暗い魂の乙女   作:Ciels

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たいっへんお待たせしました。


古き混沌、灼けた白王

 

 声の主、沈黙の娘の気配を辿り氷漬けの主聖堂へと至る。

 エス・ロイエスの他の土地や建物と異なり、ここだけは暖かい。単に暖房があるというわけではなく、何かしらの大きな熱源によって暖かさが保たれているようだ。

 それが何なのかは、説明せずとも分かるだろう。

 

 僅かに開いた扉を潜り、私を先頭に主聖堂内部へと侵入する。

 厳かな内装が、どうにもアノール・ロンドを思い出させる。けれどあそこまでは神々しくはない。何とも人間らしい聖堂だ。

 中央のホールの奥には霧の掛かったゲート。その左右には上階へと至る階段があるが、階段全部が氷漬けになっていて登れない。

 

「強力な……いや、生々しい(ソウル)を感じるぞ」

 

 隣のルカティエルが呟く。十中八九アルシュナとやらの(ソウル)に感応しているのだろう。人であるならば、闇の子らの(ソウル)は異質に感じるはずだ。

 

「この地には、何もありません」

 

 突然、上階から女性のか細い声が響き渡る。

 

「古き混沌によって、ここは呪われた地となりました」

「混沌は私が滅ぼした。遥か昔、神々がまだ住まう頃に」

 

 沈黙の落とし子の言に反論する。

 

「では、やはり貴女が……闇の王。否、古き闇姫」

「その二つ名はやめてくれ、心底恥ずかしい」

 

 私はその名を名乗った事などない。ただ独り歩きしてしまった名なのだ。断じてカッコいいと思って名乗ってなどいない。それだけははっきりと言っておく。

 隣のルカティエルが鼻で笑った気がした。やめてくれ、そもそもこの事は前に話しただろう。そんでもってめちゃくちゃ笑ってただろう。

 

「その残滓と怨嗟が、未だこの地に残り続けているのです。例え打ち滅ぼそうとも……まだその炎は燻ってはいないのですから」

「厄介なものだな……」

「我が君が現れるまでは、混沌は歪んだ生命を産み、あらゆるものを遠ざけていました。かつてそれらと対峙した貴女であれば、分かるはずです」

 

 デーモン。混沌から産まれし、歪んだ命。産まれるべきではなかった生命。

 分かるも何も、それらと戦った。そして殺して殺して、その母たる混沌でさえも排除した。

 ただ自分の利己的な目的のために、徹底的に戦った。忘れるはずがない。

 

 アルシュナは語る。彼女の慕う王こそ、このエス・ロイエスを建国した偉大なる者。

 偉大なる(ソウル)を用いて建国し、そしてその地に眠る混沌を抑えていた王は、しかし次第に弱まっていった。

 当たり前だ、混沌を完全に封じる事などできるはずがない。

 偉大な王は自らの(ソウル)を削りながら、次第に衰弱していったらしい。そして最後は自らを楔とするため混沌へと身を投じたのだと。

 王とは不便なものだ。自由に生きる事など何一つとしてできやしない。嫌ならやめるということができない。私には無理だ。

 

 彼女は、その王の志しを受け継ぎここでずっとその帰りを待っている。

 何年も。何十年も。何百年も。

 もう、ここは終わってしまった土地。混沌とそれを封じる氷以外に、何もない。

 

「……私の願いは、ただ一つ。混沌に囚われた我が君を、解き放つ事だけ」

「それを、私に託そうと言うのか?」

 

 少しの間、アルシュナが沈黙する。きっと図星だったに違いない。

 アーヴァを退けた戦いを見ていない訳がないだろう。そして私がかつて混沌を制し、闇の王となりかけた者であるならば、彼女がそれを望まないはずがない。

 

「古い闇姫よ、私の願いを聞き入れてくれますか?」

「その呼び名をやめてくれたらね」

 

 少しキレ気味に私は答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま聖堂の霧を抜けて戦いに挑むのも良いが、アルシュナ曰くこの地に残り沈黙しているロイエスの騎士達を助け出し、率いて欲しいとの事だ。

 なんでも王が混沌へ飛び込んだ時に、殆どの騎士は共に飛び込んだのだそうだが、幾人かの騎士は王の帰還を待ったそうなのだ。

 もう何百年も待たされ、彼らは沈黙してしまった。疲れてしまったのだろう。それは仕方の無い事だ。

 

「しかし……この氷がアルシュナのものだとは」

 

 ルカティエルが思い返すように言う。

 正確には、飛び込んだ王の力を流用しているだけのようだ。アルシュナが我々に騎士の解放を頼んだと同時に、各地の氷が一部砕けた。

 そのおかげで凍って探索できなかった箇所へと行けるようになったし、宝箱も開けられるようになったのだ。

 

 だがそれ以上に、このロイエスの地は過酷である。

 

 寒さは感じないから良いとして、この地に巣食う敵は凶悪だ。

 特にハリネズミのようなちっこい敵。こいつは出会うだけで殺意が湧くようになった。こいつだけは生かしてはいけない。

 まるでロードランの地下墓地にいた車輪骸骨のように転がって来るハリネズミ。背中の氷柱のようなハリを武器に私達を串刺しにしようとしてくる。

 近寄ろうとすると転がってくるし、遠くから倒そうにも入り組んだ場所にいることが多いしかなり腹が立つのだ。

 

「なんだお前?」

 

 二人して苛立ちながら探索していると、何やら白霊がいる……ん?

 私は呼んだ覚えが無いし、そもそもここに来てからというものの侵入は多々あれど協力のサインは見なかった。

 鎧に身を包み、その手には大楯と突撃槍……あれ、こいつ……

 

「私は召喚してないぞ」

 

 ルカティエルが首を横に振るが、白霊は友好的に手を振っている……

 私はジッと眺めて、一言そいつに投げかけた。

 

「お前、この前黒霧の塔で侵入してきた奴だろ」

 

 確か暗殺者マルドロだったか。

 白くなっていても装備が変わっていなければ分かるに決まっている。

 すると正体がバレたと気付いてマルドロが硬直した。話せれば良いのだが、霊体は言葉を発する事ができない。

 

「どうする? 今のうちに倒しておくか」

 

 案外物騒な思考のルカティエルが剣を抜く。だがそれと対照的にマルドロは土下座を決め込んで命乞いをするではないか。

 ……土下座? よくそんな風習を知っているな、こいつは。なんだか昔、こんな奴がいたような気が。

 

 敵意は無いのだと身振り手振りで説明する様は見ていて滑稽だが、まぁ侵入されたという警告も無かったから敵では無いのか……

 

「いいか、こちらに手を出した瞬間挽肉にするからな」

 

 そう力強く警告すれば、マルドロはうんうんと頷いて人の像を献上してきた。これでチャラにしてくれという事なんだろうか。

 

 ルカティエルと警戒しながら建物を捜索していると、レバーがあった。どうやら先へと進む道を閉ざす門は、これで操作するらしい。

 どれ、と私がレバーに手をかける。寒いせいで凍っているようで、かなり渋い。

 

「あ、おいお前ッ!」

 

 不意に背後で警戒していたルカティエルが叫ぶ。殺気を頼りに振り返りながら蹴りを放てば、真後ろで私を貫こうとしていたマルドロの槍をパリィする。

 

「お前! やっぱりパッチだろッ!」

 

 確信した。こんなしょうもなく汚い手を使ってくるのは奴しかいない。

 パリィされて体勢を崩したパッチの眼前に闇朧を突きつける。私はこいつに聞かなければならない事がある。

 

「答えろ。あの後、あの子はどうなった」

 

 だが霊体が話せるわけもなく。そもそもバイザーの下の瞳はただ怯えているようにしか見えなかった。

 仲が良かったわけではない。けれど、知らぬ仲というわけでもない。こいつは私が何をしようとしていたか知っていたはずだ。

 

「私だよ、白百合だ。地下墓地でも巨人墓地でもお前にハメられたあの闇の王のなりそこないだ。思い出したか?」

 

 けれど。彼は本当に私を見てもわからないようだ。蹴って兜を取り外してみれば、やはりあの懐かしい禿げ頭はあるのに。困惑しているだけのパッチがいた。

 察する。彼は、私のように想い出をそのままに生きてはいない。ただ毎日を、がむしゃらに意地汚く生きていた男なのだと。

 彼は、普通の不死人だ。だから記憶なんて、そんな何百年前の事を思い出せない。

 

「もう良い」

 

 闇朧を納刀し、急激に冷めた感情で言葉を発した。

 

「二度と姿を見せるな。前にも言ったが、次私をハメれば殺す」

 

 最早喋れぬ此奴に興味はない。

 この国のどこかに本体が居たとしても、世界が重ならなければ意味もない。

 そして何より。今更、私があの子の事を気にかけるなどと。許されるはずがない。

 

 走り去るマルドロを見て、ルカティエルが尋ねてくる。

 

「殺さなくて良かったのか?」

「その価値は無い」

「……知り合いだったようだが」

「腐れ縁だ。さぁ、行こう」

 

 

 

 その後は、特筆すべきことは特にない。

 洞窟で貪りデーモンの亜種を倒したり、転がした雪だるまが周りを巻き込みすぎて巨大化し、壊れていた橋を塞いでしまったり、ロイエスの騎士達を解放したり。

 けれど心のどこかでずっと先ほどの古い想い出がチラついていて。

 度々ルカティエルは心配してくれるけれど、逆に私も彼女に心配をかけたくないから蓋をした。

 

 そして今、私とルカティエルは壁外の雪原でスキーを楽しんでいる。

 

「ハァッ、ハァッ……」

 

 息を切らしながら全力でストック代わりのクラブを漕ぎ、即興で作った割には出来の良いスキーで滑るのではなく走る。ノルディックスキーのような感じだ。

 ルカティエルはスキーが上手で、私よりもスイスイ進んでいく。戦いではなく純粋なスポーツに勤しめて私とルカティエルは心から楽しんでいた。

 

「ハッハハハ! 私の勝ちだな!」

「ハァ、ハァ……めっちゃ速い……やるじゃないか」

 

 壁外の雪原にある廃屋で、ルカティエルが誇らしげに胸を張る。

 ちなみに壁外の雪原とは、エス・ロイエスの外れにある地だ。あまりにも吹雪が強く、そのせいで方向感覚がおかしくなる。たまに空から覗く太陽を目印にするしかない。

 それ以外にも、麒麟と呼ばれる強力な生物がいるせいで、私たち以外の不死では探索すらも難しいだろう。

 なぜここに来たかと言えば、ロイエス騎士達を解放した後に、ルカティエルがアルシュナにしたとある質問が原因だった。

 

「なぁ、楽しめる場所はないか」

『楽しめる……場所……?』

 

 声だけでも心底首を傾げていると分かったが。ルカティエルは私にリフレッシュをして欲しいとの事だった。

 戦いの中でしか得られない事がある。戦い以外の事でしか得られない事もある。

 アルシュナ曰く、ロイエスの王はウィンタースポーツが好きだったらしく、壁外の雪原でよく遊んでいたらしい。それなら楽しめるのではないかとの事で、今に至る。

 

「どうだ、スキーは楽しいだろう?」

「フフ、そうだね。いい気晴らしになったよ。めっちゃ転んだけど」

 

 久しぶりにやるスキーは難しい。

 

 

 

 

 アルシュナの所へと戻れば、もうやる事は一つだった。

 この地の王を。混沌に苦しむ哀れな者を葬ってやる、それだけ。

 

『訪問者よ、感謝します。どうか、私の願いを……』

 

 大聖堂に風が吹く。すると混沌へと通じる門を閉ざしていた氷が砕ける。

 門から見えるのは、地下へと通じる大きな穴。そして門の周囲には、ロイエスの騎士達が今か今かと待ち構えている。

 

「これ、落ちて大丈夫なのか?」

 

 隣のルカティエルが底すらも見えぬ大穴を覗いて言う。

 

『私の加護を貴女方に施しますので、ご心配なく』

「親切だな。それでは、行こうか」

 

 不死としての本能がルカティエルを躊躇させているようだが、それを無視して手を引く。

 

「ちょ、ちょっと待って、うわああああっ!!!!!!」

 

 絶叫するルカティエルと、落ちていく。

 ワタワタと暴れる彼女を抱きしめて落ち着かせる。今度は私が彼女を助ける番だ。

 そっと、こちらにしがみつく彼女をお姫様抱っこの形で抱く。その時だった。私達のすぐ横を、何か大きなものが駆け落ちていく。

 王の仔アーヴァ。彼もまた、王を救おうとしているのだろう。

 

 ようやく下が見えてくれば、そこは見知った悍ましい色が周囲に反射していた。

 悍ましい混沌の溶岩が、足場の外では蠢いている。

 その残滓とでも言えば良いか。けれどやはり、始まりの火から得たものである故か強大すぎる。

 

 そのままカッコよく着地すれば、私はルカティエルをそっと床に下ろした。

 

「ありがとう……また、君に助けられた」

「君の可愛い声も聞けたしね」

「恥ずかしいからやめてくれ」

 

 降り立ったロイエスの騎士達と周辺を見回す。

 円形の足場。周囲には混沌に繋がる大鏡。

 そして奥には、混沌から轟々と溶岩が流れる様を見る事ができる場所……いや、あそここそ、王が居た場所。

 

「……何か来るぞ!」

 

 悍ましい(ソウル)を感じる。

 すると私たちを囲む四つの大鏡から、黒い何かが姿を現す。

 それは、一見すればロイエスの騎士。けれどその色はどす黒く焦げ落ちている。彼らは、そうだ。王と共に混沌へと向かったかつての騎士なのだ。

 

 アーヴァが吠える。それを合図に、戦いが始まる。

 

 一斉に私たちを囲んでいた敵が駆けてくる。

 闇朧を抜刀し、私もルカティエルも敵へと駆け出す。

 

「離れるなッ!」

 

 ルカティエルにそれだけ言い、斧槍持ちに斬りかかる。

 だが流石のロイエス騎士、私の一撃を防ぎ反撃してくる。

 カウンターの突き刺しを、けれど私は踏み付けて無効化する。

 そのまま斧槍の上に立ち上がり、回転斬りで首を刎ねる。

 

「ひとぉつッ!!!!!!」

 

 ロイエスの(ソウル)が流れ込んでくる。

 私達は、それを何度も繰り返す。相手を殺し切るため、そして葬送のために。

 

 

 数時間。否、数日戦っていたかもしれない。

 

 最早満身創痍、けれど死ぬ事はなく。

 

 気がつけば、アーヴァも全身に傷をつけてよろよろと弱々しく歩いている。

 ロイエスの騎士達も、既に半数以上いない。消えた騎士達は死んだか自らを犠牲にして大鏡を凍結させたかどちらかだ。

 だが、大鏡を全て封じた事で焦げ落ちたロイエス騎士達はもう出現できないだろう。

 私一人で何体倒した? 50体? いや、100体は殺した。ルカティエルも、数十人葬っている。

 

「エスト瓶の中身が尽きそうだ。お前は大丈夫か?」

 

 血振りして闇朧に修理の光粉を掛ける私にルカティエルが言う。

 

「一口飲んだらもう無くなるくらいだ。それよりも魔術に必要な集中力が続きそうにない。王とやらはまだ出てこないのか?」

 

 未だロイエスの王は見えず。

 もしかすると、もう彼……或いは彼女は、燃え尽きてしまっているのだろうか。

 

『リリィ、気をつけろ。何かとんでもないものが来る』

「……私も今感じた」

 

 エレナの忠告と同時に、強大な(ソウル)が近付いてくる。

 

 これぞ王。(ソウル)で国を興せるほどの強大な資質、その塊。

 私が出会った神や、亡者となったヴァンクラッドとも違う。正真正銘の王。

 けれど、今やそれはどこまでも悍ましい。

 狂い、爛れ、穢れてしまった。

 

 混沌から伸びる大きな何か。

 溢れ出る混沌の光。

 

 中から、踏み出すは王の足。

 

 

 

灼けた白王

 

 

 最後の王が、私達の前に姿を現す。

 余りにも強大な(ソウル)を前に、殺戮衝動と喜びが止まらなくなる。

 闇朧を構え、私はその姿を見据えた。

 

 混沌に焼かれ、けれどその姿は白く。いや、あまりにも熱い熱に焼かれ過ぎて黒すらも消え落ちた。

 

 それは一瞬剣に手を掛けると。

 

「ッ!」

 

 咄嗟にルカティエルの前に立ち塞がり、神速の一撃を防ぐ。

 殺気だけを頼りに、私は見えぬほどに速い一撃を受け流した。アーロンに鍛えてもらってなければ今の一撃で二人とも死んでいた。

 凄まじい衝撃派に身体を震わせながら、振り返る。

 

 私が守ったルカティエルは無事だった。

 けれどアーヴァは真っ二つにされていた。

 数人いた生き残りの騎士は、全員が細切れにされていた。

 ごろんと、ロイエスの騎士の頭が転がってくる。

 中から覗く顔は、綺麗な女性だった。

 この国は、女性や弱者が集ってできた国。故に騎士も女性。

 大事な臣民だったはずだ。命を預けた部下だったはずだ。

 それを、あっさりと殺してしまう。運命とは残酷で、無情で。

 

「ルカティエル、少しだけ相手をしててくれ」

 

 納刀し、ゆっくりとこちらに振り返る白王を睨む。

 

「任された」

 

 ルカティエルは正統騎士の大剣を構え、白王と対峙する。

 

 想像するは鬼。

 人斬り、神殺し、悪魔喰らい。

 殺すために生まれた存在。

 影に生まれた存在。

 

 私が目指す先のもの。

 

 創造するは勝つ己。

 止まらず、死なず、生かさず。

 魂を喰らうためだけに造られた己。

 深淵に生まれた存在。

 

 自らの身体に、(ソウル)に、何かを卸す。

 

 それは夜叉。

 この地には伝わらぬ、けれど東の地で恐れられたもの。

 

 私はそれを、自らに重ねた。

 

 

夜叉戮

 

 

 (ソウル)が赤く染る。

 熱を帯びた訳ではない。そも、そんな力などない。

 けれどそれは、自らの内を変質させる人だからこそできる可能性の証。

 自ら生み出した夜叉を、殺戮の化身を己に宿した。

 

 抜刀し、構える。

 勇ましい構えで、面を切る。

 負けなど知らぬ。

 私はただ敵を斬るのみ。

 

 ルカティエルを執拗に攻める白王に、私も斬りかかる。

 

「ッ!」

 

 白王は私を無視できなかった。

 迫る気迫に、混沌にのまれながらも警鐘を鳴らさずにはいられなかったのだ。

 人の身から繰り出された一撃とは思えぬ、重過ぎる一撃を防ぐ白王。

 けれど防ぐ度に、白王の剣と腕が衝撃で軋んでいく。

 むしろ私の剣戟をよく防いでいると思う。

 

「不死斬り、渦雲渡り」

 

 左の手のひらを刀身で浅く切付け、不死をも殺す刀としてから振るう。

 跳躍し、一つ震えば十の剣。十を振るえば百の剣。

 常人ならざる攻撃は、王ですらも斬り刻んでいく。

 

「竜閃」

 

 鞘に納めてから一振り。

 そして見えぬ刃が、飛んでいく。

 

 刃が飛ぶなどあるはずもなし。

 けれどしっかりと刃は飛んで、白王を斬り裂いた。

 

 だが白王も負けじと跳躍し、素早い一撃で斬り込んでくる。

 それを弾き、突き刺しを踏みつけて無効化すれば堪らず白王は下がる。

 

「仲間の元へ還れ、少女よ」

 

 白王に告げる。もう理解する心もないのに。

 バイザーから覗く、焼け爛れた瞳は、しかし無垢な少女のようで。

 彼女は剣を掲げると、呪いを纏う。混沌の呪い。それはあの少女が持って良いものではない。

 

 踏み込み、突き刺す。

 それをかわすと、叫ぶ。

 

「ルカティエルッ!」

「おぉおおおおッ!!」

 

 私に気を取られていた白王の背後に、ルカティエルが迫る。

 繰り出すは、授けた一撃。

 大剣に纏うは、赤き瘴気。

 不死をも殺す一撃。

 

「不死斬り……ッ!」

 

 その無垢な背中を、赤い刀身が一閃すると。

 白王は大きくのけ反る。

 すぐに習得できる業ではない。努力家で、諦めず、私の隣に立とうとする彼女だから習得できた。

 ルカティエルの左手から滴る血が、床を染める。

 

「秘伝、不死斬り」

 

 勝負はもう、ついた。

 一際悍ましい瘴気を纏う闇朧が、白王を切り裂く。

 膝をつく白王の胸を、そのまま穿つ。

 穿ち、私は彼女の兜に手をかけた。

 

「愛した人のもとへ、帰るんだ」

 

 そっと、彼女の兜を外してやれば。

 爛れ、見る影もないが、確かに美しい少女がいる。

 

「アルシュナ。ごめんなさい」

 

 後悔の念を吐きながら、白王だった少女は消える。

 残るのは、私の手元にある王冠だけ。

 

「ティアラ……」

 

 王冠を見て、満身創痍のルカティエルが呟く。

 私はただ、頷いてそのティアラを眺めた。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 

 

『願いを、聞き届けてくれたのですね』

 

 大聖堂の上階からアルシュナの声が響く。

 どこか悲しげで、けれど晴れやかな声色で。

 でも、これでよかった。ああするしかなかったのだから。

 混沌は命を歪める。歪んだものは元には戻らぬ。

 ならば殺すしかないのだ。

 

「これで思い残すことはありません……騎士達の喜びの声が聞こえます。こちらへ、闇の王よ」

 

 大聖堂の氷が、全て割れる。

 現れた階段を、私とルカティエルは登る。その姿を見るために。

 そこに居たのは、長い黒髪の少女。他の巫女達のように薄着で、雪のように白い肌が目立つ。

 何かにずっと祈りながら、彼女は私を一瞥した。

 

「覚えが、あります。私が生まれた時のこと。父から産まれたあの時を。貴女は、どこまでも悲しそうに戦っていました」

「今は違う。……君にこれを」

 

 手渡すのは、白王の(ソウル)。これを持っていていいのは、彼女を愛したアルシュナだけだ。

 素直に彼女は(ソウル)を受け取れば、震えた。そして一筋の涙を頬に伝わせる。

 

「我が君よ……お待ちしておりました」

 

 優しい抱擁に愛を感じる。

 

「君はここに残るのか」

「……混沌は、未だ消えず。ならば私は我が君の遺志を継ぎましょう」

「……そうか。達者でな」

 

 もう、ここでできることはないだろう。

 王冠は貰っていく。これこそ求めていたものだ。

 

「お待ちを、闇の王……否、白百合よ」

 

 去ろうとする私を、アルシュナは引き止める。

 覚束ない足取りで彼女は立ち上がれば、その手には白王の(ソウル)ではない何かが握られていた。

 

「私の(ソウル)を、貴女に」

「良いのか?」

「いずれ私は、朽ち果てるでしょう。そうなれば我が君の記憶すらも消えてしまいます。私は人ではありません。抜け殻であろうとも、存在を保てます」

 

 彼女から、エス・ロイエスを継承される。

 冷たく、孤独な(ソウル)

 それを胸にしまえば、彼女の想いが流れてくる。

 暗く冷たい孤独。けれど、それを照らす白い光り。白王との絆と愛。

 

「頂戴する。君の姉妹も喜ぶだろう」

 

 一礼する彼女に、背を向ける。

 古き王達を制し、これでようやくピースが揃った。

 残るは、ドラングレイグに遺る巨人達。

 そして、ただ一人待つ王妃。

 


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