告白回。
ドラングレイグ、愛の結晶
記憶とは、歪んでいく。
時が経ち、国が朽ちていくように。
或いは、大木がいつか風雨によって倒れるように。
それとも、長い時を経て大地が形を変えるように。
完全な記憶などない。あるはずもない。だって記憶とは、人の心に宿るものだから。魂にこそ住み着くものだから。
人の可能性のように、心も魂もまた変わっていくのであれば。
記憶とは、きっと美化されていく。
でも、もし記憶が物質化できれば、異なるのだろう。
古竜の紛い物が渡してきたこの灰は、それを可能にする。
私がアーロンと出会ったように。
ならばいつか、出会えるだろうか。
私の愛したあの子にも。
その資格はないにせよ。
「しかしまさか……これがその巨人の成れの果てとはな」
朽ちた巨人の森。
そこに鎮座する巨人の木を見上げてルカティエルが口を開いた。
どうやら古竜の言っていた巨人とは、これの事だったらしい。やたらと亡者兵達が木に攻撃していたが、なるほどかつての仇敵の成れの果てならば納得する。
『お気をつけて。何やらよからぬものを感じます』
アルシュナが
まるで人間性だ。
灰の霧の核を取り出し、木に近づく。
すると核が共鳴し出す。
私はルカティエルの手を握ると、共に木へと歩む。
どうやらここは記憶の世界のようだ。
かつてアーロンの記憶へとやって来た時と同様の、なんとも言えぬ懐かしさと古さを感じる。
「ここは王城の通路か……?」
「そのようだ」
どこかは分からないが、地下通路なのだろうか。
遠くから喧騒が聞こえる。どうやら多人数が戦っているようだった。
通路を進めば、巨人が現れる。
クズ底で見かけたものよりも小型の巨人だが侮れない。
パワーは強く、呪術まで使ってくると来た。
ということは、巨人の国にもグウィンやイザリスの業は伝わっていたのか。
だが所詮は巨人、私とルカティエルの敵ではない。
最早ただの剣士ではないルカティエルの力量は、かつて闇姫と呼ばれていた頃の私と同等かそれ以上だ。
それら雑魚どもを屠り、先へと進めば崩れた壁に誰かが寄りかかっている。負傷しているようだが……普通の人のようだ。不死でも亡者でもない。
「ここで何をしている? 我が方の兵士でも、下働きに雇われた者でもなさそうだが……」
「ふむ……記憶の中の者と喋れるとは」
「不思議な感覚だろう? ……貴公、ドラングレイグの兵士か?」
そう尋ねると、壮年の男は頷いた。
「我が名はドラモンド。王よりこの砦の指揮を賜った者だ」
「騎士隊長ドラモンド……聞いたことがある」
ルカティエルが横で顎に手を当てる。私は全然知らないから正直とてもどうでも良い。
まぁそうとも行かないので話を聞いてやる。
どうやらドラモンド曰く、ここにももうすぐ巨人達が押し寄せるから逃げろとの事だ。
その巨人の何かを探してここに来たんだが。
「これは、報いなのだ。我が王の為した蛮行のな」
「蛮行……巨人の国への侵攻か」
然り、と彼は言う。
「民の幸福を願い、この地に国を興した偉大なお方であったはずが……一体何が王を変えたのか」
すべてはあの王妃が彼を変えてしまった。
渇望の子は愛に飢え、力に飢え、そして王を狂わせたのだ。なんともまぁ悲しい結末か。
その後、戦争真っ只中の記憶を駆け抜けて巨人たちのソウルを入手した。
ワムダとかいう巨人はこの時点ではもう死んでいたらしい。戦うこともなく、適当に狂ったように戦う王国兵と巨人兵をいなしてみせた。
手に入れた
次に向かうのは呪縛者が二回目に襲ってきた砦の上層。
その巨人の大木の前で、私は懐かしい顔に会う。
「久しいな貴公らよ! ルカティエル殿も無事であったか!」
ウーゴのバンホルトだ。
相変わらず暑苦しい奴だが、その暑苦しさもなんだか懐かしい。エレナ戦での共闘以来か。エリーちゃんは今何をしているのだろう。
贋作から産まれ変わった大剣……蒼の聖剣を担ぎ、彼は巨人の木の前で手を振っている。
「某も巨人の
「うむ。バンホルト殿、しばらく見ぬ内に随分と大剣が……なんというか、変わったな」
ルカティエルにそう言われ、バンホルトは兜の下で嬉しそうに笑う。
「おうおう、分かるか! その通り、我が一族伝来の剣は、ようやく真の姿を現した! 見よ、この魔を祓う輝きを! そしてこの剣は今では某に語りかけてくる!」
「なに?」
少しバンホルトの言い分に違和感があった。
剣が語りかけてくるなど聞いたこともない。もっとも、それもバンホルトの妄言かも知れぬが……見たところ、彼は亡者化が進んではいないようだから信用できる。
今やマデューラの面々は亡者化が進んでしまっている。ケイルなんて、自分のことや私のことすらも忘れてしまった。マフミュランも金の亡者になって傲慢になり、クロアーナも父親の事を覚えていない。
正直、ルカティエルが正気を保てているのが不思議でならない。
「いたずらに光が舞う事があってな、それらが某に進むべき道を示すのだ。きっと神々の祝福なのだろう」
「……そうか」
一体、バンホルトの剣には何が宿っている?
現段階ではまったく分からない。あれだけ学び、識り、経験した私でさえも謎過ぎる。
だがその謎は、遥か未来で知ることとなる。今はまだ関係がない。
さて、サクッと次の巨人の
それにしても、さっきから
最後にやって来たのは巨人オジェイの記憶。
ここもまた、海岸を防御するための砦上部だ。
そしてここが一番ヤバい。何がヤバいって、巨人達の船から投石が降り注いでいる。
「戦場らしい戦場はあまり経験がないんだがな!」
亡者化しつつある王国兵士を斬り裂きながら不満を垂らす。
「祖国の戦いはもっと激しかった! 来るぞ、投石だ!」
巨人や王国兵達が入り混じり、そして大きな石が飛んでくる。ここは地獄だ。
巨人達も捨て駒のように投石に当たって潰れるし、王国兵なんて巨人に掴まれてそのまま海へと投げ捨てられている。
そうして砦の上を進んでいると、突然投石がドラン王の巨大な石像にぶち当たった。
ボロりと首が取れ、こちらに向かって転がってくる。まるでこの前の雪玉だ。
「マズイ! ルカティエル、逃げろ!」
「うわうわうわ!」
スタコラサッサとルカティエルと走り、巨像の頭から逃れる。あんなのに潰されたら巨人も死ぬ。王国兵も巨人も、それを見て我先にと逃げようとしている。
案の定逃げ遅れた巨人や王国兵が潰されていく。なんとか私たちは死なずに済んだが……あんなアトラクションはもうごめんだ。センの古城じゃないんだぞ。
唖然としている巨人や王国兵を他所に、そっと先へと進む。流石の彼らもこれには面食らったらしい。
そして、待ち受けるのは……
「あれが巨人の王か……?」
一際大きな巨人が、砦の端に鎮座している。
その周囲には王国兵達がバラバラになって地に伏せている。
手にするのは特大剣よりも大きな巨剣。冠るは王の証である王冠。王自ら戦地に来るとは恐れ入る。
「なんだか見覚えがあるんだが……気のせいか」
背丈がなんだか最後の巨人と被る。まぁ巨人なんて判別がつかないし、似ているだけだろう。
巨人の王が私達の存在に気付く。
するとゆっくりと巨剣を振り上げ、どう考えても届かない距離からそれを振り下ろした。
「あー、リリィ。なんだかマズイ気がする」
「私もだ、友よ……避けろ!」
巨剣が石畳を穿つや否や、衝撃波が私達を襲う。
間一髪それを回避すると、すぐに私達は巨人の王へと駆ける。接近してしまえば巨人は弱いのだ。
巨人の王はそれを察してか、足元に取り付いた私達を踏み潰そうと足踏みしつつ巨剣を振るう。だがあまりにも鈍重な動きは容易く回避できる。
私とルカティエルの連携で、足を斬り刻めば痛がって攻撃の手を弱めた。
だが、ここで投石がやってくる。奴らめ、自分達の王がいるんだぞ。
投石は巨人の王のすぐ近くに着弾すると砦を大きく揺らした。
「うわ!」
「掴まれ! なんて奴らだ!」
常識が通用しないとは思っていたが……見ろ、巨人の王も足元フラフラだぞ。
だが巨人の王はなんとか踏ん張り、未だふらつく私目掛けて巨剣を振り下ろす。マズイ、回避できない。
「ぐぅッ!!!!!!」
闇朧でそれを防ごうとし、弾き飛ばされる。
流石に重量的にキツい。というか私の身体でよく今の一撃を防げたものだ。
空中で身を翻し、石畳に闇朧を突き刺して止まる。ルカティエルを見れば、その隙に不死斬りで斬りかかっていた。どうやら巨人にも不死斬りは有効なようで、王は膝をついている。
「ならば、試させてもらおうか」
叡智の杖を取り出し、久しぶりの魔術を見舞う。
この前覚えたばかりの新魔術。使いたくて仕方なかったが、最近対峙していた奴らは全部すばしっこかったからなぁ。
「
大量の理力を杖に集める。
渦巻き、暴走しかけ、そしてまた収束し。
巨大な
これぞアン・ディールの負の遺産。
生命を追いかけ、根絶やしにするまで喰らい尽くす。
それは追う者たちと似ており、きっと基は同じなのだろう。アン・ディールはそれを魔術で再現したのだ。
巨人の王の頭部に
あれだけの巨体を容易に吹き飛ばし、壁に激突させる。それどころか壁すらも砕いて王はそのまま海へと落ちていく。
「やり過ぎたか……」
残ったのは王冠と巨剣だけだ。
……もしかして、今落下した巨人の王が王国兵たちに捕まって放置されていたのが最後の巨人だったりするのだろうか。だから初対面であんなにキレていたのか? いやしかしここは記憶の世界だしなぁ。過去に干渉している可能性は……あるな、これ。
「まぁ、いいや」
終わったことだ、気にする必要はない。
「凄かったなあの魔術!」
軽快に笑うルカティエル。
「だが力場が安定しない。あまりにも荒削りな魔術だ、洗練されていないんだよこれ」
問題があるとすればそこだろう。
無理に
巨人達の
不死廟。あの薄暗い地下墓だ。少しだけ、試したい事があるのだ。
ヴェルスタッドが鎮座していた場所を通り過ぎ、辿り着くのは王が徘徊する間。
ヴァンクラッド。かつてこの国の王として君臨し、蛮行によって全てを失った男。
今や鎧すらも脱ぎ捨て、辛うじて残る王冠と大剣だけが王たる証。虚しいものだ。
闇朧を抜き、ルカティエルとその男を見上げる。
こちらに興味も抱かぬ男に、せめてもの救いを。
王は一人、佇んでいた。
座り、背を向け、ただ全てから逃げるように。
諦めは死へと続く道。けれど不死は死ねぬ。ならば亡者になるのみ。
ただ瞑想し、けれど長過ぎる時はそれすらも放棄させてしまった。
死にたい。
それだけが、王の心を支配する。
彼が愛した女は結局、彼という個人を見ず。
押し付けた愛は、民を苦しめた。
自分は結局、何もできなかったのだと。
因果を超えようとも超えられず。
古き王達を倒せず。
そんな彼に、久方ぶりの来訪者が訪れる。
それが誰なのかは、見ずとも分かる。
背を向けたまま、彼は語る。
「火を求める者。王たらんと欲する者よ」
二人の来客は、静かに聞いていた。
「我はヴァンクラッド。ドラングレイグを統べる者」
力を感じた。
既に古き王は、その二人に屠られ、そして王を自称する彼の冠でさえも手に入れている。
「おいボンクラ」
「ぷふっ」
突然、一人の来訪者が暴言を吐いた。若い少女の声だった。
「御託はいらん。さっさとどうにかしろ」
「リリィ、まずは話を聞いてやれとあれほど……」
「君だって今笑っただろ」
姦しい、少女達の会話にヴァンクラッドは何も思わない。
「やがて火は絶え、闇は呪いとなる。人は死から解き放たれ、永劫となる。かつて闇を手に入れた、その姿のままに……」
「知っている。ロードランで散々見てきたからな。闇の主を殺したのも私だし、闇の子らも今じゃ私にゾッコンだぞ」
思わずヴァンクラッドは振り返った。
そんなはずはないと、振り返り、その灰色の髪と翠の瞳を見て確信した。
「古き、闇姫……」
「ぷふっ」
「笑わないでよ本当に……」
見た目こそただの若い女。けれどその内に秘める
否、神すらも喰らったその
闇の権化。本来の人の姿。可能性の塊。
「そうか……ならば、力を求めるが良い」
ヴァンクラッドが手を伸ばす。
すると闇姫は、渋々四つの王冠を手渡した。
呪われた王冠。力を宿したそれらは、ヴァンクラッドの手の内で本来の力を取り戻す。
白金のティアラとなったそれは、不死の因果を遠ざけるもの。
ヴァンクラッドが望み、しかし手にできなかったもの。
もう、興味はない。彼はしくじったのだから。
少女にそれを渡す。
「汝の欲するままに……」
王冠を手にした少女は、何やら物思いに耽るような顔でそれを抱く。
「頂戴する、ヴァンクラッド王。我らロードランの不死達の遺志を継ぎ、しかし何も成せなかった末裔よ」
古き闇姫は、それだけ言うと消えていく。
遥か彼方、遠い未来。そこからやってきた二人は元の時代へと帰っていく。
「……人は、繰り返す。だが……」
その続きは、彼の口から語られる事はない。
王はまた、黙々とその場に居続けるだけ。
いつかあの二人が解放してくれる、その時まで。
鎧だけが鎮座する不死廟で、私はルカティエルと向き合った。
我が手にあるのは王冠。ただの形ではない。ティアラのそれは、とても繊細で、けれど凛々しい形をしている。
そして何よりも、その力。
私達不死が望み、しかし手に入れられなかったもの。
「ルカティエル、愛しい人」
彼女に跪き、王冠を捧げる。
いつものように帽子も仮面も被っていない彼女は、ただ頷いた。
「全ての因果が終わった時、私と添い遂げ、死んでください。正しく、死んでください」
それは告白だった。
あの子にもして、けれど成し遂げられなかった誓い。
私は、今を生きる。きっとあの子には怨まれるけれど、それでも今、私はルカティエルを愛している。
きっと忘れることなどできない。人は遺志を継ぐのであれば、忘れてはならないのだから。
少しだけ、前に進むのだ。
ルカティエルは私の手を取り、しゃがんで王冠を被る。
そして私の手を握り締めると、一言。
「喜んで。我が愛しの妻、そして夫よ」
「愛してるわ、ルカティエル」
「私も、愛しているよ。リリィ」
抱きしめ合う。
抱擁は魂の触れ合い。
心と心を通じ合わせる、優しい儀式。
嗚呼、幸せなんだ。なんて幸せなんだ。
こんなにも悲劇に満ち溢れた世界で、私たちだけが幸せでいいのだろうか。
否、そんな考えがいけないのだ。幸せは、ただ愛するべきである。
ルカティエルと向き合う。
既に冠を被り呪いを祓った彼女の顔に、痣はない。
ただ美しい、愛する人が微笑んでいた。
「綺麗よ、ルカティエル。本当に大好き」
「リリィ……んっ……」
口付けを交わす。
優しい、けれど情熱的な愛の形。
今、私達は結ばれた。
そして共に歩むのだろう。絶望の先に、希望を求めて。
人は、進める生き物なのだから。
石で作られた棺を引き摺りながら、ただ歩く。
燃え滾る熱さに身を焦がれながら、けれどそれを選んだのは自分だから、ひたすらに歩く。
溶け合い、混ざり、最早何者かなど分からない。
けれど、愛していたことは覚えている。
だからだろうか。
どれだけ重くても、足を進めてしまう。
嗚呼、きっと君は赦しはしないのだろう。
嗚呼、きっと君は、すごく怨んでいるのだろう。
けれど、もうそうするしかない。どうすることもできない。
君が正しかった。けれど、間違ってもいた。
目的の場所に辿り着く。
ようやく、引き摺っていた石棺を手放す。
手放したくはなかった。愛していた人の、眠りを妨げたくなかった。けれどそうするしか、道は無ければ。
石棺の蓋を開く。
呪いが掛けられていようとも関係がない。全ては灰となる。
乱雑に開くと、中を覗き見る。
それは、ある種芸術であった。
一人の少女が、灰色の髪の少女が、手を組んで、あの時の美しさのまま眠りについている。
肌の色と同じような白装束。
けれどそばにはしっかりと衣装を携えて。
いつか眠りが解かれるその時を待っているかのように。
混ざり合う魂が、警鐘を鳴らす。
けれどそれらを全て抑え込み、そっと少女の頬を手の甲で撫でた。
最早感覚すらもない。けれど、きっと柔らかいんだろう。暖かいんだろう。
誰がこの少女を、闇の王だと思うだろうか。
嗚呼、愛しい君よ。
僕は、君に残酷な運命を与えてしまう。
何も変わらず、むしろ悪化したこの世界で。
君に使命を託す。
身勝手な僕を、きっと君は赦さない。
けど、それで良いんだ。君は、やりたいようにやれば良い。それこそが白百合たる君の性であれば。
「リリィ。君に、今一度頼る」
螺旋剣を、自らの首に添える。
そしてその刃で、自らの首を傷付ける。
流れる血は燃える。
燃えて、しかし尽きぬ。
その血炎は、少女へと流れる。
すると、どうだろう。
少女の身体が火に包まれる。
けれど焼く事はなく。ただ優しく、彼女を包むだけ。
しばしそれを見届けると、また歩く。
最果てで彼女を待つために。
決着をつけるために。
王達は歩き出す。
いつか目覚めるその時まで。
火が陰る、その時まで。