孤独。小さく別たれた煤の落とし子の
長く、永く。生まれてこの方、孤独であったのだろう。彼女は小さな
マヌスを屠ったのは、遥か昔。数千年も前の事。そこから生まれ、寄る辺を探していたのだとしたら拗らせるのも仕方ない。闇の落とし子とて人の慣れ果てなのだから。
『我が姉妹の戯言は聞くに耐えん……白百合よ、落とし子は私一人で十分であろう。こんな
「仲良くしなさいな、まったく……」
喧嘩するほど仲が良いとは聞くが、実際に喧嘩し合って死んでいる奴らを見る事の方が多い。ましてや姉妹なのだ、美しい娘であるならば百合の花を咲かせていた方が見栄えが良い。見えはしないが……
黒霧の塔の内部は、それはそれは下に長い迷宮のようである。
在りし日の塔はあちこちにある昇降機で物資と人員の運搬をしていたのであろう。しかし火は燻り、主人なき製鉄所は最早理性なき亡者共がここを守るのみ。
故に、左右の移動も含めて常に落下死の危険を孕みながら行う必要があった。
「これはまた骨が折れるな」
幸い、岩登りや木登りといった行為は得意である。革手袋を嵌め、跳躍し、足場から足場へと飛び移ったり落ちそうになったりを繰り返す。その度にエレナが可愛らしい悲鳴をあげるが、構っている暇はない。敵はそんなものお構い無しに襲ってくるからだ。
さて、この黒霧の塔では未だに亡者が防衛をしているというのは話したばかりだが、労働が忘れられない亡者もいる。
私が辿り着いたのは、痩せこけた奴隷亡者がせっせと樽を運んでいる現場である。運んでいるのは恐らく火薬だろう、特徴的な臭いが部屋に立ち込めているのだ。
「亡者になってなお働くとは。余程ここの作業が魂に響いているようだな」
良くも悪くも。奴隷の服装を見るに、良い扱いはされていなかったようだ。恐怖と力で強制的に労働していたのだろうか。いつの時代も変わらないものだ。
だが亡者共には悪いがあの火薬樽は利用できるかもしれない。人の胸よりも大きいくらいの樽だ、火薬が満載ならば火をつければ大爆発を起こすだろう。
『しかしサルヴァもそうだが、ここの兵士達もそれなりに強敵が多いようだな』
樽亡者の部屋から覗ける下層の部屋。柵越しに見えるそこには先程と同様にエレナの姉妹が鎮座しているのと同時に、兵士達も多数いる。問題は、明らかに溶鉄デーモンの廉価版みたいな巨大なゴーレムがいるという事だ。おまけに奴らは揃いも揃って闇の落とし子の加護を受けているようだ。このまま無策に飛び出してはいくら私とて死ねる。
「誘い髑髏が効けば良いが。それともこの樽をぶつけて爆破でもしてみるか」
幸い、樽亡者達が下層の部屋に物を運べるように落とし穴のような扉がある。うまく誘導すればあの巨体のゴーレムにぶつけられる。おまけにあのゴーレム、力の制御が上手くいっていないのか余剰のエネルギーが肩から溶岩として定期的に溢れているのだ。ふむ。
さっそく作戦を閃いた私は亡者達を落とし穴に追いやって下層へと突き落とす。この樽を運ぶ亡者共は私を恐れているのか、はたまた樽が大事なのか分からぬが私が近付くと逃げていくのだ。
亡者達を全て突き落とせば、誘い骸骨と叡智の杖を手にする。そして柵越しに誘い髑髏を投げ、樽亡者を誘導する。いくら仕事に支配されていても
「望郷」
続いて放つのは魔術、望郷。故郷を追われた亡者達に、懐かしい何かを幻視させる魔術だ。どういう経緯でここの亡者となったのかは知らぬが、故郷を懐かしまぬ亡者などそうそういない。
望郷の術が飛んだ先は、ゴーレムの真横である。つらつらと誘われる亡者の一団がゴーレムから噴き出る炎に焼かれるのも厭わずに故郷を偲ぶ。すると、案の定樽に炎が引火した。
━━とんでもない爆発だった。当初爆発した樽から更に他の樽へと誘爆し、亡者はもちろんゴーレムすらもバラバラに弾け飛ぶ。これではエレナの姉妹が加護をかけていても意味を為さない。
「想像以上にとんでもない火力だな。扱いには困るが……さてと」
安全化した下層へと降り、灰の身体の花嫁に対する。先程と同様に何やら孤独を呟いているが、無視して楔を打ち込んだ。
崩れ去った身体に残るのは、僅かな
「エレナにナドラか。皆可愛がりのある名だ」
『言っていろ。これから嫌でも我が姉妹の戯言に悩まされる事になるんだからな……』
どうやらこの短時間でエレナの方はナドラの孤独を聞き飽きたらしい。まだ私には囁き程度にしか聞こえぬが、脳内で麗しくも弱々しい声を聴くのもまた一興だ。私の少女達への愛はそれしきで薄まらぬ。
ドラングレイグというか、ロードランにも言えた事だが人が住んだり働いたりする場所だというのに移動等がし辛い事はどこも変わらない。
登ったり降りたり飛んだり落ちたり。その度に敵を打ち倒し、見つけた篝火で休息を取る。面倒な場所だ、本当に。だが下層へ行けば行くほど、何か強い者の
と、そんな時。誰かが侵入してきた。今更侵入など珍しくもない。
暗殺者。もしこの侵入者が名前通りの輩なら少し厄介ではある。
ただでさえこの黒霧の塔は入り組んでいて死角が多いのだ。一体どんな格好をしているのかは分からぬが、より一層警戒すべきだろう。
ちょうど目の前には入り口と同様に大きな鎖があり、遠くの塔へと繋がっている。エレナは嫌がっているが仕方あるまい、むしろ鎖の上で襲われた方が対処はしやすい。飛び道具は避けづらいが、それは相手も同じこと。
鎖を渡り切っても暗殺者は姿を見せない。さてどうしたものかと思っていると、渡り切った先の塔の屋上に、宝箱があるではないか。
「ご褒美だな、どれどれ」
ミミックに警戒していたのが幸いした。不意に殺気が私の背後から降り注ぐ。
転がり、宝箱から離れればちょうど宝箱を漁ろうとする者を背後から突き刺すべく、闇霊が手にする突撃槍で攻撃していたのだ。危ない、もう少し反応が遅れたら確実に不意打ちされて殺されていた。
立ち上がり、闇朧とパリングダガーを構える。敵の闇霊は全身に鎧を着込み、左手に大盾と右手に突撃槍を携えた騎士みたいな格好だ。その割には不意打ちなんてしてきたが。
だが、私と対峙した暗殺者は何やら私をマジマジと見るとゲゲっというジェスチャーを取ってたじろいだ。なんだ、私はマルドロなんてやつ知らないぞ。
暗殺者マルドロはクルリと向きを変えると、私を背に逃げ出す。一体なんだというのだ。
「おい! なんだお前!」
追い掛ける。もしやロードラン時代の生き残りで、私の強さを知っている者かもしれない。あの頃は手当たり次第に侵入して不死を狩りまくったからな。
マルドロは螺旋階段を使って塔の下へと降っていく。どうにもこの先には多数の敵とナドラの像があるようだ。しかも濃厚な呪いを感じる……ナドラが放っているのだろうか。
石化では無いようだが、どうにも亡者化を促進させる類いの呪いらしい。人の像に余裕はあるが無駄にはしたくないし、亡者状態になるつもりもない。ましてや多勢に無勢だ。闇霊の使命はその世界の主である不死を殺すこと。故に私の敵とは争わぬ。で、あれば面倒だ。
『どうするのだ? いくらお前でも囲まれれば無事では済まぬだろう』
「その通り。故にこれを使う」
取り出したのは巨人の顔のような木の実。これは黒霧の塔の鍵である重い鉄の鍵を拾った場所である朽ちた巨人の森において入手した。
効果は……侵入してきた闇霊に、亡者や敵が敵対するというもの。つまり、今やマルドロは追い詰められたわけだ。
木の実を砕けば、暗い塔の下層から喧騒が聞こえてくる。哀れだな、マルドロよ。だが一体誰だったのだろうか。まぁ死ねば同じこと。相手が悪かったのだ。
古い時代の神々の話を、最早覚えているものは少ない。悲しいかな、あれだけ栄えた神々の都も何処にあるやら。
けれど物は朽ちなければ無くならない。しかしながら、それらの歴史は最早語られず。今や新しい持ち主達の物語を与えられている。
栄華の大剣。
なんとも懐かしく、そして憎らしい大剣であろう。
神々の時代の英雄が用い、その英雄の魂を用いて再現したものを、私の宿敵が手にし。
私の全てを阻んだ大剣。
だがこの大剣はあいつが持っていたものではない。他世界の不死が英雄アルトリウスから錬成した類似品だ。
文献によれば、アルトリウスもまた左利きであったが、私が対峙した時、彼は利き手である左腕が折れていたのだ。故に剣を持っていたのは右手であるが……もし、あの時アルトリウスの利き腕が無事ならばもっと苦戦したかもしれない。
「懐かしいな。君もまた、そう思うだろう」
『フン。愚かにも我々に挑み死んでいった神の手先か』
マヌスの記憶を多少なりとも引き継いでいる彼女もまた、あの英雄の事を存じているようだ。
さて、またまた離れの塔を探索する。今度は別の離れだが、どうにも主塔の探索が芳しくないので手に入れた鍵を使って来たのだ。
足が潰れたデブ亡者が自爆して来たりと不快ではあるが、良いこともある。それは新たな侵入者がやって来たということ。
思わずにんまりとしてしまう。名前からして女の子だ。それに剣士とは。まるでルカティエルのように気高いのだろう。なんで闇霊なんてしているのかは分からぬが……狂っていたとしても私は歓迎しよう。少女であれば愛してやれる。
大熱の鉄杖とかいう重要そうなものも拾ったし、彼女を楽しんでから帰る。
やってきた闇霊は、重厚な鎧に身を包んだ剣士であった。
兜のせいで素顔が見えないのが残念だが、右手にバスタードソード、左手に中盾を持ち、私を見るや否や剣の切っ先をこちらに向けてジェスチャーしてくる。なんと勇ましい娘であろうか。ワクワクしてきた。
『お前……見境が無いな』
エレナが呆れたような声で言うが、仕方あるまい。女の子を見たら誰だって興奮する。それが女剣士であるなら尚更だ。
私も丁寧に一礼して、闇朧を鞘に納める。これが正しい使い方なのかは分からないが、居合いという技術を模倣しているのだ。
と、レイチェルが雷松脂を用いてバスタードソードにエンチャントする。なるほど、敵に合わせて適切なアイテムを使うタイプか。感心するぞ。
レイチェルが駆け、剣を振り上げる。私も身を低くし、その機会を待つ。
剣が振り下ろされると同時に、私は闇朧を抜刀した。刹那、その存在が希薄な刀身がバスタードソードを弾く。
居合いパリィ。純粋な技量で相手を圧倒して見せたのだ。筋力だけでなく技量も高めておいて正解だった。
まさか大剣を弾かれるとは思っていなかったのだろう、レイチェルは兜のスリットから瞳を驚いたように見開いている。さて、このまま殺しても良いがそれだとつまらぬしなぁ……
レイチェルの腹に回転蹴りを喰らわせ、距離を取る。何歩か後ずさる彼女は腹を押さえていたが、すぐに立ち直り剣を構え直した。
「さぁどうした! 来たまえよ! 剣士を名乗っているんだ、こんなもんじゃないだろう?」
挑発するように両手を広げて叫べば彼女はジリジリと盾を前に寄ってくる。嗚呼、そうじゃない。盾などいらぬ。互いに斬り合って血を噴き出しながら楽しみたいのだ。
ならば、闇朧が君を貫くだろう。
両手で闇朧を縦に構え、集中する。ならば私の剣技を試させてもらおう。5歩ほどの間合いになった時、今度は私から動いた。
なんて事はない、ただの振り下ろし。けれど極限まで速く、鋭く。1、という字を書くが如く。それは一閃である。
しかしその一閃は盾をも貫き、鎧をも通過する闇朧であるならば意味がある。
盾を構えていたはずのレイチェルは、頭から股下までを両断される。打刀では不可能な芸統。一文字とでも呼べば良いか。
鎧が縦に二つに裂け、血飛沫をあげるいとまも無いレイチェルの素顔が見える。うむ、やはり美人か。
「真っ二つになっているのが残念だが……その臓物や脳まで、私は愛してやれるぞ? フフ……」
左右に倒れる彼女が
納刀し、主塔へと戻ろうとしてエレナが諭すように声をかけてくる。
『お前、今のは気色が悪いからやめた方が良いぞ』
「……そんなに?」
アルトリウスの腕がもう頭の中で凄いことになったので修正しました
百合ばかりの番外編を
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見たい。百合こそ人類の宝、ダークソウル
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いやぁそうでもないっすよ