暗い魂の乙女   作:Ciels

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凍てついたエス・ロイエス、アーヴァ

 

 

 そこは、凍てついた場所。

 

 神々の負の遺産を封じ込め、けれど自らも凍えてしまった。最早良き王は居らず。治めた国も、民も、凍えて正気ではない。 

 まさに歴史であろう。繁栄と没落はこの国を見れば学べる。腐らず残り続ける哀れな慣れ果て。それを見れば、分かるであろう。

 

 人の世とは、まさに地獄。地獄の中に人は生を見出す。見出した先にあるものは希望なのに。

 

 人は語り継ぐ。そこは凍てついた国なのだと。

 

凍てついたエス・ロイエス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 代謝の止まった不死にとって気候は問題にはならぬ。けれど、やはり寒いと一目見て思えるような所に来るとどうにも寒いと錯覚してしまう。

 冬の祠と呼ばれる場所から転送された場所は断崖。足元が妙にひんやりすると思えば、辺り一面雪に覆われている。

 

「暑い場所の次は雪景色か。つくづく不死で良かったと思うよ」

「故郷も雪が降ることが多々あったが、これは凄いな……」

 

 

 エレーミアス絵画世界も極寒の地だったが、ここは更に厳しい寒さだ。雪も多いから歩くのも一苦労だろう。

 スキー板があれば楽しめそうか。昔少しだけやったことがある。せっかくルカティエルといるんだから戦い以外も楽しみたい。

 

━━Bonfire Lit━━

 

 

 すぐ近くにあった篝火に火を灯す。ここは城壁のようだ。

 正面には大きな門扉があり、解放はされているものの氷漬けになっている。人が通る分には問題なさそうだが……

 

 そんな時。門から唐突に吹雪が舞い込む。最初は単に強い風が吹いたかと思ったが、どうやら風の出所は門のようだ。

 きっと私達を歓迎しない何かがそうさせたのだろう。

 

「ルカティエル、後ろへ」

 

 猛吹雪の中、闇朧に手を掛けてルカティエルを下がらせる。ほんのりと闇を感じることから、今回もまた深淵の娘達の誰かが絡んでいそうだ。

 

 ──エス・ロイエスに踏み入る者……去りなさい。

 

「む……美しい声だ」

 

 吹雪の中からひっそりと響く女性の声。およそ人には出せぬ妖艶さと闇の深さ。

 久しぶりに私の中のエレナが声を発する。

 

『ほう……恐怖の感情を持つ姉妹か』

 

 随分と久しい登場だが、最近はルカティエルと愛し合っていたせいか遠慮して出てこなかった。普段はツンツンしているがそういう所はしっかりと空気を読める君、やっぱり好きだぞ。

 

「恐怖……ふむ、なるほど。それに相応しい声色だ」

 

 この物々しい事態とは反比例し想像が膨らむ。去れと警告するあたり、知性はあるようだ。一体どんな落とし子なのだろう。

 だが、そんな楽観的な妄想も次の言葉で一時的に消し飛ぶことになる。

 

 ──古き混沌を恐れるのです……

 

「混沌だと……? おい、待て! 混沌は私が滅ぼしたぞッ!」

 

 私の問いかけも虚しく、声が聞こえなくなると同時に吹雪も止む。どうやら去ってしまったようだ。

 舌打ちすると同時に、門を睨む。一体どうなっている。

 

「リリィ、混沌とは?」

 

「神々の負の遺産さ……滅ぼしたはずだが」

 

 廃都イザリスの苗床、それを殺したことにより最早混沌は朽ちたはずだ。或いは、別の何かなのかもしれないが……

 

 

 

 

 

 この都市はもう終わっている。

 

 城壁内は全てが凍てつき、亡者兵士達でさえ凍りつく。まるでそれが自然であるように、けれど不自然だと言わんばかりに。

 巫女のような亡者達も、すでに美しさなどありはしない。手に入れた衣装は薄着でルカティエルに着せてみたいとは思う。

 

「だが変だな。混沌ならば、なぜ凍りつく?」

『ふむ……お前の疑問は尤もだな』

 

 室内にいた亡者達をルカティエルと葬り去り、エレナと思考する。

 

「どういう意味だ?」

 

 剣を鞘に納めたルカティエルが尋ねてくる。ああ、彼女は知らないんだものな。

 

「混沌が産み出すのは歪んだ命の溶岩だ。イザリスでも辺り一面溶岩だらけだった……暑かったものさ」

 

 となると、この寒さと氷は混沌に対する封印なのだろうか。まだ憶測の域を出ないのだが。

 

『それは、ここの王が関係致します』

「うわっ!? ナドラ!」

 

 ボソッと、けれど脳に明確に響く陰気な少女の声。アーロンの間の奥に隠されていたナドラの(ソウル)より復元した、煤のナドラだ。

 彼女は私にしか見えぬ姿で目の前に現れ、そっと正面から抱き着いて胸元で囁く。

 

 煤のように白い長髪に白いドレス。肌も白く、けれどどこか煤のように汚れている。こちらを見上げればギョッとする程に美人である。

 

「嗚呼、ナドラ……その」

『我が王よ……私を愛してくだされば、この凍てついた地の秘密をお話ししましょう……』

「それは……魅力的だが……」

 

 ナドラは、何というか危ない子だ。

 彼女が病んでいるのは前から知っていたが、復元してからというものの事あるごとに私の前に他人から見えない姿で現れては私を誘惑する。

 一度満更でもない私は誘いに乗って愛し合おうとしたのだが……(ソウル)を根こそぎ吸引するとでも言わんばかりに犯し尽くされて大変な目にあった。おまけに気絶した私を近くにあった縄で縛り付けて文字通り束縛しようとするし。ルカティエルがいなかったら今でもマデューラのベッドの上で縛られたままだ。

 

『……嘘ばっかり。やっぱり私を愛してはくれないのね』

「いや違うんだナドラ、ただ君っていつも少しばかりやり過ぎだから……」

『もういいです……さようなら』

 

 すぅっと消えていくナドラ。消えたと言っても私からは離れられぬから私の中に還っただけだが。

 

『煤の姉妹にはうんざりするな……』

「見てないで助けてくれ……」

 

 私にしか見えぬ姿で現れるエレナ。黒紫のドレスに身を包み、靡くブロンドの髪を掻き上げながら彼女は言う。しかしまぁ人の形を模すと美人だな闇の子らは。

 

「お前は誰と話しているんだ……」

 

 側から見れば私の一人芝居。ルカティエルは首を横に振って嘆いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凍って開かぬ宝箱を、無理やりこじ開けようとしては諦める。既にそんな事を何回もエス・ロイエスで繰り返していた。

 

「ぬぅあああああ宝が目の前にあると言うのにィッ!!!!!!」

 

 憤怒する私をエレナは笑い、ナドラは相変わらずぶつぶつと病んだ愛を囁き、ルカティエルは呆れる。

 

「諦めろ。強欲は身を滅ぼすぞ」

 

 ため息混じりにそういうルカティエル。私はしょぼくれながら諦め、宝箱を後にする。

 生まれてこの方、氷漬けになった扉や宝箱など見たことがない。

 不死として強化した筋力ですらこのザマだ。きっと誰も開けられぬ。

 

 そんなこんなで城壁内部を探索をしていれば、何やら塔のような場所に出る。

 城壁内ではあるものの、屋外であるそこは吹雪の影響で視界が狭いせいで戦いづらいが二人で協力すれば容易に突破は可能だ。

 

「……これは、取って良いものなのか?」

(ソウル)化しているから……大丈夫だと思うが」

 

 不死二人でそんなやり取りをする。話題は、目の前に安置されている巫女の死体……が手にする(ソウル)化したアイテムだ。

 死体漁りは慣れているが、巫女が手にする物は……目玉だ。どうしてこんなものを大事に握っているのかは分からないし、それがアイテム化するというのも理解出来ぬが…

 

『おい、それは取っておけ。役に立つ』

 

 不意にエレナが私の横に立って瞳を指差す。

 

「この瞳は何なんだ?」

 

 私が問えば闇の子は答える。

 

『見えぬものを見えるようにするものだ。いいから取っておけ』

 

 そう言われ、私は渋々巫女の手から瞳を取り上げて(ソウル)にしまう。両眼あるために、片方をルカティエルに渡せば彼女はうへぇ、と仮面の奥の顔を顰めた。

 

 だが効果は確かにあった。城壁に一部見えぬ敵が居たが、そいつらが見えるようになっている。

 なんか侵入してきた闇霊を叩き伏せて、見えるようになった敵も捩じ伏せれば私達は当初城壁へと侵入した場所へと逆戻りした。

 

「おや、もう一周したか。となれば後は行っていないこっちを探索しよう」

 

 入り口付近で分岐していた道を辿る。行っていない方だ。

 

「おいリリィ、なんか……」

「ああ……見られてるな」

 

 広い城壁上の通路。他とは違い整理されたその場所は、けれど強い殺意と視線を感じる。

 どうやら相手も私達が視線に気付いた事を理解したようだ。颯爽と正体を現す。

 

「猫ッ!?」

「いや虎だ!!」

 

 現れたのは巨大な白い虎。吠える虎は、私達を獰猛な瞳で睨みつけると突っ込んでくる。

 

 

王の仔アーヴァ

 

 

「避けろッ!」

 

 私の掛け声と同時に、左右へとローリングして突進を回避する。かなりの速度だ、普通の不死ならばそのまま食いちぎられていた。

 アーヴァは突進と同時に距離を大きく取って反転する。すると咆哮と同時に奴の周囲に大きな氷柱が展開された。まさか魔術か?

 

「動物が魔術だと!?」

 

 驚くルカティエル。だが飼い猫ならばあり得ない話ではないし、過去ロードランでそういった類の動物は見てきた。

 私は即座にアーヴァへと駆けると、魔術の矛先を自分へと向ける。勘が正しければ、あれは追尾する(ソウル)系魔術のようなものだろう。

 

 氷柱の切先がこちらへ向く。すると弾丸のようにこちらへ迫ってきた。やはりあれは想像していた通りのものらしい。

 だが幸い横へと回避すればほぼ追尾する事なく私の背後へと着弾する。追尾性は高くはないようだ。

 

「追う者たち」

 

 左手にクァトの鈴を持ち、闇術を展開する。生まれた仮初の生命がアーヴァを追えば、猫科動物と言えどギョッとしていた。

 間一髪で追う者たちを回避するアーヴァ目掛けて、今度は改造したウィップを放つ。攻撃するためではない。ウィップの先端には作業用フックが付いており、アーヴァの尻に少しだけ食い込む。

 

「そうらっ!」

 

 少しだけ跳躍し、そして鍛え上げられた膂力で引っ張る。すると私の身体は一瞬の内にアーヴァへと肉薄した。

 アーロンに教えてもらったが、東の地の忍とやらの道具にこう言ったものがあるらしい。真似させてもらった。

 

 一瞬で近づく私にアーヴァは面食らう。私は空中で闇朧を抜刀すると左の手の腹を少し斬りつけ。

 

「奥義、不死斬り」

 

 赤黒く発色する刀身。

 漏れる怨嗟の炎。

 見た目の長さ以上に届くそれは、回避しようと下がるアーヴァの左目を切り裂く。仕留め損ねたか。

 

 アーヴァは傷付きながらも空中の私を食い殺そうと迫る。しかしそんな奴に、突如飛来した雷の槍が突き刺さった。

 

「一人で突っ込むな!」

 

 ルカティエルの奇跡だ。アーロンとの修行で暇を持て余した彼女は、黒霧の塔で相当数の敵を斬って回ったらしい。おかげでかなり信仰が伸びた。

 

「助かる!」

 

 着地して闇朧を構える。しかしアーヴァは形勢が不利と見たのか、一歩、また一歩と下がる。

 そして咆哮すれば、跳躍し城壁の外へと出ていってしまった。逃げたか。良い判断だが、物足りない。

 と、そんな時あの声がまた聞こえる。

 

 ──アーヴァの牙を折るとは。あなた方は何者なのですか。

 

「君と似たようなものだ。さて、どこにいるのかな?」

 

 ──この廃都に何を求めるのです。

 

「王の証を。それが今の私が求める物よ」

 

 ──去りなさい。古き混沌に……歪んだ炎に触れてはなりません。

 

「混沌は一度殺した。ならばまた殺すまでよ」

 

 一度対峙した相手ならば負けはせぬ。それが不死故。

 声の主は返答を返すことはない。だが代わりに奥の門を守っていた氷と霧が晴れる。どうやら来いという事なのだろう。

 

「さて、行くとしよう。仮に本当に混沌があるとするならばまた殺さなければならん」

 

 闇朧を鞘に納め、ルカティエルの手を取る。この凍てついた土地での冒険は、まだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞳を、開く。

 

 開いて、握っていた手のひらを見る。

 

 手甲の中の手の腹に、一枚の羽が握られている。

 

 擦り切れ、朽ちかけた一枚の羽。それは遠い昔に竜の出来損ないと自らを称した子から託されたもの。

 

 (ソウル)へとそれを変換し、自らの内へと戻す。次に取り出したのは見覚えのある仮面。

 

 私の、大切だった人が身につけていたものだ。

 

「……」

 

 あの頃よりも虚ろで澱んだ瞳でそれを眺める。

 いつの間にか、羽を握って寝てしまっていたようだ。

 マントを翻し、擦れ合う鎧が音を発てる。すると瞳を隠した少女がこちらに振り返った。

 

「目が覚めたのですね」

 

 ゆっくりと私は頷く。昔よりも長くなった髪を揺らしながら立ち上がれば、少女は一礼し、部屋の中央にある篝火を指差した。

 

 美しい、白い肌に金髪の少女。けれど私は彼女に一瞥もせず、篝火へと向かう。きっと夢で見た想い出が、邪魔をするのだろう。追憶とは、呪いでしかないのだから。

 

 篝火に触れると、転送が始まる。

 

 優しくも、既に燃え尽きかけた炎が私を包む。まるで残り火のそれに、最早感じるものなどありはしない。

 

灰の御方。(Ashen one.)貴女に炎の導きがありますように(May the flames guide thee.)

 

 少女が呟く。それは御呪い。私に使命の成就を促す呪い。

 

「……導きなど。ありはしない」

 

 けれど、神を殺し人を殺め、全てを灰にしてしまう私にそんなものがあるはずもない。

 

 私が出来るのは殺しのみ。

 

 追憶に縛られ、逃げ出せず、何も出来ず。けれど殺す事だけは誰よりも優れた哀れな女。

 

 あの頃の私に、想像できただろうか。

 

 世界は悲劇と絶望で成り立っているなどと。

 

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