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黒い森の庭、狩猟団
本当に、本当に目を疑った。
あのぶっきらぼうで、目ざとくて、無愛想で、でも本当はとても優しい太陽のような導き手。死にかけていた僕を救い、使命すらも与えてくれた。そんな少女が、祭祀場の篝火で存在すら見えなくなりそうなくらいに縮こまり、ズンっと暗く消えかかっている。
僕は最初、ただそれを眺めている事しかできなかった。篝火の炎が僕の鎧を反射し、彼女の目に入ってようやく彼女に気が付かれる。
何も言わず、ただ呆然と光を失った瞳でこちらを見るだけ。そのうち彼女はまた炎を見つめるだけの不死と化す。
彼女が蓄える
「リリィ、どうしたんだい?」
そんな、何ら変哲もない風に装って話しかける。すると彼女はこちらを向きもせず、風と炎の揺めきで消えてしまいそうなくらい小さな声で言う。
「何でもない」
「……そうは見えないよ」
「あんたには関係無いわ」
完全な拒絶だった。否、彼女がそんなに安っぽい人間ではないことは確かだ。それは僕が保証する。彼女は聡く、そして狡賢い。だからこそ、考えてしまうはずだ。自分の問題に他人を巻き込めないと。
でも、僕は少しでも彼女に近付きたくて。そして力になりたくて。
彼女の隣に座り、兜を脱ぐ。久しぶりに脱いだせいでやけに風が強く感じるが、じきに慣れるだろう。そうでないと困る。
「ソラール殿の件、助かったよ」
話題を変える。だが彼女は少し頷くだけで答えてはくれなかった。
「彼は竜を目指すと……どうしてそうなったのかは良く分からないけど、そう、言っていたよ。希望に満ちた目でね」
彼女がソラール殿に希望を与えたのは確かだった。
「君に何があったのかは分からないけど。でも、君は確かに、人に生きる希望を与えたんだ」
「……希望ね。殺ししかできない私が、希望ね」
自嘲気味に笑う彼女が、痛々しかった。どうにかできないものかと思うも、僕では何もできない。
それでも、伝えたい事がある。彼女に知っていて欲しい事がある。それは決して無駄な事じゃない。僕は彼女の一部になりたい。人生の中の一つになりたい。
「殺し殺され……でも、君は僕を救ってくれた。その殺しが、今の僕を使命へと導いてくれたんだ」
だから、だから……そんな、自信なさげな声で。
「そんな顔で、泣きそうにならないでくれ。お願いだから。君が悲しむところなんて、見たくない」
あまりにも身勝手なお願いは、しかし今の彼女に届くはずもなかった。そうだ、彼女の心に僕はいない。
いるのは少女と、それに対する愛だと。今の僕に知る由は無かった。
リリィは無言で立ち上がり、僕を見ることもなく言う。
「そう。でも、無理よ。私はただの
立ち去る彼女に僕は何も言えなかった。ただ、彼女と入れ替わるようにして僕が嘆いているだけ。何も分からず知ろうともせず、僕はただ愚かな使命の代行者。
だからだろう。だから、僕には使命しかない。火を継ぐ事しかできない。彼女のように悩むことはできない。
アンドレイからパリングダガーを受け取る。流石毎日毎日鉄を打ちつけているだけはある、無駄の無い仕事だ。楔石で鍛え上げられた短剣は、炉の炎を反射して煌めく。
左手でくるくると回し、重さと取り回しを確認する。軽くも無く重くも無く。そして短く扱いやすい。刃の両方に取り付けられた返しは相手の剣を挟み弾くのに使うものだ。
カリムの騎士、裏切り者のロートレクが使っていたものだ。盾と違って防御は出来ないが、盾よりも余程パリィに向いている。私向きの技量向きだ。
ダガーを左腰の鞘に納めれば私はアンドレイに礼を言う。
「良い腕ね。感謝するわ」
ああ、とどこか暗い様子のアンドレイ。だが私は何も言及せず、とある事を質問する。
「貴方、アルトリウスの墓に関する情報を持っていないかしら。黒い森の庭の下層から辿り着けるようだけれど、できれば迂回せずに向かいたいわ」
「知っているには知ってるが……まぁ嬢ちゃんには何言っても無駄だろうからな。ほらよ」
そう言って、彼は傍の麻袋から何か丸いものを取り出す。それは魔力を帯びた紋章。奇跡とも闇とも違う、けれど明確な遺志を感じるものだ。
この紋章、どこかで見た事がある。そうだ、シースの書庫で調べ物をした際に見たものだ。確かアルトリウスの紋章だ。
「それがあれば黒い森の庭の扉が開く」
「貰って良いのかしら?」
「断っても諦めないだろう?迂回して無駄に死んでもらっちゃ困るしな……無鉄砲なのは困ったもんだぜ」
だがな、と。彼は付け加える。その瞳には深い思慮と悲しみが見て取れた。決して普段は見せない、人格者の彼らしいといえば彼らしい瞳。その瞳からは彼の人生の深みを感じさせられた。
「後悔だけは、しちゃいけねぇぜ。後悔は、不死を殺す。今の嬢ちゃんは……見てられねぇ」
そう言って、彼はまた木槌を打ち付ける。それ以上は何も言わない。彼は引き際を弁えている。いや、もしかすればそれこそ彼の不死なりの生き方なのかもしれない。
深く関わり過ぎれば自らも引き摺り込まれる。人生とは泥沼の深淵のようなもの。だからこそ彼は一線を引くのだろう。私は彼に不死の理想形を見たような気がした。
私は張り詰めていた胸を深呼吸で解放する。後悔はしてはいけない。その通りだ。永遠を生きる不死であるならば、後悔などすべきではないだろう。そうなれば、私も何れ心を失い亡者と化してしまう。それだけは、あってはならない。
「ありがとう、アンドレイ」
たったそれだけ礼をし、私は黒い森の庭へと向かう。
後悔か。今までの出会いと別れは私の人生を大きく変えるものだったに違いない。悲しくも、しかしその間に育んだ愛は本物だったはず。
レア、クラーナ。そしてアナスタシア。そうだ、後悔などするはずもない。別れを悔やんでしまえば、その出会いも否定する事になる。ああ、それではダメだ。私は彼女達を愛しているのだから。
アルトリウスの紋章を使い、黒い森の庭の大扉を開く。その真横に篝火が隠されていたのは運が良かった。もしこの先で死ねばまた不死教会からのリスタートだ。時間的にもこちらの方が負担は少ないし、何よりもエストの補充もし易い。
だがどう言うわけか、この大扉を潜った先には先客がいるようだ。それもタチの悪い……盗賊とでも言えば良いか。
パッチのようにこちらを騙す輩ではない。この暗い森を利用して、所々で待ち伏せをしている不死が沢山いる。それにどうやら盗賊同士で組んでいるようだ、私の嫌いな複数戦に持ち込もうとしているあたり、頭も回る。私も学べる事があるだろう。
魔術師、弓を持った狩人、騎士……様々な不死が私を襲う。とにかく一対一になるよう森の中を逃げ回り、一度隠れる。隠れんぼは得意では無いが、案外向いているようだ。見えない身体も役に立っている。
こっそりと近場の狩人に近寄る。こちらを見失って仕舞えばあとはやりたい放題だ。
左手のパリングダガーを右手に持ちかえる。そして空いた左手で狩人……女性だ。背後から女狩人の口を塞ぎ、右膝の裏を爪先で蹴れば膝をついた。
そして、その喉元にダガーを突き刺す。彼女は驚いたような顔でこちらを見上げた。だが次第に暴れる身体から力が抜けていく。美しい狩人だ。だが敵には容赦などしない。女なら、尚更。女の怖さは身を持って知っている。
騎士に関しては最後に倒した。魔術師をゴーの大弓で遠距離から射殺し、斧を持っていた盗賊に関しては発見されるのを前提でソウルの結晶槍で破裂させる。ただの不死に対してソウルの結晶槍は些かオーバーパワーだったようだ。
そうすれば、流石にこちらに気がついた騎士が一人でやって来る。フルプレートの甲冑をガチャガチャと鳴らし……その手にはクレイモア。あれはアストラの甲冑だ。一瞬オスカーかと見間違えたが、
大剣など、私を切り裂く武器足り得ない。振り回すクレイモアはあっさりとパリングダガーに絡め取られ、甲冑ごと斧槍で貫けばあっさりと騎士は死に絶える。どうやらここの連中は頭数ばかりで強さはイマイチのようだ。
盗賊連中を殲滅すれば、先へと急ぐ。すると崩れた建物があった。その建築様式には見覚えがある。
「……やはりウーラシールなのね、ここは」
深淵の主に引き摺り込まれ、辿り着いたあの過去の世界。この黒い森の庭はあの虚栄の成れの果てだ。なるほど、この森が太陽の下でも暗い理由がわかった。未だ朽ちぬ深淵が燻っているのだろう。
「そうさ。ここは闇を暴いた国の末路。あんたもこのまま進めば奴らの仲間入りさ」
不意に上から声を投げかけられた。老いた女の声だ。急いで武器を構え、見上げればそこにいたのは……猫。どこかで見た覚えのある大きな猫だ。
「……猫?」
「久しぶりじゃないか、嬢ちゃん。やっぱり深淵の主を倒したのはあんただったんだね」
言われて思い出す。この猫、私達を弱ったシフの場所へ導いた大猫だ。あれから千年も経っているはずだが、まだ生きていたのか。化け猫というべき存在だ。
「貴女……あの時は助かったわ。おかげであの子が死なずに済んだから」
すると猫は笑い、
「アイツもあんたらに感謝してたよ。恩人を救ってくれた上に、仇まで取らせてもらったってね」
「……動物同士だと意思疎通ができるのね。羨ましいわ」
私もシフとお喋りしてみたい。というか目の前の化け猫の毛に埋もれてみたい。きっとふわふわで気持ちが良いはずだ。
「あたしは黒い森のアルヴィナ。あんた、名前は?」
アルヴィナと名乗った化け猫。私はふわふわで埋もれる妄想から現実へと戻り応える。
「リリィ」
ふぅん、と彼女は品定めするように私を眺める。女性は女性かもしれないが、私は人以外に欲情するような変態では無かった。
「大方あんたもアルトリウスの噂を聞きつけてやって来たんだろう? まったく、倒したのはあんたらじゃないか。そんな伝承、信じたのかい?」
「深淵へ行かなくちゃいけなくてね。その為にはアルトリウスの力がいるのよ。白竜シースの書物の中に、彼は深淵の魔物と取引して深淵を歩いたという記述があったわ。……まぁ最終的に本人はその闇に引き摺り込まれたけどね」
ふぅむ、とその言葉を聞いてアルヴィナは何かを考える。
「そう言う事かい……なるほどね。ならあんた、私達の仲間になりなよ」
「なんでそうなるのよ? 盗賊の仲間なんてゴメンだわ。私までツルピカになりたくないし」
脳裏に浮かぶのはあの憎たらしい槍使い。
「ツルピカ……?ドネとティロの事かい?まぁいいさ。あたしらをそこいらの盗賊と一緒にしないでおくれよ。あたしたちはただ、この森を穢す愚か者を追い払ってるだけさ。アルトリウスの墓、その神聖な場所をね」
「……それは、シフも関わっているの?」
「もちろんさ。アイツがやり始めた事さ。もし手伝ってくれるのなら、あんたが欲しがってるものもくれてやれるかもしれないよ」
どうだい、悪い話じゃ無いだろう?と。彼女は提案する。確かにそうかもしれない。この先でアルトリウスの墓を守るのはきっと……彼に違いないのだから。戦わないで済むのなら、そうしたい。これ以上、知り合いの死を見たくはなかった。それが戦友なら尚更だ。
私はしばらく悩んで、答えを出す。それは彼女が望んでいた言葉。
「いいでしょう。手を貸そうじゃない」
するとアルヴィナは嬉しそうに鳴いてみせた。
「そうかい! じゃあ早速契約を結ぼうじゃないか!」
そう言って彼女は口から何かの指輪を取り出す。それは猫をあしらった可愛らしい指輪だった。中々センスが良い。効果は無いようだが、オシャレとしてはアリだ。今度アナスタシアにあげよう。
指輪を嵌めれば私はそれを空に翳した。本当に可愛いわね。
「あんたがこの指輪をしていればあたしはあんたを召喚できる。侵入者を感じたら召喚するから、暴れるだけ暴れてそいつらを追い返せばいいさ」
「暴れるのは得意よ」
それは良い、と彼女は笑った。まぁ時間はまだたっぷりある。これはそう、気晴らしみたいなものだろう。
「ただ一つだけ、掟がある。裏切りは許されない。絶対にね」
今までの朗らかな声色から一転して、空気が威圧される。もちろんそんなもので私は萎縮などしないが、弛みかけていた精神が引き締められた。
「裏切りはされるほうだから。大丈夫よ」
「ならいいさ。仲間もいるからね、会っておくといいよ。品物を融通してくれるだろうさ」
「話は聞かせてもらったぜ」
建物の外にいる騎士……騎士なのだろうか。変わった服装の男に話し掛ける。大きな曲大剣に見慣れない意匠の鎧。彼は自らをシバと名乗った。この黒い森の庭の守護者達、そのリーダー格らしい。他の団員は不死故に復活していたが、一度は私に蹂躙されたせいで恐れて話そうとしてこないのでまともな会話は彼としかできない。
どうやら遥か東の国から来たらしい。なるほど、見慣れない訳だ。噂程度にしか聞いた事が無いから。
彼は色々とこの森での仕事を教えてくれた。召喚されたら暴れるだけ暴れ、敵を蹴散らせば良いのだと。戦利品は倒した敵から奪い、またアルヴィナからも貰えるとのこと。支払いが良い。
「そういえば、アルヴィナから商売は貴方としろって言われてるんだけど」
「ああ。それなりに武具が好きでな、色々扱ってるぜ。見ていくか?」
武具が好き……というか収集癖があるのは私も同じだ。早速私は彼と取引をする。東の国の出身ということもあり、彼が扱うのは特殊なものが多い。
鉤爪……はあまり好みじゃない。なんか獣みたいだし。だがこの打刀は気に入った。どうやらシバも私の見立てが気に入ったのか、兜の奥を満面の笑みで迎える。
「おう、あんた筋が良いな」
「でしょう? これ、頂戴な」
決して安くはないが、高くも無い。良い買い物だ。アンドレイか巨人鍛冶屋に鍛えてもらおう。
侵入者は割と多いらしい。このロードランで日時など分かるはずもないが、体感的に一日で三回は侵入されている。その度に私は戦うことになるのだが……
なるほど、他の世界というものは興味深い。ここに侵入してくるのはどれも異世界の選ばれた不死ばかり。つまる所、異世界の私達のようなものだ。
故に強い。私もそれなりに強いと思っていたが、井の中の蛙。一対一でも苦戦させられる。
「盗賊風情が……!」
黒騎士の大剣を振り回す侵入者。ただ振り回すのではない、器用なことにこちらの防御の薄い部分を狙ってくる。
突きも嫌らしい。素早く突いてきたと思えばすぐに回転し斬り払ってくる。隙がない良い戦士だ。おまけに今回は女だった。是非とも捩じ伏せて
「嬢ちゃん下がれ!」
応援に駆けつけたシバが曲大剣で敵に迫る。彼の回転斬りの勢いは凄まじく、避けられたものの周辺の木々を切り落としてみせた。自然破壊だなこれは。
「次から次へと!」
シバと鍔迫り合いをする女騎士は顔を歪めて怒りを放つ。なんだか知らないが怒りやすい性格らしい。そんなところも可愛らしいが。
と、膠着状態が続く彼らに転機が訪れた。不意に、女騎士が苦しみ出す。よく見れば彼女の背後に誰かがいる。まるで霧のように姿が見えない誰かは、手にした鉤爪で女騎士を背後から貫いていた。
「この……! 卑怯な奴等め!」
だが不死とは、不死の英雄とは心折れぬからこそ英雄なのだ。彼女は蹴りで見えない誰かを引き離すと、瞬時にフォースを繰り出しシバを引き離す。エストを飲む暇は……無い。
「怒ると綺麗な顔が台無しよ」
すかさず黄金の残光と暗銀の残滅で斬りかかる。一撃の重さでは負けるが、手数ではこちらの方が上だ。故に何度も斬りつければ、彼女に浅くつけた傷から血が噴き出た。黄金の残光が齎す出血効果だ。
彼女は驚いて片膝を突くと忌々しそうにこちらを睨みつけた。
「残光ブンブン野郎め……!」
その隙を見逃さない。彼女を押し倒し、胸に瞬間的に取り出した斧槍を突き立てる。
「綺麗でしょう? 貴女と私の間に掛かる虹みたいで……ね?」
「気持ちの悪いやつだ……!」
ちゅっと、私は
侵入者を片付ければ私は血のついた斧槍を払う。背後ではシバと霧のような誰かが少し引いた様子で眺めている。
「……嬢ちゃん、変わってるな。少し引くぞ」
「嫌ね。愛の形は人によって異なるわよ」
かなりの量の
「その、刺客? 貴方の従者か何かなの?」
不意に彼の背後に立つその隠密を指差す。隠密は男のようだが、少し恥ずかしそうな仕草をしてシバの背後に完全に隠れた。男にしては背格好は女らしい。
「はは、こいつを見られちまったか……こいつは故郷で拾った隠密でな。ちょいと恥ずかしがり屋だが腕は確かだぜ」
「そう……ねぇ、貴方ってもしかして」
「おっと。それ以上は言わないでくれ。……俺はここの団長みたいなもんだからな。面子ってもんがある」
なるほど。どうやら歪んだ愛を持つのは私だけでは無いようだ。なんだか彼を見ていたら勇気が出た。世界は広いようだ。
愛する者と共に戦えれば、それは心強いはずだ。それ以上に不安で堪らないだろうが。
シバさんがアレなのは完全にオリジナル設定です。ただ影のように彼の背中を守る隠密はそっちなんじゃないかと思っただけです。私はゲイではありません。それだけははっきりと伝えたかった。
でも百合すき
百合ばかりの番外編を
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見たい。百合こそ人類の宝、ダークソウル
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いやぁそうでもないっすよ