この忘却の牢を作った者達の名はほぼ失われている。けれど一つ確かなのはドラングレイグよりももっと古い時代であるということ。
ヴァンクラッド王がどう考えたのかは知らぬが、この地にもドラングレイグの兵達が配置されている。既に国は無く、彼らもまた忘れ去られ亡者と化し、今や何の目的も無く獄吏達と侵入者を迎え討つだけ。
何ら問題は無い。亡者の相手など散々してきた。私とルカティエルは立ち塞がる有象無象を粉砕し、忘却の牢の中を進む。
「しかし香木にそんな効能があるとはな」
私の背後を進むルカティエルが口にする。
「使うと消えてしまう辺り、単なる香木では無いのだろうさ。原理は分からぬがね」
懐かしい匂いのする香木。つい先程、私はそれを使用する機会があった。石化したドラングレイグ兵を復活させたのだ。やはり
そうして建物内を進めば濃霧がある。中から感じる
霧に手をかける前に、私は背後のルカティエルに振り返る。不敵に、そして獰猛に微笑みながら。
「準備は良いかな?」
「抜かせ。ミラの剣技に斬れぬ者などいない」
良い、良い。威勢とは魂の攻撃力。威勢なくして勇気は出ない。その逆も然り。そしてそれこそ困難に立ち向かう力。かつての私も臆せず沢山の強敵と戦ったものだ。まぁ、威勢ならば今の私も負けていないがね。実力も錆び付いてはおらぬ。
霧に手を掛け、
そうして入れば、唐突な浮遊感が私を襲う。霧をくぐった瞬間に足場が無かったのだ。
落下死を想定したが、身長一つ分下にはしっかりと床があったために助かった。誘っておいてルカティエルを殺してしまっては後味が悪いじゃないか。
だがすぐに、落下死とは別の死の予感が私を襲う。直感とは正直で正しく、すぐに横へと転がって死を回避する。
刹那、私が落下した場所へと何かが振るわれる。それは金属製のポールのようだ。当たれば骨ごと内臓を破壊されていたかもしれない。
立ち上がり、見据えるは真鍮のように燻みながらも輝く金色の鎧。身長は只人のそれでは無く、無駄に高いが細身であり。特徴的な兜のバイザーからは光は見えず、ただ中の空洞が広がるだけ。
かつて、ドラングレイグの戦力の一端を担っていた者達。最早中身は無く、魂の宿る鎧。人はそれを、虚だと表現する。
随分と洒落た名前だ。鎧に宿った
かといって、下のフロアに飛び降りれば他の二体も参戦しそうだ。今の所、ルカとレギムは二階の別の通路で観戦を決め込んでいる。それは好都合だ。今まさにやってきたルカティエルと二人であれば一体は余裕で倒せるはずだ。
アレサンドラが右手のポール……ではなく戦鎚を両手で振り上げる。
それを見て、私は降り立ったルカティエルを抱き抱えて奴の足元へと転がり込んだ。ルカティエルよ、警戒しなさ過ぎだぞ。
振り下ろされる戦鎚。その衝撃は床の石畳を削った。ふむ、見た目に反してそこまでの威力は無いようだ。それは良い。
「助かった!」
感謝を述べるルカティエルを無視し、右手にメイスを握ってアレサンドラの膝裏を叩く。やはり中身は空洞だ、ひしゃげた金属音だけが響くのみ。
膝をついたアレサンドラの背中に、回転しながらメイスを叩き付ける。するとアレサンドラは更に体勢を崩して前のめりに四つん這いになった。
「オラァッ!」
目の前に突き出されるアレサンドラの尻をドロップキックで弾けば、虚ろの衛兵アレサンドラが下のフロアへと落ちていく。う〜む、鎧の尻の形から考察するに、持ち主は女性なのだろうか。名前も女性的だし。だがもう匂いとか気配は無いだろうから、興奮もしない。
「降りるぞ!ついてこい!」
「姿に似合わぬくらい力技だな……」
意気揚々と下の階へと飛び降りる私にルカティエルが呆れたように言い放つ。ギャップが良いだろう?見た目は麗しの白百合であり、その実獰猛なのは少女達からウケが良さそうだからね。
落下と同時に落とされて悶えているアレサンドラに落下致命を叩き込む。着地間際にメイスを振り下ろし、その兜を粉砕した。まず一人。
バラバラになって霧と化したアレサンドラを見たのか、観戦していた他の二体がどよめいた気がした。声を出せないからそんな気がしただけだが。
「ほら降りて来い!一人残らず狩り取ってやる!」
立ち上がり、衛兵二人を見上げながら叫ぶ。どうやらやる気になったらしく、奴らは互いを一瞬見詰めて降りてくる。
「っと……膝に悪いな」
「エストを飲めばどうせ治る。それよりもほら、片方は私がやるからもう片方は相手してくれよ」
どうやら相手もやる気満々のようだし。それに戦いの礼儀というものを分かっている。ニ対ニ、それぞれ正面の相手だけと戦うつもりのようだ。そうこなくては。複数戦は面倒なだけでつまらないからな。全力を出すのであれば一対一でやらなくては。
お互い、武具を構える。右手には杖を、左手にはメイスを。全力であの鎧を叩き潰してやろう。
先手を取る。私が走り出せば、それに呼応するようにルカが動いた。
接近する私に、ルカは左手の円盾を投げる。まるで車輪骸骨のように迫るそれは、しかし空中へと飛んだ私には当たらない。盾を捨てるという事は、相手は攻撃一辺倒になるということだ。即座に空中で杖を構える。
「乱れる
杖から小ぶりな
ガンガン、と鎧を貫きながらもルカを殺し切るほどの威力は出ない。中身があればきっと殺せていたが、鎧だけでは貫通するだけでダメージが薄いようだ。
着地と同時にルカの戦鎚の突きが迫る。それを踏んで軌道を逸らし、無効化する。咄嗟にできるくらいにはこの技にも慣れてきた。
だが強引に戦鎚を引き抜くと、次は横降りが来る。それを屈んで回避すれば、ルカは横降りの勢いのまま回転し出した。
「おお、なんだそれは!」
回転しながら、まるでコマのように迫り来る。右手の鎚が遠心力で驚異的な威力を持っているようで、側にあった柱が粉々になっている。あれを食らったら死ぬな。
私はまるで球技のようにメイスを大振りに構える。昔、子供の頃に孤児院の男の子達がよくやっていたな。棒で投げられた球を打つんだ。こうやって……
「せぃッやあああッ!!!!!!」
メイスをバットのように振り切る。強化された膂力が乗り、私のメイスも並の鎧を破砕する程に殺人的だ。
私のメイスとルカの戦鎚がぶつかり合う。火花を散らし、凄まじい衝撃が腕を襲う。質量が重いルカの方が有利ではあるが、それでも私は負けず嫌いで威勢の良い白百合だ。全世界の美少女のためにも負けるわけにはいかない。
ほんの数刻、数秒。私とルカのぶつかり合いは互いのプライドも掛けたものであったはずだ。だが、悲しいかな。最早私は負ける事などあり得ない。戦いも球技も。
「オオォオオオラアアアアアッ吹っ飛べぇえええ!!!!!!」
咆哮と同時にルカの戦鎚を弾き返す。まさか負けるとは思っていなかったのか、ルカはそのまま逆回転して後方の壁へと激突した。
それを見る前から左手に杖を取り出し、魔術を唱える。
「
結晶化した
一人戦いの余韻に浸り、未だ喧騒の絶えないルカティエルを見やる。どうやら彼女もレギムを追い詰めている所で、大剣を振るってタコ殴りにしている。見た目と言動に反して案外荒々しいな彼女は。
ともあれ、ルカティエルも息を切らしながらもようやく虚ろの衛兵を屠ってみせた。苦しいのならば仮面は取った方が良いと思うのだが。
月の鐘楼。それは古く忘れ去られた亡国が建てた鐘楼である。忘却の牢の外れにあり、ファロスの仕掛けによって隠されたそれは、どうやら不死達を収容するための施設では無いようだ。
ただ純粋に。誰かとの約束を忘れず、しかし隠すために。そこにあるのは愛なのだという。
亡国ヴェインとアーケン。互いに敵対していたはずの王妃と王子は、しかし密かに愛し合っていたらしい。
ルカティエルと足を踏みれれば、そんな事を目の前の鐘守は言う。古く作られた魂を持つ人形である鐘守は、国が滅び、鐘楼を作り愛を隠した当人達が滅んだ後も、ずっとその使命に囚われているようだ。
「ギャハハハハハハ!!!!!!鐘を荒らす不死は殺す!全員血祭りだ!ギャハハハハハ!」
狂い果て、終わりなき使命を果たそうとする鐘守はやかましいが。けれどどこか切ない。きっと大切にされていたはずだ。自らができぬ使命を託すくらいには。
けれど、だからこそ。私は寄り道してでもあの塔の鐘を鳴らしたい。最早かつて鐘楼を作りしヴェインの者どもは滅び。その王妃が密かに愛した王子を思う鐘を鳴らす事こそ、愛を絶やさぬための行為となる。私はそう思った。
ルカティエルからは先を急ごうと急かされたが、愛に敏感な私は放っておく事はできない。愛こそ人間性の極みであると、思うから。私はロードランにてそれを知った。愛の遺志を、無かったことにしてはならぬ。
鐘守は私達に警告したがどうでも良い。例えあの哀れな人形どもが襲いかかってきたとしても、愛という名の憧れを目指す私を止められるはずがないのだから。
案の定、先ほどの鐘守が侵入してくるも全力で叩き潰す。他の鐘守もいるが、厄介ではあるものの敵では無い。
「随分と固執するな」
不意に、エスト瓶を飲む私にルカティエルが声を掛ける。瓶をしまって鐘のレバーを引く前に、私は答えた。
「そうかな?……そうだな、確かに固執しているんだろうさ。私は愛って言葉に弱いんだ」
「何かトラウマでもあるのか?」
「いいや。ただ……懐かしいだけさ」
私が誰かに向けた愛も、私に向けられた愛も、忘れてはいけない。それさえも忘れた時、きっと私は今度こそ全てを失うだろうから。
いけないな、いつになくセンチになってしまって。会ったこともない誰かの愛の遺志を果たそうだなんて。想いに引っ張られるのは良くないことだ。
最上階のレバーを引けば、鐘が鳴り出す。顔も知らぬ王妃が隠した愛の音色。それがどんな想いであったかなんて、分かるはずもなく。
嗚呼、けれど形に残るだけ良いじゃないか。私なんて、あの頃の記憶しか無いのだから。アナスタシアやプリシラがどうなったかなんて、知る事すらできないんだから。
鐘が鳴り、鐘楼内の柵が開く。どうやら外の屋根の上に繋がっているようだが……濃霧が掛かっているという事は強敵がいるのだろう。何か懐かしい強い
「先に進んでいても良いぞ。君まで寄り道に付き合う事はないんだから」
そうルカティエルに告げるも、彼女はこのまま着いて来てくれるようだ。無言で身長が少し低い私の頭を撫で始める。慰められているようで今の私のガラじゃないが、けれど暖かい。私が、求めていた暖かさなんだろう。
濃霧を潜る。潜って、懐かしさが
そこは屋根の上。隣の離れの塔に繋がっており、屋根の周囲には見知った石像が設置されている。
嗚呼、こんな事で思い出したくは無かったが。あの弱かった頃の私と奴は、きっとあの時袂をわかったんだろう。ずっと一緒に旅をしていれば殺し合う事は無かったかもしれない。
「……石像だと?」
ルカティエルが呟く。並ぶ石像の一つが、動き出す。長い尻尾と石造りの羽。そして斧槍。懐かしいものだ。苦戦したよ。
「ああ。時が変わっても変わらぬものだ。相も変わらず鐘守とは」
ずっと昔、私が何も知らぬ弱き不死であった頃に戦ったそれと、全く同じだ。
きっとあの時に私が強ければ。アイツが無敵であれば。私は闇の王など目指さなかったかもしれない。奴の使命を受け入れて、後押しして、あの子と一緒に生きられたかもしれない。
けれど、過去は過去。もしもは所詮過程の話でしかない。全て結果論であり、無意味だ。闇の王を目指し敗北し、今に至る道を否定などしてはならぬ。そんなもの、私や私に遺志を託した者達を否定する行為に他ならぬ。私が感じ、考え、愛し合った事は事実なんだから。
それでも私は想像せずにはいられない。柵をこじ開け、共に歩む未来を。そんな淡く儚い恋心を。
だから。
「追う者たち」
怒りは、どこかへ吐き出さねばなるまい。八つ当たりだとしても、私はその怒りを否定しない。
その雰囲気と怒気を悟ったのか、ルカティエルが少し後退りした。こんな顔を見られたくは無かったが、きっと酷い顔をしているに違いない。
意味もなく迫るガーゴイルを、仮初の生命たちが粉砕する。闇とは正しく人の力であり、人間性の塊。愛こそ人の真理だが、怒りもまた事実である。
故に、私の怒りは全てを穿つ。杖の良し悪しなど関係がない。怒りは全てを飲み込み、破壊するのだから。
「今度は貴様らが蹂躙されろ」
また新たに現れるガーゴイル。かつては二体だけだったそれは、四体、五体と増えていく。だからどうした。道を塞ぐのであれば全て砕くまで。
神に造られた命など、滅んでしまえ。
「そこにいろ、ルカティエル」
それだけ告げて歩み出す。何も知らぬ、それどころか目の前のガーゴイル共はロードランで戦った相手ではない。けれどガーゴイルであるという理由だけで、奴らは蹂躙される。
私の深淵によって。その悉く。
闇が吹き荒れる。飛沫が消し飛ばし、闇の玉が大穴を開け。生命を羨む者たちが
可憐さなどどこにもない。あるのはただの殺戮。嗚呼、アナスタシア。私は愚かだよ。でも抑えきれないんだ。悔しくて悔しくて、仕方が無いんだ。君と歩むはずだった未来が、羨ましくて仕方ないんだよ。
あの薪の王となったアイツを、笑って送り出せたはずの“もしも”が、堪らなく嫉ましい。
今もアイツは、焼かれているのだろうか。あのはじまりの火に焚べられて、世界を照らしているのだろうか。
「
私は、結局何者にもなれなんだ。そんな怒りを、どうか赦してくれよ。
マデューラの篝火で、一人炎を眺める。
ただ呆然と、昔の事を思い出しながら。
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言うが。過去を偲び、あり得たかも知れない未来を夢見るのは悪い事だろうか。
人なんだ、落ち込みながら想い出を薪に黄昏れるのも良いじゃ無いか。
例え強くあろうとしても、根はきっと何も変わっていない。北の不死院で閉じ込められていたあの頃と。ただ外を夢見て不貞腐れていた時代と。
今も尚、私は不貞腐れているのだ。望んだ未来が手に入らなかったと。足掻いて足掻いて、強がっているだけなのだ。
お前は、前へと進んだ。愛していた私を殺し、その身を犠牲に火を継いだ。
百合ばかりの番外編を
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見たい。百合こそ人類の宝、ダークソウル
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いやぁそうでもないっすよ