暗い魂の乙女   作:Ciels

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黒い森の庭、灰色の大狼

 

 

 対人戦は巨大なデーモンや神々と戦うのとはかなり違う。

 例えば百足のデーモンやはぐれデーモンといった異形は、その大きさ故に人間である私に速度で遅れを取った故に敗れたようなものだ。流石にオーンスタインといった伝説の騎士相手では大きさに対するアドバンテージは殆ど無かったが。

 だが対人戦とは、互いに不死人である。身長の大きさや筋力やスタミナの違いはあれど、基本的には同じような武器を用い、戦術を用いるだろう。

 

 駆け引きとは、奥深いものだ。

 

 技量も(ソウル)も同じくらいの者同士であれば駆け引きこそ生死を別つ極めの一手。駆け引きを制した者こそ対人戦を制すると言っても過言ではない。

 また、人数を揃えるのも良いだろう。基本不死同士の戦いにルールなどない。殺した方が正義だ。三人羽織の仮面と巨人騎士の装備をした者は除く。あいつらは害悪だ。

 

 そうして、私はこの黒い森の庭で駆け引きという奥義を手に入れた。数百戦い、何度も死んだが……死ぬ数が二桁程度になる頃にはその駆け引きのコツというものを掴んだのだ。

 

 今もこうして、岩のようなハベルの装備に身を包み何故か両手にアヴェリンと呼ばれる三連射できるクロスボウを携えた侵入者を屠ったところだ。

 遠距離からチクチクと嫌ったらしいし無駄に鎧が固いせいで時間が掛かったが、どうやら駆け引きには弱かったようだ。わざと背を見せて逃げ出せば簡単に追って来て、隠れていた仲間達とタコ殴りにしてやった。重すぎる装備のせいで近接武器の一つも持っていなかったのが運の尽きだ。

 

 しかし新たに手に入れた武器である打刀。これは良いものだ。刀身が薄いせいで刃こぼれしやすく定期的に修繕しなくてはならないが、ある程度長いリーチと切り裂くのに特化した刃は出血を容易にする。流石に黄金の残光には劣るものの、あれは長さが足りないから……

 居合い斬り、というのも駆け引きに丁度良い。鞘に収め、一気に振り抜くこの斬り方は相手の油断も誘えるし、何よりも鞘に収めているせいで相手がその長さと振りの速度を誤認しやすいのだ。ちなみに居合い斬りは元々この打刀の主であった誰かが用いていたらしく、刀の(ソウル)を読み取って習得できた。

 

 また、今までは通常の魔術を多用していた私だが、闇術の有用性にも気付かされた。特に追うものたち……これが持つ追尾性と殺傷力は、反則に近い。

 

 自分の世界の黒い森の庭に帰れば、シバがこちらに手を振っている。

 

「よう、やるじゃないか。ハベル装備相手にこうも立ち回るとはな」

 

 相変わらず背後には忍びを携え、彼は気さくに言う。

 

「ま、相手が馬鹿で助かったわ」

 

 少しだけ伸びた髪をいじり、さも当然と答える。正直ここでの戦闘は彼らの存在が大きく戦局を左右する。一対一ではかなり厳しいだろう。

 

「ハッハッハ、アルヴィナもお前には期待しているみたいだからな。俺たちも心強いぜ……ああ、そういやお前さん、アルヴィナが呼んでたぜ」

 

「あら、ようやくモフモフさせてくれるのかしら」

 

「ハハハ、それは分からんが……まぁとにかくあいつの所に行ってみるといいさ」

 

 

 

 

 アルヴィナはいつものように遺跡の壁の上に寝そべっていた。大きな口で欠伸をしながら、私を見るとぶにっと頬を緩めて笑顔を見せる。口調と声色は老婆に近いが、その様は愛くるしい猫そのものだ。

 私は近くの柱に飛び乗って腰掛ければ、彼女の毛並みを撫でた。彼女も満更でもないようだ。

 

「来たね、リリィ。霧の指輪はどうだい? あんたなら使い熟せてるはずだよ」

 

「ええ、便利ねこれ」

 

 右手に嵌めた指輪を見る。この真珠のようにも見える霧が嵌められた指輪は彼女が報酬としてくれたものだ。使えば、存在を薄れさせ敵から姿を見え難くする。対人戦だけでなく不必要な戦いを避けるためにも使える便利な品物だ。

 

「それで、要件は何かしら? その毛並みに顔を埋めてもいいのかしら?」

 

「それはやめておくれ」

 

「そう、残念」

 

 一度、侵入者撃退の報酬として彼女を心ゆくまでもふらせて貰ったのだがどうやら彼女はそれがトラウマになってしまったようだ。仕方ないだろう、乙女なのだから可愛い猫は抱きたくなってしまうのだ。それが若干の狂気を伴っていたとしても、それはアニマルセラピーというものだ。

 

「あんたも随分と活躍してこの森に貢献してくれた。だからね、会わせたい奴がいるんだ」

 

「……そう。そういう、事ね」

 

 ようやく、私はここに来た目的を果たせるらしい。彼女は私がここに長居するつもりはないと分かっている。だから、彼らとの仕事はここまでだろう。

 私は本来群れる事のない狼なのだ。白く、白百合のような一匹狼。それに本来誓約を結んでいるのはあの蜘蛛姫様だ。一時的とは言え、ずっとは彼女を放って置けない。

 

「あいつから、あんただけはこの先に進んでいい許可を貰ったよ。何があっても私達に手を出すなともね。……いいかい、リリィ。あんたは余所者で一時的とはいえ、あたしの可愛い家族なんだ。だからこの先で起こる事で、悲しんでほしくはない」

 

「ありがとう、アルヴィナ。でも、大丈夫よ。後悔は死ぬほどしてきたし、これからもする。けれどそれは、決して無駄ではない……だから、安心して」

 

 わしゃわしゃと彼女の喉を撫でる。短い期間だったが彼女の私に対する愛は伝わってきた。それは私の求めるものではない家族愛だが……それでも良い。家族とは、良いものだ。私には無いものだけれど。

 

 アルヴィナに別れを告げ、私は森の先へと進む。会わなくてはならない子がいるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 喋るキノコは過去に見たが、まさか殴るキノコがいるとは。

 

 黒い森の庭、その最深部に足を踏み入れた私。脅威らしい脅威はここにはいない。しかしその代わり、この森には独自の生態系が育まれていた。

 アルヴィナと同じようで理性のない大化け猫やキノコ人。大化け猫は木々が生い茂った森の中は苦手なのか、入ってこようとはしないからいいものの、キノコ人はヤバい。

 彼らには明確な仲間意識があるようで、小さいキノコ人……子供だろう、それが助けを求めようものならば親である大キノコ人がのそのそとやって来てアンドレイも真っ青なパンチを見舞ってくる。私が素早さに特化した不死で良かった、もし盾で防御しようものならば盾ごと身体を吹き飛ばされるくらいには彼らのパンチは凄まじい。

 

「何なのよあいつら……」

 

 おまけに彼らの樹液は雷を帯びている。そう、黄金松脂の材料とは彼らのことだったようだ。道理で流通が少ないわけだ。

 ともかく、彼らは速度は蚊が止まるほど遅いから攻撃に気をつけていれば殺される危険性は少ないし、そもそも戦う必要性が全く無いからスルーしよう。

 

 過去の世界で出会ったエリザベスの末裔があんな脳筋になるのか……恐ろしいものだ。彼女のような知性はどこにいった?

 

 

 

 

 キノコゾーンを抜けて、大橋へと至る。ここは多分、霊廟を抜けた先の橋に違いない。となればこの先はエリザベスがいた場所なのだろう。最早彼女がいるとは思えないが。

 何らかの魔術が施された大扉を開ける。前にはこんな扉は無かったから、きっとアルトリウスの墓として知られてから建てられたのだろう。

 

 それを開ければ、そこには大きな広場が広がっていた。そして中心にあるのはこれまた大きな石造りの墓と、一振りの大剣。もちろんそれは人が持てるようなものではない。アルトリウスが手にしていた物に酷似しているが、あそこまで大きくは無かった。

 

 そして、嗚呼。その墓前にいるのは一匹の灰色の大狼。かつて深淵歩きとして知られた騎士アルトリウス、その友として知られた狼。

 ウーラシールにて友が命を賭して護った、継承者であり共に深淵の主と対峙した戦友。

 

 シフ。あの可愛らしい狼は、かつての可愛らしさなど捨て去り、勇ましく、猛々しく、まるで神が如く大きく育ち。

 

 

「久しぶりね、シフ」

 

 

 私が声を掛ければ、背筋を立てた彼はこちらを一瞥すると大きく吠えた。

 まるで久しく出会った友に対する咆哮。同時にそれは亡くした友に対する葬送にもとれる。

 

 彼は千年もの間、友の存在を語り継いだ。語り継げるほど戦い、育ち、その伝説を肥大化させた。決してそれは真実ではなく、だが英雄譚として人に紡がれた。

 真実など、ありはしない。あるのは心地よい事実のみ。であるならば、友の穢れた末路など伝える必要はなかったのだろう。それこそシフの友としての流儀。神も人も、忘れられて初めて本当に死するのだから。偽りであろうとも、それを護りたいと思うのはおかしい事だろうか。

 

 彼はこちらに歩み寄ると、じっとその瞳で私を眺めた。その瞳にはかつての甘く若い狼としての可愛らしさなどない。厳しく、長い時を過ごしてきた神にも近い大狼。

 だが、だからだろう。その間に本当の自分を、弱くも勇ましい彼を知っている者などいなかったはずだ。

 

「おいで。撫でてあげる」

 

 かつてそうしたように。私は手を伸ばす。シフはしばし不動であったが、それからゆっくりと瞳を閉じてその頭を垂れた。

 あの優しい毛並みは、血を吸い、戦い、荒れ果てている。けれど美しさは変わらぬまま。彼はずっと戦ってきた。友のために。

 

 だが彼は、私が何をしにきたのか分かっているはずだ。だからずっとこうしてはいられない。友としての時間は終わり。次に来たるは戦いの時。

 何もかも、普遍はあれど不変のものはない。シフは私から離れると、大きく吠える。

 

「そうね。それで良い。貴方が……貴公がそれを望むのであれば、私も応えよう」

 

 大きくシフは跳躍し、墓前の大剣を咥える。彼は確かめなければならない。私が本当に友の深淵歩きを継承するに相応しいか、その身を以て。

 だから私も戦わなければならない。先へと進むために。それが私にできる唯一の事。殺し殺され時を歩み。そうして私は生きるのだ。(ソウル)も遺志も全て奪う。

 

「来なさい、シフ」

 

 斧槍を両手にそう告げれば、彼は跳躍しまるでアルトリウスのように剣を叩きつけてきた。

 もちろん、それはあの英雄には遠く及ばない。だがその遺志は、確かに受け継がれていた。私はそれをローリングで避けると反撃に斧槍を振るう。

 

 彼の足から血が噴き出る。骨を絶った感触もあった。

 

 もう、彼ではどうにもならないほど、私は(ソウル)を奪い過ぎている。アルトリウスでも私は倒せない。それは必然。

 容赦など、油断などしてはならない。それは彼に対する冒涜。何も感じず、ただ殺すだけなのだ。斧槍を振るい、彼を傷つけ。

 

 

 ━━それでも、貴女は進むのだろう?

 

 

 シフの(ソウル)が、私の心と共鳴した気がした。その通りだ、私はそれでも進まなくてはならない。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 

 薙ぎ払われる大剣を跳んで避け、その上に乗る。そしてまた跳躍すれば、一気にシフの頭上へと降り立った。斧槍の切先を突き付けながら。彼の脳天を突き破りながら。私は戦友をこの手で殺す。

 

 シフはその機動力を生かせぬまま、地に伏せる。剣を手放し、頭と足から噴き出る血は最早留めることはできない。友の伝承を守るために生きた大狼との勝負は、たった二撃で決してしまった。

 彼の頭から飛び降り、手にする斧槍を打刀に持ち替える。せめて最期は、苦しまぬよう。

 

「もう、おやすみなさい」

 

 息も絶え絶えでこちらに瞳を向けるシフは、私を受け入れた。きっと彼も待っていたはずだ。継承を終わらせ、自らを解放してくれる誰かを。そしてそれが、私だった。

 

 刀を頸動脈に向け振り下ろす。血と、(ソウル)の霧が私を覆った。

 それで良いのだと、彼は言った。不死が遺志を受け継いで生きるのであれば、彼が護りたかった伝承もまた生き残る。私の中であれば。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 オスカーもまた、彼をそうして屠ったのだろうか。悩み、しかし前に進んだのだろうか。

 世界とは悲劇に満ちている。けれどそれでも進んでいくのが人の性。悲しみに打ち拉がれ、泥を啜り血塗れになりながらも意地汚く生きていく。それこそ人なのかもしれない。

 

 私の指に、深淵色の指輪が加わる。それは偽りの伝承と、それを護るために生きた大狼の証。遺志とはそうしたものだ。死して尚受け継がれ、伝わっていく。私の生きる意味が、また増えたようだった。

 

「行ってくるね、アナスタシア」

 

 次なる目的地へと進むため、私は一時の別れを愛すべき人に告げる。

 

「行ってらっしゃいませ、白百合の不死。貴女に寄る辺がありますように……」

 

 寄る辺は、ある。それは死地に咲く一輪の百合。君のことだ。故に私は心折れぬ。それこそ、私の意義。

 次に進むは小ロンド、その先に潜む深淵。深く黒く、全てを飲み込む闇の根城。だがそんなもの敵ではない。

 私は白百合。闇の中、一つだけ咲く一輪の花。その光の前では闇に魅入られた王共など虫けらに過ぎない。

 




次から小ロンドです。
もうすぐダークソウル1終了……長い……

百合ばかりの番外編を

  • 見たい。百合こそ人類の宝、ダークソウル
  • いやぁそうでもないっすよ
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