流石は武者修行のためにこんな僻地へとやってきたと言うべきか。贋作の大剣を肩に担ぐウーゴの騎士、バンホルトは想像していたよりも頼もしい。
虚ろの影の森。ドラングレイグへと至る道への分岐点を逆方向へと進んだ先にあるその森は、悪意に満ちていた。昼間でも視界が利かぬ程に立ち込める濃霧。そして姿が見え辛い敵の亡者。幸い足音や気配は筒抜けであるからさほど苦戦はしないが、いかんせん集団で来られるせいで対応に困る。一人では危なかったかもしれない。
「不意打ちとは卑怯な連中よ」
「闘いとはそんなものだ」
どうやら正統派の戦士のようで、曲ったことが嫌いらしい。気持ちは分からんでもないが、かつて闇霊として戦っていた身としては不意打ちや数の暴力こそ戦闘の決め手となり得る。きっとこの先、ずっと未来。戦いとはそう言ったことが当たり前になるはずだ。堂々と正面切って突っ込んでくるなどと愚の骨頂となる時代が。今ではないが。
そんなこんなで、森を進んでいたのだが。不死人として長く生きた宿命かな、すぐに先へと進まずに森の中を探索していたのが災いした。気がつけば後ろにいたはずのルカティエルとバンホルトがいない。参ったな、少し探索に熱中しすぎたか。一人旅が長すぎたせいで他人との旅に向いていないんだろうな、私は。
「ルカティエルー!」
叫んで呼べどもあの強く可憐な声は返ってこない。鬱蒼と茂る人面木や敵の屍が散見されるのみだ。仕方ない、もしかすれば彼女らの方が先に森を抜けている可能性もある。と、するならば一度この霧の森を抜けてしまった方がいいかもしれん。それにあの二人ならば大抵の敵が相手なら切り抜けられるはずだ。
そう、楽観的に物事を考える。マイナスに考えるのは愚かだ。生き残るのであればプラスに考えなくてはならん。
霧のせいで方角が分からなくなるが、この森はそこまで広くはないようで少し歩けば崖が迫り上がっているから判別はしやすい。
そうして進んでいると。小さな広場に出る。そこは何かの遺跡の跡のようだった。だが周囲には何もなく、道すらもない。どうやら行き止まりのようだ。
ふと、視線を感じた。敵ではない。殺意は無かった。けれどどこか物珍しいというような、何か不思議な感覚だった。
視線の方を見てみれば、崩れた遺跡にちょこんと、誰かの首だけが乗っている。そう、首だけだ。その首が、こちらを見ていたのだ。
「……死体、ではないな。何者だ」
首だけで生きる者など聞いたことがないが、それでも確かに意識はあるようで、その瞳は私から視線を逸らせば空を見上げる。
「……去れ。私はただ静寂が欲しいだけだ。故に去れ」
「そっちから視線を送っておいてか」
相変わらず敵意は無かったが、そもそも首だけではどうしようもないだろう。最初は死霊系の化け物かとも思ったが、どうやら本当に首だけで動けもしないらしい。ただ視線を逸らすだけだ。
「旅の者か。こんな場所に何の用だ」
「ふむ、首を斬られ呼吸もできぬはずなのに話せるとはな。別に。ただこの霧のせいで迷い、辿り着いただけだ」
それよりも、と。私ははぐれた二人についてこの男の首に尋ねる。血に染まったような赤いターバンを巻いた男だ。その頭部のサイズからして、元の身体は巨体であったに違いない。
周囲に敵がいない事を確認し、レイピアを鞘に納めて近場の岩に腰掛ける。一先ず落ち着ける場所が欲しい。
「仮面を被った女の騎士と、青い大剣を担いだ男を見なかっただろうか?」
「知らぬ。去れ」
「そう言われると去りたくなくなるのが人であろう?」
悪戯に笑みを浮かべ、男の首と対面する。その首はしばらく呆れたように唸ったが、次第に警戒を解いてきたのか表情が少しは柔らかくなったようだ。
「我が名はヴァンガル。この有様ではその名に意味など最早ありはせんが」
「リリィだ。名の響きからして、フォローザの生まれか」
然り、とヴァンガルの首は答える。フォローザの国は戦乱の絶えぬ国として有名であった。最も、それが祟り今では亡国として知られているのだが。上も下も戦いに塗れ血に塗れ。けれど当人達はそれが当たり前だからタチが悪い。国を失ったフォローザの民は皆、戦から離れられず傭兵になったかゴロツキになったかのどちらからしい。
それからしばらくヴァンガルと会話する。どうやら一人寂しくここに打ち捨てられてから長いらしく、人との会話が案外恋しかったらしい。見た目に反して可愛らしいものだ。惚れはしないが。
戦いから離れ、ようやく見えてくることもある。私もそうだった。特にあの憎き薪の王に破れてからの数百年、時折不死狩りとカチあったこともあったがそれ以外は平和な旅だった。
「日々我は学び続けておる。戦いの中では知り得なかった多くの事をな。だが其方のおかげで久しぶりに人と語り合う喜びを味わった」
どうやら喜んでもらえたようだ。肝心なルカティエルとバンホルトは見つからないままだが。
どうやら彼は
動けぬヴァンガルと離れ、いよいよ森を抜ける。抜けた先は、先程よりも状態の良い遺跡群だった。ただ状態が良いと言ってもかなり古く、朽ちかけている。ロードランよりは新しそうだが。
篝火を見つけ、点火する。ルカティエル達はまだ見つからない。もしかすれば、世界が分たれてしまったのだろうか。かつてのロードランのように。あの、王となった男のように、私の世界と離れたのだろうか。
敵は相変わらずいる。霧が晴れたというのに霊体のように半透明な亡者や、獅子と人がごちゃ混ぜになったような亜人共。私を見るや否や攻撃してくる辺り、躾がなっていないな。
「それにしても、呪いか」
足元に転がる獅子亜人の亡骸を見遣る。此奴らの武器には呪いが込められているようだ。おまけにあちらこちらにある気味の悪い笑い声をあげる壺からも、呪いが放出されている。
だが獅子亜人と壺では呪いの種類が異なるようだ。壺の呪いはあくまでも亡者化が進行するような、ありきたりな呪いであり。一方獅子亜人の呪いは、懐かしくも忌まわしい石化の類だ。もしかすれば、あの白竜の遺産か何かが絡んでいるのかもしれない。
そう思える要素が、そもそもこの亜人にある。こいつらの装備を手に入れたのだが、その
周辺を更に探索する。所々に石化した獅子がいる辺り、バジリスクも警戒した方が良いだろう。
話は変わるが上着を変えた。先程獅子族共から奪った獅子の魔術師の上衣である。中々にワイルドな黒衣であり、多少露出もしているが今の私にピッタリだと思わないだろうか。いつまでも異邦の服を着ているわけにもいかないだろう。
大事にしていた薄汚れたフードは、最早機能を成さない程にボロボロになってしまったからリボンに仕立ててそれで髪を結った。結えるほど髪が長くないから片側だけ結んだ。サイドテールと言うべきか。
「うむ、案外可愛いじゃないか」
水溜りで自分の可愛らしさを再確認する。可愛い少女が強いとギャップがあって良いものだ。
さて、ヴァンガルの身体についても話しておこう。饒舌になったヴァンガルと話していた際、彼の身体について聞く事があった。曰く、彼の身体は今や傀儡となり、戦いに明け暮れているとの事。そして見つけたならば安易に手を出さぬ方が良いとの事だ。如何に首が切り離されようとも、身体とは魂で繋がっている。故に分かるのだろう。
「それにしても……すぐ近くにその身体があるとはな」
背後の断崖を見下ろす。その先には先程ヴァンガルが居た遺跡があり。正面には、獅子族と戦いに明け暮れる首から下がいるのだ。流石に近すぎるだろう。
ともあれ、あの巨体は邪魔だ。両手に持つ大鉈は一撃で人程度ならば両断してしまう程に凶悪。けれど頭が無いせいでまともな思考ができないのだろう。なぜか敵対する獅子族と戦う身体は捨て身のスタイル。
まぁ良い。巨大な敵ならば何度も戦ってきた。今回も同じ事だ。
こちらに気がつく前にヴァンガルの身体の背後から強襲する。膝裏を蹴り、跪かせてからその背中をレイピアで貫く。心臓を穿ち、捻れば血が噴き出る。だがそれだけでは死なぬようだ。案外タフだな。首を斬り落とされても活動しているから当たり前だが。
レイピアを引き抜き、一度後退してから左手に杖を持つ。獅子族が邪魔だ。
連続して
「デカい図体だな。何を食ったらそんなになるんだ」
軽口を叩きながら相手の動きを読む。大きく振るわれる大鉈を、レイピアで弾いた。簡単すぎる。考える頭が無ければこんなものだ。
すかさずレイピアをショートソードに切り替え、胸に突き刺せば身体を上へと引き裂いた。溢れる血が私を潤し、強大な
ヴァンガルの身体を斃し、先へと進む。直感だが、きっとこっちは寄り道だ。
だが寄り道こそ人生を豊かにする。人と逸れておいて言う事ではないが。けれど出会いはあった。
「嗚呼、やはりあの白竜が一枚噛んでいるようだ」
遺跡にただ一人、それはいた。蠍の下半身、人の上半身。その男は、亜人と言うには無理があった。まるで人と蠍を無理矢理くっつけたような、そんな身体。
けれど警戒する私とは裏腹に、その男からは明確な敵意を感じない。もしや、見た目だけで温厚だったりするのだろうか。
「貴公、人の言葉は話せるか?」
「……?」
「うむ、うむ、分かった。やはり人とは異なる言語体系なのだろうか」
会話ができないのであれば仕方あるまい。で、あればあれが役立つかもしれない。
有名な探索者ロイが身につけていたものらしいこの指輪は、周囲の敵の心の囁きが聞こえるようになるものだ。もし敵が潜んでいればこれで正体を暴けるというものなのだが、正直気配でそんなものいくらでも分かるから使い道がなかった。
だが、心の声が分かるというのであれば此奴相手に使えるかもしれない。
指輪を嵌めて、改めて話しかける。
「どうだろう、私の言葉が分かるだろうか?」
そう尋ねると、男の兜の下の瞳が驚愕に変わる。どうやら理解できているようだ。
「……人間か。このような場所に何の用だ?立ち去るが良い」
知性を感じる話し方だった。そしてこちらを案じられる温厚さもある。
「人を探している。貴公、仮面を被った女の騎士と青い大剣を持った男を見なかったか?」
尋ねれば、彼はああ、と頷いてみせた。
「遠目で見た。きっともうこの遺跡には居ないだろう」
「そうか……貴重な情報助かる」
いや、と蠍の男は礼を受け取る。紳士的じゃないか。金にがめつい梯子屋にも見習ってほしいが。
「それにしても貴公……蠍と人の身体とは、変わっているな」
「お前こそ。俺が恐ろしく無いのか?」
「別に。人の見た目の狂人共も散々見てきた。見た目など、関係が無い。猫だろうが鷹だろうが、私は偏見を持たぬ」
そう言い切れば、静かに男は笑う。バンホルトのようにやかましくもなければヴァンガルのように世捨て人でも無い。
「我が名はターク。我の姿を見た人間はことごとく逃げ出すか、襲いかかってくるかだった。変わった奴だ……フフフ」
「よく言われる」
少し、会話をする。ルカティエル達と合流する事も大切だが、それと同じくらいこのタークの正体も気になっている。もしあの白竜の遺志が未だに蠢いているならば、断ち切らねばなるまい。もう二度と、少女達が哀れな最期を迎えぬように。
聞けば、彼ら亜人には主がいるようだ。曰く、その主には生まれつき欠けたものがあったらしく、己に足りぬものを求め、他人を羨み憤り、そして常に憎しみに身を焼かれていたのだと。その炎はいつしか主を狂気へと誘い、その果てに産まれたのが彼ら亜人。
我が表情に暗い怒りが迸る。その話が本当であれば、間違いない。遺志どころか本人が、いや本竜が未だいるようだ。
「殺したと思っていたが……腐っても竜か」
「……貴公、我が主を知っているようだな。相当恨んでいるようだが」
「古い知り合いだ。今奴はどこにいる」
だがタークは首を横に振る。
「分からぬ。主は孤独であり、孤独故に狂った。哀れなものだな、終ぞ主は理解できなかったのだ。己に真に必要なものが何かを」
思わず感心してしまった。まさか創造主が哀れであるなどと、この被造物が言うとは。それ以上に、創造主に足りぬものを理解できているとは。
皮肉だな。いや成果か。良かったじゃ無いか白竜よ、お前の子らは立派に考え、そして自立してみせたぞ。
「……お前、ここまで来れたという事は腕に自信があるようだ」
「少なくともこの地で私を殺せる者は少ないだろう」
それは事実である。腐ってもロードランで闇の王になりかけた女だ。故に実力はある。
「頼みがある。お前、我の連れ合いを殺してはもらえぬか」
「連れ合い?なんだ、貴公妻帯者か。隅に置けぬな〜このこの」
蠍の下半身を指で突く。彼は少し恥ずかしがったのか、やめんかと小声で呟いて私の手を優しく払った。なるほど、こういう紳士的な所がモテる秘訣か。連れ合い以外に異性がいるのか分からぬが。
「……とにかく。あれは我と常に共にあった。だがいつからかおかしくなり始めたのだ。無闇と凶暴になり、暴れ回るようになったのだ。……そして、我にすら襲い掛かってきた。以来、我はあれと戦い続けている。幾度も幾度も……」
どうやらどこでも怒れる妻はおっかないらしい。
「……貴公の連れ合いとやら、もしや人を喰らうのが好きではなかったか?」
考察しながら尋ねれば、タークは頷いた。やはりか。
「襲い掛かる人間は、あれが貪っていた。元より食事など不要であったが、曰く食こそ文化なのだと。……思えば、狂い始めたのも人を喰らい始めてからであったか」
「分かった。もしも対峙するようであれば、しっかりと殺す」
約束をする。しかし……いくら人であった亜人といえども、人を、人間性を喰らい続ければ流石に狂うか。深淵を感じた私ならばともかく、彼らは想像以上に無垢である。自らが扱う呪いが何なのか分からぬくらいには。
百合ばかりの番外編を
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いやぁそうでもないっすよ