これは果たして、自然の先の進化であるのだろうか。若き上級騎士は下水に現れた異形の存在に恐怖する前にそんな疑問を抱く。
三人で濃霧を潜り、遥か下層から現れた異形のドラゴン。腹は割れ、そこからは悍しい牙が姿を現し、まるで口を使う事なく直接獲物を食い尽くそうとする様は貪食の証。されど顔は紛れも無く竜のもの。だが貪り果てた先に太り過ぎたのか、その竜は翼も虚しく飛べやしない。今ではただの大きな大きな蜥蜴と化している。
あまりにも常識離れしたその光景にオスカーは一瞬呆けるも、駆け出した二人の騎士を見て現実に戻る。右手にクレイモアを、左手にアストラの直剣を握れば彼もまた戦士として足を動かした。こんな大きさのものに盾など意味を成さないだろう。故の二刀流。
ドラゴンの動きは何ともゆったりとしていて、しかし一撃は必殺たり得る質量を持つ。連携し、攻撃し、回避していけばその竜は尻尾を斬り落とされた挙句あっさりと……否、その生命力のせいで時間はかかったが、労せずに倒す事ができた。そして幸運な事に、竜の
二人から餞別に太陽のメダルを貰えば、彼はまた進む。今度は目的の地、病み村へと。
「やぁ、こんにちは」
どうにも珍妙な男だった。病み村へと到る通路へとやって来れば、どうしてかこんな掃き溜めで商売をしている輩がいるではないか。
身につけている衣装や鎧は全てが奇妙で、しかしどこか趣きがある。そんな男はオスカーを見ると友好的に話しかけてきたのだ。名を、ゼナのドーナルと言うらしい。
「どうして貴公はこんな所に?」
商売そっちのけでそう尋ねれば、彼は特に悩まずに語る。
「だって、こういうところの方が面白いものがありそうじゃないか」
確かにそれは一理ある。男とはどうしてか冒険をしたくなるものだ。そして冒険の先にあるのは自らが望もうが望まいが宝であるのだから。オスカーはそんな男心を擽る珍品売りと取引をする事にした。
身なりの割に売っているのは何とも普通であったが、気になるものもいくつかある。一つは黄金松脂。武器に塗ると雷の力を付与する優れものだ。
「良いものに目をつけたね」
珍品売りが上級騎士を讃える。事実、雷の力というのは大王グウィンと関わりが深い上にどんな生き物であろうとも弱点たり得る。一体何からこんな松脂が取れるのかは分からないが、今後の戦いを見据えていくらか購入する。
そしてもう一つ、オスカーが気になる売り物があった。それは、何らおかしなところは見当たらないペンダント。並べられた品々の中から、妙な存在感を発するそれを手にすれば、ドーナルは口を鳴らした。
「へぇ……君にもそいつの価値がわかるんだね」
「と、言うと?」
座していた珍品売りが立ち上がり、オスカーの手にするペンダントの蓋を開く。そこには何も映ってはいない。ただ白く、無が有るのみ。
「このペンダントはね、持つものによって絵柄が変わるんだ」
曰く、それは
ドーナルはオスカーに念を込めてみろと促す。言われるがままに、オスカーは雑念混じりの
そうして現れた絵とは。
「……まさか、君とはね」
今は逸れてしまった、あの現実主義で太々しく獰猛で、しかし案外面倒見の良い聖職者の少女が映っている。いつもは見せないような、柔らかな笑みを浮かべたその少女は、絶望と現実とは程遠いくらいだが。
オスカーは兜の内で同じく微笑むとそれを買い取る決意をするのだ。
……こんなもの、あの娘には見せられないな。
自嘲気味に笑い、しかし内に秘めたその想いを捨てる事なく。オスカーにとってあの不死は確かに希望なのだ。いかに本人があーだこーだ言おうとも、それは変わらない。
━━とんでも無い所だ、ここは。病み村に入って最初の印象は今述べた通り。
病み村へと侵入した私はすぐ様住民の亡者共から手厚い歓迎を受けた。糞を投げ、毒の吹き矢を放ち、大柄な亡者をけしかけられ。飛竜の谷から入ってすぐに私は帰りたい気持ちで一杯。服はもう糞まみれだし、毒に侵されるし、大柄亡者の一撃はとんでもなく重いし。
それでも、彼らをいなして通路を通り抜けられたのは斧槍の役割が大きい。これがなければろくに戦えなかったに違いない。突いてよし、斬ってよしと使い勝手の良い斧槍は重いが優秀だ。これこそ私の求めていた武器だ。
そうして通路を通り抜ければ、今私がいる場所が病み村の上層である事を知る。眼下には病み村の禍々しい沼が広がり、そこへ降り立つためのエレベーターもある。できれば降りたくは無い。どう見てもあの沼に入る必要があるだろうし、入ったら毒にもなるに違いない。やだなぁ、あのどんどんと身体の芯が冷えていく感覚。まるで死をゆっくりと味わっているような感じなのだ。
しかし立ち止まっていても仕方ない。早いところ二つ目の鐘を鳴らして祭祀場へ戻ろう。こりゃ戻るのも一苦労だろうが……
ここは最悪だ。すべてが不潔。まるで肥溜めの中に入った気分だ。
エレベーターに乗っていたら亡者が吹き矢を放ってきたので堪らず途中下車してしまったのが運の尽き、仕方なく道なりに進んだ私であったが……何なのだ、この村は。そもそも村としての体を成していない。人が住めそうな場所も無ければ、あるのは亡者と気持ちの悪い虫の数々。
確かに病んでいる。村ではないのだ。ここは追放された者達が、最後に行き着いただけの場所。ただ寄り添うためだけの場所。亡者は眠らず、寝床を必要としない。故の構造。ただ獲物が現れれば殺しに行く。それだけ。何を守っているのかは知らないが……何なのだ、この場所は。おまけに拾った奇跡の書は信仰が足りないせいで使えない。
塔のような場所へと入り、しばらく身を隠してから探索を進める。本当にこっちで合っているのかすらも分からない。
そして現れるわけのわからない巨大な虫。初めは無視しようかとも思ったのだが、何やら虫の近くに呪術の火を感じた。仕方なくチクチクと虫の攻撃範囲外から斧槍を突き刺していれば何とか虫を対峙する。
手に入れたのは内なる大力と呼ばれる呪術だ。残留した
とにかく先へ進む。本当に目的地へと進んでいるのかは分からないが。梯子を降り、ようやく沼地へと辿り着けば今度は馬鹿でかい蚊のような虫とそもそも虫なのかもわからない生物に追いかけられる。
仕方なく沼地を来た方向と逆走し、篝火が無いかを探索する。今死んでしまったら、また祭祀場からやり直しだ。今は一刻も早く篝火を見つけ拠点を作らなくてはならない。
そしてやはり、下の沼地は人には毒となり得る成分で構成されているらしく、浸かれば浸かるほど命の灯火が小さくなっていく。事前に黒い森の庭で苔玉を集めておいてよかった。あの回り道は案外正解だったのかもしれない。
そうして探索していればようやく篝火を見つける。そこは先程通った塔の最下層なのだろう、通路というかトンネルのように人の手が入った割と立派な場所だった。ここならば虫も来ないし、毒とも無縁だ。エスト瓶を補充し、しばらく休めば進む覚悟もできるというものだ。
ふと、出発の間際にオスカーの事を思い返す。彼もまた私と同じくこの病み村に足を踏み入れているようだが、それにしては痕跡が何も無い。やはり彼は異なる世界にいるのだろう。そうなれば、最早合流は後回しになる。今は一刻も早く鐘を鳴らさなくては……
そこで。途端に我に帰る。なぜ私は他人の使命をこうもやり遂げようと必死になっているのだろうか。オスカーと別れてしまった今、私にそこまでする理由は無いだろうに。心ではそう思っていても、どうしてか身体は動いてしまうあたり、どうにもオスカーに毒されたというべきか。
ここロードランは時空が歪んでいるせいで時間の経過がよくわからなくなるが、それでも彼と一緒にいたのは数日程度だ。長い人生の中で、たった少しの時間しか一緒にいなかった彼との使命を……
あぁ、なるほど。惚れた弱みという奴だろうか。
自嘲気味に、私は一人くつくつと笑う。こんな長いこと閉じ込められていたババァが何を若造に惚れているのだという嘲りと、惚れてしまったのだから仕方ないという諦め。
何にせよ、理由が欲しかったに違いない。きっと本当は惚れてなどいない。ただ顔が良く、それ以上に穢れの無い魂が羨ましかっただけだ。
その頃、オスカーもまた病み村の手厚い洗礼を受けている最中だった。
正攻法で最下層より病み村へ侵入したオスカーは待ち受けていた忌人や虫共の猛攻に遭いながらも辛くも先へと進んでいる。ここまで死なずに来れたのはあの老婆の亡者から購入した苔玉のおかげに違いなかった。
それにしても、ここは酷い有様で。アストラのスラムが羨ましく思えるほどの陰鬱さと殺意が常に振ってかかる。今頃彼が密かに羨む聖職者もこの地で戦っているのだろうか。
病み村の上層で見つけた篝火で休憩しつつ、そんな事を考える。ふとあの珍品売りから買い取ったペンダントを
いくらこの病み村が陰鬱で人々から命と
……否、それができないほど、何かを経験してきたのかもしれない。ああやって強情で、不満ばかり垂らすのもその経験から来る防衛本能なのかもしれない。
オスカーはペンダントの蓋を閉じると、繋げられた鎖を首に掛ける。正直な話、
オスカーにとっての依存が、このペンダントであるというだけだ。
目の前の半裸の女は、何というか強烈な印象だ。赤黒い光に身を包んだ闇霊━━名を人食いミルドレッドという━━は、篝火で休憩を終えた私を殺すべく唐突にこの世界に侵入してきた。
毒まみれの病み村においてボロ切れのような下着を纏い、頭にはずた袋を被り、手には何を料理するのか馬鹿でかい包丁。盾は見窄らしい木端の盾……名前からして私を料理する気なのか。死ねば
足を取られる毒沼であろうとも平然と走り、包丁を掲げて走ってくるその姿はまさに狂気そのものだが……おっちょこちょいなのか何なのか、私が遠距離でソウルの矢を放てばこの闇霊はあっという間に死んでみせた。一体何をしに来たんだ。
それにしても随分と魅惑的な身体をしていたな。太らない体質の私ではあの男を魅了するような胸や尻を再現するのは難しいだろう。栄養の乏しい病み村において、いかに不死であろうともああも身体を作れるのは素晴らしい。私は何を言っているんだ。
何はともあれ、私は先へと進む。相変わらずの毒沼地帯と巨漢亡者が岩を投げてくるが、一回死んだくらいで済んでよかった。
そうして毒沼を抜け、ようやく陸地……では無い。何やら得体の知れない白い糸のようなもので練り上げられた床が蔓延る通路へと侵入した。これは蜘蛛の糸……? それにしては随分と量が多いし太い。仮に蜘蛛だとすればとんでもなく巨大だろう。なるほど、ここを支配している強敵は醜い蜘蛛だな。正体見たり。
通路を進めば案の定白い濃霧が待ち構えており、その横には誰かの召喚サインが描かれている。もしやオスカーだろうか。
そのサインに触れ召喚を実施すれば……
霊体 人食いミルドレッド を召喚しました。
サインから悠々と現れたのはなんと先程撃退した人食いミルドレッドだ。相変わらず痴女みたいな格好で現れた彼女は、先程闇霊として現れた時とは打って変わってフレンドリーに手を振っている。私はその変化に少しだけ気味悪さを感じながらもぎこちない一礼をしてみせるのだが……
何というか、目の前の霊体は本当に良い身体をしている。一見すれば太っているようにも見えるかもしれないが、男というのはどうもこれくらいの方が魅力を感じるのだと誰かが言っていた。それに胸も大きい。大きさでは勝てないのは分かっていたので落ち込む事などしないが、それでもやはりこの胸は見ていて何というか……うぅむ。
じっと、私は霧を抜けるのもそっちのけでミルドレッドの身体を眺める。元々そっちの気は無いが、それでもこうまで完成された母性を見せられては見ないわけにはいかないだろう。
と、何やら見られているミルドレッドがモジモジと身体をくねらせる。なんだ、恥ずかしいのかそんな格好をしておいて。
「いい身体しちゃってまぁ」
まるでエロ親父のような発言をしながら私はニヤニヤと顔を綻ばせて彼女の剥き出しの腹を指で突く。これにはミルドレッドも少し怒ったのか、プイッと顔を背けて濃霧へと入っていってしまった。少し悪戯が過ぎたか。
慌てて私も濃霧を潜れば、そこは広場のような所だった。まるで今から戦いますと言わんばかりの丁度良い広さだ……奥には先へ進めそうな階段があり、周辺は相変わらず蜘蛛の糸や土ではない肉肉しい何かによって作られた壁が見える。
私とミルドレッドはしばしその空間を警戒しながら観察する。いつ敵が出てきてもおかしくはない。
その時だった。
ドシン、ドシンと。何か巨大なものの足音が遠くからする。その振動は姿が見えないにも関わらず、私たちの身体を震わせるほどの威圧感。どうやらここの主が出てきたようだった。
右手に斧槍を、左手に草紋の盾を。すぐに杖を取り出せるように
それは、確かに蜘蛛である。禍々しく、まるで呪術の火を思わせる赤き躯体は恐ろしい生物である事は変わりない。節足動物特有の複数の足が生み出す足音は、紛れも無く主と言って過言ではないくらい。いったいどうすればあんな邪悪な生き物が生まれるのだろうと思う。
だが、それよりも。その上に……蜘蛛の上に、人がいる。遠目に見たらその光景は、蜘蛛を使役しているのかとも思った。まるで馬に乗る騎士のように。
けれど違うのだ。あれは、そういうのではない。美人が、とんでもなく美しい誰かが、その上半身を余す事なく見せつけている赤毛の女の下半身が、正しくあの蜘蛛であるのだ。
蜘蛛人と言ってもいいその女は、混沌の魔女クラーグ。私の知らないその魔女は、呪術の祖の娘。即ち混沌の娘である。
混沌の魔女は私達を見るや否や、少しばかり驚いたような表情を浮かべ、すぐに口許を緩めた。まるで獲物を前に舌舐めずりをする肉食動物のように。残忍さ、凶悪さがこれでもかと伝わってくる。
今から殺してやるぞと言わんばかりの彼女の
ドシドシとこちらへ走り込む混沌の魔女。それに呼応するようにミルドレッドが走り出した。
良く見れば混沌の魔女はその手に何か刀のようなものを持っている。刀というわりには禍々しいそれは、まるで呪術を宿しているかのように燻っていた。
あの魔女に見惚れていたせいで出遅れた。ミルドレッドが肉斬り包丁を掲げて勇猛に前へと出る。それを見てすぐに呪術の炎を手に燻らせれば、私はあの女目掛けて火球を投げつける……が。
「ッ……」
一瞬驚いたのかあの魔女は動きを止めたが、まるで効いていないと言ったようにほくそ笑んで見せた。ダメだ、呪術では奴の方が上らしい。ならばと私は杖を取り出し頭の中でスクロールを詠唱する。
ミルドレッドが勇猛果敢に斬りかかるも、あの蜘蛛の下半身には効き目が薄いらしい。まるで鋼を打ちつけたように人斬り包丁は弾かれる。隙を晒したミルドレッドを、魔女の波動が吹き飛ばした。
「ミルドレッドッ!」
転がる彼女の名を叫び、私のソウルの矢が魔女に飛んでいく。だが魔女はそれを刀で薙ぎ払えば、今度は私に向かって攻撃をしてくる。
それは、溶岩。だがただの溶岩ではない。呪術師の端くれとして分かる。あれは呪術の一つ。絶え間ない呪術の溶岩は私を飲み干さんとまるで水のように迫り来る。
ローリングして何とかそれをかわせば、今度は魔女自らがこちらに乗り込んで刀を振おうとしているではないか。盾を構え一撃を受けようとするも、熱はかき消せない。盾ごしに燃えるような熱さが伝わってくる……この熱は魂を喰らうのか。
突然、魔女の躯体が衝撃に揺らぎ盾を焼かんとしていた刀が離れる。何が起きたかと思えば、なんとミルドレッドが溶岩の中を突っ切って背後からの一撃を与えていたのだ。
足は溶岩のせいで爛れ、立っているのもやっとなはずなのに。久しく自らを呼んでくれた者のためにその身を犠牲に立ち向かう。
「ッ!」
魔女は怒ったように振り返りながらミルドレッドを刀で斬り付ける。剥き出しの肌が、魔女の刀によって引き裂かれた。
会って間もない……それどころか最初は敵であったはずの人食いだが、それでも彼女は協力してくれた不死だ。不死は死なず、ただ人間性を消耗するのみ。だが、それでも。
見知った者を、ましてやあんなに恥ずかしそうに身体をくねらせ人間らしいことをしていた者を傷つけられる事など、見過ごせるほど落ちぶれてはいない。
こちらに背を向けた魔女に、私は渾身の回転斬りを放つ。両手で保持された斧槍はとても重く、かつ生み出される遠心力は並の亡者であるならば両断するほどだ。
私の一撃は魔女の下半身、蜘蛛の足を一本斬り落としてみせた。ガタン、とバランスを崩し倒れる魔女。彼女の尾は飛び乗るのに丁度良い。一気に彼女の下半身に飛び乗れば、驚いた様子の魔女が上半身を振り返らせて私を綺麗な瞳で見据えていた。
「うらぁああッ!」
飛びかかり、重い斧槍の一撃を叩き込む。だが魔女はすんでの所で斧槍の長い柄を掴み、刃が当たるのを防いで見せた。
「ッッッ!」
そうなれば彼女も逆の手で刀を突き刺そうとしてくるのは目に見えていた。私は彼女の腕を左手で押さえて拮抗する。
「このッ……!」
「……!」
魔女が唸る。きっと向こうも同じような事を言っているのだろう。
そしてこうまでして、ようやく彼女の美しい身体が見えるというものだ。興奮し、殺意に満ちた私だが何故だか恐ろしく冷静になっているのも事実。
その長い髪は燃えるように赤く、後ろで束ねる事で戦いにも邪魔にならず女性のエネルギッシュさをも表現している。加えてそれなりに手入れもしているようで、艶やかさも見て取れる。羨ましいとも思うくらいに。
肌もきめ細かく、一瞬彼女が魔物であることすらも忘れるほど白い。一体何をしたらこんなに美しく瑞々しい肌になるのだろうか。
顔もまた、精巧な人形のようだ。整ったパーツは正に神の逸品。男であるならば魅了されるに違いない……オスカーがいなくて良かった。
そして何より、胸。大きい。病み村の女性は皆大きいのか。彼女も例に漏れず、一糸纏わぬ大胆な女性だ。
「……何を、見てる」
「え?」
喋った。驚いた。先程まで唸り声以外発さなかった魔女が、急に言葉を発したのだ。私は一瞬呆気に取られ、その隙に彼女が私を押し返す。
まずい、と思ったのも束の間、魔女は刀を大きく振り上げた。迫る死の予感。盾は
「……!」
だが、いつまで経っても刀が振り下ろされない。不思議に思い目を見開けば。
「グ……! この、人食いが……!」
「ミルドレッド!」
ミルドレッドが刀に覆い被さりその一撃を止めていたのだ。自らがその熱い刃に突き刺されているのも気にも止めず……彼女の献身は、正しく私の命に繋がる。我に帰り、私は斧槍を掲げて一気に魔女の胸に突き立てる。魔物に相応しくない血が、彼女の胸から噴き出て私の顔に飛び散った。
だがまだ命はある。死んではいない。ならば殺し切るのみ。
「ぐ、うぐぅうう!」
苦しみこちらを睨む魔女を無視し、思い切り斧槍を捻る。そして一気に引き抜けば今までとは比べ物にならないほどの血が噴き出た。
とうとう諦めたかのように魔女の身体から力が抜ける。光を失いかけた硝子細工のような瞳が天を仰いだのを見逃さなかった。トドメと言わんばかりに私は斧槍を一回転させその勢いのまま首を刎ねに行く。これで終わり。
「グロアーナ……」
刹那。彼女が誰かの名を呼んだ。その声が脳にこびりつくくらいには、その声が含む惜別の念が込められていて。
私は無慈悲に、そして一気に、魔女の首を刎ねた。
沼地を抜けて開けた場所にやってきてみれば、想像していた強敵はいなかった。思い返せば濃霧もありはしないから、この上級騎士が戦うべき相手は今はいないのだろう。
階段を登り、何かの遺跡へとやって来る。そしてそこには、彼が求めていたもの……大きな使命の鐘がその存在を示すように吊るされていた。
オスカーはようやく自分が鐘を鳴らせる事に深い感動を覚える。教会の鐘は結局連れだった聖職者の少女が鳴らしてくれたわけで、彼は今の所何かをしたわけではないのだ。つまり多少なりとも自分の存在意義を証明できた。
鐘を鳴らすためのレバーを見つければ、彼は意気揚々とそれに手を掛ける。すると、どうだろう。彼は見たのだ。
稀に霊体のような存在が見えることがある。それは近い世界において誰かがその場にいるということ。召喚した霊体よりも薄いそれは、干渉することはできないが、造形はわかるものだ。
そしてオスカーが見たものとは、同じくレバーを引こうとする聖職者の少女。紛れもない、彼の連れだ。
彼女もまた、使命を果たしたのだ。その事にオスカーはある種の安堵と満足感を得ながらレバーを引く。すると、やはり大鐘はけたたましくその音色をロードラン中に響かせるのだ。
オスカーは満足気に鐘が揺れる姿をしばし眺める。これで良い。これで自分は使命を果たしたのだ。これから先、どうなるかは分からないが。それでも一歩進めたのだ。
しかし、どうしてだろう。
霊体として見えた少女の表情は、どうしてか暗く。
けれどもオスカーはそれを心の奥底に留めて祭祀場へと戻る事にした。今はまず、次の目的を得なくてはならない。
鐘が鳴り、地底から大きな音色が鳴り響く。その音の何とも勇ましいものか。
だがそんなもの、今は気休めにもならぬ。私の心はまたしても協力者を死なせてしまった罪悪感と、言い得ぬ蟠りに支配されているのだから。
あの魔女、混沌の魔女が最後に見せた顔。あれは誰かを思い、後悔のうちに死んでいったものが見せるものだ。あんな顔、デーモンや亡者ができるはずもない。美しく儚いその顔は、残した
……グロアーナ。彼女は最後にそう言ってみせた。彼女がなぜここに居たのかは知らないが。まさか不死の試練のためにわざわざ死ぬのを待っていたとは思えない。
まるで誰かを守っていたのではないかと思えるほどに、彼女の炎は燃えたぎっていた。もしかしたら、私はとんでもないことをしてしまったのではないか。
私は頭を左右に振ってそれを否定する。それがなんだ。自分が生き延びるためなのだ。向かってきたのは相手の方だ。ミルドレッドを殺したのも相手だ。自分を正当化し、私は骨片を砕く。
何も考えたくない。何も、何も。使命のこともすべて。嫌な気持ちだけが残る。
しかし私は知らなんだ。この先にはもっと、私を苦しめる記憶が待っているのだと。
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