見てしまった。見てしまったのだ。この眼で、魂で。ついに見てしまったのだ僕は。
それは、いつものように太陽の戦士として、同胞の救助に召喚された時の事だ。どうやら自分を呼んだ仲間はダークレイスに襲われているようだった。だから助けようとして、その一方的な殺戮に割って入ろうとした。
したのに。できなかった。
僕は遠くから仲間が無惨に殺される瞬間を見ている事しかできなかった。
赤黒く光っていても分かる。僕達は、
斧槍を振るい、仲間を蹂躙する少女。闇姫と呼ばれ恐れる彼女の正体を、見てしまった。
恋焦がれ、憧れ、追いつこうと必死になっていた彼女は。いつしか闇に堕ち、光の戦士達を殺戮し恐れられ。
今まさに火を吹き消し闇の時代を齎さんとしているのだ。あまりにも世界の真実は残酷であった。
本当は気づいていた。彼女が抱く
僕は、そんなはずがないと仲間が死ぬ寸前まで目を伏せていた。断末魔が響き、それが事実であると嫌でも認識すれば。
もう、嘘は通じなかった。彼女は僕の、敵となった。
胸にどうしようもない苛立ちが込み上げている。
どす黒く、それでいて青春の若草にも似た懐かしい臭いが魂に渦巻き、それが瞼の裏にちらついて離れない。そんなもの、抱くべきじゃないというのに。
原因は分かっている。古竜の前で思索に耽るソラールとの会話が原因だ。彼の、いつの間にか人を見透かすようになった
後の世に啓蒙と呼ばれるそれは、今の時代には過ぎた瞳。けれどもそれが人として存在する以上大切であることも分かっている。
真に啓蒙とは、見透かしたり講釈を垂れる事ではない。きっとそれは、気付くという事なのだ。特別なことでも些細なことでも、気付き、それを受け入れること。それこそが啓蒙の一つの捉え方なのだろう。
そして、大概それは失って初めて気がつくものだ。最早後悔の後に、けれど感傷と共にやってくる。現にソラールは太陽の騎士達を捨て、本質を捉え始めた。
そんな哲学的な事はどうでも良い。
私は彼との問答で、友と決別する事を決めてしまったのだ。例えどんな事があろうとも、刃を交えるならば敵であるのだと。
こうしてダークレイスとして侵入している今も心のわだかまりは溶けない。
殺し、
分からない。どうすれば良いのだろう。こんな時こそ助けを乞いたい。愛する少女達に都合の良い解釈を求めたい。だがそれではいけない。王とは、人とは事実に生きるのだから。
「そんなもん、嫌なら放っておけばいいじゃねぇか」
目の前の禿頭が、いつになく真面目な顔をして言い放った。その様子が私の知る鉄板の大法螺吹きとは打って変わって神秘的で、面食らう。
どういうわけか、私は少女達ではなく、同じく裏切りと欲に塗れているであろうパッチに全ての悩みを相談してしまった。自分でもどうしてそうしたのかは分からないが。
「闇だの火だの、別にあんたが望んだわけじゃないんだろ?なら放っておけば良い。折角の不死なんだ、自由に生きてナンボだろ」
それは、彼なりの美学や生き方だったのかもしれない。後の世に知られるパッチという盗賊の、信念だったのかもしれない。
「……でも、それじゃあだめなのよ」
「そうかい? だってあんたが何かしなくても世界ってのは続いていくんだぜ。まぁどうしてもやるってんなら止めはしないけどよ。だがそれが薄っぺらい使命やら何やらに突き動かされてやるのであれば……やめた方が良いと思うぜ。ま、俺の感想だけどな。ああ、闇の王になっても俺は放って置いてくれよな、面倒だし」
この男は、どこまでも正直である。そして他人を想う事ができるようだった。てっきり私は他人の墓に集る事しかできないやつだと思っていたのだが。
その認識は違っていた。彼は元々高貴な人間なのかもしれない。その禿頭は、ただのスキンヘッドではなく剃髪なのかもしれない。
だが、まぁ良い。何だか私の悩みも彼の自由さを受けてか多少は楽になったというものだ。そうだ、これは使命でもなければ任務でもない。私の望みなのだ。少女達を神から解放するという、私の欲求。
「あんたもたまには役に立つわね」
「おいおい、人から物買っておいてそりゃねぇだろ」
ポンポンとパッチの頭を軽く叩く。彼は嫌がっていたがそれを払い除けることはしなかった。
「じゃ、またね」
そう別れを告げると彼はぶっきらぼうに手を振った。
「おう。あんたも精々頑張んな。お得意様だからよ」
彼の下を去る。きっともう、彼に会うことは無いだろう。いつまでもこの時代を長引かせるわけにはいかない。
誰も彼も、縛られて良い思いはしないだろう。私が、闇の王としてそれを解放する。神々からの抑圧から解放し、奴らが齎す悲劇を人の悲劇とする。人が自ら選べず悲劇を被る時代は終わるのだ。
けれど、そう意気込んでも別れというのは必要である。今まで御世話になった……或いはしてきた人々に別れを告げよう。王となれば、きっと彼らとも会えずに終わるのだろうから。
まずは、私に魔術を教えてくれたヴィンハイムのグリッグス。彼は私にとって最初の師と言っても良い魔術師である。今となってはその理力も私の方が数倍強いものだが。
「さようなら、グリッグス」
センの古城にて亡者と化してしまった彼の胸を斧槍で穿つ。彼は、彼の師の居た場所まで辿り着くことはなかったのだ。神々の試練である古城の罠に嵌り、その人間性を失い亡者となった。
だがそれは幸いだったのだろう。もし彼が、師の最期を知ってしまったのであれば、私は敵として彼を屠らなければならなかった。
「我らの師が貴方を待ってるわ」
私の、
「あんた……行くのかい」
一時期は共に森の狩猟団として戦ったアルヴィナにも声を掛ける。長生きで聡明な彼女はきっと分かっているのだろう。私がシフの遺志とは真逆の事をしようとしていると。
だがそれでも、私は家族である。だから引き留めはしなかった。いつものように気怠そうに欠伸をし、ただ言う。
「後悔するよ。ずっとね」
「もう、しているわ」
「そう。なら、行きな。もうあんたは家族じゃない。それだけさ」
嘆く言葉はいらない。突き放すように言う彼女は、やはり優しい。そうする事で悔い無く私は王を目指せるのだから。
ああ、ならばこうして彼女の毛皮に包まれるのも最後なのだな。そう想うと、私はより一層プリシラを強く抱き締めた。変わらず彼女の体温は暖かく、そして良い香りである。
一度は愛をぶつけ合った仲。けれど今はただ親しい友人として彼女と会う。
「……今日は、いつもと様子が違いますね」
彼女も私の違和感に気がついたらしい。そりゃそうだ、会うや否や話もせず抱き締めて離さないとなれば。
「うん。私ね、王になるの」
彼女は何も言わず、けれど抱き締める腕を私の頭に回した。そっと髪を撫でる彼女の手は、冷たい絵画においてどこまでも暖かい。
「そう、そうなのね」
それが惜別のハグであると、彼女はわかっているはずだ。それでも引き留めないのは私の居場所がここではないから。
私に居場所はない。だが必要とされている。そして必要としている人もいる。故に絵画世界には居られない。ああ、私も忌み人であるなら良かったのに。彼女とずっといられたのに。世界がそれを許さないのだろうか。
「いつか、きっと。私に会いにきてね」
そう呟く彼女の瞳から一筋の光が溢れる。不死である私が流したくても流せない、美しい雫は、彼女の頬を舐める私の舌に吸い寄せられた。
「その時が来たら、きっと会いに来るわ」
互いの唇が重なる。燃えるような愛は無いが。それで良かった。きっとこのまま燃えてしまうのであれば、私は王にはなれない。愛に囚われ、燃え尽きる薪となってしまう。
愛しい竜の娘は、友として私を待つだろう。いつか私が来ると信じて。
「おお、お主。久しぶりだな」
卵を愛おしそうに抱く呪術師エンジーが、皺くちゃの顔を驚きに変えて言う。蜘蛛姫様の従者である彼は、唯一姫様と会話の出来る私に対して随分と態度を軟化させていた。
苦痛を分かち合うことはできる。しかし彼らでは孤独を癒すことはできない。会話とは、正しく心の薪である。故にそれができる私は、重宝されていたのだ。
「お別れをしに来ました」
「なんと……そうか。だがお主にも背負うべきものがあるのだな。止めはせんよ」
彼は、偏屈に見えるかもしれないがその実どこまでも正しい心を持ち合わせた呪術師である。
火を恐れ、人を敬うことのできる人間である。故に姫様を放って置けないのだろう。きっと闇の時代が来たとしても、彼だけは変わらないはずだ。それで良い。
私は老魔女の指輪を携えて真摯に祈る彼女に触れる。最早人間性の子宮と化した彼女に体温などありはしない。
「来たわよ、グロアーナ」
勇猛な姉が最期に呟いた名を呼べば、蜘蛛姫様の顔が少しだけ穏やかになった気がした。
「姉、さん。久しぶり」
絞り出すような声は痛々しい。けれど彼女はその業を捨てることはない。彼女に人間性を捧げ、少しでも痛みを和らげる。
本当は、その行為が真逆の行いであると知っている。彼女を蝕む毒とは人間性そのものだ。捧げられた人間性により痛みがオーバーフローすることで、一時的に感覚が麻痺しているにすぎない。けれど、きっとその人間性は彼女をいつの日か開花させるはずだ。
少なくとも、従者達はそう信じている。
シバとその隠密は相変わらず病み村にて探索をしているようだった。関わった回数と時間はかなり少ないが、それでも一時は所属していた組織の長だ。挨拶はしておくべきだろう。
それに土産もある。それは彼が探していた混沌の刃そのもの。本当は渡したくは無かったが、クラーグを殺して得た
「よう、元気か」
気さくに話しかけてくる彼はいつも通りのシバだ。私は頷き、彼からいくらかの物資を買うと本題に出た。
「そうそう、貴方が探してた混沌の刃だけれど」
「見つかったのか!?」
戦いにおいてあれほど冷静かつ的確だった彼が、混沌の刃の名を聞いただけで食い入るように尋ねてきた。
「落ち着きなさいよ……これでしょう?」
薄暗い病み村においても怪しく光る混沌の刃は、確かに妖刀だった。敵を斬るだけでなぜかこちらも傷つくそれは、体力の低い私と相性が悪すぎる。
当のシバはその刀を見て酷く感動しているようだった。感嘆の息を吐き、渡された刀を工芸品でも見るかのように眺めている。まぁ、そこまで喜んでくれるのであれば良かったが。
「おお……おお……俺も数多の刀を見てきたが、これ程のものは見たことがない……素晴らしい……まるで鱗のように小さな刃が散りばめられている……おお……」
「お気に召してくれたようで良かったわ」
そう言って、これ以上別れの言葉なんかをかけても碌に聞いていないだろうと思い立ち去ろうとする。そして、背後から殺気が投げかけられ咄嗟に泥の上をローリングした。
シバが、突然斬りかかってきたのだ。
「ちょっと! 何するのよ!?」
「いやなに、刀ってのは実際に斬らんとその価値がわからんだろう? 試し斬りをしたくてな」
「ふざけんじゃないわよ! そこらの亡者でも斬ってなさいよ!」
タチの悪い冗談かとも思った。だが、彼の兜から覗く瞳は正気とは思えぬほどに見開かれており。
その妖刀が、彼の
「ああそう、仲間だと思ってたのにね」
プッツンと頭の血管が切れそうなほどに怒りが湧く。裏切れば容赦はしないとは、彼の言葉だろうに。
隠密は見えにくいのを良い事に側面から鉤爪で切り掛かってくる。それをパリングダガーでパリィしつつ、空いた右手で首根っこを掴み引き寄せた。
隠密の膝を踏み抜くように蹴る。逆関節、と言えばわかるだろうか。とにかく隠密の片足が膝から逆に折れ曲がった。
不死故に痛みはあまり無いはずだ。だがどうでも良い。ここで死ぬことは変わらないのだから。
「斬らせろッ! オラァ!」
シバもこちらへ走り、刀を振り上げる。すぐ様私は足を折った隠密を盾のように彼へと放る。すると、バッサリ。従者であった隠密を彼は斬り捨ててしまった。イカれている。
倒れて
「裏切り者は死になさい」
左右にキアランの曲剣を握り、容易にパリィする。彼も私がパリィを得意と知っていたはずなのに、それすらも忘れて斬りかかるとは。案外亡者化が近かったのかもしれない。
すかさず黄金の残光を振るいシバの首を斬り落とす。狩猟団の長として慕われた者の、あまりにも呆気ない最期は、嘲笑すらも出てこない。
「憐れね。混沌の刃もふさわしくないわ」
唯一その場に残る混沌の刃を拾い上げると、それを
なんか色々ありすぎた。別れを告げるために戦う事になるとは。まぁシバという男が特殊すぎたのだろう。人で試し斬りしたいとは。それも私に。愚かすぎる。
最後はアナスタシアの下へと至り、私はいつものように柵越しに彼女に手を伸ばした。煤だらけで暖かい彼女もまた、私の手を取り指を絡めてくれる。ああ、例え煤に塗れていようとも君の手は絹よりも滑らかで美しい。
「アナスタシア、来て」
引き寄せはせずに、彼女に乞う。すると優しい笑みを浮かべた彼女は柵にもたれ掛かるように私を抱きしめた。この柵が無ければ、きっと私は理性が持たないだろう。それは愛に飢えた私にとって最上のご褒美。こんな柵など、やろうと思えば斬り捨てられるがそれをしないのは王となって彼女を迎えに来るためだ。
私の、王の花嫁として、彼女をこの世界という名の牢獄から解放する。それこそ至高のエンディングじゃないか。
アナスタシアと唇同士を這わせる。
少女の、百合の花の香りが口に行き渡る。情熱的な吐息が混ざり合う。エストではない。人間性でもない。ただ唯一、目の前の少女こそが私を満たせるのだ。
唇を離せば、息を荒げた彼女の口と私の唇に虹色の橋が掛かる。それはどんな芸術よりも官能的な代物。私と彼女でなければなし得ない美の究極。真、人の愛とは美しい。
良いものだ。少女との愛がなければ既に私は私たり得ない。
そっと、私は彼女の胸に手を置く。程良い膨らみが掌に伝わったと同時に、彼女の心臓も跳ね上がった。期待しているのだろうか。それが可愛らしい。
「でも、ここから先は私が帰ってきたらね」
意地悪するように笑いかければ、アナスタシアはふふっと微笑んだ。
「絶対に、帰ってきて下さい。リリィ」
頷き、名残惜しさを噛み殺してその場を去る。これ以上居たら先へと進めない。彼女の居心地の良さに甘えてずっと彼女を閉じ込めてしまう。
そんなもの、望まない。私は王となり、遍く少女達を導くのだから。そしてその横に、彼女を添えて。
だからこそ、彼とは相容れないだろう。
静かに、一人祭祀場の篝火に触れるその騎士は、最早もう一人の王の器を持つ敵なのだから。
神の側に付き、人に仇なす不敬者。しかしその騎士は私を解放してくれた張本人で、相棒でもあった。だからこそ、彼とは話さなくてはならない。王の資格を持つ者同士、語らなくてはならない。
「こうして、君と篝火に触れるとあの頃を思い出す」
炎を挟んで対面に座れば、彼の口が開いた。
「駆け出しの騎士とぶっきらぼうな聖職者。殺した敵は全て強かったけれど、君といれば負ける気はしなかった。それは今でも同じことだ」
「……そうね。私達は強いもの」
うん、と彼は頷く。頷いて、長らく外さなかった兜を取る。そこには不死院で危うく惚れかけたままの端正で、しかしそれでいて険しい経験を積んできた漢の顔があった。
青い瞳に反射する炎が、彼の火継ぎの決意を表しているようにも見える。彼は、光だ。
「たまに、思うんだ。あの時、鐘のガーゴイルに屋根から落とされなければこうはならなかったんじゃないかって」
「それは結果論よ。もしもを想像しても未来へは進めない。あくまでそれは想像上の出来事なんだからね」
「だとしても」
私の屁理屈に、若い騎士は顔を歪める事はしなかった。ただ意志を固めたように強く優しい表情で。
きっと、そんなオスカーだから私も一緒に旅をした。彼だから、少女に魅入られた後も彼を助け、励ました。こいつだから、死んでもいい命を預けられた。
「僕は、君に王など目指して欲しくなかった」
炎が風を受けて燃え盛る。その時の私の顔はどんな表情で彼を見つめていたのだろう。今となっては分からない。けれど、きっともう私も悲しんだり怒ったりなんて表情はしていなかったはずだ。ただ無表情に彼を見つめていたはずだ。
轟々と燃える薪の音だけが祭祀場を支配する。ここも、人が少なくなったものだ。
「願望は、願望でしかない。真実と事実が違うように。願望もまたまやかしだ。けれど、オスカー。あんたは違うでしょう? 神に騙され戦い抜き。それでもあんたなりに考えて火を継ぐんでしょう?なら、それを貫きなさいな」
「リリィ……」
「私も、私の意地を貫く。最初で最後、死に果てるまで。だから、もう良いの。あんたが悩む事じゃ無い。私は私の意志で、闇を齎す。あんたを殺し、闇の王として百合を芽吹かせる。それだけなのよ」
悔しそうに、オスカーは俯いた。彼が気にする事じゃ無いのに。結局はこうなっていた。彼が何かできるわけじゃなかった。そこまで自惚れるな、ガキが。でもそんなところも嫌いじゃなかったよ。
だから私は、最後の後押しをしてやる。
「ほら、行くわよ! さっさとグウィンを殺して白黒つけましょ!」
立ち上がり、彼の肩を乱暴に叩く。不思議と私は笑っていた。いや、不思議ではない。それは無理矢理笑ったにすぎなかった。
最後くらい、昔の余韻に浸ってもいいじゃないか。こうして二人、あべこべな者同士で頑張ってもいいじゃないか。
オスカーは泣きそうな顔でこちらを見上げ、それでも心は強い。
兜を被り、立ち上がれば逞しいほどに屈強になった騎士を演じた。
「さぁ、使命を果たしに行こう」
その瞳は、確かに私が好きだった彼のものだった。
早くダクソ2が書きたい……
お陰様で本小説の評価バーに色がつきました。今後ともよろしくお願いします。
百合ばかりの番外編を
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見たい。百合こそ人類の宝、ダークソウル
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いやぁそうでもないっすよ