時空の歪んだ美しいロードランに鐘の音が響く。目の前で揺れ鳴り響くその大鐘は燻んでいて、それでいて歪みはなく。今まで私達以外に辿り着いた者など居ないのだと物語っているようだ。
事実どうなのだろうか。多少なりとも鐘を鳴らした不死もいたのだろう。だがこの地にやって来た殆どの不死はそのまま人間性を喪い亡者と化し、この地を彷徨っているに違いない。
さっき、手を掴めずに消えていったオスカーのように死に。それでも諦めなかったかもしれないが。何度も死ぬ内にこの教会にいた騎士の成れの果て達のように、ただ
運が良かっただけだ。たまたま私はここに辿り着けただけの不死に過ぎない。私は英雄になるつもりは無いし自惚れてもいない。不死の使命とやらもそこまで乗り気では無い。
だが、それでも。この鐘の音はそんな志半ばで散った彼らへの掠れた心に響くのであれば。そんな聖職者らしい感傷に浸りながら私は骨片を握り潰す。もし世界が運良く同じで彼が死んでいれば、最後に灯した篝火で復活しているかもしれない。もしまた会う事が叶えば、また彼との飽きない旅がやって来るはずだ。
転送される最中、私はずっと空に浮かぶ太陽を眺めていた。さっき手を貸してくれた太陽騎士のように。ただ眩しいだけの何かを。淡い期待だけを残しながら。
だから、無人の篝火が見えた時には心を決めるしかなかった。最後に私達が使った時から何も変わらない炎の揺らぎは私の孤独な心を煽っているようにも感じられ。だが、元来の私という存在を思い返すと同時に両手で頬を叩いて喝を入れる。
私はそんなヤワな女じゃ無い。たかが少し一緒に旅をしただけの優男がいなくなったくらいで、何も感じない、そうだろう。今までだってずっと一人で旅をして来たじゃ無いか。牢に打ち込まれてからもずっと一人で心折れず耐え忍んできたじゃ無いか。
そうだ。私は生臭聖職者。欲に生き、適度に人を助けて神に媚を売る、そんな奴じゃ無いか。
得たソウルを篝火に注ぎ、我が物とする。ひたすらに技量と持久力を増やす。やはり持久力は大切だ。武器を振るにもスタミナは使うし、走り込む時もまた然り。正直メイスを扱うのだから筋力を上げても良かったのだろうが、私としてはどうしても必要以上の筋力を上げたく無かった。少しばかり残った女としての何かがそうさせるのだろうか。可愛らしさなど、今の私には必要がないのに。
「連れの事は残念だが……なぁに、亡者になったわけじゃないんだろう? なら心配しなくていいさ」
メイスを金槌で打ちながらアンドレイが私を励ます。私は頷きもせず、ただ背中を壁にもたれ掛けさせ彼の扱う炎を眺めているだけ。
「次は病み村か……あそこは除け者が最後に辿り着く場所だ」
蓄えられた知識を持つ鍛冶屋の老人が呟く。私の次の目的地は、このロードランの最底辺にある場所。全てから見捨てられた者達が行き着く吹き溜まりのような場所。神々の土地であろうとも汚点はあるようだ。
その姿のなんと情けない事か。
アストラとは貴族の国である。誇りは高く歴史は長く、人々は自らの人生がこれからも輝かしいものであると疑わず、ただ路地裏に潜む貧困と奴隷達による基盤があってこそという事を忘れている。
そんな貴族達が着飾るのは最早当たり前で、彼らの着るものは須く金のかかっていそうな物。それは戦地で命を守る為の鎧でさえも上質である。
だがそんな上質で貴いはずの彼は今、これ以上なく哀れで無残で有り体に言えばダサい。不死教会の屋根から落ちた彼。本来ならばそのまま落下死するはずの彼は、あろう事か落下中に大鴉に捕まりそのまま運良く祭祀場まで運ばれて来たのだ。真、貴いとは運の事である。彼は不必要な死を回避し人間性の浪費を防いだのだ。
問題はその鴉にそっと降ろしてもらえず、まるで投げ出されるように心折れた騎士の前に降り立った事だ。
「はっはっは……何かと思えば」
地面に投げ出され全身を強打した若い騎士を笑う。ただ笑い、何もせず心折れた騎士はオスカーが立ち上がるのを見ていた。
本当は笑いたくなどないはずなのに。彼の役目がそうさせる。違うだろう、と自問自答する彼はそれでも認めたくないのだ。頭上で鳴り響く鐘を鳴らしたのが、こんな若造であるはずがないと。
心折れるまで、何年と費やし等々折れてしまった彼の人生を否定されているようで。
「あの子は……鳴らしたのか」
立ち上がった上級騎士がまず呟いたのは自らの事ではなく、連れの女のことだった。一緒に居た美人だが口と目付きが悪い女。どうやらこの騎士は鳴らしていないらしい。そしてあのいかにも使命など関係なさそうな女が鳴らしたのだとしたら。それこそ、ちっぽけで折れ掛けたプライドを今度こそへし折ってしまいそうだ。
だけれど、なぜだろう。人とは、人間性とは。折れようとすればするほど、どうにかして燃えようとするのだろう。柄にもなく彼の朽ちた戦士としての
「へぇ……なるほど」
だが、すぐにそんな燻った火も長年の諦観が押し留めてみせた。心折れた騎士は結局立ち上がる事もせずに、しかし若い騎士に声をかける。
「その調子でヤバいほうも頼むぜ。ハッハッハ……」
乾いた笑いを、オスカーはバイザーの下で哀れむ。その目つきに気がつかないベテランではないだろう。それでも何も言わないというのは、きっと自分でも自分が哀れだと思っているから。そして彼女が警告した通り、その姿とはいつか来る未来の自分であるかもしれぬ。故にオスカーは、焦るのだろう。焦るように、その場を去る。
合流するのも良い。だがこのロードランに生きる以上同じ世界である可能性も低い。むしろ今までがおかしかったのだ。あれだけ一緒に死に、しかしずっと同じ空間にいるなどと。会える可能性が低いのであれば、今はきっと使命を優先すべきだ。きっと現実主義である彼女ならそうする……
オスカーなりに考えて、彼は次の目的地である病み村へと向かう事にした。そして心折れた彼に呼び止められる。
「おい。お前さん、病み村に行くんだろう?」
「そうだが……」
てっきりオスカーは心折れた騎士がまた皮肉でも言うのだと思った。一々それを気にしていられるほど広い心を持たぬオスカーだが、それでも今のチェインメイルを着込んだこの戦士の顔に彼は惹きつけられる。
くたびれて髭を蓄えただけのはずのその顔は、確かに輝きを戻しつつあったのだ。
「なら、直接向かうのはやめておきな。まずは最下層へ行け」
それは先人からの助言である。
「病み村はあんな場所だがかなりヤバい場所だ。城下不死教区の下層から最下層に行けるから、道中小汚い婆さんに会え。毒消し用の苔玉やら何やら売ってくれるはずだぜ」
スラスラとこの男は病み村の攻略法を語り出す。オスカーは当初唖然としながらも、その真剣さに応えるべくしっかりと話を聞く。それは継承。いつか来るその時のために。人の遺志とは語り継げるものだ。
私も時を同じくして病み村へと向かうために行動し。しかし私とオスカーが再会するのは大分先の事だった。
その金ピカの鎧を見た時に、思わずため息が溢れてしまった。別に彼が悪いわけではない。ただ、ここに居たのが探している上級騎士であったならばどれほど安心しただろうか。
特徴的な金色の鎧に抱かれた彼は祭祀場の篝火よりも一段下の崖側に腰掛けて何かを見ていた。まるでぼうっと、亡者達が虚無を見つめるように。しかし何かに惹かれるように。兜に隠れた視線の先にあるものは……牢だ。
「……ああ、貴公か。あの時の礼だ、受け取ると良い」
こちらに気が付いた彼はわざとらしく声を鳴らすと何かを投げ渡してきた。これは、メダルだ。太陽が描かれた記念品……なのだろうか。そのメダルのソウルより残留思念を読み取れば、太陽のメダルというらしい。太陽の戦士がその誇りを称え合うための……待て、それはソラールの事だろう。なぜカリムの騎士がそんなものを持っているのだろうか。
「これをどこで?」
「不満か?だが人の好意は素直に受け取るものだぞ……クックック」
そういう事を言っていた訳では無いのだが、彼には勘違いされたようだ。それにこの怪しげな笑い……まぁ良い。ガーゴイルの時は世話になったのだから。案外会話が苦手なだけで根は良い奴なのかもしれないし。信用はしないが。
私はメダルをソウルの内にしまい、彼が注視していた先の牢を一瞥する。そこには誰かがいた。というより、閉じ込められていた。薄暗い牢の中はここからではよく見渡せないが、きっと女性だろう。
「哀れなものだよ。使命やらなんやらと、人とはまったく愚かだな。クックック……」
「使命? ……まさか、彼女は火防女?」
きっとそれを見て彼も何か思う所があったのだろう。私の質問に目の前の騎士は頷いた。そしてくつくつとまた笑えば暗くしゃがれた声で言う。
「まぁ、使命というのであれば互いに等しいのだろうがな……」
使命。私には正直、使命などという堅苦しいものはありはしない。ガーゴイルを倒して鐘を鳴らしたのもやる事が無いし同行していたオスカーがいたからこそやったのだ。もう一つの鐘がある病み村に向かう事だって、ただ私の気紛れに過ぎない。あの心折れた騎士のように呆けて過ごすよりもマシであるというくらい。
しかし、あんな場所に閉じ込められずっと篝火を守り続けるだけとは。それは最早、使命とは言えぬだろう。呪いだ。
小ロンド遺跡というものがある。古く、まだ大王グウィンが健在であった時代の話だ。かの大王から小国を任されていた四人の公王は人の身でありながら王のソウルを分け与えられ、国を繁栄させたという。
曰く、勇猛。曰く、人格者。その公王達は名君と言われるほどの人材であり。しかし彼らの国はある日水底へと全てが沈んだのだ。
その理由には諸説あるが、ある時彼らは深淵に魅入られ神々の敵と化し、深淵を恐れる神々の怒りを買って水没したのだと。だが彼らは死なず、水底にあろうとも闇の騎士達を従え深淵の時代を待っているのだと言う。
よくある御伽噺の一つだ。最も火の無いところに煙は立たぬ。脚色されようとも事実なのだろう。私の知ったことでは無いが。
火継の祭祀場からエレベーターで下層へと辿り着けば、その小ロンドは確かにあった。最早ソウルが枯れ果て襲う気力すらもない亡者達を尻目に、水没した遺跡を眺める。国の興亡など散々見てきたが、それにしたって国を住人丸ごと水没させるなど神々もイカれた事をするものだ。
病み村への道はその反対側、飛竜の谷の方向だ。簡単な鍵を持ち前の器用さで外して谷へと進む。
何とも安全を排除し切ったこの谷は、人ひとり通れるだけの道しかない。一歩足を踏み外せば谷底へ真っ逆さま、また祭祀場の篝火で目覚める事だろう。
朽ちかけた吊り橋を渡り道を進む。正直進むべき方向は分からない。アンドレイも詳しい場所までは知らないとの事なので、病み村への道は私が見つけなければならないのだ。
そうして進んでいけば、少しだけ開けた場所に出る。しばしの落下死からの解放だったが、問題は次から次へとやってくるものだ。まるで腐り果てたようなドラゴンの大きな死体が転がっているではないか。しかし近付かなければ無害であるようで、そっと通り過ぎようとする私にドラゴンは何もアクションを起こさない。
しめしめとその場を通り過ぎようとして、私はふとドラゴンの目と鼻の先に何かが置いてあることに気が付いた。もしかすればこの先有用になるかもしれない。近付くのは本意ではないが、取っておいて損はないだろう……
「あぁ、やっぱりそうなるのねッ!」
見事、落ちていた遺留品を拾った私に気が付いたドラゴンゾンビが目覚めて暴れ出す。何か瘴気のようなものを撒き散らすそれを背に私は全力で逃げ出す。あんなもの相手にしていられない。オスカーがいれば協力して倒すこともできるかもしれないが、相手は腐ってもドラゴンだ。一人で倒そうとすれば何回死ぬか分からないだろう。
そうして動きの遅いドラゴンゾンビをやり過ごすと、今度は青い飛竜が飛びもせずに道を塞いでいた。それも複数。そいつらは私を見るや否や、口から炎ではなく雷を吐いてくる。ちょっと待て、ドラゴンというのは炎を吐くものでは無いのか。
雷など、木の盾では防ぎようもない。私は咄嗟に先程拾った竜紋章の盾を取り出して構える。竜紋章というくらいだ、竜からの攻撃に滅法強いのだろう。
「い゛ッ!?」
そんなことは無かった。盾を伝って雷が私の身体を痺れさせる。無いよりはマシだった程度のものだ。
黒焦げにされる前に私は飛竜へと肉薄し、頭をメイスで叩き付けた。だが硬い鱗を持つ飛竜の前に私の攻撃は有効打を与えられない。多少怯んだドラゴンはすぐに体勢を立て直すと、その獰猛な牙で私を食い殺そうと目論む。
盾でその一撃をいなし、私はまたしても逃げ出す。押してダメなら引いてみるのが一番だ。引いてもこの先にまだ飛竜がいるのだが。
三回ほど死んだが、とうとう辿り着いた。飛竜共が闊歩する狭い通路を抜けた先にあった洞窟に逃げ込めば、不死の憩いである篝火が徐に置かれていた。どうやら私と同じく飛竜に追いやられた不死がいたようだ。
何はともあれしばらくその篝火で休息を取る。一体病み村はどこにあるのだろうか。この洞窟の先が病み村なのだろうか。どちらでも良いが、これ以上死ぬと亡者状態から復活するのに人間性が足らなくなるからやめてほしい。どいつもこいつも殺意が高過ぎるのだ。
肌の艶を取り戻し、私は先へと進む。どうやらここは病み村では無いようだ……太陽の陽すらも満足に届かないであろう薄暗い森へと出る。道を間違えたかしら。
ともあれ拾うものは拾う。先程拾った、オスカーとお揃いの私が嫌いな祝福が施された直剣やまるで役に立たない竜紋章の盾とは違い、今度は有益な物を拾った。その名も草紋の盾。由来はもはや分からぬが、少なからず魔力が込められているらしく持っていると疲れが和らいでいく。これは使える。
良いものを拾ったな、と暗い森の中一人喜んでいたのも束の間、耳が何かの音を捉えた。
ガシャ。ガシャ、ガシャ。
それは、鎧の音。
上方の崖から聞こえてきた音に、私は少しばかりの希望を見出した。こんな鎧とは無縁の森なのだから、もしかすればオスカーの着ている上級騎士の鎧かもしれない。彼もまた病み村へと向かい私同様迷ってしまったのであればあり得ない話では無い。
そんな、希望的観測。だからいつも痛い目に遭うんじゃないか。
近付く鎧の音に釣られてみれば、それはいる。
斧槍と盾を持った黒騎士。その
見よ、あの大きな斧槍を。あんなもの、人間相手に使うべき物では無い。自身よりも強大な敵を須く屠るために用いたその武器は、なんと禍々しいものか。それでいて、やはり彼ら大王に仕えし騎士ならではの実用性と美しさがある。
武器のことは、正直分からぬ。だがそれでもあの誇りと矜持は触れずとも伝わってくる。どうしてか、あれが欲しくなる。
私はゆっくりと近づいてくる死を前に、メイスを構える。死なずとはいえ、ただで死んでやるつもりはさらさらない。
「ッ!」
刹那、斧槍が私の胴を両断した。
何も見えなかった。それは、神速。なるほどあのデーモンと刃を交えるだけの事はあるなと、私は急速にやってくる死の感覚に震えながら満足気に考えた。
なら、何度でも闘ってその動きを捉えてやる。捉えて、殺して、ロードランに棲まう敵に殺されないくらいに強くなってやる。そうすれば、もうあんな思いはしなくて済む。
自分の弱さを実感しなくて済むのだから。
真っ二つにされた私はほくそ笑みながら顔面に斧槍の切先を突き立てようとする黒騎士を眺めた。そうだ、殺すが良い。だがそれは始まりに過ぎない。しっかりと
「その時さ、突然現れた亡者共を俺とユリアで蹴散らして見せたのさ」
目の前の亡者は懐に差した刀を撫でると自らの勇姿を語った。そんな、ある種壊れた情景を上級騎士はへぇ……と少しだけ気持ち悪がりながら相槌して眺める。
病み村へと向かう為に城下不死街へ再びやって来たオスカー。肝心の下層への向かい方が分からないために来たことのない場所へと足を運べば彼はいた。
どうやら露店をやっている亡者らしく、口は悪いがしっかりと意識を保って商いをしてくれる。それは良いのだが、ふと彼の持つ刀を褒めたらどうにも気に入られたらしくかれこれ数時間も刀の自慢話やそれに伴う武勇伝を聞かされているのだ。
まだ何も買っていないのに……
「あの、すみません」
「ああ? なんだお前、ユリアはやらないぞ。こいつは俺じゃなきゃダメだからな……へへへ」
刀を大事そうに抱え、頬擦りする様は狂気だ。だがそれを非難することはできぬ。きっとそれが彼なりの心の保ち方なのだろうから。だから詮索もしない。しなくても向こうからベラベラ喋るのだが。
「ああいえ、そろそろ取引させてくれませんか」
「あ? ああ、すまねぇな。誰かにユリアの事を話すことなんてねぇもんだからよ」
そう言えば彼は大きな袋に入った品々を広げていく。品揃えは……中々良い。少なくともオスカーがこの亡者に対する評価を覆す程には。
とりあえずは消耗品であるクロスボウ用の矢を複数と底無しの木箱、そしてどこかの民家の鍵を買う。この亡者曰く、不死街の下層の民家の鍵らしい。有用な物があるかもしれないとの事なので、とりあえず購入した。まぁ安価だし、もし何も無くても痛手にはならないだろう。
そして底無しの木箱。どうにも不思議な底が抜けてしまっている木箱だが……彼曰く無制限に何でも入れられる魔法の木箱だという。由来は分からぬが、男というものはそういう不思議に釣られるものだ。
一頻り買い足せば、商人の下を後にする。そして向かうは下層。ここに入口が無いのであれば、思い浮かぶ入口らしき場所は後一箇所しかない。
オスカーは雲の間から差し込む太陽を一瞥すると一緒にいたはずの不死の事を思い返す。彼女は今どこにいるのだろうか。彼女もまた、使命を果たす為にもう一つの鐘へと向かっているところなのだろうか。
考えても分かるはずもない。今はただ、自らの事だけを考えよう。
黒騎士の回転斬りが迫る。流れるような回転はおよそ重い鎧を着ているとは思えない程美しい。それでいて技とするのだから、一体彼ら黒騎士はどれほどの数の戦いを生き延びてきたのだろう。だがそれでも、最早目に追えぬ速さではない。草紋の盾を目一杯振りかぶり、その回転斬りに合わせる。
すると、どうだろう。黒騎士の必殺の一撃は私の盾に弾かれて黒騎士はバランスを崩したではないか。
これこそパリィ。オスカーがやっていたものを真似たに過ぎないが、ようやくできるようになった。多少タイミングが合わなかったせいか手が痺れるように痛いが、それすらも無視してよろめく黒騎士の腹にメイスを叩き込む。
一発。黒騎士は更によろめいたが、それでも倒すには至らない。
二発目。今度は相手の左膝をメイスで潰しにかかる。いくら神の僕であろうとも関節は弱い。黒騎士はそのまま膝をつき、背の高いせいで狙えなかった顔面を目の前に晒した。
「フンッ!」
真上から大きくメイスを振りかぶり、重力と筋力に任せて頭蓋をカチ割る。一瞬大きく黒騎士の身体が震え、そのまま仰向けに倒れた。
私はそのまま黒騎士に馬乗りになってひたすらにメイスを振るう。泥臭く、聖職者らしい事なんて何一つない。気がつけば黒騎士は動かなくなり、
息を切らしながら私はその場に倒れ込む。ようやく、ようやくだ。数十回死んでようやく黒騎士を倒せた。最初の数回は一回も攻撃できずに死んだ。死んだ回数が二桁に登る頃、ようやくこちらも攻撃する事ができるようになった。それでもあの鎧には歯が立たなかったが。
そしてまた数十回死んで、ようやくパリィができるようになった。人間、何度も繰り返せばできぬ事なんどあんまりないのだ。
「はぁ〜……ふふ」
そして、私は手に入れた戦利品を見て喜ぶ。今までメイスとかいう脳筋っぽい武器ばっかり使っていた私だが、やはり美しい私にはそれなりの武器というものがあるのだ。
その名も黒騎士の斧槍。
「さて……私に相応しい武器かどうか、試させてもらおうじゃない」
メイスを
ガクン、とその重さに驚愕した。それもそのはず、この武器は元々デーモンを討ち滅ぼすために用いられた黒騎士のための武器だ。人よりも大きな黒騎士だからこそ扱えた斧槍……どうして非力な私なんかが使えると思ったのだろう。
圧倒的筋力不足。両手持ちでさえ満足に扱えぬそれは今の私には扱えないだろう。
「ぐぬぬ……はぁ」
仕方ない。次からは筋力も鍛えなければならないだろう。私は斧槍を
この森は、なんだ。
結晶でできたゴーレムが徘徊し、目についた者を襲い。複数の首を持った奇怪な竜が湖に陣取っている。一体何をどうしたらそんな生き物が生まれるのだろうか。否、そもそも生き物なのだろうか。
メイスで良かった。硬い結晶のゴーレム相手に剣では通用するかも怪しい。奴らは周辺に結晶を生み出しそれで突き刺してこようとするし、おまけに複数で襲いかかってくる。そして少しでも湖へと近付けばあの竜らしき生物が魔術を放って来る。
そっと、私は湖方向から離れる事に決めた。別に目的はあいつらじゃないのだ。ならそっとしておこう。
そうして私はこの狭間の森と呼ばれる薄暗い森を探索する。どう考えても病み村があるとは思えないが、仕方あるまい。何かしら有用な物があるはずだ。
そうして木の根なんかで構成されたよく分からない亜人もどきや石造りの騎士なんかを相手にしたり逃げたりして進めば、いつのまにか私はアンドレイの所にいた。
「……お前さん、よくそっちの道からやって来れたな」
ボロボロになった私を見てアンドレイは金槌を叩く手を止めた。
この鍛冶場に至る直前、とんでもない強敵とぶち当たった。まさかあんな楔石でできたデーモンがいるとは……あれがアンドレイが言っていたデーモンか。知っていたら行かなかったのに。
エスト瓶の中身は枯れ果て、すぐにでも篝火で休みたい。私はメイスを彼に預けて修理を頼むと、上階の篝火で生者へと戻り横になった。
「どうも、どうも! 私はオズワルド、見ての通り教戒師さ!」
どうにも怪しい奴がいたものだ。篝火で休息し、今は黒騎士の斧槍をアンドレイに強化して貰っているので今一度不死教会を探索してみれば……ガーゴイルがいたその先、鐘の塔内に怪し気な男がいるではないか。
カリムの教戒師。罪の女神ベルカを信仰する彼らは、人々に犯した罪の反省と救済を促す存在だ。噂には聞いていたが、まさかロードランで出会うとは。見るからに胡散臭い黒づくめの格好と顔を隠すマスクは、教戒師というよりは詐欺師だ。
「免罪の懺悔かな? それとも告罪? ……須く罪は私の領分だよ」
ニカっと口元が笑む教戒師。目だけはバッチリと開きこちらを見ているのだから気持ちが悪い。
「いや。罪など、そう簡単に洗い流せるものではないだろう?」
「おやおや、それはどうかな。たとえ聖職者であろうとも、罪というものは犯しているものだよ。さて、私は教戒師だが商売もしているからね……罪を犯していないというのであれば、どうだね。ソウルと引き換えに何か欲しいものを手に入れると良いさ」
何とも俗っぽい教戒師だ。
胡散臭いが、余った
ここは神々の地ロードラン。何が起きても不思議ではない。これが買えただけでも儲けものだ。
アンドレイから斧槍を受け取り、再び森……黒い森の庭を探索する。相変わらず筋力が足りていないせいで扱えないが、それでも私のものだから預けっぱなしにはしない。
鍛冶屋曰く、どうやら病み村はあの飛竜の谷の分岐点にあったらしい。つまり私は道を間違えたドジっ子というわけだが、それならそれで良い。どうにも好奇心がこの森を探索しろと私の
━━お前さんには悪いが、あの先には行かせられねぇな。あそこは容易に入って良い場所じゃねぇ……あそこは、そっとしておくべきなんだ。
アンドレイが言っていた事を思い出す。どうやらこの先は墓所のようだ。墓荒らしは趣味じゃないからどうでも良い。鍵もアンドレイが持っているようだから、もし必要であるのなら彼を説得しなければならないだろう。
扉をスルーして先へ進むと、やはりまた木の亜神と石造りの騎士が道を塞ぐ。多少筋力を鍛えたおかげでメイスの一撃がよく通る。何ら苦戦もせず(実は一回死にかけた)私は見つけた遺跡へと足を運ばせた。
異端の魔女、ビアトリス。いかにも魔女のような格好をしたその霊体は、まるで私を待っていたかのようにサインを出していた。
協力者がいる事に文句は無い。むしろ戦闘での負担が減るから歓迎する。何が異端なのかは分からないが、召喚された彼女はちょっとだけ恥ずかしそうにしてから帽子を深々と被り不器用そうな一礼をしてみせた。可愛いなぁ。
何はともあれ、先へと進む。遺跡を登れば、案の定白い濃霧が私達を待ち構えていた。なるほど、あの魔女はこの先の強敵に手を貸してくれるためだけにあの場にサインを出していたのか。お人好しなのだろうか。
濃霧を潜り抜ければ、そこは天井のない一本道の狭い通路。
「あれは……鳥?」
思わず、目にした存在に疑問を抱く。
ゆらゆらと浮かぶ大きな鳥。否、蝶。月光を浴びて光るその姿は美しく。しかしその大きさと不自然さに恐怖すらも抱くその姿は。
月光蝶。まさにその名が相応しい。
ビアトリスが魔術を展開する。いくつかの小さな
さて、それはいいのだが。問題はどうやってあの月光蝶と戦えば良いのだ。ああやって飛ばれては手が出せない。倒さなければ濃霧は晴れないだろうから先へは進めないし……
と、ビアトリスが新たな魔術を展開する。ソウルの矢と呼ばれる初歩的なそれは、青白い光と共に矢となって浮かぶ月光蝶へと突き刺さる。聖職者である私でもその魔術を知っているくらいの初歩的なものだが、やはり見た目と同じく理力も高いようで月光蝶の皮膚を大きく抉った。
そうなれば月光蝶も私達の存在に気がついたようで、やられっぱなしな訳も無く負けじと魔術を放ってくる。凄まじい速度で発射された緑色の矢は、一度に何発も放たれるせいで避け辛い。盾がなければ貫かれていたかもしれない。
ビアトリスの周囲に浮かぶ
「おお、強いぞビアちゃん」
蚊帳の外の私が彼女の事を鼓舞すれば、その魔女はプイッと顔をそっぽ向けた。やはり恥ずかしがり屋のようだ。
「おっと、なんだあれは」
その時だった。月光蝶の口元が光だす。まるで魔力を貯めているような、そんな光景……
刹那、眩い光の束が月光蝶の口から発せられる。それは通路の奥から薙ぎ払うようにこちらへと迫ってきているではないか。まずい、どうやら怒らせたようだ。
私は黒騎士との戦いで得た経験をもとに、それを横にローリングして避ける。間一髪、転がるのと同時に通り過ぎた光の束を避け切る。危なかった、あんなものに当たってはいくらなんでも死ぬ。
だが避けた私と違ってビアトリスはそれをモロに食らってしまい、手足を遺して蒸発してしまった。その姿の何と哀れな事か。私を助けようとしてくれる霊体は碌な目に遭わないのか。
「よくもビアちゃんを……!」
別に友達だとは思ってもいない。だが快く協力してくれた上に恥ずかしがり屋で可愛い魔女を殺された事を怒らないほど薄情でも無い。
どうやら月光蝶はあの一撃で疲れ果てたらしく、フラフラと飛べば次第に近付いて通路へと降り立った。今がチャンスだ。
私はすぐさま羽を休める月光蝶に近付きメイスを振り被る。そして勢い良くその芸術品のような頭をかち割った。生々しい音が響き、月光蝶の頭が粉砕される。どうやら筋力を鍛え上げたおかげでたかがメイスでさえも致命の一撃と化したようだ。
奇声を上げながら霧散する月光蝶。ビアトリスには申し訳ないことをしたが、何はともあれ勝利は勝利だ。美しい事が正義とは限らないのさ。
通路の先は行き止まり。やはりこの先は病み村への道を探すために飛竜の谷に戻らなければならないようだ。溜息を吐き、私はすぐ横の遺体を一瞥する。それは良く知る屈強な鍛冶屋の灰と化した遺体……もしかすれば、この遺体は異なる世界のアンドレイなのだろうか。
手にするのは種火。大事そうに握るその遺体は、死んでもその種火を守り続けていた。
遺体の手から種火を攫うと、
だが、ソウルを得ると言うことは、こう言うことなのだろう。誰かが残したものを受け継ぐこと……柄にも無いわね。
感想、評価、考察お待ちしております。
百合ばかりの番外編を
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見たい。百合こそ人類の宝、ダークソウル
-
いやぁそうでもないっすよ