達。それらが集まっていることに。
「おおお! 来るな! 汚らわしい! このぉ! 嫌だ! イヤダァアアアア!!!!!!」
男の悲鳴はすぐに止んだ。後に残るは亡者達の肉を貪る音だけ。復讐など、呆気ないものだ。
「借りは返したぜ、ハニー」
それを鉄板のパッチは遠目に眺める。あの腐れ聖職者に相応しい最期だと、唾を吐きながら。
死体から得るものは何もない。得たくもない。回収するのは自身の槍だけだ。パッチは何も思わず、転がる骸を蹴飛ばしてその場を去った。
ここからソウルシリーズらしい回が続きます
百合ばかりの番外編を
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見たい。百合こそ人類の宝、ダークソウル
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いやぁそうでもないっすよ