昔、昔。もうずっと、前のことだ。
仲間だった男がいた。隣で背中を預けていた男がいた。
自らの記憶の中にいるその男に、色はもう無い。まるで灰のように白黒で、顔すらもはっきり覚えていない。
若い頃に二人してやがて王となる男に挑み、そして敗れた。完膚なきまでにボコボコにされ、けれどその若さと勢いを買われて騎士となった。
騎士となって、互いに競い合い、そして沢山の戦場にて数多の武勲を立てた。
気が付けば、自分達は王の盾と矛などと称され、双腕となっていた。
信じていた。
ずっと、きっと戦いで死ぬまで。
双腕として王に仕えるのだと。信じていた。
だから、自分の半身くらいに思っていたその男が、禁忌を犯した時、怒りよりも失望と喪失感が自らを埋め尽くした。
叛逆者となり剣を向けるその男に、けれど容赦などするはずもなく。王の盾として自らの役目を果たし、男を降した。
後悔があるとするならば。
その場で、友を殺せなかったことだろう。
この墓場で、ずっと終わりの時を待ち、けれどそれだけが胸にある。
不吉な鐘が鳴る。
男が一歩石畳を踏み締める度、存在感とその身に溢れる強大な
大きな
だが、それくらいが丁度良い。
かつてのロードランでの戦いでは、全てが脅威であった。何度も死に、その度に人間性を擦り減らし、いつか殺してやると不屈の闘志を抱いて強敵に挑んだのだ。
それがここではどうだ。最早終わった土地、腐りゆく
嗚呼、嬉しいぞ。久しく忘れていた死闘。目の前の男はそれを齎してくれるだろう。
黒騎士の斧槍を構える。
かつて、私が神殺しを成し遂げた時の得物。正確には同一のものではないが、重量も長さも全てが同一。全力を出すのにこれほど適しているものはない。
王盾が鐘を構える。大きな躯体から放たれるであろう一撃は、私程度ならば一撃ですり潰せるだろう。不死院のデーモンと良い勝負だ。
王盾二人分程の距離に奴が迫った瞬間、大きく鐘を振り上げる。叩きつけのモーション。対処させる事で私の力量を測るつもりか。
振り下ろされる大鐘をステップで回避する。いや、おかしい。鈍重なモーションで放たれる大鐘如きで私を試すなどと、私の
「ッ!」
グンッと、大鐘が直角に曲がる。縦に振り下ろされるはずだった鐘は、横へと逃げた私を追うように迫った来たのだ。
冷静に、私は斧槍で大鐘を弾こうとする。だがその大質量を弾き切ることはできない。故に斧槍で防御しつつも大鐘にそのまま飛ばされ、全てを受け流す。これで良い、ダメージはなし、距離も取れた。斧槍を床へと突き刺して慣性を殺す。
どうやらお眼鏡にかなったようで、ヴェルスタッドの構えがより一層力の篭ったものになる。
今の一撃を受けた感じ、防御は効果的とは言えないだろう。相手の体幹を削り切る前にこちらが潰される。ならば攻めに転じるしかあるまい。
今度はこちらから攻める。瞬間的にクァトの鈴を左手に召喚し、闇の飛沫を放つ。
私の闇術は今の信仰を必要とするものではなく、理力に依存するタイプであるためその威力は凄まじいが、しかし王盾はそれを大鐘で受け止めてみせた。どうにも闇術耐性が高いらしい。
だがその隙に全速力で左手へと回り込み、斧槍で足を斬りつける。
確かな手応えを感じた。足甲と肉を斬った感触。けれど決定打には程遠い。
振り回される大鐘を回避し、また距離を取る。部屋の柱ごと粉砕するとは、まるで処刑者スモウを見ているようだ。
ふと、王盾が大鐘を引っ込めて突撃の構えを取る。刹那、真っ直ぐに突き出される大楯。跳躍し、隙だらけのイカのような兜を踏み付け背後に回る。
そしてそのまま背中を斬りつけようとして、突然身体が吹き飛ばされた。
「オッぐッ!!」
空中で回転しなんとか着地すると、王盾を睨む。いつの間にか奴は足を突き出して後ろ蹴りをかましていたようだ。見た目に似合わず素早くもあるようだ。
乙女の腹を蹴り飛ばすとは、騎士の風上にも置けぬ不届き者が。だが戦いとは実はそれで良い。男も女も関係がない。強弱も無く、信念も関係が無い。ただ殺し合う。どちらかが死に、次の戦いへと赴くまで。
忖度など存在しない。それが戦いだ。
蹴られた腹部の埃を払い、雫石を砕く。そしてまた互いが見つめ合う。
どうやら奴は私の機動力と手数の多さを危惧しているようだ。一見すれば私はすばしっこいだけの技量戦士だが、その実魔術や奇跡、そして闇術に至るまで習得している。闇の飛沫を受けただけでそれを理解したとは、奴の経験と腕は本物なのだろう。
だが倒せない敵ではない。そんな者、いるはずがない。
左手にパリングダガーを握る。これは私の意志の表れ。純粋な武力で貴様を討ち取ると、私は暗に告げている。
それを受け取ったのかは知らぬが、ヴェルスタッドはくるりと大鐘を回して両手で保持する。そしてそのまま突撃を敢行してきた。
大鐘を振り回すと、周囲の柱や壁ごと打ち砕いていく。一見すると適当に振っているようで、しかしこちらの逃げ道を塞ぐように攻撃をしている。実に厄介だ。
ステップや跳躍、そして斧槍で攻撃を弾く。
確かに強い。破壊力もあれば経験もある。だがもう見切った。大振りな大鐘では攻撃の手段が限られるのだ。奴ができるのは大鐘の攻撃と自身の身体を使った打撃のみ。で、あるならば対処は容易い。先程の蹴りは素早いが、奴の筋肉を見るにスタミナはそこまでないだろう。あれは速筋の類だ。
数発王盾の攻撃を受け流し、その時はやって来た。鐘による突きだ。
パリングダガーを構える。回し、最適な角度で大鐘を迎える。
小さな短刀であるパリングダガー。その切っ先が、巨大な大鐘の先端を捕まえる。
「お、ッラアァ!」
「……ッ!?」
莫大な質量を誇る大鐘を、強引に弾く。筋力はそこまで強くはないが、そんな私でも今の鐘は簡単に弾けた。腕は痺れたが。
単にヴェルスタッドは鐘を一度に振りすぎたのだ。故に多少疲れ、筋力があまりない私に弾かれた。それだけのことだ。
晒した隙を逃さず、斧槍を喉元目掛けて突き刺す。しかし寸でのところでヴェルスタッドの左腕が斧槍の軌道を逸らした。そのせいで喉元には刺さらず、右肩を抉るだけだ。
まさか私の一撃を逸らすとは。良いじゃないか、一撃で死なれては困る。良い戦士ならば尚更だ。
斧槍を引き抜き距離を取る。ゼロ距離を維持するのは得策ではない。さて、どうするか。
「……貴様のように、技に長けた奴を知っている」
不意に。無口であった王盾が語り出す。低く威厳のある声は、しかし思っていた以上に理性的だ。
斧槍に着いた血を払い、出方を見る。するとヴェルスタッドは片膝をついて大鐘の柄を床に叩き付けた。
嗚呼、なるほど。そういう事か。あの大鐘は単なる打撃武器ではないようだ。同時にあれは闇術の触媒であるようだ。
何度か彼が鐘を鳴らせば、それに呼応するように闇が這い出てくる。彼の
「ふむ、武とは力だけではないことは分かっていたんだがな。闇術の効き目が薄かったのは貴公も闇術使い故か。しかし王国の騎士が闇術とは。時代は変わるのだな」
闇を纏い立ち上がるヴェルスタッド。だがあれだけの闇を纏っても理性はしっかりとしているようだ。中々に強靭な精神力を持ち合わせていると見る。
「人とは、闇なのだ。オレはただそれを表現しているに過ぎぬ」
「ほう! 若造が闇を語るか、面白い! ならば私に見せてみよ、貴公の闇を!」
両手を広げ、その闇を受け入れる準備をする。単純に奴が使う闇術に興味がある。もしかすれば、私の知らぬ闇術かもしれない。そうなれば技の一つや二つ盗んでみたいのだ。
ヴェルスタッドは鐘を鳴らし、闇術を展開する。床に魔法陣が描かれ、闇の球が複数召喚されるとそれは円を描いて私を追尾し出した。厄介な技だ。速度があるから追尾性は低そうだが。
近づく闇の球を前ステップで回避する。だがこれは闇術発表会ではない。ヴェルスタッドは私のステップの終わり際に、大鐘を振るって来たのだ。
「案外嫌らしいな」
斧槍で受け流しながら呟く。だがその間にもまだ闇の球が私を狙ってくる。
ならばとマジックシールドを取り出して弾けば、闇の球があらぬ方向へと飛んで行く。しかし喜ぶ暇もなく、ヴェルスタッドは大鐘を振るった。
けれど、人の本質が闇であるならば。そしてその闇を抱くのが人間性であるならば。奴は忘れている事がある。
「その技は見切っている」
最小限の動きで大鐘を回避すれば、一気に懐に潜り込み足を切り付ける。そしてすぐさま背後へと回り込む。
すると王盾は先程のように後ろ蹴りを放つのだ。その速度は最早肉眼でも捉えるのは困難だが。
「それも見切った」
斧槍で足を小突けば、あっさりとヴェルスタッドの蹴りが外れる。
「ぬぅ!?」
「私は不死だぞ」
不死を相手に、二度目は無い。同じ技は二度も通用しない。
きっとあまりにも長い間、ここを守ってきたのだろう。そしてその膂力と闇で数多の敵を葬ったのだろう。それも一瞬で。で、あるならばここまでの長期戦は早々無かったはずだ。私のように手強く、諦めぬ者はいなかったはずだ。だから忘れている。一番恐ろしい者は何かを。
嗚呼、残念だよ。王盾と称された貴公ですら、私や
片足立ちの状態のヴェルスタッド。その足に、斧槍を突き刺す。
膝に刺さった斧槍は、その巨体を転がすだけの威力がある。バランスを崩し仰向けに倒れる王盾。すかさず私は跳躍した。
空中の私に、ヴェルスタッドは仰向けのまま大鐘を投擲する。その判断や潔さは目を見張るものがある。けれど、相手が悪すぎるのだ。
空中で回転し勢いを付け、放たれた大鐘を斧槍で弾く。天井を粉砕する大鐘は、そのまま突き刺さると音を鳴らすことも無くなった。
最早打つ手のないヴェルスタッドは、拳で迎え撃とうともしたが先に私の斧槍が彼の胸を貫いた。
「
いつものようにそう告げれば、私はより一層斧槍を強く押し込む。同時に、ヴェルスタッドの
柄を握り、引き抜けばしっかりと赤い血が噴き出る。奴の闇も、この赤さに塗り替えられるのだ。
「惜しいな。貴公は英雄足り得ると思ったのだが」
斧槍の血を払えば、王盾ヴェルスタッドの身体が霧散していく。その全てが私へと流れ込み、遺志となる。流石は王の守護者、満足の行く
全ての名誉も地位も捨て、王盾が守っていたもの。それが今、目の前にある。
人とは
目の前の亡者もまた、その例に漏れない。
最早頭に授かった王冠など、意味を為さない。その重みも、歴史も。被った本人すらも覚えていない。
世界に一つだけの豪奢な鎧もまた、単なるゴミクズとして放置されている。故にそれは、恥部を隠すだけのぼろ布だけを纏うだけ。
ただ、唯一。本能だけは殺しを覚えているのだろう。片手で引き摺る大剣だけは、離すことはなく。ずっと、共にある。
真に王になれず、愛する者から見捨てられ。その果てが、こんなものか。
「……ヴァンクラッド王よ」
薄暗い広間で徘徊するだけの亡者、ヴァンクラッドは答えない。
デュナシャンドラも異形の者も、暗にヴァンクラッドに会えと言っていた。だが今やその王は亡者となり、世界の終わりまでこの広間を徘徊するだけである。最早会話などできるはずもない。
王となるため。或いは、呪いを解くため。そのどちらも私としてはどうでも良い。王になどなるつもりもなければ、私の不死としての呪いを解く必要もない。そも、不死の呪いとは呪いにあらず。不死であることは人の業。
だが、そうだな。その果てに亡者になってしまうのであれば、それを呪いと称するのは正しくもある。そして、亡者になってほしくない人がいるとするならば。
ヴァンクラッド本人に価値はもう無いだろう。乱雑に置かれている衣服や鎧を調べる。
その中に、未だ力を宿している指輪を見つけた。古いルーンが刻まれた地味な指輪だ。けれど、どうにも懐かしい何かを感じる。これは、火の力だろうか。
それを手にし、指に嵌める。そして
「呪いは呪いでしかない。例え始まりの火を求めても、新たな呪いが生まれるだけだ」
振り返り、未だ徘徊を続けるヴァンクラッドに語る。彼は、強い
そうした先に、彼は最初の火の炉へと至ろうとしていたのだろう。薪を焚べて、呪いを抑える為に。
新たな呪いを手にし、私は帰還の骨片を砕く。最早、何もない。哀れな亡者を救うこともない。それこそ彼が望んだ未来。
「あの男に会ってきたのだな、人間よ」
薄暗い中、青白い口元を動かしてアガドゥランは言った。右手の薬指に嵌められた指輪を翳し、頷く。
「生とは常に不当で、無慈悲なもの。貴様の行く道は殊更にな」
「分かっている。今まで一度もすんなりと事が進んだことはない。困難ばかりだ」
ロードラン、ドラングレイグ。そのどちらも血の歴史。輝かしい英雄譚などありはしない。ただひたすらに殺し、百合に浸っただけの人生。だがそれもまた私なのだ。否定はしないしさせはしない。
彼は笑うことはせず、寄り掛かる身体を起こして腰に挿さる刀を抜く。
「いつの日か、そなたにも安らぎが訪れよう」
「安らぎは、停滞だ。停滞は澱む。そしていつか腐り果てる。ならば私は、留まれない」
だとしても。彼はそう言って刀を私に手渡す。
「死は、平等に与えられる安らぎなのだ。如何に貴様が大罪を犯し、闇となろうとしたとしても」
「……知っていたのか」
その刀を、手にする。
「その刀は餞別であり印だ。いつか貴様が来た時のための」
その時が、来るとは思えぬが。きっと彼なりの思い遣りなのだろう。死ぬ事を許されぬ私への、同情なのだ。
轢き潰され。闇に焼かれ。叩き潰され。何度も何度も死に晒し。けれど諦める事などあり得ない。
自分が死ぬ間にも、きっと愛する孤独な乙女は先へと進んでいる。ならば足を止める事など許されない。
いつか隣に並ぶため。荷物にならないために。彼女の剣となれるよう。
翁の仮面の内と外。自らと相手の血がこびり付くのも躊躇わない。ただひたすらに、ようやく得たチャンスを逃さないように。大剣を振り下ろす。
イカのような兜から覗く顔面へと。何度も何度も突き刺して。けれど偉大な騎士は中々死なず、馬乗りになられて頭を刺されているのに拳をぶつけてくる。
それがどうした。
自らの顔面の骨が折れようが、手を止めない。するとその内、相手が動かなくなった。
けれど手を止めない。何度も何度も滅多刺し、
死への恐怖など最早無い。死に続けることでそれが当たり前になってしまった。
何のために、自分はこの地に来たのだったか。一体何を恐れていたのか。死に続け、擦り減る人間性の果て。彼女の記憶も失せかける。
けれど、忘れないこともある。それだけを頼りに、彼女は殺し殺され続ける。
玉座を求めよ。
王の指輪を得た私に、デュナシャンドラはそう語った。だがそれが根本的な解決になるとは思えぬ。呪いとはそんな単純なものではなかろう。もし
大王グウィンが恐れたのは、広がる闇が光を覆い尽くすことだ。人に課した枷が、火の衰退と共に解かれるのを恐れたのだ。故に彼は、自らを焚べて火の時代を長らえさせた。
それが例え、問題の先延ばしにしかならぬと知っていても。
それを知らぬヴァンクラッドではなかったはずだ。だからこそ彼は
「一つ聞きたい、デュナちゃん」
「デュナ……ン゛ンッ、何でしょう」
咳払いして不快であるとアピールしながらも話を聞いてくれる王女に、質問する。
「ヴァンクラッド以外に王に近付いた者はいないのか」
すると、彼女は真顔で何かを思案した後に答える。
「遥か昔に。既に滅んで久しいですが」
呪いを呪いで克服しようとするのであれば。巨人の力だけではなく、過去の王達の残滓すらも手に入れられれば。もしかすると、亡者になる呪いを抑えることができるかも知れぬ。
だがあくまでそれは仮説であり、根拠が無い。一先ず緑衣の巡礼の所へ戻り、彼女に意見を聞いてみようじゃないか。
百合ばかりの番外編を
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見たい。百合こそ人類の宝、ダークソウル
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いやぁそうでもないっすよ