暗い魂の乙女   作:Ciels

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今年最後の投稿です。今年は皆様に見て頂けて大変嬉しく思いました。来年も宜しくお願いします。


最初の火の炉、終焉

 

 

 

 唯一与えられた彼女の居場所。それはこの、狭く暗い檻の中。

 それでも良かった。自ら進んで火防女となり、数多くの不死を見守り。その大半は帰ってはこなかったが、彼女の存在はそんな不死達に勇気を与えてくれたはずだ。

 時には、恨まれることもあったであろう。傷付き死に、戻ってきた不死から疎まれることもあったであろう。

 そんな者達に掛ける言葉は、彼女には持ち合わせていなかった。彼女は火防女。ただ、不死に寄り添う篝火の守り手。共に戦うわけでもなく、しかし大切な彼女は次第に心を閉ざしていった。

 

 百合の花が、少女との間に咲くまでは。

 

 

 最早世界の終わりまでこの牢に閉じ込められたままであると、絶望すらも抱かなかったのに。

 彼女と出会った事で、愛を育んだ事で変わってしまった。共に生き、世界の終わりまで愛し合おうと望んでしまった。闇の中で咲き乱れる白百合を目にしたいと思ってしまった。

 

 アナスタシアはただ、手を組んで祈る。火の時代を存続させるための存在である火防女が、闇に唆された王の器を持つ少女に向けて祈るとは。

 だが、それこそ人間の本質なのかも知れない。祈りとは縋り。縋りとは、命の叫び。彼女の命が求めるのであれば、火や闇は関係が無い。

 

 ただ単に、闇の王となるべく奔走する彼女を思うだけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オスカーの横回転斬りが私の脚元を狙う。瞬間、私は少しだけ飛びながら距離を離すように目の前の仇敵の頭部目がけて回し蹴りを放つ。

 硬い鎧は、しかし(ソウル)の業によって鍛え上げられた脚力により多少は歪んでみせた。だがそれだけ。最早脳震盪すら起こさぬほどに強靭な彼の意志と身体は、蹴りをものともせずに突き進む。

 

 地を這うような低いカチ上げ。それは特大剣持ちの黒騎士から発想を得た特殊技。

 灰を巻き上げ、それだけではなく私の身体を両断しようと剣が迫る。私はそれを、左手のダガーで何とか弾いてみせた。

 

 弾いたと言ってもパリィでは無い。最早パリィが容易く決まるほど彼の技量は低くも無いし慢心もしていない。ただ受けるように弾くだけ。

 彼は私が最も注意すべき敵であると知っている。故にこそ、全力をぶつける。

 

 声を発する暇などない。その暇すら惜しい。この私が防戦を強いられているのだ。咄嗟に右手の武器を切り替え、相手を惑わすように黄金の残光を振るう。

 

 オスカーは、完璧にその大剣で防いでみせた。

 

 通常であれば金属盾で無ければ攻撃を完全に防ぐ事は不可能である。元より武器とは攻撃するためのものだ。攻撃を防ぐように設計されてはいない。如何に巨大な武器であろうとも、衝撃は伝わるし下手をすれば武器が壊れる。

 

 だが彼は。盾すら用いず完璧に曲剣の連撃を弾き防いでみせるのだ。私すらも到達できなかった領域。曲剣は軽い武器だが、それでもこうも容易く防がれるほど私の技量は低くは無い。

 いつかの時代、東の地に産まれるであろう忍び。その技とでも言えば良いか。とにかく、弾かれている私の方が疲労していく。ならばと、私も搦手を加える。

 

 火炎瓶を足下に投げ、爆発と同時に距離を取りながら左手に結晶の錫杖を持ち、構える。放つは闇の飛沫。出が早く、範囲も広いために避ける事は難しい。

 

「闇などッ!」

 

 だが。オスカーは一つのペンダントを掲げた。それはいつかのウーラシールで彼が手にした英雄の残滓。銀のペンダント。

 光を放つペンダントが飛沫を消しとばす。不意打ちでもなければ彼に闇術は当てられないだろう。厄介な事だ。だが、距離を離せた。後は遠くから嫌らしく攻撃してやるのみ。

 

 右手に弓を装備する。龍狩りの最高峰、鷹の目から受け継いだ大弓。即座に大弓にゴーの太矢を装填すれば、思い切り弦を引いて狙わずに撃つ。狙わずとも良い、それほどまでに奴は今の一瞬で近づいているのだから。

 

 見えぬ程の速度で矢が放たれれば、その間際にオスカーの左腕の盾が切り替わる。それは黒鉄のタルカスやバーニス騎士達が手にしていたという大盾のタワーシールド。

 それを、まるでバッシュするように突き出して大矢から身を守る。

 

 鉄がひしゃげる音が響き、タワーシールドに大矢が突き刺さる。だがそんな事はどうでも良い、私はすぐに大弓を捨てると後方に回転しながら武器を打刀に切り替える。

 

 大盾と太矢が突き刺さった瞬間、見えたのだ。オスカーがそれを隠れ蓑に一気に跳躍し、視覚外から剣を突き立てようとしているのが。

 

 先程まで私が弓を射ていた場所にオスカーが剣を突き刺す。瞬間的に打刀を振るい、反撃する。

 

 大剣と刀が鍔迫り合いする。火花が散り、互いの顔が近寄った。

 私とオスカーの、殺しの顔。兜の中の彼の瞳が私を映す。酷い顔だ。こうも憎しみに似た何かを抱えて、大切だった誰かを殺そうとするなどと。

 

 拮抗などしていない。次第に私の腕が押し切られそうになる。流石に筋力では敵わない。

 彼の剣を受け流し、前蹴りを加える。蹴られてバランスを崩したオスカーは振り向こうとするも、私の方が速度は早かった。

 剣で勝つのが難しいのであれば、他の手段を使うのみ。左手に師達の火が燈る。それは呪術師としての絆の表れ。継承。

 

 大発火。我が師クラーナから教わった、発火よりも強力であるが初歩的な呪術。だがその出は異様に速いものだ。

 極めた発火がオスカーを襲う。鎧を着ていたとしても熱には弱いはずだ。

 

「グゥッ!?」

 

 オスカーがよろめき、すぐに私の斧槍の薙ぎ払いが彼を襲った。

 近過ぎる故に刃の部分は当たらなかったが、それでも棒の部分が彼を大きく吹き飛ばす。それを追撃するように私は跳躍し、斧槍を振り下げた。

 

「やはり君は戦術に長ける……!」

 

 傷付きながらもオスカーは即座に深淵の大盾でその一撃を防ぐ。防ぎながらも、彼は盾で私の斧槍を押し返し、盾の間から大剣を振るい私を引き離す。

 今度は彼が奇跡を放って来た。触媒とするペンダントから雷が燈り、それは槍となって私に迫る。

 

「ちっ……!」

 

 太陽の光の槍は、速い。雷なのだからそれは当たり前だが。故に回避が難しい。

 だが、ふと思った。雷とは、鉄等の金属に引き寄せられる。雷に当たった金属にはしばらく雷が帯電する。となれば、同じく金属の斧槍を避雷針にあれを防いだり弾いたりはできないだろうか。もちろんそんなことをすれば腕が痺れるだろうが。

 雷を返せれば奴も慌てるはずだ。多少の傷は覚悟のもの。

 

「ならばッ!」

 

 迫る雷に斧槍を打ち付けながら跳躍する。雷は地面に触れればそこから逃げてしまう。故の跳躍。

 腕どころか身体全体が痺れるが、斧槍に雷が宿っているのが見て取れた。それに、オスカーの驚く顔も。

 

「食らいなさいッ!」

 

 空中で回転し、斧槍に宿った雷を打ち返す。それはまたもや矢となって今度はオスカーへと迫った。

 

「君ができるのならばッ!」

 

 だが。英雄とは、諦めないものだ。だからこその英雄なのだ。

 彼は打ち返された雷に向かっていく。そしてその聖剣で受け止めながら宙へと舞うと、回転しながら雷を撃ち返して見せたのだ。雷返し返し。世界とは、真奇なるものだ。

 

 着地したばかりの私に回避する術はなかった。せめてもの防御に斧槍で雷を受ければ、先程とは比べ物にならない程に身体が痺れ震える。

 

「グゥううううッ! オスカァッ!」

 

 怒りが込み上げ、彼の名を叫べば左手に結晶の錫杖を、右手に黄金の残光を握る。まだ終わっていない。まだ、終われるわけが無い。こんな所で諦めてたまるか。英雄が諦めないのであれば、私もまた諦めるわけにはいかない。悪人は往生際が悪いものだろう?私には為さねばならない事がある。そのために、目の前の英雄に火を継がせるわけにはいかない。

 私が、私が勝つんだ。勝って、戻るんだ。だって、約束したから。戻るって。

 

 

 指輪の涙石が赤く燈る。それは死に瀕した者を悼む女神の涙。泣くのであれば泣くが良い。そして神であろうと私に手を貸すが良い。いつか女神さえも私は堕とす。美しいのであれば尚更だ。その時にまた鳴かせてやろう。

 限界を超えた力と速度で蛇行しながらオスカーへと迫れば、攻撃の直前に追う者たちを発動する。

 

「これで闇は祓えまいッ!」

 

 叫びながら、流れるように曲剣の斬撃がオスカーを襲う。

 

「くッ!」

 

 先程とは違いオスカーは凌ぎきれていなかった。呪術による火傷と斧槍による一撃が効いているのに加え、赤い涙石の指輪の、死に瀕した際に装備者の力が増すという効果が曲剣の一撃の重さを高めているのだ。捌き切れる程の一撃ではなかった。そして。

 

 追う者たちが動き始める。生命に憧れ、仮初でしか生きられぬ哀れな闇達がオスカーに向かう。

 

 ペンダントは使えまい。私の斬撃はそれを許すほど甘くはない。

 

 質量を持った深い闇がオスカーに突き刺さる。様々な不死を屠ったから分かる。これならば生きているはずがなかった。

 吹き飛んでいくオスカーを見ながら、私は勝利を確信して咆哮した。

 

「待っててッ! 私は勝つッ! 勝って愛を掴み取るッ!」

 

 けれど、オスカーはそれでも生きていた。闇に穿たれ魂を削られても、彼は生きている。タフさが理由な訳では無い。それは彼の左手の指に嵌められた指輪に理由がある。

 青い涙石の指輪。死に瀕した際に、装備者の防御力を高める指輪。なんとまぁ運が良いことか。オスカーはあの指輪のおかげで死に瀕しただけで死ななかったのだ。

 

 だが、最早息も絶え絶え。彼は立つのもやっと。剣を突き立て、震える脚で未だ諦めず私に立ち向かう。

 

「死になさい、オスカーッ! 死んでよッ! ねぇッ!」

 

 目の前に迫った勝利に目は血走り、魂は彼の死を望み。得意な斧槍を両手で握り、身体はぼろ切れのようになりながらも駆ける。

 殺す、絶対に殺す。淡い恋心など最早無い。殺して火を消し去る。闇の世界を作り出す。人が迫害されず、全ての神を消し去って。私は愛を紡ぐ。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)そのために貴様は死ねオスカーッ!

 

 

 

 

 

 

「やはり君には、闇は似合わない」

 

 

 オスカーが何か言った気がした。だがそんな事気付く由もなく。私は斧槍を突き立てんと最大火力の突き刺しを見舞う。

 音速を超え衝撃波すら出るその一撃は、神すらも殺す槍捌き。きっともう、この時には人を辞めていたのかもしれない。

 

 だからこそ。

 

 

 異形は、人に成敗される。

 

 

 オスカーに斧槍の鋒が当たる寸前。

 

 

 彼の、男性にしては長めの足が振り上げられ。

 

 

 ドン、と、斧槍が踏みつけられた。

 

 

 私の必殺の一撃が、見切られた瞬間。それはつまり、完全に彼という戦士が私という闇の王を超えた瞬間だった。

 

 焦り、オスカーが胸のペンダントを握り何かしようとしているのを見てバックステップしようとする。しかしその前に彼は詠唱を終えていた。

 刹那、まるで泥に浸かったように私の足が何かに絡め取られる。見てみれば、足に何かの魔法陣があるではないか。これはもしや。

 

「平和とは、つまりまったくそれで良い」

 

 緩やかな平和の歩み。それは白教すら知らぬ辺境の奇跡であるが。私達のように他世界へ侵入をする不死には恐れられる奇跡である。

 その効果とは、範囲内の全ての動きを遅くすること。それだけである。それ以外は何でもできる。攻撃だろうが何だろうが。

 元は逃げるための奇跡なのだろう。だがいつしか殺し殺される不死達は、この奇跡を戦闘のために役立たせた。相手を逃さず殺すために、その鈍化を用いたのだ。

 

「急ぎすぎたんだ、君は」

 

 ゆっくりと、オスカーが迫る。私は逃げる事を辞め、目の前で斧槍を振るった。

 

「君は、もっと優しくて賢い人だっただろう?」

 

 そしてあっさりと拳でパリィされた。もう、何をやっても敵わなかった。

 彼の聖剣が私を穿とうと迫る。迫って、やっと我に帰った。

 

「それじゃ、あの子を助けられないじゃない」

 

 胸にアルトリウスの聖剣が突き刺さる。今までで一番悔しくて、けれど仕方ないと思える死に方だった。全力を出し切って、けれど勝てなかった。

 戦士として彼を心の底から尊敬しよう。闇の王として、人として、彼女を愛する者として、心の底から軽蔑しよう。

 

 互いの顔が、触れるほどの距離まで近寄る。血を吐き、顔を歪めながら私はオスカーと顔を合わせた。

 

 なんて悲しそうな顔をしているのだろう、この男は。その覚悟をしてここまで来たのだろう?ならば、そんな顔をしないでほしい。いつだって、王とは孤独な者なのだから。

 

「オス、カー」

 

 死の間際、私は彼の名を呼んだ。そこにどんな感情が混じっていたのかなど、語りたくはない。記すことでもない。

 

「リリィ……お別れだ」

 

 そう言うと、彼は私の胸から剣を引き抜く。引き抜かれた後に力無く身体は倒れ込み、それでも手を伸ばした。

 伸ばした手は、彼のペンダントを掴む。握り、倒れ込むのと一緒に奪い取って見せた。彼はそれを追おうとはしなかった。

 

 身体が(ソウル)へと霧散していく。ああ、ダメだった。彼はこの後、火を継ぐのだろう。そうなれば闇の時代は訪れない。最早手遅れ。

 ああ、上手くいかないものなのだな。人生とは。だからこその人生なのかもしれないが。

 

 それでも、悔しさが止まらない。身体の半分が霧と化しても胸から込み上げる悔しさと申し訳無さが私を支配した。

 結局は、何もなし得なかったのだと。何も出来ず、ただ負けた哀れな女なのだと。理性無き亡者となる者が得る、絶望がある。

 

「ごめんね、アナスタシア」

 

 掠れる様な声で、最後の最後に呟けば私は消え去った。残るは弱く燈る篝火の弾ける音だけ。オスカーは、闇の王となり得る脅威を屠った。

 

 

「……火を、継がなくちゃ」

 

 

 最早身体は疲れ果て、怪我も絶えない。心もまた、孤独に絶えきれぬほどに寂しい。けれど彼は不死の英雄。故にこそ火を継がなくてはならない。

 自分にそう言い聞かせ、彼は篝火に向かう。色々な想いが彼の心に渦巻いていた。

 

 大好きな人は、この手で殺した。絶望し、きっと亡者へとなるに違いないと確信した。

 それでも彼は心折れぬ。そうまでしてでも信じたいものがあった。繋ぎたい世界があった。火を継いで、自分達のような不死が一時でも生まれなければと思った。例えそれが偽りであろうとも。彼は悲劇を防ぐために道化となる。薪となり、その身を焼かれる覚悟がある。

 

 王とは、孤独なのだなと。彼はふと思う。その孤独を打ち消したくて、胸元を探り、ペンダントはもう無いと悟った。あの少女が、今際の際に持っていってしまったのだから。

 

「……それで、良かったのかもしれない」

 

 そこに映っていたのは、彼女そのものだったから。彼が抱く、憧れがそこにはあったから。それを返しただけなのだ。

 

 手が、篝火に触れる。

 

 ゆっくりと、彼の身体に篝火の炎が灯っていく。

 

 熱さは、正直あった。けれど嫌なものではなかった。これこそ太陽の騎士が言っていた太陽なのではないかと思った。できるならば、その太陽であの少女を照らしてやりたいと思った。けれどそれは傲慢で、独りよがり。故に彼女は闇の王となってしまった。

 

 嗚呼、世界に火が燈って行く。消えかけの炎が英雄を薪として、燃え盛っていく。最初の火の炉が炎に包まれる。けれど、そんな事は良いのだ。

 

 彼は、憧れを殺して夢を叶えた。後悔だけは、してはいけない。そう思って。

 

 

 薪の中に消えて行く。それは死と差して変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界に火が燈った事を感じた。

 

 それは、戻ってくると約束した少女が敗れた事を意味している。

 

 聖女であった火防女は、その世界を柵の内側からただ見届けた。火が燈り、最早火防女は今の所は必要が無い。ダークリングに再び封がされ、人は不死とならずに済むだろう。けれどそれで今の不死や亡者が居なくなる訳ではない。

 世界とは、悲劇である。こうして英雄達が尽力し、しかし上手くいかないとは。そして不死でもある火防女は世界の終わりまで存在し続ける。死ぬ事も許されず。ただ火を守るために。

 

 けれど、それを良しとしない者もいると言うことだ。それは彼女が愛した少女であるし、彼女に貸しが幾つもある禿頭でもあるし。

 

 

 その男は、徐ろに柵の前へとやって来ると古びた三日月斧で鉄格子を叩き切った。

 そうすれば、今まで彼女を隔てていた柵などありはしない。自由が目の前にあった。けれどどう言うわけか火防女は話さず、ただいつものように俯くだけだった。

 

「貸しは返した。おい、あんた、もう自由だぜ」

 

 見かねた禿頭がそう言うも、彼女は何も言わず。しばらくして彼はため息まじりにその場を立ち去ろうとした。

 

 

 

「約束、したんです」

 

「あ? 約束?」

 

 掠れた声で、絞り出すように火防女は言った。声色こそ弱い女性のものだったが、しかしどこか意思が見て取れるように彼女は言う。

 

「語り継ぐと。彼女の遺志を、白百合を。この世界に伝えると」

 

 力強い瞳をしていると、パッチは思った。それが昔仕えたどこかの誰かに似ていて、そして思い出せない。不死とはそう言うものだ。けれど悪くはないと思う。大概聖女だの火防女だのは誰かの道化だが、今の彼女は自分の意志を語っているのだから。

 そうかい、と。上手くやってくれと彼は後ろ手を振り。

 

 歩けない火防女に足を掴まれる。

 

「おい、なんだ!?」

 

「待ちなさい、聖職者崩れ」

 

 まるでどこかの白百合が乗り移ったかのように彼女は棘のある呼び方をした。煤臭く、けれど力強い彼女はしっかりとした瞳で彼を見詰める。

 

「歩けない私を置いて行くつもりですか?神はどうでも良いですが、リリィが許しませんよ」

 

「あのなぁ……」

 

「借りが、あるでしょう。聞きましたよ、色々と」

 

 パッチは聞こえるほどに大きく舌打ちした。本当ならそのまま無視して去る事もできた。けれど彼は、そんな人間ではない。

 だって彼は、どこまでも人らしいのだから。人らしく、一度紡いだ絆を重んじる騎士なのだから。例え今はハイエナでも。いつか鉄板となり、不屈に立ち向かう。

 

 苛立ちの声を上げながら、彼は身を屈めて彼女に背を向けた。

 

「ほら、乗れよ! だがな、ここを出るまでだぞ! そうしたらアンタを捨ててくからな!」

 

 どうにも、その不器用さがあの白百合と重なって。アナスタシアはふっと笑った。

 

 

 

 

 

 そして、闘う者はここにもいる。

 

 

 古竜への道を突き進み、ただひたすら彼の信じる太陽のために全てを捧げたその男は。

 吹き荒れる嵐の中、待ち望んでいた太陽と対面する。

 

「貴公。闇の王よ、白百合よ。聞こえているか。世界とは、悲劇ばかりではないぞ……!」

 

 喜びに震え、彼は剣を抜く。対峙するは一匹の竜と一人の神。彼がずっと求め続けてきた太陽。彼は少女のお陰でここまで来れた。もう一つの太陽である少女が、最初の太陽であった男に会わせてくれた。これほどまでに幸せな事はない。

 

 何度死のうが、絶望する事はない。だって、太陽があるのだから。彼は立ち向かっていけるのだから。人は、太陽があるから生きていけるのだから。

 

 

 彼と少女が再び会うのは、ずっと後の事だ。

 

 

 

 

 後年、アナスタシアは白百合の事を語り継いだ。そして闇の王として死んだ彼女を理解すべく深淵へと降り立ち。

 なんと、舞い戻ってみせた。それは奇跡であると言う。神々が彼女を深淵から救ったのだと。けれど、きっとアナスタシアは言うだろう。愛故に、彼女は戻ってきたのだと。愛があるからこそ、彼女は伝えるのだと。

 

 白百合は、古い闇姫は密かな伝説となった。

 

 

 

 

 

 

第一章、The Old Dark Princess 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パタンと、本を閉じる。

 物語を読み終え、私は膝に頭を転げる愛しい彼女の髪を撫でた。自分よりも一回り以上大きい彼女の頭は、なんと言うかとてもサイズ感があって迫力があるが、それ以上に可愛らしい。ヘッドドレスの装飾と相俟って、彼女の愛らしさが引き立つと言うものだ。

 

 私に膝枕をされる彼女は頭をこちらに向けて硝子細工の瞳で私を捉えると尋ねた。

 

「その白百合は、死んでしまったのですか?」

 

 私はその質問に、首を横に振って回答する。

 

「いいや、彼女は死ねなかった。不死だからね」

 

「では、亡者……とやらに?」

 

「それも違う。彼女は亡者になるには殺し過ぎた。血の遺志を溜め過ぎたんだ。そして何よりも、図太かった」

 

 ため息混じりに語れば、思わず頭を抱えた。よくもまぁあれだけ絶望しておいて生きていられるものだと、呆れてしまうがそれこそ白百合たる所以なのだろう。図太く、意地汚く、泥臭く生きてこそ綺麗に咲けるというものだ。

 膝下の彼女は納得したのか、彼女を見下ろす私の頬を撫でた。球体関節の指は温度が無いが、それがなんだと言うのだろう。人は姿に拘るが、見てくれだけに囚われるなど何と啓蒙の低いことか。

 

「紅茶を淹れます。お話を読んで、喉が渇いたでしょう?」

 

 そう言うと彼女はスクッと立ち上がり、白百合の咲く庭から立ち去っていく。どうにもマイペースだが、そこがまた可愛い。

 私は一人残されて、読み終えた自筆の本を背後に投げる。

 

「ほら、君らも見たいだろう?」

 

 本が着地する直前、そこに名状し難い者たちが現れて本を手にした。呻き声をあげて喜ぶ彼らは、まるで死者のような見てくれだが愛すべき彼女曰く可愛らしいとのこと。私とは感性が少し違うらしい。まぁ良い奴らなのは変わらないが。

 

 私は再び草むらの上に座り、新たな本に手を掛ける。題名はただ、探求者(Scholar)とだけある。

 私の分岐点。不貞腐れ、しかし貪欲であり続けた頃のお話だ。

 

「あの子が来る前に、触りだけでも読んでおこうか」

 

 内容は全部知っているが。私の黒歴史に触れるのもまた、啓蒙だろう。

 

 

 




ダークソウル、これにて完となります。
次からは賛否両論のダークソウル2。より一層、主人公がアグレッシブに暴れ回ります。

百合ばかりの番外編を

  • 見たい。百合こそ人類の宝、ダークソウル
  • いやぁそうでもないっすよ
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