暗い魂の乙女   作:Ciels

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遅くなりました。年内にもう一話投稿したいと思います。今回は短め。


大樹のうつろ、親子

 

 

 私は何がしたいのだろう。

 

 神の欺瞞を暴き、そしてその被害者である不死として神殺しをした私は火継ぎの祭祀場にてそんな事を考える。

 書庫で真実を知って以来、私の中に神に対する怒りと不安が巡り巡っている。怒りとは、即ち闇に生まれた我ら人が奥底に抱く普遍的な感情であり。不安とは、ある程度平穏な火の時代を壊してまで神を攻め立てるのかという……ある意味、人間らしい気持ちでもある。

 人とは、変化を嫌うものだ。一度変わって仕舞えばそれに順応する事を躊躇いもなくするくせに、変わるまでがまぁ何とも文句ばかり言う。この感情はその表れ。

 

 アナスタシアの手を握りながら、私は柵に頭を寄せて考える。彼女の幸せは、果たして闇の時代の先に待ち受けるものなのか。火の時代が続いて良い事など火防女には無いだろうが、それを否定するのは彼女が火防女として存在する事への否定に他ならない。火防女とは、火の時代の不死のためにあるのだから。

 

 自らを否定するのは容易いが、愛する者の生き様を否定するのは違う気がした。だからこそ、悩むのだ。神を殺せど闇の王となるのは正しいのか。オスカーと、刃を交えるのは本当に私の利になるのか。

 

「難しい事を、考えておいでですね」

 

 私の髪を撫でるアナスタシアが、いつものように母性に満ちた笑みで言う。

 

「そうね……そうかもしれないわね」

 

 言えるはずがない。私は闇の時代を齎そうとしているなどと。火を守る彼女に言えるはずもない。

 誰かに言って仕舞えば、私はきっとこの孤独の強さを捨てることになる。孤独とは、明かさぬから孤独でいられる。故に守りは堅く。だが触れ合えない。それで良い。もっと大切な所で触れ合っているから。

 

「もしもの話を、してもいい?」

 

 だが弱さとは、克服してこそ強くなるものでもある。私の言葉に彼女は何も言わず耳を傾ける。

 

「もし、私が貴女が守る火を消そうとしていたなら、どう思う?」

 

 髪を撫でられ、私はその表情を窺うことはできない。だが彼女は、おっとりと、優しい声色で言うのだ。

 

「私は貴女の火防女。貴女がここにいる限り、その火が消えることはありません。でも、もし貴女という火が消えてしまうのなら……」

 

 言葉の先を待つ。彼女とはやはり愛で通じ合っていた。だからこそ、不死の火防女でなく私の火防女として語ってくれる。

 

「私は、貴女の遺志を、語り継ぐでしょう。暗く、辛いロードランで、しかし私という女に寄り添ってくれた白百合の事を」

 

 すごく、すごく哲学的な表現だった。そしてその啓蒙の高さに私の心と頭は満たされる。彼女は聡明で、美しくて温かい。故に私は心の底から惚れてしまった。

 愛を通して、彼女と暖め合った。私は信頼されている。だからきっと、彼女は許してくれるはずだ。真実に碌なものは無いけれど。私と彼女の間の事実は何も変わらないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この目で、ロードランに溢れる叡智を見尽くす事。それは今、闇の王の資格を手に入れた私にとって重要な事である。物を知らぬという事は、それだけで罪。どれほど醜い事実であろうとも、目を背けてはならぬ。王とはそういうものだ。偽りに塗れた大王とは違う。

 虚栄は張らぬ。ただ強いという事実が私にはある。グウィンとは違う。けれど、事実に対する知恵と知識だけはそうはならない。故に足を運んで得なければならない。こればかりは書庫に籠るだけではどうにもならないのだ。

 

 病み村は、まさしくこの世の終わり。地の底、そして腐れである。汚物に塗れ病に侵されたこの土地では悲劇しか齎されぬ。蜘蛛姫の姉は白百合に殺され、蜘蛛姫もまた肩代わりした苦痛に縛られる。そして彼女に集まった信仰とその反動である呪いは、途絶える事はなく。

 ここはやはり、いつ来ても腐っているのだ。

 

「しかし、あんたも物好きだな。こんな場所まで来るなんてよ」

 

 その腐れにおいて、私はシバと再会した。正確にはシバとその従者だが。相変わらずシバの後ろに潜む隠密は気配を感じることもままならない。

 彼はどうやら何か物珍しい武器が無いかをこの病み村まで探しに来たようだが。

 

「かつてこの先、イザリスにおいて一振りの刀があったらしい」

 

 互いの収集癖を語り合っているうちに彼は語る。

 

「混沌の刃と言ってな、妖刀の一種だ。俺はそれを探しに来たんだ」

 

 彼にしては熱く語るその刀は、しかし持ち主さえも蝕む文字通りの妖刀。そんなものを欲しがるとは、彼はかなり偏った蒐集家だ。まぁ見つけたらくれてやろう。どの道そんな扱いに困る武器を使おうとは思わないし、これでも黒い森の狩猟団の一員なのだから、仲間にはある程度良くしたいものだろう?今でこそダークレイスだが。

 

 

 病み村を、イザリスの方面とは逆へと進む。病み村は薄暗いせいで地下かとも思ってしまいがちであるが、単に標高が低く谷底に村があるだけである。空を見上げれば、偽りの太陽が空の青色を照らし僅かばかり病み村へと差し込まれていた。

 きっと病み村の瘴気や毒素はイザリス由来のものなのだろう。そこへ忌み嫌われた者共が住み着き、優しい蜘蛛姫は彼らに寄り添った。寄り添って、集まった信仰は呪いと共に溢れ出し。ここは腐ったのだ。

 

 さて、大樹のうつろと呼ばれる場所がある。色々な世界の不死達でさえも噂程度にしか知らぬ未踏の地。そんな場所に今私は足を踏み入れていた。

 真、立派な大樹である。数百メートルはあるだろう、巨木は毒沼より突き出て谷すらも超えている。その内側には空洞があり、噂では想像もつかぬほどの財宝があるのだとか。まぁ不死に財宝も何も無いのだが、足を運んでみる価値はあるかもしれない。案外そういう場所に強敵がいたりするものだ。

 

 白竜の書庫で得た知識曰く、ここには戦いすらも放棄し、唯ひたすらに昇華を望む古竜がいるとの事だ。ソラールもここを目指した可能性もある。何せ古竜に憧れる者の終着点の一つでもあるらしいから。

 

 だが内部に侵入すれば、待ち受けていたのは複雑に伸びた木の通路と、死の瞳を持つバジリスクの集団だった。おまけにこの大樹のうつろは更に下へと降りられるせいで落下死の可能性も大いにある。

 バジリスクは本当に嫌いだ。こいつらの吐く息吹には呪いが込められている。吸い過ぎれば、待つのは呪死。あれはもう二度とゴメンだ。内側から、人間性が爆発するような感覚になる。

 

 だが悪いことばかりでもない。キラキラの結晶蜥蜴……所謂石守りと呼ばれる動物が多く生息しているのだ。こいつらは逃げ足は速いしすぐに姿を消すので捕まえるのが大変だが、武器を強化する楔石を落とすのだ。

 ここでも希少な光る楔石や楔石の原盤を手に入れることができた。ツいている。

 

 ロードランのキノコ、というのはどうしてこうも恐ろしいものなのか。バジリスク落下死地帯を切り抜けると、待ち受けていたのはパンチドランカーキノコの家族だった。私に攻撃の意思はないが、彼らはそんなのお構い無しに拳を振るってくる。危ないものだ。喰らえば頭くらいなら消し飛ぶだろう。

 とにかく、彼らは動きが鈍いから相手にするだけ無駄だ。たまに黄金松脂を落とすが、それも買えば良い話だし。

 

 大樹の内部の下層に来たのか、ようやく狭苦しい場所を抜ける。

 

 

「あら……こんなに幻想的な場所がまだあったのね」

 

 

 現れたのは湖。大樹の底、地下なのにどこから光源を得ているのか分からないが、どうにも照らされたこの広大な湖は美しく、僅かばかりにある地面は砂浜である。湖というよりは波の無い海に近いか。

 

「あいつがいなければゆっくり観光できたんだけれど」

 

 ため息まじりに結晶の錫杖を取り出す。湖の遠くにヒュドラ……多頭の竜のなり損ないが見える。奴もこちらを認識したようで、どんどんと近づいてきているようだ。

 前に遭遇した時は手も足も出なかったが、敵の尽くを殺し奪い尽くした今では最早敵では無かった。流石にヒュドラの魔術は強力であったが、こちらの闇魔術は更に上を行く。時折結晶魔術を織り交ぜながら交戦すれば、あの多頭の怪物は案外あっさりと沈んでいった。所詮は竜の紛い物だ。白竜の研究の産物など。竜のウロコが手に入った事は素直に喜ぼう。

 

 

 だが、良いことばかりではない。

 

 湖の中にポツリとある篝火。その、打ち捨てられた場所に彼らはいた。

 

 

 力付き、倒れるカタリナの騎士。陽気で、しかし時折何かに悩み考えるジークマイヤーは、人としての命を終えてしまっていた。

 その傍では彼の娘、ジークリンデが親の骸に寄り添い啜り泣いている。父と同じく大柄な鎧は、この時だけは酷く小さく見えてしまった。それほど彼女の(ソウル)が弱まっている証でもある。

 悲劇とは、悲しみとは。人を殺すものだ。

 

 私はジークマイヤーを挟んで、彼女に話しかける。最早悲しみに明け暮れる暇などない。彼が(ソウル)の無い骸になってしまったことは悲しいものだが、それも神々が生み出した封のせいだ。

 故に、怒りの方が強い。

 

「最後まで、ジークマイヤーは勇猛果敢だったわ」

 

 そう告げながら、こちらを見上げる彼女と目が合う。スリットから僅かに見える彼女の瞳は涙で潤む。

 

「もう、父は、この亡者は、動きません。貴女にも、誰にももう迷惑をかけません」

 

 なんと、強い娘だろう。父が死に、亡者と化して尚その体面を保ち続けるとは。父に恥をかかせまいと、自らの心を犠牲にするとは。

 人はやはり強い。そして醜くも美しい。それに比べ、神とはなんと見栄っ張りで強欲なものか。まぁ良い、闇の時代が訪れればそんな見栄など全て飲み込んでくれる。

 

 彼女の横へと座り込み、私はその金属に包まれた身体に腕を回して抱き締める。少しでも少女の悲しみを私の(ソウル)の温もりで暖めてあげたかったのだ。

 すると、彼女はカタリナの誇りである兜を脱ぎ去る。そこでようやく、私は彼女の顔を窺う事ができた。

 長い黒髪を、後ろで纏めた美人な少女だった。戦いなど向いていなさそうな子だ。きっと不死になるまで剣も持った事が無いはずだ。

 

「これで、やっと終わり……私は、カタリナに戻ります」

 

 悲しみの中でもどこか安堵したような、そんな声色だった。彼女の目的である父が、死んだからであろう。

 

「貴女には色々と、私達がお世話になりました。もう、私には十分なお助けができませんが……」

 

「いいのよ。成り行きのようなものだったし」

 

 人は道連れ、世は情け。私はただ一個人として彼女達と関わり、必要だったから助けただけだ。何も褒められることも感謝されることも無い。

 ただ、関わった人が勝手に死なれたら困るから。それだけなのだ。

 

「何度も何度も、父を殺しました」

 

 彼女の独白が、耳に刺さる。

 

「物言わぬ亡者となった父を、何度も貫きました。動かなくなるまで……殺す度に父の(ソウル)が少しずつ、自分に流れ込んでくるのです」

 

 それは、そうだ。私達は命あるものを殺せば(ソウル)を奪うのだから。ロードランでは神であろうと何であろうと、同じこと。しかしそれが肉親だとしたら、また考えが変わるのだろう。

 

「でも、もう良いんです。分かったんです。立ち上がるのなら、何度でも殺せば良いんですから。動かなくなるまで……殺せば良いんですから」

 

 その言葉に孕む闇は、愛と憎しみでしか闇を感じられなかった私にとって衝撃だった。思わず、回していた腕を離してしまった。

 その狂気は、愛でもある。それは闇の側面、正しい部分。だが彼女が抱くのは、ただの愛では無い。人は慈しみでここまで狂気を抱く事ができるのかと、脳が拒絶する。

 

 だが、それこそ人の業なのかもしれない。人の闇は深く、それこそ深海のように。

 

 

 壊れてしまった彼女に、きっと居場所はない。カタリナのジークリンデ。私が彼女を見たのは、それが最後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人、瞑想する。

 

 

 思うは、岩のような古竜。

 

 

 自ら古竜となるべく、ただ彼は思考の海に落ちる。

 

 

 だがその傍で、どうにも光がちらついてしまう。彼が憧れ、目指していた光。雷と太陽が嵐の中に浮かぶのだ。そうなって仕舞えば、穏やかとは程遠い興奮が巻き上がり。

 バチッと脳が焼けるような痛みと共に目の前に鎮座する古竜に注意される。

 

 目を開き、見上げればいつものように古竜は座禅を組み思考に浸っている。しかしその威厳ある目にはすぐに別のことを考える太陽の騎士を呆れるような、そんな眼差しがあった。まだまだ古竜への道は遠いようだ。

 

 ソラールはしばし休憩とばかりにその場で大の字に仰向けに寝転ぶ。いくら時間に溢れる不死といえども疲れるものは疲れる。何もなく、ただ瞑想に耽るのであれば尚更だ。

 ゴロンと転がり、大木の根から差し込む陽の光を浴びようとすれば。

 

「ここにいたのね、あんた」

 

 彼をここに来させた張本人がソラールを見下ろしていた。その瞳に、古竜と同じく呆れを浮かばせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか貴公も大樹のうつろへとたどり着くとはな! 何があるか分からぬものだ! オスカーは元気かな?」

 

「久しぶりに会えば相変わらずうるさいわね……」

 

 オスカーから古竜を目指したと聞いていたが。まさか私の一言で本当に古竜と向き合うとは。というか、大樹のうつろにこんなにも立派な古竜がいるとは本当に思っていなかった。

 古竜はただこちらを見下ろし、静かなままだ。空を飛び炎を撒き散らす飛龍とは格が違う。その(ソウル)も膨大。神々を超える……敵意があれば戦っていたのだが。こうも瞑想に耽っているとなれば手を出せない。私は殺人鬼ではないし。

 

 だが、あんな悲しい事があった後にこんなに明るい奴がいれば多少は怒りも収まるものだ。

 

「貴公も変わらず無愛想だな!」

 

「あんたもうちょっと乙女に対して何かないの?」

 

 これだから男というのは……まぁ、これもまた彼という個人なのだから否定はしないが。

 

「ハッハッハ……して、貴公。闇を継ぐ気か?」

 

 突然、ソラールが私の存在を見透かした。だがそれもおかしな事では無いのかもしれない。彼は元々、見えぬものを追い続けていた存在だ。そして今では瞑想に明け暮れ、物事の本質を見極めようと勤しむ古竜を目指す者。

 故に私が抱える問題など、簡単に見透かしてしまえるのだろう。

 

「……かもね」

 

 だが、そうなれば神に対する信仰を持ち得る彼は敵である。だから少しばかり警戒はしていた。

 

「そうか。なぁに、止めはしない。貴公も何かを考え、そして何かの為に為そうとしているのだろう。それを止める権利など俺には無いよ」

 

 そんな風に、彼はあっさりと闇の王を目指す私を受け入れた。拍子抜けにも程がある。

 

「あら、てっきり剣を抜くものだと思ってたわ」

 

「友に剣を向ける事ほど哀れな事はなかろう。だが貴公、私は咎めぬが、あやつはきっと敵となるぞ」

 

 思うはアストラの若き騎士。最早英雄と言っても差し支えない太陽の騎士の長。私は一瞬考えて、だがいつものように無表情で返す。

 

「敵になるなら斬るまでよ」

 

 そう言えば、ソラールは何か思う事があるようで少し俯いた。

 

「……貴公らは、良い友であると思っているが」

 

「友だろうが何だろうが、敵になるのが人よ」

 

 神に供するならば、それはもう友ではない。友であった何か。そうなれば私はきっと武器を向けるだろう。そして彼も、自らの信念のために剣を取る。

 それは薪として燃えるグウィンを殺した後か、前か。まだ解らぬ未来だが。きっとその時が来るはずだ。

 でも私は進まねばならない。私の理想を叶えるために。大好きな少女を解放し、これから起きる悲劇を止めるために。人のために。ああ、私はこんな英雄願望など無いはずなのに。それでも闇の王になるとは、そういう事なのだ。得たくもない責任を負うという事なのだ。

 

「その時に、後悔しても遅いのだぞ」

 

「……後悔なんて、し尽くしているわ」

 

 最早引けぬ、立ち止まれぬ。何故なら私は闇に咲く一輪の白百合。少女達が闇でも迷わぬように照らす灯火なのだから。

 I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 これは、私の意志を固める言葉なのだ。

 

 

 




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